遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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※とても長いので、ご注意ください。



第59話 逆刹

 

 巨大なバイクが残した土煙を境界に対峙する、遠也とパラドックスと名乗った男。

 木々をなぎ倒すほどのモンスターマシンにまたがったその男を前に、マナは胸の内に満ちる疑問に答えを出せないでいた。

 

(なんで、あの人が……?)

 

 マナは仮面を取ったパラドックスを見る。

 彼女にとっては、二度目の邂逅となるその姿。今よりも数年前、マナは彼女本来のマスターである武藤遊戯とある二人のデュエリストと共に、彼と戦ったことがあった。

 そのとき彼が言っていた言葉を、マナは鮮明に思い出せる。しかし、その言葉と今の状況はひどく矛盾しているような気がした。

 それに、自分に全く関心を示さないのもおかしい。遠也を助けるために実体化した自分は、彼にも見えているはずだ。だというのに、数年前に一度会っているはずの自分をまるで覚えていないかのような態度である。

 

 そこまで考え、マナははたと気づく。

 かつて共に戦った二人のデュエリストが、どこからやってきていたのかを。

 

(未来から来た……ってことは……)

 

 あの二人はパラドックスを追って未来から来たと言っていた。それは同時に、パラドックスには未来から過去へ移動する力があるということだ。

 つまり。

 

(あの人は、私に会う前のパラドックス……?)

 

 自分が知るパラドックスの過去の姿。それが、今の彼なのかもしれない。

 その結論に達した時、マナはようやく気づくことが出来た。

 かつて、パラドックスがマスターたちに敗れた時。その時に彼が自分に言っていた言葉は、そういう意味だったのか、と。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 目の前に存在する男に、俺は正直動揺を隠せなかった。

 レインからの情報によって、ゾーンが俺を危険視していることは知っていた。俺がシンクロ召喚を、更にアクセルシンクロすら可能にした事実は、未来の破滅を知る彼にしてみれば受け入れがたい事実であるだろう。だから、それは仕方がないことだった。

 しかし、まさかパラドックスまでもが出てくるとは想定外だった。

 彼もまたゾーンの関係者だが、レインとは圧倒的に違う点がある。それは、レインがゾーンの部下だったことに対し、パラドックスはゾーンの友、基本的には対等な関係であるということだ。

 原作でのアポリアへの対応を見るに、所詮は生前の人格をコピーした存在だと思っていた部分がないわけではないようだが……それはこの際置いておこう。

 重要なのは、あのゾーンと並んで未来の世界に生きた存在。そして、それだけ未来の救済に懸ける思いも強く、そしてそのぶん強敵だということである。

 俺の頬を、一筋の汗が流れる。果たして、俺はこの場を無事に脱することが出来るのか。それすらもまるで霧の中へ向けて手を伸ばすがごとく、曖昧な希望のように感じられた。

 

「歴史からってことは、パラドックス……お前も、レインのマスターの仲間か?」

 

 そんな内心で荒れ狂う様々な感情を隠し、俺は努めて平静を装ってパラドックスに問いかける。

 それを受けて、パラドックスは怪訝そうに眉を寄せた。

 

「レイン……? ああ、ゾーンが作り出した生体アンドロイドのことか。そうだな、君の質問に答えるならば、その答えはイエスだ。私は我が友――Z-ONE(ゾーン)に頼まれ、未来から時空を超え、この時代にやってきた」

 

 淡々と話すパラドックスの言葉に、俺はやはりと胸の内で呟く。

 想像通り、俺が知るパラドックスで間違いはないようだ。静かに語るパラドックスの言葉に、俺はその確信を深めつつ問いを続ける。

 

「未来から、だと?」

「そうだ。私はある実験を行っている最中、ゾーンからの連絡を受けた。皆本遠也、君を歴史から抹消してほしいと。……だが、そんな疑問より君は自分の心配をするべきだな」

 

 パラドックスはそう言うと、俺に対して横向きになっていたバイク――D・ホイールの機体を、正面から向かい合うように動かした。

 パラドックスがおもむろにアクセルグリップを回し、それによってD・ホイールがけたたましいエンジン音を響かせる。どこか独特の音は、モーメントの技術によるものなのかもしれない。

 その音に身構えつつ、俺はパラドックスを見据えた。

 

「――シンクロ召喚、そしてアクセルシンクロ。ふん、不動遊星でもアンチノミーでもない、ましてこれほど早い時代にいる君がその力を持つことは、確かに歴史に矛盾する。ゾーンの危惧も理解できるというものだ」

「歴史に矛盾するだって。……俺は今をただ普通に生きているだけだ! それを批判されるいわれはない!」

 

 パラドックスの言葉に、俺は声を大にして返す。

 たとえ俺自身がこの世界の外から来た存在でも、この世界にいる以上俺もこの世界の歯車の一つだ。なら、この世界の未来とは俺という存在を含んで形作られていくもののはず。

 既に起きてしまった未来から来て、勝手に異物扱いされるいわれはない。この世界の住人の一人として、その言い分を受け入れるわけにはいかなかった。

 しかし、そんな俺の言葉にパラドックスは小さく笑うだけである。

 

「ふふ、なるほど。今を生きる君にとっては、それが真実なのだろう。しかし、正しく見えるその意見も、やがて間違いであったと知ることになる」

「なに!」

「正しいと思うことは間違っていて、一見間違っていると思うことが正しい。世界は矛盾だらけだ。そしてその結果が正であったか誤であったかは、歴史の終着点でのみ判明する」

 

 訳知り顔で諭すように言うパラドックス。

 なるほど、滅んだ未来から来た彼にとっては何が間違っていて、何が正しいかは一目瞭然というわけだ。そして、その中にあってシンクロ召喚は滅びを助長した存在にすぎない。

 ならば、それを扱う俺が間違っているとパラドックスは判断するわけだ。そして、滅びを助長する存在である以上、それは修正すべき事柄となる。

 ゆえに、俺を歴史から消すと言ったゾーンの言葉にパラドックスは同調した。人一人の生を私的に終わらせることは正しくなくとも、歴史から見ればその行いは正しいものであるからだ。

 パラドックスの言葉からそれを察し、俺はぐっと拳を握りこんだ。

 

「勝手なことを言うな! 間違いが起こるというなら、それを正せばいい! 未来が実際にどうなっているか俺は知らないが、そうすれば良くすることは――」

「出来るはずだ、と? それは過去に生きる者の戯言にすぎない。未来の世界は破滅している、君などには想像も出来ぬほどに! そう、シンクロ召喚にモーメント! 君がその手に持つそれが、滅亡へと導いたのだよ! 皆本遠也!」

 

 俺の言葉を遮り、どこか怒りすら滲ませた表情でパラドックスは俺に迫る。

 滅亡した未来。かつて元の世界で見たその光景を脳裏に思い描き、俺は思わず言葉に詰まった。

 

「……ッ! だけど、それでも! それが間違いだったと気づいたのなら、人は変わっていける! 今からだって、改善に力を注いでいけるはずだ!」

 

 それでも、俺は反論する。俺は元の世界での知識から、未来が破滅であると知っている。だからこそ、今から頑張ればそれを変えていくことが出来ると信じている。それこそが俺の目指すものであり、目標なのだから。

 しかし、パラドックスはそれに小さく首を横に振るのみだった。

 

「一度手にした力を、人間が手放すとでも? 歴史を鑑みて、その意見に賛同は出来ない。既にシンクロの種はまかれている。最早シンクロを人の手から離すことは出来ない。だからこそ、私はある実験の計画を立てたのだ」

「実験、だと?」

 

 パラドックスが行う実験、それについて思い出しつつ問いかければ、パラドックスは落ち着いた声でその計画を語った。

 

「そうだ。デュエルモンスターズには不思議な力がある。それに気づいた私は、デュエルモンスターズを歴史から抹消することを思い付いた。歴史に深く関わるそれを抹消することで、破滅の歴史に修正を加える!」

「デュエルモンスターズを……!? けど、その原型は古代よりもさらに遡る。それ程の昔まで戻って修正したら、大変なことになるぞ!」

「ふん、何もそこまで遡る必要はない。私の計算では、生みの親であるペガサス・J・クロフォードを消せば、現代のデュエルモンスターズの原型は消滅し、未来は変わると出ている」

「――なッ……!」

 

 ペガサスさんを、だと。

 そうだ、確かに原作においてもそんなシーンはあった。しかし、今の俺にとってそれは何よりも受け入れがたいことである。

 恩人であり、家族であるペガサスさんを犠牲にするなんて、俺には到底認められるはずがない。

 絶句する俺だが、しかしパラドックスの言葉は続いていく。

 

「それに伴い、多くの町や人に犠牲も出るだろう。だが、それも全て必要な犠牲。ならば、躊躇う理由はない」

 

 淡々と紡がれていく言葉。それに、俺は思わず噛みついた。

 

「必要な犠牲だって!? 人間に、必要な犠牲なんてない! 人には誰にだって、生きる権利があるはずだ!」

「なら、どうするというのかね。貧困、差別……人は悪しき矛盾を抱え、それはいつの世になってもなくならない。そんな人間に、何を期待しろと?」

「……ッ!」

 

 冷めた目で見られ、俺は一瞬押し黙る。確かに、人間にはそんな一面がある。いや、もしかしたらそういう側面の方が強いのかもしれない。

 けれど、いやだからこそ。

 

「けど……けど、俺は変わっていく人をこの目で見てきた! 誰もが己の中にある心と向き合い、立ち上がってきたんだ! 人には可能性がある! たとえ何があっても、奮い立っていける可能性が!」

 

 かつては弱者を見下していた万丈目やクロノス先生。ひときわ自分に自信がなかった隼人。己の欲望に負けた理事長。弱い心に付け込まれた斎王。他にも多くの人が、そんな自分自身を変えて、今を生きている。

 そして少し前まで、自分はこの世界に生きる人間ではないと、どこかで一線を引いていた自分自身。

 しかし、誰もが今はそんなことはない。どんな人間でも、自分でそれを克服する力を持っているのだ。それを俺は見てきた。なら、それを知る俺がパラドックスの言葉を認めるわけにはいかない。

 

「そうか、ならば皆本遠也。その可能性とやらに縋り、抗ってみせるがいい。君が言う可能性が、人にあるというのならな」

「……わかった。デュエルだ、パラドックス!」

 

 俺は腕に着けたデュエルディスクをパラドックスに向ける。

 パラドックスがそんなものはないというのなら。俺は俺が知る彼らの強さを証明するためにも、人間にはそれだけの可能性があるんだということを、示さなければいけないのだ。

 

「よかろう。未来に希望などないのだと、証明してあげよう。そして、まずは君をこの歴史から抹消する。我が偉大な実験の一過程としてな」

 

 その言葉と同時に、パラドックがまたがっていたD・ホイールが音を立てて変形していく。

 シートカウルが垂直に立ち上がり、後輪部分が左右に展開する。同時に前輪はカウルの中へと畳み込まれ、ホバークラフトのようにD・ホイールだったものは宙へと浮き上がっていった。

 また、ペダル部分はシート部分と一体化し、そこにパラドックスは立ち、俺を見下ろす。

 その悠然と自信に満ちた表情で佇むパラドックスの視線を受けつつ、俺もまたデュエルディスクを展開。モーメントによる七色の輝きが俺の目に映った。

 

「遠也……」

 

 ふと、耳に届くマナの声。

 そういえば、これまで聞いたことはなかったが、パラドックスが過去に出現した時はまだ名もなき王の魂が遊戯さんに宿っていた時だった。

 そして、マナはその場で召喚されていたはずだ。

 となれば、ひょっとしてマナはパラドックスのことを知っているのかもしれない。そう思ってマナを見れば、その表情は俺を心配するもの。そして、パラドックスに向ける困惑の色が見えていた。

 それを見て、俺は確信する。間違いなく、マナはパラドックスを知っている。なら、パラドックスが使い手だったカード――「Sin」シリーズや実際に取った戦術なども知っていることだろう。

 そのアドバイスは、きっと俺の助けになる。なぜなら、俺はデュエルシーンの細部までは覚えていないからだ。そのぶん、助言は俺の力になるだろう。

 

 だが、俺は何も言わずにマナに背を向け、改めてパラドックスを見上げた。

 

 ……助言を受けるわけにはいかない。パラドックスは俺に「人に可能性があるというのなら見せてみろ」と言ったのだ。なら、俺は俺自身の力でそれを証明しなければいけない。

 

「いくぞ! このデュエルに勝つことで、人が持つ可能性をお前に見せる!」

「出来るものなら、やってみるといい」

 

 そうだ。俺自身がパラドックスを制してこそ、意味がある。未来はまだ変えていける。俺が負けると確信しているだろうパラドックスに勝ち、その可能性を証明してみせる!

 どこまでも余裕の表情を見せ、右腕にデュエルディスクを装着したパラドックス。その姿を見上げる。

 俺は背の向こうで見ているマナに親指を立てて、大丈夫だと告げる。そして一度息を吸い、そして吐き出す。

 

 ――悪いな十代、皆。俺はちょっと、遅くなりそうだぜ。

 

 一瞬の思考。そして、俺はデュエル開始の声を張り上げた。

 

「デュエルッ!」

 

皆本遠也 LP:4000

パラドックス LP:4000

 

「私の先攻、ドロー」

 

 カードを引いたパラドックスが、手札を見渡して口元に小さな笑みを浮かべる。

 そして、1枚のカードを手に取った。

 

「私は手札から罪深き世界――《Sin World》を発動する」

 

 ディスクのフィールド魔法ゾーンにカードがセットされる。

 その瞬間、パラドックスが乗るD・ホイールの両端についた突起から漆黒の稲妻が放たれ、周囲の木々を直撃する。

 その箇所から浸食するように広がっていく、闇色の空間。物体の縁取り線だけを残して宇宙を透かして見ているような、異様なフィールド。その中に立ち、俺は油断なくパラドックスの行動を見つめ続けた。

 

「このカードが発動している間、私はドローフェイズにドローを行わない代わりに、デッキから「Sin」と名のついたモンスター1枚をランダムに手札に加えられる。更に私はデッキの《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を墓地に送る」

 

 オートシャッフル機能によりデッキから選び取られた《真紅眼の黒竜》のカードを墓地に送ると、その瞬間パラドックスは手札のカードをディスクに叩きつけた。

 

「現れろ、《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!」

 

《Sin 真紅眼の黒竜》 ATK/2400 DEF/2000

 

 真紅眼の黒竜。まさにその姿そのものだが……その頭部や胴体、翼には、黒と白に装飾された装甲を着けている。

 これこそが「Sin」。Sinは既存の強力モンスターたちの進化、派生形のモンスターではない。元になるモンスターの対となるモンスター、それがSinモンスターだ。

 

「先攻は最初のターン、攻撃が出来ない。私はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 ターン終了と同時に、Sin 真紅眼の黒竜が咆哮を上げる。

 ビリビリと肌を刺す威圧感。さすが、音に聞こえた強力モンスターの一角である。

 だが、だからといって負けるわけにはいかないのだ。俺はしっかりと大地を踏みしめ、デッキトップに指をかけた。

 

「俺のターン!」

 

 手札を確認し、これならば早速いけると大きく頷く。そして、まずは1枚のモンスターカードをフィールドに置いた。

 

「俺は《音響戦士(サウンド・ウォリアー)ベーシス》を召喚!」

 

《音響戦士ベーシス》 ATK/600 DEF/400

 

 ベースギターに手足が生え、自身でベースギターを演奏するチューナーモンスター。その効果は、まさにシンクロ召喚をするためにあるものだ。

 

「ベーシスの効果発動! 手札の枚数分、場の音響戦士1体のレベルをアップさせる! 俺の手札は5枚! よってベーシスのレベルを1から6に変更!」

 

《音響戦士ベーシス》 Level/1→6

 

「更に魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスターカード《ゼロ・ガードナー》を墓地に送り、デッキからレベル1の《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」

 

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「チューニング・サポーターはシンクロ召喚の時、レベルを2として扱える! レベル2となったチューニング・サポーターにレベル6となっている音響戦士ベーシスをチューニング!」

 

 ベーシスとチューニング・サポーターが飛び上がり、6つの輝くリングと2つの星に変化する。

 そして2つの星が6つのリングを潜り抜けた時、大きな光が溢れ出した。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 その光の中から飛び立つ、白銀のドラゴン。光の粒子を振りまきつつ姿を現し、俺のフィールド上にて滞空する。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「チューニング・サポーターの効果により、カードを1枚ドローする!」

 

 スターダストの攻撃力は2500。Sin 真紅眼の攻撃力を上回る値だ。ゆえに、問題なく倒すことが出来る。

 

「バトル! スターダスト・ドラゴンでSin 真紅眼の黒竜を攻撃!」

 

 スターダスト・ドラゴンの口腔に集っていく形無き砲弾。

 しかしその瞬間、パラドックスの口元が大きく笑みに歪んだ。

 

「それを待っていたぞ! 皆本遠也!」

「なに!?」

「――リバースカードオープン!」

 

 そう言ってパラドックスは場に伏せられていたカードの1枚を表側表示に変える。

 そこに伏せられていたカード。それは、何も絵柄などが浮かんでいない漆黒のカードであった。

 

「無地のカード!?」

 

 瞬間、気づく。

 しまった……! パラドックスには、このカードがあったのだ。

 

「クク、これは私が作り出した特別なカード。相手のモンスターを奪い取る!」

「くッ……!?」

 

 瞬間、そのカードから無数のカードが連なるように飛び出してスターダスト・ドラゴンへと向かう。鎖のようにスターダストの周囲に巻きついて行動を阻んだそれは、やがて球体状の檻を形作ってスターダスト・ドラゴンを覆い包んでしまった。

 そしてその檻を形成していたカード群は、スターダストを中に閉じ込めたままパラドックスの場のカードへと吸収されていってしまう。

 その異常な光景が終わった時、無地であったはずのカードにはスターダスト・ドラゴンの姿とテキストが写し取られていた。

 

「ハハハ! 貴様のスターダストは確かにいただいた! もともとは不動遊星からいただく予定だったが、その手間が省けたな。そしてモンスターを吸収したこのカードは、そのモンスターが収まるべきデッキに加えられる!」

 

 スターダストが吸収された黒いカードを指で挟み、パラドックスはそれをエクストラデッキに入れる。これで、奴のエクストラデッキには《スターダスト・ドラゴン》が加わったというわけだ。

 

「遠也! スターダスト・ドラゴンのカードが……!」

 

 その時、背後から聞こえるマナの声。それにはっとしてフィールドに置かれたスターダストのカードを見た俺は、あまりのことに一瞬言葉を失った。

 

「スターダストの姿が――消えた……!」

 

 スターダストのイラストが描かれていた部分にスターダストの姿はなく、そこには背景しか存在していなかった。

 通常であれば考えられないような状態。その異状に愕然としていると、パラドックスが口角を持ち上げて笑う。

 

「言っただろう、お前のスターダストはいただいたと! 私からスターダスト・ドラゴンを取り戻さぬ限り、お前はもうスターダストを使うことは出来ない!」

「ぐッ……!」

 

 迂闊だった……! 原作で確かにパラドックスは遊星からスターダストを同じ手で奪い取っていた。それを知っていたはずなのに、俺は完全にそれに対する警戒を怠っていたのだ。

 思った以上に、俺は動揺していたらしい。悔やんでも悔やみきれないが、既に奪われてしまった以上何を思っても後の祭りだ。

 

「……カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。そして、もう一度パラドックスの姿を真正面から見据える。

 奪われたなら、どうにかしてスターダストを取り戻すしかない。

 そのための手段はいまだ手札にないが……このままで終わるわけにはいかない。スターダストは、確かに不動遊星を象徴するモンスターだ。しかし、今では俺にとってもかけがえのない仲間だ。

 その仲間を、諦めるわけにはいかない。

 

「私のターン! 私はドローしない代わりに、デッキから「Sin」と名のつくモンスターをランダムに手札に加える! 更にデッキから《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を墓地に送り、《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴ)》を特殊召喚!」

 

 そして真紅眼の黒竜に並び立つ、白く輝く身体に一対の青い目。真紅眼と同じく黒と白の装甲を各所に着けたそのドラゴンが、翼を広げて咆哮を上げた。

 

《Sin 青眼の白龍》 ATK/3000 DEF/2500

 

「青眼の白龍……! 海馬さんのカード……!」

「そうだ、これは海馬瀬人を象徴するカード。このデッキは各時代で最強のカードを集めた、別次元の領域。実験の最終段階になれば、まさに最強となるだろう」

 

 馬鹿な……俺の記憶が確かなら、パラドックスは5D’sからGX、そして無印へと順番に移動していき、その中でモンスターを奪って行ったはず。スターダストをまだ手に入れていない以上、最初の5D’sにも行っていないはずだ。

 なら、青眼の白龍を持っているのはおかしい。真紅眼の黒竜は量産されているから納得できるが、青眼の白龍は世界に3枚しかないカードだ。入手しているはずがない。

 が、今パラドックスは何か気になることを最後に言っていた。

 

「……最終段階になれば、だって?」

「言ったはずだ、実験の途中だと。私のSinは私自身が作り出した特別なカード群。これは実験によって完成するであろうデッキのプロトタイプにすぎない」

 

 ……つまり、各時代の最強カードを収集する前。Sinの具合を確かめるための試験用カードであり、本物ではないということだろうか。

 そうであるとするならば、本来持っていないはずのカードを持っている点には納得できる。

 

「既に実験は秒読み。あとは各時代に赴くだけになっている。君を倒し、ゾーンの頼みを聞き届けた後に、このデッキは真の姿へと変わっていくことだろう」

 

 腕を広げ、宣言するように言ったパラドックスは、涼しい顔のまま更に続ける。

 

「そしてSinの調整も既にほぼ終わり、充分な力を発揮できている。例えばこの《Sin World》が持つ第2の効果……このフィールドの中のデュエルでライフが0になることは、死を意味する」

「なッ――!?」

 

 驚きの声を漏らした俺に、パラドックスが小さく笑む。

 

「我がSinは既に万全。モンスターを捕獲するカードの実験にも成功した。……あとは実戦のみ。君には最終調整に付き合ってもらおう。――バトルだ。Sin 真紅眼の黒竜で直接攻撃(ダイレクトアタック)! 《黒炎弾》!」

 

 パラドックスの指示により、Sin 真紅眼の黒竜の口から火の粉が漏れ始める。そして大きく口を開けた次の瞬間、人間一人程度ならば軽く飲み込むほどの火球が一気に解き放たれた。

 俺の場にモンスターはいない。ゆえに、その火球は俺に直撃する。

 

「くッ……ぐぅぁああぁああッ!!」

「遠也ッ!」

 

遠也 LP:4000→1600

 

 衝撃に吹き飛ばされ、身を包む業火に俺は身をよじらせる。火傷こそないものの、ダメージそのものは本物だ。身を苛む激痛に叫び声を上げる俺に、マナが駆け寄ってくる。

 炎は時間を置かずに消えたが、やはりいきなりの2400ダメージは大きい。俺はマナに肩を貸してもらい、どうにか立ち上がるとディスクを操作してフィールドに手をかざした。

 

「ぐ、ぅ……! 罠、発動! 《痛恨の訴え》! 俺が、直接攻撃によってダメージを受けた時に発動できる! 相手フィールド上で最も守備力が高いモンスター1体を選択し、次の俺のターンのエンドフェイズまでコントロールを得る!」

「なに!」

 

 相手の場で最も守備力が高いのは、当然守備力2500ポイントのSin 青眼の白龍。よって、Sin 青眼の白龍は次のエンドフェイズまで俺の場に移動する。

 だが……。

 

「この効果でコントロールを得たモンスターの効果は無効化され、攻撃宣言は出来ない」

「ふん、あくまで足掻くか。私はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 カードを1枚伏せてきたか。それを確認しつつ、肩を貸してもらっていたマナから離れる。

 その際に俺の名前を呼ぶマナに軽く手を振り、俺は再びパラドックスの前に立った。

 

「俺のターンッ! 魔法カード《アドバンスドロー》を発動! 俺の場に存在するレベル8以上のモンスター《Sin 青眼の白龍》をリリースし、デッキから2枚ドロー!」

 

 これで手札は5枚。俺の場にモンスターはおらず、相手の場には攻撃力2400のSin 真紅眼の黒竜がいる。

 ならば。

 

「このカードは墓地の魔法カードを除外することで特殊召喚できる! 俺は墓地のアドバンスドローを除外し、《マジック・ストライカー》を特殊召喚!」

 

《マジック・ストライカー》 ATK/600 DEF/200

 

「更に《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により、墓地からレベル2以下のモンスター1体を効果を無効にし、表側守備表示で特殊召喚する! 来い、《チューニング・サポーター》!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「レベル3のマジック・ストライカーとレベル1のチューニング・サポーターに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吼えろ、《ジャンク・バーサーカー》!」

 

 光を豪快に戦斧で切り裂き現れたのは、赤い鎧に身を包んだ鬼面の戦士。身の丈よりも大きな斧を担ぎ、大地を踏み鳴らして雄々しく相手の前に立ち塞がった。

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700 DEF/1800

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地の「ジャンク」と名のつくモンスターを除外することで、その攻撃力分相手モンスターの攻撃力を下げる! 《レイジング・ダウン》!」

 

 俺が除外したのは、たった今ジャンク・バーサーカーのシンクロ素材となった《ジャンク・シンクロン》。

 よってその攻撃力の値である1300ポイント、Sin 真紅眼の黒竜の攻撃力はダウンする。

 

《Sin 真紅眼の黒竜》 ATK/2400→1100

 

「いけ、ジャンク・バーサーカー! Sin 真紅眼の黒竜に攻撃! 《スクラップ・クラッシュ》!」

 

 その風体からは想像できない敏捷性でジャンク・バーサーカーはSin 真紅眼の前に立ち、飛び上がる。

 そして巨大な斧を脳天から一気に振り下ろし、たまらずSin 真紅眼は爆散した。

 

「くッ! おのれ……!」

 

パラドックス LP:4000→2400

 

「だがこの瞬間、罠発動! 《Sin Tune》! 「Sin」と名のつくモンスターが戦闘で破壊された時、デッキからカードを2枚ドローする!」

 

 手札補充をしてきたか。なら、恐らくは次のターンで仕掛けてくるはず。

 しかし、今の俺の手札では……。だが、どうにか耐えてみせるしかない。

 

「俺はカードを1枚伏せ、ターンエンド!」

「私のターン! 私はドローする代わりに、デッキからランダムに「Sin」と名のつくモンスターを手札に加える」

 

 ドローした勢いのまま腕を伸ばし、指の間に挟まれたカードをパラドックスが確認する。そしてそれを見た瞬間、パラドックスの顔が愉悦に歪む。

 

「クク、ハッハッハ! これで君を葬り去る準備は整った」

「ッ、く……!」

 

 やはり、何かキーカードを引いたのか。警戒する俺に、パラドックスはただ手札のカードを手に取った。

 

「手札から魔法カード《Sin Selector》を発動! 墓地の《Sin 真紅眼の黒竜》と《Sin 青眼の白龍》を除外し、デッキから「Sin」と名のついたカード2枚を手札に加える」

 

 これでパラドックスの手札は6枚。更に、そのデュエルディスクのオートシャッフル機能が、パラドックスのデッキをシャッフルして1枚のカードを選び出した。

 

「デッキから《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》を墓地に送り、《Sin レインボー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

 パラドックスがカードを置いた瞬間、フィールドに現れる美しいオーロラの世界。その虹色のビロードを潜るようにして、自身もまた七色の宝玉を持つ美しいドラゴン――レインボー・ドラゴンが姿を現した。

 

《Sin レインボー・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/0

 

「レインボー・ドラゴン……!」

 

 いまだこの時点では本来の持ち主であるはずのヨハンでさえ持っていない、宝玉獣最大の切り札。たとえモノクロの鎧に包まれていようと、その特徴的な姿を間違えはしない。

 未来の世界に生きたパラドックスには、世界に1枚しかないカードでさえ自由にできるということなのか。

 

「更にエクストラデッキから《サイバー・エンド・ドラゴン》を墓地に送り、《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

 Sin レインボー・ドラゴンの巨躯と並ぶ大きさを誇る、機械の竜。三つ首と翼にこちらも同じく鎧を着け、唸るような声を上げて翼を広げた。

 

《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

「カイザーのカードまで……」

「まだだ! 私は更にエクストラデッキから《スターダスト・ドラゴン》を墓地に送る! 出でよ! 《Sin スターダスト・ドラゴン》!」

 

 そして現れる3体目のモンスターは、俺にとっても非常に見慣れたモンスター。

 ただしその姿は、先のSinモンスターと同じく鎧のような装甲によって変わり果てた姿となっていた。

 

《Sin スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「Sin スターダスト・ドラゴン……! これが、スターダストの対となる姿だと!」

 

 咆哮を響かせるSin スターダスト・ドラゴン。しかし、その声がどこか悲しく聞こえるのは、俺の気のせいだろうか。

 

「それでは、君のスターダストに早速役立ってもらうとしよう。私はチューナーモンスター《Sin パラレル・ギア》を召喚!」

 

《Sin パラレル・ギア》 ATK/0 DEF/0

 

 歯車と細い鉄の棒を無理やりくっつけたような、どこかアンバランスな姿をした小さなモンスター。

 だが、このモンスターを未来の人間であるパラドックスが使用することには驚きを隠せない。

 

「チューナーモンスター? シンクロは未来を滅ぼした力だったはずじゃ……?」

 

 俺が声を上げると、パラドックスは苦虫を噛み潰したような顔になる。そして、冷静な表情が一転して激情を宿した顔になった。

 

「そのような矛盾など、大したことではない。未来を救うために、過去を犠牲にする矛盾を受け入れた時からな!」

「パラドックス……」

 

 最後のほうには声を荒げ、叫ぶような口調になっていた。

 やはり、彼らは取れる手段が他にないからこそ過去を犠牲に未来を救う道を選んだのだ。その答えに至るまでの苦悩を凝縮したかのような叫び。その痛みを実感させられる、そんな声だった。

 

「私はレベル8のSin スターダスト・ドラゴンにレベル2のSin パラレル・ギアをチューニング!」

 

 パラレル・ギアが黒く輝くリングとなり、その中に納まるように立ったSin スターダストは8つの星へと姿を変える。

 

「――次元の裂け目から生まれし闇、時を越えた舞台に破滅の幕を引け! シンクロ召喚! 《Sin パラドクス・ドラゴン》!」

 

 溢れ出すのは光ではなく黒き闇。それがまるで竜巻のように激しく荒れ狂う中から黒い翼を広げて現れたのは、Sin サイバー・エンドやSin レインボー・ドラゴンの倍以上はある巨大なドラゴンだった。

 

《Sin パラドクス・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/4000

 

 白と黒が交互に連なり胴から尾にかけて伸びる。金色の角を頭部に複数生やし、Sin パラドクス・ドラゴンは漆黒の目玉の中で細く赤い瞳をことさら細めてこちらを見据えてきた。

 

「Sin パラドクス・ドラゴンの効果発動! このカードがシンクロ召喚に成功した時、墓地のシンクロモンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚できる! 蘇れ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「スターダスト……」

 

 鎧も何もつけていない、本当に見慣れたスターダスト。それだけに、今は相手の場にいるという事実が、どこか寂しかった。

 

「更にSin パラドクス・ドラゴンの効果。この効果で蘇生したシンクロモンスターがいる限り、その攻撃力分、相手モンスター全ての攻撃力はダウンする」

「なんだと!?」

「呪いを受けよ、ジャンク・バーサーカー!」

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700→200

 

 ジャンク・バーサーカーの身を黒い靄のようなものが包み、一気にその攻撃力が下がる。

 そしてこの攻撃力で攻撃を受けたら、俺のライフは一気に0を刻むことになる。

 

「さらばだ、皆本遠也。私の実験における最後の調整に付き合ってくれたことには感謝しておこう。――Sin パラドクス・ドラゴンでジャンク・バーサーカーを攻撃!」

 

 パラドクス・ドラゴンの口から放たれる、どこか暗い色をした光の砲撃。その強力無比な攻撃を受ければ、俺は一巻の終わり。

 だがしかし、こんなところでやられるわけにはいかない。表情の変わらない俺に、マナが信頼を込めた声で俺の名前を呼んだ。

 

「遠也!」

「ああ! 罠発動、《リビングデッドの呼び声》! 墓地からモンスターを攻撃表示で特殊召喚する! 蘇れ、《ゼロ・ガードナー》!」

 

《ゼロ・ガードナー》 ATK/0 DEF/0

 

 青く航空機のような翼とプロペラをつけた小さな身体のモンスターが、巨大な輪型のオブジェをぶら下げて俺のフィールドに現れる。

 これでこの攻撃は防御できる。しかし、だからといって1体だけでは続く攻撃を防ぎきることが出来ない。

 通常であれば、だ。

 

「俺は《ゼロ・ガードナー》の効果を発動! このカードをリリースすることで、このターン俺が受ける戦闘ダメージを0にし、モンスターも戦闘によっては破壊されない!」

 

 ゼロ・ガードナーがぶら下げたオブジェがジャンク・バーサーカーの眼前に降ろされ、それはパラドクス・ドラゴンの攻撃を完全に防ぎきる。

 そして、もし続く攻撃があったとしても結果は同じ。ダメージだけでなく、モンスターも守ることが出来るので攻撃する意味がない。

 これこそが生きた《和睦の使者》と言われる所以だ。更に誘発即時効果であるため、発動できるタイミングが多いのもこのカードの優秀な点だ。

 

「小癪な……! 私はカードを2枚伏せて、ターンエンド!」

「俺のターンッ!」

 

 このターンはどうにか凌いだか。だが、いつまでもこれが続く保証はない。どうにかして、攻めに転じたいところだが……。

 

「魔法カード《マジック・プランター》を発動! 俺の場の永続罠《リビングデッドの呼び声》を墓地に送り、2枚ドローする! 更に《増援》を発動! デッキからレベル4以下の戦士族1体を手札に加える! 《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、そのまま召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300→0 DEF/500

 

 Sin パラドクス・ドラゴンの効果により、相手フィールド上のスターダスト・ドラゴンの攻撃力分俺のモンスターの攻撃力はダウンする。

 まぁ、チューナーの攻撃力が下がったところで問題はない。シンクロ素材にしてしまえばいいのだから。とはいえ、シンクロモンスターの攻撃力が下がってしまうのは痛い。出来るだけ早く何とかしなければ。

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地からレベル1の音響戦士ベーシスを効果を無効にして特殊召喚! 更に墓地からモンスターの特殊召喚に成功したため、手札から《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚する!」

 

《音響戦士ベーシス》 ATK/600→0 DEF/400

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800→0 DEF/800

 

 ジャンク・シンクロンとドッペル・ウォリアー。互いが互いの効果を最大限に生かす、抜群のシナジーを誇る2体。

 それによって、まずはレベル5のシンクロモンスターを召喚する場が整った。

 

「レベル2のドッペル・ウォリアーにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG(テック・ジーナス) ハイパー・ライブラリアン》!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400→0 DEF/1800

 

 白く丈の長いローブを纏いつつも、手に持っている電子端末のためかどこか近未来的に見えるバイザーをかけた司書風の男。

 俺のフィールドに守備表示で現れたその姿を見て、パラドックスの表情が驚愕に染まる。

 

TG(テック・ジーナス)だと!? アンチノミーが好んで使うカード……! もうこの時代に存在しているというのか!」

 

 どうやら、シンクロ召喚が彼らの知る歴史よりも早く登場したことによる違いだと誤解してくれたらしい。

 真実を話すわけにはいかないので、ここはそのまま勘違いしていてもらおう。

 

「ドッペル・ウォリアーの効果発動! このカードがシンクロ素材となって墓地に送られた時、レベル1の《ドッペル・トークン》2体を特殊召喚できる!」

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400→0 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400→0 DEF/400

 

 ドッペル・ウォリアーのトークン生成能力。これもまたシンクロ召喚には非常に有用な効果だ。そしてこれで俺の場にはレベル1のトークンとレベル1のチューナーが揃った。

 ならば、することは一つ。俺は手をフィールドにかざした。

 

「レベル1ドッペル・トークンにレベル1の音響戦士ベーシスをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200→0 DEF/1500

 

 ハイパー・ライブラリアンと同じく守備表示でのシンクロ召喚。そしてこの2体が揃ったことで、その効果が発動する。

 

「ハイパー・ライブラリアンの効果、自分か相手がシンクロ召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローする。そしてフォーミュラ・シンクロンはシンクロ召喚に成功した時1枚ドロー出来る。合計で2枚ドロー!」

 

 手札消費0で2体のシンクロモンスターが出てくる。元の世界でもこのギミックを目一杯取り入れたデッキがかつて環境の頂点に立ったほど、強力なコンボだ。

 そして俺は更に1枚のカードを手に取った。そして、俺の少し後ろにいるマナに目を向ける。

 俺が視線を向けると、マナは頷いて応える。それを受け、俺はそのカードをディスクに差し込んだ。今この場に存在するハイパー・ライブラリアンの種族は魔法使い族である。よって。

 

「速攻魔法、《ディメンション・マジック》を発動! 俺の場に魔法使い族がいる時、場のモンスター1体をリリースし、手札から魔法使い族1体を特殊召喚する! ドッペル・トークンをリリース! 来い、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→0 DEF/1700

 

 背後のマナが精霊化し、そして俺のフィールド上に再びその姿を現す。攻撃力は0になるので、守備表示でだが。

 そしてマナは俺を助けるために一度実体化して以降そのままでいたため、パラドックスにもその姿は見えていた。そのマナがいきなり消えてフィールドに出現したことで、パラドックスもマナの正体を察したようだった。

 

「ほう、精霊だったのか。この時代に、遊城十代と同じく精霊を操るデュエリストがまだいたとは……」

「操るとはちょっと違うな。こいつは俺の相棒だ! 更にディメンション・マジックの効果、相手モンスター1体を破壊する! Sin パラドクス・ドラゴンを破壊!」

 

 この破壊が通れば高攻撃力のモンスターが消え、更に攻撃力ダウンの効果もなくなる。それを狙ってのことである。

 ディメンション・マジックの効果によるエネルギーが閃光となってSin パラドクス・ドラゴンを襲う。しかし、パラドクス・ドラゴンに当たる直前。閃光は一瞬で弾け飛んだ。

 当然、パラドクス・ドラゴンは無傷である。

 

「な……! 破壊されないだって!?」

 

 驚きを隠せず声を上げる俺に、パラドックスは余裕を滲ませた笑みを見せた。

 

「残念だったな。私はこの罠カードを発動していたのだよ! 罠カード《Sin Force》! 発動後このカードは「Sin」モンスターに装備され、魔法・罠の効果を受けない! Sin パラドクス・ドラゴンはこの効果を受けている!」

 

 Sin Force……! パラドックスの場に伏せられていたカードの1枚か。確かに、よく見ればSin パラドクス・ドラゴンの身体を覆う輝きが目に映る。

 ここで破壊できていればとは思うが、気持ちを切り替えていくしかない。

 

「ジャンク・バーサーカーを守備表示に変更。更に《貪欲な壺》を発動! 墓地の《マジック・ストライカー》《ゼロ・ガードナー》《ドッペル・ウォリアー》《音響戦士ベーシス》《ジャンク・シンクロン》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 合計5枚をデッキに戻し、2枚ドロー。それによって俺の手札は4枚となる。

 俺は手札をじっと見渡し、取るべき行動を判断する。

 

「……カードを3枚伏せ、ターンエンド!」

「私のターン! 2枚目の《Sin Selector》を発動! 墓地の《Sin パラレル・ギア》と《Sin スターダスト・ドラゴン》を除外し、「Sin」と名のつくカード2枚を手札に加える!」

 

 カードを引いたパラドックスが、4体のモンスターが守備表示で存在する俺のフィールドを見て、余裕の笑みを深める。

 

「モンスターを全て守備表示にしようと無駄なこと。私のフィールドには3体のSinモンスターに加え、スターダスト・ドラゴンがいる。そしてその攻撃力は、お前の場のモンスターの守備力を大きく上回っている」

 

 確かに、パラドックスの言う通りだ。相手の場には攻撃力4000を超える大型モンスターが3体もいるうえに、スターダスト・ドラゴンまで存在している。そしてパラドクス・ドラゴンの効果により、こちらがモンスターを召喚しても攻撃力は2500ポイントも下がることになる。

 攻撃力でも、守備力でも。対抗することは出来ない。パラドックスはそれを理解しているから、ああして余裕の表情で俺を見ているのだろう。

 だが。

 

「それはどうかな」

「なに?」

 

 それは俺が何もしなかったらの話。俺のフィールドには、切り札を呼び出す一手が残されている!

 

「リバースカードオープン! 罠カード《シンクロ・マテリアル》! このカードは、相手の場に存在するモンスター1体を選択して発動する! このターン俺がシンクロ召喚をする時、その相手モンスターをシンクロ素材とすることが出来る!」

 

 相手のモンスターをシンクロ素材にし、モンスター除去を行いつつ自分はシンクロ召喚を行えるという強力なカード。だがその強力な効果ゆえに、発動ターン俺はバトルフェイズを行えないという制約がある。が、相手のターンならばそのデメリットも関係がない。

 しかしこのタイミングでこのカードを発動させたことが予想外だったのか、パラドックスは目を見張って俺を見た。

 

「馬鹿なッ! 今は私のターンだ! お前がシンクロ召喚など……まさか!」

 

 何かに思い当たったのか、ハッとして声を上げるパラドックス。

 その想像は恐らく当たりだ。俺は口の端を持ち上げて笑った。

 

「そのまさかだ! 俺はお前の場に存在するスターダスト・ドラゴンを選択する! ……可能性を信じた先にこそ、この境地は存在する! ――クリアマインドッ!」

 

 パラドックスのフィールドでスターダスト・ドラゴンが嘶きを上げ、俺のフィールドのフォーミュラ・シンクロンと共に飛び上がる。

 

「レベル8シンクロモンスター《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニング!」

 

 フォーミュラ・シンクロンは2つの光輪を形作り、その中に飛びこんだスターダスト・ドラゴンは一気に加速して更なる上空へと駆け上がっていく。

 そして俺はスターダストの姿が消えていたカードに視線を落とす。そこには今、はっきりとスターダストの姿が浮かび上がっていた。

 そして反対に、パラドックスの場に出ていたスターダスト・ドラゴンのカードはガラスが割れるように砕け散った。

 

「パラドックス! スターダスト・ドラゴンは返してもらったぜ!」

「ち……!」

 

 忌々しげに俺を見てくる。しかしこれを妨害する手段はないのか、パラドックスは睨みつけてくるだけだった。

 妨害がないならば、やるべきことをやるだけだ。更に加速して光を纏うスターダストに向け、俺は手を掲げた。

 

「集いし夢の結晶が、新たな進化の扉を開く! 光差す道となれ! アクセルシンクロォォオオオッ!」

 

 瞬間、速さの限界を超えたスターダストの姿が音すら置き去りにして消え去る。そしてその直後、新たな姿となって俺の背後の空間からスターダストは飛び出した。

 

「――生来せよ! 《シューティング・スター・ドラゴン》!」

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 力強く、よりスピードを超えるために洗練された白く輝く流線型のボディ。逞しく発達したその身体を思いきり空中で広げ、シューティング・スター・ドラゴンは俺の頭上でSinモンスターたちと対峙した。

 奪われたスターダスト・ドラゴンは返してもらった。そして、今この場でスターダスト・ドラゴンがいなくなったことで出る影響は、シューティング・スターを出したことだけに留まらない。

 

「お前のフィールドからスターダスト・ドラゴンがいなくなったことで、俺の場のモンスターの攻撃力は全て元に戻る!」

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/200→2700

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/0→2400

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/0→2000

 

 全て守備表示のため関係ないといえば関係ないが、これで次の俺のターンで攻勢に出ることも可能になった。

 

「更にハイパー・ライブラリアンの効果で、1枚ドロー!」

 

 そして俺のフィールドにて輝きを放つシューティング・スターを、パラドックスは驚愕と動揺が混ざり合った複雑な顔で見つめていた。

 

「アクセルシンクロだと……! この時代にそれを可能にしたというゾーンの話は事実だったのか。やはり、君にはここで消えてもらった方がいいようだ、皆本遠也」

「そう簡単にやられると思うか?」

 

 改めて俺を消すと言ったパラドックスに、俺は挑発とも取れる言葉を返す。

 しかし、それにパラドックスは小さく笑みを見せるだけだった。

 

「ふ、粋がるのもそこまでだ。アクセルシンクロをしたところで、シューティング・スター・ドラゴンの攻撃力は3300。我がSinモンスターには全く届いていない。無駄な足掻きというものだ」

「どうかな……やってみなければわからないぜ!」

 

 パラドックスは俺の言葉に首を小さく振って応える。

 

「強がりはよすんだな。Sin サイバー・エンド・ドラゴンの効果を忘れたか。このモンスターが守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を超えていれば、その数値分相手にダメージを与える」

「……ッ!」

 

 いわゆる貫通効果。

 そして俺の場に守備表示で存在するブラック・マジシャン・ガール、ハイパー・ライブラリアン、ジャンク・バーサーカーは、順に守備力が1700、1800、1800となっている。

 攻撃力4000のSin サイバー・エンドの攻撃を受ければ、貫通効果で俺のライフは0になってしまうというわけだ。

 言葉に詰まった俺を見て、パラドックスは笑う。

 

「ふふ、だがまずはその目障りなドラゴンに消えてもらうとしよう。Sin パラドクス・ドラゴンよ! シューティング・スター・ドラゴンを攻撃し、破壊しろ!」

 

 パラドクス・ドラゴンが再びその口にエネルギーを凝縮し始める。シューティング・スターを最初の攻撃目標に選んだのは、徹底的に俺を叩きのめすという意思の表れか。

 徐々にパラドクス・ドラゴンのもとに集まった巨大なエネルギー。それを一気に解き放とうとしたその時。俺はシューティング・スターの効果を発動させていた。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、3つの効果から1つを選択して発動する! 俺はシューティング・スター・ドラゴンを除外することで、相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

「なに!?」

 

 シューティング・スター・ドラゴンが甲高い声で嘶くと同時に、その身体を光の粒子へと変えてフィールドから消えていく。

 同時にパラドクス・ドラゴンの口に集っていたエネルギーも霧散し、パラドクス・ドラゴンはそのまま静止するのだった。

 その様を憎々しげに見た後、パラドックスは再びフィールドに目を向けた。

 

「おのれッ、ならばSin サイバー・エンド・ドラゴンでブラック・マジシャン・ガールを攻撃! どのみちこの貫通効果でお前は終わりだ! 喰らえ、《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 三つ首の龍から放たれる、三つの巨大な光の砲弾。それを食らえば、確かに俺はひとたまりもない。

 それを防ぐ手立てはある。だが、そのためにはマナを犠牲にしなければならない。

 俺はマナを見る。そして、その視線を受けたマナが察したように頷いた。

 

「すまない、マナ……! 罠カード《ガード・ブロック》を発動! この戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドローする!」

『気にしないで、遠也……! きゃあっ!』

「く……!」

 

 マナを守ることが出来なかったことは、痛い。

 しかし、俺よりも攻撃を止められたパラドックスのほうが平静ではいられないようだ。更なる追撃をするべく、パラドックスはフィールドに残された最後の1体に指示を出した。

 

「Sin レインボー・ドラゴン! ジャンク・バーサーカーを薙ぎ払え! 《オーバー・ザ・レインボー》!」

 

 Sin レインボー・ドラゴンの口元に展開される環状の虹。その真ん中を潜るようにして放たれた光線を防ぐ術は俺にはない。

 それはジャンク・バーサーカーを直撃し、その身を四散させた。

 

「ぐぅッ……!」

 

 だがこれで全ての攻撃は防ぎ切った。逆に防がれたパラドックスの表情は厳しいものだったが。

 

「私は更にカードを2枚伏せ、ターンエンド!」

「シューティング・スター・ドラゴンの効果もこの時発動! 自身の効果で除外されたターンのエンドフェイズに俺の場に帰還する! 再び飛び立て、シューティング・スター・ドラゴン!」

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 光の粒子が集い、再びシューティング・スターの姿を形作る。フィールドに再び現れたその姿に、パラドックスは鼻を鳴らして応える。

 

「やはり戻ってきたか。だが、それがどうした。所詮は攻撃力の足りないモンスター。対して私の場には攻撃力が4000を超えるモンスターが3体いる。無駄な足掻きというものだ」

 

 どこまでも自分の優位を疑ってはいないパラドックス。

 俺が食いついてくることを不快に思いつつも、やはり自分が負けるとは微塵も思っていないようだ。

 だが、それは間違っている。

 

「どうやら、お前は知らないみたいだな」

「なに?」

 

 訝しげな顔を見せるパラドックスに、俺は小さく笑みを見せた。

 まったく……デュエリストならば、これぐらいのことは知っていてほしいものだ。

 

「教えてやるぜ! デュエルってのはな、最後の最後までどうなるかなんてわからないのさ! ――俺のターンッ!」

 

 僅かな笑みを顔に残したまま、俺はカードを引く。

 そうだ、だからこそデュエルは面白い。だからこそ、俺たちはこのデュエルモンスターズに全てを懸けて戦うことが出来るのだ。

 

 ――そうだろう、十代!

 

 今は別行動となり、学園の皆のために戦っているだろう友のことを思い起こす。俺たちは皆、そんなデュエルモンスターズによって絆を紡ぐことが出来た。デュエルモンスターズは、俺たちにとってもなくてはならないものだ。

 それをなくさせるわけにはいかない。そして、また皆と楽しく過ごすためにもここで死ぬわけにはいかないのだ。

 

「罠カード《亜空間物質転送装置》を発動! エンドフェイズまで俺の場のモンスター1体を除外する! シューティング・スター・ドラゴンを除外!」

 

 これで俺の場に存在するモンスターはライブラリアンだけとなった。僅かに1体のみのフィールド。だが、これで……!

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果により、墓地からレベル1の《チューニング・サポーター》を特殊召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 再び俺の場に現れるジャンク・シンクロンと、チューニング・サポーター。そしてこの瞬間に俺は手札から1枚のカードを発動させた。

 

「速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動! 相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分の場に攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚した時、その特殊召喚したモンスターの同名カードをデッキ・手札・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する!」

 

《チューニング・サポーター2》 ATK/100 DEF/300

《チューニング・サポーター3》 ATK/100 DEF/300

 

 一気にフィールドにモンスターを並べることが出来る強力な効果を持ったカード。それによって、チューニング・サポーター2体がデッキから俺のフィールドに現れる。

 しかし、地獄の暴走召喚は強力であるがゆえにデメリットもまた強力だ。

 

「この時、相手は自分の場のモンスター1体を選択し、その同名カードを相手自身の手札・デッキ・墓地から特殊召喚できる」

 

 そう、相手の場にいるモンスターと同じカードを相手にも召喚させるという効果。こちらは攻撃力1500の縛りがなく、下手をするとフィニッシャー級のモンスターを増やすことになる諸刃の剣なのだ。

 だが、パラドックスは忌々しげな顔をした。

 

「Sinモンスターは、特殊な召喚条件を持つモンスター……! その効果を得るのはお前だけだということか!」

 

 そう、Sinモンスターはデッキから対となるモンスターを墓地に送ることで手札から高攻撃力のモンスターを特殊召喚できる強力なカード群。

 だがその反面、一部例外を除き、それ以外の方法での特殊召喚が出来ない。今回はその穴を突かせてもらった形だ。パラドックスの言うように、地獄の暴走召喚の恩恵は俺だけが受ける。

 

「チューニング・サポーターの効果発動! シンクロ素材とする時、レベルを2として扱える! レベル2となったチューニング・サポーター2体とレベル1のチューニング・サポーターに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は8。そして、「ジャンク」にはシンクロ素材の数が増えるほど効果が強化されるシンクロモンスターが存在している。

 

「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 現れるのは、パラドクス・ドラゴンには及ばないもののサイバー・エンドなどとは並ぶ巨体を誇る黒鉄の巨人。

 そしてシンクロ召喚に成功したため、その効果が発動する。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、シンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで相手の場のカードを破壊できる! 俺はフィールド魔法《Sin World》を破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 ジャンク・デストロイヤーから放たれるエネルギーの波が、宇宙のごとき光景を作り出していたフィールドに溢れ、圧力をかけていく。その奔流はやがてフィールドの耐久値の限界に達し、ガラス細工が砕けるような音と共に不可思議な風景は消え去り、元の緑あふれる森林へとその姿を戻していった。

 

「ぐぅッ、私のSinモンスターが……!」

 

 同時に、パラドックスの場に存在していた《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》《Sin レインボー・ドラゴン》《Sin パラドクス・ドラゴン》もその姿を維持できずに消えていく。

 Sinモンスターは、その極めて容易な召喚条件と引き換えに、フィールド魔法《Sin World》がなければ存在できないのだ。そのSin Worldが消えた今、3体のモンスターが破壊されるのは必然であった。

 

「そしてチューニング・サポーターの効果発動! シンクロ素材となった時、デッキから1枚ドローできる! 素材となったチューニング・サポーターは3体! よって3枚ドロー! 更にハイパー・ライブラリアンの効果、シンクロ召喚に成功したため1枚ドロー!」

 

 更に手札の増強を行う。チューニング・サポーターとジャンク・デストロイヤーはやはり相性が抜群である。

 破壊効果に加えてドローも出来るというのだから、その強さがわかるというもの。

 ともあれ、これでパラドックスのフィールドはがら空き。厄介な攻撃力を持つSinモンスターを一掃できたことは大きい。

 そして俺の場には2体のモンスター。ライブラリアンは守備表示だが、それでもジャンク・デストロイヤーの攻撃で充分パラドックスを倒すことは出来る。

 しかし。

 

「クク、ハーッハッハ!」

「……なにがおかしい」

 

 勝利を確信したその瞬間、不意にパラドックスが声を上げて笑い出す。

 絶体絶命のピンチにあって、なお揺るがないその余裕。それにどこか嫌な予感を感じつつ俺が問いかければ、パラドックスは笑い声を収めて静かに語りだした。

 

「フフ、お前はいま私のSinモンスターを破壊したことで、優位に立ったつもりでいるのかもしれない」

 

 だが、とパラドックスは言葉を続けた。

 

「今の行動。それは一見正しいものであったかのように見える。だがそれは、大いなる間違いッ! ――罠発動! 《Sin Paradigm Shift》!」

「なに!?」

 

 パラドックスの場で起き上がった《Sin Paradigm Shift》と書かれた罠カード。そのカードは瞬時に3つに分裂し、変形したD・ホイールの上に立って空中で静止しているパラドックスの周りへと浮かび上がっていった。

 

「《Sin パラドクス・ドラゴン》が破壊された時、我が身を生け贄とし、ライフポイントを半分払って発動する!」

 

パラドックス LP:2400→1200

 

「手札、デッキ、墓地から《Sin トゥルース・ドラゴン》を特殊召喚するッ! うぉおおぉおおッ!」

 

 パラドックスが乗っていたD・ホイールが地に落ち、代わりにゆっくりと姿を現した黄金色の何かにパラドックスの身体は腰まで吸収される。

 それは、よくよく見れば1体のドラゴンだった。しかし、その姿は巨大すぎる。パラドクス・ドラゴンよりも更に一回り以上大きな姿。かつて見た三幻魔ですら敵わないほどに大きく、少し離れて立っている俺でさえ、その全貌を掴むことは至難の業である。

 そしてパラドックスが吸収されたのは、どうやらその頭部に当たる個所であるようだ。プレイヤーとモンスターが一体化する。まるで神のカードを相手にしているかのようだった。

 

「見よッ! これが《Sin トゥルース・ドラゴン》の姿だッ!」

 

 黄金色に輝く巨躯を煌めかせ、Sin トゥルース・ドラゴンは自身の威容を誇るかのように咆哮を轟かせた。

 

 

《Sinトゥルース・ドラゴン》 ATK/5000 DEF/5000

 

 

「攻撃力5000か……!」

 

 デュエルモンスターズにおける、最大基本攻撃力。ただ場に出るだけで、既存のどのモンスターの攻撃力をも上回る圧倒的なパワー。

 何も強化していない状態でこれなのだ。そしてこの巨大な姿。俺は自らの口元に浮かぶ笑みを自覚した。

 

「それでこそ、倒し甲斐があるってもんだ!」

「ふん、そんなことは不可能だ」

 

 パラドックスの言葉に、俺はやはり小さく笑みを見せる。

 デュエルが終わるまで、結果がどうなるかなんて誰にもわからない。たとえ攻撃力5000の強力モンスターだろうと、絶対なんてものは存在しないんだ。

 ふと、墓地に行って精霊状態となっているマナがそんな俺を見ていることに気づく。Sin トゥルース・ドラゴンという脅威を目の前にした俺に向けられるその視線は、心配の色を強く帯びていた。

 だから、俺はよりはっきりと笑う。そしてグッと親指を立てた。

 信じろ。そんな意味を込めたそれに、マナは一瞬きょとんとしたあと微笑んだ。

 

『うんっ、遠也……頑張れ!』

 

 たった一言。ありふれた励ましの言葉。

 

「――はは!」

 

 なのに、俺の心には温かいものが宿っていた。

 パラドックス。聞こえちゃいないだろうけど、俺の相棒がこうして俺のことを見てくれているんだ。なら、諦めるわけにはいかない。

 

「魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地のモンスター1体を特殊召喚する! 守備表示で戻ってこい、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

『遠也……』

「やっぱり、お前がいないと始まらないぜ。一緒に戦ってくれ、マナ!」

 

 ただ純粋に思った言葉を、マナに告げる。

 なぜ他のモンスターではなく自分を選んだのか。今のマナの複雑な表情を見ると、そう思っているのかもしれない。

 マナを選んだのは、手札にシンクロモンスター以外を指定するカードがあったからだ。しかしそれ以上に、やはりマナがいなければという思いが強かったというのが本音である。

 俺はその本心をマナに聞かせる。そしてその言葉を聞いたマナは、その表情をいつもの明るいものへと変えていった。続いて、力強く俺に頷いてみせる。

 

『うんっ、任せて!』

「ああ、任せた! 俺は更にカードを3枚伏せて、ターンエンド! そしてこのエンドフェイズ! 亜空間物質転送装置で除外されていたシューティング・スター・ドラゴンは俺のフィールドに戻ってくる!」

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 これで俺のフィールドは守備表示のブラック・マジシャン・ガール、ハイパー・ライブラリアンに、攻撃表示のシューティング・スター・ドラゴン、ジャンク・デストロイヤーという構成になった。

 その信頼すべき仲間たちの姿を後ろから見つつ、俺はパラドックスの姿を見据えた。

 

「私のターン! 新たに《Sin World》を発動! そしてバトルだ! Sin トゥルース・ドラゴンでジャンク・デストロイヤーに攻撃!」

 

 再びフィールドを覆う紫黒の宇宙。その中で、Sin トゥルース・ドラゴンがけたたましい叫びを響かせてその口腔にエネルギーを凝縮させていった。

 ここで俺が取れる手段としては、シューティング・スター・ドラゴンの効果でこの攻撃を防ぐというものがある。だが、そうするとシューティング・スター・ドラゴンは俺のフィールドから除外されてしまう。

 パラドックスがまさかこの攻撃だけで終わるとは思えない。ならば、ここは攻撃無効以外にも取れる手があるシューティング・スター・ドラゴンは温存しておく方がいい。

 幸い、伏せカードの中に対抗できるカードはある。今はそちらで対処するのが最善。そう判断を下し、俺は伏せカードを発動させる。

 

「速攻魔法発動! 《イージーチューニング》! 墓地に存在するチューナーを除外することで、その攻撃力をジャンク・デストロイヤーに加算する! ジャンク・シンクロンを除外し、攻撃力1300ポイントアップ!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600→3900

 

 Sin トゥルース・ドラゴンとジャンク・デストロイヤーの攻撃力の差はこれで1100ポイントとなった。そしてその値がそのままダメージとなって、俺へと降りかかった。

 

「く、ぁああぁあッ!」

『遠也……!』

 

遠也 LP:1600→500

 

 思わずたたらを踏んだ俺に掛けられる声。それに小さく笑みを返しつつ、俺は歯を食いしばって足に力を入れ、Sin トゥルース・ドラゴンと向かい合った。

 ジャンク・デストロイヤーを破壊したパラドックスが、にやりと笑う。

 

「この瞬間、Sin トゥルース・ドラゴンの効果発動! Sinと名のつくモンスターが相手モンスターを破壊した時、相手の場のモンスターを全て破壊し! その数×800ポイントのダメージを与えるッ!」

 

 やっぱりあったな、攻撃以外にも俺にトドメを刺す効果が。

 この効果で破壊される俺の場のモンスターは3体。そのダメージ総計は2400となり、問答無用で俺のライフは尽きてしまう。

 Sin トゥルース・ドラゴンの周囲の空間に出現する無数の黒い針。それが全て、一気に俺のフィールドに向けて射出された。

 

「遠也! お前は、人には可能性があると言ったな! この状況で、いったい何が出来る! 絶望の中で、お前はどんな可能性を見出せるというのだ!」

 

 詰問するような、それでいて責め立てるようなそんな響き。その声を聴きつつ、俺はゆっくりとフィールドに手をかざした。

 ……確かに、可能性なんて存在しない絶望だってあるのかもしれない。俺が言っていることは、そんな絶望に身を浸したことがない者が言う戯言なのかもしれない。

 そしてパラドックスはそんな絶望を経験してきた。だからこそ、俺の言う戯言が気に入らないのかもしれない。

 だが……だが、それでも。

 

「希望へと繋がる可能性は存在する。そう信じることは、間違いなんかじゃない! シューティング・スター・ドラゴンが持つ第2の効果発動! フィールド上のカードを破壊する効果が発動した時、その効果を無効にし破壊する! 《スターブライト・サンクチュアリ》!」

「な、なんだとッ!?」

 

 俺のフィールドに向かって降り注いでいた無数の黒針が、接触する直前でその動きを止める。

 そして180度旋回し、その狙いをSin トゥルース・ドラゴンへと定めた。

 

「消えるのはSin トゥルース・ドラゴン! お前のほうだ!」

 

 その言葉がトリガーとなり、針の群れは一気にSin トゥルース・ドラゴンへ向けて加速する。

 無数の針がパラドックス自身に牙を剥き、パラドックスは腕を眼前に掲げることでその脅威から身を守ろうとする。が、針は容赦なくその身に襲い掛かっていった。

 

「う、ぉおおぉおッ! ふざけるなァ! Sin トゥルース・ドラゴンの効果発動! 墓地の《Sin レインボー・ドラゴン》を除外することで、我が身の破壊を免れる!」

 

 その宣言と共に、墓地のSin レインボー・ドラゴンが半透明の姿となったSin トゥルース・ドラゴンの前に姿を現す。そして一つ鳴き声を発すると、連動するようにSin トゥルース・ドラゴンに向かっていた黒い針は消えていった。

 何とか破壊を無効にすることは出来たが、しかし今の俺の行動はよほどパラドックスの余裕を削ったようだ。

 パラドックスは形相を一変させ、俺を睨みつけてきた。

 

「おのれ……! だがまだ私の攻撃は終わりではない! 速攻魔法《Sin Cross》! 墓地から《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

 ここで更にSin サイバー・エンド・ドラゴンだと!?

 

「Sin サイバー・エンド・ドラゴンでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! シューティング・スターの効果は、1ターンに1度ずつ使用できる! その効果により、このカードを除外することで相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

 

 光の粒子となってフィールドを去り、それによってSin サイバー・エンドの攻撃は止まる。そしてこの瞬間に、俺は伏せカードを発動させた。

 

「更に罠発動! 《ゼロ・フォース》! 俺のモンスターが除外された時、フィールド上のモンスター全ての攻撃力を0にする! Sin トゥルース・ドラゴンとSin サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力は0になる!」

 

 どれだけ高い攻撃力を誇ろうと、攻撃力を0にしてしまえば恐れることはない。この効果が通れば――、

 

「させると思うか! 罠カード《Sin Force》! Sin トゥルース・ドラゴンの装備カードとなり、Sin トゥルース・ドラゴンへの魔法・罠の効果は全て無効となる!」

「くッ……!」

 

 さすがというべきか、そう簡単には通らないか。

 ゼロ・フォースの効果はフィールド上の全てのモンスターに適応される。よって、Sin Forceの効果を受けていないSin サイバー・エンド・ドラゴンと、俺のモンスターの攻撃力が0へと変化した。

 

《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000→0

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→0

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400→0

 

 攻撃力0になった俺のモンスターたち。Sin サイバー・エンドもだが、もともとSin Crossで特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズに除外される運命にある。今更攻撃力が0になろうと影響はないだろう。

 だからか、パラドックスはにやりとその口元を歪ませた。

 

「どうやら、自分の首を絞める結果に終わったようだな! 更に私は罠カード《Sin Claw Stream》を発動! 「Sin」が存在する時、相手モンスター1体を破壊する! ハイパー・ライブラリアンに消えてもらう!」

「ッ、ライブラリアン……!」

 

 Sin Claw Streamから迸る稲妻がライブラリアンを直撃し、その身を破壊する。

 これで俺の場には現在、攻撃力0のブラック・マジシャン・ガールだけ。

 だが……。

 

「ただでは転ばない! 罠カードオープン! 《パラレル・セレクト》! 俺の場のシンクロモンスターが相手によって破壊され墓地へ送られた時、除外されている自分の魔法カードを選択して手札に加える!」

 

 現在、俺が除外した魔法カードは一枚のみ。マジック・ストライカーの特殊召喚時に使用したカードのみである。

 ゆえに。

 

「除外されている《アドバンスドロー》を手札に加える!」

 

 これで、伏せカードはあと一枚。

 しかし、俺に出来ることはこれ以上何もない。

 

「ふん、万策尽きたようだな。私はこれでターンエンド。そしてエンドフェイズ、Sin サイバー・エンド・ドラゴンは除外される!」

「だがこの瞬間、シューティング・スター・ドラゴンが帰還する! 飛翔せよ、シューティング・スター!」

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 そうして場に残るのは、圧倒的攻撃力を誇るSin トゥルース・ドラゴン。対してこちらは、シューティング・スター・ドラゴンと攻撃力0のブラック・マジシャン・ガールだ。

 数の上では有利でも、やはりSin トゥルース・ドラゴンの壁は厚く険しい。それをパラドックスも感じているのだろう、もはや決着はついたとでも言いたげに、パラドックスの顔には当然とばかりの余裕の表情があった。

 

「その2体が束になろうとも、我がSin トゥルース・ドラゴンには遠く及ばない。そのような状況で、どうやって私に勝つというのだ」

 

 Sin トゥルース・ドラゴンの頭上から降ってくる声。それに、しかし俺は頷くことは出来なかった。

 パラドックスの言葉は続く。

 

「諦めろ、皆本遠也。お前はここで歴史から消え去り、そしてデュエルモンスターズは私の実験によって消滅する。お前が言う可能性などという不確実なものに、希望などない!」

 

 自信に満ちた声で言うパラドックス。しかし、それは認めるわけにはいかない言葉だった。

 だから、俺はそれを真っ向から否定する。

 

「俺は負けない! 十代や皆、マナ、ペガサスさんに、たくさんの人たち。誰もが皆、希望を抱いて生きているんだ! それはたとえ間違っても正していける未来への可能性を信じているからだ! お前だってそうだろう、パラドックス!」

「……なんだと」

「お前だって、未来を救えるはずだと、間違いを正すことのできる可能性を信じて行動しているはずだ! そうじゃないのか!」

「……黙れッ! 私が抱くのは、数多の実験結果に基づいた確信だ! そのような不確実なものではない!」

 

 だが、パラドックスは言葉に詰まった。人は既に大きく間違えており改善の余地はないと可能性を否定しつつも、実験により間違った未来を正すという可能性は肯定する。その矛盾に、自分自身気が付いているのだろう。

 声を荒げたパラドックスを前にして俺はデッキトップに指を置く。このドロー、これに全身全霊を込める。

 ドローとはすなわち、可能性を引き寄せること。ならば、このドローで、俺は希望という名の可能性を引き寄せてみせる。

 

「俺は諦めない! 絶対に! 俺のッ、タァアアアーンッ!」

 

 ひいたカードは……《薄幸の美少女》。

 レベル1、攻撃力0のモンスターだ。戦闘破壊された時バトルフェイズを強制終了する効果を持つカードのため、使用できる場面は多いカードだが……今の状況では……。

 ――いや、まだだ。

 まだ俺の手には取れる手がある。ならば俺は、信じるだけだ。

 

「魔法カード《アドバンスドロー》! 俺の場のレベル8以上のモンスター1体をリリースし、デッキからカードを2枚ドローする! 俺は、シューティング・スター・ドラゴンをリリース!」

「なに、自ら切り札を手放すだと……!?」

 

 パラドックスの驚愕の声、それと同時に光となって消えていくシューティング・スター・ドラゴン。

 その姿を必ず勝つという思いを込めて見送り、俺はデッキからカードを二枚、引き抜いた。

 そして引いたカードを確認し、俺は目を見張った。

 

「これは……!」

 

 たった今引いた二枚のうちの一枚。それの効果を確認し、俺はやはり動揺する自分を隠せなかった。

 俺の中で、勝利への道が形作られていく。だが、しかしそのためには……。

 ――いや、悩んでいる場合ではない。

 今ここでこのカードが来てくれたのは、きっと俺の思いに応えてくれたからだ。

 なら俺は、その声なきカードの声に応えてみせる。

 

「きたぜ、パラドックス……! 未来へと繋がる、可能性のピースが!」

「なに!?」

 

 さぁ、いくぞ。

 

「俺は《薄幸の美少女》を攻撃表示で召喚!」

 

《薄幸の美少女》 ATK/0 DEF/100

 

「なに!? チューナーではないモンスターを攻撃表示だと!」

 

 俺のフィールドに現れたモンスターを見て、パラドックスが思わずといった声を上げる。

 レベル1かつ攻撃力は0、守備力も僅か100。更に言えば、チューナーですらないモンスター。その効果も戦闘によって破壊されなければその効果を発揮できない。この状況には似つかわしくないとパラドックスが思うのも至極もっともであった。

 だがしかし、全てはこのカードに繋げるため。俺は1枚のカードを手に取った。

 

「そしてこいつが、未来へ繋がる希望のカードだ! 魔法カード《星に願いを》!」

 

 "スターライト・スターブライト(星に願いを)"。

 (レベル)が重要な意味を持つ俺のデッキにおいて、星に願いを込めるこのカードがここで来るとは、俺自身驚いた。

 俺の呼びかけに応えてくれたこのカード。それをすぐさまデュエルディスクに差し込み、俺はその効果を発動させた。

 

「《星に願いを》の効果発動! 選択したモンスターと攻撃力または守備力が同じ値のモンスターがいる時、そのモンスターのレベルを選択したモンスターと同じにする! 俺は攻撃力0のブラック・マジシャン・ガールを選択し、同じく攻撃力0の薄幸の美少女のレベルを6に変更!」

 

《薄幸の美少女》 Level/1→6

 

 これでブラック・マジシャン・ガールと薄幸の美少女はレベルが同じ6となった。

 

「それがどうした! フィールドにチューナーはいない! 頼みの切り札もいないというのに、そんなモンスターだけで何が出来るというのだ!」

 

 パラドックスが苛立たしげに俺を睨みつける。向こうにしてみれば、俺の取った行動にまるで意味が感じられないのだろう。

 確かに俺の場にチューナーはいない。つまり、新たにシンクロ召喚をすることは出来ないということだ。

 フィールドにいるモンスターは2体のみ、しかもその攻撃力はともに0だ。そのうえ、わざわざシューティング・スター・ドラゴンを犠牲にして生み出した状況である。確かに、パラドックスがそう言うのも頷けるだろう。

 

 だが、この状況でも取れる手はある。

 

 俺のエクストラデッキに眠る、1枚のカード。俺はそのカードを普通に過ごしていれば決して使うことはないだろうと知りつつ、マナがいることもあってデッキに入れていた。

 海馬さんに心の中で謝る。決して外では使うなと言われたが、今この場にいるのはパラドックス一人だけだ。後にも先にも、恐らくはこの一度だけの使用。どうかここは許してもらいたい。そう心の中で呟いた。

 一度息を吸い、吐き出す。そして、フィールドに浮かぶマナに、声をかけた。

 

「いくぞ、マナ!」

『うんっ!』

 

 その力強い返事を受け、俺もまた力を込めてパラドックスと同化したSin トゥルース・ドラゴンを見据える。

 そしてフィールドに手をかざし、宣言した。

 

「俺はレベル6の魔法使い族《ブラック・マジシャン・ガール》と! レベル6となった魔法使い族《薄幸の美少女》を! ――オーバーレイ!」

 

 その宣言を受け、マナと薄幸の美少女はそれぞれ輝く光と化して空へと駆けのぼる。そしてそれと同時、俺のフィールド上に銀河を連想するような美しい光の渦が姿を現した。

 まさに目を奪われるという言葉がふさわしい。そんな光景を前にして、しかしパラドックスの表情は今見ているものが理解できないとばかりに、驚愕の色で染まっていた。

 

「……な、んだ……これはッ! 何が起こっているというのだ!?」

 

 パラドックスが、俺のフィールドで起こっている事態にひどく動揺した声を出す。それもそのはず、この召喚方法は恐らく未来であっても存在していなかっただろうものだ。

 

「2体のモンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築! ――エクシーズ召喚!」

 

 俺という存在が紛れ込んだことで生まれた、新たな召喚方法。俺は光の渦に飛び込んでいく2つの光を前に、その召喚方法の名を宣言する。

 その瞬間、爆発と共に光が溢れかえり、フィールドを埋め尽くした。そしてその光の中から徐々に姿を現す、一人の魔術師の少女。

 

「これが、研鑽の果てに魔導を極めた《ブラック・マジシャン・ガール》の姿だ! 今こそ進化しその姿を現せ、マナ!」

 

 その呼びかけと同時に、ブラック・マジシャン・ガールと同じ出で立ちをした魔術師の少女がフィールドに降り立つ。

 ただしその服装はポップなイメージだったブラック・マジシャン・ガールとは異なり、全てが黒く統一されている。白く縁どられた漆黒の服装、短いピンクのマントなどの装飾はそのままに、しかしその身を包む魔力は荒れ狂うように風を起こす。

 胸元に刻まれたアンクの紋様が一瞬煌めき、マナは持ち手も黒く染まった愛用の杖をバトンのようにくるりと回し、その先をSin トゥルース・ドラゴンへと突きつけた。

 

 

《マジマジ☆マジシャンギャル》 ATK/2400 DEF/2000

 

 

 そうして現れたマナの姿に、パラドックスは目を限界まで見き驚きをあらわにする。

 

「エクシーズ召喚……だと!? 馬鹿な、そんな召喚方法は、未来においても存在していなかったはず……!」

「フィールド上に同じレベルのモンスターが2体以上いる時、そのモンスターを素材としてエクストラデッキからそのレベルと同じランクを持つエクシーズモンスターを呼び出す! それがエクシーズ召喚だ!」

 

 マナが俺に振り返り、笑いかけてくる。それに俺は頷き、更に言葉を続けた。

 

「そして素材となったモンスターは墓地へ行かず、オーバーレイ・ユニットとなってエクシーズモンスターをサポートする!」

 

 小さな光の球が尾を引き、マナの周囲を旋回する。これこそがオーバーレイ・ユニット。デュエルモンスターズでも類を見ない、全く新しいモンスターである。

 そしてその光を放つ姿を前に、パラドックスは動揺が消えぬ表情のまま歯を噛みしめる。そして、まるでその動揺を打ち消すかのように、勢いよく腕を振り払った。

 

「だが……! だが、それがどうしたァッ! 攻撃力は僅か2400ではないか! Sin トゥルース・ドラゴンには遠く及ばないッ!」

 

 大声でパラドックスが言った言葉は、まさにその通りだ。攻撃力は2400。Sin トゥルース・ドラゴンの半分にも満たない値でしかない。

 しかし、何も問題はない。黒魔導を極めたブラック・マジシャン・ガールの効果は、大きく進化しているのだから。

 

「確かに、このままじゃそうさ! だが、エクシーズモンスターはオーバーレイ・ユニットを使うことで、その持てる真価を発揮する!」

 

 俺はマナの周囲を旋回する2つの光球を見る。これこそが、エクシーズモンスターの生命線にして、真の力を引き出す原動力。

 回数限定だからこそ強力無比な、奥の手なのだ。

 マナが俺に振り向き、俺はそんなマナを見つめる。互いに頷き合い、俺たちはパラドックスに向き直った。

 

『いこう、遠也!』

「ああ! 俺はオーバーレイ・ユニットを1つ使い、手札のカード1枚を除外して効果発動! 1ターンに1度、相手の墓地に存在するモンスター1体を俺のフィールドに特殊召喚する!」

「なんだとォ!?」

 

 旋回していた光球の1つが、マナの構えた杖に吸収される。その瞬間飛躍的に増した魔力が杖を伝い、やがてパラドックスのデュエルディスクへと直撃する。

 そしてその墓地から1体のモンスターが俺のフィールドに姿を現した。

 

「お前の墓地に眠るモンスターの力を貸してもらう! 来い、《Sin パラドクス・ドラゴン》!」

 

《Sin パラドクス・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/4000

 

 翼を広げ、けたたましく咆哮するパラドックスの誇るエースモンスター。黒い巨体はそれでもSin トゥルース・ドラゴンほどではないが、パラドクス・ドラゴンが俺の場に現れたことに、パラドックスは目を見開いて言葉を失くす。

 

「パラドクス・ドラゴン……! お前が、私に牙を剥くというのか!?」

 

 その問いに、パラドクス・ドラゴンは答えない。しかし、パラドックスは何か感じるものがあったのか、歯を食いしばって押し黙った。

 

「だが……だが、まだだ! お前の場にはパラドクス・ドラゴンと魔術師の小娘が一人! しかしどちらも、Sin トゥルース・ドラゴンには届かない!」

「それはどうかな」

 

 俺は言葉と同時に手札のカードをディスクに差し込む。これが正真正銘、ラストカードだ。そしてこのカードが、このデュエルに終止符を打つ!

 

「魔法カード発動! 《シンクロ・ギフト》! 俺の場のシンクロモンスター1体の攻撃力を0にし、エンドフェイズまでその攻撃力をシンクロモンスターではない俺の場のモンスター1体に加算する! ――Sin パラドクス・ドラゴン! その力をマナに!」

 

 直後、Sin パラドクス・ドラゴンが大きく首をしならせて、天高く鳴き声を上げる。そしてその身体から溢れ出した闇色の波動がゆっくりとマナの身体を包み込んでいく。

 パラドクス・ドラゴンの攻撃力は4000。その莫大な力を受けたマナは、手に持った杖をトンと肩に置いて、ただじっとパラドックスを見つめていた。

 

 

《マジマジ☆マジシャンギャル》 ATK/2400→6400

 

 

「馬鹿なッ! 攻撃力6400……Sin トゥルース・ドラゴンの攻撃力を超えただとォッ!?」

 

 驚愕に声を震わせるパラドックス、そのライフは残り1200ポイント。そしてマナとSin トゥルース・ドラゴンの攻撃力の差は、1400ポイントだ。

 黒い魔力を身に纏ったマナが、肩に担いでいた杖を下ろしてゆっくりと構えた。

 

「パラドックス! 未来は、お前が知る未来のままじゃない! 簡単じゃないかもしれないけど、人間にはそれを変えていく力も確かにあるんだ!」

 

 ――俺は遊星じゃない。遊戯さんでも、十代でもない。

 それでも、俺にだって出来ることがきっとある。そして、それがいつかより良い未来に繋がるのだと信じる。

 たとえ小さな力でも、可能性を信じて、皆と力を合わせれば、きっとどんなことだって!

 

「いくぞ、マナ!」

『うん! 遠也!』

 

 応えたマナが、頭上に掲げた杖先に持てる力の全てを注ぎ込む。Sin パラドクス・ドラゴンの力を受けたためか、パラドクス・ドラゴンの身体とほぼ同程度にまで膨らむ闇色の魔力塊。

 紫電を纏わせてバチバチと音を鳴らすその巨大なエネルギーを前に、俺は真っ直ぐ上に向けて伸ばした手を、一気に振り下ろした。

 

 

「――Sin トゥルース・ドラゴンを攻撃ッ!!」

『いっけぇ! 《黒魔導爆裂閃光破(ブラック・ブレイズ・バーニング)》ッ!!』

 

 

 同時にマナも杖を振りおろし、導かれるように凝縮されたその魔力砲がパラドックスへと迫る。

 パラドックスの場に伏せカードはなく、手札もない。故にこの攻撃を防ぐ手立ては存在していなかった。

 パラドクス・ドラゴンの力を借りて生まれた最後の一撃。向かい来るそれを前に、パラドックスは極限まで瞠目し、襲い掛かる脅威を見つめ続ける。

 

 

「パラドクス・ドラゴン……ッ! 私が間違っていたとでもいうのか! そんなッ――馬鹿なことがァアァアアッ!!」

 

 

 瞬間、Sin トゥルース・ドラゴンに着弾し、特大の爆発を起こすマナの攻撃。

 それによってSin トゥルース・ドラゴンは倒され、同時にパラドックスのライフは0を刻んだ。

 

 

パラドックス LP:1200→0

 

 

 その時、俺はハッと思い出す。パラドックスが言っていた言葉……《Sin World》の中で負けた者は死ぬという、その言葉を。

 まだSin Worldは解除されていない。なら、まだ息があるということではないか。一年生の頃、俺の目の前で姿を消したセブンスターズの一人を思い出す。あの時は咄嗟に行動できなかったが……今なら――。

 だが、パラドックスは俺を殺そうと襲いかかってきた相手だ。でも……。

 

「ああもう、くそっ!」

『遠也!?』

 

 駆け出した俺の背中に、マナの声が届く。しかし、それには振り返らずに、俺はただパラドックスがいた場所に向けて走るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……デュエルに決着がつき、フィールド魔法《Sin World》は解除された。

 それによって元の姿を取り戻した森の中。草が生い茂る地面に、俺は背を投げ出して寝転んだ。

 すぐにも十代たちを追いたいところではあったが、命がけのデュエルはかなり俺の体力と精神を奪い取ったようだ。さすがにこのまま後を追うのは無謀にすぎるようだった。

 

「マナ……お前は大丈夫か?」

『あはは、ちょっと私もキツイかな。初めてのことだったしね』

「まぁ、そうだなぁ」

 

 エクシーズ召喚。それによってマナは黒魔導をより極めた姿へと姿を変えて戦うことになった。慣れない状態での戦闘で全力を出したのだ。平常通りとはいかないというのは、ある意味では当然のことかもしれなかった。

 俺は寝転びながら、視線を左に移す。そこには、横たわっている巨大な白いD・ホイールがある。しかし見るからにボロボロで、一目で壊れているのがわかる程に破損していた。走ることすら難しそうである。

 あれって、この時代で修理ってできるのかなぁ。ぼんやりとそんなことを考えていた俺に、右から掛かる声があった。

 

 

「……なぜ、助けた」

 

 

 その声を受けて、俺は視線を左から右に移す。そこには、こちらもボロボロながら確かに生きているパラドックスが、俺と同じく仰向けに身を横たえていた。

 まるで生きていることが不満であるかのようなその響きに、俺は苦笑して上半身を起こす。

 

「なぜって言われてもな。なんとなくだよ、なんとなく」

 

 しいて言えば、一年生の頃に助けられなかったことがあったからかもしれない。

 あの時はクロノス先生のことなどで頭に血が上っていたこともあったし、場所がすぐに駆けつけられない場所でお互い戦っていたこともあった。

 だがそれでも、咄嗟にピクリとも動けずに人一人が消えていくのを見ているしかできなかったのは、やはりしこりになっていたのだ。デュエルの後、俺のそんな心境はマナにばれていたらしく気を使われてしまったけども。

 それがあったから、同じような今の状況で俺は動いたのかもしれなかった。目の前で消えようとしている人間を、助けられるなら助けたかったから。

 

「………………」

 

 そんな俺の言葉に、返ってくる声はなかった。ちらりと見れば、パラドックスは目を閉じている。

 どうやら、消耗したことにより意識が落ちたようだった。俺はそれを見ると、両足に力を込めてどうにかこうにか立ち上がった。

 

「それじゃ、マナ。お前は右側な」

『え?』

「パラドックス。このままにはしておけないだろ」

 

 言いつつ、俺はパラドックスの左に回って脇の下からその身体を支えるように腕を回す。それを見て察したマナも実体化し、反対側からパラドックスの身体を支えた。

 

「重ッ!? なんでこいつこんなに重いんだよ!?」

「た、確かに……。ちょっときついかも……」

 

 そういえば、未来の生き残りであるパラドックスたちは、記憶を移されたコピー体だったっけ。有り体に言ってしまえば、ロボットが近い。そりゃ重いはずだわ。

 しかし、だからといって放置するわけにもいくまい。D・ホイールはさすがに後回しにするしかないが。

 

「それじゃ、行くぞマナ」

「はーい」

 

 互いに声を掛け合い、俺とマナはパラドックスを支えて歩き出す。

 十代たちと合流しても、これだけ疲弊していてはかえって邪魔になるかもしれない。今は少しでも早く回復に努め、その後に向かった方が皆の助けになることが出来るだろう。

 それに、倒れている人間を放って追ってきたなんて言ったら、皆に怒られてしまう。まずはパラドックスをきちんとした場所に移すこと。十代たちを追うのは、それからだ。

 そう今後の行動を心に決め、マナと二人で校舎を目指す。忙しくしているだろう鮎川先生に、また一人お世話になる人間が増えてしまったことを心の中で謝りながら。

 

 

 

 

 




あとがき

今回はエクシーズ召喚を使いましたが、当初からここで使う予定で話を作っておりました。
とはいえ今後もバンバン使っていくかというとそうではなく、あくまで今回は例外となります。必要なことでしたので、使用に踏み切っております。
また、アクセルシンクロ、エクシーズ召喚、それらの札を切らなければ到底勝てないほどパラドックスは強大な相手だった、と考えていただければ幸いです。

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