森の中にある研究所の一室。
部屋の中央に鎮座する巨大なガラス管の中で、オレンジ色の水泡が不気味に揺らめく。ぼんやりとしたその輝きと、部屋に設置された数個のモニターから発せられる光のみが部屋を照らす中、コブラはそれらコンピュータの前に座ってコンソールを操作する。
「フフ、皆本遠也とティラノ剣山……これでデュエルエナジーの収集はかなり進んだ」
カタカタとキーボードを叩く音が静かな室内に大きく響き、それに合わせてモニターにはいくつかのグラフのようなものが表示されていく。
「これならば、予定よりも早くあのお方に目覚めていただけるだろう。……だが」
コブラは僅かに緩んでいた表情を引き締め、厳しい表情でキーを叩く。それによってひときわ大きなモニターに、ある男の姿が浮かび上がった。
それは、赤く逆立った髪に眼鏡をかけたイースト校のデュエルチャンピオン。
「アモン・ガラム……。私を尾行していたということは、こちらの企みが嗅ぎつけられたか、あるいは……」
自らの考えを口に出し、コブラは更なる思考に耽る。
単に己を怪しんでの行動であるなら、想定の範囲内だ。デス・デュエルでデュエルエナジーを回収している以上、疲労感を訴える生徒に違和感を覚える輩が出てくることは予想できていたのだから。
だが、それだけならば何故隠密行動に徹するのかが説明できない。アモンには他者と積極的に接触した形跡がない。怪しんでいるならば、教員などに近づくのが当然であるのにだ。
ならば、狙いは別にある可能性がある。
アモンの実家は世界有数の資産を持つ、ガラム財閥だ。それほどの名家となれば、情報収集能力も大したものに違いあるまい。
最悪の場合、ガラム財閥にあのお方のことが知られた可能性も否定できない。つまり、あのお方の持つ絶大な力のことを。
もし、そうだとするならば。
「生かしてはおけん……!」
あのお方の力の恩恵を受けるのは、自身のみ。それ以外の結果を受け入れるわけにはいかない。
その思いを強く抱き、コブラは画面に映るアモンを憎々しげに睨みつけた。
* *
朝、レイお手製の弁当を平らげた俺は、保健室で暇を持て余していた。
鮎川先生に安静にしているよう言われているのだから動きようがないのだ。マナやレイが来てくれることが唯一の救いだが、他の面々は何をして過ごしているのやら。
そんなことを思いつつ、俺はぼーっとベッドの上で天井を見上げた。
「……なぁ、剣山」
「なんザウルス、先輩」
「暇だなぁ」
「……だドン」
俺たちは揃って溜め息をつく。
暇な時こそデュエルだが、デス・ベルトの件がある以上ヘタにデュエルするわけにもいかない。おかげですることがない俺たちは、天井を見上げているしかないわけだ。
何もできないっていうのは、ある意味拷問に等しい。それをまさに今実感している俺たちだった。
そして、そんな俺たちの呟きに、ベッドの横から苦笑が漏れた。
「まぁまぁ。リンゴ剥いたから、食べる?」
はい、とマナが楊枝に刺さった一切れのリンゴを差し出し、俺は無言でそれにかじりつく。
口の中で咀嚼すると、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。うむ、うまい。
「剣山くんの分も切り分けておいたよ。こっちのお皿ね」
「あ、ありがとうザウルス」
マナから差し出されたお皿と楊枝を受け取り、剣山もまたリンゴを口に運ぶ。俺も俺で切り分けられたリンゴが乗った皿を受け取り、もう一切れ口に放り込んだ。
しゃくしゃくと音を鳴らしつつ、俺は口を開く。
「そういや、鮎川先生。直訴してくれたけど、駄目だったんだっけ?」
「行儀が悪いよ、遠也。……正確にはクロノス先生やナポレオン教頭もデス・デュエルには否定的だったけど、コブラ先生が出てきたことでうやむやになっちゃったみたい」
食べながら話す俺の姿に少し眉をひそめつつ、マナは先ほど鮎川先生から聞いた直訴の結果を反芻してくれる。
やはり、校長がいないのが痛い。しかも、校長は出張に出かける前にデス・デュエルに関する総責任者にコブラ先生を指名してから出かけている。よって、アカデミアの運営は別にして、デス・デュエルに関してはコブラ先生の決定が絶対なのである。
それゆえに、否定的だというクロノス先生たちも強硬策に出れないのだろう。立場的には先生たちの方が上なだけに、先生たちも苦い思いでいるに違いなかった。
そして、その結果を俺たちに伝えてきてくれた時の鮎川先生は、幾分気落ちしているようだった。
生徒の安否に関わることだというのに、どうにも出来なかった。そのことに責任を感じているようだった。
しかし、さすがに今回のことは仕方がない。鮎川先生が俺たちのために動いてくれてうれしかった。保健室に帰ってきた鮎川先生を、俺たちはそう言って励ましたのだった。
今その鮎川先生はクロノス先生たちともう一度話し合うべくこの場にはいない。あれだけ俺たちのことを思ってくれる先生の願いが叶わないとは、本当にままならないものである。
三年生時の出来事を俺は、新学期早々アカデミアが大事に巻き込まれ、そしてそこで十代と精霊が深く関わっていく……という感じのことしか覚えていない。
ということは、新学期になって導入されたこのデス・デュエルが原因となるのは明白だ。まさか人が倒れるほどの事態を引き起こす代物だったとは想定外だったが。
となれば、黒幕はデス・デュエルの発案者であるコブラ先生とみて間違いないだろう。見た目の時点で怪しかったのでそうじゃないかとは疑っていたが、鮎川先生たちの話に割り込んでうやむやにしたあたりで、確信した。
つまり、まずはコブラ先生をどうにかしなければいけないということだ。そう結論付けて、俺はもう一つリンゴを口に放り込んだ。
……しかし、あれだな。本当になんで新学期になってすぐにこんな暗い話題しかないのか。
たまには明るい話題もあってほしいものだ。せっかくの最終学年なのだし。
そんなことを考えつつリンゴを食べていると、保健室の扉が開く。
誰だろう。そう思って俺たちの視線が一斉に向けられると、そこにいたのは十代だった。
「十代? どうしたんだ、いきなり」
「お前ら、招待状ってもらったか?」
俺の質問に答えず、いきなり用件を切り出した十代に、俺たちは顔を見合わせる。
そして、ひとまずはその問いかけに答えるべきかと判断し、俺は剣山に尋ねる。
「招待状? お前はもらったか?」
「いや、何の事だかわからんドン」
「だよな。ちなみに俺もだ」
そもそもどこに招待するというのか、この孤島の中で。
俺たちが互いにそんなものを受け取っていないことを確認して十代に視線を戻すと、十代はにかっと楽しそうな笑みを見せた。
「じゃあさ、お前らもこっちのパーティーに来いよ! みんなで楽しくやろうぜ!」
「いや、だから何のことだよ!」
ひたすら嬉しそうに言う十代に、俺は思わず突っ込む。
すると、十代も自分が先走り過ぎたと気づいたのか「あ、悪い悪い」と頭を掻いて笑う。その直後、十代の後をついて来ていたのか、入り口からひょっこりとヨハンも顔を出した。
そして、喜ぶ十代と困惑する俺たちという図を見て大よその事情を察したのか、苦笑いを浮かべて保健室に入ってきた。
「いやー、休んでるところを悪いな二人とも」
「それはいいけどさ、結局招待状ってのは何のことなんだ?」
「ああ、それなんだけど。実はさ……」
そうして聞いたヨハンの話によると、今夜アモン・ガラム主催のパーティーがブルー寮の食堂で開かれるのだという。
しかしそれは完全な招待制であり、招待状を受け取った者しか入れない。そしてその招待状が配られたのは、オベリスクブルーとラーイエローの生徒だけなのだとか。
ちなみにオシリスレッド生が招待されていないのは、たんにブルーとイエローの生徒で食堂がいっぱいになり、レッドの生徒まで入りきらないからだそうだ。
とはいえ、これじゃあ十代がのけ者になってしまう。そういうわけで、翔たちはそのアモン主催の食事会に参加せず、十代と共にレッド寮で小さなパーティーを開こうと提案したのだとか。
これには十代も喜び、アモンの食事会からご馳走をパクってきて盛大に楽しもう、とあいなったわけらしい。
ヨハンから事の次第を聞いた俺と剣山は、とりあえずの納得を見せる。
「なるほどね。ってことは、俺と剣山にも招待状は来ているはずだよな」
「たぶん、二人が保健室にいるから気付かなかったんじゃない? 部屋に戻ればもらえるんじゃないかな」
マナの推測に頷く。保健室にいたら、そりゃそんなもの回ってこないわな。
「で、遠也、剣山、マナ。お前らはどうする?」
十代が期待を込めた目で俺たちを見る。
本人にその意識があるかは知らないが、暗に参加することを促す、そんな目で見られては断れない。
ま、それでなくても、あまり親交のない大多数より、こういう時は少数でも仲がいい連中と騒いだ方が楽しいと相場は決まっているのだ。
だから、俺たちが返す答えは決まっていた。
「当然、レッド寮のほうに参加させてもらうさ」
「俺もザウルス!」
「えーっと、私もいいのかな?」
それぞれの言葉で十代に参加の意思を告げる。
すると、十代は満面の笑みになって「よっしゃ! ぱーっとやろうぜ!」と喜びを露わにする。もちろん、マナの問いかけにもオーケーの返事を出していた。
そんな十代を見ていると、不意に同じく十代を見ていたヨハンと目が合う。
新学期が始まって間もないというのに、色々とありそうだからな。こうして今はハメを外すのも悪くない。
はしゃぐ十代を見ていて恐らくヨハンも同じようなことを思ったのだろう。俺たちは揃って微苦笑を浮かべるのであった。
そして時間は過ぎて、夜。
どうにか回復した俺は、十代、ヨハン、翔、明日香と一緒にブルー寮の壁沿いをコソコソと移動していた。
何故そんなコソ泥じみた真似をしているかといえば、もちろん俺たちの目的がコソ泥だからだ。具体的には……世界的財閥をバックに開かれた食事会のご馳走をいただいちまおうぜ! ということである。
きっと俺たち小市民が食べる分ぐらいは減ったって問題ないはず。何故なら、ガラム財閥ほどになればそこまでケチじゃないだろうからだ!
そんな後から考えれば突っ込みどころ満載な思考の下、俺たちはこうして壁沿いを忍び足で歩く。レッド寮で待つ仲間のためにも、必ずご馳走を持って帰らなければ。
「……私、なんでここにいるのかしら」
「明日香、しー、しー!」
ぽつりと呟きを漏らした明日香に、俺は人差し指を口の上で立てると静かにしてくれのジェスチャーをする。
なぜか複雑そうな顔をしている明日香も、それを受けて再び口を閉ざす。
俺たちがやっていることは、正直胸を張っていい行動ではないのだ。誰かにばれることは避けなければならない。
しかしその先に、美味しいご馳走が待っている。俺たちはそれを確実に持ち帰るために全力を尽くさねばならないのであって――
「遠也さん、何してるの?」
「へ?」
突然頭上から降ってきた声に、俺は素っ頓狂な声を上げて顔を上げる。
すると、そこには壁に備え付けられた小窓から顔をのぞかせるレイの姿が。
「な、なんでレイが……?」
「えっと、ボクも招待されたから、かな」
レイが頬を指でかきながら、気まずそうに答える。
ちなみにレイが顔を覗かせた小窓は、女子トイレのものであるらしい。ちょうどトイレに入ったら、外から声が聞こえたので気になって覗いてみたのだとか。
トイレに入って知り合いの声が聞こえてきたら、それは気まずいわな。俺は、納得しつつ少しずつ窓から距離を取っていく。
そのままどうにかフェードアウトすることを試みるが、それが達成される前に、レイは更に口を開いた。
「それで、遠也さんたちはどうしたの?」
「………………」
ここで、咄嗟に上手い言い訳が思いつかなかった俺は悪くないと思う。
結局俺はレッド寮での集まりのこと、今回この場にいる目的を簡潔に話して聞かせた。
結果、レイは「私もそっちに行きたい!」と言い出し、「友達と一緒に行ってもいい?」と聞いてきた。
それに対して俺はこの場にいる仲間たちに目配せをする。十代、翔などが頷いたのを確認して、俺はレイにオーケーだと伝える。
その後、その返答に「やった!」と喜びの声を上げたレイとは、正面玄関前で落ち合うことを決め、俺たちは更に歩を進めていくのであった。
「なんか賑やかになってきたぜ」
「楽しそうだな、お前は」
レイの参加も決まり、十代がそんなことを言えば、すぐ後ろにいるヨハンが呆れ交じりの声を漏らす。
そんなやり取りを後ろから見ながらついていくと、目の前にいた翔が急に立ち止まった。思わずその背中にぶつかり、次いで俺の後ろにいた明日香が俺にぶつかる。
「いてて、急に止まるなよ翔」
「あ、ごめん。でも、兄貴が急に止まっちゃったんだもん」
「なぬ?」
翔の言葉に、肩ごしに見える十代を視界に映す。
すると、そこには壁の曲がり角から先を覗いている十代の姿が。一体どうしたのか。そう問いかけようとした時、十代がこちらに振り返った。
「おい、みんな! あれ見ろよ!」
そう言って、十代は俺たちの反応を確認することなく駆け出す。
「あ、おい!」
一人いきなり走り出した十代を放っておくわけにもいかず、俺たちはその後をついてコソ泥の真似ごとから足を洗う。
そして先に駆けだしていた十代に追いつくと、隣に立ってその視線の先にあるものを見つめ……誰もが驚きの声を上げた。
「あれは、アモン!?」
「それに、万丈目君もいるわ!」
ヨハン、明日香がブルー寮前にある湖を指さして言う。驚愕が多分に含まれたその声は当然というもので、アモンと万丈目はなんと湖の上空にて滞空するヘリから地面に平行になるように吊るされたガラス板に立っていたのだ。それは驚きというものだろう。
ちなみに、そのヘリには万丈目グループの文字が見える。つまり、この状況を作り出したのは万丈目ということになる。そういえばオブライエンからアモンの情報をもらったり、アモンのことを気にかけているようだったが、どういうことなのだろうかこれは。
「遠也さん! なんで万丈目先輩がアモン先輩と?」
湖が寮の前ということは、必然正面玄関はすぐ近くということになる。
玄関前に到着したのだろうレイの声に、俺は振り向いた。
「レイか。それと――」
「ボクの友達! ラーイエローの、加納マルタン君!」
「あ、その……ど、どうも……」
レイに明るく紹介されたマルタン少年は、オドオドとした態度でこちらを窺うように見てくる。
黒い髪をおかっぱに近い髪型にし、レイよりも僅かに小柄で、体格の割に目が大きいあたりが特徴的といえば特徴的か。眉が常に八の字になっているあたり、今朝レイから聞いたように本当に内向的なのだろう。
レイの友達が来ると聞いても、まぁいいかと思っていたが、これだけ縮こまられると、なんだか悪いことをしてしまったような気持ちになる。
それゆえか、俺は知らず彼に対して口を開いていた。
「あーっと、俺はブルー三年の皆本遠也だ。悪いな、いきなり見知らぬ先輩と一緒になっちゃって」
「い、いえ、そんな……」
遠慮というよりは怯えから俺の声に反応を返したように見えるマルタン君を見て、レイは「ううん、遠也さん。これでよかったの!」と力強く言う。
「マルっちはもっと積極的にならなきゃ! せっかくアカデミアに入学したんだから!」
「う、そ、そうかもしれないけど……」
レイの剣幕にたじたじになるマルタン。彼にしてみればたまったものではないだろうが、それを見る俺としてはなかなか面白いコンビかもな、とそんなことを思う。
レインとの関係の始まりも、最初はレイの押せ押せから始まったらしいし。これをきっかけにマルタンもいい方向に変わっていくといいなと、そう思った。
そんなやり取りを見ていると、不意に聞こえた十代の声が耳に届く。
「なんか、あの二人話してるみたいだな」
その声に俺たちもまた湖の中空に浮かぶ二人を見る。
そこまで大げさに距離が離れていないためか、二人が少し大きめの声で話している声がどうにか聞き取れる。ヘリの音は若干うるさいが、普段聞く縁の音よりは断然小さい。さすが万丈目グループ。いいヘリを持っているようだ。
「アモン・ガラムよ。俺は最初万丈目グループの三男として、ガラム財閥というライバル相手に雌雄を決するつもりでいた」
「ほう……では、考えが変わったとでも?」
語りだした万丈目に、アモンがどこか挑発的な笑みを浮かべて先を促す。
それに、万丈目は落ち着いて答えを返した。
「ああ、そうだ。俺はかつてこのアカデミアを去り、たった一人でドン底から這いあがった! 対してお前は金持ちであることを鼻にかけた、苦労知らずのただのボンボンでしかないと俺は思っていた!」
お前には言われたくないだろうな、とは一年生の頃からの万丈目を知るこの場の全員の思いであった。
「しかし、俺は知った! お前もまた、ドン底から這い上がってきた者であることを!」
そして万丈目は言う。かつて死を待つ浮浪児であったアモンは、偶然ガラム家に拾われたことで今があると。それゆえアモンはドン底を知り、そこから這い上がる力を持つ者であると。
その言葉に、アモンの顔が歪む。それは、驚きというよりは怒り、嫌悪に近いものであるように感じられた。
「……どこでそんなことを? 一般には出回っていない情報のはずだが……」
「そんなことはどうでもいい! チャチな対抗意識など、俺にはもはやない! あるのは、同じく底から這い上がった者としての意地と誇りのみ! それを懸けて勝負だ、アモン!」
言いつつ、万丈目がデュエルディスクを展開し、なぜかちらりとこちらを見て俺と目が合った。何故。
そして、そんな万丈目を見つめつつアモンは僅かに肩をすくめる。
「やれやれ、既にこうして空に捕まっている以上、デュエルするしかないわけか。ならば!」
肩から身体を覆い隠すようにしていたマントを翻し、アモンもまたデュエルディスクを展開する。
そして、笑みのような形に口元を歪ませ、アモンは万丈目を見ていた。
「「デュエルッ!」」
万丈目準 LP:4000
アモン・ガラム LP:4000
「先攻は僕だ! ドロー!」
アモンはその表情のままカードを引き、そして手札に加える。その様子を、俺たちは地上から見ているわけだが……。
「アモンの奴、余裕があるな」
ヨハンが、俺が感じたことと全く同じ感想を言う。そう、アモンにはどこか余裕が感じられるのだ。
万丈目がジェネックスの優勝者であることを知っているはずなのに、だ。
たとえ俺たちが参加していたとしても、万丈目が優勝していた可能性は普通にある。それほどまでに実力が高い万丈目を前に、なぜああも余裕でいられるのだろうか。
疑問に感じた、その時。
『うーん、アモンくんは自信たっぷりだったね』
ふよふよといつの間にやら俺の側を離れていたマナが帰還する。それを迎えつつ、俺はマナが言った言葉に疑問を持つ。どういうことだ、と俺はマナに尋ねる。
それによると、マナは二人の会話をしっかり聞こうと彼らが浮かぶあたりまで飛んでいったらしい。なるほど、さっき万丈目が俺を見たのはそれでか。恐らく、浮かんでいるマナに気が付いたのだろう。
ともあれ、そうして二人の近くいにいたマナは、アモンの側を通った際に偶然小さな呟きを聞いてしまったのだとか。
「アモンはなんて?」
『うん、ジェネックス優勝者ぐらいなら丁度いいとかなんとか……』
「……ほぉう」
悪気があっての発言なのか、純粋に自分の実力に自信があるがゆえの発言なのかはわからないが、しかし。
一つだけ言えることは、万丈目はどうにも舐められているようだということである。
別にどう思おうとアモンの勝手と言えば勝手なのだが……、どうにもすっきりしない。万丈目は俺や十代も認める俺たちのライバルだ。そのライバルの実力を過小評価されて嬉しく思うほど、俺は友達甲斐がないわけではないと思っている。
つまり、何が言いたいかというと。
「――万丈目は、強いぜ。アモン」
つまりはそういうこと。俺たちの仲間であり、ライバルである男を、あまり舐めない方がいいということであった。
「僕は魔法カード《
まずは二枚の魔法カード。それを、アモンは流れるような動きで、発動させていく。
「召喚雲の効果により、手札からレベル4以下の「
《雲魔物-羊雲1》 ATK/0 DEF/0
《雲魔物-羊雲2》 ATK/0 DEF/0
両手で抱え込める程度の大きさの雲が、アモンの場に2体現れる。雲の影の部分が目のように見え、確かに雲の魔物といえなくもなかった。
そして、これでアモンは同名モンスターを2体召喚したことになる。よって。
「エンドフェイズ。宝札雲の効果で、僕はカードを2枚ドローする。ターンエンドだ」
ふっと小さく笑って、アモンは肩の力を抜いたままターンの終了を宣言する。
場に守備モンスターを2体残し、更に手札の補充までをも行う。先攻でやるべきことはしっかりこなしているといったところか。ここだけ見ても、アモンの実力が高い次元にあると窺い知れる。
明日香やレイ、マルタンも同じ思いなのか、アモンのターンをしっかり見つめていた。
そんな中、十代とヨハンはというと。
「雲のモンスターかぁ! 面白そうなデッキだな!」
「ああ。戦ったことのないカードだぜ」
互いに頷き合い、目を輝かせてアモンのフィールドを見ていた。二人の間に挟まれた翔が溜め息をつく。もはや突っ込む気も起きないようだった。
ま、あの二人は生粋のデュエル馬鹿だからな。翔の態度がああなるのも、仕方がないというものだ。
『……なんか、遠也が自分のことを棚に上げた気がする』
マナがジト目で俺を見る。どんな気だ、それは。
「さぁ、万丈目君。君のターンだ」
俺たちがそうこう話していると、アモンが万丈目にターンを促しているのが見えた。
そして、それを受けた万丈目はいつものように力強くデッキの上に指をかける。
「ふん、底の底から這いあがった俺の力を見せてやる!」
かつて十代に敗れ、俺に敗れ、周囲からの人望を全て失くした。そのうえ肉親である兄たちからの期待すら失い、ドン底を経験した万丈目。
それでも、万丈目は新天地で己の自信とプライドを取り戻して帰ってきた。誰も顔見知りがいない土地で、身一つで成り上がったその意志と根性は素直に敵わないと思わせるものだ。
だからこそ、そんな万丈目がこれからどんなプレイを見せるのか期待も高まるというものだ。
しかし、そんな俺たちとは裏腹に、アモンは万丈目の言葉に小さく笑い声を漏らすだけだった。
「何を馬鹿な。君が言う底など、まだ決して底ではないのだ。君は僕の本当の経歴を知っているようだから、わかるだろう」
アモンがそう言うと、万丈目はデッキにかけていた指を外して目を閉じ、トーンを下げた声でその言葉を肯定した。
「……ああ。ガラム財閥の総帥に拾われていなければ、きっと今お前は生きてここにはいなかった。それは確かに、比べるべくもないドン底だろう」
ガラム財閥の御曹司と聞いていたが、アモンはアモンでかなりヘビーな過去を持っていたようだ。デュエル前に万丈目が言っていたことも合わせれば、決して俺たちには想像もできないような境遇を生きてきたに違いない。
今の言い方からして、それは死すら間近に感じられる環境だったのだろう。静かになったフィールドの中、アモンは澄まし顔で佇む。
しかし、その時。「――だが」という声が万丈目の口から漏れた。アモンがゆっくりと瞼を開けた万丈目を真っ直ぐに見る。
「だが、それはあくまでお前の話! 俺にとってのドン底と、お前にとってのドン底は異なっているというだけの話だ!」
「なに?」
「俺とお前は違う人間なのだ。価値観が違うのは当然だろう」
まるでアモンの境遇のことなど知ったことではないというもの言いに、アモンの片眉が上がる。
しかし、万丈目の言にも一理ある。どこまでいってもアモンはアモンで万丈目は万丈目だ。その経験してきたことが違うのは当たり前であり、ゆえに幸福や不幸の基準あるいは最大値、最低値が異なっているのは必然というべきだろう。
「そして俺にとってのドン底、それは……」
万丈目は、カッと目を見開くと再びデッキトップに指を乗せる。
「誰からも認められず! ライバルに追いすがることすらできない己の弱さ! それこそが、俺のドン底だ! ドロー!」
腕ごと振り抜く勢いで引いたカード。それを確認し、万丈目はにやりと獰猛な笑みを見せた。
「きたぞ、最高の手札が。自らの弱さを退け、這い上がってきた俺の力を見せてやる! 手札から永続魔法、《異次元格納庫》を発動!」
万丈目がカードをディスクに差し込むと、その背後の空に黒い渦が現れる。あれが恐らく異次元の空間に繋がっているということなのだろう。
「デッキからレベル4以下のユニオンモンスター3体を除外する! 更に俺がユニオンモンスターを召喚した時、そのモンスターと対となるユニオンモンスターを除外ゾーンから特殊召喚する! 俺は《W-ウィング・カタパルト》《Y-ドラゴン・ヘッド》《Z-メタル・キャタピラー》を除外!」
3枚のカードをデッキから抜き取り、それを除外する。これで準備は整ったと言わんばかりに、万丈目は手札のカードに指をかけた。
「そして《V-タイガー・ジェット》を攻撃表示で召喚!」
《V-タイガー・ジェット》 ATK/1600 DEF/1800
「この瞬間、異次元格納庫の効果発動! V-タイガー・ジェットの対となる、《W-ウィング・カタパルト》を特殊召喚!」
《W-ウィング・カタパルト》 ATK/1300 DEF/1500
その名の通り、トラを模した造形の少々高さの低いジェット機が現れると、背後の渦から青い翼のみの機械が巨大なアームで送られてくる。
場に並んだ「VWXYZ」に連なるユニオンモンスター2体。ならば、万丈目が取る行動は一つしかない。
「合体召喚! 《VW-タイガー・カタパルト》!」
《VW-タイガー・カタパルト》 ATK/2000 DEF/2100
一回り大きいウィング・カタパルトの上にタイガー・ジェットが乗っかり、新たに1体のモンスターへと姿を変える。いわゆる乗っただけ融合だが、その性能は別物である。
「VW-タイガー・カタパルトの効果発動! 手札を1枚捨てることで、相手の場のモンスター1体の表示形式を変更する! 手札の《X-ヘッド・キャノン》を捨て、羊雲シープ・クラウド1体を攻撃表示に変更!」
「くっ!」
タイガー・カタパルトから放たれたミサイルが羊雲の目の前で炸裂し、それに驚いたのか羊雲は守備態勢を崩す。
それをアモンは苦々しく見るが、しかしタイガー・カタパルトの効果はこれで終わらない。
「そして、タイガー・カタパルトの効果に1ターンでの回数制限はない! よって更にもう1度、手札から《融合》を捨て、もう1体の羊雲シープ・クラウドも攻撃表示に変更する!」
これでアモンの場には攻撃力0の羊雲2体が攻撃表示で存在するのみとなった。
まさしく無防備という言葉が相応しい状態である。
「そして《早すぎた埋葬》を発動! ライフポイントを800支払い、墓地のモンスター1体を特殊召喚しこのカードを装備する! 蘇れ、《X-ヘッド・キャノン》!」
万丈目 LP:4000→3200
《X-ヘッド・キャノン》 ATK/1800 DEF/1500
「再び異次元格納庫の効果が発動! X-ヘッド・キャノンの対となる、《Y-ドラゴン・ヘッド》《Z-メタル・キャタピラー》を特殊召喚!」
《Y-ドラゴン・ヘッド》 ATK/1500 DEF/1600
《Z-メタル・キャタピラー》 ATK/1500 DEF/1300
青く、両肩に二本の砲塔をつけたヘッド・キャノン。全身が赤く輝く、竜の形をした飛行機械であるドラゴン・ヘッド。更に黄色く、土台となるだろうメタル・キャタピラー。
次々に召喚されるモンスターは、これまたVWXYZのモンスター。つまり、この三体もまたタイガー・カタパルトと同じだ。
万丈目が、フィールドに向けて手をかざす。
「そして更なる融合合体! 《XYZ-ドラゴン・キャノン》!」
メタルキャラピラーの上にドラゴン・ヘッドが身体を折りたたんでドッキングし、その背中部分にヘッド・キャノンが接合を果たす。
それによってより巨大な機械兵器となった1体のモンスター。ヘッド・キャノンの砲塔とドラゴン・ヘッドの口が、威嚇するかのようにアモンのほうへと向けられた。
《XYZ-ドラゴン・キャノン》 ATK/2800 DEF/2600
「な……これは……!」
「ふん、ジェネックス決勝には十代や遠也が出ていなかったからな。だが、だからといってこの俺を舐めてもらっては困る!」
万丈目の場に現れた2体のモンスターに、アモンの顔が驚愕に歪む。
ともに融合のカードこそ必要ないとはいえ、その召喚は容易ではない。だというのに、僅か1ターンでそれを揃えてみせた、驚くべき運とタクティクス。
これこそが、万丈目の実力。俺たちをしてライバルと言わしめる男の、力なのだ。
「いけ、VW-タイガー・カタパルト! 羊雲シープ・クラウドを攻撃しろ! 《VW-タイガー・ミサイル》!」
「ぐぅッ……!」
アモン LP:4000→2000
タイガー・カタパルトのミサイルポッドが開かれ、数多のミサイルが一体の羊雲めがけて降り注ぐ。
攻撃力0、伏せカードなしの状態でそれを耐えられる道理はない。羊雲は、まさに雲のごとくその身を散らせるしかなかった。
そして、アモンの場にはもう1体攻撃表示の羊雲がいる。そして、万丈目の場には攻撃力2800のモンスター。
「これで終わりだ、アモン! XYZ-ドラゴン・キャノンの追撃! 《XYZ-ハイパー・ディストラクション》!」
ヘッド・キャノンの肩についた砲塔からミサイルが。そして胴体部分であるドラゴン・ヘッドの口からは極太のレーザーが飛び出し、アモンの場に残された最後の羊雲に襲い掛かる。
どう考えても羊雲に耐えられるような攻撃ではない。その予想は違うことなく、羊雲は一瞬で霧散。そしてその攻撃の余波は、容赦なくアモンに降りかかったのであった。
「ぐぁああッ!」
アモン LP:2000→0
ライフポイントが0を刻み、アモンがヘリに吊るされたガラス板の上で膝をつく。デュエルに決着がついたことによってソリッドビジョンが消えていく中、その光景を俺たちは驚愕の眼差しで見ていた。
「おいおい、イースト校のチャンピオンを後攻でワンターンキルかよ……」
尤も、アモンはエースも何も出していないわけだから、これがアモンの実力とは言えないわけだが。
それにしても、なにあの展開力。気持ちが乗った万丈目の強さは、本当に桁違いだと実感する。気持ちがそのままデュエルに現れると言えば未熟と思われるかもしれないが、しかしそれは弱いということではない。
むしろ、今見たように気持ちの波長さえ整えば恐ろしい爆発力を生み出すことになるのだ。
さすがは万丈目。今回のデュエルは、そう言う他なかった。
そして、俺が思ったことと同様のことをこの場の皆も思ったようだ。あれだけ迫力たっぷりかつ衝撃の結末を見て、気が弱そうなマルタンでさえ「……すごい」と呟いているほどである。
そして、その呟きを拾った十代が、ばしばしとマルタンの肩を叩いた。
「な、すげーだろ! さっすが万丈目だ! こりゃ俺も負けてられないぜ!」
「あ、あの、先輩……痛いです……」
近くにいたために被害を被ったマルタンが、弱々しく十代に声をかけるも十代は興奮していて聞いていないようだ。
仕方なくレイがマルタンの腕を引っ張り、十代の手が届く範囲からマルタンを救い出す。
そして、そんな十代の横ではヨハンが少しつまらなそうに唇を尖らせていた。
「ちぇー。あの万丈目って奴も精霊が見えるんだろ? 見てみたかったのになー」
ぶーたれるヨハンに、俺は苦笑する。そして、俺はヨハンに話しかけた。
「別に、見るだけならできると思うぞ」
「へ?」
「ほら、あれ」
そう俺が万丈目のほうを指さすと、ヨハンもそれにつられるように目を向ける。
そこには、万丈目の顔の周りを飛び回るおジャマ三兄弟の姿があった。
『アァニキィ~! ひどいのよ、兄貴ったら! 最高の手札なんて言っちゃって、その中にオイラ達いないじゃないのよ~!』
『そーだそーだ!』
『俺達がいてこその最強だー!』
「うるさいぞ、雑魚ども! お前らが手札に揃ったところで、いいことなんか何もないわー!」
『あぁん、そんな殺生な!』
顔の周りを飛ぶおジャマたちを振り払おうと、万丈目が腕を振る。その様子を地上から見ていたヨハンに、俺は視線を戻した。
「どうだ? あれが万丈目の精霊だ」
そう訊けば、ヨハンは少しひきつった笑みを見せる。
「い、いやぁ……個性的じゃないか。宝玉獣の皆とは、だいぶ違うんだなぁ」
『ルビ?』
さすがにおジャマたちにあれだけ纏わりつかれるのは、ヨハンでも遠慮したくなるらしい。肩に乗ったルビーは、そんなヨハンを首を傾げて見ていた。
そして俺たちが地上でそんな話をしていると、立ち上がったアモンが万丈目に対して真っ直ぐに向き合った。
「……強いな。いささか、君のことを侮っていたようだ。心から謝罪しよう」
「ふん、今更この俺の強さに気付いたか」
どこまでも強気なその言葉に、アモンはふっと笑みを見せる。
「そうだな。今回は君の――ぐぅッ!?」
「どうした、アモン……ッ! な、なん、だ……!?」
突如顔をしかめたアモンに万丈目が不審に思って声をかけるも、その直後万丈目も表情を歪めさせた。
その唐突な変化を地上から見ていた俺達の中で、明日香がいち早くその原因に気付いて叫んだ。
「いけない! デス・デュエルの影響だわ!」
「――ッそうか!」
二人もまたデス・ベルトを着けてデュエルをした。なら、俺たちの身に起こったことが二人に起きるのは必然だったのだ。
不安定なガラス板の上、デュエルエナジーを抜き取られたことで体勢を崩した二人が、それぞれ湖へと落ちていく。
極度の疲労、その上服まで来た状態で水の中はまずい。それを見た瞬間に、俺、十代、ヨハン、翔の四人は湖に飛び込んだ。
そしてアモンをヨハンと翔が拾い上げ、万丈目を俺と十代が抱え上げる。二人とも意識はないようだが、今回は一歩間違えば命がなかったかもしれない。
デス・デュエル。その危険性を、俺たちは改めて思い知ることになったのだった。
*
翌日、アカデミアは朝から大騒ぎになっていた。
それというのも、一夜にして大量に意識を失って倒れた者が続出したからだ。
昨夜アモンと万丈目のデュエルが行われた後に知ったことなのだが、レイとマルタンが参加していたパーティーでは催しの一つとして参加者同士でのデュエル大会が行われていたらしい。
デス・デュエルは下手をすると倒れてしまうほどの危険なもの。だというのに、それを一斉に行ったというのだから、無理もない。保健室に入りきらず、アリーナを開放して生徒が休む場所を確保する事態にまでなるとは、さすがに思っていなかったが。
レイとマルタンは直前で俺たちのほうに来たため何ともなかったが、他の人たちはそうはいかない。
結果、パーティーの参加メンバーであるブルーとイエローのほぼ全員。そしてアモンと万丈目が倒れることになったわけだ。
鮎川先生はそれはもう大忙し。無事だった明日香、レイを始めに、多くの生徒がその補佐として忙しなく動き回っているほどだ。
いつもは俺の側にいるマナも、今はいない。少しでも助けになればと鮎川先生の手伝いに向かっているのだ。
事前に危険性に気が付いておきながらこうなってしまったことに、俺たちは少なからず責任を感じている。それもあってか、俺、十代、翔、剣山、ヨハン、ジムの面々はクロノス先生たちにすぐに会いに行った。
ここまでの事態になっては、もう四の五の言っている場合ではない。今すぐにデス・デュエルを中止するべきだと直訴しに行ったのだ。
すると、クロノス先生もナポレオン教頭もさすがにもう黙っていられないと立ち上がった。というか既に行動を起こしており、校長には連絡済なのだとか。
生徒に大きな被害が出たことに、クロノス先生は大層悲しんでいる。こうなる原因であるコブラの増長を許した一端を担う校長に、クロノス先生は珍しく怒鳴り声で電話したらしい。
それを受け、校長も事態の重さを痛感。猛スピードでアカデミアに向かっている最中なのだとか。
しかし、肝心のデス・デュエル総責任者。プロフェッサー・コブラの姿がどこにも見えないらしい。そのため、ナポレオン教頭は小難しいことはこちらに任せ、俺たちはコブラを探し出してくれと言ってくる。
既に生徒の多くは倒れ、教員は教員でこの事態への対応に追われ余裕がない。そのため、生徒でありながらもこの二年間で色々と実績のある俺たちにも協力をしてもらいたい、ということなのだろう。
もともと行動を起こすつもりだった俺たちはこれを了承。学園でのことは先生たちに任せ、俺たちはコブラの捜索を引き受けることとなった。
そのことが決まった、その時。俺たちと先生が話していた場所に鮎川先生と明日香が慌ただしく入って来る。聞けば、アモンの意識が回復したとのこと。
そして何やら話したいことがあると言っているらしく、俺たちは怪訝に思いつつもひとまずアモンの元へ向かうことを決めたのだった。
「みんな、わざわざ来てもらってすまない」
自室のベッドで休んでいるというアモンを訪ねると、確かにアモンはベッドで横になっていた。しかし、顔色は悪くない。同じ時間に倒れた万丈目はまだ昏睡状態だというのに、凄い体力である。
寝ているアモンは部屋に入った俺たちを見渡すと、早速とばかりに切り出してきた。
「こうして来てもらったのは他でもない。コレのことです」
アモンが布団の中から腕を出し、その手首に巻かれたデス・ベルトを俺たちに見せる。
そして、アモンは話し出す。
曰く、パーティーの直前にコブラが大勢が一斉にデュエルするようけしかけてきた。皆の闘志がベルトを通じて消え去るのを感じた、と。
もともとコブラ先生は怪しかったが、このアモンの話で俺たちは完全に今回の件の黒幕をコブラだと判断する。
そして、早くコブラを見つけなければならないと改めて強く思うのだった。
「となると、あとはコブラの居場所だが……やっぱり以前にジムが言っていたところか」
俺がジムに話を振れば、ジムは頷いた。
「ああ。森の中にあるLabo……SAL研究所のことだな」
頷くジムに、俺達も頷く。
なら、あとはそこに向かうだけだ。コブラ、そしてこの三年生で大きく関わることになるはずの精霊。
きっとこれから向かう先に、その正体が待っている。
アカデミアの生徒たちの安否もかかっているんだ。断じて油断をするわけにはいかない。
俺は一層気を引き締め、森の方面を強く見据えた。
*
――早速森に向かうという皆と、俺は一時別れてアカデミアの校舎へと向かう。
何故かというと、マナを迎えに行くためだ。マナは鮎川先生の手伝いとして働いていて一緒にいなかったため、このまま森に向かう皆とは別れて、こちらが迎えに行かなければならないのである。
しかし、それも仕方がない。今は本当に人手がない状態なのだ。それこそ猫の手でも借りたいほどであり、当初ただ先生と話をしに行くつもりで出かけた俺が、マナを残してきたのも少しでも助けになればという思いがあったからだ。
しかしコブラの元へ向かうことが決まった今、マナの存在は欠かせないものだ。だからこそ、俺は別行動をとってまで校舎に戻っている。
今回、言うなれば敵の本拠地に乗り込むことになるわけだ。ゆえに、恐らくは危険が付き纏うことだろう。
そんな時、マナが持つ魔術の力は俺たちにとってこれ以上ないほどに頼りとなる。そういうわけでマナを外すことは出来ず、俺とマナは後で合流するからと言って、十代たちには先に行ってもらったのだ。
一秒でも早くデス・デュエルを中止にすべき今、わざわざ待ってもらっていては時間の無駄である。たとえ多少遅れても、走って行けばそう時間はかからず追いつけるはず。そう判断したからであった。
そして、俺は校舎内で生徒の介抱をしていたマナと無事合流を果たした。その時僅かに見えたのだが、レイもまた忙しそうに動き回っていた。それほどまでに今アカデミアは大変な状態にある。それを再確認し、俺とマナは校舎を飛び出して森に向かうのだった。
「今頃、十代たちはSAL研究所についた頃、かな」
『たぶん、それぐらいかも。急ごう、遠也』
走りながらの言葉に、マナが真剣な顔で返してくる。
それに俺は当然とばかりに頷いて応える。
デス・デュエル。人が昏倒するデュエルなど、認めるわけにはいかない。まして、それはデュエリストのエナジーを吸収するという目的に沿って行われていること。
更に言えば恐らくはコブラの私的な理由によるものだ。でなければ、こんな馬鹿げたことをするはずがないのだから。
今すぐにやめさせる。誰かが倒れるようなデュエルを、認めるわけにはいかないのだ。
強くそう思いつつ、地を蹴る足に力を込める。
着々と目的地に近づいているだろう森の中。また一歩、逸る気持ちと共に足を踏み出した。
その瞬間、
「――ッ!? 遠也ッ!!」
「え? うあッ!?」
横から、突然マナが身体ごと俺にぶつかってくる。
急なことだったため、受け身を取ることもできず俺とマナは地面に転がる。
いきなり何をするのか。そう言いたかったが、同時に俺の耳に飛び込んできた地面を滑るタイヤの音が、その言葉を喉の奥で押し留める。
近くで起こる、数本の木々がへし折れる音。派手に舞った土煙で、その向こうの様子を窺うことは出来ない。
俺は注意深く立ち上がり、横に座り込むマナの手を取り、立ち上がらせる。そして、小さく問いかけた。
「……何があった?」
その問いに、マナは短くこう答えた。「後ろから大きな白いバイクが、猛スピードで遠也に……」と。
まるでその言葉を待っていたかのように、土煙が晴れていく。
その中から現れたのは、勢い余ったのか轍の先で倒れた木々の残骸。そして、それを為したであろう元凶が静かな駆動音と共に静止していた。
全体的に白く、通常見かけるものを数段上回る大きさのバイク。フロントからカウルにかけての意匠はどこかドラゴンを連想させる威圧感を放ち、紫のクリスタルパーツが太陽の光を反射させ、最も突き出た部位に鎮座している。
その乗り手の出で立ちはというと、黒い袖なしのボディスーツに、金色の肩当て、黒いパンツスタイル。白いコートのような腰飾りをつけ、シングルの座席からハンドルへとその筋肉質な腕を伸ばしていた。
そして、何より特徴的なのがその仮面――。縦に白と黒で分かれたそれを顔に着け、紫色の前髪と長い金髪が森の中の風に乗って静かに揺れていた。
「――ち、邪魔が入ったか」
仮面の奥から響く、くぐもった声。
それを聴きつつ、俺は驚愕に目を見開いていた。
白と黒のツートンを基本とした装い。長い金髪に、紫の前髪。そして、顔に着けた仮面。
加えて白くカラーリングされた超巨大なバイクとくれば……――思い当たる人間は、一人しかいなかった。
「お、まえは……?」
カラカラになった喉で、なんとか声を絞り出して問う。
それに対して、バイクにまたがったままその男はゆっくりと仮面を外してみせた。
明らかになる、金色の瞳。右目から頬にかけて伸びる、赤い紋様。
……ここまでくれば、確定である。ああ、そうだ、間違いない。
まさかこのタイミングで、この男が来るとは。
胸の内に怒涛のように溢れる感情の渦。それらに翻弄される俺を、その金色の瞳が貫いた。
「――私の名はパラドックス。君を歴史から抹消する男だ」