遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第57話 疑惑

 

 ジムとのデュエルを終えた俺は、ジムに誘われて彼の部屋を訪れていた。

 それというのも、ジムが俺の話を聞きたいと強く言ってきたからだ。詳しく聞けば、俺とのデュエルでシンクロ召喚というものに対する見方が変わったとジムは言う。

 それまではシンクロ召喚を単なる融合召喚の派生であり、プロリーグなどで使用する者が少ないこともあって大きな影響はないだろうと思っていたらしい。

 しかし、俺が召喚したスターダストやシューティング・スターといったシンクロモンスター。また、これまで上級モンスターを出すための場繋ぎ的な役目が主であった低レベルモンスター。それが次々にフィールドに並び、低レベルゆえにレベルの調整が利くという新たな役割によって対戦者である自分を圧倒していく姿に、その考えを改めたと言っていた。

 間違いなく、このシステムはデュエルモンスターズを変える。そう確信したジムは、それを扱う俺にシンクロ召喚についての話を聞かせてほしいと迫ってきたのである。

 無論、俺にそれを断る理由はなかった。そもそも俺は元々シンクロ召喚のテスター兼普及担当でもあった男である。それに加え、シンクロ召喚は俺にとって思い入れがあるシステムだ。それについて話すことに、喜びこそあれ抵抗があるはずがない。

 そうして俺は留学生の部屋が用意されたブルー寮、その中でジムに用意された一室に入ると、ソファに腰を下ろして話をすることになったのだ。

 

 そしていざ話してみると、話題には事欠かなかった。

 ジムから請われたシンクロ召喚についてのことはもとより、さっきのデュエルの反省会。また互いの学校についてや、好きなカード。趣味や、ジムが連れるカレンのことなど、話が尽きることはなかったのだ。

 その横ではマナがカレンをからかって遊んでいた。カレンの背を突然撫で、違和感に驚いたカレンが振り返るも、精霊が見えないカレンには何もない空間しか見えない。

 首を傾げるカレンに、マナは再び背をつつく。それにも反応するが、やはり姿が見えないことにカレンは不思議そうにする。それを繰り返し、マナは『うーん。やっぱりカレンちゃん、かわいい!』と言って楽しそうにしていた。

 楽しそうなのは大いに結構なのだが、それでカレンがストレスを感じても困る。俺は苦笑してマナに「ほどほどにしておけよ」と声をかけた。それを聴き咎めたジムが「What?」と声を出すが、何でもないと俺は応える。

 そして俺の言葉にマナも『はーい』と答え、少しだけ姿を現すと、『驚かせちゃってごめんね』と言ってゆっくりカレンの頭を撫でる。突然姿を現したマナに驚くかと思ったカレンは、意外にそれ程反応を見せずされるがままに撫でられていた。

 姿が見えないから驚いていただけで、存在は感じ取っていたようだから、カレンとしてはマナの姿が見えるようになってむしろ納得したのかもしれない。俺は大人しく撫でられるカレンを見て、そんなことを思った。

 ちなみに、それらはジムの背後で行われていたので、ジムからは見えていない。俺はそんな相棒の姿を視界に収めつつ、ジムとの会話を続けるのだった。

 

 そうして長い時間、俺たちは互いにそんな様々なことを語り合った。既に外は暗く、日は落ちている。

 それに気が付いた俺たちは顔を見合わせて長く喋っていた事実に苦笑いになる。

 そして俺が「そろそろ帰るよ」と言って立ち上がれば、ジムは「OK。玄関まで送ろう」と言って同じく立ち上がる。マナにも視線で呼びかけ、マナが俺の横へと戻る。

 さぁ、これであとは帰るだけだ。そう思った、その瞬間。

 突然カレンが大きな鳴き声を上げて暴れ出した。これには俺もジムも驚いたが、ジムはすぐさま首に巻いていたスカーフをほどくと、それでカレンの顔を口ごと塞ぐようにして結びつけた。

 ジム曰く、こうすればカレンは大人しくなるのだとか。少し可哀想に思うが、暴れて得をする者は誰もいない。ここはジムの判断に任せるしかなかった。

 しかし、さっきまでは何ともなかったのにどうして急に。俺がそう言うと、ジムは重々しく口を開いた。

 

「ひとつ、心当たりがある」

 

 そう言って、ジムはベッド脇にあるチェストの引き出しから、小型の機械を持ち出してきた。何かの計測器のようなそれを見れば、針が忙しなく揺れ動いている。

 

「これは電磁波を計測する装置だ。爬虫類は電磁波にひどく敏感でね」

「つまり、カレンがああなったのは電磁波のせい?」

「Yes。これを見るに、よほど強い電磁波が発生したのだろう」

 

 揺れ続ける針を見つつ、ジムが言う。何が原因かは知らないが、迷惑なものだ。そう思ったその時、俺のPDAに着信を告げるバイブレーションが働く。

 夜も遅いこの時間に、一体誰からだろうか。疑問に思いながら、俺はPDAを取り出した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 PDAに連絡があった直後、俺はすぐさまジムの部屋を出て走り出した。

 そして、その後ろには一緒にいたジムがついて来ている。連絡を受けるなり表情を一変させた俺を見て心配してくれたようだ。尤も、さすがにあの状態のカレンを連れていくわけにはいかず、その背にカレンを背負ってはいない。

 俺の横ではマナも心配そうな顔をしている。こちらが心配しているのは、俺ではない。俺と同じく、連絡の中にあった友人のことを心配しているのだ。

 

 ――十代が倒れた。

 

 PDAに翔から届いたその知らせ。それは、俺の気持ちを慌てさせるには十分なものだった。

 ゆえに、俺は脇目も振らず校舎内の保健室へ向けて走っているのだ。夜中であることなど関係ないとばかりに全速力で校舎まで続く道を走り抜け、やっと辿り着いた保健室の前で俺は一度立ち止まる。

 後ろをついて来ていたジムもまた立ち止まり、それと同時に人が来たことを感知した扉がスライドし、開いたそこから俺たちは保健室へと駆けこんだ。

 

「十代!」

 

 突然声を上げて入ってきた俺に、保健室の中にいた人間の視線が一斉に向けられる。

 そこにいたのは、鮎川先生、ヨハン、翔、剣山の四人。ヨハン、翔、剣山は俺の後ろにいるジムに驚いていた。

 

「お前、確か俺と同じ留学生の……」

「Yes。俺はジム・クロコダイル・クック、ジムと呼んでくれ」

「じゃあ、ジムくん。なんで遠也くんと一緒に?」

「さっき遠也とデュエルしたんだが、そのあとも俺たちは一緒にいてね。だが、急に遠也が血相を変えて走り出すから、心配になったのさ」

「無理もないドン」

 

 そんな会話が交わされる中、俺は皆の前に置かれたベッドに近づく。そこには、身を横たえている十代の姿があった。

 とはいっても寝ているわけではなく、既にその目はしっかりと開かれている。そして、十代はベッドの横に立った俺に「よ、遠也」と気軽く声をかけてきたのであった。

 そのいつもと変わらない様子に、一瞬呆ける。そして、徐々に強張っていた身体から力が抜けていくのを感じた。

 

「……なんだよ、焦ったぞ。倒れたって聞いたからな」

「はは、心配かけちまったみたいだな……悪い。けどこの通り、俺は元気だぜ」

 

 そう言って十代は身を起こそうとするが、すぐに体勢を崩してしまう。それを、すぐ横にいたヨハンが支え、倒れるのを防いだ。

 

「無理をするな、十代! お前は自分が思っている以上に堪えているんだ」

「そうよ、十代くん。今は大人しく安静にしていなさい」

 

 ヨハンと鮎川先生が動こうとする十代を諌め、翔と剣山までもが無理は禁物だと十代に意見する。

 この場のほぼ全員に言われては、さすがの十代も聞き分けが良くなる。「う……わかったよ」と渋々納得すると、再び布団の中へと戻っていった。

 それを確認し、ほっと息を吐く一同。

 その姿を見渡し、次いでもう一度十代を見た俺は、改めてヨハンたちに目を向けた。

 

「一体、何があったんだ?」

 

 なぜ十代が倒れるなんてことが起こったのか。その原因を尋ねた俺に、ヨハン、翔、剣山は数時間前の出来事を話し始めた。

 

 

 

 

 ――俺たちと別れた後。

 十代は約束通りにヨハンに島を案内していたようだ。そんな中、途中で翔が二人を見つけて島の案内に合流。その時すでに翔はブルーの生徒相手にデス・デュエルを行っており、見事これに勝利していたそうだ。

 ヨハン曰く、島の案内はそんな翔の武勇伝を交えながらの、楽しいものになったようだ。

 そして日も落ちる頃、十代とヨハンはレッド寮にある十代の部屋に戻った。ヨハンにしてみれば、どうせ寮に戻っても一人だから、それなら十代たちと過ごす方が楽しいということらしい。

 それならということで、十代は快くヨハンを迎える。その時、翔も一緒にどうだと誘われたため翔も十代の部屋へ。やがてそこに剣山もやってきて、四人でのカード談義へと移行していったらしい。

 そうして四人はデッキを見たり、テーブルデュエルを行ったりと楽しい時間を過ごしていた。だが、外が既に暗くなった頃合いに、扉を叩く音が聞こえたのだという。

 何かと思って十代が扉を開けると、そこに立っていたのはなんと万丈目だったらしい。

 突然の来訪に驚きつつも、十代はお前も一緒に話していかないか、と万丈目を部屋に誘う。しかし、それに対する返答は首肯ではなかった。

 

「ふん、勘違いするな十代。俺はただ伝言を預かってきただけだ」

「伝言? 誰からだよ?」

「オースチン・オブライエン。そこのヨハンと同じ留学生だ」

 

 部屋の中にいるヨハンを指さしつつ言った万丈目の言葉に、一同は驚きを示す。それもそのはず、彼らにオブライエンとの接点などなかったからだ。

 尤もヨハンによれば、十代とヨハンは一度レッド寮を覗いていた怪しい人物を追いかけた際に遭遇していたようだが。

 そしてそれ以外に驚いたのが、あの万丈目が親しくもない相手の伝言役を引き受けたということだ。プライドの高い万丈目にしては珍しい。そう思って十代が問えば、それに答えを返したのは万丈目ではなくおジャマだったという。

 

『兄貴はぁ、気になるアイツの情報をくれるっていうからオブライエンの提案に乗ったのよ~ん』

『そうそう、伝言役をやってくれればアモンの情報はくれてやるって』

『情報収集は基本だって言ってたなー』

「アモンって……留学生の? なんでお前がアモンのことを?」

「ええい、うるさい! そんなこと貴様には関係ないことだ! それより、オブライエンからの伝言だ!」

 

 十代の当然といえば当然な疑問に答えないまま、万丈目はオブライエンから預かった伝言を十代に話す。

 その内容は『お前にデュエルを申し込む。崖から突き出した一本の木がある場所。以前お前と会ったそこで待つ』というもの。

 それを伝えた万丈目はすぐに帰っていき、伝言を受け取った十代は喜び勇んでデュエルディスクを腕に着けたとか。

 まぁ、デュエルアカデミア・ウエスト校のチャンピオンとデュエルできるとなれば、その気持ちはわかる。俺もジムとデュエルした時はやっぱり嬉しかったからな。

 ともあれ、そうして十代はオブライエンの元に向かった。当然、一緒にいたヨハン、翔、剣山も十代についていく。

 そして四人はオブライエンが指定した場所へと辿り着く。が、そこには誰もいない。どういうことかと訝しんでいると、突然翔が背後から何者かに襲われたのだという。

 翔の叫び声に振り向くと、そこには翔の両腕を後ろで締め上げて拘束するオブライエンの姿が。

 そして、オブライエンは驚くべき筋力で翔を担ぎ上げると、そのまま崖側へと走り抜け、十代たちと相対する位置に翔を拘束したまま立ったのだという。

 何をするのか、翔を離せ、と十代たちが憤るが、しかしオブライエンの答えは一つだけ。

 

「こいつを助けたければ、俺と全力でデュエルしろ」

 

 そんなことをしなくても、いつでも全力でデュエルしている。十代はそう言うが、オブライエンは首を横に振る。そして、拘束していた翔の腕をワイヤーで縛ると、続いて腿のあたりも縛り上げる。その間、オブライエンには驚くほどに隙がなく、常に十代たちのほうに意識を割いていたという。

 そして翔の動きを完全に封じたオブライエンは、翔を崖先に生えた木の上へ移動させる。「両手両足を拘束された状態で、細く足場の悪いそこから逃げるのは至難の業。命が惜しくなくばやってみろ」とだけ言い残して。

 そしてオブライエンは十代に向き直ると、「さぁ、俺とデュエルをしろ。俺を倒さねば、こいつを助けることは出来ん」。そう告げたのだった。

 無論、この状況で戦わないはずがない。十代は翔を助けるためにデュエルディスクを構えると、オブライエンとデュエルをするのだった。

 

 

 

 

「そして、十代はオブライエンに勝った。だが……」

 

 ヨハンはそこまで言うと、ベッドに寝ている十代を見る。その視線を受けて、十代は横になったまま頷いた。

 

「ああ……なんか勝った途端に、すごく身体がだるくなったんだよ。足腰に力が入らなくなって、ぼーっとしてきてさ……。で、気が付いたら保健室にいた」

 

 今思い返してもどうなっているのかわからないのだろう。十代の顔には困惑の色が強く見られる。

 そんな十代に、翔と剣山が声をかける。

 

「本当に心配したんすよ、兄貴。突然倒れちゃうから……」

「だドン。そういえば、オブライエンも身体を引きずるように帰っていったザウルス」

 

 十代だけでなく、オブライエンも? となると、十代の身に起こった異変はオブライエンが仕組んだものではないということか。

 まぁそれも、デュエルと倒れたことの間に因果関係があればの話だ。普通に考えれば、そんなことはありえない。だが、実際に十代はデュエルをしていただけだ。となると、やはりそこに原因があると考えるべきだろう。

 と、その時。俺の肩に手が置かれる。その手の先を見れば、そこには真剣な顔をしたジムがいた。

 

「遠也。俺たちもデュエルした時、何か違和感を覚えはしなかったか?」

「違和感? ……あ!」

 

 ジムに言われ思い返してみると、確かに通常のデュエルでは感じなかったものを俺は感じていた。

 それを思い出して、俺はそのことを皆に告げる。

 

「そういえば、俺もジムとのデュエルが終わった時、妙に疲れを感じた。てっきりデュエルに集中していたからだと思っていたけど……」

「俺も遠也と同じく、疲労感があるのはデュエルに熱くなりすぎたからだと考えていた。But……今の話を聞く限り、そうとは限らないみたいだぜ」

 

 ジムの言葉に、俺は頷く。そしてヨハン、翔、剣山もまた同じように頷いた。

 突然の疲労感を感じたのは、俺たちと十代、そしてオブライエン。その共通点は、デュエルをしたことだ。

 

「それだけじゃない。カレンは電磁波に敏感だ。そのカレンが暴れ出した時間と、十代が倒れた時間は……」

「……まさか!」

「そのまさかさ。ほぼ時間は一致する。だが、これまで一度のデュエルで極度に疲労したり、まして電磁波が発生するなんて聞いたこともない。しかし、現実に起こっている。つまり、その原因は以前と今の違いにある」

 

 言いつつ、ジムは自らの腕に視線を落とす。そこには、コブラ先生から配られたデス・ベルトが着けられていた。

 それに気づき、この場にいる全員の顔に驚きが広がっていく。ジムが言おうとしていることに理解が及んだからだ。

 ヨハンが己の腕に着いたデス・ベルトを指し示しながら、口を開く。

 

「まさか、デス・ベルトが原因だというのか!?」

「Maybe……あくまで、推測だが……」

 

 ジムはそう言うが、しかし異常を感じた者は四人ともがデス・ベルトをした状態でデュエルした直後にそれを感じている。更に、それ以前にはそんなことはなかったのだ。

 となれば、ジムの言っていることはあながち間違っていないような気がした。

 

「もしそうなら、これは大変な問題よ。すぐにデス・デュエルの中止を進言しないと……」

 

 鮎川先生もジムの推論を聞き、その表情を引き締める。

 しかし、その言葉にはヨハンが首を振った。

 

「いや、先生。まだ今の話は推測にすぎない。それに、まだ実際に倒れたのが十代だけじゃ学園も対処してくれないかもしれない。明日一日、様子見がてら調べてからでも遅くはないはずだ」

「Yes。その意見に賛成だね」

 

 ヨハンが憶測だけで決めつけずに一日の猶予を作ると言えば、ジムもそれに同意する。そしてそれは、俺たちも同じだ。まずはその時間を使って調べてからのほうがいいだろう。

 そう結論を出した俺たちは、互いに真剣な表情で頷き合った。

 

『なんだか、また大変なことになってきたね……』

「ああ。大事にならなければいいんだけどな」

 

 マナの言葉に、俺は願いを込める意味もあってそう口にする。

 本当に、何事もなければいいんだが……。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そんなわけで、翌日。

 昨夜の話し合いの中で、俺たちはジムが持つ電磁波計測器を頼りに島を調べることを決め、保健室へ集まることになっていた。

 なぜ保健室かというと、それぞれ違う寮に住んでいるため、場所が中間である保健室が一番集合場所としてわかりやすいからだ。加えて、動けない十代のこともある。その様子を見ることも含め、保健室は最適だったのである。

 そしてその決め事通り、俺たちは保健室に来たんだが……。

 

「なんで朝からコイツはばくばくと弁当を食ってるんだ……」

「ハハハ、very interesting! 面白い奴だな、十代は」

「んぐ?」

 

 途中でカレンを背負ったジムと鉢合わせ、共に保健室に入るや否や目に飛び込んできたのは、ベッドの上に胡坐をかいて座り、口いっぱいに弁当を頬張る十代。そして、それを横で見ている明日香だった。

 昨夜は起き上がることすら難儀していたというのに、なんで昨日の今日でこんな健啖ぶりを発揮しているんだ。元気になったのは喜ばしいが、もの凄い回復力である。

 若干喜びよりも先に呆れを感じていると、入ってきた俺たちに気付いた明日香がこっちを見た。

 

「遠也。それから、えっと……留学生のジム君、だったかしら」

「Yes。君の名前は?」

「明日香よ、天上院明日香。よろしくね」

 

 そうして挨拶を交わす二人の隣で、俺は弁当を食べ続ける十代に声をかけた。

 

「おはようさん、十代。思ったより元気そうだな」

「んぐ、元気がいいのが、あむ、俺の、っく、いいところ、あぐ、だからな!」

「まったく、食べながら話さない! 喉に詰まらせても知らないわよ!」

「んぐぐ。……へへ、悪いな明日香。でもこの弁当、超うまいぜ! ありがとな!」

 

 十代が一度箸を止めて明日香にお礼を言う。どうも、この弁当は明日香が作ったものだったらしい。手作り弁当とは、なかなかやる。

 そう思って明日香を見れば、ストレートな十代の言葉に照れたのか顔をそむけていた。

 

「た、倒れたって聞いたから、お見舞いみたいなものよ。それより、お茶置いておくわよ」

「おう、サンキュー!」

 

 持参していたらしい水筒のカップにお茶を注ぎ、それをベッド側の安定する場所に置く明日香。

 食事を再開した十代を見るその顔が、何となく綻んで見えるのは気のせいだろうか。

 

「……That’s why(なるほどね)。そういうことか」

「何がそういうことなんだ、ジム」

 

 何かに納得したような反応を見せたジムを不思議に思って問いかけると、ジムは何故か驚いたように俺を見た。

 

「Really? 本気で言ってるのか、遠也?」

「ああ」

 

 俺が頷けば、ジムはウェスタンハットで顔を隠し、一つ息を吐いた。そして、同じように隣でマナも息を吐いた。なんだよ、揃いも揃って失礼な。

 

「……遠也のsteadyになるガールは大変だな」

「彼女いるんだが、俺」

 

 そう言うと、今度こそ本当に驚いたようで、ジムは言葉を失った。

 ホントに失礼だな、おい。

 

『遠也……明日香さんはお弁当を作ってきたんだよ、わざわざ手作りで。で、十代くんが食べる姿を嬉しそうに見ている。さ、答えは?』

 

 呆れたようにマナがそんなことを言ってくる。

 さすがにジムやマナに呆れられたままではいられない。俺はふむ、と心の中で一拍置くと考え始めた。

 

「手作り弁当で、食べる姿を嬉しそうにね…………って、まさか」

『たぶん、そういうことなんじゃないかな』

 

 考えてみれば単純なこと。ほんのわずかな思考で辿り着いた答えを、驚愕と共に小さく声に乗せる。

 それに頷きを返してきたマナに、俺はもう一度驚きを感じることになった。

 まさか、明日香が……。まぁ、確かに明日香にとって同年で一番親しいのは十代だろうから、わからなくもないか。十代がどう思っているのかは知らないが。

 しかし、あの二人がねぇ。

 一年生のころから知っている二人の、一方は知らない心の動き。それを思って、俺は弁当を食べ終わってお茶を飲んでいる十代と、それを見つめる明日香をどこか感慨深く見るのだった。

 

「おはようっす、兄貴!」

「兄貴、調子はどうザウルス?」

 

 そんな中で突撃してきた翔と剣山。それに十代は空になったカップと弁当箱を明日香に返しつつ、「絶好調だぜ!」と笑顔を返した。

 そして答えるや否や、十代はベッドから飛び降りて靴を履く。それを見咎めた鮎川先生が「あ、ちょっと、十代君!」と制止を促す声を出すが、十代は気にせずに「大丈夫、大丈夫!」と言って保健室を飛び出していってしまった。

 それを呆然と見送ったのち、翔と剣山は慌てて十代を追いかける。赤い服を着た十代に、イエローの剣山が続き、ブルーの翔も追う。信号機みたいになったな、とどうでもいいことを思う俺だった。

 

「まったく、十代ったら。心配する身にもなってほしいわ」

 

 出ていった面々、というよりは昨日の今日でいきなり無理をし始めた十代に向けてだろう。明日香はどこか諦めたような声でそう言うと、溜め息をついた。

 その姿を俺とジムは苦笑して見つめ、そして俺たちもまた明日香と鮎川先生に背を向ける。

 

「ま、心配するなよ明日香。十代が無茶することがないように、俺たちが見てるからさ」

「遠也の言う通りだ。トゥモローガールは十代の帰りを待っていてやってくれ」

「ええ、遠也、ジム……って、トゥモローガールって私のこと!?」

 

 驚きの声を上げる明日香だったが、その頃には既に俺たちは保健室を出て行っていた。ゆえに、それはせいぜい何か言っているな程度にしか俺たちには伝わらなかったのであった。

 そして、外に出た俺たちは先に保健室を出ていた十代、翔、剣山に合流。更にそこにヨハンもまたやって来る。

 そのヨハンはどうやら新たな情報を掴んだらしい。聞けば、十代と同じく倒れたオブライエンを訪ねたが返事がなかったとのこと。「やっぱり、あいつもダメージを受けていたのかも」と話すヨハンに、俺たちは頷いた。

 そして、俺たちはまずジムが取り出した電磁波計測器に注目する。360度に計測器を向けてみれば、針がよく振れるのは森のほうのようだ。

 それを確認した俺たちは、早速森のほうへ向けて歩き出すのだった。

 

 ……が。

 

 途中までは順調に進んでいたのだが、やがて問題が発生した。森の奥に近づくにつれ、剣山が頭が痛いと言い出したのだ。尤も、ひどい頭痛ではないようだったが、それでも頭痛は頭痛だ。戻った方がいいと言ったが、剣山はついてくることを選んだ。

 本人が大丈夫と言っているのでそれを尊重し、俺たちは先に進んだが……。案の定というべきか、それはいま大きな問題となって現れた。

 

「フンガーッ!」

「わわわわ、落ち着くっす剣山くん!」

「ダメだ、翔! 剣山の奴、完全に正気を失ってやがる!」

 

 突然暴れ出した剣山。それを翔が何とか宥めようとするが、剣山には効果がない。ヨハンが暴れる剣山に近づこうとする翔を手で制しつつ、剣山が正気ではないことを指摘するが、見る限りはその通りのようだ。

 暴れる剣山。その胴体をジムが、両腕を十代と俺で押さえつけて、どうにか押し留めているが一向に剣山が元に戻る気配はない。

 

「カレンもさっきから興奮しているが……! ダイノボーイはどういうことだ!?」

「剣山は足に恐竜の骨が移植されてるんだ!」

「それで爬虫類の血が騒いでるってか? 映画じゃないんだからさ!」

『でも、実際に剣山くんも闘争本能が刺激されてるみたいだよ!』

 

 マナが言うように、どうやら十代の言が正しいようだ。でなければ、いきなりこんなふうに豹変した理由に説明がつかない。

 しかし逆を言えば、人間である剣山ですら狂わせるほどの電磁波がこの付近で発生しているということ。つまり、電磁波の大元は近い。

 となれば、ここでゴタつくわけにもいかない。……こうなったら。

 

「ヨハン! 代わってくれ!」

「ええ? いいけど、どうするつもりだ?」

「もちろん、こうするのさ!」

 

 腕を抑える役割をヨハンに任せ、俺は自分の腕に着けたデュエルディスクを起動させる。そして、その腕を剣山に突き付けた。

 

「デュエルだ、剣山! お前もデュリストなら、デュエリストの本能がデュエルを拒むはずがない!」

「そうか! 考えたな、遠也!」

「Nice ideaだ!」

 

 十代とジムがそう言うと同時に、剣山は暴れるのを止めた。

 恐る恐る剣山を抑えていた三人が剣山から離れると、剣山は俺と同じようにデュエルディスクを動かす。

 闘争本能に支配されようと、デュエリストの本能まではなくならない。戦いたいなら、デュエルで相手をすればいいだけだ。

 そうすれば、剣山もいくらか落ち着きを取り戻してくれるに違いない。

 

「いくぞ、剣山! デュエルッ!」

「ガァアッ!」

 

 理性が感じられない叫び声を上げつつ、剣山はしっかりカードを引いている。

 それを確認して、すぐ。静かな森の中に、デュエルの開始を告げる声が響き渡った。

 

皆本遠也 LP:4000

ティラノ剣山 LP:4000

 

「グァアー!」

 

 剣山が唸り声を上げながらカードを引き、手札からカードを選択してディスクに置く。

 最初は特殊召喚された《俊足のギラザウルス》、そしてそのままリリースし、《暗黒(ダーク)ドリケラトプス》をアドバンス召喚。

 

《暗黒ドリケラトプス》 ATK/2400 DEF/1500

 

 更にカードを1枚伏せ、ターンを終了か。

 

『なんだか、本能任せとは思えないプレイングだね』

 

 隣のマナの言葉に、俺は頷く。

 それだけ、デュエリストの誇りが骨身に染み込んでるってことかもしれない。それなら、まずはその気持ちに応えて心身ともにデュエリストとして戻ってもらおうじゃないか。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札を見渡す。そして、俺はその中から1枚を手に取った。

 

「魔法カード《光の援軍》を発動! デッキから「ライトロード」と名のつくカードを手札に加え、デッキの上から3枚を墓地に送る。俺は《ライトロード・ハンター ライコウ》を手札に加える!」

 

 墓地に落ちたのは《ボルト・ヘッジホッグ》《トラゴエディア》《カードガンナー》の3枚。ボルト・ヘッジホッグが落ちてくれたのは、僥倖だ。

 

「更に手札から《レベル・スティーラー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! クイック・シンクロンのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚! そしてチューナーが場にいるため、墓地からボルト・ヘッジホッグが蘇る!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

「レベル1レベル・スティーラーにレベル4となったクイック・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 素早く呼び出される切り込み役。力強く輝く一対の赤い眼差しが、猛々しくこちらを睨む剣山の姿を捉えた。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、自分フィールド上のレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分攻撃力をアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 俺の場に存在するレベル2以下のモンスターはボルト・ヘッジホッグ1体のみ。よって、その攻撃力800ポイントがジャンク・ウォリアーに加算される。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

 これで、剣山の場のモンスターの攻撃力を上回った。

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーで暗黒ドリケラトプスを攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

「ガァアアッ!」

 

剣山 LP:4000→3300

 

 ジャンク・ウォリアーの攻撃を受け、ドリケラトプスは破壊される。また、その衝撃によって剣山が吹き飛ばされる。

 地面の上に倒れ込んだ剣山をじっと見つめていると、やがて剣山は頭を抑えつつ身を起こした。

 

「つぅ……効いたザウルス」

「剣山くん!」

「よっしゃ、正気に戻ったのか!」

 

 さっきまでの唸り声ではなく、しっかり言葉を話した剣山に、翔と十代が喜色交じりの声を上げる。

 俺も普段の剣山に戻ったことを悟り、ほっと一息ついた。

 

「剣山! 調子はどうだ?」

「遠也先輩……まだ少しクラクラするけど、問題ないドン!」

 

 トントンと自身の頭を軽く叩き、剣山がにっと笑みを見せる。

 本調子とはいかないようだが、それでもさっきまでの様子を考えれば十分だろう。俺はデュエルディスクを着けた腕を、再び剣山に向けて突きつけた。

 

「さぁ、剣山! ここからはしっかりデュエリストとして戦おうぜ!」

 

 俺が声をかけると、剣山はそれに大きく頷く。そして、本能に任せた闘争心とは違う、理性を感じさせるデュエリストとしての闘争意欲を覗かせて、己の手札に視線を落とした。

 

「先輩、いくドン! 俺のターンザウルス、ドロー!」

 

 カードを引いた剣山が、不敵な笑みを見せる。

 さて、どんな手で来る?

 

「俺は《ベビケラサウルス》を召喚! 更にフィールド魔法、《ジュラシック・ワールド》を発ドン!」

 

《ベビケラサウルス》 ATK/500 DEF/500

 

 ベビケラサウルス、トリケラトプスを小さくデフォルメしたようなモンスターだ。卵の殻を身に纏った状態でいることを考えるに、生まれたばかりのベビーという設定なのだろう。

 更に、ジュラシック・ワールド。これによって、俺たちがいる場所は火山がそびえる大樹海へと変貌した。

 ……まぁ、もともとアカデミアには火山があるうえに俺たちは森の中にいたので、大して変わっていない気もするが。

 それはともかく、ジュラシック・ワールドは場の恐竜族の攻守を300ポイント上昇させるカード。それによってベビケラサウルスは強化されるが……。

 

「剣山のことだ。それぐらいで終わるコンボじゃないだろ?」

「へへ、さすが先輩にはお見通しだドン。リバースカードオープン! 罠カード《大噴火》を発ドン! このカードは「ジュラシック・ワールド」が存在する自分のエンドフェイズに発動できるザウルス! フィールド上のカードを全て破壊するドン!」

 

 剣山のその宣言と共に、フィールドに存在する火山から地響きが起こる。そして、やがてそれは一気に爆発し、火山からおびただしい溶岩がフィールドへと降り注いだ。それによって、ジャンク・ウォリアーとボルト・ヘッジホッグは破壊されてしまった。

 大噴火……フィールドのカードを一掃する、凄まじいリセット能力を持つカードだ。だが、その発動条件はジュラシック・ワールドの存在に加えてエンドフェイズと二重に限定されている。

 ゆえに、発動後は自分のフィールドががら空きでターンを終えることになる。しかし、剣山の場にいるベビケラサウルス。その効果がこの瞬間、発動した。

 

「ベビケラサウルスの効果発ドン! このモンスターがカードの効果で破壊され墓地に送られた時、デッキからレベル4以下の恐竜族モンスター1体を特殊召喚するザウルス! 《ハイパーハンマーヘッド》を守備表示で特殊召喚!」

 

《ハイパーハンマーヘッド》 ATK/1500 DEF/1200

 

 茶色の体色を持ち、発達した後ろ足で大地に立つオーソドックスな姿をした恐竜。しかし、鼻先がまるで木槌のようになっている点が普通の恐竜とは一線を画している。

 しかし、ハイパーハンマーヘッドとは厄介なモンスターを。こいつは、戦闘して破壊されなかった相手モンスターを手札に戻すという、強力なバウンス効果を持つ。

 上級モンスターを呼び出せれば倒すことは出来る。そして、シンクロ召喚ならばそれは容易だ。しかし、そうすればそのモンスターがデッキに戻ることになる。大きくアドバンテージを損失させる、強力なカードだ。

 

「ヒュー! やるな、ダイノボーイ! Niceなコンボだ!」

「ああ! どうやら剣山は本当に正気に戻ったらしい」

 

 俺の場を全滅させ、更に自分は返しのターンでの攻撃に備える。それらをしっかり行った剣山に、ジムとヨハンが感心した声を上げる。

 

「どうだドン、先輩! 次の俺のターンで恐竜さんが火を噴くザウルス!」

「さすがだな、剣山! だが、そう簡単にいくかな! 俺のターン!」

 

 引いたカードは《おろかな埋葬》。更に残りの手札を見つめ、剣山が取って来るだろう戦術にも思いを巡らせる。

 そして、まずは一枚のカードを手に取った。

 

「俺は《トライデント・ウォリアー》を召喚!」

 

《トライデント・ウォリアー》 ATK/1800 DEF/1200

 

 黄金に輝く三つ又の槍。それを構えた壮年の戦士がフィールドに立つ。

 名前にもあるトライデントは三つの穂先を持つ槍に関係しているのだろうが、その効果にも関連性がある。

 

「トライデント・ウォリアーの効果発動! このカードの召喚に成功した時、手札からレベル3のモンスター1体を特殊召喚できる! 来い、《ドリル・シンクロン》!」

 

 トライデント・ウォリアーが槍を自在に回し、地面に突き刺す。すると、罅割れた地面から丸くおもちゃのようなモンスターが飛び出してくる。

 

《ドリル・シンクロン》 ATK/800 DEF/300

 

 一本の角と両手のドリル、キャタピラのような足。それらが一つの球体から伸び、胴体部分についた目と共にそれらを剣山のほうへと向けた。

 

「バトル! トライデント・ウォリアーでハイパーハンマーヘッドを攻撃! 《トライデント・スマッシャー》!」

 

 トライデント・ウォリアーが掛け声とともに頭上で槍を回し、そのまま一気に剣山のフィールドへと駆けていく。

 

「そしてこの時、ドリル・シンクロンの効果発動! このカードが場に存在する場合に自分の場の戦士族モンスターが守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を超えていればその数値だけ相手にダメージを与える!」

「か、貫通効果ザウルス!? くぅッ!」

 

剣山 LP:3300→2700

 

 トライデント・ウォリアーの槍が、ハイパーハンマーヘッドを貫く。そして、貫通ダメージが剣山を襲った。

 だが、ドリル・シンクロンの効果はこれで終わりではない。

 

「更にこの効果で相手にダメージを与えた時、1ターンに1度、デッキからカードを1枚ドローできる! ドロー!」

「けど、ハイパーハンマーヘッドの効果も発動するドン! このカードとの戦闘で破壊されなかった相手モンスターを、手札に戻すザウルス! トライデント・ウォリアーには退場してもらうドン!」

 

 ハイパーハンマーヘッドを貫いた瞬間。そのの頭部にある槌によって反撃にあったトライデント・ウォリアーが、苦痛の声を上げて俺の手札へと戻っていく。

 これで、俺の場にはドリル・シンクロンのみ。このままでは返しのターンで攻勢に出られるのは必至だが、まだ俺にはメインフェイズ2が残されている。

 

「魔法カード《おろかな埋葬》を発動! デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送る! 更にボルト・ヘッジホッグの効果発動! 場にチューナーがいる時、特殊召喚できる!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 これで、俺の場にはレベル3の地属性チューナーにレベル2の地属性モンスターが揃った。となれば、ぜひ召喚したいモンスターがいる。

 エクストラデッキに入れていてもなかなか召喚する機会がないモンスターだが、珍しく条件が整った。次のターンでの攻勢に備える意味も兼ねて、いかせてもらおう。

 

「レベル2地属性のボルト・ヘッジホッグにレベル3地属性チューナーのドリル・シンクロンをチューニング! 集いし結束が、大地を満たす力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 目覚めよ、《ナチュル・ビースト》!」

 

 光に包まれるボルト・ヘッジホッグとドリル・シンクロンの2体。その光の中から現れるのは、緑色の体毛に包まれた1頭の虎であった。

 

《ナチュル・ビースト》 ATK/2200 DEF/1700

 

 両腕と両足には樹が絡みつき、緑葉を思わせる体毛が自然そのものを連想させる。ゆったりとした動きで俺の場に立つと、ナチュル・ビーストはそのまま静止した。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「俺のターンだドン、ドロー!」

 

 引いたカードを見た剣山の顔が、僅かに緩む。何かいいカードを引いたようだ。

 そしてその予想は違わず、剣山は引いたカードをそのままディスクへと差し込んだ。

 

「魔法カード《流転の宝札》を発ドン! その効果により――」

 

 宝札系のカードか。確かにいいカードだが……。

 

「《ナチュル・ビースト》の効果発動! このカードが表側表示で存在する限り、デッキの上からカードを2枚墓地に送ることで、魔法カードの発動を無効にし、破壊する!」

 

 ナチュル・ビーストがいる以上、魔法カードを使わせはしない。

 デッキの上からカードを2枚墓地に送ると、ナチュル・ビーストは前足を持ち上げて勢いよく地面を踏みつける。

 すると、地面から植物の蔦が剣山のフィールド上に現れ、発動した魔法カードを絞めつけて破壊してしまう。

 それを、剣山は驚愕の目で見ていた。

 

「な……! く、なら手札から装備魔法、《リビング・フォッシル》を!」

「無駄だ、剣山! この効果に1ターンでの回数制限はない! リビング・フォッシルの発動も無効にして破壊する!」

 

 俺がそう言って再びデッキから2枚を墓地に送ると、ナチュル・ビーストによって生み出された蔦が再び剣山の魔法カードを破壊する。

 打つ手をことごとく潰され、剣山は表情を歪めた。

 

「ぐぬぬぬ……! カードを1枚伏せて、ターンエンドだドン!」

 

 それでも、伏せカードを残すあたり勝負を諦めてはいない。こちらとしても伏せカードの存在は怖いが、怯んでいるわけにもいかない。

 

「俺のターン! モンスターをセットし、バトル! ナチュル・ビーストで直接攻撃! 《ナチュル・ワイルド・ロアー》!」

 

 ナチュル・ビーストがその口を開け、猛々しい鳴き声を上げる。その音波が空気を伝って剣山へと迫るその前に、剣山は伏せカードを起き上がらせた。

 

「罠カード《リビングデッドの呼び声》を発ドン! その効果により、墓地から《暗黒ドリケラトプス》を特殊召喚するザウルス!」

 

《暗黒ドリケラトプス》 ATK/2400 DEF/1500

 

 再び剣山の場に現れる暗黒ドリケラトプス。その攻撃力はナチュル・ビーストよりも高い2400ポイント。このまま攻撃しては、こちらがやられるだけだ。

 

「なら、攻撃は中止! このままターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロードン! バトル! 暗黒ドリケラトプスでナチュル・ビーストを攻撃ザウルス!」

「リバースカードオープン! 罠カード《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

 

 お馴染みとなる鉄屑で作られた一体のかかしが、ナチュル・ビーストへの攻撃を阻むようにフィールドに現れる。

 それによって攻撃を逸らされたドリケラトプスは、剣山のフィールドへと帰っていった。

 

「く……! ターンエンドン!」

「俺のターン! まずはセットモンスターを反転召喚! そして《ライトロード・ハンター ライコウ》のリバース効果が発動! 相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊し、その後デッキからカードを3枚墓地に送る。暗黒ドリケラトプスを破壊!」

 

 ライコウが唸り声をあげ、ドリケラトプスの喉元に噛みつく。急所をやられたためか、ドリケラトプスは苦悶の声と共に墓地へと消えていった。

 

「更に《トライデント・ウォリアー》を通常召喚!」

 

《トライデント・ウォリアー》 ATK/1800 DEF/1200

 

「バトルだ! トライデント・ウォリアーで直接攻撃! 《トライデント・スマッシャー》!」

 

 トライデント・ウォリアーが三つ又の槍を半身となって構えると、そのまま勢いよく突進して剣山に向かい槍を突き出す。

 それによって、剣山は大きなダメージを受けた。

 

剣山 LP:2700→900

 

「これで最後だ! ナチュル・ビーストの攻撃! 《ナチュル・ワイルド・ロアー》!」

 

 再び口を開けて咆哮を轟かせるナチュル・ビースト。今度こそその轟きは剣山へと届き、そのライフポイントを全て奪い去っていった。

 

「うぁあああッ!」

 

剣山 LP:900→0

 

 こうして、デュエルには決着がついた。

 しかし、その瞬間。俺と剣山の腕に着いたデス・ベルトが目も眩むほどの光を放つ。

 

「くッ、な、なんだドン!?」

 

 そして、その光はデス・ベルトを離れて上空へと浮かんでいく。その後、その光は引き寄せられるようにいずこかへと飛んでいってしまった。

 それを見届けた直後、俺と剣山は揃って膝から崩れ落ちた。

 

「What!? 遠也!?」

「剣山も大丈夫か!?」

 

 ジムとヨハンが俺たちの異状に気付いて声を上げる。そして、十代と翔もまた光を追っていた視線を俺たちへと戻して目を見開いた。

 

「剣山くん!」

「遠也! どうしたんだ!?」

 

 その声を聴くころには、俺の意識は既に朦朧としていた。

 隣でマナも俺の名前を呼んでくれているが、それに応えることすらキツイ。だが、せめて今の状態ぐらいは伝えておかなければと声を絞り出す。

 

「……か、身体から、根こそぎ力を奪われた、みたいだ……」

「俺も、ザウルス……げ、限界だドン……」

 

 剣山が身体を支える気力すら失い、仰向けに倒れる。

 そして、俺もまたそれに続いて地面へと倒れ伏せた。

 俺と剣山の名前を焦ったように呼ぶ、皆の声。それを聴きながら、ゆっくりと俺の意識は深く沈み込んでいった。

 

 

 

 

 ――そんな思ってもみない形で終わってしまった電磁波の調査。その後、どうやら皆は俺と剣山をそのまま保健室へと運んでくれたらしかった。

 そういうわけで、俺はいま保健室のベッドの上にいる。ちなみに、目を覚ましたのは俺だけのようで、剣山は隣のベッドで眠ったままだ。

 

『もう、心配させないでよ、遠也』

「わ、わるい……」

 

 自分でも元気がないとわかる声で、俺はマナにそれだけを返す。どうにか片手を上げてみるが、いかんせん力が入らなくてすぐに布団の上に落ちた。

 それを見ていた皆が、真剣な顔で話し始める。

 

「OK、みんな見ていたか? 遠也とダイノボーイのデュエルが終わった時のことだ」

「ああ。二人の腕輪が光り、その光がどこかに飛んでいった」

 

 ジムの言葉にヨハンが返すと、ジムは大きく頷いた。

 

「その通りだ。恐らく、あの腕輪がデュエルで二人のエナジーを抜き取ったんだ。Look、この地図を見てくれ」

 

 鮎川先生から借りたこの島の地図。それをテーブルの上に広げてジムが皆に促せば、十代、翔、ヨハン、明日香、鮎川先生がその地図を一斉に覗き込んだ。

 ちなみに、一部の人には見えていないがマナも覗き込んでいる。俺も見たかったが……さすがに動けん。

 

「光が飛んでいった方向、そして電磁波が強まった方角を考えると……」

 

 ジムが地図の上で指を動かして皆に説明している。そして、やがてその指の動きが止まった。

 

「This place! ここにある研究所……こいつが怪しいぜ」

 

 ジムが指差したのはどこなのか。俺は首だけを動かして皆を見るが、さすがに机の上を見ることが叶わない。しかし、それを見た十代と翔が顔を見合わせているのは確認できた。

 

「これって……」

「SAL研究所っす。そういえば、一年生の頃に……」

「ええ。ジュンコがさらわれた、あのSALね」

 

 明日香が二年前にあった事件の一つを口にする。

 SALと呼ばれる高度な学習機能を研究によって付与された人工の動物デュエリスト。それがSALだ。二年前、そいつにジュンコがさらわれる事件が確かにあった。あの時は確か、俺がデュエルをしてSALに勝ったんだったか。

 SAL研究所とは、そのSALに実験を施した場所で間違いないだろう。あの時の研究者にはきっちり処罰が下されたらしいし、今では使われていない場所になっている可能性が高い。となれば、確かに悪さをするにはうってつけかもしれなかった。

 ともあれ、これで怪しい場所の目星もついた。更に自分の身を以ってだが、デス・デュエルに危険がある可能性をより確実なものに近づけることも出来た。

 となれば、後は行動あるのみだ。

 そう考え、俺はぐっと力を込めて声を出す。

 

「よ、よぅ……し。みんな、あ、明日にでも、行ってみようぜぇ……」

 

 どうにか声をひねり出した俺に、全員の視線が集まる。

 そして、すぐさま彼らは再び顔を突き合わせた。

 

「Everyone。行動を起こすのは、明日以降でいいかい?」

「ああ」

「もちろんっす」

「俺もそれでいい」

「当然ね」

 

 ジムの提案に、十代、翔、ヨハン、明日香が頷く。

 おい、俺は明日になったら行こうと言っているんだぞ。以降じゃ明日行動を起こせないじゃないか。

 俺がベッドの中で不満げに呻くと、ふよふよとマナが俺の横まで飛んできた。

 そして、触れないくせに俺の額を撫でる所作を見せる。

 

『みんな、遠也や剣山くんのことが心配なの。今は回復に努めようよ、ね?』

「ぅぐ……」

 

 正論かつそんな口調で言われては、何も言えない。そして、ふと見れば、マナの声が聞こえる十代とヨハンが笑みを浮かべて頷いていた。

 俺を慮ってのこと。それがわかるだけに、俺は皆の決定を素直に受け入れた。

 その後、さすがに何もしないというのもどうかということで、鮎川先生がまずはクロノス先生たちに話を持って行ってみることになった。

 そこで学園側から何らかの対応をしてもらうのが一番なのは誰もが認めるところだったので、皆も鮎川先生にひとまず任せることにしたようだ。

 しかし、それでも何ともならなかったその時は、それ以外の手段に出るしかない。

 こんな危険なデュエルをやめさせるためなら、俺たちは行動を起こす。皆の表情には、その強い意志が宿っていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そんなわけで、その次の日の朝は保健室で迎えることとなった。

 一夜明けたからかだいぶ回復してきているが、それでも俺たちはベッドの上からほとんど動いていない。マナや鮎川先生などにきつく止められているからである。

 実際、まったく身体に違和感がないわけではないので、その指示には大人しく従っている。こうしてみると、わずか一夜で完全に回復してた十代すげぇ。俺の場合、今でも立ちくらみぐらいならあるっていうのに。

 ちなみに剣山はもう少し俺より症状が重いらしく、寝ている方が楽とのこと。それでも今日一日休めばお互いに全快するレベルの話ではある。

 今頃はきっと鮎川先生がクロノス先生やナポレオン教頭にデス・デュエルの危険性を話してくれていることだろう。校長がいるのがベストだったんだが……校長は出張で留守にしているそうなのだ。

 総責任者である校長がコブラ先生に一言物申すのが一番手っ取り早いっていうのに。こう言っては何だが、肝心なところでいないお人である。

 ともあれ、そこでデス・デュエルをどうするかによって俺たちの行動も決まることになるだろう。ここで何とかなってもらえた方が助かるんだけどなぁ。

 上手くいってくれればいいが……。自分の中でも希望的観測であるとわかる願いに、俺は溜め息をつく。

 それと同時、保健室の扉が開いて、聞き慣れた二つの声が耳に届いてきた。

 

「遠也、一応着替えとデュエルディスクを持ってきたよ」

「あ、遠也さん! お弁当作ってきたから食べて!」

 

 俺は苦笑を浮かべて二人を迎える。

 

「サンキュー、マナ。レイもな」

 

 保健室に入ってきたのは、マナとレイの二人だった。

 マナのほうは言わずもがな。倒れた俺の周囲のことを全てやってくれているので、本当に頭が上がらない思いだ。今回も、必要と思われるものを取ってきてくれたのである。

 そしてレイ。こっちは、俺が倒れたことを聞いて昨日から何度も訪ねてきてくれている。最初こそかなり不安そうな顔をしていたが、そんなに重体というわけでもないと知って、ようやく笑顔を見せてくれた。

 そして、なぜか元気を出してもらうために、と言ってお弁当を作ってくれることになった。昨日の夜、レイが寮に帰る直前の話である。

 どうやら、それを実行してくれたようだ。俺はクロスに包まれた弁当箱を、ニコニコと笑うレイから受け取った。

 

「ホント、悪いな。わざわざ作ってもらって」

「ううん、全然。他にも、ちょっと作ってあげたい子がいたしね」

「作ってあげたい子?」

 

 ベッドの上で胡坐になり、包みをほどきつつ問いかければ、レイは頷き「うん、聞いてくれる?」と身を乗り出して話し出した。

 それによると、どうも始業式で会ったイエローの男の子のことをレイは気にかけているようだ。その男の子は線が細く、内向的で俯きがち、それでいてあまり仲間もいないみたいだという。

 根がお人よしかつ世話焼きなレイは、これを放っておけなかった。始業式で会ったことも何かの縁だと感じ、レイは以降その男の子を明るくさせようと奮闘しているのだとか。

 件のお弁当も、線が細い彼――加納マルタンというらしいが、その子に食べさせようという計画なのだとか。

 なるほど、とレイが作った弁当に舌鼓を打ちつつ聞いていると、何かに気付いたレイがハッとして焦ったように「もちろん、だからといって遠也さんのお弁当に手を抜いたりはしてないよ!?」と詰め寄ってきた。

 俺は口の中の物を飲み込むと、小さく笑って「わかってるって」と返す。それにレイはほっとした顔になって、ベッドの脇に置かれた椅子に身体を戻した。

 ちなみに、横ではマナが剣山に俺が受け取ったものと同じような包みを渡していた。

 少々気になり、耳を澄ませてみる。

 

「はい、レイちゃんから。剣山くんの分も作ったんだって」

「うぅ、忘れられてるかと思ったザウルス」

「レイちゃんは遠也のこと大好きだからねー」

「……マナさんもだドン」

「あはは、まあね」

「……はぁ、失恋の痛みが、苦しいドン」

 

 そこまで聞いて、俺はそっと隣から意識を外した。嬉しいような恥ずかしいような申し訳ないような、複雑な気持ちである。

 その時、俺はよほど妙な顔をしていたのだろう。レイがきょとんした顔で首を傾げる。

 

「どうしたの、遠也さん?」

「いや、なんでもない、なんでもない」

 

 俺は片手を上げて小さく振ると、レイが作ってくれたお弁当を再び食べ始める。それをレイは飽きることなく見つめて、色々と話を聞かせてくれた。

 そして、そこにマナも加わり、同じく弁当を食べている剣山も話に加わってくる。自由に動くことこそまだ叶わなかったが……それでも十分に楽しい朝の一時を俺たちは過ごすのであった。

 

 

 

 


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