遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第56話 思い

 

 始業式があった日の翌日。

 全校生徒が再び同じ大教室に集められて、集会が開かれた。

 どうも今回の集会の発起人は、先日この学校に新しく赴任してきたコブラ先生であるらしい。というのも、壇上では校長やクロノス先生たちが脇に立つ中、その件の先生がド真ん中に堂々と仁王立ちしていたからだ。

 一体何を言い出すのか。好き勝手に各々が推測を小声で話し合っていると、コブラ先生は注目の掛け声を発する。同時に、ギロリとこちらに向けられる鋭い瞳。たちまち生徒たちは静まり返り、それを確認したコブラ先生は僅かに笑みを見せ、懐から何かを取り出して掲げた。

 それは、よく見れば十代とヨハンに昨日先生から渡されたもの。腕時計に似た外見を持つ金属製の腕輪だった。腕時計と異なるところは、時計があるべきところに青い不透明のガラス玉のようなものが埋め込まれているところだろう。

 

「これを、諸君にプレゼントする。これは、先日私が告げた『デスクロージャー・デュエル』に必要なもの……『デス・ベルト』だ!」

 

 昨日、突然コブラ先生の口から出た新制度――デスクロージャー・デュエル。それについての詳細が語られることを察し、生徒たちにどよめきが起こる。

 その様子を見つめつつ、コブラ先生は更に口を開いた。

 

 曰く、デスクロージャー・デュエルとは実力公開デュエル。デュエルをすると、デス・ベルトを通じてプレイヤーのデュエルレベルを割り出すことが出来るという。デュエルに対する熱さ、集中力、決断力……そういったものを計り、寮のカラーに関係ない本人の実力を示せということらしい。

 またコブラ先生は「諸君らは当然デュエルによって自分の夢を掴む気持ちでアカデミアの門を叩いた。ならばデュエルに対する意識は高く、問題ないはず」とも言った。

 そう言われては生徒は何も言えない。口答えしたら、やる気がないと自分で言っていることになるからだ。

 

 しかし、夢ね……。三年生になると、この単語とも無縁ではいられないか。自分が何をしたいか、ということは進路に関わるからだ。

 とはいえ、実のところ俺には既にやりたいことがあるので問題はない。かつてレインのことなどで悩んでいた時に思った“あること”が、結果としてやりたいことになったのである。尤も、それはあまりにも無謀な願いであり、口に出すことが躊躇われるほどのものであるが。

 

 話は戻るが、この制度であまりに成績が悪かったり、それでいてやる気や改善が見られない場合、寮格下げ。最悪の場合、退学すらあり得るという。

 これにはさすがにやりすぎであるとクロノス先生たちが校長に直訴したが、校長はウエスト校がこのデスクロージャー・デュエル、略してデス・デュエルによって活気を取り戻したという成功例を盾にその直訴を抑えた。

 ……だが、やはりいくらなんでも退学までをも制度の成績いかんで決められるというのはやりすぎな気がしなくもないのだが……。しかし、校長は譲る気はないようだ。

 まぁ、実力を以って己の道を切り拓け、というのはある意味この学園のオーナーの意思に沿っているともいえる。ここは受け入れる方が無難だろう。

 そもそも、デュエルに対する熱さ、集中力で負ける気はしない。なら、少なくとも俺にとってはそう問題ではないのだから、これまで通りにやればいいだろう。

 

 そういうわけで、俺は早速受け取ったデス・ベルトを腕に着ける。

 しかし、なんだな。なんでデスクロージャー・デュエルの略し方を『デス・デュエル』にするかな。昨日は翔に死を表すデスとは関係ないと言ったが、これじゃあ俺の方が間違っていたみたいである。

 ともあれ、こうしてデス・デュエル制度が施行。今年もなんだか騒がしくなりそうな予感に、俺はやれやれと肩をすくめるのだった。

 

 

 

 

 朝の集会が終わり、デス・ベルトをそれぞれ腕に着けると、俺たちは誰が言わずともいったん校舎の外に出て集まっていた。

 もっとも、何か用があるというわけでもない。いつの間にかこの面子でいるのが自然になっていたと、それだけのことなのだろう。

 

「それで、これから皆はどうするザウルス?」

 

 まずは剣山が口火を切り、俺たちに今日の予定を尋ねてくる。

 この学園では、必須の授業と進級・卒業に必要な単位を満たすための選択授業。それらを取りさえしていれば、各々の自由に任されている。

 生徒はその合間にデス・デュエルをこれから行っていくわけだが、それは置いておいて。剣山としては、それだけ自由度が高いからこそ、これからの予定を皆に聞いたのだろう。

 そして、その質問に俺たちはそれぞれ答えていく。

 まずはブルーに住む明日香、吹雪さん、翔。

 

「私は、とりあえずジュンコとももえと合流するつもりよ。まだ授業もあるし……」

「それなら僕は、ひとまず部屋に戻ることにしようかな」

「僕は……早速デス・デュエルの相手を探してみるっす」

 

 翔は力強く頷くと、そう言ってデス・ベルトをつけた腕を持ち上げてみせた。

 基本的に受け身なところのある翔にしては、強気な発言。じっと翔を見ていると、その視線に気づいた翔が照れくさそうに笑った。

 

「へへ、こう見えて僕はカイザー亮の弟だから。このデス・デュエルがデュエルに対する意識を計るって言うなら、僕が一番にならないと。そうじゃないと、お兄さんにいつまでも追いつけないっすからね」

「よく言ったぜ、翔! それでこそ、俺の弟分だ!」

 

 翔の言葉に十代が喜びを露わにして、その肩を強く叩く。

 それに痛そうにしている翔だったが、しかしその表情には笑みが見えていた。

 今もプロリーグで活躍する翔の兄、カイザー丸藤亮。己に根差すデュエルの理想を貫き、どこまでもその力を伸ばしていく兄。その姿を見て、翔は一層「兄のようになりたい」という思いを抱いているようだ。

 カイザーは常に、デュエルに対して正々堂々。そして、持てる力を存分に相手に振るう。それが圧倒的な勝利に繋がってしまうことも多々あるようだが、それは決して相手を叩き潰すことに喜びを感じているからではない。

 どれほどの強さを得ても、自分はまだ未熟。かつて破滅の光に乗っ取られ、俺に負けたことで、カイザーはその思いを決して忘れないように抱いているという。

 未熟だからこそ、ああして付け入られた。そして、まだまだだからこそ、俺にも負けた。

 ゆえに自分は成長途中。そうである以上、成長するためには手を抜くなどもってのほか。

 その考えが根底にあるカイザーは、デュエルにおいて攻めにも守りにも全力を尽くす。それが結果として圧勝に繋がることもある、というだけなのである。

 己を未熟と断じて律し、そして相手に敬意を払うからこそ手加減なしの最大戦力で戦いに臨む。それこそが、自身の成長に繋がる。それが現在のカイザーという男のデュエルスタイル。そのどこまでも正道で強さを求め続ける姿勢に、惹かれるファンは数多いという。

 人一倍デュエルに対して真摯に向き合う兄を見ているからこそ、翔のデュエルに対する意識は一年生の頃とは格段に違う。

 たとえ力及ばずとも、まずは全力で立ち向かうこと。自分は兄以上に未熟なのだから、持てる力を出し尽くすだけではなく、何事にも立ち向かわなければ始まらない。

 それこそが今の翔に根差すもの。今では面と向かって十代に挑むことすらある翔の、デュエルへの意識なのだった。

 だから、デュエルに対する意識を計るというこのデス・デュエルに翔はやる気を見せているのだろう。己の根幹をなすものに、背を向けるわけにはいかないのだから。

 笑い合う十代と翔。その姿を微笑ましく見ていると、ふんと万丈目が鼻を鳴らした。

 

「俺は散歩にでも行く。デス・デュエルも、適当に見つけた奴とするだけだ」

「ボクは……うーん、まだ高等部のことよくわかってないし、新入生の人たちとお話ししてようかな」

 

 万丈目に続き、レイも自分の予定を告げる。

 そして、剣山の視線が十代、そして俺へと向けられた。

 

「兄貴と遠也先輩はどうするドン?」

「俺か? 俺はこれからヨハンに島を案内するつもりだぜ。昨日の夜、約束したからな」

 

 剣山の問いに十代がそう答え、その最後に聞こえた昨日の夜という単語からふと思い起こすことがあった俺は十代に向けて口を開いた。

 

「昨日の夜っていうと、あれか。ヨハンがカードパック大量に買ったから一緒に開けようって誘って来たやつ」

「ああ、それそれ。遠也も誘ったのに、来ねぇんだもんな。ヨハンも残念がってたぜ」

「悪かったよ。昨日の夜はちょっと、忙しくてな」

 

 具体的には、「エドくんが遠也のこと、デュエル馬鹿だって」と笑い交じりに言ってきたマナを懲らしめていたからだ。結局反撃にあい、お互いの頬を引っ張り合うという微妙に情けない形になってはいたが。

 とはいえ、一応その戦いに終止符が打たれた後に参加しようとは思っていたのだ。しかし、十代とヨハンは慌ただしく突然寮を飛び出していってしまったので、参加できなかった。

 後で聞いた話によると、レッド寮を覗き込んでいた怪しい人影を見たのだという。結局見失ってしまったようだが……男所帯のレッド寮を覗くとは、奇特な人間もいたものである。

 まぁ、それは置いておいて。その昨夜に、十代はヨハンを案内する約束を交わしていたらしかった。

 

「遠也も一緒に行かないか? ヨハンもそのほうが喜ぶだろうしさ」

「ありがたい申し出だが……すまん、行けそうにないわ」

 

 十代からのお誘いを、断腸の思いで俺は断る。

 なぜなら。

 

「この後、授業とっちゃってるんだよね……」

 

 ゆえに、行けない。

 幾分肩を落としながらそう告白すれば、十代は「あー……なら、しょうがないな」と苦笑気味。

 くそぅ、こうなると知っていればこの日に授業が入る選択科目なんて取らなかったのに……!

 十代とヨハン、ともに気が合う相手だけに、その二人と遊ぶ時間が結果的に奪われたことに俺は若干気を落とす。

 だがまぁ、まだヨハンが来て二日目だ。遊ぶ機会はこれから何度でもある、はずだ。そう思ってどうにか気持ちを立て直し、俺は剣山に「そういうわけだ」と告げるのだった。

 

「結構みんなバラバラだドン。ちなみに俺は万丈目先輩と同じザウルス。適当にブラつくとするドン」

 

 というわけで、剣山が言うように今日の予定は皆かなりバラけているようだ。

 まぁ、既に新学期は始まっているわけで、休みの間のようにいつも一緒にいられるわけではないのは当然のこと。それはわかっているから、俺たちはそのまま軽く手を振りながらそれぞれ別れていった。

 まだ授業が残る俺は明日香とともに校舎の中へと戻り、ジュンコたちと合流するという明日香と早々に別れると、俺は自分が受けるべき授業が行われる教室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 授業が終わり、ようやく俺にも自由な時間が訪れる。

 俺は教科書や筆記用具を急いでバッグに詰めると、その足で俺が現在住むレッド寮の一階……万丈目が改造した部屋に向かった。

 かつて光の結社によってブルー寮が乗っ取られた時に一時的な避難先としてこの部屋に住んで以来、すっかり俺はこの部屋に居着いてしまっていた。

 俺の所属はブルー寮なので本当はいけないのだが、ブルー寮の寮監であるクロノス先生ですら俺に用がある時はレッドに来るほどだ。今更移動するのも面倒だし、最後の一年も俺はこの部屋で過ごすつもりだった。

 ちなみに本来の持ち主である万丈目は、ブルー寮で暮らしている。どうもホワイト寮だった頃に万丈目が使っていた部屋が、俺の部屋だったらしい。そのため、当時から意図せずして部屋を交換している状態となっていたのだ。

 既にお互い私物ごと移動していたため引っ越すのは面倒と感じ、話し合いの結果このままでいようと結論が出たのである。

 というわけで、ブルーの俺がレッド寮に住み、レッドの万丈目がブルー寮に住むというあべこべな状態になっている。レッドの人間がブルーに行くと色々と言われそうではあるが、そこはさすがの万丈目サンダー。絶大というよりは絶妙なカリスマ性から受け入れられ、結構楽しくやっているようである。

 さて、部屋についた俺は持っていたバッグを適当に放り出すと、デュエルディスクを掴んで外に出た。

 そしてそれをすぐに左腕に着けると、俺はそのまま歩き出した。

 

『デス・デュエルをするの?』

「ああ。十代たちに合流しようとも思ったけど、勉強していた分のフラストレーションをまずはスカッと発散したいのさ」

 

 隣でふわふわと浮いてついてくるマナの問いかけに、俺は腕に着けたデュエルディスクを掲げながら答える。

 合流してからヨハンとデュエルするというのも考えたが、今は十代が島を案内している最中のはず。それを邪魔してまでデュエルを申し込むのは気が引ける。だから、合流するのはデュエルしたあとにしようと考えているのだ。

 ついでにデス・デュエルも一度やっておいた方がいいだろう。あまり遅くなると、デュエルに対する意欲が足りないと判断されるかもしれないからな。

 そう考えて適当に崖に沿って歩いていると、不意に俺から見て左側に広がる森の草むらがガサリと揺れた。

 それには俺だけでなくマナも気づいたようで、俺たちは立ち止まって森のほうを見た。

 

『なんだろう?』

「さあ……」

 

 俺たちが揃って首を傾げた、その直後。

 草むらから顔を出した存在に、俺は思わず一歩後ずさった。

 

「わ、ワニぃ!?」

 

 そう。そこから顔を出したのは、人間の大人一人ほどの大きさを持つ大きなワニだったのだ。

 のそりのそりと、低い位置からこちらに近づいてくるワニ。ワニといえば獰猛かつ人間すら食べる肉食というイメージが強く、俺はちょっと及び腰である。

 野生のワニなんて危険生物、アカデミアにいるわけがない。なのに、なんでこんなところに……。

 冷や汗を流しつつそう考えていると、ふと昨日の始業式を思い出した。

 そういえば、あの留学生の中にワニを連れていた生徒がいたはずだ。あの生徒は両手で持ち上げていたが、確か大きさも今目の前にいるこのワニぐらいだったはず……。

 ということは、このワニはその生徒のペットのワニなのかもしれない。さすがに色々と常識に縛られないアカデミアといえど、ワニを野放しで飼うほど酔狂ではないはずだ。

 となれば、やはりその留学生のワニと考えるのが自然だろう。確か、えーっと、ジム……だったか。

 頭の中でウェスタンスタイルに統一した特徴的なファッションをしていた留学生の姿を思い描いていると、その間に何やらマナがワニの目の前で手を振っていた。

 精霊状態のマナは目に見えず、触れることも出来ないはずだが、ワニは何故かマナがいるところより先に進もうとしない。まるで見えない壁に阻まれているように。

 ひょっとして……。可能性に思い当たった俺は、人に慣れているなら怖くはないかと結論づけてワニの前にしゃがみこんだ。

 

「お前、マナが見えるのか?」

 

 よく見ると睫毛がとても長いそのワニは、俺の問いかけに「グァウ」と鳴き声を上げて応えた。

 それがイエスかノーかはわからないが、どうも何かを感じてはいるのは間違いないようだった。

 そんな時、ふとマナが試しにワニの鼻先に触れてみる。もちろんすり抜けるだけだが、しかしワニは何か違和感を覚えたのかくすぐったそうに顔を振った。

 

『あはは、ちょっと可愛いかも』

「こうして見てると、確かに……」

 

 よくよく見れば、愛嬌があって可愛いと言えなくもないかもしれない。

 

「――Hey! カレン、Wait!」

 

 その時、ワニが出てきた森から大きな声が響いてきた。次の瞬間、森から飛び出してきたのは、今さっきまで俺が頭の中で考えていたこのワニの飼い主と思われる留学生。

 上から下までウェスタンスタイルを貫き、右目を包帯で覆ったわかりやすい姿を間違えるはずもない。右手には取っ手が付いた独特な形状のデュエルディスクを持ち、サウス校のデュエルチャンピオンである、ジム・クロコダイル・クックその人がそこに立っていた。

 

「Sorry、カレンに悪気は……」

 

 そして現れたジムは、どこか真剣みを帯びていた左目に俺とワニの姿を映す。そして、俺がワニの前にしゃがみこみ、そしてその前でワニがじっとしている姿を見ると、ほっと大きく息を吐いた。

 

「Suspenseful……心臓に悪いぜ。てっきりカレンが君を脅かしてしまったかと思った」

「いや、実際かなり驚いたぞ」

 

 いきなり目の前にワニが現れたんだからな。普通に過ごしていれば出遭うことのない事態であることに間違いはない。

 しかし、ジムは俺のそんな言葉に、笑みを見せた。

 

「Sorry。しかし、カレンが知らない人間の前で大人しくしているなんて、珍しい」

「そうなのか?」

「Yes。カレンはシャイな女の子なのさ」

 

 そう言うと、ジムはカレンという名前らしいそのワニの横に片膝をつき、その背を撫でる。それに気持ちよさそうに鳴き声を上げたカレンは、自分からジムへと擦り寄っていった。

 それを見て『やっぱり、かわいい』と呟いたマナに内心同意しつつ、俺はジムに声をかけた。

 

「仲がいいんだな」

「Of course。カレンは俺の家族だからな。……ん?」

 

 そこで、何かに気付いたようなジムの視線が俺を貫く。

 カレンの背を撫でる手も止めて俺を暫し見たジムは、突然「ワオ!」とどこか喜びを滲ませた声を発した。

 

「こいつはLuckyだ! ひょっとして君の名前は、皆本遠也じゃないか?」

「ああ、そうだけど」

 

 俺が肯定すると、ジムは殊更にその笑みを深める。そして立ち上がると、俺の手をがっしりと掴んできた。

 

「シンクロボーイ! 君に会える日を楽しみにしていたぜ!」

「へ?」

 

 言っている意味がよくわからず間の抜けた声を出すと、ジムは掴んでいた手を離して自前のウェスタンハットのつばを指で上げた。

 

「俺のスクールにもシンクロ召喚を使う奴はいたが、エースとしては誰も使っていなかった。だから、君に会いたかったのさ! シンクロ召喚を世界で一番使いこなせる君にね!」

「なるほど」

 

 つまり、シンクロ召喚に興味があったが周囲にそれを満足に使えるデュエリストがいなかったということだろう。

 だがまぁ、今はまだサポートも少なくシンクロ関連のカードの種類自体が少ないのが現状だ。それは仕方がないことだといえる。

 しかし、そんな中でシンクロ召喚を主力として使っている俺という存在がいた。シンクロ召喚に興味があったジムは、結果としてそれを扱う俺にも興味を抱いていたということのようだ。

 要するに。

 

「つまり、俺とデュエルしたいってことでいいんだな?」

 

 カレンを背に乗せてベルトで固定していたジムに、俺はニッと笑って腕に着けたデュエルディスクを見せる。

 それに対して、ジムもまたデュエルディスクを腕に着けると、俺と同じく笑って起動させたそれを俺に突きつけた。

 

「That’s right! その通りだ! 楽しもうぜ、シンクロボーイ!」

「当然! デュエルなら、いつでも受け付けるさ! ただ、シンクロボーイは止めてくれ。普通に名前で頼む」

 

 俺が苦笑気味にそう言うと、ジムは頷いた。

 

「OK、遠也! 最高のデュエルをしようぜ!」

「ああ! いくぞ、ジム!」

 

 俺もまたデュエルディスクを起動し、そして互いにデッキから五枚のカードを引く。

 さぁ、これで準備は整った。

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

ジム・クロコダイル・クック LP:4000

 

「First turnはもらうぜ! ドロー!」

 

 まずはジムの先攻。さて、どんな手で来るのか。

 

「俺はモンスターをセット。更にカードを4枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 すべて裏側表示。これではジムの手を読むことができない。

 ならば、まずはこちらから攻めなければなるまい。

 

「俺のターン! おっ」

 

 手札に来たカードに、思わず声を上げる。ここは、こいつに先陣を切ってもらうとしますか。

 

「俺は《ジャンク・フォアード》を特殊召喚! このカードは自分フィールド上にモンスターがいない時、手札から特殊召喚できる!」

 

《ジャンク・フォアード》 ATK/900 DEF/1500

 

 レベル3の戦士族。ジャンクの名を持つうえに特殊召喚効果まで持っているため、様々な用途に使える便利なモンスターだ。

 そして、今回はリリース要員として役に立ってもらう。俺は手札のカードに手をかけた。

 

「そして、ジャンク・フォアードをリリース! 来い、相棒! 《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 ジャンク・フォアードが光の粒となって消えていき、その中から光を纏って現れる一人の魔術師の少女。

 カラフルな装いに先端が丸まった杖を持ち、ブラック・マジシャン・ガールことマナは、杖をバトンのように回しながらウィンクを決めた。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 そしてその登場に、ジムは感嘆の声を上げる。

 

「ワオ! シンクロだけじゃなく、ブラック・マジシャン・ガールも使うという噂はTruthだったというわけか!」

「おうとも」

 

 この島の人間にとっては既に幾分見慣れたモンスターであるが、島の外では未だに遊戯さんぐらいしか使う人がいないカードだ。知名度の割にこうして実際に見ることは稀であり、それを考えればジムの反応も頷けるというものだろう。

 だが、これぐらいで驚いてもらっては困る。マナを出して終わりというわけではないのだから。

 

「まだいくぞ、ジム! 俺は《レベル・スティーラー》を捨て、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! そしてレベル・スティーラーの効果発動! 俺の場のレベル5以上のモンスター1体のレベルを1つ下げることで、墓地から特殊召喚できる! ブラック・マジシャン・ガールのレベルを1つ下げ、特殊召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 二等身のガンマンを模したモンスターに、星が背中に描かれたテントウムシ。ともにこのデッキでは欠かせないモンスターだ。

 そして、チューナーと素材が揃った以上、やることは一つ。

 

「レベル1レベル・スティーラーにレベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし絆が、更なる力を紡ぎ出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 轟け、《ターボ・ウォリアー》!」

 

 クイック・シンクロンが5つの光るリングとなり、1つの星となったレベル・スティーラーがその中を潜る。

 その瞬間。爆発的な光が視界を覆い、やがてその中から現れたのは赤く染まった機械の身体が特徴的なモンスターだ。

 

《ターボ・ウォリアー》 ATK/2500 DEF/1500

 

 赤いスポーツカーが変形し、人型になったような出で立ち。鋭く尖った爪が目立つ両手を突きつけるようにジムのほうに向け、ターボ・ウォリアーはマナの隣に降り立った。

 

「Great! これが君のシンクロモンスターか! 攻撃力2000と2500を1ターンで並べるなんて、驚きだぜ!」

 

 嫌みのないその言葉を素直に受け取る。そして俺はフィールドのマナに目を向けた。その視線に気づきこちらを見たマナと目が合う。

 

『うん、いくよ遠也!』

「ああ! バトル! ブラック・マジシャン・ガールでセットモンスターを攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 攻撃宣言によって、マナは自身の魔力を一気に杖先へと集めていく。そして黒く染まったそれを裏側守備表示となっているカードに向けて、一思いに解放した。

 攻撃力2000による攻撃。低レベルなら大抵のモンスターの守備力を突破できるはずだ。

 そう考える俺の想定は見事に的を射た。しかし、問題はそのモンスターが持つ効果であった。

 マナの攻撃によって現れ、破壊されたのは、黒い壺の中から覗く不気味な一つ目と口だったのである。

 

《メタモルポット》 ATK/700 DEF/600

 

「Thanks、遠也! セットモンスターは《メタモルポット》だ! そのリバース効果により、お互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その後5枚のカードをドローする!」

「いきなりメタポか……!」

 

 にやりと笑ったジムに、俺は少しだけ苦い顔になる。墓地肥やしと手札の補充が行えることはありがたいが、それを見越して準備していたジムにこの効果が有利なのは間違いない。

 更に墓地に送られた手札は、《エフェクト・ヴェーラー》《死者蘇生》の2枚だ。ヴェーラーは非常に使い勝手のいい効果を持った便利なチューナーであるし、死者蘇生は言わずと知れた万能カード。正直、もったいなかった。

 勝負が長引くにつれ、ここで落ちたカードが響いてくることは予想に難くない。ならば、長引く前に勝つしかない。

 

「ブラック・マジシャン・ガールの攻撃は止められたが、俺にはまだターボ・ウォリアーがいる! ターボ・ウォリアーで直接攻撃! 《アクセル・スラッシュ》!」

「罠カード《万能地雷グレイモヤ》を発動だ! これにより攻撃してきたターボ・ウォリアーにはリタイアしてもらうぜ!」

「なにぃっ!?」

 

 途端、攻撃するために相手フィールドに踏み込んだターボ・ウォリアーが爆散する。

 万能地雷グレイモヤは相手モンスターが攻撃してきた時、相手フィールド上で最も攻撃力が高いモンスターを破壊する罠カード。俺の場で最も攻撃力が高いのはターボ・ウォリアーなので、破壊は免れなかった。

 爆発によって発生した煙の中、ジムは帽子を押さえつつ口元に小さな笑みを浮かべて俺を見た。

 

「迂闊だったな、遠也」

「むむ……カードを1枚伏せ、ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 新たにカードを引いたジムは、そのまますぐにデュエルディスクに指を持っていき、伏せてあったカードを起き上がらせた。

 

「いくぞ! 俺は伏せてあった《化石融合-フォッシル・フュージョン》を発動! このカードの効果により、俺の墓地と相手の墓地から決められたモンスターをゲームから除外し、エクストラデッキから「化石」と名のついた融合モンスター1体を特殊召喚する!」

 

 ジムがそう宣言した瞬間、地響きが発生してジムの横と俺の横からそれぞれ地層が隆起した。

 そこに目を向けると、ジムの側に現れた地層にはメタモルポットが。俺の側に現れた地層には、ターボ・ウォリアーがそれぞれ化石となった状態で埋まっていた。

 

「俺は自分の墓地に存在する岩石族モンスター《メタモルポット》と、遠也の墓地に存在するレベル6の戦士族モンスター《ターボ・ウォリアー》を除外する! カモン! 《中生代化石騎士 スカルナイト》!」

 

 隆起した地層がそれぞれ近づき、一つになる。その瞬間、地層は崩れ去り、同時に砂煙の中からスカルの名に相応しい骸骨が飛び出した。

 恐竜のものなのだろうか、人外の骨と思われるものを鎧や兜、盾として身に纏う。そして背についたマントを翻すと、右手に持った剣をこちらに突き出した。

 

《中生代化石騎士 スカルナイト》 ATK/2400 DEF/900

 

「それぞれの墓地のモンスターを融合素材にする融合カードか……」

 

 なんとも珍しいカードだ。自分の墓地で融合するカードは十代などもよく使うので見慣れているが、相手の墓地のカードも指定して融合するカードというのは、初めて見る。OCGでも、これに類するカードに心当たりはなかった。

 俺が驚きを露わにしていると、ジムはくいっと帽子の縁を指で上げた。

 

「俺は地質学と考古学の専門家だ。自分で化石の発掘をしたことも一度や二度じゃない。だからか、俺は地層に眠るモンスターを融合させるこのカードが大好きでね! 更に《フォッシル・ダイナ・パキケファロ》を召喚!」

 

《フォッシル・ダイナ・パキケファロ》 ATK/1200 DEF/1300

 

 恐竜の化石の標本がそのまま動き出したかのようなモンスター。攻撃的な突起が骨の随所にみられる、迫力のあるモンスターである。

 

「いくぜ、遠也! スカルナイトでブラック・マジシャン・ガールを攻撃! 《ナイツ・スラッシュ》!」

 

「させるか! 罠発動、《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再びセットされる!」

 

 接近してきたスカルナイトが上段に構えた剣を振り下ろす。しかし、それはマナに当たる前に互いの間に現れたかかしによって阻まれた。

 かかしに攻撃を止められたスカルナイトは、一歩後退する。

 

「ヒュー! 面白い効果のカードだ! But……」

 

 攻撃を止められ、しかしジムは不敵に笑う。

 

「攻撃を止められようと、No problem! 化石に宿る力を侮ってもらっちゃ困るぜ! スカルナイトの効果発動! 相手の場にモンスターが存在する時、もう1度攻撃することが出来る!」

「な、マジかよ!?」

「Sure! いけ、スカルナイト! 《ナイツ・スラッシュ・セカンド》!」

 

 くず鉄のかかしが防ぐことが出来るのは、あくまで相手1体の1度の攻撃のみ。既に1度発動した今、再び発動させることは出来ない。

 再びこちらに踏み込み、剣を振り下ろすスカルナイト。それに対抗する術はなかった。

 

『きゃあっ!』

「くッ、マナ……!」

 

遠也 LP:4000→3600

 

 剣を杖で受け止めるものの、それによって負ったダメージがマナをフィールドから離れさせる。

 そして、スカルナイトは役目を終えたと言わんばかりにマントを翻し、ジムの場へと戻っていく。

 その横には、もう1体のモンスターが控えていた。

 

「更にフォッシル・ダイナ・パキケファロで直接攻撃! 《クラッシュ・ヘッド》!」

 

 指示を受け、カツカツと骨がこすれ合う独特の音を鳴らしながら、巨大な骨の塊が迫る。力強く後ろ足で地を蹴ったパキケファロが、その勢いのまま大きな頭部で俺にぶつかってきた。

 

「ぐぁッ……!」

 

遠也 LP:3600→2400

 

 強力な頭突きを俺に見舞ったパキケファロは、自陣に戻っていくと身体を丸めて守備を固める。

 

「フォッシル・ダイナ・パキケファロは攻撃した後、守備表示になる。更にカードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

「やるな、ジム! 俺のターン!」

 

 攻撃後に守備表示になるということは、このフォッシル・ダイナ・パキケファロはOCGのものとは異なる効果を持っていることになる。

 OCG版では表側で存在する限り互いにモンスターの特殊召喚が出来なくなるロック効果を持っている。いわゆるアニメ効果とは大きく変化したモンスターの1体だ。

 OCGの効果なら色々と厄介だったが、違うならばまだ取れる手はある。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚し、効果発動! 墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を効果を無効にして表側守備表示で特殊召喚する! 《エフェクト・ヴェーラー》を特殊召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《エフェクト・ヴェーラー》 ATK/0 DEF/0

 

「更に墓地からの特殊召喚に成功したため、手札から《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚する!」

 

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

 

 ジャンク・シンクロン、エフェクト・ヴェーラー、ドッペル・ウォリアー。これでチューナーとそれ以外のモンスター併せて3体のモンスターが俺のフィールドに並んだ。

 

「フィールドが0の状態から3体、チューナーとそれ以外のモンスターを共に召喚するとは……Nice tactics、遠也!」

 

 称賛する声に、俺は照れも混じった苦笑を浮かべ「サンキュー、ジム」と言葉を返す。

 そして、フィールドに向けて手をかざした。

 

「レベル2ドッペル・ウォリアーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG(テック・ジーナス) ハイパー・ライブラリアン》!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 まずはライブラリアン。近未来的な出で立ちで空中ディスプレイを表示させる電子端末を持ったこいつを召喚したことにより、俺の場にはドッペル・ウォリアーを小さくしたようなモンスターが2体現れていた。

 

「ドッペル・ウォリアーの効果! シンクロ素材となった時、レベル1の《ドッペル・トークン》2体を特殊召喚する!」

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400 DEF/400

 

 そして、俺の場にはレベル1のチューナーであるエフェクト・ヴェーラーがいる。ゆえに。

 

「レベル1ドッペル・トークンにレベル1エフェクト・ヴェーラーをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 当然といえば当然だが、表示形式は守備表示である。

 そして、ここでそれぞれのモンスター効果が発動する。

 

「フォーミュラ・シンクロンはシンクロ召喚に成功した時、デッキから1枚ドローできる。更にライブラリアンの効果、自分か相手がシンクロ召喚に成功した時、1枚ドローできる。合計で2枚ドロー!」

 

 手札増強により手札は5枚。そこから1枚のカードを手に取り、俺はディスクに差し込んだ。

 

「手札から魔法カード《ミニマム・ガッツ》を発動! このカードは、自分フィールド上のモンスター1体をリリースし、相手のモンスター1体を選択して発動する! そのモンスターの攻撃力をエンドフェイズまで0にする!」

「What!?」

 

 思わずといった様子で声を上げるジムだが、ミニマム・ガッツの効果はこれで終わりではない。

 

「更に、選択したモンスターがこのターンに戦闘で破壊され墓地に送られた時、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」

「Oh my god! そんなのありか!?」

 

 あまりといえばあまりな効果に、サウス校でトップに立った男といえど動揺は隠せないようだ。

 攻撃力を0にしているんだから戦闘破壊は容易。だというのに、戦闘ダメージに加えて破壊されたモンスターの攻撃力分の効果ダメージまで飛んでくるというのだから、たまったものではないだろう。

 尤も、こちらもモンスターをリリースしているので、戦闘破壊に成功してもボードアドバンテージ的にはどっこいどっこいなわけだが。とはいえ。

 

「俺は残ったもう1体のドッペル・トークンをリリースし、中生代化石騎士 スカルナイトを選択する!」

 

《中生代化石騎士 スカルナイト》 ATK/2400→0

 

 こうしてトークンを使えば、カードアドバンテージ的には1:1にできる。

 まぁ、普通に使うとこちらがアド損になるので、使いどころを考えなければいけないカードであることに間違いはない。

 さて、これでスカルナイトの攻撃力はこのターンのみだが0になった。攻撃力0ならば、恐れるものは何もない。

 

「いくぞ! ライブラリアンで中生代化石騎士 スカルナイトに攻撃! 《マシンナイズ・リーダー》!」

「くッ……! 罠発動! 《クロコダイル・スケイル》! 俺が受けるダメージを1度だけ0にする!」

 

 ジムの前に巨大なワニの背中が現れ、その硬い鱗がジムを守るように展開される。だが、それはあくまで自分へのダメージを0にする効果だ。モンスターへのダメージは防げない。

 つまり。

 

「モンスターへのダメージは有効! よってライブラリアンの攻撃により、スカルナイトは破壊される!」

「ッぐ、スカルナイト……!」

 

 ライブラリアンの攻撃によってスカルナイトの骨の身体が粉々に砕け散る。

 その衝撃がジムへと向かうが、ワニの鱗がそのことごとくを防いだ。そして、鱗のバリアはゆっくりとその姿を消していく。

 これで、再びジムにダメージが通るようになった。そして、ミニマム・ガッツの効果はここからが本領である。

 

「ミニマム・ガッツの効果発動! 選択したモンスターが戦闘破壊されて墓地に送られたため、スカルナイトの攻撃力2400ポイントのダメージを受けてもらう!」

 

 クロコダイル・スケイルの効果によるダメージ軽減は1度だけだ。この効果ダメージを防ぐことは出来ない。

 ジムの墓地からスカルナイトの剣が飛び出し、それはジムへと突き刺さった。

 

「ぐぁああッ!」

 

ジム LP:4000→1600

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 ここでエンド宣言を行う。

 戦闘ダメージも通っていればこのターンで終わっていたのだが、さすがにそう簡単に勝たせてはくれない。他校のデュエルチャンピオンが、そんな隙を晒すはずがないということだろう。

 だからこそ、面白い。付け加えれば、化石融合なんて全く戦ったことがないカードだ。そのカードとのデュエルが楽しくないはずがない。

 知らず俺は笑みを浮かべ、ダメージにより顔を俯かせたジムを見た。次は一体どんな手で来るのか。それが楽しみで仕方がなかったからだ。

 そしてジムが俯いていた顔を上げる。それによって明らかになった表情を見れば、ジムもまた俺と同じく笑っていた。

 

「Wonderful! ワクワクするいいデュエルだ、遠也!」

「俺も同じことを考えていた。さぁ、次の手を見せてくれ、ジム! それを破って、俺が勝つ!」

「No! 勝つのは俺だぜ、sure! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたジムは、フィールドにその手を向けた。

 

「リバースカードオープン! 速攻魔法《異次元からの埋葬》! 除外されているカードを3枚まで選んで墓地に戻す! 俺は《メタモルポット》と、遠也、君の《ターボ・ウォリアー》を墓地に戻すぜ!」

 

 ともに最初の化石融合によって除外されていたカードだ。となると、狙いは恐らく……。

 

「更に《死者転生》を発動! 手札の《サンプル・フォッシル》を捨て、墓地の《中生代化石騎士 スカルナイト》をエクストラデッキに戻す!」

 

 そして、ジムは手札から1枚のカードを見せる。それを見て、俺はやはりと心の中で唸った。

 

「《化石融合-フォッシル・フュージョン》を発動! 俺の墓地の《サンプル・フォッシル》と君の墓地の《ターボ・ウォリアー》を除外し、再び《中生代化石騎士 スカルナイト》を融合召喚!」

 

《中生代化石騎士 スカルナイト》 ATK/2400 DEF/900

 

 再度その姿を現す、どこか気品を感じる骨だけの騎士。剣と盾を構えたその騎士を前に、俺は小さな笑みをジムへと向けた。

 

「当然、それだけじゃないんだろ?」

 

 その問いに、ジムもまた口元を歪めて答える。

 

「Yes! 俺は手札から《タイム・ストリーム》を発動! ライフポイントを半分支払い、「中生代化石騎士」は更に古い時代へと逆進化する! 召喚条件を無視し、融合召喚扱いとして古生代の融合モンスターを召喚! 来い、《古生代化石騎士 スカルキング》!」

 

ジム LP:1600→800

 

 スカルナイトを光が包み、咆哮と共にその姿を変えていく。

 鎧はくすんだ黄金色になり、骨の身だった身体ではなく顔の半分以上が隠れた兜からは青年のものらしき口元を見ることが出来る。

 盾はなくなり、代わりに剣は更に巨大に。黒いマントと、鎧の各部から伸びる黒い角が一層の猛々しさを感じさせる。最上級モンスターに相応しい、威風堂々たる姿であった。

 

《古生代化石騎士 スカルキング》 ATK/2800 DEF/1300

 

「《フォッシル・ダイナ・パキケファロ》を攻撃表示に変更! 更に《サイクロン》を発動! くず鉄のかかしを破壊させてもらう!」

「くッ、ここでそれか……!」

 

 防御の要、くず鉄のかかしがここで退場とは。尤も、こちらにとって頼もしいということは相手にとって厄介であることと同義なので、除去されるのは当然なのだが。

 

「バトルだ! スカルキングでフォーミュラ・シンクロンに攻撃! この時、スカルキングの攻撃力が相手の守備力を上回っていれば、貫通ダメージを与える!」

「なに!?」

 

 貫通効果持ちだと!? スカルキングの攻撃力とフォーミュラ・シンクロンの守備力の差は1300。いまだ勝敗に直結はしない値だが……スカルナイトからの進化系であることを考えると……。

 

「Go、スカルキング! 《キングス・ソードプレイ》!」

 

 そうこう考えている間に、スカルキングが振りかぶった大剣が迫る。

 ええい、迷っていても仕方がない。ここは自分の考えを信じるだけだ。

 

「リバースカードオープン! 罠カード《ダメージ・ダイエット》! この効果により、このターン俺が受ける全てのダメージを半分にする!」

 

 スカルキングの振り下ろした剣がフォーミュラ・シンクロンを破壊する。

 しかし、ダメージ・ダイエットにより、発生する戦闘ダメージは1300ポイントの半分となり、俺が受けるダメージは大きく軽減された。

 

遠也 LP:2400→1750

 

「Shit……さすがだ! だが、スカルキングの効果はまだ続くぜ! スカルナイトと同じく、相手の場にモンスターがいる時、もう1度攻撃できる! ライブラリアンに攻撃! 《キングス・ソードプレイ・セカンド》!」

「ぐぁあッ!」

 

 スカルナイトの進化系であることから予想はついていたが、やはりその効果を持っていたか。ダメージ・ダイエットをここで発動させたことはどうやら正解だったようだ。

 僅かに安堵するが、しかしフォーミュラ・シンクロンに続き、ライブラリアンも破壊されたことで、俺のフィールドはがら空きとなってしまった。

 

遠也 LP:1750→1550

 

「更に《フォッシル・ダイナ・パキケファロ》で直接攻撃! 《クラッシュ・ヘッド》!」

 

遠也 LP:1550→950

 

 パキケファロの頭突きが再び決まる。

 だがその時。それに合わせて、俺は手札のカードをディスクに置いた。

 

「この瞬間、手札から《トラゴエディア》を特殊召喚! このカードは戦闘ダメージを受けた時に手札から特殊召喚できる! そしてその攻守は手札の枚数×600ポイント! 俺の手札は1枚、よって攻守は600になる!」

 

《トラゴエディア》 ATK/0→600 DEF/0→600

 

 俺の場に現れる、異形の怪物。背丈だけなら圧倒的に大きなその姿を、ジムは怪訝な顔をして見つめていた。

 

「戦闘ダメージを受けた時だって? なら、スカルキングに攻撃された時に特殊召喚していれば、フォッシル・ダイナ・パキケファロの攻撃は防げたはず」

「確かに、その通りだ。けど、こいつを破壊されちゃ困るもんでな」

 

 俺が思わせぶりにそう言うと、ジムは一瞬きょとんとした顔になる。しかしすぐにその表情は期待を込めた笑みへと移ろいでいった。

 

「考えがあるってことか……面白い! フォッシル・ダイナ・パキケファロを効果により守備表示に変更! ターンエンドだ!」

「そのエンドフェイズ、罠発動! 《奇跡の残照》! このターンに戦闘破壊されたモンスター1体を特殊召喚する! 蘇れ、《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

「俺のターン!」

 

 引いたカードを確認し、俺はそれをすぐさまディスクに差し込む。

 

「《貪欲な壺》を発動! 墓地の《クイック・シンクロン》《ジャンク・シンクロン》《エフェクト・ヴェーラー》《ブラック・マジシャン・ガール》《ドッペル・ウォリアー》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 5枚が戻り、デッキが自動的にシャッフルされる。その後、上から2枚のカードを引き抜き、俺はその中の1枚を手に取った。

 

「《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスター《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り、デッキからレベル1の《チェンジ・シンクロン》を特殊召喚!」

 

《チェンジ・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

 頭に付いたレバーと、背中には赤い翼のような部品。まるでオモチャのロボットのような、小さなモンスターである。

 

「更に場にチューナーがいる時、ボルト・ヘッジホッグは墓地から特殊召喚できる! 来い、ボルト・ヘッジホッグ!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

「そしてこの時、トラゴエディアの効果発動! 1ターンに1度、墓地のモンスターを選択してそのモンスターと同じレベルに出来る! 俺は墓地のTG ハイパー・ライブラリアンを選択し、トラゴエディアのレベルを10から5に変更する!」

 

 これこそがトラゴエディアの最後の能力。これによって、このカードはシンクロやエクシーズにも対応でき、高い汎用性を持つカードとして知られている。

 その特殊召喚条件の緩さもあり、レベルの割に腐ることがほとんどない便利かつ強力なカードなのである。

 そしてその効果をいかんなく発揮したトラゴエディアのレベルは5。そしてレベル1のチューナーに、レベル2のボルト・ヘッジホッグもまた場に存在している。つまり、これで準備は整ったということだ。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグとレベル5となったトラゴエディアに、レベル1チェンジ・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 シンクロ召喚による光のエフェクトに包まれるモンスターたち。その光を切り裂き、翼を広げて上空に駆けあがる一筋の星が、高い嘶きと共に身体から溢れる光の粒子を降らせる。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 星屑。名は体を表す、その言葉に相応しい登場をしたそのドラゴンに、ジムはこれ以上の言葉はないと言った面持ちで口を開いた。

 

「ビューティフォー……! こいつが世界に1枚しかない、スターダスト・ドラゴン!」

「ああ、けど見惚れてばかりいられちゃ困るぜ! ここでチェンジ・シンクロンの効果発動! このカードがシンクロ召喚に使用され墓地に送られた時、相手モンスター1体の表示形式を変更する! フォッシル・ダイナ・パキケファロを攻撃表示に変更!」

 

 墓地から半透明の姿で現れたチェンジ・シンクロンが頭についたレバーを反対側に倒す。すると、それに操作されるようにフォッシル・ダイナ・パキケファロは攻撃態勢を取った。

 ジムの残りライフは800。そしてスターダストとパキケファロの攻撃力の差は1300。これで決着だ。

 俺がそう思ったその瞬間、しかしジムは不敵に笑ってみせた。

 

「そうきたか! だが、ここで俺はリバースカードを使わせてもらう! 速攻魔法《神秘の中華なべ》! 俺の場のモンスター1体をリリースし、その攻撃力か守備力どちらかの値だけライフポイントを回復する! 俺はフォッシル・ダイナ・パキケファロの守備力を選択!」

 

ジム LP:800→2100

 

 フォッシル・ダイナ・パキケファロの守備力は1300、その値だけジムのライフが回復する。

 これでジムの場に残るのは攻撃力2800のスカルキングのみ。スターダスト・ドラゴンの攻撃で勝負を決めることは出来なくなってしまった。

 

「スターダスト・ドラゴンの攻撃力じゃスカルキングは倒せないぜ! このままエンド宣言をすれば、次のターンでジ・エンドだ!」

 

 ジムの言う通り、確かにこのままでは返しのターンで俺は負けることになるだろう。それは間違いない。

 だが、それは「このまま」だった場合の話だ。だから、俺はにっと口の端を持ち上げてみせる。

 

「それはどうかな。スターダスト・ドラゴンの可能性はあらゆる想像を超えていく! いくぜ、これこそが俺が手にした境地――クリアマインド!」

 

 レインが己の身を懸けてくれたおかげで手に入れた、この力。

 直後こそレインのことを考えて悩みもしたが、それも今はない。

 何故なら、レインは俺が思い悩むためにこの力を俺に残したのではない。それは予想ではなく確信。友として、仲間として、一緒に過ごしてきた経験がそう俺に告げる。

 ならば、俺はこの力で全力を尽くしていくだけだ。

 とはいえ、思い悩んだことも無駄ではなかった。その時間は、俺にあることを決心させたからだ。

 尤も、今はまだそれを口にするのは憚られるが。何故なら、俺自身それが無謀な願いだとわかっているからだ。

 

「レベル8スターダスト・ドラゴンに、レベル2フォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

 

 だが、やるべきこと……いや、やりたいことを見つけたというのは俺の気持ちをだいぶスッキリさせてくれた。

 その道は困難であり、かつては一人の男が絶望に身を沈めた道だ。俺よりも全てにおいて上回っていたであろうその男が、全てを懸けてもついぞ叶えられなかった願い。

 

「集いし夢の結晶が、新たな進化の扉を開く! 光差す道となれ!」

 

 しかし、俺は思ってしまったのだ。

 一年生の頃、俺もまたこの世界に生きる一人なのだと自覚し。二年生の頃、レインを通してシンクロとモーメントの関係とそれによって訪れるだろう未来を再認識した。

 そして今。それらを知ったうえで改めて考えた時。俺はごく単純にこう思ったのだ。

 

 ――そんな未来なら、変えたいと。

 

「アクセルシンクロォオッ!」

 

 高く掲げたカードの表面が輝き、同時に上空に駆けあがっていったスターダスト・ドラゴンの姿が掻き消える。

 そして直後、俺の背後の空間を突き破り、白銀の流星と化したドラゴンが再び空へとその姿を躍らせる。

 

「生来せよ! 《シューティング・スター・ドラゴン》!」

 

 スターダストよりも丸みを帯び、流線型を描く身体はより洗練された印象を与える。

 白く輝きを放つその姿は、星の輝きをそのまま凝縮したような美しさだ。それでいて精悍な様子は力強さと頼もしさを俺に感じさせてくれる。

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

「アンビリーバボォー……!」

 

 スターダスト・ドラゴンが更に進化した姿を目を輝かせて見上げるジムの様子に、俺は少しだけ微笑む。

 

 ――無謀な夢だ。けれど、思ってしまった以上は仕方がない。そんな未来なら変えたいと思ってしまったのだ。なら、自分の気持ちに嘘はつけない。

 だから、あとはその目的に向かってただ突き進むだけだ。このカードたちと共に、全力で。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、デッキの上から5枚を確認し、その中のチューナーの数だけ1度のバトルフェイズ中に攻撃できる!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンが持つ効果。それを高らかに宣言し、俺はデッキの上に指をかけた。

 息を吸い、そして吐く。一拍の後、俺は一気に五枚のカードを引き抜いた。

 

「引いたカードは……! 《ジャンク・シンクロン》《リビングデッドの呼び声》《アンノウン・シンクロン》《光の援軍》《ブラック・マジシャン・ガール》の5枚! そして、この中のチューナーは2体! よって2回の攻撃が可能になった!」

「Amazing……! 来い、遠也!」

 

 一言感嘆の声を漏らし、ジムは嫌みのない笑みを浮かべて俺にそう告げる。

 互いに全力を尽くしたデュエル。だからこそ、それを受け止めようというジムの心意気。ならば、俺もまたそれに応えなければ男ではない。

 俺はジムに対して大きく頷き、シューティング・スターを見上げた。

 

「いくぞ、シューテイング・スター・ドラゴン! 《スターダスト・ミラージュ》!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンの鳴き声と共に、その姿が二つへと分かれる。

 そして、俺はジムのフィールドへと手を向けて、シューティング・スター・ドラゴンへと指示を出した。

 

「1回目のバトルだ! スカルキングを攻撃!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンが嘶きと共に上空から突撃し、その直撃を受けたスカルキングが粉砕される。そして、それによってジムのライフが削られ、そのフィールドはがら空きとなった。

 

ジム LP:2100→1600

 

 ジムの場に、こちらを遮るものは何一つない。そして、俺は最後の指示を出すべく口を開いた。

 

「これで終わりだ、ジム! 2回目のバトル! シューティング・スター・ドラゴンで直接攻撃!」

「ぐぅううッ!」

 

 上空から舞い降りるシューティング・スター・ドラゴンの身体が、勢いよく空を滑ってジムへと襲い掛かる。

 その攻撃にジムの身が晒された、直後。ジムのライフは0を刻むこととなった。

 

ジム LP:1600→0

 

 デュエルに決着がついたことでソリッドビジョンがゆっくりと消えていく。

 それはシューティング・スター・ドラゴンにとっても同じことであり、徐々に姿を薄れさせていく。そんなシューティング・スターを、俺はおもむろに見上げた。

 

「――シューティング・スター。これからも、よろしく頼む」

 

 俺が胸の中に抱く、夢にも似た願い。それに対する気持ちも乗せたその言葉に、シューティング・スターは大きく嘶いて応えると、その姿を消していった。

 それを見届け、俺は改めて自分の中に根付いた夢を確認し、ぐっと拳を握りこむ。そして一度目を閉じた後にその手を緩めると、ジムのほうへと目を向けた。

 そこにはライフがゼロになった瞬間には膝をついていた彼が、ちょうど立ち上がった姿があった。

 それを認め、俺はジムのほうへと歩き出す。そして彼の目の前まで来ると、右手を差し出した。

 

「サンキュー、ジム。楽しいデュエルだったぜ」

 

 すると、ジムは笑顔で俺の手を握った。

 

「そいつはこっちの台詞だな。サンキュー、My friend」

「マイフレンド?」

 

 突然ジムの口から出てきた言葉に、思わず俺は訊き返す。すると、ジムはその笑みを更に深めて帽子の縁をくいっと上げた。

 

「俺たちはデュエルをした。なら、俺たちはもう友達だ。rightだろ?」

 

 まるでそれが当たり前であるかのようにジムは言う。

 無論、俺もその言葉に否はない。だが、それをなんのてらいもなく言えるあたり、本当に気のいい男である。

 その性質は、デュエルにも出ていた。常にこちらの力を認め、自分もまた全力を尽くす。そのデュエルスタイルに嘘はない。

 デュエルの中で、俺はジムを知った。そしてそれは、ジムにとってもそうなのだろう。ならば、その言葉に頷くことに躊躇う理由は何もない。俺も同じく笑みを浮かべると、交わした手に力を込めた。

 

「そうだな、デュエルをしたなら俺たちは友達だ! これからよろしくな、ジム」

「ああ、こちらこそだ!」

 

 そうして握手を交わす俺達を、マナがにこにこと笑って見ている。それを視界の端に収めつつ、俺はデュエルによって得ることが出来た新しい繋がりを喜ぶのだった。

 

 ――この時、俺は身体に不思議な倦怠感を覚えていた。だが、俺はそれをデュエルで少し疲れたのだろうと思い、深く考えることをしなかった。

 しかし、それ大きな間違いだったのだ。しかし、それがわかるのは、この日の夜のことになるのであった。

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 同時刻。

 アカデミアが建つ島に自生する森の奥……今はもう使う者のいない研究所の一室にて、一人の男が設置されたモニターを見て小さく笑い声を上げた。

 

「フフフ……これは願ってもない。まさかあの皆本遠也とジム・クロコダイルがデュエルしてくれるとは……」

 

 モニターに映る何かのグラフと数値。それを見ていた男は、立ち上がって背後を振り返る。

 そこには、異様な何かが鎮座していた。

 床から真っ直ぐ天井に向かって立つ巨大なガラス管。その中では、下から湧き出るオレンジ色で球状の液体が、透明なガラス管の中を上へと昇っていく不思議な光景を作り出していた。

 どのような原理でこんな現象が起こっているのか。常人であれば疑問に思うであろうそれだが、男は全く気にしていないようだ。

 それどころか、そのガラス管を見つめる男の目にはただひたすら喜びと期待だけが宿っていた。まるで縋るようにも見えるその視線を、オレンジ色のそれが一身に受け止めている。

 

「フフ、先日の遊城十代とヨハン・アンデルセン。そして今の皆本遠也とジム・クロコダイル。やはり、彼らのデュエルエナジーは別格か……」

 

 男は低い声で満足げに笑う。そして、つい先ほどに己の部下に出した指示を思い起こした。

 

「そして、遊城十代とオブライエンのデュエルも間もなく行われる……。そこでデュエルエナジーを奪う比率を上げれば……ふふふ、ハーッハッハ!」

 

 高らかな笑い声。それと同時に、男は両腕を大きく広げた。

 

「もうすぐ! もうすぐです! 必ずあなたを復活させてみせますぞ! ふふふ、フハハハハ!」

 

 肩を揺らし、哄笑が暗い室内に響き渡る。

 僅かな光によって照らしだされる男の姿は、濃い紫色に統一されたアカデミアの教員服。

 その男――プロフェッサー・コブラは、自分が思い描く最高の結末を夢想して、身体の奥底から湧き上がる喜びに浸るのであった。

 

 

 

 

 


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