新学期への休み期間に入って、既に多くの日が過ぎた。
その間、俺たちは時には個々人で。時にはみんなで集まって、充実した時間を過ごしている。
そして、それは今日も同じこと。
いま俺はレッド寮の前で行われようとしているデュエルを眺めている。隣には精霊状態のマナを始め、万丈目、明日香、剣山、レイ、吹雪さん……とまぁ、いつもの面子だ。
だが、その中に十代と翔はいない。何故なら、二人はデュエルを眺める側ではないからだ。十代と翔は今回、デュエルをする側。いま行われようとしているデュエルは、十代VS翔なのである。
「なんか、翔とのデュエルも久しぶりだな」
ある程度の距離を挟んで翔と相対しつつ、十代は嬉しそうに笑う。
本当にこのデュエルが楽しみで仕方がないといった様子の十代に、向かい合う翔の顔も自然と綻んでいく。
「うん、今日こそは兄貴にも勝ってみせるよ! 僕だって強くなってるんだからね!」
「おう! 俺も手加減はしないぜ!」
翔の言葉ははったりではない。本当に翔は強くなっているのだ。
貪欲に新しいカードを手に入れ、デッキと向かい合わない日はない。常にデッキの改良を続けるその姿勢は、デュエルアカデミアにおいても勤勉な部類に入る。
翔のデッキは昔とは違う。そして、そんな弟分の姿を見てきたからこそ、十代も本気で向かっていけるのだろう。
兄貴分と慕いながらも追い越すべき壁として十代を見る翔と、弟分として受け入れつつも一人のデュエリストとして翔を見る十代。
一年生の時から続く二人の関係には、俺達には理解しきれない深い絆がある。
この二年で俺と十代の間にも、切っても切れない友情が築かれた……と思う。少なくとも俺は、十代のことを親友だと思っている。
しかし、それとは別に翔と十代の間には特別な繋がりがあるような気がする。それが、少しだけ羨ましくも感じる俺なのだった。
「「デュエル!」」
遊城十代 LP:4000
丸藤翔 LP:4000
「いくよ、兄貴! 僕のターン、ドロー!」
カードを引いた翔は、手札の6枚をじっと見つめる。
さて、最初はどう動いてくるか……。俺たちは翔の一手に注目した。
「僕は《ジェット・ロイド》を召喚! ターンエンドっす!」
《ジェット・ロイド》 ATK/1200 DEF/1800
赤いジェット機がデフォルメされ、コミックキャラクター化したモンスター。外見はトゥーンにどこか通じるところがある、ロイド特有の愛嬌を感じるモンスターである。
「よっしゃ、いくぜ! 俺のターン!」
続いて十代のターン。カードを引いた十代は、何故か俺に目を向ける。
そして、手札のカードをディスクに置いた。
「俺は《E・HERO エアーマン》を召喚!」
《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/500
青い体躯に青いバイザー。ファンのように回転する羽を白い機械仕掛けの両翼に持つE・HERO。
なるほどね。それで俺を見たのか。
「エアーマンの効果発動! デッキから「HERO」1体を手札に加える! 俺は《E・HERO ネオス》を手札に加えるぜ!」
「うぐ、エアーマンっすか。1枚しかないカードなのに、最初からソイツなんて……」
「へへ、遠也には感謝してもし足りないぜ」
にやっと笑って、今度ははっきりと俺を見る十代。それに、俺は片手を小さく振って応えた。
「……っち、遠也。今更だが、貴様あの馬鹿にサーチ効果を持つモンスターを渡すなんて、どうかしてるぞ」
「ははは。確かに、十代君ほどのドロー力にHEROの万能サーチは鬼に金棒だよね」
万丈目は呆れたように、吹雪さんは楽しそうに笑って手を振り返す俺に声をかけてくる。
まぁ、二人も十代との対戦でエアーマンのサーチに苦い思いをしたことがあるからなぁ。俺自身もエアーマンの効果に痛い目を見たことがあるので、俺は二人の言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。
と、そんな間も十代と翔のデュエルは続いている。
「バトルだ! エアーマンでジェット・ロイドを攻撃! 《エア・スラッシュ》!」
「この瞬間、ジェット・ロイドの効果を発動するっす! このカードが攻撃対象に選択された時、手札から罠カードを発動できる! 僕は罠カード《スーパーチャージ》を発動!」
手札から罠カード。通常は一度伏せなければ使えない罠カードを手札から使えるのは大きな利点だ。除去される心配がなく、発動を妨害されにくい上に速攻性があるからである。
「僕のフィールド上にモンスターが「ロイド」と名のつく機械族しか存在しない状況で攻撃された時に発動! デッキからカードを2枚ドロー出来る!」
「ドロー補助の罠カードか。でも、それだけならダメージは受けてもらうぜ!」
翔がカードを2枚引くのを見届けた後に口にした十代の言葉。それに応えるように、エアーマンの放った風の刃がジェット・ロイドを切り裂いた。
「うぅ……!」
翔 LP:4000→3400
先手は十代か。攻撃を終えて自分の場に戻ったエアーマンを見てから、十代は手札から2枚のカードを手に取った。
「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」
「僕のターン、ドロー!」
前のターンに発動したスーパーチャージによって、今の翔の手札は7枚。選択肢は豊富だ。ここからどう動くのか……。
「僕は《サブマリンロイド》を召喚!」
《サブマリンロイド》 ATK/800 DEF/1800
潜水艦がこれまたデフォルメされたモンスター。翔が好んで使うモンスターなので、俺たちにも見慣れたモンスターである。
こいつの効果は相手への直接攻撃。これによって勢いをつけるのが翔の十八番だ。今回も当然すぐに攻撃だろうと思っていると、翔は手札から1枚のカードをディスクに差し込んだ。
「いくよ、兄貴! 僕はサブマリンロイドに装備魔法《進化する人類》を装備!」
「おお、初めて見るカードだぜ」
進化する人類だと!? 初めて見るカードに興味津々な十代とは異なり、その効果を知る俺は驚きを隠せない。
確かに今は続々と元はこの時代には発売されていないはずのカードが生まれてきている。その中でも、このカードは確かに翔と……特にサブマリンロイドと相性がいい。
翔の奴、いいカードを引き当てたもんだ。そう思って翔を見ると、翔は少し得意げな表情をしていた。
「へへ、最近パックを買って手に入れたカードなんだ。進化する人類の効果、自分のライフポイントが相手より少ない時、装備したモンスターの元々の攻撃力を2400にする!」
《サブマリンロイド》 ATK/800→2400
「へぇ! 面白い効果だな!」
「ちなみに、自分のライフが相手より多い時は元々の攻撃力が1000に固定されるっす」
「なるほどな。ピンチに強いカードってわけか」
頷く十代。恐らくは、ジェット・ロイドを攻撃表示で召喚したのもこれが理由の一つだったのだろう。
手札の罠カードで手札増強。ダメージを受けた後に進化する人類で直接攻撃。
なるほど、単純だがライフ4000のルールでは強力なコンボだ。
俺も感心して頷いていると、十代は頷いていた首の動きを止めて今度は首を傾げ始めた。
「……ん? そういや、サブマリンロイドの効果って……」
おい、忘れてたのかよ十代。どうりで余裕を見せていたわけだ。
そんな十代を前に、翔はにやりと笑った。
「兄貴の想像通りさ! サブマリンロイドの効果発動! このカードは相手に直接攻撃が出来る! ただしその時相手に与えるダメージはこのカードの元々の攻撃力分だけだけど……」
「進化する人類でサブマリンロイドの元々の攻撃力は……2400じゃねぇか!?」
驚く十代に、翔は一層力強く笑ってサブマリンロイドに手を向ける。
「その通りっす! いけ、サブマリンロイド! 兄貴に直接攻撃! 《ディープ・デス・インパクト》!」
「うぁあッ!」
十代 LP:4000→1600
「よし! 攻撃した後、サブマリンロイドを守備表示にできる! 効果で守備表示にし、僕はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」
これで、守備も万全と。やるなぁ、翔。
ここまでの流れに無駄がない。それがわかるのだろう、明日香や万丈目の顔にも感心の色が見えていた。
レイも「やるなぁ、翔先輩」と翔を見直し、剣山も「ぐぐ、悔しいけど強いドン」と翔の強さを認めている。一年の頃、ロイドという融合を使うデッキを持ちながら《ヘル・ポリマー》の効果を知らなかった男とは思えない。
翔は本当に強くなった。……だが、十代がこのままやられるとは思えないのも事実だった。
吹雪さんを見ると、俺と同じ考えなのか小さく頷いた。そして視線を二人に戻せば、ダメージを受けたというのに明るく笑う十代の姿が目に映る。
「いきなり2400も喰らうなんてなぁ。けど、俺も負けてられないぜ! ドロー!」
楽しそうにカードを引く。ま、それでこそ十代だよな。
「いくぜ、翔! 魔法カード《融合》を発動! 場のエアーマンと手札のバブルマンを融合し、現れろ極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」
《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000
「更に罠カード《リミット・リバース》を発動! 攻撃力1000以下のモンスター、墓地のバブルマンを攻撃表示で特殊召喚する!」
《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200
この時、アブソルートZero以外の水属性モンスターが場に現れたことでアブソルートZeroの攻撃力が500ポイントアップする。
《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500→3000
「そして、アブソルートZeroとバブルマンをリリース! 手札から《E・HERO ネオス》をアドバンス召喚!」
《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000
力強い掛け声とともにフィールドに現れる、十代のエースモンスター、ネオス。
十代らしい融合からの流れ。それによってアブソルートZeroが消えた時から、翔の場には細かな氷の粒子が漂っている。
それが何を意味するのかは、ここにいる全員が知っている。翔はちょっと冷や汗をかいているようだったが、アブソルートZeroの効果はフィールドを離れた時に発動する強制効果だ。これを回避する手段は、あまりに少ない。
「この瞬間、アブソルートZeroの効果が発動するぜ! アブソルートZeroがフィールドを離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する! 《絶対零度-Absolute Zero-》!」
十代の宣告と同時に、翔の場に漂っていた氷の粒子が急速にサブマリンロイドに集まっていき、その身体を凍結させる。
氷の彫像と化したそれに罅が入ると、サブマリンロイドはそのまま一気に砕け散った。
「うぅ、サブマリンロイドが……!」
これで翔の場にモンスターはいない。そして、十代がここで攻勢に出ないはずがなかった。
「いくぜ、翔! バトル! ネオスで直接攻撃! 《ラス・オブ・ネオス》!」
「まだだ! 罠カード《
ネオスの手が輝き、上段に構えた手刀が振り下ろされる先に二本の筒が現れる。
このままではネオスによる攻撃のエネルギーが片方の筒に吸収され、もう一方から砲弾として十代に放たれることになる。
それによって十代は2500のダメージを受けて負ける。
思わず身を乗り出した俺たちだったが、十代は慌てず伏せられたカードを発動させていた。
「させないぜ、翔! カウンター罠、《トラップ・ジャマー》! バトルフェイズ中に発動した罠カードを無効にして破壊する! 魔法の筒はこれで防いだぜ!」
翔の場に存在していた二本の筒は、まるで蜃気楼のように消えていく。こうなると、翔の場を守るものは何もない。
勢いよく振り下ろされたネオスの手刀は、そのまま翔へと叩きつけられた。
「うわぁああッ!」
翔 LP:3400→900
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」
場に戻ってきたネオスを一瞥し、十代は手札のカードを1枚伏せる。
これで翔のライフを大きく削り、ライフ差は逆転した。とはいえ、十代のライフも一撃で削ることが不可能なほど潤沢なわけではない。
「まだまだ! 僕のターン、ドロー!」
翔にも十分勝ち目はある。それがわかるからか、翔の目には諦めなどとは程遠いやる気が満ちているように見えた。
「魔法カード《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、その後手札から2枚を捨てる!」
手札交換か。これによって翔の手札に何が来るのか。このデュエルの行く末を占うことになるだろうドローに注目していると、翔の表情が柔らかくなるのが見えた。
「よし! 僕は《ビークロイド・コネクション・ゾーン》を発動! 手札の《トラックロイド》《エクスプレスロイド》《ドリルロイド》《ステルスロイド》を墓地に送り、「ビークロイド」1体をエクストラデッキから融合召喚扱いで特殊召喚する!」
「げ、手札融合でソイツなんてマジかよ!?」
翔の手札5枚全てが融合とその素材という事態に驚愕する十代。確かに驚くべき状況ではあるが、しかしこの場にいる全員が驚く十代を冷めた目で見ていた。
皆の気持ちは一つである、お前が言うな。
むしろこういう手札になることが滅多にない翔よりも、狙ったように融合とその素材が手札に揃う十代のほうが不条理であるのは疑いようのない事実だ。
そんな俺たちの視線の先で、翔は勢いよくエクストラデッキから取り出したカードをディスクに乗せた。
「現れろ! 《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》!」
翔のその言葉に導かれるように墓地に送られた素材モンスターたちがフィールドに現れ、それぞれが異なる形へと変形していく。
そして変形したロイドたちが合体。エクスプレスロイドが両肩になり、ドリルロイドが両足になり、トラックロイドが胴体となって、ステルスロイドが翼となって背中にドッキングする。
力強く握り拳を作ってポーズをとる姿は、まさにスーパーロボット。どこかで見たことがあるような外見をしている気がするが、きっと気のせいだろう。
《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》 ATK/3600 DEF/3000
「ビークロイド・コネクション・ゾーンで召喚されたビークロイドは、カードの効果で破壊されず効果を無効にされることもない! そして、ステルス・ユニオンの効果発動!」
ズン、ズンと地響きを立てつつステルス・ユニオンが進撃する。そして十代のフィールドの前に辿り着くと、その大きな手をネオスの頭上にかざした。
「フィールド上の機械族以外のモンスター1体を選択して、ステルス・ユニオンに装備できる! 兄貴のネオスを吸収だ、ステルス・ユニオン!」
その手から放たれる波動によって、ネオスがステルス・ユニオンに引き寄せられていく。若干の抵抗こそあったが、それでもステルス・ユニオンの効果には逆らえず、ネオスは大の字でステルス・ユニオンの胸部に磔にされた。
「ネオス!?」
十代の叫びに、ネオスは応えようとするも動けない。完全にステルス・ユニオンの装備カードとなっているようだった。
「この効果で装備した時、ステルス・ユニオンは相手モンスター全てに攻撃できる! けど……兄貴の場にモンスターはいないから、関係ないっすね」
「ま、まぁな」
にやりと笑う翔に、ひきつった笑みを見せる十代。
場ががら空きとなった上に攻撃力3000越えのモンスターを前にしているのだ。そうなるのも仕方ないだろう。
「更にステルス・ユニオンには貫通効果があるけど、その強力な効果ゆえに、ステルス・ユニオンは攻撃する時に攻撃力が半分になる制約があるっす。けど、攻撃力が半分になっても兄貴のライフは削り切れる! いけ、ステルス・ユニオン! 《ブロウクンバスター》!」
《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》 ATK/3600→1800
ステルス・ユニオンが片腕を振り上げると、その手首から先が音を立てて回転し始める。高速回転する鋼鉄製のコークスクリューブロー。その破壊力は想像を絶する。
その脅威がいよいよ十代へと振り下ろされようとした時。同時に十代の場に伏せられていたカードが起き上がった。
「速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》! デッキから《ハネクリボー》を攻撃表示で特殊召喚する!」
『クリクリー!』
《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200
元気な声を上げつつ十代の場に現れるハネクリボー。
ハネクリボーは守備表示で特殊召喚するのが常だが、ステルス・ユニオンには貫通効果がある。守備力200ではその貫通ダメージで十代は負けてしまう。
それゆえ、100ポイントだけ上回る値を持つ攻撃力でステルス・ユニオンに対抗する。尤も、たとえ半減していたとしてもステルス・ユニオンの攻撃力は1800。ハネクリボーは巨拳の前に為す術もなく破壊された。
「つぅ……ッ! 助かったぜ、相棒!」
十代 LP:1600→100
その差分だけダメージが十代に通るが、ハネクリボーによって十代のライフは100だけ残る。
攻撃の余波による風に晒されながら、十代は己を救ってくれた相棒に感謝の言葉をかけた。
そして、攻撃を終えたことで翔の場のステルス・ユニオンの攻撃力は元々の値に戻る。
《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》 ATK/1800→3600
「むぅ……さすが兄貴っす。僕はこれでターンエンド!」
翔の手札は0枚。ゆえに、そのまま翔はターンを終了する。
そうしてターンを終えた翔の姿を見つつ、俺たちの心にはひょっとすると、という戸惑いにも似た驚きの感情が浮かび上がってきていた。
「おいおい……翔の奴、まさか十代に」
「ええ、勝てるかもしれないわ」
万丈目の声に、明日香が答える。
翔の場には攻撃力3600のステルス・ユニオン。十代のエースであるネオスは翔の場で装備カードとなっており、その残りライフは僅かに100。
今の翔が持つ力。それがはっきりと十代に迫っていることを見てとり、俺たちは食い入るようにデュエルを見る。
互いの残りライフは既に1000を切っている。決着が近いことは間違いなく、それを見逃さないため、俺たちは瞬きすら忘れて二人のデュエルに見入った。
「俺のターン、ドロー!」
十代がカードを引く。
これで十代の手札は2枚となった。その中から1枚を十代は手に取った。
「手札から《コンバート・コンタクト》を発動! 手札の《Nネオスペーシアン・ブラック・パンサー》とデッキの《Nネオスペーシアン・グラン・モール》を墓地に送り、カードを2枚ドロー!」
コンバート・コンタクト。手札とデッキそれぞれからN(ネオスペーシアン)を墓地に送り2枚ドローする、手札交換の魔法カードだ。
これで、十代の手札は全く新しい2枚となったわけだ。さて、そこからどうくるか。
「よし! 俺は墓地の《コンバート・コンタクト》を除外し、《マジック・ストライカー》を特殊召喚! こいつは墓地の魔法カード1枚を除外することで特殊召喚できるモンスターだ!」
《マジック・ストライカー》 ATK/600 DEF/200
まるでおもちゃの兵隊のように小さな身体に青い軽鎧をまとい、同色の兜をかぶっている。赤いマントをはためかせて杖を構える姿は、等身も相まって可愛らしいと表現すべきモンスターである。
そして十代は最後の手札をディスクに差し込んだ。
「更に《H-ヒートハート》を発動! 俺の場のモンスター1体を選択し、攻撃力を500ポイントアップさせ、貫通効果を与える! 俺の場にはマジック・ストライカーのみ! マジック・ストライカーの攻撃力を500ポイントアップ!」
ヒートハートの効果により、マジック・ストライカーの杖にエネルギーが集まっていく。
《マジック・ストライカー》 ATK/600→1100
「更にマジック・ストライカーの効果! このモンスターは直接攻撃が出来る!」
「ええ!? そんなのありっすか!?」
あわやというところまで十代を追い詰めただけに、納得しがたいのか翔が声を上げる。
しかし、だからといって勝てる勝負を投げ出す十代ではない。まして、それでは翔を侮辱することになる。ゆえに、十代は毅然とフィールドに手をかざした。
「いけ、マジック・ストライカー! 翔に直接攻撃! 《ダイレクト・ストライク》!」
「うわぁああッ!」
翔 LP:900→0
マジック・ストライカーの持つ杖から放たれた波動が、ステルス・ユニオンの身体を迂回して翔に直接突き刺さる。
これによって翔のライフポイントは0となり、このデュエルは十代の勝利で幕を閉じることとなったのであった。
*
デュエルが終わった後、俺たちはレッド寮の食堂にてトメさんが用意してくれた昼食に舌鼓を打つ。
本来レッド寮の人間ではない人間ばかりで陣取っているわけだが、休み期間中に寮に滞在しているレッド生は数人いるかどうか。そのうえ今この食堂には俺たち以外誰もいないため、文句を言われることはない。
そして、俺たちの話題はついさっきの十代と翔のデュエルについてであった。
「いやー、強くなったな翔! 正直、ヒヤヒヤしたぜ!」
「ありがとう、兄貴。でも、まだまだっす。僕はもっと強くなって、お兄さんに追いつきたい」
十代の賞賛に、翔は静かに拳を握りこんで答える。
翔にとっての目指すべき先。そこに立つ実の兄、カイザー丸藤亮。やはり、その存在は翔にとって特別な意味を持つのだろう。そうであることを、握りしめた拳が証明していた。
その真剣な顔に、いつになく翔の本気を感じて俺たちは思わず息を詰めた。
「ホントにすごかったよ翔くん! カッコよかった!」
「そ、そうっすか!? やったー! マナさんが、ブラマジガールが、僕をカッコいいって言ってくれたっすー!」
しかしマナが褒めた途端、表情筋をこれでもかとダラけさせたうえ諸手を上げて喜びを表現する翔。
その先程までの真剣さを露ほども感じさせない姿に、俺たちは詰めていた息を溜め息として吐き出すのだった。
「ったく、調子に乗りやがって翔の奴……」
「ひょっとして万丈目先輩、丸藤先輩が兄貴に勝ちそうで悔しかったんザウルス?」
「んなわけあるか! 俺は翔とは比べ物にならんぐらい強いのだ! 気にするわけがなかろう」
万丈目が胸を張ってそう言うと、ぴくりと翔の肩が動いた。
「聞き捨てならないっすね、万丈目くん。今の僕なら万丈目くんだって負けるかもしれないっすよ?」
「ふん、寝言は寝て言え。ジェネックス優勝者であるこの万丈目サンダーに、貴様が勝てるわけがない」
「……ジェネックスの優勝も、兄貴たち抜きでの成績のくせに」
最後にぼそっと小声で翔が呟いた言葉を拾った万丈目が、こめかみに青筋を浮かび上がらせる。
そして翔を睨みつけるが、翔も一歩も引かずにその視線を受け止めて睨み返した。
「おのれ翔……! 格の違いというものを教えてやろう!」
「望むところっす! 万丈目くんなんて、コテンパンにのしてやる!」
「表に!」
「出ろっす!」
言うが早いか、二人は食堂を飛び出していった。
血気盛んなことだが、最後のやり取りとかむしろ息が合ってただろアレ。仲がいい二人だな。
ご飯を口に入れつつ呆れたようにそれを見送っていると、横に座るレイがくいくいと袖を引いてきた。
口の中の物を素早く飲み込み、俺を口を開く。
「ん、どうしたレイ?」
「えっと、遠也さん。いいの、あの二人?」
「ほっとけ、ほっとけ。一度デュエルすれば二人とも戻って来るだろ」
「なんで?」
「二人が座ってたところ見てみろ。まだ半分も食い終わってない」
「あ、ホントだ」
「今は頭に血が上っているようだが、一度デュエルして発散すれば、腹が減っていることでも思い出して帰ってくるだろうさ」
そう言ってやれば、レイは「なるほど」と頷いて自分の食事に戻っていった。
他の皆も俺と同じ考えのようで、十代は剣山と一緒に飯を食っているし、明日香と吹雪さんも一緒に雑談しつつ食べている。
まぁ、ああいうドタバタ騒ぎにいちいち反応するには、二年間は長かったってことだ。すっかり慣れてしまったのだから、どうしようもない。
「そういえば……皆、知っているかい?」
そういうわけで大人しくご飯を食べていると、突然吹雪さんがよくわからない言葉と共に口を開いた。
当然それだけでは何を言いたいのかすらわからず、気になった俺たちは吹雪さんに注目する。
そしてその視線を受け止めた吹雪さんは、満足げに一つ頷くと話し始めた。
「なんでも、新学期の始めにアカデミア本校で留学生を受け入れるらしい。他の分校の実力者を招くそうだよ」
吹雪さんが言うや否や、特に後半の言葉に食いついた者がいた。まぁ、言わずもがな十代だが。
「分校の実力者だって!? マジかよ、吹雪さん!」
「ああ。クロノス教諭とナポレオン教頭が話しているのを偶然耳にしてね。他にもそれを機に分校との横の繋がりを太くしたいと言っていたし、今年度中にデュエルディスクを新調するという話も……」
「どれぐらい強いんだろうなぁ……! くーっ、早くデュエルしたいぜ!」
「おいおい。落ち着け、十代」
「遠也! けどさぁ」
「……聞いてないね、君達」
ふと横を見れば、何故かがっくりと肩を落とした吹雪さんを明日香が慰めていた。
まぁいいか。それよりも、ちょっと興奮して先走りすぎな我が友に一言物申さねば。
「とりあえず、俺が最初にその留学生とデュエルしようと思う。異論はないな?」
「あるに決まってるだろ! いくら遠也でも、これは譲れないぜ!」
むぅ……さすがに十代もこれに関しては譲ってくれないか。
とはいえ、他校の実力者なんてそうそうデュエルする機会がないのも事実。確か俺の知識によるとその中には、この世界では一人だけが持つ特別なカード――《宝玉獣》を使う者がいたはずだ。
確か、名前はヨハン。宝玉獣は何気に元の世界でも対戦したことがないデッキなので、ぜひとも対戦したい。
そういうわけで。
「仕方ない。表に行こうぜ、十代。デュエルで決めよう」
「いいぜ。この機会を逃すわけにはいかないからな!」
その意気やよし、だ。
俺と十代はそれぞれ席に着くと、残っていたご飯をかっ込み、デュエルディスクを片手に食堂を出て行く。
相手は十代、不足はない。せっかく普段は対戦できない人間と真っ先にデュエルできるチャンスなんだ。ここは引くわけにはいかない。
ぐっと拳を握ってそう心の中で思っていると、食堂を出る間際。
「……遠也先輩も、こういう時は頼りにならないドン」
「まぁ、遠也と十代くんはねぇ」
「らしいと言えば、らしいけど……」
「ま、それが彼らだよ」
「あはは……」
そんな声が聞こえてきたが、気にしない。
ともあれ、共にデュエルディスクを装着し、向かい合った俺と十代は、早速とばかりにディスクを展開する。
十代はいつもと同じ、学園支給のデュエルディスクを。俺も常と同じ、未来において遊星が使うものによく似た俺専用のデュエルディスクを。
それぞれ構え、そして俺たちは互いに笑みを見せて叫んだ。
「「デュエルッ!」」
* *
薄暗い部屋の中、机の上に肘をついた男が顔の前で手を組み、じっと目を閉じて静かに座っていた。
部屋を照らすのは、電気スタンドの光と男の前に置かれたパソコンから漏れる光のみ。それらに照らされた男の浅黒い肌は、その大きく発達した筋肉とあいまって、異様な迫力を感じさせる。
この場に余人がいれば、無言でありながらも放たれる威圧感に足がすくんでいたかもしれない。それほどまでに、男の纏う空気には張りつめた緊張感があった。
ピーッ。
その時、男のパソコンから音が鳴る。それはメールの着信を知らせるブザーである。それを聴いた男は、ゆっくりと目を開けた。
「……きたか。さすがに速いな」
腹に響くような低音が男の口から洩れる。己の部下、少なくともそう扱っている存在の仕事の速さに僅かに口元を歪めつつ、男はメール画面を開いた。
そして、パスワードを入力すると、添付されていたファイルが開かれる。そこにはいくつかの画像や文書が収められていた。
それに、男は素早く目を通していく。速読の心得でもあるのか、その速さは尋常ではない。
やがてそこに収められていたデータ全てを見終えると、男はすぐさまファイルを閉じ、そのままデリートした。
そして、男はチェアの背もたれに身を預け、天井を見つめる。その脳裏には、今目を通したばかりの資料に映し出されていた男たちの姿を思い浮かべていた。
(ヨハン……アモン……ジム……)
もう一人、己の忠実な部下。彼も含めて、四人。
そして。
「遊城十代……皆本遠也、か……!? ッ、ぐゥッ!?」
呟いた途端、激しい感情のうねりが頭痛となって男を襲う。
割れんばかりに痛んだそれは、一瞬で過ぎ去った。だが、それでも男の顔にはびっしりと汗が浮かび上がっていた。
「はァ、ハァ……どうか、お待ちください……」
男には、わかる。遊城十代の名を呟いた時に感じたのは、狂おしいまでの求め。いまだ力が戻らぬ身でありながら、こうまで己の身体に干渉できるとは、あのお方にとって相当に特別な存在なのだろうと男は察する。
そして、皆本遠也。その名を呟いた時に感じたのは、怒り。これは、皆本遠也が遊城十代と最も親しい友人であるという情報を掴んだ時に感じたものと、同じものだ。
その激しい二つの感情が、あのお方の力の一部を宿す自分に痛みとなって現れたのだ。
「く、クク……素晴らしい……!」
それを悟り、男は喜びから声を漏らす。
そして、心の中でもう一度繰り返した。素晴らしい、と。
あのお方の力は、まだ一割も戻っていない。だというのに、感情だけでここまで現実に侵食する、その力。その力の強さには、もはや感嘆する他ない。
(これならば、私の願いも……!)
男は、己の手を力強く握りこむ。
あのお方についていけば、間違いはない。自分の望みは、きっと叶うのだ。
己が心から望むもの。それを手にした瞬間を思い浮かべ、男はにぃっと口の端を持ち上げるようにして笑った。