間話 休み-実状-
二年生になってからの長い一年が終わり、再び次の新学期までの準備期間が訪れた。
去年と同じく俺はマナと共に島を離れて本土の方に戻ってきている。が、今年は早く島に戻るつもりである。これは俺に限った話ではなく、明日香や十代を始めとした面々も親に顔を見せに帰りはするが、島には早めに戻るそうだ。
理由については、誰も何も言っていなかったが大よそ察しはついている。恐らくは俺とほぼ同じ理由……レインのことが関係しているのだろう。
レインの正体を知った今は彼女を元に戻すことが不可能ではないと知っているので、若干だが安心感がある。しかし、タイタンがレインを連れてきた時。呼吸していないレインを見て、もう二度と会えない存在になるのではと感じた不安と恐怖はやはり心のどこかに残っている。
皆も、それを覚えているのだろう。仲間がいなくなってしまうことへの、小さな恐怖。それがあるため、俺たちは自然と島に早く帰ることを考えた。皆と一緒の時間を過ごすことで安心したいという漠然とした思いからの行動だった。
そういうわけで、俺は一週間もしたら島に戻るつもりでいる。とはいえせっかくの本土だ。家のこともやらなければならないが、再びアカデミアに向かうまでに十分楽しんでいこうと思う。
初日にペガサスさんの許しを得てI2社の施設で眠るレインのお見舞いは済ませたし、あとは適当にやりたいことをして過ごそうと思う。ちなみにお見舞いには精霊化したマナもついてきていた。
レイも連れていきたかったが……ペガサスさんも全くI2社に関係のないレイを無理やり捻じ込む真似は躊躇ったようだった。まぁ、さすがにそこまで権力を笠に着て行動するわけにもいかなかったのだろう。
だが、ペガサスさんは親友のお見舞いに来れないレイに申し訳ない思いを抱いたようだ。謝っておいてほしい、という伝言と共にお詫びとして2枚のカードを預かっている。
その2枚とは、装備魔法カード《ダブルツールD&C》と罠カード《パワー・ブレイク》の2枚である。
前者は「パワー・ツール・ドラゴン」を指定する装備魔法だ。同じく「レベル4以上の機械族の
ちなみにその効果は「自分のターン:装備モンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせ、装備モンスターが攻撃する場合バトルフェイズの間だけ攻撃対象モンスターの効果を無効にする」、「相手ターン:相手は装備モンスター以外を攻撃対象に選択できず、戦闘した相手モンスターをダメージステップ終了時に破壊する」の二つだ。
ターンによって効果が異なる、珍しい装備魔法だ。効果も共に強力であり、有用なカードである。
もう一つ、罠カード《パワー・ブレイク》は「自分の場にパワー・ツール・ドラゴンが存在する場合、自分の場と墓地の装備魔法カードを3枚までデッキに戻し、その枚数×500のダメージを与える」というものだ。
ともにパワー・ツールのサポートカード。俺が以前にパワー・ツール・ドラゴンの所有者としてレイの名前を話したことがあったから、それゆえの選択なのだろう。
伝言と共に受け取ったそれは今、俺の家で大切にしまわれている。ペガサスさん謹製のカードなので、レイもきっと喜んでくれると思う。
ちなみにペガサスさんは他にもシグナーの竜をサポートするカードを作っているのだとか。しかし、世界に1枚しかないカードのサポートを、誰とも知れない持ち主にどうやって渡すというのか。
俺がそう尋ねると、ペガサスさんは「カードとカードは引き合うものデース。ドラゴンの所有者の元へ、必ずこのカードたちは辿り着くことでしょう」と言って笑っていた。実際、俺を介してレイにサポートカードが渡ろうとしているだけに、その理屈もあながち間違ってもいないのかもしれない。
ちょっと話が逸れたが、とりあえず俺とマナの二人が揃って真っ先に思い付いたレインのお見舞いに行くという用事は既に終わったわけだ。
あとは何をして過ごすかということなのだが、結局思いつかずにマナと一緒に家でゴロゴロしている俺。外が暑いからというのもあるが、何より自分の家というのは居心地がよすぎる。寮の自室よりも遠慮せずにくつろげる空間なので、つい長居してしまうのだ。
それはマナにとっても同じらしく、かなりリラックスしていた。具体的に言うと、現在マナは寝転ぶ俺の腹を枕にして寝ている。エアコンが効いているからいいが、そうじゃなかったらさすがに文句を言うところだ。
とはいえ、枕にされる俺も少々重いことに目を瞑れば悪い気分じゃない。だらけきった姿を互いに晒しつつ、俺たちはその日、結局外に出ることはなかったのだった。
――明けて、次の日。
昨日の己の様子を振り返り、さすがにだらけすぎだった、これではいけないと反省した。……マナが。
もちろん俺は変わらず、今日も羽を伸ばそうと思っている。これといってやりたいこともないからだ。一応、レインについて海馬さんにも相談しようと思って時間を取ってもらっているが、それにしたって予定は明後日なのだ。今日はフリー、つまり何もしなくていいということだ。
しかし、そんなふうにしている俺の姿にマナは危機感を覚えたらしかった。曰く、適度な運動は必要、暑いからって家に籠るのは健康に悪い。
そう言って寝転ぶ俺の身体を起こそうと手を引っ張るマナだが、魔術的な力を使っていないマナの腕力は普通の女の子並みでしかない。そのため、寝ている俺の身体はびくともしない。
精一杯俺を起こそうと引っ張るマナに、俺はふと悪戯を思いつく。早速それを実行に移すべく、俺は内心で意地の悪い笑みを浮かべていると自覚しつつ、逆にマナの手を取って引き寄せた。
「わわっ!?」
驚き、そのまま倒れてくるマナは咄嗟に片方の手を床につき、俺に覆いかぶさるような形で四つん這いとなった。
一気に近づいたマナの顔を見つつ、そのまま更に手を引いて体勢を崩させる。すると、案の定バランスを崩して俺の上に重なるように倒れ込み、身体を密着させることとなった。
「ち、ちょっと!?」
「ははは」
あー、やわこい。
夏にこれだけ密着しても暑くないエアコン万歳。おかげで非常に心地よい感触を楽しめています。
マナはどうにか態勢を整えようとしているが、片手は俺が掴んで塞いでいるのでなかなか上手くいかないようだ。動くたびに密着している身体が擦れ、伝わってくる感触も変化するので、俺としてはそれだけでも十分に嬉しい。
こうやって思いっきりスキンシップをとれるのも、自宅ならではのことだ。さすがにアカデミアでは自制心も働いて、そうそうこんな行動には出られないからな。
そういうわけで俺の身体の上で四苦八苦しているマナとの、俺だけが嬉しいコミュニケーションに眦を下げる。
魔術を使えばいいのにそうしない、そんなマナの様子に調子を良くした俺は、マナの手を掴んでいない方の腕を動かす。そして、それをゆっくりとマナの背中へと回して気づかれないように手の位置を下降させていく。
まぁ、俺も歳頃の男だ。こういう状況なら、自然なことである。そもそも恋人同士なのだし、遠慮はいるまい。たぶん。
そう心の中で免罪符を掲げつつ、下ろしていった手をいよいよ目標へと着陸させる。と、そうしようとしたところで、俺の手に激痛が走った。
「いっ、ててててッ!」
「ゆ、油断も隙もないんだからもう……!」
見れば、マナもまたもう片方の手を動かして俺の動かしていた手をつねり上げていた。痛い痛い。
若干息を荒げて俺を睨みつけたマナは、痛みに気を取られて力が抜けた俺の手から掴まれていた自分の手を引き抜く。
そして俺から少し距離を取る。それを見て、俺は上半身を起こすとともにわざとらしくガクッと肩を落としてみせた。
「そんなに嫌だったのか……」
「ううん、嫌なわけじゃないけど」
あ、嫌ではないんだ。落ち込む振りだったとはいえ、拒否されなくてちょっと安心した俺だった。
その後、マナは「けど」と付け足すと、びしっと俺に指を突きつけた。
「家の中にいるだけなのはよくないよ!」
ごもっともで。去年もエアコンの効いた家でゴロゴロしてたことをぼんやりと思い出し、自分自身でもちょっとだらけていたかなと少しずつ自覚する。
「うーん……それはそうなんだけど。でもなぁ」
とはいえ、わざわざ用事もないのに出かけるというのも……。そう俺が渋っていると、マナはおもむろにデッキを取り出した。
「なら、デュエルだよ遠也!」
「ん?」
「私が勝ったら、外に出かける。遠也が勝ったら、このまま家にいる。どう?」
デッキを持ちつつそう提案してきたマナに、俺は一瞬呆けるもののすぐにその表情を笑みへと変えた。
「……いいね、わかりやすい。そのデュエル、受けた!」
言って、俺も少し離れた場所に置かれていた自分のデッキを準備する。さすがに屋内でソリッドビジョンのデュエルはしにくいので、テーブルデュエルだ。
互いに台を挟んで対面に座し、デッキをその上に置く。用意が整ったところで、俺たちは互いに視線を交わし、そのまま開始の宣言をした。
「「デュエル!」」
皆本遠也 LP:4000
マナ LP:4000
「先攻は俺だ、ドロー!」
さて、と。引いたカードを手札に加え、改めて手札を見る。
「……おおぅ」
《大嵐》
《シンクロン・エクスプローラー》
《異次元からの埋葬》
《ボルト・ヘッジホッグ》
《貪欲な壺》
《トラゴエディア》
いかん、ちょっと事故った。チューナーも調律もないとは……。いや、モンスターが出せる分まだマシか。入っている上級モンスターは少ないし、モンスター出せないなんてことは滅多にないのが救いと言えば救いだ。
それでも、やりにくいのに変わりはないが。
「モンスターをセット! ターンエンドだ」
この手札じゃ、これぐらいだろう。あとは向こうがどう出てくるかだ。
「それじゃあ、私のターン!」
デッキからカードを引くマナ。そして、手札を見て何やら悩み始めた。あっちも手札が悪いのだろうか。
「うーん……まずは《ジェスター・コンフィ》を特殊召喚! このカードは手札から表側攻撃表示で特殊召喚できるよ」
《ジェスター・コンフィ》 ATK/0 DEF/0
「更に装備魔法、《ワンダー・ワンド》をジェスター・コンフィに装備。攻撃力を500上げるけど……今回は2つ目の効果を使うね」
「ワンダー・ワンドの2つ目の効果……装備モンスターともども墓地に送って2枚ドローする効果か」
「うん。ジェスター・コンフィとワンダー・ワンドを墓地に送り、2枚ドロー」
擬似的な手札交換となったわけだ。やはりあまり手札がよくなかったっぽいな。となると、ここで手札に加わった2枚が一体どんなカードなのか、それが重要になってくる。
そう思ってマナを観察していると、その表情が見る見るうちに笑顔に変わっていった。それも、不敵なという表現が似合う顔にだ。
どう見てもいいカードを引いたとしか思えない。……なんか、嫌な予感がしてきたぞ。
「いくよ! 私は《マジシャンズ・ヴァルキリア》を召喚!」
《マジシャンズ・ヴァルキリア》 ATK/1600 DEF/1800
「それと速攻魔法《ディメンション・マジック》を発動! 私の場に魔法使い族がいるとき、自分のモンスター1体をリリースすることで手札の魔法使い族を特殊召喚! というわけで、私は《ブラック・マジシャン・ガール》を特殊召喚!」
《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700
マナの場に現れたブラマジガールのカードを見て、俺は苦笑した。デュエルモンスターズの精霊の得意技じゃないか。
「なる、自分自身を召喚って奴か」
「えへへ。更にディメンション・マジックの効果ね。特殊召喚した後、相手の場のモンスター1体を破壊する。そのセットモンスターを破壊するよ」
「ぐぬ……」
伏せられていたボルト・ヘッジホッグをフィールドから墓地へと移動させる。これで俺の場はがら空きとなったわけだ。
「更に魔法カード《賢者の宝石》を発動! 私の場に「ブラック・マジシャン・ガール」が存在する時、手札かデッキから「ブラック・マジシャン」1体を特殊召喚する! デッキから特殊召喚!」
《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100
「な、なにぃ!?」
新たにマナの場に現れたカードに、俺は思わず声を上げた。
とはいえ、それも仕方ないだろう。俺の場には何のカードもなく、それでいて相手の場にいるモンスターの攻撃力は2000と2500という状況なのだ。
ライフポイントは4000なのだから、普通にワンキル圏内なのである。
「ふふーん、あの手札交換で《ディメンション・マジック》と《賢者の宝石》がきて助かったよ」
うわ、本当にいいカード引いてたんだな。会心の笑顔で言うマナには悪いが、対戦している俺としてはその喜びを共有することはできそうになかった。
「いくよ! まずはブラック・マジシャン・ガールで遠也に直接攻撃!」
当然、素通り。俺はブラマジガールの攻撃力分のダメージを受けることとなった。
遠也 LP:4000→2000
しかし、ただでは転ばない。
「けどこの瞬間、手札のトラゴエディアの特殊召喚条件が満たされた! 戦闘ダメージを受けた時、このカードは特殊召喚できる! 守備表示で特殊召喚!」
《トラゴエディア》 ATK/? DEF/?
「このカードの攻守は手札の枚数×600ポイント。俺の手札は今4枚だから、ステータスは2400だ!」
《トラゴエディア》 ATK/?→2400 DEF/?→2400
「むぅ……ならブラック・マジシャンでトラゴエディアに攻撃!」
トラゴエディアの守備力を100ポイント上回る攻撃力での攻撃。当然防ぎきることは出来ずトラゴエディアを墓地に置く。
だが、どうにか後攻ワンキルされることは防ぐことが出来た。
「ふぅ、危ない危ない……」
俺が額の汗を拭う素振りをすると、マナは残念そうに息を吐く。
「倒したと思ったのになぁ。カードを1枚伏せて、ターンエンド!」
「よし、俺のターン!」
待ってました、俺のターン。この状況を打破できるカード来いと願いつつ、カードを引く。
そうして手札に加わったカード。それをゆっくり表側に向けて確認すると、そのカードは……《調律》だった。
「よし! 手札から《調律》を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくチューナーを手札に加え、その後デッキをシャッフルして一番上のカードを墓地に送る。俺は《クイック・シンクロン》を手札に加える!」
ようやく手札に来たか、チューナーモンスター。こいつがいなければ、やはりこのデッキは始まらない。
「手札から《シンクロン・エクスプローラー》を捨て、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に俺の場にチューナーがいるため、墓地から《ボルト・ヘッジホッグ》を特殊召喚だ!」
《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400
《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800
「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル5クイック・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」
《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800
攻撃力2800というかなり高い値を持つニトロ・ウォリアーの召喚に成功するが、もちろんこれで終わりではない。
「更に《大嵐》を発動して、その伏せカードを破壊する」
「むむ、せっかくの《マジシャンズ・サークル》が。しかも魔法カードを使ったってことは……」
「そういうこと。ニトロ・ウォリアーでブラック・マジシャンを攻撃! そして魔法カードを使ったターンのダメージ計算時、ニトロ・ウォリアーの攻撃力は1000ポイントアップ!」
《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800
3800と2500では比べるまでもない。たとえ伏せカードがあったままでも、マジシャンズ・サークルでは結局防げなかっただろう。
マナは泣く泣くブラック・マジシャンのカードを墓地に移動させた。
「うう、ごめんなさいお師匠様」
正確にはマハードじゃないんだけどな。まぁ、気持ちは分かるが。
マナ LP:4000→2700
「俺はこれでターンエンドだ」
若干フィールドの状態は心もとないが、攻撃力2800のニトロ・ウォリアーがいるんだ。少しは安心できる。あとは手札の2枚……貪欲な壺と異次元からの埋葬。これらをどう使っていくかだ。もしくは、次で引くカード。それにかかっている。
もっとも、それにしたってこのターンを凌げればの話だが。ニトロ・ウォリアーがいることだし、大丈夫だと思いたいが……。
「私のターン、ドロー!」
カードを引いたマナは、引いたそれとは違う方のカードを手に取ってフィールドに置く。
「いくよ! 私は《ものマネ幻想師》を召喚!」
「いぃ!?」
ものマネ幻想師!? 最初の手札にあった最後の一枚がそれかよ。うわ、これはやばい。
《ものマネ幻想師》 ATK/0 DEF/0
「ものマネ幻想師は、召喚に成功した時に相手モンスター1体を選択し、攻撃力と守備力はそのモンスターと同じ値になる! 遠也の場にいるのはニトロ・ウォリアーだけだから、ニトロ・ウォリアーの攻守をコピー!」
《ものマネ幻想師》 ATK/0→2800 DEF/0→1800
「バトルだよ! ものマネ幻想師でニトロ・ウォリアーに攻撃!」
「ぐぐ……当然、相打ちになる」
「これで、手札に速攻のかかしがないなら私の勝ち! ブラック・マジシャン・ガールで直接攻撃!」
さっき確認したように、俺の手札の2枚は《貪欲な壺》と《異次元からの埋葬》だ。速攻のかかしは、ない。
「……く、くっそぉ! 負けたぁ!」
遠也 LP:2000→0
なんというスピード決着。しかもブラマジガールの直接攻撃が2回とも決まっての敗北とか。対戦相手がブラック・マジシャン・ガールの精霊であるマナと考えると、まさに狙ったかのような結末である。
それにしてもまさか開始2ターンで終わるとは。予想外に早い決着に驚きを隠せない。やはり、手札の悪さをカバーしきれなかったのがいけなかったな。
運も実力のうちと言うが、そうなると初期手札が少々悪かった俺の実力はまだまだということになる。精進していかないとなぁ、と少しだらけていた気持ちを引き締めた。
「よし」
デッキを片付け、俺は掛け声と共に立ち上がった。だらけた気持ちを引き締めたことだし、マナの言うように出かけるとしますか。
立ち上がった俺を見上げているマナに、指で自室の方を示す。
「んじゃ、着替えたら玄関ってことで」
「あ……うん!」
俺が突然立ち上がった理由がデュエル前の約束のことだとわかり、マナも少し慌てたように立ち上がった。
そういうわけで、俺たちはそれぞれ着替えて準備を整える。少し早く着替え終えた俺が玄関で待っていると、少し遅れてマナもやって来る。それを確認したところで、俺は靴を履いて外に繋がる扉を開けた。
途端に飛び込んでくる強い日差し。それに若干目を細めつつ、俺は家の鍵を閉めた後に隣に来ていたマナの手を握った。
確かに、暑い。暑いから手を繋ぐともっと暑いのだが……まぁ、こういうのもいいじゃないか。ちらりと横を見ると、マナは繋がれた手に目を落として微笑んでいた。
暑くて嫌なら離す気でいたが、どうやらこのままでいいようである。ならば、あとは行くだけだ。目的地こそないが、それならそれで散歩だと思えばいいだけである。
そんなわけで、俺は一歩踏み出し、マナも足並みを揃えて横に並ぶ。どこに行くかなぁ、とそんなことを考えながら、とりあえず歩き出した。
*
家を出てから、俺たちはとりあえずのんびりいろいろな店を見て回った。カードショップに始まり、商店街、ショッピングモール。昼食はモール内のレストランで適当に食べ、その後は外に出て散歩である。
今はそんな中、公園に立ち寄って休憩しているところだ。まぁ要するに、出かけてみたところ普通のデートになったとそういうわけである。
ちょうど木陰になっているベンチに座り、買ってきた缶ジュースに二人してそれぞれ口をつける。そして人心地ついたところで「そういえば」とマナが口を開いた。
それに反応して顔を向ける。
「カードショップ、意外とシンクロ召喚みんなやってたね」
「あー、あれな。ショップでは、比較的浸透してきたみたいだからなぁ」
「テレビでは全く見ないのにね」
「だな」
一口、ぐいっとジュースをあおる。
マナが言うように、最初に訪れたお馴染みのカードショップでは何人かがシンクロモンスターを使う姿が所々に見かけられた。
一年前には俺の行うシンクロ召喚に驚きの声を上げていた子供たちも、今日来てみれば……。
「シンクロ召喚! 《大地の騎士ガイアナイト》だ!」
「うわぁ! 攻撃力2600がいきなり……!」
「《ギガンテック・ファイター》で直接攻撃!」
「なんの! 《攻撃の無力化》!」
と、なかなかに盛況な様子だった。それだけ広まってきたということであり、テスター兼普及担当でもあった身としては、そこはかとなく達成感を感じる。
ちなみに最初期に登場したジャンク・ウォリアーは、その効果が低レベルモンスターを並べることを要求するため、高ステータス主義が根強く残るこの世界の特徴から、ほとんど採用されていない。専用チューナーが必要だというのも、理由の一つだろう。
もっとも大勢の目に触れた初めてのシンクロモンスターということで、一部では人気があるらしい。使っている身としては、嬉しいような悲しいような複雑な気分である。
しかし、もし俺が使っていなかったらその一部の人気すらなかったわけで。そう考えると、このカードが捨てられ、それを遊星が拾ったという未来での経緯も微妙に納得いってしまう。実に悲しい事実ではあるが。
……っと、話が逸れたが、結局のところ、シンクロ召喚がよく見られるのは現時点でそういったフリーデュエルレベルでだけだったりする。
これまたマナが言ったように、テレビでは驚くほどシンクロモンスターの姿を見ることがない。テレビ放映される規模の大会やプロリーグに出るデュエリストのほぼ全員が、シンクロをしないのがその理由だ。
残念ながら、それが今のシンクロ召喚の立場なのである。
――シンクロ召喚が実装されてまるまる一年半。しかし、大会やプロリーグでシンクロモンスターの姿を見かけることはほとんどないという実状。
それというのも、そういった場で成績を残すような上位デュエリストはシンクロ召喚を敬遠する傾向にあるからだ。
それは何故か。要因としては三つある。シンクロ召喚にはチューナーモンスターが必須になることがまず一つ。それはつまり、これまで愛用してきたデッキにチューナーを投入することを余儀なくされるということである。
必然、その分これまでに使ってきたカードを削らねばならず、成り立たなくなるコンボが出てくる。無論そのままデッキにチューナーを足すだけという手もあるが、デッキ枚数が増えることでキーカードを引く確率が下がることを彼らは嫌った。
また、もう一つの要因として、彼らは自分のデッキに誇りを持っているからというのがある。そのデッキで長年戦い、実績を残してきたため、全く新しいギミックを入れようとは思わないのだそうだ。
最後に、単純に現在のシンクロ召喚に関するカードが少ないという点もあるだろう。シンクロモンスター、チューナー、そのサポート……いずれも元の世界や5D’sの時代とは比べ物にならない少なさだ。
まだ発表されて間もないので仕方がないといえば仕方がない。こればかりは以後発売されていくカードに期待するしかない。
そういうわけで、現時点で実力が高い者ほど避けるというのがシンクロ召喚の一般における現在の立場である。知名度自体はかなり広まったのだが……理由が理由だけに仕方ない面もあった。
だが、逆を言えばそれ以外のデュエリストにはじわじわ浸透してきているようである。発売当初よりシンクロモンスターの値段も落ち着いて買いやすくなったためか、これから大会などに挑もうという新進気鋭の若者たちは少しずつシンクロを取り入れ始めている。
既に実績を持つ者に比べ、デッキを根本から見直すことも多い彼らは新しいギミックを取り入れることに大きな抵抗を感じないからだ。
尤も、たとえばHEROに並々ならぬこだわりを持つ十代のように譲れない何かがある者は、ポリシーとしてシンクロを使っていないが……それは少々論点がずれるので置いておこう。
ともあれそれが現在の状況なのだが、未来の時代の様子を見るに、やがてシンクロ関連のカードが充実してくれば、シンクロ召喚が環境を塗り替えていくことになるのだろう。つまり、今はそこに至る過渡期であるということだ。
少々長くなったが、これがシンクロ召喚の現在の実状である。
そういうわけで、テレビで流れるようなデュエルでその姿を見ることは出来ないが、一般のカードショップのフリーデュエルでは頻繁に姿を見ることが出来る、とそういう状況になるわけなのである。
「まぁ、いずれシンクロ環境が生まれてくるさ」
俺は空になった缶をぶらぶらさせながら、そう言う。
実際、シンクロ関連のカードをI2社は急ぎ製作中らしい。とはいえ、物理的に作れるカードの種類や枚数には限度があるうえ、発売されてすぐのカードは高騰して手が出ない。共に時間を置くことが必要になるので、時間はかかるだろうが。
それを考慮するに、実際にシンクロ召喚が大きく躍進することになるのは……あともう少しかかることになるだろう。カードが大きな意味を持つこの世界でのレアカードの封入率や新カードの高騰具合、人々のカードそのものへのこだわりを考えれば、そのぐらいが妥当だ。
それを過ぎれば、シンクロ召喚を敬遠していた層も新しい見方でシンクロ召喚を見ることになるだろう。そして大会やプロでもシンクロ召喚が普通に行われるようになるに違いない。
元の世界で、シンクロやエクシーズといった新たな力が環境に乗り出した時のワクワク感を思い出す。それを思えば、その時が楽しみで仕方がなかった。
そんなふうに思っている内心、それが表情に出ていたのか、俺の顔を見たマナが小さく笑った。
「ふふ、嬉しそうだね遠也」
「……ん、まあな」
新しい何かが新しい可能性を見せてくれる。それは、やはり単純に楽しい。それらの可能性は、俺にまだ見ぬ未来への期待を抱かせてくれるからだ。
俺に限らず、きっと多くの人が同じワクワクを感じてくれているはずだ。それは、かつてのシンクロ召喚を本格的にお披露目した去年のイベント、その来場者の反応からも推し量ることが出来る。
きっと、シンクロは大きく飛躍する。そしてシンクロの後には、また新たな可能性が生まれ、その後にはまた更に新たな可能性が生まれる。その繰り返しがずっと続いていくのだろう。
そんな風に、連綿と続いていく未来。途方もないそれを想像するのは、まるで夢を見るかのようで楽しい。
俺は、空になっていた缶を近くのゴミ箱に放り投げた。
ガラン、と金属同士がぶつかる音を響かせ、缶はゴミ箱の中に納まる。それを見届けて、俺はベンチから立ち上がった。
続いてマナも立ち上がり、手に持った缶を俺と同じように投げる。すると、缶はゴミ箱の口の縁に当たって地面に転がった。どことなくバツが悪そうに照れ笑いをするマナに苦笑し、俺は落ちた缶を拾い上げてゴミ箱に放る。
きっちり後始末が済んだことを確認し、視線を己の横に移す。
「じゃ、行くか」
「うん」
再び歩き始め、俺たちは公園を後にする。
相変わらず目的はないが、こうしてマナと一緒にいると変に気負わなくていいので気が楽だ。だから、目的もなくブラブラしているだけでも十分に俺としては心地よかった。
手を繋ぎ、その手を軽く振る。さて、次はどこに行こうかとそんなことを考えながら。
*
その後、適当に町の中を回った俺たちは夕方になる頃に家へと戻ってきていた。
そして夕飯時になると、マナと共に台所に立って用意した料理に雑談をしながら舌鼓を打つ。そしてその会話の中で、マナは今日外出に誘ってきたことについてこう言った。「家の中に籠ってると、色々考えちゃうから。気分転換になればと思って」と。
一瞬俺はどういう意味だろうと呆けてしまったが、やがてそこに込められた意味に気が付いた。
マナは、レインが倒れた後に自分を責めた俺の姿を知っている。立ち直りはしたものの、どこかで俺のことをずっとマナは心配していたのかもしれない。
だからこその気分転換。そういう意味だったのだろう。
実際には、もう俺はそこまで気にしていない。それよりも、今は皆と共にレインをどうにか助ける方法を考えることに気持ちを向けているからだ。
だが、そうして心配されるのは存外嬉しいものでもある。俺はそんな心遣いに対する感謝をそのまま隠すことなく表し、笑顔で「ありがとう」とマナに告げた。
それに対してストレートにお礼を言われたマナは、「う、うん」と歯切れの悪い返し。その頬は赤くなっていた。それを見て、照れているのか、と問えば「照れてない」と答えが返ってくる。しかし表情はやはり赤らんでいて、明らかに言葉と一致していない。
それが何とも微笑ましくて思わず噴き出しそうになったが、さすがにそれは悪いかと思いとどまる。しかし小刻みに震える肩までは隠せず、それに気付いたマナは赤い顔で「……どうせ余計な心配でしたよー」と唇を尖らせてしまった。
慌てて拗ねたマナのご機嫌をとり、どうにか元に戻ってもらえて続けられた夕食の後。洗い物は任せてくれとマナが言ったので、マナに甘えることにして俺は自室に戻った。代わりに明日は俺がやる、とだけは言っておいたが。
そして部屋に戻った俺は今、自分のデッキを机の上に広げて試行錯誤している。とはいえ、必須のカードも多いのでそこまで大幅に何かを変えるということはない。メインデッキもそうだが、それはエクストラデッキにも言えた。
特に俺は、エクストラデッキに絶対にはずさないカードが何枚かある。スターダスト・ドラゴンやシューティング・スター・ドラゴンがそれに当たる。他には、ジャンク・ウォリアーもそうだし、いまだ絵柄が曇ったままの1枚のカードもそうだ。
あとは、もう1枚。俺はそいつを手に取った。
アカデミアでは一度も使っていないこのカードも、エクストラから抜いていない。このカード、デッキに入れたのはアカデミアに入ってからなのだが、一度も使っていない。まぁ、そうそう使えないから仕方ないが。
もともと俺のこだわりであり、お守り的な意味合いが強いので、特に問題はない。いずれは出すこともあるかもしれないので、その時に活躍してもらうこととしよう。
もっとも、普通に過ごしていれば出す機会はゼロだろうけども。
机の上に散らばっていたカードを揃え、トントンと机の上で端を整える。そして、それをデッキケースに収めると、ふぅと一つ息を漏らした。
もうすぐ俺も三年生。アカデミアに通う、最後の年だ。そう考えれば、だいぶ俺もこの世界になじんだものだと小さく笑うが……すぐにその表情を引き締める。
学園生活最後の年。そこに待ち受けているであろう、数々の脅威。そして、俺自身に襲い掛かるだろうゾーンの手。
抱えている問題は山積みだ。それなのに、その解決策は見えてこないという。まったくもって頭が痛い限りである。
しかし、変に気負うことはない。カードと、そして仲間たちを信じていれば、きっと自分自身が進むべき道を作っていけるはずだ。
そう考えていると、いつの間にかデッキケースを持っていた手に少し力が入っていたことに気が付く。
苦笑し、俺はデッキケースをそっと机の上に置いた。
信じて俺は前に進んでいけばいいのだ。これまでと同じように、支え合いながら。
窓から見える、どこまでも吸い込まれそうな深い群青の空。月明かりが眩しいその夜空を見上げながら、俺は来る新学期に向けて思いを馳せるのだった。