遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

55 / 92
第52話 白帝

 

 遠也からの指示を受けたマナは、すぐさま十代の元へと向かう。スピードを重視し、寮の入り口をわざわざ使うことはしない。マナは寮の外側から空を飛んで最上階の斎王の部屋に入ると、そこから地下へと続く階段を一気に下降していく。

 やがてその終着点につくと、今度は通路を平行に飛んで再び女神像が立つ広場に戻ってきたのである。

 そして、マナは見る。斎王とデュエルしている十代を。その横にはネオスの精霊が見えており、十代の場のシャイニング・フレア・ウィングマンの活躍を見守っているようだった。

 そんな十代に向かって、マナは一目散に飛んでいった。

 

『十代くん!』

「マナ!? いったいどうしたんだ!」

 

 広場に飛び込んできたマナの声を受け、十代が驚きに目を見張る。今のマナは精霊化しているが斎王にも見えているのか、マナが十代に近づいていく様を黙って目で追った。

 十代の側に寄ったマナは、十代に外の様子を伝える。

 カイザーが破滅の光に操られており、鍵を奪われてしまったこと。そのためソーラが起動してしまったこと。そして、恐らくは遠也がカイザーとデュエルしているだろうことを。

 

「なんだって!?」

 

 それを聴き、十代が信じられないとばかりに声を上げる。やはり、カイザーが向こう側についたということがどれだけ手強いことになるかをよくわかっているのだ。

 対して、同じくマナの声を聴いていた斎王は、クツクツとくぐもった笑い声を漏らした。

 

「上手くやったようだな、我が分身は……。クク、どうだね十代。まるで運命が破滅に向かうように導いているようではないか!」

「黙れ! くそ、まさかそんなことになってるなんて……」

「クク、悩むのはいいが、デュエルを忘れてもらっては困る。お前のターンは終了なのか?」

「くっ……! 俺はバブルマンを守備表示に変更! 更に《N(ネオスペーシアン)・エア・ハミングバード》を守備表示で召喚!」

 

 これで、十代の場にはシャイニング・フレア・ウィングマン、バブルマン、エア・ハミングバードの3体が並んだ。

 更にエア・ハミングバードの効果で十代は相手の手札の数だけライフポイントを回復する。

 

「……ターンエンドだ」

「私のターン、ドロォ!」

 

 斎王にターンが移り、カードをデッキから引く。

 その姿を前に、十代の隣にいたネオスがマナに顔を向けた。

 

『マナ。ソーラが起動しているのはマズい』

『ネオス。それはわかってるけど……』

 

 十代と遠也、仲がいい二人の精霊とあってネオスとマナは既に顔見知りである。

 正義の心を持つだけあってネオスは思いやりを持った戦士だ。体格もよく頼りがいのある男であるが、しかしそんなネオスもこの状況には焦りを感じていた。それ程の男が焦燥を感じる事態に、マナもどうしたものかと顔を曇らせる。

 そんなマナに、ネオスはわずかな逡巡の後にこう告げた。

 

『ソーラの存在は大きな脅威だ。……マナ、私が力を貸す。私と共に宇宙に行き、ソーラの破壊を手伝ってくれないか』

 

 至極真剣なその眼差しを受けて、マナは当然のように首肯を返した。

 本音を言えばマナとしては遠也のことが心配であり、一刻も早く遠也の元に戻りたい。その気持ちは確かにある。

 しかし、だからといってソーラを放置していてはこの世界そのものが危ういのだ。元凶であるソーラを破壊できるならそれに越したことはない。ならば、まずはそちらを優先した方がいいだろう。そう判断してのことであった。

 マナの返事を受けてネオスは早速力を授けようと、その身から極彩色の不思議な光をあふれさせる。

 だがその瞬間。黙って見ていた斎王が大きな声を上げた。

 

「させると思うかぁッ! 手札からフィールド魔法《光の結界》を発動ォ!」

 

 斎王が1枚のカードを発動させると、十代と斎王を囲むように光の線が円を描いて地面に現れる。

 そしてその円から半透明の壁のような光が噴き上がると、それは一気にこの部屋全体を包み込む巨大な光の結界を形作ったのだ。

 それだけならば、問題はなかっただろう。しかし、この結界が張られた途端、ネオスとマナは揃ってその表情を苦悶のものへと変化させた。

 それを見て、十代が心配そうに二人に声をかける。

 

「ど、どうしたんだネオス! マナ!」

「ククク……《光の結界》の中では、「アルカナフォース」以外の効果モンスターの効果は無効になる! 更に、光の結界の力はデュエルだけではなく、精霊にも影響を及ぼすのだ!」

「なんだって!?」

 

 十代は斎王に言われたことを理解すると同時に、再びネオスとマナを見る。やはり二人は苦しそうにしていた。

 

『くっ……十代。この結界の中では、本来の力を出せない。これでは宇宙に行くことも……』

『私も、これじゃあ力が使えない……こうなったら』

 

 ネオスはそう言ってはっきり見えていた姿が僅かにブレるようになり、マナは精霊状態で影響を直に受けるよりはマシだと思ったのか実体化する。

 突然現れたマナに驚くのはこの場ではリンドだけだった。エドを助けた時にも見えてはいたが、こうして改めてみるとやはり驚くものらしい。

 実体化したマナは精霊の力が弱体化した自分では力になれないと判断して翔たちのほうに向かった。

 ちなみにこの時、マナがリンドに王子が森へと走っていったことを告げると、リンドはこの場を去って外に向かった。それらを見届けた後、斎王は得意げに笑う。

 

「ハハハ! 精霊である限り、この結界の中からは抜け出せまい! 世界は破滅するしかないのだよ!」

「そんなこと、させるもんか!」

 

 十代が勢い込んで言うが、しかし斎王の余裕は崩れない。

 

「クク、せいぜい足掻くといい! 私は《アルカナフォースVI-THE LOVERS》をリリース! そして、《アルカナフォースXXI-THE WORLD》を召喚!」

 

《アルカナフォースXXI-THE WORLD》 ATK/3100 DEF/3100

 

 斎王の背後に現れる、巨大な黒鉄の機械天使。おおよそ天使族とは思えない機械的な容姿ながら、その出で立ちはどこか神秘性を感じさせるものでもあった。

 斎王のエースモンスター。その登場に全員が緊張に身を震わせる中、剣山が寝かせていたエドが呻き声を上げたことに気が付く。

 

「エド! 目が覚めたドン!」

 

 剣山の声を聴き、翔とマナもそちらに目を向ける。

 そこには、ゆっくりと目を開けて上半身を起こすエドの姿があった。

 

「……僕は、そうか。十代はどうなった?」

「戦ってるよ。この世界のために」

「そうか……」

 

 翔の答えにエドは頷き、向かい合う十代と斎王を見る。

 剣山、翔、エド、そしてマナ。この四人が見守る中で、十代のデュエルは続いていく。

 マナとしては遠也のことが気がかりだが、この結界が消えた時、すぐさまネオスと共にソーラ破壊に動くためにはこの場に留まるしかない。

 だから、マナは心の中で祈る。恐らくはカイザー相手にデュエルをしているだろう、遠也に向けて。

 

(――がんばって、遠也!)

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 俺とカイザー、いや破滅の光の意思は互いに向き合ってデュエルの開始となる掛け声を発した後、デュエルディスクに表示された文字に、俺は少しだけ眉を寄せた。

 俺のディスクに現れた“先攻”の文字。奴のデッキは当然カイザーのものであるサイバー・ドラゴンを主軸とするサイバー流だろう。つまりは典型的な後攻有利のデッキだ。絶対に負けられないこのデュエルにおいて、有利な後攻を与えてしまったことが悔やまれる。

 だがしかし、こういったことがデュエルではつきものなのも事実だ。ここは気持ちを切り替えていこう。いずれにせよ、俺に出来ることはこのデュエルに思いっきり臨むことぐらいなのだから。

 

皆本遠也 LP:4000

丸藤亮 LP:4000

 

「いくぞ! 俺のターン!」

 

 デッキからカードをドローし、本格的にデュエルが始まる。

 余裕の表情でこちらを見る相手を目の端に捉えつつ、俺は手札からカードを手に取った。

 

「俺は《カードガンナー》を守備表示で召喚! そしてその効果により、デッキの上から3枚のカードを墓地に送り、エンドフェイズまで攻撃力を1枚につき500ポイントアップする!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900 DEF/400

 

 墓地に落ちたのは《ボルト・ヘッジホッグ》《シンクロン・エクスプローラー》《精神操作》の3枚。制限カードが落ちるのは本当にやめてほしいものである。が、こればかりは仕方がない。

 俺は墓地に送られたカードを確認した後、手札のカードを手に取った。

 

「更にカードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

「俺のターン! ドロォ!」

 

 顔を歪ませ、口端がにやりと頬にまで伸びるほどの凶笑を浮かべる。

 なまじ整ったカイザーの顔でやるものだから、その違和感は尋常じゃない。遊戯王の一部の悪役たちが顔芸と言われる理由がよくわかる。そんな顔だった。

 

「クク、相手の場にモンスターがいて自分の場にモンスターがいない時、このカードは特殊召喚できる。――《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《サイバー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/1600

 

 奴の場に現れる、機械の竜。白銀の鋼によって作られた身体が、ギシリと音を立てた。

 やっぱり初手にあったか、サイバー・ドラゴン。このカードがいきなり出てくることはもう予想がついていた。なにせカイザーと対戦して後攻を渡せば、ほぼ確実に最初のターンに召喚されていたのだから。

 

「更に《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚!」

 

《プロト・サイバー・ドラゴン》 ATK/1100 DEF/600

 

「プロト・サイバー・ドラゴン……!」

 

 サイバー・ドラゴンよりも細身かつ鋼の質も違うのか浅黒い、試作品という名にも納得できるモンスター。そしてその効果は、フィールド上に存在する限りカード名を「サイバー・ドラゴン」として扱うというものだ。

 つまり、これで向こうの場には実質2体のサイバー・ドラゴンが存在していることになる。

 

「バトルだ! プロト・サイバー・ドラゴンでカードガンナーを攻撃! 《エヴォリューション・フレア》!」

 

 プロト・サイバー・ドラゴンの口から、小さな火の玉が吐き出されてカードガンナーに直撃する。カードガンナーの守備力は僅か400、一撃で破壊された。

 

「だが、カードガンナーは破壊された時デッキからカードを1枚ドロー出来る! ドロー!」

「まだだ! 更にサイバー・ドラゴンで直接攻撃! 《エヴォリューション・バースト》!」

 

 続いて本命ともいえるサイバー・ドラゴンの攻撃だ。さっきとは比べ物にならないほどに強力な炎の吐息が俺に迫る。

 だが当然、そんなものを素直に喰らってやる道理はない。

 

「罠発動、《くず鉄のかかし》! 相手モンスターの攻撃を一度だけ無効にし、このカードは再びセットされる!」

 

 俺の場に現れたかかしが、火炎放射を一身に受け止める。それによって、俺には余波の火の粉ですら飛んでこない。

 一度のみとはいえ、完全な無効化。問題なく防ぎ切った俺は、再び伏せられたくず鉄のかかしから奴に目を移す。

 その顔は、攻撃を防がれたというのに愉快そうに笑っていた。

 

「ふん、甘い……甘すぎるぞ、遠也ァ!」

「なに!?」

 

 嘲りを込めた声。こちらを見下すそんな声音で、奴は更に言葉を続ける。

 

「俺が貴様と何度デュエルしたと思っている! 貴様の手などお見通しだ! 俺が後攻で2体のモンスターを召喚することは、予想がついていたはず。ならば、その攻撃を防ぐ手段を残しておくのは必然! そして貴様ならその手段は《くず鉄のかかし》の可能性が高いことも分かっていた!」

 

 にぃ、と口の端を限界まで持ち上げるような笑み。嘲笑、まさにそんな表情を浮かべ、奴は手札のカードをディスクに差し込んだ。

 

「手札から速攻魔法、《フォトン・ジェネレーター・ユニット》を発動! 俺の場のサイバー・ドラゴン2体をリリースし、デッキから《サイバー・レーザー・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

 プロト・サイバー・ドラゴンはサイバー・ドラゴンとしても扱う。そのため、その条件は問題なく満たしている。

 そしてあちらの場に現れるのは、サイバー・ドラゴンよりも一回り大きな白鋼のドラゴン。特徴的なのは尻尾だ。先端に花のつぼみのような雫型の装置が取り付けられている。

 そして、それは花びらを開くように展開していき、その中から細い銃口を持つ兵器が顔をのぞかせた。

 

《サイバー・レーザー・ドラゴン》 ATK/2400 DEF/1800

 

「バトルフェイズ中の特殊召喚のため、当然更なる攻撃が可能だ! 一度発動したくず鉄のかかしなど、なんの意味もなさない紙屑でしかない! サイバー・レーザー・ドラゴンで直接攻撃! 《エヴォリューション・レーザーショット》ォ!」

 

 サイバー・レーザー・ドラゴンの尻尾の先端。その銃口から一筋のレーザーが放たれ、それは過たずに俺自身を貫く。

 瞬間、俺の口から叫び声が漏れる。

 

「ぐ……ぁぁああぁあッ!」

 

遠也 LP:4000→1600

 

 全身を駆け巡るように痛みが走る。思わず声を上げた俺はふらつく身体を支えようとするものの上手くいかず、片膝をついた。

 完全に油断していた……! このデュエルは、ただのデュエルじゃない。ダメージが現実のものになる闇のデュエルだったのだ。光の存在である破滅の光も、闇のデュエルと同じことが出来るのか。

 しかも、いきなりサイバー・レーザー・ドラゴンの直接攻撃で2400ポイントものダメージを食らったのは大きい。負けられないデュエルだってのに、何をやっているのかと思わず自責する。

 唇をかむ俺を見て、カイザーがニヤニヤと嘲るように笑った。

 

「そら、貴様程度などそんなものだ。やってみなくともわかっただろうに、無謀なことを。この男が持つデュエルの才能は並ではない! 所詮、貴様が破滅の運命から逃れる術などないのだ!」

「く……!」

「クク、貴様のように運命を見通せない存在は残しておくと禍根となりかねん。ここで始末をつけさせてもらう。貴様のライフを0にすることでなぁ! ハハハハ!」

 

 目を見開き、見せつけるようにこちらを覗き込んで、いかにも可笑しそうに奴は笑う。

 その形相は歪んでおり、平時のカイザーの姿からは想像も出来ないものだ。表情だけで言うなら、さっき地下で見た斎王の表情に近いものがある。

 どこか狂ったようにすら思える、凶悪かつ獰猛な顔。これが破滅の意思に乗っ取られたことによるものなのだとすれば、早々にカイザーの中からご退場願いたい。友達のこんな姿を見るのは、正直……気分がいいものじゃない。

 今のカイザーの姿を見て、改めてそう思う。そして立ち上がろうとしたところ、寮からリンドさんが飛び出してくるのが見えた。

 リンドさんは俺がデュエルしており、膝をついていることに驚いているようだった。何故出てきたのかはわからないが、予想は出来る。恐らくは動けるようになったため、王子を追ってきたのだろう。

 俺はリンドさんに森の方を指さす。王子はそちらに行ったと伝えるためだ。その意図を素早く理解したリンドさんは、俺に一礼をして森の方へと駆けていく。

 走りつつもこちらを一度振り返ったのは、俺の身を心配してくれたのだろうか。だとすれば、実に嬉しいことだ。実際に話したことなんてほとんどないというのに。

 しかし、女性にそんな心苦しい思いをさせたままではいけない。紳士としては、ここは立ち上がって強がるべきだ。

 そんなことを冗談半分に思いつつ立ち上がると、俺は森に消えていくリンドさんを見た。最後にもう一度こちらを見たリンドさんに手を振ると、彼女は安心したように森へと入っていく。

 それを見送り、俺は再度戦うべき相手に向き直った。

 

「ふん、オージーンの秘書か。今頃は森のどこかで倒れているだろうが、わざわざ探しに行くとは酔狂なことだ」

「それが酔狂かどうかはお前が決めることじゃない! それより、お前のターンは終わったのかよ!」

 

 オージーン王子を思うリンドさんの気持ちは、尊いものだ。だからこそ、俺や十代たちもリンドさんからの協力の願いに快く頷いたのだから。

 その気持ちを否定するような言葉に、俺は怒りを込めて睨む。しかし、意に介さないとばかりに向こうは肩をすくめるだけだった。

 

「クク、すまなかったな。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「俺のターン!」

 

 手札を確認し、その中から即座に1枚のカードをディスクに置く。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 オレンジの鉄帽子に眼鏡をかけたお馴染みのチューナー。場にはこのカードのみだが、ジャンク・シンクロンはその効果により単体でシンクロ召喚を行うことが出来る優秀なカードだ。

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する! 蘇れ、《シンクロン・エクスプローラー》!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/800

 

「更に俺の場にチューナーがいるため、墓地から《ボルト・ヘッジホッグ》を守備表示で特殊召喚!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 ともにカードガンナーの効果で墓地に送られていたカードだ。そして、この状況でわざわざボルト・ヘッジホッグを蘇生したのは、素材にするわけではなくこれから召喚するモンスターの効果を生かすためである。

 

「レベル2シンクロン・エクスプローラーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 シンクロ召喚時に発生する光を切り裂き、その中から現れる拳を突き出した青い機械の身体を持つ戦士族モンスター。

 このデッキの切り込み隊長、ジャンク・ウォリアーの登場である。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、俺の場に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力分、攻撃力をアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 俺の場には攻撃力800のボルト・ヘッジホッグがいる。よって、ジャンク・ウォリアーの攻撃力はその攻撃力分800ポイント上昇する。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

 これでサイバー・レーザー・ドラゴンの攻撃力を上回った。

 

「バトルだ! ジャンク・ウォリアーでサイバー・レーザー・ドラゴンに攻撃! 《スクラップ・フィスト》ォ!」

 

 ジャンク・ウォリアーの背中に取り付けられたブースターが火を噴き、勢いをつけてサイバー・レーザー・ドラゴンに迫ると振りかぶった拳を叩きつける。

 攻撃力差は700ポイント。サイバー・レーザー・ドラゴンは甲高い悲鳴を上げてその身を光の粒へと変えていった。

 

亮 LP:4000→3300

 

 これで奴のライフが減少する。

 しかし、当の本人は全く気にしていないかのように余裕の表情を崩していない。そのため、ダメージを与えたにもかかわらず喜びを感じることは出来なかった。

 

「……ターンエンド!」

「クク、俺のターン! ドロォ!」

 

 エンド宣言をした直後、奴はデッキからカードを引いた。そして、手札の中の1枚に目を止めるとにやりと笑みを浮かべる。

 

「コイツのためならば、700ポイントのライフなど有って無いようなもの。……手札から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《サイバー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/1600

 

「更に《融合呪印生物-光》を召喚! そしてリバースカードオープン! 罠カード《リビングデッドの呼び声》! 墓地から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

《融合呪印生物-光》 ATK/1000 DEF/1600

《サイバー・ドラゴン2》 ATK/2100 DEF/1600

 

 怒涛の召喚ラッシュ。それによって、その場には一気にモンスターが3体並ぶこととなった。

 サイバー・ドラゴンが2体と、融合呪印生物。しかし、サイバー系の融合モンスターは指定された融合素材でしか融合できず、融合代用モンスターは使用できないはず。

 それなのに、何故。疑問に思っていると、奴は泰然と口を開いた。

 

「クク、融合呪印生物は融合素材の代用となるルール効果を持っている。もっとも、サイバー・ツイン、サイバー・エンドはともに正規の素材でしか融合召喚が出来ないモンスターだがな。しかし、融合呪印生物にはもう1つ起動効果がある」

「融合呪印生物の起動効果? ……そうか!」

 

 融合呪印生物が持つ、起動効果。それは――、

 

「フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターをリリースすることで、光属性の融合モンスターをエクストラデッキから特殊召喚する!」

 

 サイバー・ツイン、サイバー・エンドの召喚条件は共に「サイバー・ドラゴン」を指定したものだが、そのテキストは「このカードの融合召喚は、上記のモンスターでしか行えない」というものだ。

 つまり、それは融合召喚だけに適応される制限なのだ。融合呪印生物の起動効果は、特殊召喚である。融合を用いた召喚でない以上その条件は適応されず、その両者は特殊召喚としてフィールドに現れることが出来る。

 起動効果の存在は完全に忘れていた。それならば、この状況で出てくるモンスターは決まっている。俺の頬を冷や汗が伝った。

 

「――破滅に導く光の化身! 我が最強の下僕ッ! 来い、《サイバー・エンド・ドラゴン》ッ!」

 

 自信に満ちたその声に応えるように、場のモンスター3体を光に変えて吸収した巨大なドラゴンがフィールドに降り立つ。

 見上げるほどの銀色に輝く巨体。そこから伸びる三本の首。ジャンク・ウォリアーと比べても何倍もある身体は迫力に満ち満ちており、ただ対峙しているだけで気圧されそうになる。

 カイザーが持つ最大の切り札。その名に全く恥じない威容がそこにはあった。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

「サイバー・エンド・ドラゴンの効果、お前なら当然わかっているな?」

 

 不意に向かい合う奴が口の端を持ち上げながら俺に尋ねてくる。

 そして当然、俺はよくわかっている。カイザーとは何度もデュエルをしているのだ。今更その効果を間違えるはずもない。

 

「攻撃力が守備力を超えていれば、その分だけダメージを与える……!」

 

 すなわち、貫通効果。その攻撃力の高さを存分に活かす効果を併せ持つ、超パワーモンスターだ。

 

「その通りだ! そして貴様の場には守備力800のボルト・ヘッジホッグ! ライフは残り1600! クク、それがどういうことか、わかるだろう」

「くっ……」

 

 本来守備表示であるボルト・ヘッジホッグがやられたところで、俺はダメージを受けない。だが、貫通効果を持つサイバー・エンド・ドラゴンとなれば話は別だ。

 その攻撃力差は3200。俺の残りライフの2倍にもなる。当然、それを受ければ俺のライフは0になり、敗北する。

 

「更に手札から《サイクロン》を発動する。これで邪魔なくず鉄のかかしには消えてもらおうか」

「くず鉄のかかしが……!」

 

 これでは相手の攻撃を止めることが出来ない。確実に俺を倒せるよう、ここまで用意していたのか……!

 頼みの綱でもあったくず鉄のかかしを破壊され目を見張る俺を見て、可笑しそうに奴は笑う。

 

「さて、ではそのネズミを粉砕するとしようか。――バトル!」

 

 この攻撃を受ければ、俺の負けは必至。

 なら!

 

「待て! バトルフェイズに入る前に俺は手札から《エフェクト・ヴェーラー》の効果を使う! このカードを手札から捨て、サイバー・エンド・ドラゴンの効果をエンドフェイズまで無効にする!」

 

 手札から捨てることで、選択したモンスターの効果をエンドフェイズまで無効にする優秀なモンスターカード。

 それゆえできれば手札に残しておきたいカードだったが、ここを逃せば負ける以上温存している余裕はない。

 あちらとしてはすんでで防がれた形になったわけだが、しかしその表情に動きはなかった。

 

「首の皮一枚繋がったか。では、今度こそバトルだ! サイバー・エンドよ、愚かな敵対者に裁きの光を! ジャンク・ウォリアーに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 その指示を受けた三つ首の竜の頭がそれぞれ口を開け、その中に破壊の力を凝縮した光を形成していく。

 それ一つでも十分に威力を秘めた一撃。それが惜しげもなく三つ、それぞれの口腔から放たれると、空中で一つに束ねられたそれは極太のレーザー砲のようになってジャンク・ウォリアーとその後方にいる俺を飲み込んだ。

 

「ぐぁぁあああッ!」

 

遠也 LP:1600→700

 

 暴力的な光が俺の身を灼く。受けたダメージは900ポイントだが、実際のダメージはまるでそれ以上であるかのようだ。攻撃力4000の一撃は、冗談では済まない威力がある。

 俺のライフを一気に1000以下まで落とす攻撃を受け、俺はなんとか踏ん張るものの身体はよろめいた。

 だが、どうにかこらえて余裕の表情を浮かべているだろう相手に顔を向ける。

 すると、そこには予想に反して怒りを込めた目でこちらを睨む姿があった。思いもよらない感情を向けられ、俺は驚く。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ。……どうした、遠也。弱い、弱すぎるぞ! 今お前が生きているのは、ただ運が良かっただけに過ぎない! 本当ならお前の命は既にない!」

「……ッ」

 

 厳しく突きつけられた事実に、俺は言い返すことができない。

 プロとして長く戦ってきたカイザーの実力は上がっているはず。そう思ってはいたが、まさかここまで一方的にやられることになるとは思ってもみなかった。

 まさに見通しが甘かったとしか言いようがない。だからこそ、俺は反論すらできず黙るしかなかった。

 

「クク、いや俺が強すぎるからか? 所詮は遠也、貴様もただの人というわけだ」

 

 そんな俺の沈黙に気を良くしたのか、奴は己の力に酔うような口調でニヤニヤと笑う。

 あからさまに馬鹿にされている事実に苦いものを感じながら、俺はデッキトップのカードに指をかけた。

 

「ッ、俺のターン!」

 

 カードを手札に加える。

 確かに俺は見通しが甘かったかもしれない。だが、だからといって負ける道理はない。俺だって最後にカイザーとデュエルした時から成長しているんだ。

 それに、カイザーのことを助けると決めた。なら、こんなところで負けてやるわけにはいかない。

 

「カードを1枚伏せ、《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札の《ゾンビキャリア》を墓地に送り、デッキからレベル1の《音響戦士(サウンドウォリアー)ベーシス》を特殊召喚!」

 

音響戦士(サウンドウォリアー)ベーシス》 ATK/600 DEF/400

 

 その名の通り、弦楽器のベースをモデルにしたモンスター。ベースから手足が生え、自身でベースをかき鳴らす姿はいささかシュールと言えなくもない。

 ベーシスはレベル1のチューナー。そして、その効果はシンクロ召喚にとって非常に有用なものだ。

 

「音響戦士ベーシスの効果発動! このカードのレベルを手札の枚数分アップさせる! 俺の手札は2枚! よってベーシスのレベルが3になる!」

 

 自身のレベルを変動させるという、チューナーとしては得難い能力。これによって、そのレベルは1から3へとアップする。

 そして今俺の場に存在するのは、このベーシスとボルト・ヘッジホッグのみ。そしてそのレベルの合計は5。なら、することは一つしかない。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル3となった音響戦士ベーシスをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 攻撃力2200。サイバー・エンド・ドラゴンには圧倒的に及ばないが、その効果ゆえにサイバー・エンド・ドラゴンを始めとするサイバー流に対するメタカードともなり得るモンスター。

 白銀の装甲を四本の鉤爪で支える機動兵器が、金属の擦れる独特な音を響かせ青い一つ目のレンズをサイバー・エンド・ドラゴンに向ける。

 

「カタストルか……!」

「バトルだ! カタストルでサイバー・エンド・ドラゴンを攻撃! この時、カタストルの効果で闇属性ではないサイバー・エンド・ドラゴンはダメージ計算を行わずに破壊される! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

 

 カタストルが強力であると言われる所以。それは、「闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、そのモンスターをダメージ計算を行わずに破壊する」という広範囲のモンスターを対象に収めた破壊能力にある。

 光属性に大きく偏ったサイバー流にとって、これほど扱いに困るカードもない。実際、カイザーとのデュエルではかつてこのカードだけで殆ど動きを封じたこともあったぐらいだ。

 それほどのアドバンテージを持つカード。そのカタストルの青いレンズに徐々に光が集まり、一筋の光線を放とうとする。

 しかし、それを前にしても向こうに動揺は見られなかった。

 

「……かつて俺は、そのモンスターに苦しめられた。だが、俺がプロで遊んでいたとでも思っているのか?」

「なに!?」

 

 肩をすくめながら言われた言葉に、どういうことだと反応を返す。

 すると、奴はにぃっと三日月形に口を開いて笑った。

 

「クク、リバースカードオープン! 速攻魔法、《月の書》! このカードの効果により、遠也ァ……貴様の場のカタストルを裏側守備表示に変更する!」

「なッ……!」

「ソイツの効果は裏側になれば、たとえ攻撃されても発動できない。そうだったな?」

 

 その通りである。しかも既に攻撃宣言したため、メインフェイズ2で表示形式を変更させることも出来ない。

 レーザーを放つことなく、カタストルはカードが裏側になったことによってその姿はフィールドからカードの下へと隠される。

 カタストルも、今の破滅の光に乗っ取られたカイザーには脅威ではないというのか。俺はまたしても有効打を打てなかった事実に、臍を噛んだ。

 

「……ターンエンド!」

 

 エンド宣言をした俺を見て、奴がデッキからカードを引いて手札に加えた。

 

「俺のターン、ドロォ! そしてこのままバトルだ! サイバー・エンド・ドラゴンで裏側守備表示となっているカタストルに攻撃!」

「くッ、リバースカードオープン! 永続罠、《強制終了》! 自分の場のこのカード以外のカード1枚を墓地に送ることで、バトルフェイズを終了させる! 俺はカタストルを墓地に送る!」

 

 せっかく出したカタストルだが、この状況では仕方がない。他に墓地に送るカードもない以上、俺はカタストルを選択するしかなかった。

 

「ふん、難を逃れたか。ターンエンドだ」

 

 仕留められなかったことが不満なのか、鼻を鳴らしてエンド宣言をする。

 それを見ながら、俺は改めてカイザーの強さというものを思い知らされていた。手札に来るカードの引きの良さ、こっちが何をしても確実に対策をしてくる対応力。

 それはプロとして活動してきた中で、より洗練されたのだろう。去年に戦った時よりもずっとカイザーは強くなっている。

 プロの中でも実力者として評されているのは伊達じゃないということらしい。俺はライバルの成長を喜ぶと同時に、その力が今自分に大きな壁となって襲い掛かっている事実に何とも言えない気持ちになる。

 ……相手の場には攻撃力4000のサイバー・エンド・ドラゴン。俺の場にはモンスターはなし。情勢は俺が圧倒的に不利。

 だが、だからといって諦めるなんてもってのほかだ。ここは絶対に喰らいつく。そして、絶対に俺が勝つんだ。

 

「俺のターンッ!」

 

 そうしてカードを引いたところで、何か不思議な感覚を感じて俺は奴から目を離した。

 視線の先にあるのはホワイト寮だ。ちらりと横目で見れば、あちらも俺と同じくホワイト寮を見ている。

 破滅の光の意思も何かを感じたのだろうか。そう思った直後、ホワイト寮の上空へと駆け昇っていく二つの光が俺たちの目に飛び込んできた。

 光の中心には何かがいるようなのだが、生憎普通の視力しかない俺には確認できなかった。だが、代わりに奴の顔が驚愕に彩られており、やがて信じられないとばかりに声を上げた。

 

「ネオスにブラック・マジシャン・ガールだと!? まさか、本体が倒されたのか!?」

 

 そして、俺はその言葉だけで何が起こっているのかを察することが出来た。

 恐らく斎王を倒したわけではないのだろう。さすがに早く決着がつきすぎだからだ。斎王はそこまで簡単に勝てる相手ではない。

 なら、きっと十代が斎王に隙を作ることに成功したに違いない。そしてその隙をついてネオスとマナがレーザー衛星ソーラを何とかするために飛び出したのだ。

 となると、二人の目的地は宇宙となるわけだが……ネオスはともかくマナは大丈夫なのか? まぁ、ある意味宇宙のスペシャリストともいえるネオスがついているなら大丈夫か……。

 そこまで考えたところで、ふと俺の心にのしかかっていたプレッシャーが軽くなっていることに気が付く。さっきまでのどこか破滅の光の意思に気圧されていたような感覚が、薄れているのだ。

 それを自覚し、俺は苦笑した。

 なんてことはない、俺はどうやら勘違いしていたらしい。このデュエルで絶対にカイザーを助ける、破滅の光の意思に勝つ。そう思うことは悪いことではないが、どうも知らずそれに固執し過ぎていたようだ。

 俺は頭を掻き、空に昇っていく二つの光を見上げた。

 

 ――大切なのは、デュエルを楽しむこと。そうだよな、十代。

 

 今も戦っているであろう親友の姿を思い描く。俺としたことが、そんな簡単なことを忘れていたなんて。

 俺はやれやれと自分自身に肩をすくめ、憎々しげに空を見つめる男に目を戻す。

 その表情に先ほどまであった余裕は見られなかった。

 

「おい、いつまで見てるんだ。デュエルはまだ終わってないぜ?」

「ッ! ……ふん、後がないわりに威勢のいいことだ」

「どうかな。俺には今のお前の方が余裕がないように見えるがな」

 

 自分でもそれについては思うところがあったのか、図星を指された奴はカッと激情を露わにした。

 

「御託はいい! 早くターンを進めろ!」

「言われなくても、進めるさ! 俺はモンスターをセットし、ターンエンドだ!」

 

 俺の場に横向きに伏せられたカードが現れ、俺のターンが終了する。

 それを、訝しげに見て奴は唸る。

 

「モンスターをセット、それだけだと? 強制終了の効果が狙いか?」

「………………」

 

 抱いた疑問を口に出すが、しかし問われて答えるほど俺も馬鹿じゃない。

 さぁ、どうかな。そんな意味を込めて笑みを返すだけである。

 しかし、その態度はどこか焦りすら感じられる今の奴にとって、火に油を注ぐと同意の行動であるらしかった。もはや余裕などなく、表情を鬼のように歪める。

 

「忌々しい……! すぐに、何をしても無駄だとわからせてやろう! 俺のターン、ドロォ!」

 

 怒りに任せてカードを引くと、それを手札に加えて奴は大きく叫ぶ。

 

「光の前では全ての闇は取り払われる! いけ、サイバー・エンド・ドラゴン! 姿を隠した敵の姿を、光によって晒すのだ! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 三つ首から放たれる光の砲撃。それが俺の場に届く直前、セットされていたカードが反転し、そこに記されていたモンスターが俺の場に守備態勢を取って現れる。

 

《マッシブ・ウォリアー》 ATK/600 DEF/1200

 

「俺が伏せていたのは《マッシブ・ウォリアー》だ! よってその効果により、このカードの戦闘によって発生する俺への戦闘ダメージは0になる! 更にこのカードは1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない!」

 

 どれだけ高い攻撃力だろうと、貫通効果であろうと、必ず防ぎきってくれる頼もしいモンスターだ。

 しかし、それは俺にとってであり、相対する対戦者にしてみれば邪魔な存在でしかない。またも俺に届かなかった攻撃に、その表情は最早見る者に恐怖を与えるほどに禍々しいものとなっていた。

 

「面倒なモンスターだッ! 雑魚の分際でェッ! カードを2枚伏せ、ターンエンド!」

 

 歯ぎしりがこちらまで聞こえてきそうなほどに怒りを込めた声が、奴の口から放たれる。

 それは、普段のカイザーであれば絶対に言わない言葉。カードを馬鹿にするような、そんな発言は許さない。カイザーは、そんな高潔な男だった。

 

「……まさかお前の口からそんな言葉を聞くことになるなんてな……」

 

 だからこそ、その内面が違うモノであるとはいえ、同じ口からそんな言葉が吐き出されるのが悲しかった。

 しかし、それは今は言っても詮無いこと。俺に出来るのは、その言葉を否定して俺のやり方でデュエルを制することである。

 

「俺の仲間を……カードたちを、雑魚なんて呼ばせない! 俺のターンッ!」

 

 手札に引いたカードを確認し、俺の口元が僅かに緩む。

 

「よし! 俺は《調律》を発動! デッキから《クイック・シンクロン》を手札に加え、デッキトップのカードを墓地に送る。更に《レベル・スティーラー》を捨て、クイック・シンクロンを特殊召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 まるでテキサスのガンマンのように、リボルバーを構えてクイック・シンクロンが銃弾を放つ。

 それは空間に現れたジャンク・シンクロンの絵を撃ち抜いた。

 

「レベル2マッシブ・ウォリアーにレベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吼えろ、《ジャンク・バーサーカー》!」

 

 2つの星が5つの光るリングを潜り抜け、溢れ出した光から現れるのは巨大すぎる大斧だった。

 それを空気を切り裂いて一気に上段に持っていった屈強な身体に赤い鎧をまとった鬼が、明らかに超重量な斧を肩に担ぐ。

 そして、両足で地面を打ち鳴らして咆哮を上げた。その姿はまさに鬼のようであり、バーサーカーの名に相応しいものであった。

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700 DEF/1800

 

 更にここで、俺は墓地のカードに目を向けた。

 

「ジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地の「ジャンク」と名のついたカードを除外することで、相手の場のモンスター1体の攻撃力を除外したモンスターの攻撃力分ダウンさせる!」

「なにッ!?」

 

 ジャンク・バーサーカーは先に倒れた仲間たちの無念をその身に宿し闘う狂戦士。

 墓地からジャンクと名のつくモンスターがゆらりと半透明の姿を揺らしながら、ジャンク・バーサーカーの背後に控えた。

 そしてジャンク・バーサーカーの攻撃力をダウンさせる効果に、1ターンでの回数制限はない。

 

「まずはジャンク・シンクロンを除外し、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力をダウンさせる!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000→2700

 

「更にジャンク・ウォリアーを除外!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/2700→400

 

 これでサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力は元々の攻撃力の10分の1にまで下がった。それでも奴の残りライフを削りきることは出来ないが、それよりも厄介なサイバー・エンド・ドラゴンを倒すほうが先決である。

 攻撃力の差は歴然。今ならば、問題なく破壊できる。

 

「馬鹿なッ……!」

 

 これだけ攻撃力を下げてしまえば、恐れるものは何もない。

 俺はただジャンク・バーサーカーに指示を出すだけである。

 

「バトル! ジャンク・バーサーカーでサイバー・エンド・ドラゴンに攻撃! 《ジャンク・クラッシュ》!」

 

 ジャンク・バーサーカーが身の丈を超える大戦斧を振り上げ、サイバー・エンド・ドラゴンに向かって一思いに振り下ろす。

 ジャンク・バーサーカー自身の膂力に重力と加速、更に斧それ自体の重さが加わった一撃は、サイバー・エンド・ドラゴンの硬い鋼の鱗であっても一気に引き裂く力を持つ。

 そしてこれによって向こうのライフは大きく削られるだろう。当然そうなると俺は思っていたが、しかし奴はその予想を覆した。

 

「舐めるなァ! 罠発動! 《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを0にし、俺はカードを1枚ドローする!」

 

 奴の周囲に結界のような光が張られ、それがプレイヤーへのダメージを防ぎ、奴はカードをドローした。

 さすがにこれは予想していなかった。ガード・ブロックは俺が元の世界から持ち込み、好んで使うカードだが、シンクロのパックが発売されたことによりこのカードもまたこの時代では既に一般販売されている。

 それを手に入れ、カイザーはデッキに組み込んでいたのだろう。まさかガード・ブロックで止められるとは思わなかった。

 だが。

 

「モンスターの破壊は無効にできない! いけ、ジャンク・バーサーカー!」

 

 ジャンク・バーサーカーが振り下ろした斧は狙い違わずサイバー・エンド・ドラゴンの身体を両断した。その衝撃に悲鳴のような咆哮を上げ、爆散するサイバー・エンド・ドラゴン。融合で出てきたわけではないから、蘇生も出来ない。

 大金星と言っていい戦果だ。それを為したジャンク・バーサーカーが斧を担いで俺の場に戻ってくる。

 そして、ダメージこそないもののサイバー・エンド・ドラゴンを倒された奴は、倒された直後から信じられないとばかりに顔を俯かせる。

 しかしやがて顔を上げると、瞳孔が開ききった憎悪の瞳を持つ恐ろしい形相で俺を睨みつけてきたのだった。

 

「とぉやァ……ッ! よくも、よくも我が光の意思を象徴するサイバー・エンド・ドラゴンをぉッ!」

 

 犬歯を剥き出しにした、カイザーとは思えない顔つき。溢れんばかりの怒りを向けてくるその表情を、俺は真っ向から受け止めて見つめ返した。

 

「……サイバー・エンド・ドラゴンはカイザーを象徴するカードだ。断じてお前を象徴するカードじゃない! それは何よりもカイザーの誇りを象徴するカードだ! 破滅の光なんか関係ない! カイザー! お前自身を象徴する、無二の相棒なんじゃないのかよ!」

 

 光の意思の象徴などではない。サイバー・エンド・ドラゴンはそれよりもずっと前から、ただ丸藤亮という男を象徴する彼自身の誇りの代名詞とも言うべきカードだった。

 それを自覚し、誇り、更なる研鑽の先に己が相棒に相応しい男でいようとする。そんなカイザーだからこそ、この学園の生徒はみんな彼を慕ったのだろう。

 だというのに、その誇りをあろうことか破滅の光の意思などというものにいいようにされている。カイザーを頼れる先輩として、そして同時に友でありライバルとして思う俺が、カイザーの誇りを馬鹿にされて黙っていられるわけがなかった。

 

「サイバー・エンド・ドラゴンの相棒は、破滅の光じゃない! お前だろう、カイザー!」

「相棒……俺の……くッ、黙れェ! 破滅の運命に抗おうとする愚か者め……! 宇宙は生まれ、滅び、また生まれ、破滅する。この繰り返しが必要なのだと、なぜわからん!?」

「知るか、そんなの! たとえそのサイクルが本当に必要なんだとしても、お前の意思ひとつで破滅なんかさせられてたまるか! 俺にも、皆にだって……まだまだ生きて、やりたいことが沢山あるんだ! ジャンク・バーサーカーのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを守備表示で蘇生! 更にカードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 ターンが俺から向こうに移る。

 その瞬間、まるで己の中の憤りをそのままカードにぶつけるかのように、奴は思い切りカードを引いた。

 

「俺のターン、ドロォオッ! 《強欲な壺》を発動、2枚ドロォ! 更に《貪欲な壺》を発動! 墓地の《サイバー・ドラゴン》2体に《サイバー・エンド・ドラゴン》《サイバー・レーザー・ドラゴン》《プロト・サイバー・ドラゴン》の5枚をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 サイバー・ドラゴンをデッキに戻したか。なら、恐らくそこから何かコンボを決めてくるはず。俺が警戒して見ていると、奴は手札のカードを手に取りながら口を開いた。

 

「貴様のその自分勝手な考えは欲望であり、すなわち闇だ! 光はその穢れを浄化し、白く真っ新な世界を生み出す! 手札から《天使の施し》を発動! 3枚ドローし、2枚捨てる!」

 

 これで最終的に手札は4枚となった。その中から1枚を選び取り、奴は凶悪な笑みと共にそれをディスクに差し込んだ。

 

「永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動ッ! デッキから《サイバー・ドラゴン》3体を墓地に送り、発動後2回目の俺のスタンバイフェイズに《サイバー・エンド・ドラゴン》を融合召喚扱いとして特殊召喚する!」

 

 未来融合。墓地に特定のモンスターを即座に落とすという意味でも、非常に有用なカードだ。サイバー・エンド・ドラゴンを倒したのは僅か1ターン前のことだ。だというのに、こんなすぐに再びサイバー・エンドに繋げられるとは。

 その驚異的な引きに、俺は思わず言葉を失う。しかし、そんな俺の驚愕は尚早に過ぎたのだと俺はすぐに知ることになる。

 そう、奴はそこから更に手札のカードを掴んだのだ。

 

「速攻魔法、《サイバネティック・フュージョン・サポート》を発動ッ! ライフを半分払い、機械族の融合モンスターを融合召喚する時に必要なモンスターをこのカードで代用できる! その際、自分のフィールド上または墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外する!」

「な、なんだとッ!?」

 

 2ターンを待たず、即座に融合召喚!? まさかキーカードがすべて今のドローで手に入ったのか!? いったいどんな引きをしていればそんなことが出来るのか。目を見開く俺に、奴は楽しげに手札のカードを取ると裏返して俺に見せた。

 

「それは……!」

 

 カイザーと、翔。二人を繋ぐ思い出のカードにして、サイバー・エンド・ドラゴンを更なる最強のモンスターへと変える魔法カード……!

 思わず表情を変える俺を見て満足げに笑うと、奴はそのカードをそのまま発動させる。

 

「《パワー・ボンド》を発動ォッ! 墓地のサイバー・ドラゴン3体を除外し、《サイバー・エンド・ドラゴン》を融合召喚ッ! 現れろ、サイバー・エンド・ドラゴンンッ!」

 

亮 LP:3300→1650

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

「サイバー・エンド・ドラゴンッ……!」

 

 僅か1ターン。ほぼタイムラグなしで再び俺の前に現れた三つ首の機械竜。その巨体が放つ威圧感に、俺は思わず呻き声を上げた。

 だが、恐ろしいのはそれだけじゃない。このサイバー・エンド・ドラゴンは《パワー・ボンド》で融合召喚された。つまり、パワー・ボンドに備わった効果が付与されるということになる。

 

「パワー・ボンドの効果だァ! このカードで融合召喚されたモンスターの攻撃力は2倍になるッ!」

 

 その叫びに応えるように、サイバー・エンド・ドラゴンが雄叫びを上げる。

 見る見るうちにサイバー・エンド・ドラゴンの巨躯を光が覆い、その内包するエネルギーを増加させていく。それは荒れ狂う風となってフィールドを駆け抜け、俺の頬に伝った汗すら吹き飛ばしていった。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000→8000

 

 攻撃力8000……! たとえライフが8000のルールであったとしても、一撃で刈り取りワンターンキルを達成することが出来る、恐ろしいまでの攻撃力だ。

 

「最後に《サイバー・ジラフ》を召喚ッ!」

 

《サイバー・ジラフ》 ATK/300 DEF/800

 

 伝説上の生物である麒麟を模した鋼の身体。四足で思い切りカードから飛び出したそれが、あちらの場に着地する。

 サイバー・ジラフ……自身をリリースすることでこのターンにプレイヤーが受けるダメージを無効にする効果を持つカード。

 そしてパワー・ボンドはその強力な効果ゆえに大きなデメリットを持っている。それは、エンドフェイズにこのカードで融合召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを負うというものだ。

 サイバー・エンド・ドラゴンであれば、元々の攻撃力は4000。つまり、たとえライフが満ちていたとしてもその効果ダメージだけで敗北してしまうほどのデメリットなのだ。

 しかし、サイバー・ジラフがいればそのダメージは無効にできる。つまり、ここを耐えて自滅を狙うという戦術はとれないということだ。

 

「くッ……」

 

 思わず漏れる苦悶の声。それほどまでに、今のサイバー・エンド・ドラゴンは大きな脅威である。

 

「更に! 伏せてあった《砂塵の大竜巻》を発動! 相手の魔法・罠カード1枚を破壊する! 強制終了を破壊!」

「なにッ!」

 

 フィールドに伏せてあったカードが起き上がり、そこから発生した竜巻が強制終了を容赦なく破壊する。ここで長く防御役として使える強制終了が破壊されるとは……。

 思わず漏れた俺の声が聞こえたのか、奴は狂喜に満ちた顔で俺の場に手を向けた。

 

「バトルだぁッ! サイバー・エンドの光によって、消し飛ぶがいいィ! サイバー・エンド・ドラゴンでジャンク・バーサーカーに攻撃ィ!」

 

 大きく腕を振り払うようにして、サイバー・エンド・ドラゴンに指示を送る。それを受け取ったサイバー・エンド・ドラゴンは、大きな咆哮を上げて翼をはためかせると、その口腔に再び莫大なエネルギーを集束させ始めた。

 攻撃力8000の攻撃。このダメージを受けるわけにはいかない! 

 

「カイザー自身が相手ならともかく、お前なんかに負けてたまるかよ! リバースカードオープン! 《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを0にし、俺はカードを1枚ドローする!」

「だが、攻撃を止めることは出来ないッ! ジャンク・バーサーカーを消し去れ! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》ォ!」

「ぐぅッ……!」

 

 ダメージこそないが、余波だけで俺の身体が持っていかれそうになる。ダメージが実体化するこのデュエルだからこその衝撃が襲いかかっているのだ。

 

「まだだ! サイバー・ジラフでレベル・スティーラーに攻撃だ!」

「ッ!」

 

 最後にサイバー・ジラフがレベル・スティーラーに向かって突進し、体当たりによってレベル・スティーラーは破壊される。

 加えて、ジャンク・バーサーカーも破壊されたことで俺のフィールドにモンスターは0。伏せカードもなく、バトルフェイズこそ終わったものの、俺の劣勢は明らかだった。

 ゆえに、そんな俺を見て奴は愉悦に歪んだ表情を見せる。

 

「見ろ! 貴様は既に防戦一方だ! 俺はサイバー・ジラフをリリースし、このターン受ける俺へのダメージを0にする! これによってエンドフェイズに発生するパワー・ボンドの効果、サイバー・エンド・ドラゴンの元々の攻撃力分のダメージは無効だ! ターンエンド!」

「くッ……!」

 

 強い……! 言われたい放題だが、しかしそう言うだけの実力は確かにある。

 例えその意思を乗っ取られていようと、十全に能力を発揮する恐ろしいほどの強さを持ったデッキ。これが、カイザーの力。プロとして俺たちとは違うフィールドで世界中の実力者相手に鎬を削ってきた男の力というわけか。

 本当に、強い。だが……そんな男に、俺は勝ちたい!

 これがどれだけ大切なデュエルであるか、そんなことはよくわかっている。だが、何かに迫られてやるデュエルなんて、俺のデュエルじゃない。デュエルはもっと楽しくて、そして熱くなれるものだ。

 今は離れていても共に戦っている仲間の姿を思い浮かべる。そう、それこそが俺たちのデュエルだ! そしてカイザーもまた、そんなデュエルに魅せられた男だったはずだ!

 だから、ただ勝つだけじゃない。俺は俺たちのデュエルを通したうえで、このデュエルを制してみせる!

 

「――俺のターンッ!」

 

 このデッキを、カードたちを信じて、俺はデッキからカードを引いた。

 破滅の光の意思。お前なんかにカイザーの、俺の仲間をこれ以上好きにさせはしない。そんな気持ちを強く込めて、俺は自分が出来る最大の力を出すべく集中していくのだった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。