遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第51話 佳境

 

 今日と明日でジェネックスもついに終わり。

 つまり斎王が動くのは確か今日だったはず。そんなうろ覚えの知識を頼りに今日は朝から気を張っていたのだが……気が付いたら夜も深くなっていた。

 

「おかしい……どうしてこうなった……」

 

 すっかり俺の部屋と化したレッド寮の万丈目改造部屋にて俺は頭を抱えて唸る。

 ジェネックス期間中に事件が終わったのは恐らく間違いない。なので、動くとしたら今日だと当たりをつけていたのだが、違ったのだろうか。

 ひょっとして明日、最後の一日で全ての出来事は起こっていたのだろうか? あやふやな記憶が妬ましい。

 それでもどうにか思い出そうと必死に記憶を掘り返していると、不意に俺の頬に温かい何かが押し付けられる。

 反射的に目を横に向ければ、それは俺が愛用しているマグカップだった。甘い香りから察するに、ココアだろうか。

 

「――はい、遠也。さっきからどうしたの? デュエルディスクの前でうんうん唸って」

「ん……ちょっとな」

 

 押し付けられたそれを受け取り、中身を確認する。予想した通り、ココアだった。そして自分もマグカップを持ったマナが、俺の横に来てココアをすする。

 そういえば、俺はテーブルの前に座って悩んでいたが、そのテーブルにはお昼頃にレインから返してもらったデュエルディスクが置かれているのだった。

 その位置関係から、マナは俺がデュエルディスクについて頭を抱えていると勘違いしたみたいだ。

 とはいえ、マナが言っていることもあながち間違いというわけじゃない。何故なら、それも気になる事柄であるのは事実だったからだ。

 俺はカップを傾けつつ、片手でテーブルの上に置かれたデュエルディスクを手に取る。そして下から覗きこむように見れば、やはりその動力部分は横に長くなっているように見える。ここまではっきり違っていれば、勘違いではないだろう。

 十中八九、これが俺のデュエルディスクを借りていった一番の理由に違いない。俺は手に持っていたカップを置き、考察に入った。

 

「うーん……動力ってことは、モーメントだよな。一体何をしたんだ……?」

 

 じろじろとディスクを見つつ、怪訝な声が漏れる。

 レインのところからこの寮に戻ってくるまでに、俺は運よくまだ脱落していない参加者を見つけてこのデュエルディスクを使ってデュエルをすることができた。

 だが、その時は特に変わったことはなかった。じゃあなんでレインは持っていったんだ? ということになるが、こうして見てみても違いは動力部分だけ。デュエルも普通に出来たし、見た目が変わっただけなのだろうか。

 いや、わざわざレインが持って行ったうえ、返す時には寝不足にまでなっていたんだ。間違いなく何か意味があるはずだが……むぅ、思いつかない。

 デュエルディスクを受け取ってからずっと考えているのに答えが出ないというのももどかしい。しかしいくら考えても答えが出ないので、やはり俺は唸り声を上げるしかないのだった。

 仕方ない。そう心の中で溜め息をついた俺は、結局この件にについては後回しにすることにした。実際に手を施したレインがいるのだから、後で聞けばいいと思ったのだ。

 さすがに疲れて眠っているだろう今は聞けないだろうが、起きた後なら問題はないはずだ。そういうわけで、デュエルディスクについては、おいおいということでいい。

 となれば、やはり俺がいま考えるべきは斎王について、か。既に日も落ちてだいぶ経つというのに、どうしてこうも動きがないのか本当に疑問である。

 明日にはジェネックスが終わってしまう以上、絶対今日動くと思うんだがなぁ。

 結局マナが来る前の思考にまた戻ってしまう。そして何か見落としたことでもあるのかと首を傾げていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 

「誰だろ? こんな時間に」

「さぁ……。とりあえず精霊化しといてくれ」

 

 わざわざノックするってことは、仲間内の誰かというわけではなさそうだ。

 一応この部屋には俺しか住んでいないことになっているのだから、ここで事情を知らない人間にマナを見咎められても面倒である。

 そんな俺の考えがわかったのだろう、マナは頷いて実体から精霊状態へと移行する。それを確認して、俺は扉を開けた。

 

「はいはい、誰ですか……っと?」

「夜分遅くに申し訳ありません。こちらは皆本遠也さんの居室でしょうか?」

「あ、ああ。皆本遠也は俺だけど……」

 

 俺の姿を確認するや一礼してみせた目の前の人物。パリッとした淡いピンクのスーツを着こなす美人さんだが、まったくもって見覚えのない人だった。そのため、俺の返事は歯切れの悪いものになる。

 覚えがない以上人違いかとも一瞬思ったが、しかし、どうやら俺に用があるのは間違いないみたいだ。なんといっても、名指しで訪ねてきているのだから。

 とはいえ、相手が誰なのかわからなければ、俺としても対応しづらい。ゆえに、真っ先に俺は誰何するのであった。

 

「……おたく、誰?」

「申し遅れました。私、ミズガルズ王国の王子であるオージーン王子の秘書、リンドと申します」

「はぁ……」

 

 オージーン王子の側近の人か。現在においてはかなり重要な人物であるが、その人の側近が何で俺のところに? 俺はオージーン王子を遠目で見たことすらないんだけど。

 訝しむ俺に、リンドさんはもう一度頭を下げる。そして「実は折り入ってお願いが」と言葉を続けた。

 

「お願い?」

「はい。実は……」

 

 困り顔のリンドさんから告げられたお願い事。それを聴いた俺は一つ溜め息をつくと、お安い御用だとその頼みごとを引き受けるのだった。

 

 

 

 

 暗く、明かりの落とされた一室。常であれば光によって照らしだされている内部も夜に染め上げられ、シンとした静寂の中月明かりだけが内装を闇に浮かび上がらせていた。

 そんな部屋の中を、俺は音をたてないように気をつけながら進む。人の吐息が耳に入る。近くに人がいる証拠である。俺が一歩進むごとに近づいてくるそれに幾許かの緊張を抱きつつ、俺はしかし歩みを止めることはしない。

 一歩、また一歩と俺は部屋の中を進んでいく。そして、ついに俺は目的の場所へとたどり着いたのだった。

 

「………………」

 

 先程から聞こえてくる呼吸音はもはや目と鼻の先。ここで気を緩めれば、ここまで無音出来た努力が水泡に帰すと考えて間違いない。

 そんな思考が心を乱す。しかし俺は心を落ち着かせ、すっと息を吸い込んだ。

 リンドさんからの頼まれごと、それを今こそ叶える。

 そう心の中で自身に誓い、俺は口を開いた。

 

「――起きろぉッ! 十代ッ!」

「うわぁッ! な、なんだぁッ!?」

 

 俺が大声を出すと、驚いた十代が飛び起きる。寝惚け眼で暗い部屋の中を見渡し、すぐ横に立つ俺に気付くと、一拍置いた後にはぁっと大きく息をこぼした。

 

「……なんだ、遠也か。心臓に悪いぜ、まったく……」

「悪いな。寝てる姿を見たらこう、悪戯心が刺激されて」

「お前ってたまにそういう突拍子もないことするよな。マナも止めてくれよ」

『ごめんね、十代くん』

 

 ほんの少しの笑みを混ぜつつマナが謝れば、ちぇ、と十代は唇を尖らせた。

 

「悪かったよ。……でも、起こしたのは悪戯目的じゃないぞ」

「は?」

 

 俺の言葉に、十代がどういう意味だと言わんばかりに怪訝な顔になる。そして、それと同時に三段ベッドの中段と上段からも聞き慣れた寝惚け声がぼそぼそと二つ聞こえてきた。

 翔と剣山、今日はここに泊まってたのか。まぁ、それはいいや。それよりも外に待たせている人のことを話しておかないと。

 

「お客さんだ、お前に」

 

 俺は指を扉の方に向け、十代にそう告げる。要するにリンドさんは十代が寝ていたため、十代と仲がいい俺を訪ねてきた、とそういうわけだったのだ。

 そして十代は、やはりよくわからないという顔で首を傾げていた。

 その後部屋の電気をつけると、目を覚ました十代、翔、剣山の三人が着替えを行う。それが終わったところでリンドさんを部屋の中に呼ぶと、やはりリンドさんはまず礼儀正しく頭を下げるのだった。

 それを受けた後、俺たちは部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台を囲む。そうして一応の話を聞く態勢が整ったところで、早速十代が切り出した。

 

「……俺に用があったみたいだけど、なんでだ? 別に俺はオージーン王子と知り合いってわけでもないぜ」

 

 心底わからないといった顔で、十代が問いかける。俺が十代にリンドさんの立場を話した時も、十代は不思議そうだった。十代は確かにオージーン王子のデュエルを見たらしいが、一言も言葉を交わしてはいないという。

 それなのに何故。その疑問は俺たち全員が抱いているものだ。繋がりが全く見えない今回の訪問は、あまりに不自然である。

 じっと俺たちが見つめると、リンドさんはどこか気後れ気味であったが、やがてはっきりと顔を上げて俺たちを……そして十代を見る。

 そして、大きく頭を下げるのだった。

 

「お願いします! 王子を……そして世界を、救ってください!」

「……はぁ?」

 

 思わずといった感じで十代の口から飛び出る素っ頓狂な声。しかしそれも仕方がないだろう。いきなり世界を救ってくれなんて言われたら、大抵の人間の反応なんてそんなものだろうさ。

 どういうこっちゃという顔をしている十代の肩を、俺は横からポンと叩く。

 

「まぁ、とりあえず詳しい話を聞いてみよう」

「お、おう。そうだな」

 

 俺の提案に十代が頷き、同じく疑問顔だった翔と剣山も首肯する。

 そして再び顔を上げたリンドさんに目を合わせると、リンドさんは一度目を伏せてゆっくりと今の発言に至った経緯を話し始めるのだった。

 

 

 

 

 リンドさんの話を聞き終わった俺たちは、難しい顔をして押し黙る。特に十代は自分が渡されたものの重さをひしひしと感じるらしく、その表情はさすがに強張っていた。

 斎王によって操られているオージーン王子。それによって斎王の手に渡ってしまったレーザー衛星ソーラの鍵。まさしく世界を滅ぼすことすら夢ではない兵器を動かす最後の欠片が自分の手にあると知った十代の気持ちは察するに余りある。

 斎王がこれを十代に渡したのは、斎王本来の心の最後の抵抗だったのだろう。自身が破滅の光の意思に呑まれようとする中、そうはさせまいとこうして希望を繋げた斎王本来の人格。その心の強さは見事と言う他ない。

 そして、オージーン王子のこともある。リンドさんいわく、本当は人を思いやりそれゆえに自身に我慢を強いる優しく立派な人なのだそうだ。しかし、それも今は斎王の言う通りに動く操り人形のような有様。

 それを見続けることしかできなかったリンドさんの悲痛な声は、俺たちの心を打った。そして、リンドさんがもたらしてくれた情報。オージーン王子が鍵を取り戻すため十代に挑もうとしているというのだ。

 それを知ったからこそ、リンドさんはオージーン王子と相対するであろう十代に助けを求めに来たのだという。斎王が危険視し、同時にソーラの鍵を託すほどに期待を寄せる。そんな十代に、リンドさんも希望を見出したというわけだ。

 王子とのデュエルに勝利し、どうか王子を救ってほしい。そう最後にもう一度言って頭を下げたリンドさんに、十代はポケットから鍵を取り出してじっとそれを見つめる。

 

「世界を救うとか、そういうのは正直よくわからない。けど……」

 

 俯きがちにそう言った後、十代は顔を上げて鍵を強く握りこんだ。

 

「アンタの大事なオージーン王子のことは、絶対に元に戻してみせる! 約束するぜ!」

 

 根拠も具体性も何もない。しかしそう断言する十代には、不思議と説得力を感じられた。同じものをリンドさんも感じたのか、その答えを聞いて強張っていた表情がほころんでいく。

 

「十代さん……! ありがとうございます……」

 

 今度は感謝を込めて頭を下げるリンドさんに、十代は一層決意を固めたのかその表情を真剣なものにして一つ頷くのだった。

 

 

 

 

 そして俺たちは準備を整えると、王子が来るのを待つのではなくこちらから出向いて戦うべく、立ち上がった。

 そして、さぁ行こうというところで翔が何かに気付いたのか、あ、と声を出した。

 

「そういえば、デュエルはどこでするんすか?」

「決まってるだろ。いつものステージだよ。こんな暗い中でデュエルとはいかないだろ」

 

 当然とばかりに十代が返せば、翔は難しい顔になった。

 

「でも、僕あのステージどうやって使うのかよく知らないんすけど……」

「そんなの、適当に電気つければ何とかなるドン」

「いや、あれって確か照明とは別だったと思うよ」

 

 剣山の意見に、翔がそれじゃ駄目だと首を振る。

 確かに、あのステージの使い方は俺もよく知らない。十代、翔、剣山も知らないようだし……ふむ。

 

「よし、十代」

「ん、なんだ?」

「困った時の明日香だ。明日香なら知ってるかもしれないし、ダメでも何かいい案をくれるに違いない」

「そうか! えーっと……」

 

 まぁ、お休み中の明日香には申し訳ないが。俺のアドバイスにPDAを取り出して明日香に連絡を取り始めた十代を確認し、俺は一つ頷くと彼らから離れて部屋を出ようとする。

 

「遠也先輩、どこ行くザウルス?」

 

 そんな俺に気付いた剣山が声をかければ、この場にいる全員の視線が俺に向けられる。作業をしていた十代も手を止めていた。

 俺は靴を履いて外に出る準備を整え、こちらを見ている皆に振り向いた。

 

「ちょっとな。そういえば、もう一つの鍵はどうなってるのかと思ってさ」

「もう一つの鍵……エドか!」

「ああ」

 

 斎王が鍵を渡したのは十代だけではない。もう一人、エドにも同じものを渡しているのだ。

 ならば、エドの方にも何らかのアプローチがあってしかるべき。そう考えた俺は、一度港の方に行ってみようと思ったのである。

 そう考えを伝えると、誰もが納得したのかなるほどと頷く。そしてその中で十代が一歩前に出て俺の顔を見た。

 

「わかった。王子の方は俺たちが何とかするぜ。遠也もエドの方で何かわかったら教えてくれよ!」

「ああ、そっちは任せた。んじゃ、行ってくる」

 

 皆に手を振り、外に出る。

 そして、宣言したとおりに俺は港の方に足を向けた。オシリスレッドの寮から真っ直ぐ校舎に向かい、石畳の道に出る。そこまでくれば、あとは港まで坂道を下って行けば一直線だ。

 本当はオシリスレッド寮の裏手にある崖を降りて崖沿いに歩いていった方が早いのだが、道がない以上はこちらで行くしかない。詮無い考えにきりをつけ、この島の玄関口でもある港まで途切れずに続く石畳の上を歩いていくこと、しばし。

 たどりついた港は、夜の闇に包まれてどこか不気味な印象を受ける。波止場に打ち寄せる波の音だけが響くそこに足を踏み入れ、注意深く辺りを見回した俺は、そこにあるべきものがないことに気が付いた。

 

「エドのクルーザーがない」

『そういえば……』

 

 マナもきょろきょろと港の隅々まで見渡すが、やはりその船の姿を見ることはなかった。

 エドは間違いなく何処かに出かけていっている。うろ覚えの知識では、確かにこんなことがあったような気もするが、なぜエドはこの時期に島を離れたのだったか思い出せない。

 まるで喉に小骨が引っかかったかのような、気持ち悪さ。それを払拭すべく自身の記憶を掘り起こしていると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「こんな時間に何をしているんだ、遠也」

 

 突然背中にかかった呼び声に、俺ははっとなって振り返る。そして、そこにいた人物に目を見開いて驚いた。

 

「お前……カイザー! なんでここに!?」

「明日がジェネックス最後の日だと思うとなかなか寝付けなくてな……。散歩をしていたら、お前を見つけたんだ」

「それで後をつけたってか。趣味悪いぞ」

「ふっ、すまんな。……それより、俺の質問に答えてもらっていない。こんな時間に港に来るとは、何かあったのか?」

 

 一度は笑みを見せた顔から一転、真面目な表情になったカイザーに、俺も真剣な態度をとる。そして、エドの姿が見えないことをカイザーに話すのだった。

 俺の話を聞き、カイザーも港を見渡す。そして、ここにいつも停泊してるエド所有のクルーザーがないことを確認し、眉を寄せた。

 

「確かに、エドの船がない。こんな時間に何処かに出かけたのか……?」

 

 カイザーと二人、頭を悩ます。

 こんな夜中に出かけるとは普通なら考えづらいが、エドの船がない以上はその普通ではないことが起こっていると考えるのが自然だろう。問題はエドが何故出かけたのか、だ。俺が覚えていればよかったんだが、生憎と既に記憶から抜け落ちているため、見当がつかない。

 それは心当たりのないカイザーも同じだったのだろう。じっと思考に耽っていたカイザーは、ゆっくり顔を上げると口を開いた。

 

「……こうして悩んでいても仕方がない。それよりも、俺はこのことを鮫島校長に話に行って来ようと思う」

「校長に?」

「ああ。俺が校長から《究極のD》の捜索への協力を依頼されていることは、似た立場であるお前なら知っているだろう」

「まぁ」

 

 俺もペガサスさんから協力を請われている身だ。エドの仇である父親を殺した犯人、そいつが持っているはずの《究極のD》。その行方を、ペガサスさんと鮫島校長は探しているのだ。

 何故なら、その究極のDのカードは破滅の光に汚染されていて危険だからだ。尤も、二人はその持ち主がエドの父親を殺した犯人だとは知らないようだが。

 ……って、あ。

 

「エドはそのDの関係者ということで、校長も特別気にかけている。こんな時間に一人出かけたことを知れば、何かしらの手を打ってくれるはず……どうした?」

「い、いや、なんでもない」

 

 カイザーからの訝しげな問いに、俺は平静を装って返答する。

 しかし、その実俺の内心はようやく思い出したエドが出かけた理由で一杯一杯になっていた。

 そう、そうだ。エドは自身の保護者でもあるプロデュエリストDDのもとに行っているはずだ。確かDDこそがエドの父親を殺した犯人で、究極のDのカードを持つ現所有者。その彼からの呼びかけで、出かけたエドはそこでDDと相対し、過去に決着をつける。

 そうだ。そうだった。ということはつまり、今エドはDDのところで戦っているということになる。

 出来れば俺も力を貸したかったが、この時点まで来てしまっては俺に出来ることはもう何もないだろう。あとは、エドが勝つことを祈って俺は俺に出来ることをするしかない。

 そう内心で蘇った知識と現在の状況に折り合いをつけると、俺は校長に知らせてくるといったカイザーに向き合った。

 

「じゃあ、校長に知らせるのはお願いしてもいいか? カイザー」

「ああ。お前はどうするつもりだ?」

「とりあえず、十代のところに合流するよ。今頃十代は鍵を賭けてデュエルしているはずだし」

「なに? どういうことだ」

 

 寝耳に水といった様子のカイザーに、そういえばそのことについては何も説明していなかったことを思い出す。

 なので、俺は十代の部屋での出来事を短くまとめてカイザーに聞かせる。それを聴き終えて成程と頷いたカイザーは、それなら十代のところに行く方がいいだろうと俺に十代との合流を促してきた。

 もとよりそのつもりであった俺は、それに首肯する。実際にデュエルをしているのは十代だが、しかしだからといって何もできないわけではないはずだ。特に、俺の場合は俺の存在そのものが意味を持つこともあり得る。

 

「どうも俺の運命って奴は斎王に見えないらしいからな。俺がいれば、向こうの予定を崩すことが出来るかもしれない。それだけでも行く価値はある」

 

 奴自身からも聞いた、俺のこと。

 運命が見えないということは、俺は相手にとって不確定要素ということだ。予定調和の中にそういった要素が入り込むことは、向こうの計算を崩す可能性が大いにある。あちらの最終目的が地球の破滅である以上、どんな理由であれその予定を崩せるのならば万々歳だ。

 そんな俺の言い分にカイザーも頷くと、俺たちは揃って校舎の方に戻り始める。校長のいる場所を俺は知らないが、カイザーならば連絡先も知っているだろうし安心だ。

 校舎に辿り着いた俺たちは、それぞれの目的のために別れる。廊下を進むカイザーの後ろ姿を見送り、俺は俺で十代がデュエルをしているであろういつものステージへと足を速める。

 通い慣れた通路を進み、ステージを目指す。脇目も振らず進んでいくが、ふと道の途中にある教室のドアが僅かに開いて光が漏れているのが見えた。

 今は夜も遅い時間だ。俺たちのような事情がない限り、こんな時間に人はいないはず。となれば、電気の消し忘れだろうか。それとも、ここは外部の大会参加者用の宿泊用として開放された教室とか。それでもこんな時間に煌々と明かりをつけるのは非常識だが。

 確認しようと俺は僅かに開いたドアに手を挟み、ゆっくり開く。中を見渡すが、誰もいない。ということは、電気の消し忘れで間違いないようだ。

 面倒な、と思いつつも電気を消すぐらい大した手間でもない。俺は電気を消すべくスイッチのある場所を思い返しながら教室に入る。

 その瞬間、背後で扉が勢いよく閉まる音が響き、慌てて振り返った時には扉は完全に閉じられていた。

 

「なっ!?」

 

 すぐに入口にとって返し、俺は扉に手をかける。しかし、うんともすんとも言わない。思いっきり力を込めるが、それでも開かない。

 自然にこうなったとは考えにくい。十中八九、俺は閉じ込められたとみていいだろう。そして、こんなことをしてくる相手はただ一人。

 

「斎王……地味な手を使ってきやがって……」

 

 しかし有効であるのは事実だった。見るからに怪しいというのに、まんまと引っかかった俺は自分を責める他ない。思わず歯ぎしりをする俺を、マナが苦笑いで見ていた。

 

『でも、どうするの遠也。私が魔法使えば一発だけど』

「いきなり物騒だなおい。さすがに壊すのはまずいし、とりあえず何とか出られないか試してみよう」

 

 幸いと言うべきか、エドの件に関して俺に出来ることは既になく。十代と王子の件に関しては、十代に任せておいて大丈夫だろう。

 ただ、ジェネックスの残り時間が明日……というより、もうとっくに今日か。この一日だけであることを考えると、この後に斎王との決戦が待っていると考えられる。なので、それには絶対に間に合うようにしなければならない。

 最悪の場合は、マナが言うように扉を破壊して行くしかない。とはいえ、それは最後の手段だ。せめて十代が王子とのデュエルに決着をつけるまでの間は、脱出する手がないか探そう。

 そういうわけで、俺はマナの手も借りつつどうにかして出られないかと検証を開始する。とはいえ、案の定ドアは全てロックされており、元から窓は存在しないため論外。結局出入り口が全て閉まっている時点でどうしようもなかった。

 それでもさすがに壊すのはどうかということで検証し続けたが、結局脱出する手段は見つからなかった。

 そうこう奮闘している間に俺のPDAに連絡が来る。当然と言うべきか発信者は十代。内容は『王子に勝ち、これから斎王のところに向かう』と簡単に言えばこんな所か。

 いよいよここまできたか、と俺は気を引き締める。『わかった、すぐ行く』と返信を返し、PDAを仕舞う。そして、横にいるマナに目を向けた。

 

「マナ、頼む」

『わかった。――せーのおっ!』

 

 バチバチと火花を散らした魔力の塊がポップな杖の先端に現れ、それを上段に構えたマナが一気に振り下ろす。

 杖から離れた魔力塊は一気に扉に向かっていき、接触した瞬間に大きな爆発音を響かせる。もちろん俺はそれを机の下に隠れて見ていた。近くでいたら巻き添えを食らうのは必至だからである。

 そして、さすがは上級魔術師と言うべきか。マナの放った魔力攻撃は扉をあっさり破壊して通路への道を開いてくれた。黒く焦げてひしゃげた扉の残骸については、ひとまず触れないようにしておこう。この弁償額とか考えて憂鬱になるのは後でいい。

 とにかく、この教室から出られるようになった。それこそが重要なのだから。

 

「よし、いくぞマナ!」

『うん!』

 

 俺たちは教室を飛び出し、更にそのまま外に向かう。十代は既に斎王の元へ向かっているはずだ。ならば、俺も真っ直ぐそこに向かう。

 斎王がいるであろう場所……光の結社の本拠、ホワイト寮へ。

 

 

 

 

 ホワイト寮に向かう途中、墜落したヘリコプターと、それに乗っていたのだろう怪我をした鮫島校長とパイロットの男性を、明日香が介抱している姿があった。

 何があったのかと尋ねれば、校長いわくエドを迎えに行った帰りにそのままホワイト寮に向かい、エドが単身飛び込んだところでヘリが落雷に遭って墜落したとか。

 どうやらカイザーは言っていた通りにしっかり校長に話を通してくれたらしい。帰ってくる際に落雷に遭ったのは運がなかったが……。

 事情を聴いた俺は、次いで、明日香を手伝った方がいいのだろうかという衝動が鎌首をもたげてくる。しかし、それを察した明日香が俺を手で制した。よほど顔に出ていたらしい。

 明日香は言った。十代たちのほうに行ってくれ、と。更にこう苦笑と共に言葉を添えた。

 

「……残念だけど、私に出来ることは少ないわ。けど、遠也ならきっと十代の助けにもなれる。だから、お願い」

 

 己自身を力不足だと断じるその言葉に、明日香が何を思っていたのかはわからない。しかし、その寂しげな表情からその内心を思い量ることは出来る。

 だからこそ、俺はただ頷いて明日香たちに背を向けた。

 今は十代たちと共に斎王と……破滅の光と戦う時。そう明日香の言葉で決意を固めた俺は、ただ森の中をひたすらに走る。

 藪を抜け、木をかわし、森を抜けた先にある湖を挟んで建つホワイト寮。その全容を視界に収めた俺は、一気に内部にまで入ろうとして……一度踏みとどまって茂みに身を隠した。

 

「くそ、人が出てきた」

『ホワイトの生徒たち……そうか、ジェネックスのためだね』

 

 うっすらと空に明かりが見え始めたこの時間。ジェネックスに参加するために生徒たちが起き出したということだろう。ホワイトの寮からは多くの生徒がデュエルディスクを着けて出てきていた。

 厄介だ。強行突破してもいいが、そうなるとどうしてもデュエルになってしまう。修学旅行ではアンカーまでつけられて強制的に戦わされたぐらいだ。俺が乗り込むとなれば、あの時と同じく全力で阻止してくるだろう。

 だが、かといってこのままでいるわけにもいかない。こちらは出来るだけ早く十代たちの元に向かいたいのである。エドも先に乗り込んでいるというし、どうなったか心配なのだ。

 それゆえ、気持ちが徐々に焦り始める。こうなったら無理やり押し入るしかないか、と思い始めたところで、俺は後ろから聞こえてくる足音に気付いたのだった。

 はっとなって振り返れば、そこには共に支え合いながらも急ぎ足で歩く男女二人組がいた。

 

「遠也さん……何故ここに?」

「そなたは確か、遊城十代の友人、だったか」

「リンドさん! それに、オージーン王子!」

 

 斎王に操られ、十代とデュエルした時に体力を消耗したのか、王子はリンドさんに肩を借りて歩いている。

 怪訝な顔をして近づいてくる二人を見て、俺は妙案を閃いた。これならデュエルせずとも寮の中に今すぐ入ることが出来る。俺は二人に駆け寄ると、即座に頭を下げた。

 

「王子! 王子に頼みがあるんです!」

「余に?」

 

 突然の言葉に疑問符を浮かべる王子に、俺は作戦を説明する。

 そして、それを聴いた王子は快く引き受けてくれたのだった。

 

 

 

 

 寮の前に陣取る多くのホワイト生徒。彼らはジェネックス最後の日を光の結社の優勝という形で幕を引くため、打ち合わせをしているようだ。

 数人で固まり、がやがやと話し込んでいるホワイト生徒。そこに向かって、オージーン王子が貫録たっぷりに歩いていく。

 

「何をやっている?」

「誰だ? ……こ、これは王子! 斎王様のところにいらっしゃったのでは?」

 

 最初は鬱陶しそうな顔を見せたホワイトの生徒の一人だったが、相手が王子だとわかると途端に下手に出てへりくだる。それは王子が来たことに気付いた他の生徒も同様だ。

 何故なら、万丈目に続いて明日香もいなくなった今の光の結社において、王子は斎王に次ぐ発言力を持つ言わば幹部だからである。ホワイトの生徒がそれを知らないはずはなく、斎王がバックに控えている王子に強く出られるわけがなかった。

 

「その斎王様からの伝言だ! 各人奮起し、ジェネックスを通して世界を白く染め上げろとな! ぼさっとするな、行け!」

「ッ! は、はい!」

 

 王子が強く言い放つと、生徒たちは驚きつつもどこか喜びを顔に見せて、背筋を正す。

 そして一塊になったまま大勢で勢いよく走りだすと、森の中へと向かっていった。他の参加者を見つけ出し、数で食い物にしてやろうという魂胆なのだろう。

 そんな彼らを威厳を持った姿勢のまま王子が見送る。そして完全に彼らの姿が見えなくなったところで王子は肩の力を抜き、それを見た俺とリンドさんは隠れていた茂みから王子の元へと向かった。

 再びリンドさんに肩を借りた王子が、俺のほうに顔を向ける。

 

「……これで良かったのか?」

「はい。ありがとうございます、王子」

「よい。斎王に一泡吹かせられるなら、この程度苦労にも入らぬ」

 

 にやりと笑った王子に、俺も笑みを返す。そして、そんな俺たちをリンドさんが苦笑して見ていた。

 俺が取った作戦は至ってシンプルだ。王子に斎王からの伝言だと嘘をつき、彼らをやる気にさせてここから離れさせる、それだけのもの。

 王子が十代に負けて斎王の呪縛から解き放たれているからこその作戦だ。王子が解放されていることを知る術は彼らにはないのだから、見破られる心配もない。

 唯一それを知る斎王は、自身の喉元にエドと十代が乗り込んでいる現状、そんなことをわざわざ彼らに教える余裕はないはずだった。

 そういうわけで、こうして無事作戦成功とあいなったわけである。

 おかげで、ホワイト寮の入口を遮っていた生徒たちは一人もいなくなった。これで問題なく斎王の元に行けるというわけだ。

 

「それじゃ、行きましょう。王子、リンドさん」

「うむ」

「ええ」

 

 二人の返事を受け、俺たちは一緒にホワイト寮へと乗り込んでいく。かつては俺も住んでいたオベリスクブルー寮。そのため内部がどうなっているかは把握しているが、斎王がどこにいるかまでは判らない。

 そのため王子に顔を向けると、王子は真っ直ぐに上を指さした。

 

「最上階の一室。そこに斎王の部屋がある。そこから地下に繋がる秘密の階段を奴は持っていたはずだ」

「そんなのいつの間に……まぁいいか」

 

 いくらなんでもそこまで大規模な工事なら気付いたはずだが、好き好んでホワイト寮に近づく奴はいなかったので実際のところは判らない。

 ともかく、そこに斎王がいるとわかればそれでいい。

 俺たちは一目散に階段を駆け上がり、斎王の部屋に向かう。王子の案内を受けつつ辿り着いた部屋の扉を蹴り破り、中に押し入る。するとリビングの壁に人一人が通れる入口が出来ているのが見て取れた。

 中を覗き込めば、そこには電灯によって照られた下へと延々に続く階段がある。王子の言う通り、ここで間違いなさそうだ。

 俺は王子とリンドさんを見る。すると、二人は頷きを返してくれた。

 そして、俺は二人には見えていないだろう相棒に目を移した。

 

『うん、気を付けてね遠也』

「ああ。……行くぞ!」

 

 そして、俺たちは一気に階段を駆け下りて下を目指す。ここに来るまでに幾分回復してきたのか、王子もリンドさんの手を借りずに一緒に走ってきている。

 長く続く階段。それをひたすら下って行った俺たちは、やがて終着と思われる通路に出た。平坦な地面に降り立ち、前を見る。そこには、大きな広場に繋がる入口が見え、翔と剣山の背中も見ることが出来た。

 ようやく追いつくことが出来たようだ。二人の背中からそれを確信し、俺たちはその広場に向かって駆け出した。

 

「翔! 剣山!」

「ッ、遠也くん!」

「遠也先輩! 無事だったドン!」

 

 俺が姿を見せると、翔と剣山が揃って振り返って安堵の表情を見せる。

 そして、こちらに気付いたのは二人だけじゃない。広場の中央、巨大な女神像の前で対立する十代と斎王もまた、俺やともに来た王子とリンドさんに気付いたのである。

 

「遠也! あれっきり連絡がつかなくて、心配したぜ!」

「悪いな、十代。こっちも教室に閉じ込められたり、色々あったんでな」

 

 十代にそう返しつつ、俺はじろりと斎王を見る。あんな地味な手を使ってきやがったおかげで十代と王子のデュエルは見れなかったし、こんなに遅れてくることになるし、散々だ。

 そんな恨みを込めた視線だったが、斎王はふんと鼻を鳴らしただけだった。

 

「何のことだ。しかし、なかなかいいタイミングで来たようだ」

 

 何のことかわからないだと? 自分でやったくせに何言ってやがる。

 そう思わず反発しそうになった俺だったが、しかし斎王がその視線を俺たちから女神像に移したことで、俺の口の中から反論が出てくることはなかった。

 女神像に目を移した斎王に続き、俺もまたそちらを見る。そして、その左手の上に乗せられたものに大きく目を見開いた。

 

「あれは……エド!」

 

 左手の上に乗せられているのは、間違いなくエドだった。しかし、気を失っているのかピクリとも動かない。

 恐らくは斎王と戦い、エドは敗れたのだろう。しかし、なぜあんな場所にいるのかはわからない。どういうことだと問いかければ、斎王は心底可笑しいとばかりに笑い声をあげた。

 

「ククク……! あの女神像の右手にはソーラの起動キーが1つ置かれている。しかし、本来はキーが2つ揃ってあの両腕は釣り合うのだ。私がストッパーを外せば天秤となっている女神の両腕は傾き、エドは下に真っ逆さまだ。見ろ!」

 

 斎王は女神像の足元を示す。その指先を追って俺たちもそこを見れば、女神像の足元には溶岩が顔を出しているのが見て取れた。もしエドが落ちるなんてことになれば、間違いなくエドの命はないだろう。

 

「まさか……あんなのソリッドビジョンだドン!」

「いや……斎王はやるといったらやる。あれは本物の溶岩のはずだ」

 

 剣山が思わずといった様子で否定したのを、横から王子が苦々しい顔で訂正する。

 いわく、今の斎王に人間らしい倫理は存在しない。あそこにエドを落とすことに躊躇いなんてものはないだろう、と。

 それを聴いた剣山は押し黙る。そして、同じくそれを聴いていた十代も切羽詰った顔になって懐から鍵を取り出すと、それをじっと見つめた。

 

「クク、エドの命は貴様の手に握られているわけだ! 貴様が鍵を乗せれば、エドは助かるがね……そら、ストッパーを外すぞ!」

「お、おい! やめろ!」

 

 斎王に十代は焦った声で制止を呼びかける。しかし、斎王は笑みを浮かべると全く躊躇することなく指を鳴らし、それを合図に女神の腕は徐々に傾き始めてしまった。

 釣り合っていない天秤は、エドが乗った腕を溶岩に近づけていく。それを見た俺は舌打ちをして、隣のマナに小声で呼びかけた。

 

「マナ!」

『うん!』

 

 まずは人命優先。俺の意思を正確に汲み取ったマナは、すぐにエドの方に向かう。

 精霊状態のままなら斎王には見えないはず。そう考えたのだが、しかしそうは問屋がおろさなかったようだ。

 

「甘いわぁ!」

「なっ!?」

 

 突然斎王が叫んだかと思うと、奴はその手から白い光を放ってマナの進行方向を遮る。

 あいつ、精霊が見えないはずじゃなかったのか? いや、それはあくまで斎王が言ったことだ。もしかして、破滅の光の意思には精霊が見えているのだろうか。そしてそれが表に出てきている現在、精霊は目視できると。なんて厄介な。

 だが、マナを舐めてもらっては困る。最上級魔術師の弟子は伊達じゃない。それに、去年にマハードに叱られて以降、しっかり修行もしていたんだ。それは着実にマナの実力を上げているのである。

 

『このぉッ!』

「ぬぅ……!」

 

 マナが杖から放った黒い魔力の砲撃が斎王の光の波動を押し返す。そして、その時間があれば十分。マナはすぐさまエドに近寄ると実体化し、エドを抱えたまま滑るように女神の手の上から脱出する。

 急いだためか上手く着地できず二人とも倒れ込んでしまったが、これでエドを助け出すことには成功した。

 

「よっしゃあ! さすがマナだぜ!」

 

 それを見ていた十代がマナに向けてガッツポーズを見せる。しかし、それを受けたマナは険しい表情で十代を見た。

 

「十代くん! 油断しちゃダメ!」

「もう遅いわぁッ!」

 

 マナの忠告が十代に届くと同時に、十代の手に向かって斎王が放った光の波動が命中する。

 その衝撃にたまらず十代はよろめき、それと同時に手に握っていたソーラの鍵が宙に放り上げられてしまう。

 そして、それを見越していた斎王は光によってその鍵を回収する。俺たちはエドを助けることが出来た。しかし、結果として鍵の一つを斎王の手に渡すことになってしまったわけだ。

 

「くっ、しまった!」

 

 自身の油断によって鍵を奪われた十代が悔しそうに斎王を見る。それに口が裂けんほどの凶悪な笑みを見せた斎王は、続いて女神像の右手に乗っていた鍵に波動を向ける。

 マナがそれを防ごうと再び攻撃を放つが、態勢が整っていないマナのそれは斎王によけられてしまう。結局、斎王は二つの鍵を回収してしまった。

 

「ククク、ついに世界を破滅させるピースが我が手に揃った! ――オージーンッ!」

 

 鍵を握った斎王は、突如こちらを振り向いてオージーン王子を見据える。王子を見る斎王の目は怪しく輝いている。何かまずいことになると思い王子の前に立とうとするが、身体がマヒしたかのように動かない。

 俺はせいぜい斎王を睨むぐらいしかできなかった。

 

「オージーンよ! 今こそ目覚め、ソーラを起動させるのだ! そして、この世界を破滅させろッ!」

「……はい、仰せのままに」

「王子!?」

 

 平坦な声で斎王に同調した王子に、リンドさんが驚きの声を上げる。そして王子に近づこうとするが、やはり体が動かないのかリンドさんはもどかしそうに王子を見るしかない。

 そして、そんな俺たちの前で斎王は手に持っていた鍵を王子へと勢いよく投げる。それをしっかりと受け取った王子は、脇目も振らずに今来た道を引き返していった。

 

「くっ……!」

 

 なんてこった。まさか王子の洗脳は完全に解けたわけじゃなかったのか。それだけならまだしも、ソーラの鍵が向こうの手に渡ってしまうとは……。

 しかし、まだ王子は本調子じゃないはず。今追いかければ確実に追いつける。だが、身体が動かない。身体さえ動けば……って、あれ?

 

「動く? さっきは動かなかったのに……」

「ぐぐぐ、俺は動かないザウルス」

「ぼ、僕も……」

 

 剣山と翔はやはり身体が動かないようだ。リンドさんも同じく、動かない身体に苦しそうにしている。

 なら、なんで俺だけが?

 不思議に思っていると、斎王がちっと舌打ちをした。

 

「精霊の加護か。忌々しい!」

 

 吐き捨てるように紡がれた台詞に、俺は一つの納得を見る。確かに、この中で精霊と心を通わせることが出来るのは十代と俺だけ。十代を除けば俺だけだ。剣山と翔が動けないのは、それが理由なのだろう。

 そして、動けるようになったなら俺がすることは決まっている。俺は即座に十代たちに背を向けた。

 

「十代! こっちは任せろ! お前は斎王を倒しちまえ!」

「ああ、任せとけ! 頼んだぜ、遠也!」

「おう!」

 

 俺は片手を突き上げて十代の声に応える。そして、全力で走り出して王子の後を追った。エドを翔たちに任せたマナも俺に続き、俺は長い階段を上り始める。

 その後、広場から聞こえた「デュエル!」の言葉。ついに始まった十代と斎王の最終決戦に心の中で応援しつつ、俺は俺が今するべきこと。人工衛星ソーラ発射の阻止に向けて、ひたすら足を動かす。

 階段を登り終えた俺は部屋の中に王子がいないことを確認すると、すぐさま斎王の部屋を飛び出して外に向かう。

 部屋を出てしばらく走り、エントランスホールに辿り着く。そこにはちょうど外に出ようとしている王子の姿があった。その手には小さなジュラルミンケースが握られている。あれが起動装置ということだろうか。

 互いの距離はもう50メートルもない。確実に追いつける。そう確信した俺は走るスピードを上げ、王子が外に出るのから数秒遅れて外に出た。

 日差しの中、森の方へと逃げる王子の背中を見る。すると王子は前方から来る誰かとぶつかり、一瞬体勢を崩したようだったが、そのまま森の中へと入って行ってしまった。

 ………………。俺は、その王子とぶつかった男に声をかけた。

 

「カイザー」

「遠也か。何かあったのか?」

 

 そう、王子がぶつかった男とはカイザーだったのだ。オベリスクブルーの制服を模した白いジャケット。そして少々大きめのジュラルミンケースを手に持ち、不思議そうな顔をしている。

 俺は問いかけてきたカイザーに答えを返した。

 

「ああ。人工衛星ソーラの鍵を持った王子を追っていたんだ」

「人工衛星ソーラというと、あの……」

「そう、世界を滅ぼすことが出来る兵器だよ。斎王がそれを起動させるように王子に指示を出したんだ」

 

 俺は状況がわかっていない様子のカイザーにそう説明する。しかし、それを聴いているマナはじれったそうに声を上げた。

 

「もう、遠也! 早く行かないとソーラを使われちゃうよ!」

「そうだ。俺のことはいいから、早く奴を――」

 

 マナのことに追随してきたカイザー。そんな二人からの声を受け、しかし俺は首を横に振る。

 

「その必要はないさ」

「え?」

「なに?」

 

 怪訝な顔になる二人だったが、それを無視して俺はカイザーに手を差し出す。手のひらを上に向け、まるで何かを要求するように。

 それを向けられたカイザーは、不審そうに俺を見た。

 

「……どういうつもりだ?」

「それは、こっちの台詞だ」

 

 俺はじろりとカイザーを睨みつける。そんな俺の剣幕にマナは困惑していたが、しかし何も言ってこない。俺が真剣であることを察したからだろう。

 そう、俺はこれ以上ないほどに真剣だった。王子を追わず、こうしてカイザーに向きあっているのも、冗談なんかじゃない。

 今は王子よりもこのカイザーのほうが圧倒的に優先度が高いのだ。何故かと問われれば、そんなことは決まっている。王子とカイザーがぶつかった時。何があったのかを俺はしっかり見ていたのだから。

 

「お前、王子から鍵を受け取ったな? それを出せ」

「………………」

「え、そんな……カイザーくんが!?」

 

 俺が発した言葉に、マナが驚きの声を上げる。

 しかし、当のカイザー本人は不審げな表情すらなくなって完全な無表情となっていた。

 しばらくそのまま俺たちは向かい合っていたが、観念したということだろうか、カイザーは無言で上着から鍵を二つ取り出してみせた。

 

「……ふん、こうも早く追って来るとは計算外だった。もう少し遅ければ見られることもなかっただろうに」

 

 そう言うカイザーの顔は無表情から一転、心底楽しいとばかりに歪んだ笑みを浮かべていた。

 俺が知るカイザーならば有り得ない、他人を見下すような冷たい視線。それが俺の身を貫き、俺は眉を寄せた。

 

「なんでだ。どうして、こんなことをしたんだカイザー」

 

 手の中で鍵をもてあそぶカイザーに、俺は信じたくないという思いを込めつつ問いかける。俺が知るカイザーは、相手を思いやり、しかし自分の強さにストイックで、決してこんな悪事に加担するような人間ではなかった。

 だからこその疑問。それに、カイザーはふんと鼻を鳴らした。

 

「知れたこと。世界を破滅させることこそ、我が使命だからだ」

「なに!?」

 

 カイザーの口から出てきた信じられない言葉に俺は耳を疑う。それは、光の結社の人間でなければ言うはずがない言葉だ。

 いや、ちょっと待て。ホワイトの生徒は世界を白く染めるとは言っても、世界の破滅とまでは言っていなかった。それを言っていたのは、破滅の光の意思そのものである斎王のみだ。

 ……まさか!

 

「お前、破滅の光の意思か!?」

「ほう、そこまで気付くとはな。ここは、いかにもと答えておこうか」

 

 にやりとカイザーが笑って俺の言葉を認める。

 馬鹿な、破滅の光の意思は斎王の中にあるはず。それがなんで、カイザーの中にも存在しているんだ。

 まったくもって何がどうなっているのか理解できない。そんな顔になった俺を見て、カイザーはくつくつと声を押し殺して笑った。

 

「クク、俺は単なる保険にすぎない」

「保険、だと?」

「そうだ。貴様という運命を見通せないイレギュラーに出会った斎王の中の破滅の光は、もしもの時のために保険を残そうと考えた。貴様の介入で自身が不利になることもあり得ると考え、分身を他者の中に残しておくという形でな」

「そんなことが……」

 

 俺という存在の影響が、そんな形で出ていたというのか。

 続けてカイザーは言う。最終局面に入ったので、自分も表に出てくることになったと。自身も破滅の光の意思である存在に最後のトリガーを任せる方が安心だと斎王は考えたのだろう、とのことだ。

 確かに、洗脳しただけの存在よりも自分の分身に任せた方が失敗の可能性がないというのは判る。それは判るのだが、なぜ破滅の光の分身がカイザーの中にいるんだ? 斎王と接触する機会なんてなかったはず……。

 その疑問を俺が口にすると、カイザーは何を言っているんだとばかりに笑い声をあげた。

 

「ははは、覚えていないのか? 俺がこの島に来た時のことを」

「カイザーがこの島に来た……あ!」

 

 そうか、あの時。

 俺がラーの翼神竜のコピーカードと戦った翌日のことだ。ジェネックスに参加するためにこの島に帰ってくるカイザーを出迎えようと、俺たちが港に集まった時があった。

 そこに斎王が現れた。エドに会うために来たという斎王は、カイザーを見つけると握手を交わし、名刺を渡して去って行った。

 あの時か。あの時に、カイザーの中に己の分身を忍び込ませていたんだ。

 

「思い出したようだな。そう、あの時斎王の手から俺の中に破滅の光の意思が侵入したのだ」

「そんな……」

 

 カイザーがニヤつきながら言った事実に、マナは声をなくす。まさか、そんな時からカイザーが実質的にあちら側だったなんて思わない。俺も驚きと気付かなかった自分への後悔で胸がいっぱいだった。

 そして、そんな俺たちを前に、カイザーは更に言葉を続ける。

 

「そしてついに我が使命を果たす時が来た。今こそ俺はソーラを使い、この世界を破滅に導くのだ!」

「なっ……ぐぅッ!」

 

 その言葉と同時にいきなり体当たりをしてきたカイザーによって、俺は大きく吹き飛ばされる。そして、それを確認するとカイザーは一気に俺から距離とって手に持っていたジュラルミンケースを開き、その中に入っている小ぶりのジュラルミンケースを取り出した。

 それは、王子が持ち去って行ったものと瓜二つ。それに思い当たり、俺は地面に倒れ込んだまま声を上げた。

 

「マナ!」

「クク、遅い!」

 

 手早くケースを開いたカイザーは、持っていた鍵を二本とも一気に突き刺して回す。その間は数秒もなく、いくらマナでも俺が倒されて気を取られていては間に合わなかった。

 これで、人工衛星ソーラは起動してしまった。そういうことなのだろう。

 

「細かい場所の指定をするにはコンピュータの操作が必要だが、起動だけならば問題ない。起動した瞬間地球に向くようになっているからな。どこにレーザーが落ちるかまではわからんが」

「くっ……!」

 

 俺は倒れ込んでいた地面から起き上がる。そして、カイザーを……いや、その中にいる破滅の光の意思を睨みつけた。

 斎王は己の分身と言うことで最も信用できるカイザーに起動に必要なコンピュータが詰まったケースを渡していたのだ。ご丁寧に自室に偽物まで用意して。

 たとえ自分の部屋を怪しまれてケースを回収されたとしても、本物は別の場所にあるから安心というわけだ。よくもここまで用意周到に準備を整えていたもんである。

 

「くそっ! マナ、このことを十代たちに知らせてくれ!」

 

 ソーラの起動阻止に失敗したことは、早く伝えておいた方がいい。俺がそう考えて言えば、マナは頷いた。

 

「わかった。けど、遠也も無茶な駄目だよ!」

 

 そう言って、マナはホワイト寮の中へと飛び込んでいく。その後ろ姿を見送り、俺は苦笑した。最後の言葉から、マナはこのあと俺がどういう行動に出るのかわかっているのだろう。

 

「無茶をするな、か。いつもそう言われるけど、守れた試しがないな」

 

 そして、今回も恐らく守れそうにない。

 俺はカイザーを真正面から睨みつける。余裕の笑みを崩さないカイザーに、俺は左腕に着けたデュエルディスクを掲げてみせた。

 

「デュエルだ、カイザー! このデュエルで、破滅の光なんてものを追い出してやる!」

 

 俺はカイザーに挑戦状を叩きつける。

 だが、乗って来るかどうかはわからない。あちらはこちらと違ってデュエルをする理由がないのだから。

 だが、それではカイザーを助けることは出来ない。どうか乗ってきてくれ、そう祈っていると、カイザーは一層その笑みを深めた。

 

「ふん、面白い。貴様の存在には散々こちらも迷惑を被ったのだ。ここで捻り潰してやるのも一興だろう。それに、十代の元に戻られても厄介だ」

 

 運命が見えない以上何を仕出かすかわからんからな。そう言うと、カイザーは起動装置が入っていたケースからデュエルディスクを取り出して装着する。

 そして、変わらず人を小馬鹿にしたような表情で俺を見た。そこには圧倒的なまでの余裕がある。デュエルを受けてくれたのは助かるが、この余裕は一体何なんだろうか。

 疑問に思っていると、カイザーは自分からその理由を明かしてくれた。

 

「ククク、十代と違い貴様にネオスペーシアンの助けはない。そんな相手など、まったく脅威ではない!」

 

 なるほど、余裕の正体はそれか。

 破滅の光と対立する、正しき闇の集団ネオスペーシアン。破滅の光にとっては唯一自身と渡り合える存在であるからこそ、十代をあれほど気にかけていたのだろう。無論、十代自身が運命を打ち破る強い心の持ち主であったこともあるのだろうが。

 だからこそ、ネオスペーシアンと全く関係がない俺は、破滅の光にとって脅威に値しないというわけだ。

 その理屈は、なるほどわかる。けどな、世の中にはいい言葉があるんだよ。

 

「それはどうかな。やってみなけりゃ、わからないぜ!」

「抜かせ。光の力の前に、ひれ伏すがいい!」

 

 互いにデュエルディスクを起動。デッキをセットし、臨戦態勢に入る。

 ディスクを構えるカイザーの姿を見ながら、俺はジェネックス開始前に電話でカイザーと話したことを思い出していた。

 久しぶりの対戦を楽しみにしているのはお互い様だった。しかし、すぐに戦うのではなく、どうせなら大きい舞台で戦おうと提案したカイザー。互いに勝ち進み、そこで決着をつけようと俺たちは約束した。

 俺はそれを楽しみにしていた。だからこそ、ジェネックスにもしっかり参加してメダルを集めてきたのだ。きっと、カイザーも同じ気持ちでいてくれたに違いない。

 けど、それがまさかこんな形で戦うことになるなんて。

 本心で言えば、こんなところでカイザーとの約束を破るのは嫌だった。だがしかし、それではカイザーは破滅の光に乗っ取られたままになってしまう。そんなことは許すことが出来ない。

 だからこそ、約束を破ってでもここでカイザーと戦い、そして勝利してみせる。カイザーが元に戻ったその時、その時こそ俺たちが戦う時になる。そう信じて。

 ごめん、カイザー。ただ一言、約束を破ってしまうことを心の中でカイザーに詫び、俺は顔を上げた。

 そこには、凶悪な笑みを浮かべるカイザーの姿がある。カイザーは、あんな顔をする男ではなかった。だからこそ、カイザーを元に戻すために俺は全力を尽くす。それが、俺に出来るカイザーを救う方法なのだ。

 デュエルに勝ち、カイザーを救い出す。その決意を一層強く固め、俺は向き合って息を吸い込んだ。

 

「いくぞ、破滅の光!」

「クク、ただの人間がよく吠える」

 

 抜かせ。その侮りが驕りだったと後悔させてやる。

 手札5枚のカードを手に取り、俺たちは同時に声を上げる。

 

「「デュエルッ!!」」

 

 そして、俺たちのデュエルが始まった。

 

 

 

 


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