遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第47話 雪解

 

「斎王が訪ねてきた!?」

「ああ」

 

 皆でメシを食った日の翌日。

 十代は翔と剣山を連れて、今は俺が住むレッド寮1階のリフォーム部屋に来ていた。

 話があるということだったので俺たちはソファに腰を下ろして、一体何の話なのかと気構えていたのだが……まさかいきなり「斎王が来たんだけどさ」なんて言い出すとは思わなかった。

 翔と剣山も話の内容までは聞いていなかったようで、俺やマナと同じく横で驚いていた。

 

「んで、俺にこの鍵を渡してきたんだよ」

 

 言って、十代は懐から鎖がつけられてペンダント状になった小さな金属の棒を取り出した。

 

「……何の鍵っすか、それ?」

「小っちゃくて、マッチ棒みたいドン。それ、ホントに鍵ザウルス?」

 

 翔と剣山がどう見ても一般的な形状をしていないその鍵に、首を傾げる。

 確かに、ただの先が尖った金属の棒みたいだからなあれ。マッチ棒を金属で作りましたと言われたら納得してしまいそうだ。

 と、そんな翔と剣山に向けて部屋の入口から声が聞こえてきた。

 

「世の中には、こういうスティック状のキーもある。覚えておくんだな」

 

 声に全員が扉の方を見れば、そこには十代が持つものと同じものを手に持ったエドがこちらを見ている姿があった。

 

「エド。お前も同じ物をもらってたのか」

「ああ。……心しろよ、十代。この鍵は、恐らく世界の命運を握る鍵だ」

「世界の命運を握る鍵、か」

 

 十代は手に持った鍵をじっと見る。

 それを見ながら、思う。世界の命運を握る。まさしくその通りだと。

 十代とエドが持つ鍵は、この世界を滅亡させる可能性を持つレーザー衛星――ソーラの始動キーだ。あんなものが地表に放たれれば、そこに暮らす生物がどうなるかなんて自明の理。それだけは何としても阻止しなければならない。

 

「僕たちは、この鍵を……斎王から託された希望を、守らなければならないんだ」

「――ああ、そうだな」

 

 なんにせよ、斎王自らが行動に出たことに変わりはない。

 いよいよ動き出した斎王に対して気持ちを新たにする二人を見て、俺もまた一層気を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 そんな朝の一幕を終え、俺は皆と別れてレッド寮を後にした。

 十代たちは校舎の方に用があるらしくそちらに向かい、エドは今日もいつも通りに島にいるデュエリストを相手取りに行ったようだ。それに関しては俺も同じなんだが、やはり父親の仇を捜すという強固な意志がそうさせるのか、寮を出た時のエドには何というか気迫のようなものが感じられた。

 先日、斎王を救うという約束を思い出したことで目的が更に加わったエドだ。無理をしないといいんだが……。

 そんな僅かな懸念を抱きつつ歩いていると、俺のPDAに着信が入る。一体誰からなのかと画面を見ると、そこに表示された名前に俺は驚きを隠せなかった。精霊状態のまま俺の肩越しに画面を見たマナも、目を丸くする。

 

『ペガサスさんから?』

「……ああ。どうしたんだろう」

 

 いきなりの連絡に首を傾げるが、考えたところで答えは出ない。俺はひとまずPDAを操作してコールに応える。

 

「もしもし?」

『Oh! 先日振りデース、遠也。ジェネックスを楽しんでいますか?』

 

 PDAから聞こえてきた陽気な声に、知らず俺の表情がほころぶ。

 

「はい。どうにか順調にきていますよ」

『それは何よりデース。Mr.鮫島と共同でジェネックスを開催した甲斐がありマース』

 

 俺の報告に、ペガサスさんは満足げに受け答える。

 これほどの規模の大会、I2社かKC社の援助がなければ成り立たないと思ってはいたが、やっぱり支援していたのか。

 世界中からデュエリストを集めての大会なんてものを、カード業界でシェアを独占しているI2、KCの2社に一切関係なく催すなんて事実上不可能だ。そもそもデュエルモンスターズの大本はI2社なのだから、鮫島校長が協力を仰ぐのは当然の話でもあった。

 それから、ペガサスさんとこちらの現況をはじめとした世間話を交わす。ラーの件で比較的最近に会ってはいるが、それでもこうして話が出来るとやはり楽しかった。

 そうしている内にやがて話がひと段落すると、ペガサスさんが突然声を途切れさせる。どうしたのかと訝しむと、ペガサスさんは先程までに快活な声とは打って変わり、どこか重い口調で話し出したのだった。

 

『――……遠也。実は聞いてほしいことがあるのデース』

「聞いてほしいこと?」

 

 基本的に物事に対してスパッとした態度をとるペガサスさんにしては珍しく、もったいぶったような態度。それに少し疑問符を浮かべながらオウム返しに尋ねると、ペガサスさんは『イエス』と言って頷いた。

 

『遠也はジェネックス大会の中で、《究極のD》という言葉を聞いたことはありませんでしたカ?』

「《究極のD》!? それって……」

 

 突然出てきた名前に、俺は声を上げて驚く。

 それは、エドが探し求めているカードの名前だ。エドの父親を殺した男が持っているはずだと、エド自身が言っているのを聞いたことがある。そのカードの名前がどうしてここで……。

 

『まさか、聞き覚えがあるのデスか?』

 

 驚きの声を上げた俺の反応に、ペガサスさんが勢い込んで聞いてくる。どこか期待を込めたような声からは、よもや俺がその存在を知っているとは思っていなかったのだと窺える。

 俺は頷き、エドから聞いたことがある、とペガサスさんに返す。

 すると、ペガサスさんはどこか落胆した声で『そうデスか……』と呟いた。

 いきなりの質問に、それによって一喜一憂するペガサスさんの態度。さすがに不審に思った俺は、一体度言うことなのかとペガサスさんに疑問を投げかけた。

 すると、暫し逡巡した後でペガサスさんが徐に口を開いた。

 

『……実は、このジェネックス大会にはある目的があったのデース。それが、《究極のD》のカードを捜しだし、我が社で回収することなのデース』

 

 その言葉に驚く。この大会は次世代のデュエリストを育てるためのものではなかったのだろうか?

 そう尋ねると、ペガサスさんいわく、それも目的の一つではあるという。しかし真の目的は《究極のD》回収にあるのだとか。なぜそこまでこだわるのか。そう問うと、ペガサスさんは一層重々しく語りだした。

 

『かつて宇宙の彼方で起こったホワイトホールの爆発。それによって地球に降り注いだ光の波動は、人の心を大きくゆがませる力を持つのデース。良くも悪くも人を変えるそれは、あまりに危険。それゆえ、私はその光の波動を宿したカードである《究極のD》を捜し続けているのデース』

「それで、なぜジェネックスを?」

『《究極のD》を持つ可能性があるデュエリストを一か所に集めると同時に、大会期間中この島に拘束して調査するためデース。特にプロはこうでもしないと集中的な調査が出来ないのデース。しかし、その中に《究極のD》を持つ者はいなかった。中でも今期プロになったMr.タイタンは可能性が高いと踏んでいたのデスが……』

「た、タイタン!?」

 

 さらりと出てきた知り合いの名前。

 思わずその名前を復唱すると、ペガサスさんは『そうデース』と頷いた。

 

『調査の結果、彼は過去にデュエルモンスターズを使ってインチキ商売を行っていたことがわかっていマース。光の波動を受けた者が取りそうな行動なだけに、有力候補だったのデース』

「な、なるほど……」

 

 確かに、過去の悪行を見るとそうとられても仕方がないのかもしれない。とはいえ、今は改心して真面目にカードに向き合っているんだ。過去は消せないから仕方がないと言えば仕方がないが。

 とはいえさすがに見て見ぬ振りもアレなので、タイタンとは顔見知りで、過去の事情はどうあれ今はそんなことをする人間じゃないことをペガサスさんに伝える。

 知り合いであったことに少しペガサスさんは驚いたようだったが、俺の言葉でタイタンへの疑いは綺麗に晴れたようだった。

 そして再び、ペガサスさんは話し始める。

 

『遠也には、もし《究極のD》のカードを見つけた時、私かMr.鮫島に知らせてほしいのデース。本来大会参加者かつ生徒である遠也にこんなことを頼みたくはないのデスが……今は余裕がありまセーン。片手間でもいいので、もし見聞きしたら教えてくだサーイ』

「わかりました。その時はお伝えします」

『Mr.鮫島も教え子であるMr.丸藤……遠也の言うカイザー亮デース。彼に今頃同じ話をしていることでショウ。我々だけで片付けるつもりでしたが、ここまで時間をかけて見つからないとは……面目ないデース』

「気にしないでくださいよ。これぐらい何ともないですって」

 

 元々いろいろとお世話になっている身だ。むしろペガサスさんの助けになるなら、こっちから頼みたいぐらいだった。

 そして、ペガサスさんは俺の答えに『感謝しマース』と返すのだった。

 ペガサスさんは島に来られなかったデュエリストのほうも調査するらしく、島の中については完全に校長と俺たちに任せるつもりらしい。そのために俺やカイザーに声をかけたみたいだ。

 そこまで話して、ペガサスさんとの通話を切る。……光の波動。斎王をおかしくしたという占い客から渡されたカード。それが十中八九それなのだろう。

 今は既に誰が持っているかはわからない。この話はペガサスさんにも伝わっているらしく、光の結社には十分注意するようにとの忠告も受けている。

 とはいえ、既にどっぷり関係してしまった身だ。今更知らんぷりは出来ない。それに、エドや十代がその渦中にいるんだ。尚更気にしないわけにはいかない。

 そういうわけで、これから忙しくなりそうだと思っていると、再びPDAに着信が入る。

 今度の発信者は十代。一体なにが、と思いつつ通話をオンにする。

 

「もしもし、どうした十代?」

 

 問いかけ、いつものように元気な声が返ってくる……そう思ったが、予想に反して十代の声は神妙なものだった。

 

『遠也……今夜、明日香とデュエルすることになったぜ』

「明日香と?」

『ああ。斎王から俺の鍵を奪い返すように言われたんだとよ』

「斎王が……」

 

 聞けば、校舎の中を歩いていたところに明日香と出会い、そのままデュエルを申し込まれたらしい。

 鍵を賭けてのデュエル。斎王に命じられたと言ったその時の明日香の瞳は、以前にも増して自我を感じられない濁った光を放っていたという。

 その場に居合わせた吹雪さん曰く、恐らくは斎王により強力な洗脳を施されたのだろうとのこと。つまり、以前修学旅行で俺に挑んできた時の万丈目みたいなものということだろう。

 そんな俺たちの知る明日香とは全く違う姿に、十代も斎王に対して怒りを隠せなかったようだ。こうして話している十代の声にも、そんな憤りが滲み出ている。

 

『――このデュエルで、俺は明日香を絶対に元に戻す! お前も応援してくれ、遠也!』

「十代……ああ、当然だ!」

 

 力強く決意を口にした十代に、俺もまた頷いて答える。

 今夜、十代と明日香のデュエルか。恐らく斎王は鍵を奪うために明日香のデッキを強化させているはずだ。それぐらいの対策をしてくると見ていいだろう。

 だが、十代なら必ず明日香を元に戻してくれる。俺は心の底からそう信じ、ひとまず皆と合流するために校舎の方へと向かうのだった。

 

 

 

 

 十代と合流すると、そこには剣山や翔に三沢、万丈目に吹雪さんといった面々もいた。話を聞くと、どうも吹雪さんと万丈目から明日香に気持ちが届くようにと願いを込めたカードを受け取り、十代が自分のデッキにそれを加えたところだったのだとか。

 俺も何かあればどうだと勧められたが、俺は遠慮しておいた。吹雪さんのように明日香との思い出のカードがあるわけでもないし、万丈目のように自身を象徴するカードを渡すには俺と十代のデッキは違いすぎたからだ。

 俺のデッキの象徴といえば、やはりチューナーやスターダストといったシンクロモンスター。それを入れるとなると、下手をすればいざデュエルとなった時に十代の手札を事故らせる要因になりかねない。

 そのため、俺はカードを渡すことはしなかった。その代わり、十代にあらん限りの気持ちを込めて激励を贈る。十代はそれに、真面目な顔で頷いた。

「あんな明日香、見たくない。絶対に、俺は勝つ」そうはっきりと断言する十代の姿は、とても頼もしいものだった。

 

 そして、時間は過ぎて夜になり。約束のデュエルの時が訪れる。

 デュエルをするいつもの会場に入ると、既にフィールドには明日香が立っており、その背後側にある観客席は白一色で染められていた。あちらは準備万端といった感じである。

 俺はステージに立つ明日香を見る。遠目でもわかる、どこか焦点が定まらない茫洋とした目。正気でいるとは思わせないその表情は、やはり修学旅行で対峙した時の万丈目と似ている気がした。

 

『明日香さん……前は、あんな風じゃなかったのに』

「ああ。これも、斎王がより強い洗脳をした結果なんだろうな」

 

 マナに答えながら、俺は厳しい表情を崩さない。

 これまでの光の結社は、斎王がいない時において万丈目を代わりのリーダーとすることでその統率を保ってきた。斎王が合流してからは万丈目が斎王に次ぐ者として、斎王にかかる負担を一手に担い、斎王を補助していたと言っていい。

 万丈目がいなくなった今、その役割は明日香に受け継がれているという。そのため、明日香が表だって出てくることはほとんどなく、結果として俺たちと接触する機会もほとんどなかった。

 光の結社に乗り込もうにも、あそこには斎王がいる。下手に飛び込んでいっては、返り討ちになる危険もあったため、実行に移すことは出来なかった。

 ゆえに明日香の状態を正確に把握できなかったのは歯がゆく思っていたが……こんなことになっているとはな。

 

「十代の言う通りだ。あんな明日香は、見たくない」

「俺も、お前に同感だ」

 

 予期せず返ってきた答えに、俺は横に立った男を見た。

 

「カイザー。お前も来たのか」

「ああ。俺も、明日香とは付き合いが長いからな。……今回の件には、思うところもある」

 

 思うところもある、ね。

 眉を寄せ、睨みつけるようにステージを見るカイザーの顔を見れば、何を思っているかなど一目瞭然。相当頭に来ていると見て間違いはなさそうだった。

 親友の妹というだけでなく、二人とも付き合い浅からぬ友人同士だ。そう思うのもむべなるかな、ということなのだろう。

 俺はカイザーに首肯を返し、明日香に対する側の観客席に目を向ける。そこには、既に席についている翔、剣山、三沢、万丈目、吹雪さんの姿があった。

 

「カイザー、俺たちの気持ちは十代が代弁してくれる。だから、俺たちも十代を精一杯応援しようぜ」

「……ああ、そうだな」

 

 十代のことを、カイザーなりに信じているのだろう。俺の言葉に小さく笑みを浮かべたカイザーは、俺と共に皆の元へと移動する。

 

「遅かったな、遠也。カイザーも一緒か」

「ああ、悪いな三沢。少し遅れた」

「あれ? 先輩、レイちゃんとレインちゃんはどうしたザウルス?」

 

 剣山が二人の姿がないことに気づき、俺に尋ねてくる。それに、俺は肩をすくめて答えた。

 

「なんかレイが補習を受けさせられてるみたいで、来られないってさ。レインはその付き添い」

「レイちゃんが補習? 珍しいこともあるドン」

「なんか時々授業サボってたんだってさ。あっちは義務教育だからな」

 

 へぇー、と剣山が得心がいったという声を出す。

 しかし、ホントにレイはなんで授業をサボるなんてしたんだろう。よほどのことがないとそんなことはしない真面目な子なのに。

 そういえば前に浜辺の方で挙動不審なレイに会ったことがあるが……よくよく考えればあの時間に出歩いてるのはおかしいよな。ジェネックスに参加資格のない中等部生には授業があるんだから。

 レインが出歩いていたのは特例としても、レイは普通に考えて授業を受けている時間だ。なのに出歩いていた以上、こうして補習になっても仕方がなかったのかもしれない。

 とはいえ、この一番に来れないことについてレイは本当に悔しそうにしていたが。レインが慰めていたから大丈夫だと思うが、あとで顔を見せに行こう。その時は明日香も一緒にな。

 

「……十代君、頼んだよ」

 

 祈るように紡がれた吹雪さんの一言。

 その一言に応えるかのように、ステージに十代が姿を現す。そして、俺たちは一斉にそちらに目を向け、ステージに向かい合って立った二人を見るのだった。

 

「――鍵は持っているわね」

「ああ、ここにある」

 

 誰も声を発さないフィールドに、お互いの声はよく響いて観客席にまで届く。明日香の問いかけに、十代は手に持って鍵を掲げて明日香に見せた。

 鍵を見た明日香は、一層表情を引き締めてやる気を漲らせる。その気迫は、並の男なら思わず気後れしそうなほどに強いものだった。

 だが、十代はそれを受けても動じない。むしろ僅かに笑みすら見せると、常のように明日香に話しかけたのだった。

 

「明日香、待ってろよ。必ず、お前を元に戻してみせるからな!」

「私を元に? 今の姿こそ私の本当の姿。元に戻るも何もない!」

 

 嘲笑を浮かべてそう言うと、明日香はデュエルディスクを展開する。それを受けて、十代もまたデュエルディスクを展開し、手に持っていた鍵をひとまずポケットにしまいこんだ。

 

「いくわよ! これに勝って、私は斎王様を支える守護者となる!」

「来い! お前の目を覚まさせてやる!」

 

 互いに手札に5枚を持つ。そしてついに、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

「「デュエルッ!」」

 

遊城十代 LP:4000

天上院明日香 LP:4000

 

「先攻は私、ドロー!」

 

 カードを引いた明日香は、手札から1枚を取ってディスクに置いた。

 

「私は《雪の妖精》を召喚! このカードの効果により、あなたは手札から魔法を発動できず、セットした魔法カードをそのターンに発動させることは出来ない!」

 

《雪の妖精》 ATK/1100 DEF/700

 

 青い身体に氷でできた装飾。見ているだけで冷たさを思い起こさせるような、少女型のモンスターが攻撃表示で現れる。

 

「げっ、マジかよ」

 

 十代はその効果を聞いて呻き声を上げた。まぁ、ネオスがいるとはいえ融合も併用する十代にとって手札から魔法を使えなくなるのは痛いよな。それでなくても大抵のデッキ相手に刺さるだろうけど。

 

「更にカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 ここで明日香のターンが終了し、十代にターンが移る。

 しかし、最初からいきなり魔法カードを封じてくるとは……。これはかなり対策されていると見ていいだろうな。それだけ斎王も本気だってことか。

 俺がそう考えていると、隣でカイザーがステージに向ける視線はそのままにぽつりと呟く。

 

「……サイバー・ブレイダーのデッキではないな」

 

 その言葉に、この場にいる全員が頷いた。

 

「恐らく、あれは斎王が天上院君に渡したものだろう」

「ああ。そう考えるのが自然だろうな」

 

 続く万丈目と三沢の意見もまた、この場の全員が思ったことであった。

 吹雪さんは彼女本来のものではないデッキと、それを使うことに全く抵抗を感じていない明日香の様子に、少しだけ表情を悲しげに歪めた。

 それを見てとったからだろうか、翔が強い口調で口を開いた。

 

「大丈夫っす! 兄貴は万丈目くんや吹雪さんの想いを背負って戦ってるんだ! だから、きっと明日香さんの目を覚まさせてくれるはずっす!」

 

 万丈目と吹雪さんが、明日香のためを思って十代に託したカード。吹雪さんは明日香との思い出が込められているという魔法カード《思い出のブランコ》を。万丈目が何を渡したかは知らないが、それでもそのカードには吹雪さんのそれと同じく気持ちが込められていることだろう。

 そんな思いを受けた十代が、負けるはずがない。そんな気持ちを抱きながら、俺たちはデッキからカードを引いた十代を見守るのだった。

 

「いくぜ、明日香! まずは万丈目の思いが込められたこのカード!」

 

 そう力強く宣言する姿に、いったい万丈目は明日香を元に戻すためにどんなカードを渡したのかと俺たちは前のめりになって待ち構える。

 そして、いよいよ十代は手札のカードを勢いよくディスクに叩きつけた。

 

「守備表示で召喚! 来い、《おジャマ・ブラック》!」

 

《おジャマ・ブラック》 ATK/0 DEF/1000

 

 その瞬間、前のめりになっていた俺たちは揃ってつんのめった。しかし、万丈目だけは自信満々の顔で立ち上がる。

 

「よし、いいぞ十代! それこそがこの俺の魂のカード! そう、人間は誰しも純粋な白ではない。誰もがこびりついた汚れのような黒さを持っているんだ! 天上院君! 君も気づいてくれ! 汚れのような黒さがあるからこそ人は強く在れるということに! そして、君もまたそんな汚れのような強さを持った強い人間であるということに!」

 

 びしっと万丈目は人差し指を突きつけるが、それを見る俺たちは何とも言えない顔である。万丈目の横にいる吹雪さんは、どこかノリがよく拍手をしているが……あんたの妹さんが当事者なんですよ、これ。

 剣山や翔も若干呆れているし、三沢もすっきりしない顔をしている。そんな面々を見つつ、俺は隣に座るカイザーにこっそり顔を近づけた。

 

「明日香、目を覚ますと思う? あれで」

「……そうなってくれるのが、望ましいだろう」

「うん。遠まわしな否定、ありがとう」

 

 果たしてそんな俺たちの考えは正しかったようで、フィールドでデュエルする明日香の様子に変わった様子は見受けられない。

 十代が伏せカードを伏せるが、それも涼しい顔で見つめるだけだ。

 

「……あれ? おかしいな」

「いや、おかしくないだろ……」

 

 本気で首を傾げる万丈目に、俺は思わず突っ込んだ。更に三沢も続く。

 

「そもそも万丈目。なぜ《おジャマ・ブラック》を単体で渡したんだ。あれはコンボで実力を発揮するカードであって、単体ではただの通常モンスターでしかないんだぞ」

「何を言う、三沢。他のおジャマのカードまで渡したら、十代のデッキのバランスが崩れるだろう。それではデュエルに勝てなくなってしまう」

 

 ……この瞬間、俺たちの心に浮かんだ言葉はきっと同じだっただろう。すなわち、ならそもそもおジャマ・ブラックを渡すんじゃねーよ、と。

 

「胸キュンポイント、マイナス10かな」

「ええ!? そんな、お兄さん!」

「君にお兄さんと呼ばれる筋合いはないね」

 

 ショックを受けた万丈目が追いすがるが、しかし吹雪さんは取り合わない。

 そんなコントをしている二人だったが、その間も十代と明日香のデュエルは続いている。

 

「私は手札から永続魔法《白夜城-ホワイト・ナイツ・フォート》を発動! これでお互いのプレイヤーは相手ターンに罠カードを発動できない」

「なんだって!?」

 

 明日香の言葉を受けて、十代が思わず自分の伏せカードを見る。恐らくはおジャマ・ブラックを守るためのカードを伏せていたのだろうが、これでそれも意味を為さなくなってしまった。

 

「更に《幻想の氷像》を召喚! このカードが場にある限り、相手はこのカードしか攻撃対象に選択できない! そして幻想の氷像は自分フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターと同じ能力を得る! 雪の妖精を象りなさい!」

 

《幻想の氷像》 ATK/0→1100 DEF/0→700

 

 氷でできた巨大なゴーレムが蜃気楼のように体を揺らめかせると、次の瞬間には雪の妖精と同じ姿になっていた。

 そして、明日香は口元に笑みを見せると十代に指を向けた。

 

「バトル! 雪の妖精でおジャマ・ブラックを攻撃!」

 

 雪の妖精が浮き上がり、その指から放たれた冷気がおジャマ・ブラックを直撃し、破壊する。伏せカードが白夜城の効果で発動できない今、十代にそれを防ぐ術はなかった。

 

「更に幻想の氷像で十代に直接攻撃!」

 

 雪の妖精と同じく飛び上がって、指から放つ冷気の風。それを受けた十代は、ソリッドビジョンなのだが反射的にか「さっびぃー!」と震えた声を上げていた。

 

十代 LP:4000→2900

 

 そんな十代を見て、明日香は愉快そうに肩を揺らす。

 

「ふふ、凍てつきなさい。身も、心もね。ターンエンド」

「くそ……。やっぱり、らしくないぜ明日香! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを手札に加えた十代は、手札を確認してその中から一枚を選び取る。

 

「お前はそんな風に人を小馬鹿にした笑い方をする奴じゃなかったぜ! 来い、《E・HERO スパークマン》!」

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

「いけ、スパークマン! 幻想の氷像を攻撃! 《スパーク・フラッシュ》!」

「ふん……」

 

明日香 LP:4000→3500

 

「……くっ、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 一瞬、十代は手札のカードを持って吹雪さんを見る。そしてそのカードを使う素振りを見せたが、それはそのままセットされた。雪の妖精によって、1ターン待たなければ魔法カードは発動できなくなっているためだろう。

 それがわかっているのか、明日香もそんな十代を見て得意そうに小さく笑う。

 そんな明日香の態度を見かねたのか、吹雪さんが勢いよく立ち上がった。

 

「明日香! そんな冷たいデュエルをするようになってしまったなんて、兄は悲しいぞ! だがしかし、次のターン! 君はこの兄を慕う自分をきっと思い出すことになるだろう!」

 

 拳を握り力説するも、しかし明日香は目こそ向けたものの完全にスルーだった。

 何か聞こえたかしら、とでも言わんばかりの態度に、吹雪さんもさすがにショックだったのか崩れ落ちるようにして席に着いた。

 

「うぅ……明日香……この兄にあんな目を向けるなんて……」

「………………」

 

 この兄だからこそじゃ、とは恐らくみんなが思ったが、賢明にもそれを口に出す者はいなかった。

 

「私のターン、ドロー」

 

 そうこうしている間に、明日香のターンになる。

 明日香は魔法カード《生け贄の氷柱》を発動し、自分のモンスターゾーン1つを使用不能にする代わりに《氷柱トークン》を特殊召喚した。氷柱トークンはダブルコスト効果を内蔵したトークン。案の定、明日香はその効果を活用した。

 

「来なさい! 《白夜の女王(ホワイト・ナイツ・クィーン)》!」

 

《白夜の女王》 ATK/2100 DEF/800

 

 氷でできてはいるが、均整のとれた身体は非常に女性的だ。濃紺の髪と白い外套をたなびかせながら、白夜の女王は十代の場を見据える。

 

「ふふ……白夜の女王は1ターンに1度、フィールド上にセットされたカードを破壊できる。私は、十代が最後に伏せたカードを破壊する!」

「なに!?」

 

 白夜の女王が手を伸ばすと、そこから生じた吹雪がカードを表側にして破壊した。破壊されたカードは通常魔法カード《思い出のブランコ》。吹雪さんが十代に渡した明日香との思い出のカードだが……破壊されてしまうとは。

 

「明日香……僕たち兄妹の思い出を躊躇いもなく……。もはや君には僕との思い出なんてどうでもいいというのか……」

 

 可哀想なほどに肩を落とした吹雪さんに、カイザーが気遣わしげな目を向ける。俺達もさすがに不憫で簡単に声をかけられなかった。

 しかし、フィールドから吹雪さんに届く声があった。

 

「そんなことはない! 明日香は吹雪さんのことを大切に思っているはずだ! 去年だって、吹雪さんのことをずっと捜して心配してたんだ! 今の明日香はちょっと寝惚けてるだけだ! 明日香は、本気でそんなことを言う奴じゃない!」

「十代君……」

 

 そう言い切る十代だったが、しかしそれでも明日香の態度は変わらなかった。

 

「何を言うかと思えば。今の私こそが本当の私。斎王様のお言葉のみが、私にとっての全て。斎王様によって目覚めた私の力を味わうがいい。――白夜の女王よ! スパークマンをねじ伏せなさい!」

 

 白夜の女王より放たれる吹雪は、スパークマンを容赦なく飲み込む。スパークマンは一瞬で凍り付き破壊されてしまった。

 

「まだよ! 雪の妖精で十代に直接攻撃!」

「ぐぁああッ!」

 

十代 LP:2900→2400→1300

 

 一気にライフを持っていかれたか。

 まだなんとか1000を超えた値で踏ん張っているが、それを下回るとさすがに余裕もなくなってしまう。それに加え、ただでさえ魔法の即時発動を封じられ、罠カードも相手ターンでの発動が出来なくなっているのだ。

 加えて、せっかく伏せたカードも白夜の女王によって破壊されてしまう。更に、今の攻撃で十打に場にモンスターはいなくなってしまった。十代が劣勢にあるのは誰の目から見ても明らかだった。

 しかし、それでも十代の目から闘志の炎が消えることはない。しかし、それも当然のことだ。ただでさえデュエルには真剣な十代が、明日香という大事な友達の身がかかったこの勝負を諦めるはずがないのだから。

 

「頑張れ、十代!」

「兄貴、負けるな!」

「頼むドン、兄貴ー!」

 

 明日香と対峙する十代に、俺たちは声援を送る。実際にデュエルしていない俺たちに出来るのはこれぐらいだ。歯がゆいが、ここは十代に任せるしかないのである。

 俺たちに続き、三沢、万丈目、吹雪さんも声を出す。カイザーは声こそ出さないが、しかし力強い視線で十代を励ましていた。

 それらを受けて十代は一度こちらを振り返る。そしてにっと笑うと再び明日香と向き合った。

 

「明日香! 俺はこれだけの気持ちを背負ってるんだ! 負けるわけにはいかないぜ!」

「暑苦しい……。この神聖な白き夜に、そんなものは似合わない。十代、大人しく凍えて散りなさい」

「嫌だね! それより、俺たちの絆の力でその凍えきった心を溶かしてやるぜ!」

「この白く染まった心は、斎王様の忠実なる下僕の証。この忠誠心が溶かされることなど、ありえない」

「んなもん、知るか! 俺は元のお前に戻ってほしいだけなんだよ! ドロー!」

 

 カードを引いた十代は、《カードガンナー》を召喚。効果によりデッキから3枚を墓地に送り、攻撃力1900となったところで雪の妖精を破壊した。これで明日香の残りライフは2700になった。

 更に雪の妖精がいなくなったことで魔法カードが使えるようになった十代は、まず《強欲な壺》で2枚ドロー。次に《O-オーバーソウル》を使い、スパークマンを守備表示で蘇生。更に《スパークガン》を使い、カードガンナーを守備表示にした。

 対して明日香は《リビングデッドの呼び声》で雪の妖精を蘇生。再び魔法カードを封印したところで、白夜の女王で十代の伏せカードを破壊し、スパークマンとカードガンナーを戦闘破壊する。

 と、そんな感じで一進一退の攻防を続けているのだが……。

 

「いい加減目を覚ませ、明日香! お前には皆の声が聞こえないのかよ! 俺は《ダンディライオン》を守備表示で召喚し、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー! ――言ったでしょう、私には斎王様の声しか聞こえない! 《コールドスリーパー》を召喚! ダンディライオンに攻撃!」

「ダンディライオンの効果発動! 《綿毛トークン》2体を守備表示で特殊召喚する! 言ったでしょうって、聞こえてるじゃんか!」

「うるさい! 雪の妖精と白夜の女王で2体の綿毛トークンを攻撃し、破壊する! ターンエンド!」

「へっ、ちょっとはいつもの熱さが戻ってきたんじゃないか、明日香! 俺のターン、ドロー! 墓地のネクロダークマンの効果で、手札からE・HERO1体をリリースなしで召喚するぜ! 来い、《E・HERO ネオス》!」

「いつの間に……カードガンナーのコストね!?」

「大正解だ!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 言い合いをしながらデュエルという、なんとも器用なことをしていたところで、ついに動きが出てきたな。

 フレイム・ウィングマンに次ぐ十代のエース、ネオスの登場だ。俺たちの期待も否が応にも高まる。

 

「……あれが十代の新たなエースか」

「そういえばカイザーはまだ見たことなかったっけ」

「ああ」

 

 カイザーが卒業した後で十代はネオスペーシアンたちと出会ったのだから、当然と言えば当然だった。

 興味深そうに十代の場を見つめるカイザー。それにつられるように、俺たちもまたフィールドに視線を戻した。

 

「いくぜ、明日香! ネオスで雪の妖精を攻撃! 《ラス・オブ・ネオス》!」

「くっ……!」

 

明日香 LP:2700→1300

 

 ネオスの手刀が雪の妖精を倒し、同時にリビングデッドの呼び声もフィールドから墓地に行く。

 これで十代と明日香のライフポイントが並んだわけだ。

 だがしかし、このままバトルフェイズを終了させると《コールドスリーパー》の効果が発動してしまう。

 コールドスリーパーは攻撃力1100の決して強いとは言えないモンスターだが、自分のモンスターが破壊されたバトルフェイズ終了時にそのモンスターを蘇生させる効果を持っている。モンスターゾーン1つを犠牲にするとはいえ、非常に厄介な効果である。

 十代もそれは判っているのだろう、手札からカードを手に取る。このタイミングで手札から発動できるということは、間違いなく速攻魔法だ。

 

「速攻魔法、《速攻召喚》を発動! 手札のモンスター1体を通常召喚する! 《カードブロッカー》を守備表示で召喚!」

 

《カードブロッカー》 ATK/400 DEF/400

 

「ふん……バトルフェイズ終了時、コールドスリーパーの効果発動! モンスターゾーン1つを使用不能にし、雪の妖精を墓地から守備表示で特殊召喚! ただしこの効果で特殊召喚したモンスターは表示形式を変更できないわ」

 

《雪の妖精》 ATK/1100 DEF/700

 

「ターンエンドだ」

 

 これで十代の場にはネオスと、おもちゃの兵士のような出で立ちのモンスター、カードブロッカーのみ。対して明日香は再び雪の妖精で魔法の発動遅延を施してきた。

 だが、十代の場には攻撃力2500のネオスがいる。明日香の場のどのモンスターよりも高い攻撃力だ。これで少しは動きが抑制されればいいんだが……。

 

「私のターン、ドロー! 十代、あなたのネオスなんて恐るるに足らないことを思い知らせてあげるわ。私は白夜の女王とコールドスリーパーをリリースし、《青氷の白夜龍(ブルーアイス・ホワイトナイツ・ドラゴン)》をアドバンス召喚!」

 

青氷の白夜龍(ブルーアイス・ホワイトナイツ・ドラゴン)》 ATK/3000 DEF/2500

 

 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)の氷像を作り、かつ細身にすればこのような姿になるだろうというモンスター。名の通り青く輝く氷で出来た身体、そこから生える翼もまた氷で出来ているにもかかわらず、青氷の白夜龍は翼をはばたかせて明日香のフィールド上にて滞空した。

 

「更に永続魔法、《ホワイト・ブリザード》を発動! 相手モンスターを破壊するごとに600ポイントのダメージを与える! そして装備魔法《白のヴェール》を青氷の白夜龍に装備! 装備モンスターが攻撃する時、相手の場の魔法・罠を全て無効にして破壊できる!」

 

 白のヴェール……なんて面倒くさい効果を持った装備魔法なんだ。あまり相対したくない魔法カードである。

 

「まずいな……」

 

 そんなことを考えていると、そんな三沢の呟きが耳に届く。それを聴きとったのは俺だけじゃなかったようで、翔もまた三沢を見ていた。

 

「どういうことっすか、三沢くん」

 

「青氷の白夜龍には、自分を対象にした魔法・罠カードの効果を無効にして破壊する効果があるんだ。白のヴェールと合わせると……」

 

 その言葉の先を、今度はカイザーが引き継ぐ。

 

「十代は、魔法・罠を伏せる意味がほぼなくなる」

「ううむ。我が妹ながら、なんてえげつない……」

 

 俺たちがそんな会話をしている間も、デュエルは進行している。

 明日香は十代を指さすと、青氷の白夜龍に指示を出した。

 

「白き光の前には、何人も跪かずにはいられない。――バトル! 青氷の白夜龍でネオスに攻撃!」

「そうはいかないぜ! カードブロッカーは自分の場のモンスターが攻撃対象になった時、その対象を自分に変更できる! 青氷の白夜龍の相手はカードブロッカーだ!」

 

 青氷の白夜龍の口から迸る凍える吐息。それを受けたカードブロッカーはそのまま破壊され、墓地に送られた。

 これで戦闘ダメージは受けないが、明日香の場には《ホワイト・ブリザード》がある。カードブロッカーが破壊されたため、その効果により十代は600ポイントのダメージを受けた。

 

十代 LP:1300→700

 

「ふふ、もうライフも残り僅か。更に青氷の白夜龍は、自分の場のモンスターが攻撃対象になった時、自分の場のカード1枚を破壊することで攻撃対象を自分に変更する能力を持っている」

 

 つまり、ネオスで雪の妖精を攻撃しようとしても無駄ってわけだ。そして明日香は手札のカードを1枚手に取って、ディスクに差し込む。これで、その効果のコストも用意できた、と。

 

「もう諦めたらどう? カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「……明日香、お前そんな簡単なことも忘れちまったのかよ」

「なにを言っているの?」

「デュエルは、最後の最後までわからない! デュエリストなら、誰でも知っていることだぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 笑みすら浮かべて断言する十代。その言葉に、俺たちは心の底から同意する。

 十代が言うように、デュエルをする者なら誰もが知っていることだ。1ターン先に何があるかなんて、誰にもわからない。だからこそ、どんなピンチだろうと逆転の目はある。ゆえに、諦めるなんて選択をするはずがないのだ。

 十代のそんな言葉に明日香は苛立たしげな表情を浮かべる。デュエル開始時のような感情のない顔つきはどこにもない。徐々にではあるが、明日香の心は十代によって解放されていっているのかもしれなかった。

 

「いくぜ吹雪さん! 墓地の魔法カード《思い出のブランコ》を除外し、《マジック・ストライカー》を特殊召喚! このカードは墓地の魔法カードを除外することで特殊召喚できる! 更に《アーマー・ブレイカー》を召喚!」

 

《マジック・ストライカー》 ATK/600 DEF/200

《アーマー・ブレイカー》 ATK/800 DEF/800

 

 ともにカードブロッカーとよく似た、おもちゃの兵士のような出で立ちをしている。マジック・ストライカーはカラフルな軽鎧に杖を持ち、アーマー・ブレイカーは大きなハンマーが取り付けられた兜をかぶっているのが特徴的である。

 

「アーマー・ブレイカーは装備カードとして戦士族モンスターに装備できる。そして装備したモンスターが戦闘ダメージを与えた時、相手の場の装備魔法1枚を破壊する! マジック・ストライカーに装備! そして、マジック・ストライカーは直接攻撃可能なモンスターだぜ!」

「なんですって!」

「いけ、マジック・ストライカー! 明日香に直接攻撃だ! 《ダイレクト・ストライク》!」

「きゃぁあッ!」

 

明日香 LP:1300→700

 

「アーマー・ブレイカーの効果発動! 装備魔法の《白のヴェール》を破壊する! 斎王の張ったヴェールなんて、引っぺがしてやるぜ!」

 

 マジック・ストライカーが装備カードとなっているアーマー・ブレイカーを勢いよく振りおろし、地面に叩きつける。その衝撃は地を伝い、明日香の場にあった白のヴェールのカードを破壊してしまう。

 

「よっしゃあ! ネオスを守備表示に変更して、ターンエンドだ!」

 

 喜びの声を上げる十代だったが、それに対して明日香は俯いて肩を震わせていた。

 なんだなんだ。

 

「神聖なる白のヴェールを……! 十代、よくもやったわね!」

「ひいッ」

 

 ギロリ、という擬音がまさしく似合いそうな勢いで十代を睨むその剣幕に、思わず外野にいるはずの俺たちも若干腰が引けてしまう。

 吹雪さんなんかいつの間にか後列の席に移動してるし。どれだけ明日香がトラウマになってるんだよ、吹雪さん。

 

『あ、あはは。でも、なんだか調子が戻ってきたね明日香さん』

「そういえば、ああなってからここまで感情を爆発させたのは初めてだよな」

 

 さっきからちょいちょい感情を露わにしてはいたが、激情に近いほどのものはこれが初だ。

 そんなことを思っていると、我らが分析家三沢が及び腰のまま顎に手を当てて考えを述べた。

 

「ひょっとすると、白のヴェールが破壊されたことで斎王の呪縛が弱まっているのかもしれないぞ」

「なるほど! ならこのままいけば天上院君は……!」

「よーし、頑張るんだ十代君!」

「吹雪……」

 

 後列の席から隠れるように顔を出して応援する吹雪さんに、さすがにカイザーも微妙な顔である。

 

「なんか、あまり尊敬したくない先輩ザウルス」

「剣山くん。とりあえず今は兄貴のデュエルを見ようよ」

 

 さらりとスルーすることを覚えた翔が、一番賢いのかもしれない。

 そんなことを頭の片隅で思いつつ、俺もまた佳境に入りつつある二人のデュエルに注目するのだった。

 

「十代、覚悟なさい! 私のターン、ドロー! 速攻魔法、《サイクロン》を発動! 装備カードとなっているアーマー・ブレイカーを破壊する! そして青氷の白夜龍でマジック・ストライカーを攻撃!」

「だが、マジック・ストライカーは戦闘で破壊されても戦闘ダメージを受けないぜ!」

「けど、ホワイト・ブリザードの効果があるわ! 600ダメージを食らいなさい、十代!」

「ぐッ……!」

 

十代 LP:700→100

 

「ターンエンドよ」

 

 これで十代に後はなくなった。しかし、それでも十代の表情に諦めの要素はまるで感じられない。むしろ、今の明日香の様子を見て喜んでいるようだった。

 

「よう、明日香! 随分と熱くなってきてるじゃないか!」

「そんなことはないわ。どうせあなたは次のターンで青氷の白夜龍の前に敗れる。いい加減に抵抗を止めたらどうなの?」

「何言ってんだ。お前とこうして本気のデュエルが出来てるんだぜ! 最後の最後まで俺はこのデュエルを楽しませてもらうぜ! お前と一緒にな!」

「なにを……」

「俺のターン、ドロー!」

 

 困惑する明日香だったが、それには取り合わずに十代はデッキからカードを引く。

 そして引いたカードを見た十代の表情が目に見えて晴れやかなものに変わっていった。

 

「来たぜ! 俺は《N(ネオスペーシアン)・フレア・スカラベ》を召喚!」

 

《N・フレア・スカラベ》 ATK/500 DEF/500

 

 ネオスと共に並び立つ、黒い甲虫が人型になった炎のネオスペーシアン。しかしその攻守は共に低く、自身の効果で補ったとして上昇値はたかが知れている。

 ゆえに明日香は一度肩の力を抜くが、すぐにはっとなって十代の場を見た。そう、フレア・スカラベの隣に守備表示で存在するネオスを。

 

「まさか――!」

「そうさ、明日香! 俺はネオスとフレア・スカラベをコンタクト融合! 来い、《E・HERO フレア・ネオス》!」

 

《E・HERO フレア・ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

「フレア・ネオスの効果発動! フレア・ネオスの攻撃力はフィールド上の魔法・罠カード1枚につき400ポイントアップする! よって攻撃力は――」

 

 フィールド上にある魔法・罠カードは明日香の場にある3枚のみ。しかし、それだけで十分だ。あわせて1200ポイント、フレア・ネオスの攻撃力はアップする。

 

《E・HERO フレア・ネオス》 ATK/2500→3700

 

 力を漲らせるフレア・ネオスを見て、カイザーが呟く。

 

「……明日香の残りライフは700ポイント。そして青氷の白夜龍の攻撃力は3000……。決まったな」

「ああ。けど……」

 

 カイザーの言葉には同意する。これでほぼ十代の勝ちは決まりとみていいだろう。だが、このデュエルは単に勝てばいいわけじゃない。

 ここは明日香に揺さぶりをかけて、きちんと元に戻れるように促さなければならない。それがわかっているからこそ、俺たちは固唾を呑んで二人の様子を見守った。

 

「へっ、どうだ明日香! これがネオスとネオスペーシアンの力! そして俺とカードたちの絆がなせる業だぜ!」

「何を馬鹿なことを。そんなの、ただ運が良かっただけに過ぎないじゃない」

「いいや、違うね! デッキの皆と俺には切っても切れない絆がある! だから俺にカードは応えてくれるんだ! それは、俺たちとお前にも言えることだぜ!」

「なにを言って……」

「明日香! お前は自分を斎王の忠実な下僕だって言うけどな! お前は今だってずっと俺たちの仲間だ! 斎王のところに行こうが何しようが、それは絶対に変わらない! その築き上げた絆の力が、きっと斎王の力を上回ってお前を元に戻す!」

 

 拳を握りこみ、十代が断言する。すると、明日香は僅かに表情を翳らせた。

 

「くっ……わ、私は、今の私こそが本当の――!」

「俺の知る明日香は、そんなんじゃなかった! もっとキリッとしてて、誇り高くて、負けず嫌いで、言いたいことはズケズケ言って、怒りっぽくて、たまにおっかない! それが俺の知る明日香だ!」

 

 おい。

 俺が思わず心の中で突っ込んでいると、一瞬呆気にとられた顔をした明日香は、すぐにその表情を般若のごとき形相に変えて怒鳴り声を上げた。

 

「な……なんですって! 十代ッ!」

 

 それを正面から受けた十代は、自分で言ったことながら腰が引けていた。

 

「こ、こえぇ! ――け、けど、そうやって自分の感情に素直な方が、ずっと明日香らしいぜ! それに、お前が本当は優しい奴だってことはきちんと知ってるさ!」

 

 最後に笑ってそう言うと、十代は手をフィールドのフレア・ネオスに向け、高らかに宣言した。

 この一撃で、お前を元に戻してみせる。そんな決意が見えるような強い声だった。

 

「バトル! フレア・ネオスで青氷の白夜龍を攻撃! 皆の熱い思いを乗せた一撃だ! 元のお前に戻ってくれ、明日香! いっけぇ! 《バーン・ツー・ラッシュ》!」

 

 十代に応えるようにフレア・ネオスが飛び上がり、その身を紅蓮の炎で包むと青氷の白夜龍に向けて突貫していく。

 燃え上がるその姿は、十代の言うように俺たちの気持ちを体現したかのようである。元の明日香に戻ってほしい。そんな俺たちの願いを込めた最後の一撃が青氷の白夜龍に炸裂する。

 炎は直後に青氷の白夜龍の身体を覆い、氷で出来たその身を溶かすようにしてフレア・ネオスに打倒された。

 そして同時に攻撃力差の700ポイントが余波となって明日香を襲った。

 

「きゃぁああッ!」

 

明日香 LP:700→0

 

 余波の炎が今度は明日香の身を包む。ソリッドビジョンではあるが、それはまさに明日香の凍った心を溶かしているようにも思えるものだった。

 勝敗がついたことで、徐々にソリッドビジョンも解除されていく。明日香の身を包んでいた炎も消え、ライフポイントが0となった明日香はふらりと身体を揺らすと、ゆっくりと地面にその身を横たえた。

 背後に陣取っていた光の結社の面々が会場を去って行く中、俺たちは倒れた明日香を見て腰を浮かす。だがその前に十代が明日香の方へと駆けより、そして呼びかけていた。

 

「白夜は終わりだ。朝だぜ、明日香! 早く起きろよ、寝坊なんてらしくないぜ!」

「十代……私が寝坊なんて、するわけないでしょう……」

 

 横たわった状態から上体を起こし、明日香は半眼で十代を見る。操られていたさっきまでの様子とは明らかに違う表情に、十代は嬉しそうに笑う。

 しかし、それも次の瞬間までのことだった。

 

「――って、十代! あなたよくも好き勝手言ってくれたわね! 誰がおっかないですって!?」

「げ!? いやー、ははは。お、覚えてたのか?」

「当たり前でしょう! 悪かったわね、怒りっぽくて!」

「勘弁してくれよ、明日香。あれは演技、演技だったんだって!」

 

 すっかり元の調子に戻ったらしい明日香相手に、ひたすら困り顔で苦笑いをする十代。

 そんな二人を見つつ、俺たちはどうやら上手くことが収まったらしいことを悟り安堵の息を吐くのだった。

 

「けど、万丈目くんは操られてる時のこと覚えてなかったのにね」

「それだけ兄貴の言葉が明日香先輩を怒らせたってことザウルス」

 

 翔と剣山がうんうんと頷いているのを見て、万丈目や三沢もそれに首肯する。

 しかし、吹雪さんとカイザーは彼らとは違う感じ方をしているようである。吹雪さんは前列の椅子の背もたれに肘をつきながら、カイザーは腕を組みながら言い合う二人を微笑ましそうに見ていた。

 

「そうかな? どちらかというと明日香が十代君に甘えているように見えるけどね、僕には」

「ふっ……十代の言葉が、それだけ明日香の心に届いたということでもある」

 

 そんな二人の言葉を受けて、俺はちらりと横で浮かぶマナを見た。

 

「そんなもんか?」

『十代くんの明日香さんを心配する気持ちが、しっかり伝わったってことだよ。きっと』

 

 こちらも明日香が元に戻ったことが嬉しいのかニコニコしているマナが、そんなことを言う。

 いずれにせよ、これで明日香は元に戻ったということなのだから、めでたしめでたしだ。俺たちは二人と合流するべく観客席からステージへと向かう。

 下に降りるために通路に入っていくその直前。もう一度振り返ってステージを見ると、風の悪戯か二人が小さく交わした会話が偶然にもここまで届いた。

 

「……十代」

「なんだ?」

「……ありがとう」

「へへ。ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ、明日香!」

 

 笑い合う二人。その平和かついつも通りの姿を見て、俺もまた頬を緩める。そして先に通路に入っていった皆を追い、十代と明日香が立つステージを目指すのだった。

 

 

 

 

 翌日、レッド寮を訪れたレイは元に戻った明日香を見るやいなや抱き着き、喜びを表した。

 明日香もそんなレイの頭を優しく撫で、心配をかけたことを詫びる。実に心温まる情景であり、光の結社が出てくる前は当たり前であった光景でもある。

 これでようやく全員が揃ったわけで、そのことは素直に喜ばしい。

 だが……まだ斎王の脅威がなくなったわけではない。明日香が抜けたことで、斎王の直属の部下と呼べる生徒はいなくなった。あと斎王が直接洗脳を施した人といえば、あのオージーン王子ぐらいか。

 いよいよ斎王の手駒も少なくなってきているわけだ。

 それに、ペガサスさんが言っていた《究極のD》のこともある。今は誰が持っているのかは知らないが、見つけた時にはペガサスさんだけでなくエドにも知らせなければならないだろう。エドの気持ちを知っているだけに、それを無視することは出来ない。

 そこらへんは、あとで同じく話を校長から聞いているらしいカイザーとも話しておかなければならないだろうな。

 ともあれ、徐々にではあるが事態は着実に終局に向かってきている。

 なればこそ、ここで気を抜かずに俺たちはしっかりと備えておかなければならないだろう。そう改めて思う。

 だが、その前に。俺には直面している問題があった。

 それは、明日香が復活したことで明らかになった問題である。すなわち。

 

「……これから住むところ、どうしよう」

 

 ということである。

 俺が今住んでいるレッド寮の一室は、万丈目が改造した後にもともと明日香が使っていた部屋だ。ブルー女子のアイドル育成コースが嫌で逃げてきて以降、ずっとそうだった。

 明日香がいなくなってからは、白くなった寮に戻りたくない俺が使っていたが……明日香が戻ってきた以上、やっぱり出て行かないといけないのだろうか。

 と、そんなことを割と真剣に悩んでいたのだが、明日香はそれに対して一言。「それなら、私はジュンコやももえのところに泊めてもらうから、そのままでいいわよ」と言ってくれた。

 もちろん俺はその厚意に甘えることにした。どうにか住処を追われずに済んで一安心である。

 そういうわけで、今日も今日とて自室にてデッキを弄る。

 メインデッキ、エクストラデッキ……。順々に目を通していき、あーでもないこーでもないと頭を悩ませていく。デュエルするのも楽しいが、この時間もまたカードゲームの醍醐味である。

 部屋の広さもあいまって、俺以外の人間もいる時もあるが、そういう時はテストプレイもできるのでむしろ助かっている。

 とはいえ今は俺一人だけなので、気兼ねせずにカードを広げてデッキを組む。そうして完成したデッキを持ち、俺は出かける。

 外では、十代たちに加えて明日香もいる。レイ、レイン、それにカイザーといった面々も加わったその様子に、俺は自分でもわかる程の笑顔を浮かべてデッキを片手にその輪に飛び込んでいくのだった。

 

 

 

 


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