遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第44話 安穏

 

 ――夜、デュエルアカデミア中等部寮。

 高等部のオベリスクブルー寮とは違い、中等部は基本的に二人から三人で一室が与えられている。これは高等部にある三種類の寮による区分けが中等部には存在しないためであり、またアカデミアは高等部に多くの敷地を割いているため、中等部が比較的手狭であることがその理由である。

 更に言えば一か所に生徒を集めて管理をしやすくすること、そしてルームメイトと暮らすことで多感な時期である中等部生に一層の社交性を身に着けることを期待して、ということも含まれていた。

 そんな中等部寮。その中でも女子寮には、一室だけ特別な部屋があった。複数人で一室を使うという原則があるにもかかわらず、その一室は一人の生徒が個室扱いで使用しているのだ。

 

 ――レイン恵。学園から何故か特別な待遇を受けている銀髪の少女。

 

 彼女が中等部において周囲から煙たがられているのは、なにも無愛想であることだけが原因ではない。それに加え、一人部屋を与えられたこと。時おり授業に出席していないにもかかわらず特にお咎めがないこと。そしてデュエルが強いこと。

 それらの要素が入り混じり、レインを取り巻く現在の環境が出来上がったといえる。

 そういった一般生徒とは異なる扱いに加え、レインには愛想がない。クラスメイトは「話しかけづらい人」として近寄りづらく、それ以外の生徒は「特別待遇を鼻にかけてこちらを見下している」とレインの態度を受け取った。

 そのため、レインは基本的に中等部で受け入れられていなかった。

 しかし、そんなレインにも友達がいる。彼女自身そうそう口にはしないが、親友とすら思っている、早乙女レイという存在が。

 かつてデュエルし、そしてレインは彼女に勝った。それ以降、レイはレインに興味を持つようになる。そのなかでレインが腫物のような扱いであると知り、根が善良なレイはそれを放っておけずレインと交流を始める。

 初めは一方的だったそれも、徐々にレインの心の氷を溶かしていった。そして最終的にレイの好意をレインは受け入れ、二人は友人と呼べる関係になったのだった。

 レインが暮らす部屋は彼女だけしか住人がいない。そのため、レイは気を使ってかよくレインの部屋に遊びに来ていた。レインもそれを受け入れ、二人で楽しく過ごすのが放課後の主な使い道である。

 そしてその際、レイはたまにレインの部屋の片隅に目を向けることがある。

 しかしそれは当然というもので、レインの部屋の片隅には大きな白い箱がデデンと鎮座しているのである。

 一度レイはレインに聞いたことがある。あの箱は何なのか、と。しかしレインの答えは決まって「……禁則事項。ごめん」だった。

 その時のレインの顔が本当に申し訳なさそうで、レイはそれ以降その質問をしていない。しかしときどき思い出したようにレイがそれを気にしているのも事実なのだった。

 

 そんなことを思い出しながら、レインは既に夜半にもなる時間に暗い部屋の中をゆっくりと動く。そして部屋に置かれたその箱まで近づくと、そっとそれに触れた。

 すると、途端にその箱は徐々に形を変えて、非常に機械的な姿へと様変わりしていく。それはさながら蕾が花弁を開いていくかのような、そんな変化によく似ていた。

 展開されきったソレの姿は、まるで飛行機のコクピットを小型化したような姿だった。小さなボタンやレバーはまさにそう。モニターにあたる部分がなく、コードや細かい部品が剥き出しになっている点はいささか無骨に過ぎるが、その緻密さには目を見張るものがあった。

 しかし、そんな造りになっているためかデザイン性は非常に乏しい。箱の状態が綺麗な白一色だっただけに、その対比で無骨さが目立つのだ。とはいえ、そんな中でも唯一美しいと表現してもよい個所があった。

 機械の下部にて虹色の輝きを放つ部位である。この装置の動力源であろうそこだけは、闇の中にあっても幻想的な美しさを持って暗い部屋の中を淡く七色に染め上げていた。

 そして、レインはおもむろにそこに顔を近づけると、入念にその様子を調べ始める。

 毎度レインはこうして機械に異常がないかのチェックをしている。不具合などが出てはたまらないからだ。尤もよほどのことがない限りそれはありえないので、念の為の域を出ることはない。

 部屋に置かれたコレのため、そして自身の存在ゆえに機械に対して理解が深いレインならではのこだわりといえるかもしれない。

 そしてそれらのチェックを終えて問題がないことを確認したレインは、その前に座って小さく呟いた。

 

「……マスター」

 

 その微かな呼びかけに反応し、機械がブーンと小さな駆動音を響かせる。それ以外には何も音を出さない恐ろしく静音性に優れたそれは、やがて空間上に半透明のウィンドウを浮かび上がらせた。

 レインはしばしそのウィンドウを前に頷いたり、小さく口を動かしたりとしていたが、数分後にはそれも終わる。同時にウィンドウも消えてその機械も元の箱の形へと戻っていった。

 そして先程までの異様な光景から普段の寮の姿へと戻った一室の中で、レインはベッドに腰掛けた。

 そして、先程ウィンドウの向こうにいる相手に言われたことを思い出す。

 皆本遠也……。レイと親しく、レイが思いを寄せ、そして自身を仲間として受け入れてくれた人。

 レイと遠也、そしてマナ。彼女たちがいたおかげで、レインには十代たちをはじめとする多くの仲間が出来た。今なら、彼らも自分の友達だとレインは言い切ることが出来る。

 それは全て、レイのおかげであり、そして遠也のおかげでもあった。

 レイ、遠也、マナ……多くの顔がよぎり、レインはそっと目を伏せた。彼らに隠し事をしている自分が、急に申し訳なく思えてきたのだ。なにせ、自分はもしかしたら彼らと敵対するかもしれないのだから。

 

「……けど、マスターは絶対」

 

 そう言い聞かせ、レインは閉じていた目を開ける。

 まだ彼らと敵対すると決まったわけでもない。今は様子見。今の指示にしても、現状を逸脱しない範囲でいいと言われたのだから。

 願わくば、彼らを害することがずっと無いように。

 レインは無機質な心の中で、そっとそんなささやかな願いを抱くのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――カイザー丸藤亮がアカデミアに帰ってきた。

 この一報はすぐさま島中を駆け巡り、多くの生徒がカイザーの来訪を喜びと興奮をもって受け入れていた。

 それというのも、カイザーはかつてこのアカデミアで最強と言われ続け、更にそのルックスと相手を思いやる優しさから男女問わずにとても慕われていたのだ。そして卒業後はプロとして順調にランキングを駆けあがっている。まさに自慢の先輩というわけなのだ。

 今年の一年生にもカイザーに憧れてアカデミアの門を叩いた生徒は数多い。そんなカイザーが現れたというのだから、それに対する生徒たちの反応など想像に容易い。

 カイザーにならメダルを奪われてもいい、またはデュエルすること自体が記念になると言って早速カイザーはモテモテのようだった。

 ことごとく対戦相手に避けられる俺や十代とはえらい違いである。強さ的には負けてないと思うんだが……やっぱりあれか。男はしょせん顔と社会的地位だというのか。

 おのれカイザー。イケメンはこれだから……。

 真っ先にカイザーとデュエルして負けた吹雪さん曰く「いやー、強くなってるね亮は」だそうだ。おどけたような言い方だったが、吹雪さんの表情は真剣だった。カイザーの親友である吹雪さんが直に戦ってそう言うのだから、カイザーは本当に強くなっているのだろう。

 伊達にプロとして生活しているわけではない、ということか。まぁ、それはそれで面白い。実際に戦う時が楽しみである。

 俺はかつて電話で約束した再戦の時を思い、心を躍らせるのだった。

 

 

 

 

 そんな中、俺は道行くデュエリストに「おい、デュエルしろよ」と喧嘩(デュエル)をふっかけてメダルを稼ぐ日々を過ごしていた。

 俺と同じく生徒たちから避けられている十代はというと、外から来たデュエリスト……つまりプロや他校の生徒を中心に順調に勝ち残っているようだ。

 いいなぁ十代は。変わり種とたくさんデュエルできて。俺なんか無理やり近くの生徒をとっ捕まえて大魔王のごとく逃げられない状態にしてデュエルをするしかないというのに……。

 ときおりマナのファンが突っかかってきてくれる時は、手間がなくていいんだがなぁ。

「貴様を倒して、俺は……マナさんに握手をしてもらうんだ!」とか「マナさんの前で少しでもいいところを見せられれば本望! 来い、《モリンフェン》!」とかな。

 握手ぐらいなら、頼めばマナも断らないだろ。そんなことを考えつつ、もちろん全員倒した。

 そういう輩がいない時は、相手を探すことに手間取ってしまうこともあるので、厄介なものである。

 だが、いつもそんな風に飢えた狼のごとく対戦相手を探しているわけではない。適度な息抜きもまた必要不可欠な要素である。

 よって、俺は今レッド寮にある自室……あの万丈目による改造部屋にて三沢とくっちゃべっている。今日はイエロー寮で差し迫った用事があるわけでもないらしく訪ねてきたのでそれを迎え入れたのだ。

 そして話は色々と変遷していき、ある話題となったところで俺は部屋の隅からあるものを取り出すとそれを三沢に手渡した。

 黒い袋に包まれたそれを、三沢は神妙な面持ちで受け取った。

 

「……これが例の物か、遠也」

「ああ。俺が修学旅行のさなか、マナの目を盗んで買いに行ったまさに逸品だ。お前も満足できるはずだぜ……」

 

 コソコソと男二人肩を寄せ合って囁き合う。

 いま俺の傍にマナはいないのでもう少し声を大きくしてもいいのだが、そこはやはり気分という奴だった。

 

「ここのところ、マナだけじゃなくレイやレインもいて渡す機会がなかったからな。上手くお互いに時間が空いて良かったよ」

「ああ。感謝するぞ、遠也」

「いいってことよ、兄弟」

「ふっ、そうだな」

 

 俺たちはがっしりと手を握り合う。

 この気持ちは同じ男にしかわかるまい。この瞬間の……エロに対した時の、男同士の連帯感というものは。

 俺が十八歳だからこそできたこの芸当に三沢は感心しきりだが、しかし俺は表情を真面目なものにして懸念を示す。

 

「だが三沢。そいつを見る時は細心の注意を払えよ。いくらお前でも、見つかれば処罰は免れないぜ……」

「愚問だな、遠也。俺はデュエルの全てを計算で確立する男。安全に視聴するべきルートは、もう見えている」

「……! そうか、確かに愚問だったようだな……」

 

 俺の心配を杞憂だとはっきり断じた三沢の姿に俺も安堵の笑みを見せる。

 そして三沢はこの部屋を辞するべく立ち上がった。俺が渡したコイツを早速見ようということだろう。その逸る気持ちはわからないでもない。俺も三沢を見送るために立ち上がる。

 そして、俺たちは自然と浮かぶ笑みを交わすのだった。

 

「じゃあな、三沢。俺のサービス、心行くまで楽しんでくれ」

「ああ! 恩に着るぞ、とお――」

「へぇ、私も興味あるな」

 

 突如俺と三沢の間から聞こえてきた声に、俺たちは硬直する。

 そしてその隙をついて、その声の主は三沢の手から件のブツを奪い取っていた。

 声を上げる間もなく奪われ、それを黒い袋から取り出している声の主。オベリスクブルー女子の制服に身を包んだマナは、能面のような無表情で袋の中を探っていた。

 こ、こいつ……。外に出て行ったはずなのに、いつの間にか精霊状態で帰ってきてやがったな。話に夢中で気づかなかった。

 そしていよいよマナの手が袋の中のソレを掴み、外に引っ張り出す。

 マナの手の中で白日の下に晒されたそれは、DVDケースに入った映像ソフト。パッケージの写真はやたら肌色が目立ち、無論その肌色の持ち主は女性であった。

 それをじっと見つめるマナ。そして、何も言えない俺と三沢。

 数秒その無言の時が過ぎたかと思うと、マナはそのDVDを袋の中に戻す。そしてそれを三沢に渡すことなくその手に持ったまま、笑顔となって三沢に手を振った。

 

「ごめんね、三沢くん。今日はこれで帰ってもらえるかな?」

「え? でもソレは俺が……」

「ん?」

「いえ、何でもないです……」

 

 未練がましくマナの手にある袋を見た三沢だったが、再度マナに促されあえなく撃沈。

 すたこらさっさと部屋を出て行った三沢を見送りつつ、俺はデッキケースを腰につけてデュエルディスクを腕に着けた。

 

「じゃ、俺はデュエルに勤しむとしますかね」

「うん。私とのお話の後でね」

「……ですよね」

 

 ともすればナチュラルに出て行けるのではないかと期待していたんだが、そうは問屋がおろさなかったようだ。

 マナにがっしり腕を掴まれた俺は、すごすごとその無言の威圧に頭を垂れて従うのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 翌日。

 昨日は色々あって結局あの後デュエルは出来なかったため、今日は真面目にジェネックスに取り組もうと思う。

 勝ち残ってカイザーと恥ずかしくない戦いをするためにも、少しでも自分の力を磨いておかないとな。

 そう考えて一日一回のデュエルが終わった後も相手を探して歩いていると、前から見覚えのある男が歩いてくる。俺も精霊となっているマナもそれに気づき、俺たちはそいつに走り寄っていった。

 

「おーい、エド!」

 

 声をかけると、エドもこちらに気が付いたようだ。

 エドは徐々に近づく俺の姿を視界に収めると、眉を寄せてぽつりと呟く。

 

「なんだ、お前か」

 

「先輩に相変わらず失礼だな、お前は!」

 

 あまりな言い様に思わず突っ込む。

 とはいえ通常時であっても俺たちのことを普通に呼び捨てにするエドだけに、そこまで怒りは湧いてこなかった。慣れというものは恐ろしいな。

 そして俺のそんな言葉を当然のようにスルーしたエドは、腕を組んで訝しげな目で俺を見た。

 

「それで、一体何の用だ?」

「え?」

「……話があるから僕を呼び止めたんじゃないのか?」

「いや、そういうわけでもないけど。友達見かけたら声ぐらいかけるだろ普通」

 

 俺が素直にそう言えば、エドは呆れたように溜め息をついた。もう一度言うが、本当に失礼だなお前。プロとして大人の中で生きてきたなら、もう少し礼儀があってもよさそうなものだが。

 っと、そういえば。

 

「エドはメダル集まったか?」

「仮にも僕はプロだぞ。この程度なら、何も問題はない」

 

 そう言って、エドは懐から手の平いっぱいのメダルを取り出す。ぱっと見ただけでも二十はあるうえ、見た感じまだ持っていそうだ。俺もかなり手にした気でいたが、さすがはプロだ。この短期間でこれとは。

 

『エドくんが自信たっぷりなのも納得だねー』

 

 うんうんと頷くマナに、俺も内心で頷く。伊達にこれで生活してるわけじゃないってことか。

 ……プロといえば、一つ思い出したことがある。カイザーがこの島に来た時、エドのマネージャーでもある斎王はエドに用事があって港に来たと言っていた。あれは一体何の用だったのだろうか。

 

「どうした?」

 

 問いたげにしていた雰囲気が伝わったのか、エドのほうから俺に疑問の声がかけられる。

 聞いていいものか迷ったが、答えたくないことならエドが答えるとは思えない。訊くだけならタダであるという結論に達し、俺はエドにその問いをぶつけてみた。

 すなわち、斎王の用事とは何だったのか、と。

 この質問に対し、エドの表情は目に見えて困惑したものへと変わる。

 

「いや、言いにくいことならいいんだ。ちょっと気になっただけだったし」

 

 その変化を見て取った俺は何かまずいことを聞いたかと思い、思わず早口でお茶を濁す言葉を吐き出す。

 しかし、エドはそれに首を振って応える。……どういう意味だろうか?

 

「別に言いにくいことじゃない。ただ、僕にもよくわからないんだ」

「……どういうことだ?」

 

 俺が重ねて問うと、エドはゆっくりとその時のことを話し始めた。

 俺たちやカイザーと会った後、エドのクルーザーを訪れた斎王は、そのままエドと話を始めたのだという。そこでエドは斎王に何を考えているのかを問い質したそうだが、斎王の答えは光による救済だの運命による導きだのと要領を得ない。

 運命によって導かれる。そのことに、エドは違和感を覚え始めていた。俺と戦い自分を取り戻した万丈目が、そのきっかけだったそうだ。

 斎王が言う運命によって斎王に下った男が、自らの意思で斎王の元を離れた。これは運命に抗ったということではないのか。それもまた運命だったと言うには、斎王の元にいる側近が明日香ひとりという現状はあまりに不自然だと思ったのだ。

 そこにきて斎王の訪問を受けたエドは、かつて自分たちは運命に抗うと決めたのではなかったか、と斎王に詰め寄ったのだという。

 

「かつて斎王はこう言った。自分の運命は破滅に向かっていると」

「破滅に?」

「ああ。それを自分ではどうにも出来ないと嘆いていた。だからこそ、僕は斎王の友となり、斎王を助けると誓った。その運命から。その誓いのもと、僕は斎王の傍にいたんだ。……もっとも、僕も自分のことで一杯一杯でいつの間にかそれを忘れていたのは事実だがな」

「親父さんの復讐のことか」

「………………」

 

 エドはそれを忘れていたことを後悔しているのだろう。無言で目を伏せたその表情は、沈痛という言葉がぴたりと当てはまる痛々しいものであった。

 そんな中、エドの話は続く。

 そうして詰め寄られた斎王は、不気味な笑顔を浮かべてエドの肩に手を置いた。しかし、一瞬でその手は離れ、斎王は突如苦しみだしたという。

 友の姿に心配になったエドは、斎王に駆け寄る。そして「大丈夫か」と声をかけると、予想外の言葉が返ってきたのだという。

 

「予想外の言葉?」

「ああ。……『エド、君は……君だけは何としてもこいつの犠牲にはさせない。必ず私はこの世界を破滅から救ってみせる。決して今は私に手を出すな』と。それだけ言って、斎王は帰っていったよ」

 

 そして、帰る時には舌打ちを一つ打って、元の不敵な斎王に戻っていたらしい。頭が痛むのか手で額を抑えながら帰った斎王に、エドは言葉をかけられなかった。それよりも斎王に言われた言葉がエドの頭の中を占めていたからだ。

 俺はそこまでの話を聞いて、かちりと頭の中で一つに繋がる情報に思い当たった。そう、斎王の妹である美寿知が言っていた言葉である。

 

「……ひょっとして、美寿知が言っていた斎王本来の人格が――」

「ああ。僕に言葉を残したのが、きっと本来の斎王なんだ。僕にはわかる。斎王は自分を飲み込もうとする何者かと戦っているんだ」

 

 言って、エドはぐっと拳を握りこむ。

 友が窮地に立たされていることを知りながら、何も力になれていないからだろう。その気持ちは、かつて十代がカードが見えなくなった時のことを思えば、少しは分かる気がした。

 

「斎王が何故手を出すなと言ったのかはわからない。だが、僕の友がそう言ったんだ。今は……僕はそれを信じて、待つだけだ」

 

 エドはじっと目を閉じる。

 それはまるで、今にも斎王の元へ向かって救い出したい欲求を無理やり押さえ込んでいるかのようであった。

 ……俺は斎王がそう言った理由に見当がついている。今の斎王の手元には世界を滅ぼすことが出来るレーザー衛星ソーラを起動させる鍵がある。強行におよび、それを発動させられてはたまらないということだろう。

 斎王本来の人格が抑えているだけなら、破滅の光もいずれ斎王の人格など消え去ると思って無理はしない。だが、そこに外部要因が加われば話は変わる。そうなってしまわないために、エドに釘を刺したのだと予想できる。

 そう思い至るから、俺は何も言えない。斎王の気持ちを慮れば、不安要素をわざわざ作り出す真似など到底できなかったからだ。それに、事は世界の存亡に冗談抜きに関わってくる。下手に話して混乱をきたしても困る。

 一応ペガサスさんには内密でどうにかできないかと相談したのだが、首を横に振られてしまっている。やはりI2社といっても所詮は一企業。国を相手に無理は出来ない。

 それに、レーザー衛星は宇宙にあるのだ。国に手を出せば、それを勘付かれて斎王に起動させられジエンドだ。宇宙にある本体をどうにかする手段はないのだから。

 今は斎王の本来の人格に賭けるしかない。俺もまた歯がゆさに眉をしかめるのだった。

 

「……余計なことまで話してしまったな。僕はもう行く」

 

 バツの悪そうな顔をしてエドは踵を返す。

 俺ははっとしてエドに声をかけた。

 

「エド! 斎王のことはわかったけど、お前はどうするんだよ」

「……何のことだ」

 

 振り返らずにエドは言う。だが、その声が強張っていることから、俺が言いたいことは伝わっているのだろう。

 だがあえて、俺は言葉にした。

 

「復讐のことだ。……斎王のこともあるのに、大丈夫なのか?」

 

 やめろ、とは口が裂けても言えない。復讐と口にし、それを実行しようとしているエドに悲しみを覚えないと言えば嘘になる。しかし、それはエドにとって全てと言ってもいい悲願なのだ。

 当事者でない俺が強く言えるはずもなかった。

 ……そう、悲願のはずなのだ。エドには。しかし、俺のそんな問いかけに、エドは即答することが出来なかった。

 一拍置き、エドは叩きつけるように言葉を紡ぐ。

 

「……僕は、父を殺した男を許さない。父さんが遺した究極のDも、必ず僕が見つけ出す。必ず……!」

 

 唇を噛みながら、自分に言い聞かせるようにエドは言う。

 そして、そのままエドはゆっくりと歩を進めていき、俺の前から姿を消すのだった。

 ……しばしその場に立ちすくみ、俺は深い息を吐いた。

 

「なんていうかさ」

『うん?』

「……ままならないよなぁ、色々」

『……うん。エドくん、無理をしないといいけど』

 

 エドが去って行ったほうを心配げに見てマナがそう懸念を口にする。

 復讐、そして友の危機、か。一人の肩にかけるには随分と重たい荷物だ。俺や十代たちが、少しでも助けになれればいいんだけどな。

 マナと共に既に見えないエドの背中を見つめながら、俺はそんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 エドと別れた俺は、しばらくそのままブラブラと歩く。

 歩きつつ頭の中はさっきエドと交わした会話が占めていたのだが、結局いま俺にできることはそうないと気付き、その思考は一時中断している。

 そして気分転換……というより本来の目的に戻って、誰かデュエルしてくれる人がいないかなーと思いながら歩いているわけだ。

 だがしかし、本校生徒は露骨に避けるからデュエル出来ない。外部の人間も、こういう時に限って全く会わない。俺の口から溜め息が漏れた。

 もう諦めてレッド寮に帰ろうかな。そう思い始めた俺だったが、どうやら神は俺を見捨てていなかったようだ。

 

「皆本遠也! 俺とデュエルしろ!」

 

 こう言ってデュエルディスクを突きつけてくるイエローの生徒に出会えたのだから。

 

「ああ、もちろんいいぜ!」

 

 その言葉に当然のごとく二つ返事で了承し、俺は喜々としてデュエルディスクを構える。

 さっきのエドのこともあって、気分が落ち込み気味だからな。ここは気持ちを切り替える意味でも、デュエルを持ちかけてきてくれたこの生徒には感謝だ。

 そういうわけで俺は笑顔を相手に向けるのだが、あっちは俺を睨むばかりである。

 思わず首を傾げると、そいつが歯ぎしりをしながら声を出す。

 

「お前を倒して、俺は彼女をお前から奪ってみせる」

「ほう……」

 

 またその類の輩か。しかし、正面切って俺に挑戦してきたその心意気は認められる。

 だが、マナは俺のものだ。誰が奪わせるものか。

 そういった手合いと分かれば話は別だ。マナに関することな以上、全力でこのデュエルを制してみせる。そう俺が意気込みも新たにすると、向こうもカッと目を見開いて決意の叫びを上げた。

 

「俺の天使――レイちゃんを!」

 

「って、おい!?」

 

 レイのほうかよ!? 確かにレイは俺に懐いていてよく一緒にいるから誤解するのも分かるが……。彼女じゃないぞ、あいつは。あくまで妹分だ。

 っていうか、それ以前にだな。

 

「ちょっと待て! レイは中等部とはいっても小学六年生と同年だぞ!? 普通に犯罪だろ!」

「問題ない! 愛があれば!」

『いや、問題でしょ』

 

 マナの冷や汗交じりの突込みはごもっともである。しかもその愛は一方通行のものであって、その時点でもう駄目である。

 だというのに、やたらテンション高いこいつは何なんだ。

 ……仕方ない。ここはレイのためにも俺がこいつを倒そう。妹を守るのは兄貴の役目。レイと付き合いたいなら、俺を乗り越えてからにしてもらわなければ絶対に許さん。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

イエロー生 LP:4000

 

 デュエルディスクを確認すれば、先攻は俺となっている。俺はデッキトップに指を置いた。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札に加える。そして、1枚をディスクに乗せる。

 

「俺はモンスターをセット。カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 叩き潰すとは言ったが、先攻は攻撃できない。

 ならばここは相手がどういった手で来るのか、しっかりと見極めることが肝要だ。そのために俺はフィールドに守備表示モンスターと伏せカードを残した。これでこのターンを過ごせば、次のターンでは相手の戦術に合わせた対応をとれるはず。

 それもこれも、次の向こうの出方次第だ。俺はじっとあちらの動きを観察した。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた奴はその中の1枚に手をかける。一体どんな手で来るのか……。

 

「俺は魔法カード《デス・メテオ》を発動! このカードは相手のライフが3000以上の時のみ発動でき、相手ライフに1000のダメージを与える!」

 

 いきなりバーンカードだと!? さすがにそれは予想外だった。

 直後、俺のフィールド上空に現れる隕石。それはモンスターではなく、直接俺へと落下してきた。

 

「うぉおッ!?」

 

遠也 LP:4000→3000

 

 一気にライフが1000削られる。そして相手は次の行動に移っていた。

 

「更に《火炎地獄》を発動! 相手ライフに1000ポイントのダメージを与え、俺は500ポイントのダメージを受ける!」

「またかよッ!? うわぁッ!」

 

遠也 LP:3000→2000

イエロー生 LP:4000→3500

 

 フィールド全体を覆うように炎が走り、互いのプレイヤーへと火炎が迫る。若干俺の方に勢いがあるそれを受け、ライフが更に減少する。

 

「更に《ファイヤー・トルーパー》を召喚! このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、このカードを墓地に送ることで相手ライフに1000ポイントのダメージを与える!」

 

 モンスターを召喚したと思ったら、またしてもバーンか。……俺が伏せたカードは《くず鉄のかかし》。攻撃宣言がなければ、意味がないカードである。

 召喚されたファイヤー・トルーパーは即座に墓地に送られ、身体の一部であった炎を俺に放射して姿を消す。ソリッドビジョンとはいえ、思わず俺は目を閉じた。

 

「ぐッ……! お前、まさか……」

 

遠也 LP:2000→1000

 

 ここまでくれば疑う余地はない。相手のデッキコンセプトは、直接ダメージを与える魔法カードや効果モンスターを駆使して相手ライフを0にすること。

 つまり。

 

「そうだ! これはバーンデッキ! これなら俺だってお前に勝てる! そして俺はレイちゃんに……レイちゃんに話しかけるんだぁぁあ!」

「話しかけるぐらい、普通にしろよ!」

 

 気合を入れて叫んだ願望があまりに簡単に達成できそうなものだったため、思わず突っ込む。レイなら無視することはないと思うから、それぐらい容易いだろうに。

 だが、そんな俺の言葉は奴にとって火に油を注ぐようなものだったらしく、一層こちらを睨んできた。

 

「黙れ! 話しかけるなんて恥ずかしいだろ! お前みたいなリア充にこの気持ちがわかってたまるか! ――まだいくぞ! 魔法カード《火あぶりの刑》を発動! 600のダメージを受けろ!」

「くっ、さすがにマズイ……!」

 

遠也 LP:1000→400

 

 再び俺に直接降りかかった炎によって、こちらの残りライフはあと400しかない。もしまた次にバーンカードが来たら、たぶん負けることになる。

 思わず冷や汗が頬を伝い、俺は奴の残り2枚の手札にバーンカードがないように祈る。

 だが、奴はそんな俺を嘲笑うかのように手札に手をかけた。そして1枚をゆっくりとディスクに差し込み、発動させる。

 

「魔法カード《火の粉》を発動! 200ポイントのダメージだぁ!」

「火の粉だと!? っとっと!」

 

 パチパチと足元で跳ねる小さな火の粉に思わず数歩後ずさるが、さっきまでの火炎尽くしを思えば、それほど怖くもなかった。

 

遠也 LP:400→200

 

「最後にカードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 

 向こうのターンが終わり、俺へとターンが移る。

 しかし、まさか相手がバーンデッキとは。しかも、もしあれが火の粉以外のバーンカードならほぼ間違いなく既に勝敗はついていた。

 バーン相手に残りライフ200はかなり致命的だ。このターンで決着をつけなければ、恐らく返しのターンで俺は負ける。

 相手の手札は0だが、バーンデッキの特徴からして次に引くカードがそういったダメージカードである確率はかなり高いからである。

 まさかこういった形でメダルを奪われる危機に陥るとはな。――だが、だからこそデュエルは面白い。こうして想像もしていなかった事態に出会えただけでも、あのイエロー生には感謝だな。

 向こうは向こうで必死であり、本気なのだろう。それはわかる。だが、俺だって負ける気はない。

 自然と口元に浮かぶ笑みを自覚しながら、俺はデッキからカードを引いた。

 

「俺のターン!」

 

 よし、いい答えだぜ俺のカードたち。これならば、上手くすればこのターンでケリをつけられる。

 

「いくぞ! 俺は手札から《レベル・スティーラー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更にクイック・シンクロンのレベルを1つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを特殊召喚する!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 ちなみに今引いたのがレベル・スティーラーである。手札コストとしては最適であり、来てくれて本当に助かった。

 

「そしてセットモンスターを反転召喚! セットしていたのは《ダンディライオン》だ!」

 

《ダンディライオン》 ATK/300 DEF/300

 

 十代が持つものと同じ、タンポポをライオンに似せてぬいぐるみ化させたような、愛くるしいモンスターが葉っぱのような足で立ち上がる。

 さて、これで準備は整った。

 

「レベル1レベル・スティーラーとレベル3ダンディライオンに、レベル4となっているクイック・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 現れる鋼鉄の巨大ロボット。そしてこの召喚に対して相手に動きはなし、と。

 それを確認すると一息つき、俺は言葉を続けた。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、素材としたチューナー以外のモンスターの数まで相手の場のカードを破壊できる! 素材としたのは2体! よってその伏せカードを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

「くっ……」

 

 ジャンク・デストロイヤーによって放たれた光によって、伏せカードが破壊される。伏せられていたのは、《魔法の筒(マジック・シリンダー)》。激流葬や神の宣告だったらアウトだっただけに、シンクロ召喚する時は正直冷や冷やだった。

 破壊したカードも、やはりバーンではお馴染みともいえる魔法の筒。相手モンスター1体の攻撃を無効にし、その攻撃力分のダメージを相手に与えるという、単純ながらも強力なカードだ。そのまま攻撃していたら、本当にゲームエンドだった。

 だが、これで安心して攻撃できるようになったわけである。

 

「そして墓地に送られたダンディライオンの効果により、綿毛トークンが2体守備表示で特殊召喚される」

 

《綿毛トークン1》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 ダンディライオンと同じぐらいの大きさを持つ綿毛に顔をつけた、これまたメルヘンなトークンが場に現れる。

 そして俺は手札のカードを手に取ってデュエルディスクに差し込んだ。

 

「更に手札から魔法カード《シンクロキャンセル》を発動! ジャンク・デストロイヤーをエクストラデッキに戻し、素材となったモンスター一組を墓地から復活!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《ダンディライオン》 ATK/300 DEF/300

 

 ちなみに墓地から特殊召喚されたので、クイック・シンクロンのレベルは元の値である5に戻っている。

 これで綿毛トークンとあわせて俺のモンスターゾーンは全て埋まった。そしてチューナーがいる以上、やることは1つ。

 

「そして再びシンクロ召喚を行う! レベル1の綿毛トークン2体とレベル・スティーラーに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし希望が、新たな地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 駆け抜けろ、《ロード・ウォリアー》!」

 

 3つの星が5重のリングを潜り抜け、溢れ出す光の中から煌びやかな鎧に身を包んだ高貴な戦士が姿を現す。

 薄い金色に彩られた君主にして戦士。威風堂々と地面を滑りながらロード・ウォリアーが拳を突き上げた。

 

《ロード・ウォリアー》 ATK/3000 DEF/1500

 

「ロード・ウォリアーの効果発動! 1ターンに1度、デッキからレベル2以下の戦士族または機械族のモンスター1体を特殊召喚できる! 俺は機械族の《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚!」

 

《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

「レベル3ダンディライオンにレベル1アンノウン・シンクロンをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

 鋭く赤い五本の指。巨大なガントレットのような姿をしたモンスターであるが、その効果はまさに勝利を掴むためにあると言って過言ではない。

 まぁ、今回は効果を使わないだろうが。

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

「更に墓地に送られたダンディライオンの効果で、綿毛トークンを特殊召喚する」

 

《綿毛トークン1》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 ダンディライオンのトークン生成効果は強制効果だ。モンスターゾーンに空きが2つ以上ある場合は必ず特殊召喚される。

 しかし、トークンの出番は残念ながらもうない。俺の場には既に相手のライフを削り切るモンスターたちが揃ったのだから。

 それは向こうも理解している。その証拠に、俺の場を見つめる相手の表情は苦渋に満ちたものになっていた。

 

「攻撃力3000と1800……! くっ……俺のレイちゃんへの想いは届かないというのか……」

 

 そう言って、そいつはがくりと片膝をつく。

 ……兄貴分としてはレイにちょっかいを出されるのは、気に入らない。だがしかし、男として好きな女の子に対して一生懸命になる気持ちは理解できる。

 その相手がレイであるということに若干のモヤモヤを覚えなくはないが、それでも俺は本当に落ち込んでいる目の前の男を見捨てることが出来ず、気が付けば口を開いていた。

 

「何言ってんだ。本当に好きなら、もっと積極的になればいいだろ」

「え……?」

 

 俺の言葉に、そいつは反射的に顔を上げる。そしてその目を真っ直ぐ見つめて、俺は更に言い募った。

 

「レイは優しい奴だって、わかるだろ? あいつは話しかけられて無視するような奴じゃない。だから、勇気を出してきちんと話しかけてみろよ! まずはそれからだろ!」

「勇気を出して、積極的に……」

 

 復唱した男に、俺は頷く。

 

「そうだ。それぐらいの勢いを持っていけば、きっとお前の想いは伝わるさ!」

『誰かさんにもそんな勇気があったら良かったんですけどねー』

 

 横でマナがジト目で俺を見てくる。

 くっ……痛いところを。確かに俺は女の子の方から告白させたヘタレですよ。行動に移されるまで勇気が出なかった意気地なしですとも。

 だが、それとこれとはこの際話は別。今はこの目の前のこいつのために、俺が出来ることをしてやるべきだろう、そうに違いない。

 じっとりと見てくるマナの目から意図的に意識を逸らし、俺は手をフィールドに向けて2体のモンスターに決着を促す指示を出した。

 

「……バトル! ロード・ウォリアーとアームズ・エイドでプレイヤーに直接攻撃! 《ライトニング・クロー》! 《ハンズ・オブ・ヴィクトリー》!」

「うわぁああッ!」

 

イエロー生  LP:3500→0

 

 ロード・ウォリアーとアームズ・エイドの2体による攻撃が直撃し、そいつのライフは一瞬で0を刻み込む。

 両腕を交差させて襲い来る2体に攻撃を受けたそいつは、負けたというのにどこか晴れやかな顔をしていた。

 そして懐からメダルを数個取り出すと、一目散に俺に駆けてきてそれをこちらの手に握らせてきた。

 

「そうだな! 俺、勇気出してみるよ! この思いを、あの子に伝えてくる!」

「お、おう」

「よっしゃー! 待っててくれ、俺の天使よー!」

 

 言うが早いかすぐに踵を返して走り出す。陸上部もかくやというほどのスピードで去って行ったそいつの背中は、すぐに見えなくなってしまった。

 呆然とそれを見送るしかなかった俺だったが、しかしその胸中は何とも複雑なものであった。

 だがまぁ、しかし。言ってしまった手前、俺がどうこう言うことでは既にない。俺は気分を切り替えるように息を吐き出すと、俺もまたその場から踵を返すのだった。

 

 

 

 

 ――余談だが、レイはいきなり現れた高等部のイエロー生に告白され、驚きつつもごめんなさいしたらしい。レイ自身が困惑気味に伝えてきた。

 彼を俺が焚き付けた形になってしまったので、恋敗れたという報告には心苦しいものがある。しかし、兄貴分としてその報告にほっとした自分に気づき、俺は思わず苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 


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