光の結社の総本山ともいうべき、デュエルアカデミア・オベリスクブルー寮。
今はホワイト寮と化したその中の一室で、斎王は常のようにクリスタル製のテーブルとチェアーに身を任せて、タロットカードで運命を占っていた。
テーブルの上に並べられたカードをめくる。めくられたのは、『塔』のカードだった。
「……やはり、あの男の影響は無視できない、か」
斎王は苦虫をかみつぶしたかのように、厳しい顔をして呟く。
皆本遠也。最近では洗脳を重ね掛けした万丈目を元に戻し、その前に至っては自身とのデュエルで洗脳を免れている。更に言えばエドや十代、自分に関係する多くの人物とコネクションを持っている男。
今はまだそれほどでもないが、このまま放置していれば、運命を外れた事態が引き起こされる可能性もある。そうなると、斎王としては困る。
だが、彼の運命が見えないだけで、実は自身の運命に深く関わっている可能性もある。となると、下手に手を出すわけにもいかない。こちらに取り込んでしまえばそんな心配もなかったのだが、今となっては難しいだろう。
運命を見通せない存在というものが、こうも忌々しいものとは。斎王はそんな忸怩たる思いを表すかのような厳しい表情を崩さずに、タロットカードを一纏めにしてシャッフルし始めた。
彼の存在がどのように働くのか。それがわからない以上、斎王にできることは限られてくる。
こちら側に取り込み、目の届く範囲に置く。これは既に失敗している。となると、せめて決定的な場面で邪魔にならないようにしておかなければならない。
「――保険を打っておくのも手か」
山札から、斎王は1枚のカードを引く。そしてそこに記されたものを見て、口角を持ち上げて笑うのだった。
*
さて、修学旅行も終わりアカデミアに帰ってきて既に数日。
俺は部屋でデッキの調整を行いながら、この数日のことを思い返していた。
まず、修学旅行最終日のこと。その間に十代とエドから聞いたのだが、どうも斎王が現在のような凶行を行っているのにはワケがあるらしい。
妹である美寿知によると、斎王がある占い客から1枚のカードを受け取ったことが全ての始まりだったのだとか。それ以降、斎王は豹変。元の斎王は優しく、自身の運命を見通す力を憂いながらも人を思いやることが出来る、そんな人物だったらしい。
美寿知は兄の豹変を嘆き悲しみ、表では従う振りを続けた。美寿知にはまだ希望があった。時折、優しいかつての斎王の心も姿を現していたらしいのだ。そして、あまりにも無慈悲な行いは、その斎王本来の人格が邪魔をして実行できないというのが今の斎王であるらしい。
そのため、破滅の光に侵された斎王は部下を求めた。己が為せぬ外道を行える忠実な部下を。それが光の結社に繋がったのだとか。
そんな斎王を見ながら、美寿知は兄を元に戻してくれる可能性を持つ者が現れるのを待っていた。
そして、そこに現れたのが十代とエドだ。二人は斎王が気にかけ、十代に至ってはその運命を覆した男。美寿知は二人が斎王にとってキーパーソンとなると当たりをつけ、それを見極めるためにあのようなことを仕組んだ、というのが修学旅行での事件だったらしい。
ちなみに俺についても言っていたようで、俺の場合はあまりにも不確定なイレギュラーすぎるため候補から外れたのだとか。まぁ、運命を見通せないらしいからな、俺は。
そしてその結果、美寿知は二人を認め、兄のことを二人に託した。そして自身は自らをデータ化しコンピュータと同化。影に潜むことになった、というわけのようだ。
実際、岩丸たちもその後帰還しているし、本気でどうこうするつもりはなかったんだろうな。
そしてアカデミアに着いた後にも、人形に宿った怨念が意志を持ってデュエルで襲い掛かってきたり、クイズ大好き明日香大好きホワイト生が十代にデュエルを挑んできたりもしたが、概ねは平和だった。
しかし斎王のことだが、美寿知の話を聞くと黒幕はそのカード……あるいはそのカードを手渡した占い客ということになる。
カード自体を候補に入れたのは、この世界には意志を持つカードが稀に存在するからだ。精霊が宿るカードがそうだし、ダークネスを封じ込めたカードもその一つである。
確か破滅の光に斎王が乗っ取られた件が美寿知の話だろう。客が誰だったかは覚えていないが、どうも斎王を倒せばハッピーエンドというわけではなさそうだ。
俺はエクストラデッキに手を伸ばし、いくつかのカードを交換しつつ溜め息をついた。
「……よし、これでいいか」
現在はルール改定によってエクストラデッキの上限は15枚と定められている。
俺もそれに則り、OCGと同じくエクストラデッキは15枚だ。毎回その内容は変えているが、その上限はずっと守っているため改定は全く影響していない。
ちなみに、今日調整したエクストラデッキの内容はというと、
《ミスト・ウォーム》
《スターダスト・ドラゴン》
《スクラップ・ドラゴン》
《ジャンク・デストロイヤー》
《ジャンク・バーサーカー》
《ニトロ・ウォリアー》
《ターボ・ウォリアー》
《ジャンク・ウォリアー》
《TG ハイパー・ライブラリアン》
《A・O・J カタストル》
《アームズ・エイド》
《フォーミュラ・シンクロン》
この12枚に、いまだ絵柄が曇ったままの《シューティング・スター・ドラゴン》と、もう1枚こちらも絵柄が見えなくなったカード。
そして最後にもう1枚、あるカードを加えての15枚となる。
いつもはこの中の1枚がアーチャーだったり、ドリルだったり、ガイアナイトだったり、とそんな感じに変更をしている。まぁ、更に他のシンクロモンスターにする時もあるけども。
「よし、今日も頼むぞみんな」
調整を終えた俺は、デッキに一声かけると、ケースにしまって立ち上がる。
マナは今この場におらず、十代たちのところに行っているはずだ。俺も調整が終わったら向かうと言ってあるから、皆も待っているはず。
デッキケースを腰のベルトに通し、準備完了。さて行くか、と踏み出したところでPDAが着信音を鳴らし始めた。
何だ一体、と思いつつもそれを取り出す。そして電話をかけてきた相手を確認し、俺は驚きに目を見張る。
そして慌てて電話に出るのだった。
「もしもし?」
『遠也、久しぶりだな。卒業以来か?』
本当に久しぶりだ。懐かしさすら覚えるその声に、俺は知らず身体の力を抜いて笑みを浮かべていた。
「ああ、そうなるな。久しぶり、カイザー」
カイザーこと、丸藤亮。
翔の実の兄なのだが、一年前まではアカデミアの三年生として俺たちと一緒にいた先輩である。
デュエルが滅法強く、カイザーとはその強さにつけられたあだ名だ。とはいえ、カイザーのことをカイザーと呼ばないのは俺が知る限り古くから付き合いがある天上院兄妹と弟の翔ぐらいなもので、ほとんど本名みたいなものである。
卒業後はプロとして活躍しており、エドに負けた以外では連戦連勝。着実にプロのランクを上げていっている、というアカデミア生徒の憧れの的である。
とはいえ、俺にとっては一年前の付き合いやセブンスターズでの仲間意識からか友人という意識が強い。向こうもそれは同じようで、俺のことは後輩でありながら一人の友人と見てくれているようだ。
そのため、先輩後輩でありながら、俺たちの関係はかなりフランクなものである。
「それで、どうしたんだよカイザー。急に」
『ああ。それなんだが……実は今度アカデミアに行くことになってな』
「アカデミアに? なんでまた」
プロとして忙しいだろうに、こんな孤島にまでやって来る時間があるのだろうか。そんなことを思って言うと、カイザーはふっと笑みをこぼした。
『この間、鮫島校長から話を聞いてな。何でも、今度デュエルアカデミアで世界大会を催すらしい。それに参加するためにな』
「世界大会!?」
『ああ。ジェネックス、という次世代のデュエリスト最強を決める大会なんだそうだ。プロにも招待を受けた者が何人もいる』
「なるほど、それでずっと校長はいなかったのかぁ」
世界大会というからには、それこそ世界中を飛びまわったのだろう。学園に顔を出す余裕などなかったというのは理解できる話だ。まぁ、そのせいで今の学園は光の結社などで大変なことになっているわけだが。
校長がいたら状況が変わっていたとは言わないが、それでも最高責任者の不在は光の結社進出を助けたことは事実。なんてタイミングの悪い人なんだ。
そんなことを考えている俺だったが、カイザーの言葉は構わずに続いていた。
『招待を受けたからには、俺も参加させてもらう。吹雪にも伝えたんだが、ここはお前にも伝えておこうと思ってな』
そこまで言うと、カイザーは一度言葉を切る。そして、どこか懐かしむような声で再び話し出した。
『……一年前、アカデミアでお前とデュエルをし続け、俺は自分の弱さを知った。そして、自分には更なる可能性があるともな。プロの中で鍛えた力で、今度こそお前から勝ち越してみせる』
その決意を込めた言葉に、俺も思わず熱くなる。
こちとら十代に負けず劣らずデュエルが好きなんだ。そんなことを言われて黙っていられるはずもない。
「負けず嫌いめ。だが、受けたぜ。ジェネックスでまた戦おう!」
俺がそう言うと、カイザーはそれでこそと言うかのように笑みを漏らす。
『ふふ、初戦というのも味気ない。勝負の場は互いに勝ち進んでからとしよう。そのためにも、簡単に負けるなよ遠也』
「それはこっちの台詞だ、カイザー」
互いに挑発的な言葉を交わし、俺たちはそこで電話を切った。
久しぶりに話したが、変わっていないようで何よりだ。カイザーと呼ばれ、強さの頂点にいたカイザー。それを俺が下し、そしてカイザーもまた俺を倒す。それを繰り返し、互いに切磋琢磨していた一年前。
剣山もレイもいなかったが、あの頃はあの頃で楽しかった。セブンスターズという脅威はあったものの、それでもみんなで力を合わせて立ち向かったのは、今ではいい思い出だ。
その戦友と久しぶりに会い、そのうえ再び戦えるというのだ。
光の結社の件で最近は色々と忙しかったし、気分も暗くなりがちだったからな。久しぶりにいいニュースだ。
ジェネックス……次世代のデュエリスト最強を決める世界大会か。
吹雪さんも知っているということだが、ここは俺からも皆にぜひ話したい。これほどの情報を共有しないのはさすがにもったいないからな。
俺は勢い込んで部屋を飛び出し、皆のところへと向かうのだった。
そんなカイザーの電話によって世界大会ジェネックスの開催を俺たちが知って数日後。
件の鮫島校長がアカデミアに帰還。そして全校生徒を大講堂に集めると、その前で1つのメダルを取り出した。GXと書かれた銀色のメダル。リボンがついたそれを手に持ち、鮫島校長は厳かに語った。
「これは『Generation neXt』を表す文字。それすなわち次世代。諸君らはその次世代を担う若者たちです。そんな君たちの力が更なる輝きを放つように、私は一つの提案を各地で行ってきました」
手に持ったメダルを、校長は皆に見えるように高く掲げる。
「このメダルを賭け、世界中の若きデュエリストたちがしのぎを削る。次世代を担う諸君らが切磋琢磨する環境を作り出してはどうだろうか、と。各国、各地で多くの人間が賛同してくれました。その中には既にプロとして活躍しているデュエリストも多くいます」
プロも参加しているという一言に、ざわりと生徒たちがどよめいた。既にテレビの中でデュエルを行い、憧れていたプロ。そのプロまでもが参加する大会。
それだけでこの大会の規模が非常に大きいものであると理解したのだろう。アカデミア本校に限らずノース校などからも参加者が出ると言うが、それよりもプロの名はそれほどまでにデカい。
どよめくこの場を静かにさせることを、校長はしなかった。そのまま驚きから抜けきらない生徒たちを前に、校長はそのどよめきに負けないほどの大きな声を張り上げた。
「プロ・アマの括りに意味はない。ただ次世代を担う若者の中で、その最強を決める世界大会を行う。――すなわち、世界大会“ジェネックス”の開催を、ここに宣言する!」
高らかと宣言された、ジェネックスの開催。
それを聴いた生徒たちは、一拍置いたのちに爆発的な歓声を上げる。それを満足げに眺める校長と、横で驚いた顔をしているクロノス先生とナポレオン教頭。
俺たち、ジェネックスのことを知っていた生徒も、やはりこの熱気には感じるところがあるようで、十代なんかは一緒になって大きく叫んでいた。
世界大会“ジェネックス”。これでまたこの学園も賑やかなことになりそうだ。
熱気に当てられて握り込んだ拳を見る。俺も十代のことは言えないな。すっかり自分だって影響されているじゃないか。
そして校長の話を詳しく聴けば、ジェネックスのルールは簡単なもの。
・参加者はそれぞれに配られたメダルを賭け、デュエルする。負けた方は所持しているメダル全てを勝者に渡す。
・1日1度、必ずデュエルする。その日まだデュエルをしていない者は、挑まれたデュエルを断れない。
・最終的に残ったメダル所有者1名を優勝者とする。
・この期間中、アカデミアの授業やテストは全て延期とする。
……校長も思い切ったことをしたものだ。特に最後の授業とテストの延期は、通常では考えられない事態だ。まさにデュエルを教えるアカデミアならではと言えるだろう。
なにはともあれ、学園公認でデュエル三昧できる機会なんだ。ここはしっかり楽しませてもらうとしよう。
俺はデッキケースに手を添えると、にやりと笑う。
「……遠也と最初に当たる子が、気の毒かも」
俺の横でマナが何か呟いた気がしたが、やる気一杯の俺の耳には届かなかった。
それよりも、と俺はマナとは逆側の横で騒ぐ十代に声をかける。
「十代!」
「おう、遠也!」
俺たちは互いにがっしりと拳をぶつけ合うと、肩を組んで腕を突き上げた。
「目指せ、優勝だ!」
「当然! 優勝は俺がもらうぜ!」
大会ではライバルとなるが、ともに優勝を目指してこそ仲間である。
その時になれば容赦はないが、それまではこうしてジェネックスをお互い存分に楽しみたいものである。
そうして十代と騒ぐ俺は、後ろで交わされていた声には気付いていなかった。
「……万丈目くん、あの二人のライバルなんでしょ。一緒にやらなくていいんすか」
「……馬鹿者、声をかけるな。知り合いだと思われる」
「……あの二人、周りが引いてるのに気付いてないドン?」
「……この学園でも最強と名高い二人だ。デュエルする相手がいるのかすら疑問だが……」
翔、万丈目、剣山、三沢は、俺たちを見てそんなこと言っていたらしい。
なにはともあれ、こうして世界大会ジェネックスはスタートした。
その始まりを告げた校長の話が終わり、大講堂を出た生徒たちは思い思いの場所へと散っていった。
まだプロが島に来ていない以上、今のうちに実力の知れた学園生徒と戦いたいということだろう。そのせいか、気弱で知られる翔がターゲットにされて生徒に追い回されていた。実際に戦ったら返り討ちにされると思うから、そっちの心配はいいだろう。
エドは「しばらく様子を見る」と言って去って行き、万丈目は胸を張って「はっはっは! 俺に挑む無謀な愚か者はどいつだ!」と叫びながら歩いていった。相変わらず自信家な奴である。
三沢はとりあえずはイエロー寮に戻るらしく既にここにおらず、剣山は逃げた翔を追いかけていったので当然いない。よって、いま大講堂の前にいるのは俺と十代、そしてマナの三人だけだ。
そんな中、十代がマナに目を向けた。
「えっと、マナは参加者じゃないからメダルもらえないんだっけ」
「うん。私はアカデミアの生徒じゃないからね」
制服を着てはいるが、正式な生徒というわけではない。である以上、当然といえば当然の話である。
その返答を聴いた十代は、頭の後ろで腕を組むと、軽い口調で予定を組み始めた。
「んじゃ、俺は港の方にでも行くかな」
「おい、十代。俺とはやらないのか?」
一応隣にいるのにさらりと無視された俺は、声をかける。
だが、十代は俺を見ると首を横に振った。
「それもいいけど、やっぱ最初は知らない奴とやりたいじゃん! 港のほうに行けば、来たばっかのプロと真っ先にやれるだろうしさ!」
「まぁ、手の内を知らない相手とやるほうがワクワクするのは道理だな」
俺たちは互いに互いのデュエルを何度も見ている。そして細かい調整はしてもデッキそのものを変えていない以上、アッと驚くような要素はどうしても少なくなりがちだ。
それを考えれば、外部の人間がたくさん来るこの機会に、そんな全く知らない相手とデュエルしたいという気持ちはわかる。
「わかった。それじゃ、俺も適当にブラブラしてみるかな」
「おう! じゃあな、遠也! また後でな!」
そう言って駆け出した十代を見送り、俺は隣のマナに目を移す。
既に周りには誰もおらず、俺もジェネックスのルールに則り、今日戦う相手を捜しに行かなければいけない。
「行くか、マナ」
「うん。頑張ってね、遠也」
「おう」
そしてマナは精霊状態となって姿を消す。デュエルの時にマナのカードが使われるかもしれないためだろう。しかし実際のところ、精霊がいなくてもデュエルそのものに影響はない。だから、これは恐らく違う意味だ。
応援だけではなく、俺と一緒に戦ってくれる。そういう意味での行動だろう。
――サンキュー、相棒。そう心の中で呟き、俺は対戦者を捜すために大講堂から離れていくのだった。
――で、外に出たのはいいが、誰も対戦してくれないという。
俺が近づくと逃げるとか、マジでどうなってんだよコンチクショウ。
どうにかまだデュエルしていない同級生を見つけてデュエルできたからよかったものの、そうじゃなかったら拒否られ続けてたってことじゃないか。
まぁ、問題なく勝つことは出来たから良しとしよう。
しかし、十代じゃないがプロの到着が待ち望まれるな。やはり知らない相手と、想像もできないようなデッキで戦う楽しさには心躍る。
果たしてどんな相手が、どんな手を使ってくるのか。プロ以外に他校の生徒の代表者も来るって言うし、今から楽しみで仕方がない。
そう思って表情を綻ばせながら帰路についていると、精霊状態のマナが『確かに十代くんと遠也が好きそうなイベントだよね』と言って苦笑する。確かにその通りだが、基本この学校の奴らはデュエルが好きだと思うし、俺たちにとってだけご褒美というわけでもないはずだ。
事実、この大会の開催を喜んで楽しんでいる生徒もたくさんいたからな。彼らにとってもプロの到着は待ち遠しいに違いない。
そんなこんなでレッド寮に戻ると、そこには十代と剣山、翔、レイにレイン、といった面々が揃っていた。
俺は早足になると、皆に合流する。
「よ、みんな勝ったか?」
「遠也くん。僕はレッドの一年坊にね」
「俺はイエローの二年ザウルス」
そう言って、二人はメダルを見せてくる。そして十代に視線を向けると、十代もポケットからメダルを取り出した。
「へへ、俺も勝ったぜ! プロと出来なかったのは残念だったけどな」
「やっぱりまだ外部からは来てないのか」
学園でも知らされたのが今日だからな。さすがに初日にこの学園にプロがいないのは仕方がない。
そう思っての発言だったが、十代は「いや、来るには来たんだけど」と俺の考えを否定する。
外部からの参加者が来た? ならどうして十代はそいつと対戦していないのか。発表直後に港に向かっていたのだから、真っ先にデュエルを申し込めていたはずだ。
疑問を口にすれば、十代はそれに対してなぜか笑って答えてきた。
「それがさぁ、斎王がそいつとデュエルしたんだよ! 驚いたぜ、斎王って強いんだな! 遠也と引き分けたって言うから想像はしてたけど、かなりの強さだったぜ!」
なるほど、斎王の強さを目の当たりにしたからちょっと嬉しそうなのか。強いと聞けばワクワクする十代のことだし、納得。
しかし……。
「斎王がデュエルか。相手は誰だったんだ?」
あんまり自分が前に出てくるタイプだとは思っていなかったから、この大会に積極的なのは意外と言えば意外である。
なので興味を持って聞いてみれば、十代は目を泳がせて指をくるくると空中で回し始めた。
「あれだ、ほら……えっと……なんとかって国の、なんとかって王子だよ」
「兄貴、ミズガルズ王国のオージーン王子っす。レーザー衛星ソーラで有名な国って言ったじゃないっすか」
「おお、それそれ!」
翔の補足を受けて、十代がパチンと指を鳴らす。そんな十代に、若干翔は呆れ気味である。
しかし、そうか。オージーン王子ね。俺もニュースで聞いたことがある国だ。レーザー衛星ソーラ……世界を滅ぼせるかもしれない兵器を勝手に開発した上に打ち上げ、各国から非難が集中しているとか。
なるほど、斎王はとんでもないVIPと戦ったらしいな。レーザー衛星ソーラを持つ国の王子様とは。
………………ん? レーザー衛星ソーラ?
………………あ。
「あぁぁああああッ!?」
「うわっ、どうしたんだよ遠也」
俺の絶叫に飛び退く十代だが、いま俺の頭の中では元の世界で得た知識が蘇っており、それどころではなかった。
ソーラってあれじゃん! 斎王が世界を破滅に導くために利用した大量破壊兵器!
それの鍵を巡る攻防なんかも確かあった、斎王が進めている計画の恐らくは重大なキーアイテム!
なんつーことを忘れ去ってたんだよ俺は! よりにもよって、下手したら世界の破滅に一直線な情報じゃないか、これ!
くそ、当時はアニメのことだからと鮮明に覚えていなかった自分が憎い。人間の記憶なんて時間が経てば風化するものとはいえ、当時から深刻に捉えて真面目に記憶していればこんなことにはならなかったのに……!
俺は思わず膝を折って両手を地面につく。そんな俺を心配してか、レイが「どうしたの遠也さん?」と近づいてくるが、今の俺にそれに応える余裕はなかった。
くそ、こうなったら何としても斎王の計画を邪魔するしかない。最終的に十代とエドの活躍によってソーラは何とかなっていたはずだから、どうにか最低でもソーラだけはどうにかなるように俺も気をつけていよう。
世界の破滅とはいっても、ソーラさえなければ今日明日に世界がどうこうなることはないはずだからな。
それに、美寿知が言っていたという言葉が事実とすれば、斎王の中にはまだ破滅の光に対抗する本来の斎王の人格が残っているはず。美寿知曰く、あまりに無慈悲な行いは斎王本来の人格がストッパーとなって実行に移せない。
今回のソーラはとびっきりの無慈悲な行いだ。となれば、斎王は実行に移せないはず。ソーラを他人に任せるとは考えづらい。斎王本来の意思を屈服させたとしても、これほどの大事だ。時期を見る意味も込めて、暫くは大丈夫だろう。
こちらが下手に焦って強硬策に出たために、破滅の光を刺激してヤケになられても本末転倒だ。ここは無理をせず、斎王の良心に期待することにしておこう。
そう心の中で結論を出すと、俺はすっくと立ち上がる。
そしてこっちを見ていた全員に、安心させるように笑顔を見せた。
「いや、悪い悪い。さっきのデュエルで自分のミスを思い出してな。あんなケアレスミスをしていたなんて、って反省してたんだ」
「なんだ、そうか。あんま気にすんなよ、ミスなんて俺もしょっちゅうあるぜ!」
十代が笑って俺の背中をバシバシと叩く。本当はそんなことはなかったんだが、ここは仕方あるまい。甘んじてその衝撃を受け入れる俺だった。
マナがミスなんてあったっけ、と首をひねっているが、気にしない。そして十代に続いてレイとレインも俺に声をかけてくる。
「もう、急に倒れこまないでよ、遠也さん」
「……傍迷惑」
レイがほっと胸に手を当てつつ言い、レインは表情を少しだけしかめて口を開いた。
そんな二人の様子から察せられる彼女らの内心を思い、俺は嬉しさを覗かせているであろう笑みをこぼした。
「悪い悪い。心配させたか?」
「あはは、少しね」
「……少しね」
レイが人差し指と親指でこれぐらい、と示して笑うと、レインもそれを真似て同じく指で少しの度合いを表してくる。
その仲のいい様子に、俺は一層表情を綻ばせた。
そして、そんな俺たちを見ていた翔がふと思いついたように声を上げた。
「そういえば、中等部生はジェネックスの参加資格はないんすよね」
それに、レイとレインが振り返って翔を見る。レインの顔はいつも通りだが、レイには明らかに不満げな感情が見えていた。
「翔先輩の言う通り! なんで中等部生に参加資格がないのかなぁ。ボクも実力で劣っているつもりはないのに……」
「……ドンマイ」
ぽん、と憤るレイの肩をレインが叩く。
俺もレイのデュエルを思い返しながら言葉を返した。
「確かに、レイの実力なら高等部生と比べても遜色ないよな」
「だドン。それに、レインちゃんはそのレイちゃんに勝ってるザウルス。二人とも十分上位を狙えるドン」
「あはは、ありがと剣山先輩」
「……ありがとう」
二人の返しの言葉に、剣山は当然とばかりに鷹揚に頷いた。
「当たり前のことを言っただけザウルス。けど、中等部にはこの二人みたいな実力者もいるのに、なんで参加資格がないドン?」
「だよねぇ。僕、場合によってはこの二人に勝てないし」
翔が剣山の隣であはははと笑いながら同意して頷く。しかし、翔。それを大っぴらに認めるのはどうなんだ、先輩として。
そして剣山と翔の言葉に、レイが「そーだ、そーだ」と不満をあらわにする。レインは大会そのものに興味がそれほどないのか、いつも通りにぼーっとしている。
首を傾げる面々。それを前にして、十代が口を開く。
「ん? 中等部は義務教育だからじゃないのか?」
一瞬、全員の動きが止まる。
……何故なら、十代が言ったそれが、あまりにも的を射た意見だったからであった。
確かにそう考えれば当たり前である。言われてみればという奴であるが、まさかそれをあの十代の口から聞くことになるとは。
そんな予想外の事態に晒され、俺たちはしばし言葉をなくした。
だが、十代にとって自分が言い当てたことに対する俺たちの反応は、ひどく気に入らないものらしかった。
「……おい、なんでそこで驚くんだよ! 失礼だぞ、お前ら!」
「いやー、まさか正解を十代さんの口から聞くことになるなんて」
「兄貴はこういうのには答えられない人だと思ってたドン」
「僕もっす」
「同じく」
順に、レイ、剣山、翔、俺である。
一斉に同じような反応を返され、十代はふるふると拳を震わせた。
「……お前らなー!」
がーっと怒りを爆発させた十代がデュエルディスクを構えて襲い掛かってくる。
「デュエルだぁ! デュエルしろぉ!」と叫びながら迫ってくる十代に捕まれば、俺や翔、剣山といった大会参加組はメダルを奪われること必至である。今の十代からは、なんかそんな気迫を感じる。
特に十代の強さを知り、そのために十代との対戦を避けていた剣山と翔の逃げっぷりが本気すぎる。レッド寮の周りをぐるぐると回りながら駆けっこをする様は、さながら猫とネズミの関係を見るようだ。
俺? 俺はゆっくりフェードアウトしてレインの横に避難してますよ。そしてそもそも大会参加者でもないレイは、同じように俺の隣に避難してきていた。
「……すごく、平和」
そして、今の状況を見てレインが放つ一言。
駆けずり回って逃げている二人にしてみればそんなことはないのだろうが、一度輪から離れて見れば、確かに悪ふざけの範疇を出ない三人の様子はそうとしか表現できないものだった。
そして、そんなレインの一言を聞いたレイがくすりと笑みを漏らす。
「だね。遠也さんは混ざらなくていいの?」
「何言ってんだ、レイ。面倒くさいだろ」
『ひどい話だねー』
笑い交じりに相棒から非難されるが、俺は堪えない。
元気が有り余っている十代を相手に走り回るなんて冗談じゃない。確かに俺も煽ったのは事実だが、そんな疲れることはごめんなのである。
そして俺のそんな返答にマナと同じく苦笑をしたレイ。その横で、レインが再び口を開いた。
「……本当に、平和な光景」
何だかその言葉に奇妙な響きを感じて、俺は横目でレインを見る。
そこには、常とは違う瞳で十代たちを見る彼女の姿があった。どこか憧憬を込めた眩しいものを見つめる、そんな視線。
望みながらもついぞ得られなかった何かを映しているようなそんな目に、俺はレインの背後にあるであろう何かを幻視せずにはいられなかった。
かつてあった未来、そんな俺たちには本来知り得ないものを知る目を見て、俺は思わずレインの頭に手を置いた。それは、この世界が辿った未来を知る者に対する憐みだったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。
自分自身にもわからないことだが、少なくともレインのそんな瞳がこの情景に似合わない寂しいものであったことに、やりきれなさを感じたのは確かなことだった。
若干の力が込められたそれを受け、レインが俺を見上げてくる。
その視線を感じながら、俺は走り回る十代たちから視線を逸らさないままに口を開いた。
「平和だろ。お前もその一員なんだぜ、レイン」
「………………」
何も言わず、下から俺を見上げるレイン。
しばらく無言が続くが、それも十代の目が俺たちを捉えた時点で終わりを迎えた。
「おーい、遠也! レイ! レイン! お前ら何やってんだよ! こっち来て一緒に遊ぼうぜ!」
「……あ、兄貴は、ぜぇ、元気すぎっす……」
「い、いつの間にか、遊ぶことが、はぁ、目的になってるドン……」
元気いっぱいに笑う十代の横で、背中を合わせながら座り込んで肩で息をしている二人。
そのあまりにも無計画で無鉄砲な様子に、俺はこみ上げる笑みを隠さずに手を挙げた。
「おう、今行く!」
応え、俺はレインの頭に置いていた手をおろし、その手を取る。そして隣にいたレイもまたレインの手を取って引っ張った。
「いこ、恵ちゃん!」
「たまには童心に帰るのも悪くないってな」
二人で笑って言えば、レインは十代たちに目を向ける。
そこには俺たちが来るのを待っている十代と、助けを求めてこちらを見ている翔と剣山。
彼らの瞳の中には当然、俺とレイ、そしてレインも入っている。
中等部生だろうとなんだろうと、レイもレインも既に俺たちの中では友達認定されているのだ。それは今の十代たちの視線が物語っている。
それをレインも感じたのだろうか。無表情だった顔にうっすらを笑みを浮かべて、レインは小さく頷いて地面を蹴った。
「……うん」
そして、俺たちは揃って十代たちに合流する。笑ってそれを迎えた十代と、走り疲れた身体にムチ打って立ち上がる翔と剣山。
十代はともかくそんな二人の姿に俺とレイは苦笑しつつ、レインも交えて俺たちは久しぶりにごく単純な遊びに興じていく。既に既定の1日1デュエルを済ませているので、気兼ねなんてものもない。
結局、そのまま十代ともども肩で息をするようになるまで遊び続けることになったのはご愛嬌だ。その後レッド寮に帰ってきた万丈目に「……バカか」と呆れた目で見られることになったが、しかし俺たちはただ一心にこの一時を楽しみ、満足げに笑うのであった。
――が、やはり普段やり慣れないことをするのは負担がかかったようで。
「いててて!」
「ほら、動かないで遠也。回復させるのだって楽じゃないんだからね」
翌朝、俺は筋肉痛に襲われていた。
ベッドにうつ伏せになり、マナの回復魔術を受ける俺。朝から何とも情けないが、こうでもしないと微妙にきつかったのである。
おかしいな、子供のころはあれぐらい走り回ったって何ともなかったのに。これは俺も歳を取ったってことなのか……まだ高二だけど。
だが、マナがいてくれて助かった。さすがに一日中これと付き合うことになるのは拷問以外の何物でもなかったわ。
ゆえに、俺は最大級の感謝を込めて、回復魔術をかけてくれたマナを見る。
「ありがとう、マナ」
返ってきたのは溜め息と苦笑だった。
ちなみに、十代と剣山とレイとレインは俺とは違ってピンピンしていた。筋肉痛になったのは俺を除けば翔だけである。翔には回復魔術をかけてくれる相手もいないので、実に痛そうだった。
だが、堪えたのが翔と俺だけというのは由々しい事態だ。
……運動、するかな。
そんなことを心の中で密かに誓う、ジェネックス二日目の朝だった。