遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第36話 動静

 

 十代がいなくなり、万丈目が白くなってからは、細々とした出来事はあったものの基本的には穏やかな日々だった。

 具体的には、レッドに入り浸る翔や剣山や三沢を連れ戻しに来たイエロー寮の寮長である樺山先生と剣山のデュエルとか。

 他にも相変わらず十代の弟分として対抗心剥き出しの二人がついに本気でデュエルをして翔が勝ったりとか。カイザーが順調にプロで勝ち進んでいたりとか。

 ここ数日は、そんなことがあったぐらいで穏やかなものだ。

 そういえば、万丈目も白くなったものの、斎王の操り人形というわけではなさそうだ。

 万丈目いわく「俺は斎王の掲げる目的に共感はしたが、下僕になったつもりはない。あくまでこの万丈目さんが協力してやっているにすぎないのだ」とのこと。

 でも原作を思い出してみると、二期の万丈目って斎王の忠実な部下だったようなイメージがあるんだけど……とてもそうは見えない。

 まぁ、このほうが万丈目らしいといえばらしいので文句はないけど。早く元に戻ってほしいとは思うが。

 十代も、恐らくはもうすぐ帰ってきてくれるはず。そうなれば、事態は徐々に加速していくことになるはずだ。

 だから、このゆったりとした日々はその準備期間。嵐の前の静けさみたいなものなのだろう。

 そう考えると落ち着かないが、事態が動くまでの休憩時間とでも思っておけばいいだろう。気を引き締めるのは、その時になってからでも遅くはないはずだ。

 そういうわけで、俺は今ブルーの寮でゆっくり朝食をとっている。ここのところ、色々あったからな。こういう時間は意外に貴重だ。

 そんなわけで落ち着いて食事をしたいのだが……どうも、状況はそれを許してくれないらしい。

 

「はい遠也さん、あーんして」

「ああ、ちょっとレイちゃん!」

 

 俺の左側に座り、今日の朝食のメインでもあるブルー寮特製オムレツを切り分け、それを箸で掴んで俺の口元へと差し出すレイ。

 それを見て、マナが声を上げた。

 

「一緒に食べようとは言ったけど、それはいきすぎだよ!」

「だって、ボクは普段一緒にいられないんだもん。それに、遠也さんだって嬉しいよねー?」

 

 ねー、なんて同意を求めてこられても、俺は困るぞレイ。

 

「むー……それなら私も。はい遠也、あーん」

「おいおい」

 

 なんで対抗してきてるんだよ。そこは年上のお姉さんらしく、レイを丁寧に諌めてくれるもんじゃないのか。まぁ、マナがそんなお行儀のいいキャラじゃないのはわかってるけど。

 だが、何だこの状況。この前、レイに「今度一緒にメシでも食べよう」と言っただけなのに、どうしてこうなった。

 まさかあの恋人の定番中の定番である「あーん」が両側から迫ってくるなんて、誰が予想できただろう。いや、誰もできまい。

 そんなことを考える俺だが、ふと思った。なにも馬鹿正直に付き合う必要もないんだよな、と。

 というわけで、俺は意識して表情を平素なものとし、至極当たり前のことを口にするかのように言葉を発した。

 

「いや、俺は自分で――」

「「あーん」」

「………………あーん」

 

 ずいっと一層迫ってきたため、俺は素直に口を開いた。

 だって、ここで折れなきゃいつまでも粘ってきそうだったんだもの。仕方ないね。

 ブルー寮の食堂という大勢の耳目があるこの場所でそんな小っ恥ずかしい真似をする覚悟を決めた俺は、まずマナが差し出したそれを口に含み、その後レイが差し出した方へと口をつける。

 何も一人に限定する必要もないんだし、これなら二人の要望を通したことになるはず。

 俺が口の中のものをもぐもぐと咀嚼していると、マナとレイは「やった!」「よかったー」と笑顔で互いの手をパチンと合わせて喜んでいた。

 仲睦まじいその様子。対抗してたんじゃないのか、と突っ込みたい。

 ホントに女子の感性は分からん。そんな世の不思議を実感しながら、俺は口の中のものを飲み込む。

 そして、目の前の二人から視線を外し、周りの様子を観察する。

 ……そこには、9割ほどの男子諸君が俺のことを親の仇でも見るような目で睨んでいた。

 あとの1割は彼女持ちなのだろう。そちらの視線は仲間を見つけたような目だった。この寮の男子はエリートなんじゃないのか、と思うほどに感情に素直な連中である。

 ちなみに、この中に女子はいない。そもそもここは男子寮の食堂であって、本来マナとレイの姿があってはいけない場所なのだ。

 まぁ、マナは正式な生徒じゃない上に寮長が事情を知るクロノス先生なので、ここにいるのはいつものことである。ブルーの男子もマナがここで食事をすることに反対どころか大賛成していたので、何も問題はない。

 だが、レイに至っては女子寮に正式に所属しているし、それだって中等部の寮であるので、もう色々とおかしい。

 そもそも俺は「一緒にメシを食おう」とは言ったが、寮の朝食時に突撃してくるとは思っていなかった。さすが一人でこの島まで来たことがあるだけはある。行動力が半端ない。

 ともあれ、そういうわけで今日の朝食には男子寮でありながらマナとレイという、男やもめの中、見た目にも癒される清涼剤のごとき存在がいるわけだ。

 だが、その二人ともが俺の傍から離れない。よって、男どもは女の子二人がいるのは俺のおかげと思いつつも、気に入らないという複雑な心境になっているようなのだった。

 

「はい、次だよ遠也さん。あーん」

「あ、私も私も。はい、あーん」

「すみません、もう勘弁してください」

 

 そんな心境の男子たちからの視線が、険しいものであるのは至極当然。

 だというのに、全く気にせずに再度同じことを行おうとしている二人に、俺は居心地の悪さに耐えかねて頭を下げた。

 マナは容姿的にも目立つし、昨年の学園祭でのブラマジガールの件があって何気にファンもいるようなのだ。そんなマナに普段から甲斐甲斐しく付き添われる俺に対しての視線は、しっと団もかくやというほどである。

 これ以上男子との間に無用な壁を作りたくはない俺にとって、この判断は当然と言うものだった。

 それに対して、しょうがないなぁとばかりに苦笑して大人しく両隣で座りなおす二人。

 俺はあからさまにほっとして、今度は自分で朝食に取りかかっていくのだった。

 

「うーん、遠也くんはすぐ胸キュンポイントが溜まっていくねぇ」

 

 後ろからそんな声が聞こえてきたが、俺はひたすら無視した。

 

 

 

 

 そんな朝食が終わり、レイは授業を受けるために中等部の教室へと戻っていった。選択授業が多い高等部と違って、中等部は義務教育であるため基本的に時間を作れないのがネックである。

 俺たちと別れる時に少々名残惜しそうにしていたのは、それだけ俺たちのことを慕ってくれているからだろう。そう考えると、素直に嬉しく感じる。

 

「まぁ、また放課後にな」

「うん」

 

 それでも俺の手を握ってくるレイに、俺は苦笑する。

 

「俺達ばっかりレイを独占してちゃ、中等部の友達にも悪いだろ? 友達は大切にしなきゃな」

「そうだよ、レイちゃん。仲のいい友達がいるって言ってたよね」

 

 俺の言葉に続いてマナがそう言うと、レイは嬉しそうに笑って頷いた。

 

「うん。えっと、一番仲がいいのは恵ちゃんかな。ちょっと寡黙な子だけど、猫が大好きだったりして、すっごく可愛い子なんだ!」

 

 レイによると、その子との付き合いは入学してすぐに行われたデュエルで対戦したのがきっかけだったらしい。そのデュエルは負けたのだが、その後レイはその子が必要以上に喋らないためか敬遠されているのを知ったのだ。

 一度デュエルをした仲だし放っておけない、ということで構っていくうちに仲良くなったんだとか。

 時折ふらっといなくなることがあるらしく、タイミングが合わずにまだ紹介されていないが、レイは自分の友達を俺たちに紹介したいようで、その時を楽しみにしているようだ。

 なにはともあれ、そういう話を聞くと安心する。やはり飛び級しているだけあって、周囲となじまないところもあるだろうからな。兄貴分としては、やはり心配してしまうのだ。

 その友達のことを嬉しそうに語るレイの頭に手を置き、くしゃりと軽く撫でる。

 

「わわっ、髪が乱れちゃうよ遠也さん」

「あ、悪い」

 

 ぱっと手を離すと、レイはさっと頭に手をやって簡単に髪を整える。

 思わずやってしまったが、その表情を見ると嫌がられてはいなかったようで、ちょっと安心した。

 直後、よし、と呟いたレイは俺たちから一歩下がり、小さく手を振った。

 

「それじゃあね、遠也さん、マナさん! 放課後になったらレッド寮に行くからねー!」

「おう、待ってるぞ」

「またあとでねー」

 

 それに俺達も手を振り返すと、レイは満足そうににっこり笑って足取り軽く中等部の方へと小走りに駆けていった。

 その後ろ姿を見送り、俺たちは顔を見合わせる。

 

「じゃ、俺たちも行くか」

「うんっ」

 

 今日最初の授業を受ける教室へと身体を向け、するりとマナが自分の腕を俺の腕に絡めてくる。

 マナの顔は楽しそうな笑みで彩られている。

 学生生活というものを送ったことがないマナにとっては、必須授業だろうと選択授業だろうと、どんな授業も楽しいものらしい。

 気づけば俺が取っていない授業に顔を出していることもあるぐらいだ。俺たちにとってはごく普通にすぎる学校の授業も、マナにとってはとても新鮮なことなのである。

 

「ほらほら、遠也! レッツゴー!」

「はいはい」

 

 笑うマナは、本当に可愛い。

 だからこそ俺も、結局はこうして付き合ってしまうのだ。この顔を見れば、サボろうかなんて言えないってものだ。

 まぁ、こうしてマナが喜んでくれるなら、サボらずに授業も真面目に受けてやるとも。

 俺は腕を引かれながら、これから始まる授業に心躍らせているマナの顔を微笑ましく見つめるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そんなこんなで特に事件もなくその日の授業を消化した俺たちは、レイとの約束のあるレッド寮に向かう。

 恐らくは既にレイはいるはずだ。何故なら、中等部の授業は基本的に高等部よりも早く終わるからである。

 高等部には選択授業があるため絶対というわけではないが、普通は中等部の方が早い。まして俺たちは今日最後まで授業を取っていたので、ほぼ間違いなくレイの方が早い。

 マナとぶらぶらお手てつないで歩き、辿り着いたレッド寮のいつもの部屋の扉を開く。

 途端に広がる視界。中を見渡せば、そこにいたのは明日香と吹雪さん。それから翔と剣山に万丈目……万丈目、普通にいるけど俺たちと一緒にいていいのだろうか。

 まぁいいや。そして最後に、ソファに体育座りで座ってテレビを見ているレイがいた。

 入って来た俺たちに、全員の視線が注がれる。その中でレイは俺たちの姿を認めると、ぱっと顔を晴れやかなものにしてソファからぴょんと飛び降りて駆け寄ってくる。

 

「お疲れさま! 遠也さん、マナさん!」

 

 こちらの疲れを吹き飛ばすような笑みに、自然と俺も頬が緩む。「ん、サンキュ」と返しつつレイの頭にぽんと手を置いた。

 マナもレイの傍に寄っていき、「ありがと、レイちゃん」と言っているのを聞きつつ、俺はこの場にいない一人について尋ねる。

 

「三沢は?」

「ああ、三沢くんならイエロー寮の用事っすよ」

「イエロー寮の?」

 

 俺が訝しげに首を傾げると、翔は続けて説明してくれた。

 

「三沢くんって僕たちイエロー二年生の代表みたいな立場だから。三年生よりもしっかりしてるって、結構樺山先生に頼まれごとをされてるんだ」

「俺たち一年生にも結構気を使ってくれる、頼れる先輩ザウルス。よく相談を受けたりもしているらしいドン」

「へぇ、さすが三沢」

 

 秀才であり、優等生でもあるアイツらしい。

 それでいて堅すぎるというわけでもなく接しやすいし、確かに後輩から慕われそうだよな、三沢って。

 とりあえず、そういうわけで三沢はいない、と。

 じゃ、次は。

 

「万丈目。お前、光の結社がどうとか言ってなかったか?」

「フン。斎王はまだ何も言ってこんからな。今はそれより天上院君と接する時間の方が大切だ」

 

 何を言っているんだ、という顔で返されてしまった。

 ……俺がおかしいのだろうか?

 まぁいい。万丈目については今すぐどうこうできるわけではないし、こうして目の届くところにいてくれた方が安心といえば安心だ。

 そういうわけで、俺はレイとマナに視線を戻す。そして、二人がいそいそと腕にデュエルディスクを着けているのを見た。

 

「なにやってるの?」

「え、いやぁレイちゃんと話しててね」

「そういえば、マナさんとデュエルしたことないなぁって」

 

 二人は俺の問いにそう答え、ガチャンとデュエルディスクをしっかり装備する。

 よし、と頷く二人。そしてマナは俺に手の平を出してきた。

 

「ごめんね、またデッキ借りていい?」

 

 申し訳なさが覗く顔で言われ、俺は小さく溜め息をこぼす。

 意識してやっているわけじゃないだろうが、そんな顔されたら断れるわけないっての。

 それに、俺の魔法使い族デッキを基にしているから俺が変わらず持ち歩いているが、すでにマナのカードも加えてマナが使いやすいように調整されている以上、半分以上はマナのデッキと言っても過言ではない。

 そんなデッキを取り出して差し出された手のひらに乗せたあと、俺は何の気はなしに言葉を付け足す。

 

「……はいよ。もうこのデッキ、お前が持ってた方がいいかもな」

 

 毎度毎度こうして貸していると、マナも好きな時にデュエルできないだろう。

 そういう考えから口に出すと、マナは驚いたように目を見張った。

 

「え、でも……このデッキは遠也が元の場所から……」

「いいよ。もう俺はアッチにそこまで未練はないし。それに……大切なデッキだからこそマナに使ってもらいたい」

「遠也……」

 

 じーんとした目で見つめてくるマナに、俺もその瞳を正面から覗きこむ。必然、見つめ合う形になった俺たち。

 マナの綺麗な碧の瞳に自分の顔が映りこんでいる、そんな些細なことに何故か意識を割きながら、俺たちはこのいい雰囲気の中でゆっくり――、

 

「コホンッ!」

「っ!」

「はわっ!?」

 

 といったところで、唐突に響く大きな咳払い。

 反射的に身をのけぞらせた俺とマナは、そのままその音の発生源へと顔を向ける。

 そこには、笑顔ながらも迫力を込めた表情でこちらを見る明日香の姿があった。

 

「……私の部屋で、そういうことはよしてもらえるかしら?」

「「す、すみませんでした」」

 

 素直に俺とマナは頭を下げた。どうも少しばかり調子に乗りすぎたらしい。雰囲気に流されるというのも考え物だな。

 そんな俺たちの姿に、吹雪さんはニコニコと笑顔で。万丈目は我関せず。剣山は暗いオーラを纏い、翔は血の涙を流さんばかりに表情が凄いことになっていた。歯ぎしりの音がここまで聞こえるってどんだけだよ。

 

「ぎぎぎ……妬ましいっす……!」

 

 言葉通り心底から嫉妬している顔をしているだけに説得力がある。俺は翔の態度に思わず一歩後ろに引いていた。

 すると、下がった俺の袖が誰かに掴まれる感触。

 視線を落とし、その手の先をたどってみれば、そこにはこちらを少々不機嫌そうに見るレイの姿があった。

 

「あーっと、レイ?」

「………………」

 

 ここ最近では珍しく、むすっとした顔のレイに、どう反応したものかと俺は頭を悩ませる。

 しかしレイも俺がマナとそういう関係であることは既に知っているはずだし、俺の口からは何も言うことはないんだよなぁ。

 どうしようか、と思っていると、レイはぱっと俺から手を離して、今度はマナの腕を掴んで扉の方へと引っ張る。

 わっ、と急なことに驚いた声を出すマナに、レイは不機嫌そうではあるが心の底からそう思いこめていないような、ひどく複雑そうな顔で溜め息をついた。

 

「はぁ……亮先輩の時といい、ボクの恋って前途多難だなぁ」

「へ?」

 

 ぼそぼそと小声で呟かれた声にマナが疑問の声を上げるが、それは気にせずにレイは先程とは違うすっきりした顔を見せた。

 

「でも、今度はそう簡単に諦めたりしないんだから! というわけでマナさん、早速デュエルしましょう!」

「えぇ!? どういうわけなの、レイちゃん!?」

 

 ごもっともな発言をするマナだったが、レイはさっさとマナの腕を取って外に出て行ってしまう。

 自然、マナも引きずられるようにして外に出ていくことになる。

 それを唖然と見送った俺は、いつの間にか隣に来ていた明日香に、軽く背中をポンと押された。

 振り向けば、そこには呆れ顔で笑う明日香の姿。

 

「……ほら、あなたが行かないと始まらないでしょ」

「いや、俺がいなくてもデュエルは出来る――」

「いいから、早く行きなさい」

「は、はい」

 

 有無を言わさない口調でぴしゃりと言われ、俺は早足で外に向かう。

 その後ろで、明日香が溜め息をついたのがわかったが、それが何故かまではわからない俺なのだった。

 

「……ホント、レイも大変ね……」

 

 明日香がこぼしたその言葉を、俺は正確に聞き取れなかった。

 だが、その口調がどこか寂しげであったことだけが、俺の耳に残ったのである。

 

 

 

 

 外に出ると、既にマナとレイは距離を開けて向かい合っていた。

 俺の後にぞろぞろと出てきた面々も出そろい、二人は俺たちが見つめる前でそれぞれデッキから5枚のカードを引く。

 その様を見ながら、万丈目がフンと鼻を鳴らす。

 

「ただのデュエルではつまらん。ここはひとつ、敗者には罰ゲームを課してはどうだ?」

「いきなりどうした、万丈目」

 

 万丈目の唐突な提案に、マナとレイ含めてその場の全員の視線が集まる。代表して俺が問い返すと、万丈目は肩をすくめてもっともらしい口調で話し出す。

 

「なに、いつも普通にデュエルしてばかりだと飽きるだろう。だから、ここはひとつ趣向を変えてみるべきだ。たとえばこのデュエルの敗者は光の結社に強制加入という罰ゲーム。勝者はこの俺直々に推薦してやるというご褒美をべッ!?」

 

 俺はとりあえず万丈目の口を黙らせるべく拳骨を落とした。

 上から殴りつけられ、舌を噛んだ万丈目は痛そうである。

 

「き、きひゃまッ! なにをひゅるッ!?」

「お前がアホなことを言うからだ!」

 

 怒鳴りつけると、万丈目はなおも「部下になれとは言っていないぞ! あくまで同志として俺と斎王に協力をだな……」と言っている。

 結局光の結社寄りの考えになったものの、根本は元の万丈目と変わっていないんだと実感する。この自分本位で自信満々なところとか。

 それが万丈目のいいところだが、それも時と場合によりけりだ。さすがに光の結社がどうこうというのを認めるわけにはいかないため、俺含め全員が万丈目の提案にNOを突きつけた。

 のだが……。

 

「その提案、受けた!」

「ええええ!?」

 

 一人、レイだけが乗り気だった。

 軽々しくOKしたレイに、俺は泡を食って止めに入る。

 

「ま、待てレイ! 光の結社ってのは一種のカルト集団というか、危ない所でだな! 決して軽々しく入るとか言っちゃダメなところだぞ!」

 

 しかし、慌てる俺に対して、レイは小さく笑って首を横に振る。どういうことだ?

 

「そうじゃなくて、罰ゲームがOKってことだよ。内容はボクたちで決めればいいでしょ?」

「ああ、そういうこと……」

 

 レイの言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろす。

 あれで光の結社に入ってもいいなんてことになったら、無理やり介入してこのデュエルをやめさせるところだった。さすがにそうなったら傍観は出来ん。

 マナもそれならいいと思ったのか、了承の意を込めて首肯した。

 

「じゃあ、マナ。レイが負けたらどうするよ?」

「うーん……そうだなぁ。それじゃ、その時は一日私に付き合ってもらおうかな」

 

 俺がマナに尋ねると、到底罰ゲームとは思えないような内容の提案をレイに示した。

 まぁ、そこらへんはマナらしいといえばマナらしいか。レイもそんな提案に苦笑しているが、それでも否はないのかこくりと頷いた。

 

「じゃあ、ボクだね。マナさんが負けたら……うーん……」

 

 言って、レイはうんうん唸る。

 自分で罰ゲームはOKと言ったのに、肝心の中身については考えていなかったらしい。単に面白そうだからという理由で罰ゲームを採用したな、これは。

 しばらく唸ったレイは、結局思いつかなかったのかちらりと俺を見る。なんだ。

 

「そうだ! ボクの代わりに遠也さんが決めてよ。マナさんのことなら、ボクよりよく知ってるでしょ?」

「俺が?」

 

 思わず自分を指さすと、レイはにっこり笑って頷いた。

 確かに俺はレイよりマナに詳しく、その点罰ゲームになり得そうなものも思いつくが……。いいのか、それで。

 マナなんかは、なんか見るからに焦りが顔に見えるんだが。おいおい、まさか俺が本気でマナが嫌がることを強要するとでも思っているのか。だとしたら心外だ。もっと自分の恋人を信用してほしいものである。

 そんなことを考えつつ、自分の中で考えをまとめた俺は、コホンと一つ咳払い。

 そして、マナにそう無茶な提案はしないから安心しろという意味を込めて、微笑んだ。

 その笑みに安堵の息を吐くマナ。そんな恋人に、俺は指を突きつけた。

 

「負けたら、メイド服で俺にご奉仕な」

 

 瞬間、周囲の空気が凍った気がした。

 そしてそんな宣告を受けたマナはというと、口元をひくつかせた笑みで、固まっている。

 

「……あれ?」

 

 俺としてはそれほど実現不可能というわけでもないことを言ったつもりだったのだが、言葉をなくすほどのことだろうか? 確かにメイド服がなければ不可能な罰ではあるが……。

 困ったな。これ以外となるとあとはもう裸エプロンしかない。だが、それをすると後輩からのあだ名が「裸エプロン先輩」で固定されてしまうので、そっちは勘弁してもらいたいところである。

 と、そんなことを考えていると、後頭部に走る衝撃。振り返ればヤツ……じゃなくて、顔を赤くした明日香が拳を握っていた。

 

「あ、あなたね! 何を考えてるの!?」

 

 明日香はふるふると震えて怒りのオーラを発している。

 いや、待て明日香。俺も確かに常識か非常識かで考えれば、非常識な提案だったと自覚はしている。だが、それでも俺はこの提案をしなければならなかったんだ。

 そんなふうに言い訳すると、明日香は黙って「……その理由は?」と先を促してきた。

 よくぞ聞いてくれました。

 

「それが……男の夢だからだ」

「馬鹿でしょ、あなた」

 

 なんで私はこんなのに……、となんだか落ち込み始めた明日香。そして、対照的に俄然調子を上げてきたのが吹雪さんである。

 

「んー、いいね遠也くん! 君は男心の何たるかをよくわかっている! 実に素晴らしいよ!」

 

 テンション高くのたまう吹雪さんに、明日香は一層疲れた顔をした。

 そして翔と剣山は、マナのメイド服姿を想像したのか、頬を赤らめて「……いい」と呟いていた。一応言っとくが、俺のだからな。

 更に万丈目は、こちらも頬を赤らめて「天上院君のメイド服姿……いい」と呟いていた。直後、明日香から「万丈目くん?」と怖い目で迫られていたのはお約束である。

 と、そんな風に俺たちがぐだぐだに騒いでいると、レイがいつの間にかやる気でディスクを着けた腕を掲げていた。

 

「それじゃ、いくよマナさん!」

「ええ!? ホントにあの条件で!? うぅ、なんだか私だけ割を食ってるよぅ……」

 

 しぶしぶ同じくディスクを構えるマナ。

 おいおい、ホントにあの条件でやるのか? 半ば冗談交じりだったとは今更言えなくなってきてしまったんだが……どうしよう。

 と、内心ちょっと冷や汗を流す。が、そうこうしている間に、二人は同時に声高く宣言していた。

 

「「デュエル!」」

 

マナ LP:4000

早乙女レイ LP:4000

 

 その宣言の声を聴き、周囲の面々は、「あれ、始まってる!?」とようやく現実へ帰還なされた。

 それはそれとして、どうやらまずはレイのターンのようである。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 カードを引いたレイは、引いたカードをそのままディスクに差し込んだ。

 

「ボクは《天使の施し》を発動! 3枚ドローし、2枚捨てる! そして《恋する乙女》を召喚!」

 

《恋する乙女》 ATK/400 DEF/300

 

 出たか、レイのフェイバリットにして、象徴的なカード。

 これまでこのカードのサポート含めて、いくつか俺もアドバイスしてきたし、カードも何枚か譲っている。それに自分のカードを加え、どう調整したかが見ものだ。

 実は、調整後のデッキを見るのは俺もこれが初めてだったりする。デッキが完成すると、レイはかたくなに見せるのを拒んだのだ。

 なんでも、デュエルで見て驚いてほしいとのこと。確かに俺は訊かれたことに答えはしたが、デッキそのものに手を加えたわけではない。

 あくまでレイが必要としたカードを提示したり、といったアドバイスだけである。

 ゆえに、果たしてどんなデッキになったのかは楽しみではある。特に、全く触れなかったエクストラデッキのほうに興味がある。

 再会して初めてデッキを見た時、レイはエクストラデッキもいつの間にか作っていたのだ。果たしてそこに組み込まれたモンスターは何なのか。上手くいけば、それはこのデュエルで明らかになるだろう。

 

「更にカードを3枚伏せ、ターンエンド!」

 

 カードはガン伏せ。レイにとってはお決まりのスタートである。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 レイのターンが終わり、カードを引いたマナは即座に行動に移った。

 

「私は《ジェスター・コンフィ》を特殊召喚! このカードは特殊召喚扱いで召喚できるカードだよ! 更にジェスター・コンフィをリリース! 《ブリザード・プリンセス》をアドバンス召喚!」

 

《ブリザード・プリンセス》 ATK/2800 DEF/2100

 

 おいおい、マジかよ。マナのやつ、1ターン目から飛ばしてるなぁ。

 まぁ、あれだ。俺があんな罰ゲームを提案したからかもしれない。目がかなり真剣だし。

 若干焦っているようにも見えるし、それが響かなければいいんだけど……原因である俺が言えたことじゃないが。

 

「ブリザード・プリンセスの召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動できない! いって、ブリザード・プリンセス! 恋する乙女に攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「うぅっ……!」

 

レイ LP:4000→1600

 

 デカい氷塊が恋する乙女を思いっきり吹っ飛ばす。見た目にもすごく痛そうである。

 さすがに攻撃力2800と400では、受けるダメージも膨大だ。一気に半分以上のライフを持っていかれた。

 

「けど、この瞬間恋する乙女の効果発動! 恋する乙女は攻撃表示でいる限り戦闘で破壊されず、このカードを攻撃したモンスターに乙女カウンターを1つ乗せる!」

 

《ブリザード・プリンセス》 counter/0→1

 

 レイにとって、しかし攻撃を受けることこそが最大の狙い。これで、ブリザード・プリンセスを奪う下準備は整ったといったところか。

 マナもそれがわかるだけに、厳しい表情だ。

 

「私はカードを1枚伏せて、ターンエンドだよ!」

「ボクのターン、ドロー! ……ボクはカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 む、伏せただけ? 手札にキューピッド・キスがないのか? せっかく乙女カウンターを乗せても、あのカードがなければ意味がない。これはひょっとして、レイにはキツイ展開になるか?

 

「私のターン、ドロー!」

 

 マナがカードを引き、手札の中から選択してカードをディスクに差し込む。

 

「私は《死者転生》を発動! 手札から《ブラック・マジシャン》を墓地に送り、墓地から《ジェスター・コンフィ》を手札に加えるよ。更に伏せていた《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地から《ブラック・マジシャン》を特殊召喚!」

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 現れるお師匠様。これで、マナの場には2体の最上級モンスターが並んだ。壮観である。

 

「更に《ジェスター・コンフィ》を特殊召喚! そしてリリース! 来て、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 更にブラック・マジシャン・ガールまでか。かなり攻めの姿勢だな、今日は。

 だが、対するレイの場には伏せカードが4枚もある。攻撃しなければ始まらないとはいえ、果たしてどうするのか……。

 悩むそぶりを見せるマナ。しかし、意を決して口を開いた。

 

「バトルだよ! まずはブラック・マジシャン・ガールで恋する乙女に攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

「罠発動! 《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを0にして、ボクはデッキから1枚ドロー!」

 

 あれは俺が渡したカードか。戦闘自体は行い、ダメージをなくすあのカードは、乙女カウンターを乗せる時には最高のカードだ。上手く使ったなぁ、レイ。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 counter/0→1

 

「むむ……じゃあブラック・マジシャンで恋する乙女に攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

「まだまだ! 罠発動、《体力増強剤スーパーZ》! 2000ポイント以上の戦闘ダメージを受ける時、その戦闘ダメージがライフから引かれる前に、ボクのライフを4000ポイント回復する!」

 

レイ LP:1600→5600→3500

 

《ブラック・マジシャン》 counter/0→1

 

 これでマナのモンスター全てに乙女カウンターが乗った。更に、レイのライフまでかなり回復してきている。

 マナもちょっとまずいかなという顔をしているが、ブリザード・プリンセスにも攻撃させるようだった。

 

「最後! ブリザード・プリンセスで恋する乙女に攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「もう1枚、罠カード《体力増強剤スーパーZ》! ダメージの前にライフポイントを4000回復するよ!」

 

レイ LP:3500→7500→5100

 

 もう1枚伏せられてたのかよ。呆れる俺だったが、対戦しているマナはそれ以上だ。見るからにがっくりと肩を落としていた。

 

「まさか全部防がれちゃうなんて……ターンエンドだよ」

 

 それどころかライフが初期値より増えているという。

 このターンの始めは一撃で削れるような残りライフだったのになぁ。普通スーパーZを2枚とか入れないんだが、レイはそれでこうして上手くいってるんだから大したものだ。

 上手く回れば、これだけライフポイントを稼げるんだからホントに凄い。さすがに飛び級は伊達じゃないな。カードに関する運もかなり持っているのは間違いない。それに、恋する乙女を使い続ける、カードへの愛情も。

 レイのデッキ構成の場合、他の人が使えば恐らく高確率で上手く回せずに負ける。

 これだけ恋する乙女を守る布陣を最初から築けるレイの運と、それを可能にする純粋な想いこそが、あるいはレイをこの学園に入る実力者へと成長させたのかもしれなかった。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 カードを引き、レイがその表情に笑みを見せる。

 その笑みはマナだけでなく俺にも向けられており、俺もつられるようにしてレイの顔を注視した。

 そんな視線を受けて、レイは一層笑みを深める。

 

「いくよ、マナさん、遠也さん! ボクのデッキの新しいパートナーの姿を見せてあげる! ボクは手札から魔法カード《調律》を発動!」

 

「なッ!?」

「えぇ!?」

 

 レイが手札から示したカードに、俺とマナは揃って驚きの声を上げた。後ろの面々の反応も似たり寄ったりで、あのカードの登場に驚いているのがわかる。

 あれは俺がよく使うカードであり、またまだまだ世間的には知名度の低いカードでもある。俺のデッキをよく見ており、デュエルを通じて使い方を知っていたからこそだろうか、レイがデッキに入れたのは。

 しかし、調律はチューナーを……それも「シンクロン」を限定で呼び込むカードだ。それで、レイはいったい何をシンクロ召喚するつもりなんだ?

 まったく予想できないだけに、俺はただレイの場を見つめるしかなかった。

 

「ボクはその効果でデッキから「シンクロン」と名のつくチューナー、《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、デッキをシャッフル! その後、デッキトップのカードを墓地に送る!」

 

 一連の効果処理を終え、レイは今まさに手札に加えたカードをそのままディスクに置く。

 

「そして、《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 お馴染みの眼鏡をかけたオレンジの鉄板を主に形作られたチューナーが、レイの場に現れる。

 そして、ジャンクロンが出てきた以上、その効果が発揮される。

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! ボクは天使の施しで墓地に送られた《恋する乙女》を特殊召喚!」

 

《恋する乙女2》 ATK/400 DEF/300

 

「更に場にチューナーがいるため、墓地から《ボルト・ヘッジホッグ》を特殊召喚するよ!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 これも天使の施しで墓地に送られていたモンスターか。だが、ものの見事に俺がよく使うモンスターばかりである。

 俺はそんなことを思いながらレイを見る。すると、俺からの視線にレイが気づく。この状況から俺が言いたいことがわかったのだろう、レイは照れくさそうに笑った。

 

「その……好きな人と同じカードを使うって、なんかいいなぁって思って、つい……」

 

 頬をかきながら、おどけたようにあははと笑う。

 そのレイの姿は、不覚にもドキッとするほど可愛く見えた。

 

「けどね、遠也さん。ただ真似しただけじゃないんだよ。――見ていて、これがボクの新しいパートナー! レベル2恋する乙女とレベル2ボルト・ヘッジホッグに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 恋する乙女、ボルト・ヘッジホッグが合計4つの星となり、3つの光の輪となったジャンク・シンクロンの中を通り抜けていく。

 レベルの合計は、7だ。

 

「――みんなの想いを守るため、機械の心が燃え上がる! シンクロ召喚! 愛と希望の使者、《パワー・ツール・ドラゴン》!」

 

 レイの宣言と共に、光の中から現れたのは機械仕掛けのドラゴンである。

 スクラップ・ドラゴンとは違い、真新しく色づけられたカラフルな装甲は、どこか子供の玩具を連想させるシンプルなデザインで構成されている。

 黄色を主体にした装甲に、青いショベルカーの先端にある掘削部分を右腕に着け、左腕には緑の取っ手がついたドライバーが装着されている。

 赤いレンズがはめ込まれた両目はそのまま丸く、どこか愛嬌のある顔立ちでもある。

 ……そして何と言っても、このカードは5D’sにおいて龍亞が使うエースモンスター。とどのつまり、これまたこの世界では1枚しか存在しない六竜のうちの1体であったりした。

 

《パワー・ツール・ドラゴン》 ATK/2300 DEF/2500

 

「え、ええぇぇえええッ!?」

 

 無論、俺の驚きはかなりのものである。

 だって、パワー・ツール・ドラゴンですよ? シグナーの竜になる可能性を秘めた特別な竜(機械族だけど)の1体、ペガサスさんが手放したこの世界に1枚しかないカードだ!

 確かにあのシンクロ召喚実演のイベントの中に紛れ込ませたとは聞いていたが、もうだいぶ前のことだ。なのに、なんでそれをレイが持ってるんだ!?

 動揺を隠せない俺。そして、周囲からも「遠也くん以外のデッキでシンクロ召喚してるの、初めて見たっす」「私もよ」といった驚きの声が上がっている。

 皆が知るこれまでシンクロ召喚には常に俺のデッキが使われていたからな。学園祭でマナもシンクロ召喚を使ったが、あれも俺のデッキだったし。

 それだけ、シンクロ召喚=俺関係というのが皆の中では定着していたんだろう。今回はそれとは関係ないところで行われたシンクロ召喚だからこそ、驚きもあるということか。

 まぁそれはさておき、そんなことを考えている間にもレイの行動は進行していった。

 

「パワー・ツール・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、メインフェイズに自分のデッキから装備魔法カード3枚を選択し、相手はそこからランダムに1枚選び、選択したカードをボクの手札に加えて残りはデッキに戻してシャッフルする! ボクが選ぶのは、この3枚!」

 

《キューピッド・キス》

《キューピッド・キス》

《キューピッド・キス》

 

 そしてレイはその3枚を裏側にしてシャッフルすると、マナに向けてさぁ選べとばかりに突き出した。

 選択肢ねぇじゃん! 動揺しつつも、心の中で突っ込みを入れる俺だった。見れば、マナの顔も若干ひきつっているようである。

 

「じ、じゃあ真ん中で……」

「はーい。それじゃ、ボクは早速手札に加えた《キューピッド・キス》をパワー・ツール・ドラゴンに装備!」

 

 パワー・ツール・ドラゴンの身体が、うっすらと桃色がかった靄のようなもので包まれる。これが、キューピッド・キスを装備した状態なのだろう。

 キューピッド・キスは、装備モンスターが乙女カウンターの乗ったモンスターを攻撃してダメージを受けた時、そのモンスターのコントロールを得ることが出来る装備魔法。

 一見恋する乙女しか装備できないと思いがちだが、このカードは他のモンスターでも装備可能なカードだ。そのため、それなりに攻撃力が高いモンスターに装備させれば、受けるダメージを軽減させることが可能になる。

 ただ、そのためには攻撃力が一般的な上級モンスターよりも低く、かつ下級アタッカークラスよりは高い値でないと、あまり意味はない。攻撃力が高すぎると戦闘破壊してしまうし、逆に低すぎると受けるダメージが大きくなるためだ。

 その点、パワー・ツール・ドラゴンの攻撃力はちょうどいい。2300は最上級の基準ともいえる2500にわずかに届かない程度であり、2000や2100といったアタッカーの値をギリギリ上回っているからだ。

 そのうえ恋する乙女に必須の装備魔法である《キューピッド・キス》のサーチまでこなすのだから、確かにレイにとってはそれなりに相性のいいカードなのかもしれなかった。

 

「いって、パワー・ツール・ドラゴン! ブリザード・プリンセスに攻撃! 《クラフティ・ブレイク》!」

「きゃっ……」

 

 右手のショベルに左腕のドライバー、そんな凶器を持って突進してくる機械の竜に、マナが僅かに声を漏らす。

 だが、ダメージを受けるのは攻撃力が低いパワー・ツール……つまり、レイのほうである。

 

レイ LP:5100→4600

 

「この瞬間、キューピッド・キスの効果発動! 乙女カウンターが乗っているモンスターを攻撃しダメージを受けたため、ブリザード・プリンセスのコントロールを得るよ!」

 

 パワー・ツール・ドラゴンが纏っていた淡いピンク色の靄が、ブリザード・プリンセスにもまとわりつく。

 そして、それに身体中を包まれたブリザード・プリンセスは、マナの場からゆっくりとレイの場へと移動してくるのだった。

 

「更にパワー・ツール・ドラゴンの効果! このカードに装備された装備魔法カード1枚を墓地に送ることで、このカードの破壊を免れる! ボクはキューピッド・キスを墓地に送る。よってパワー・ツール・ドラゴンは破壊されないよ!」

 

 パワー・ツール・ドラゴンに秘められた第2の効果。これがあるため、パワー・ツールはステータスにあまり恵まれていないながら、それなりに場もちがいい。

 また、破壊されずにコントロールを奪えることから、キューピッド・キスの装備先としても実に有用である。

 恋する乙女のように戦闘破壊に耐性があるモンスターは、やっぱりレイのデッキコンセプトだと相性がいい。っていうか、ホントにパワー・ツールと相性がいいなレイのデッキは。

 

「そしてブリザード・プリンセスでブラック・マジシャンに攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「きゃあッ」

 

マナ LP:4000→3700

 

「ボクはカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「むぅ……私のターン、ドロー!」

 

 この時点で、マナの場にはブラック・マジシャン・ガールだけ、手札は2枚。

 

「私は《死者蘇生》を発動! 墓地からブラック・マジシャンを特殊召喚! そしてバトル! ブラック・マジシャンでパワー・ツール・ドラゴンに攻撃! 《黒・魔・導ブラック・マジック》!」

「くぅ……!」

 

レイ LP:4600→4400

 

 これで、パワー・ツール・ドラゴンは退場か。まぁ、仕方ないな。

 

「更にブラック・マジシャン・ガールで恋する乙女に攻撃! 《黒魔導爆裂破ブラック・バーニング》!」

「むむ……」

 

レイ LP:4400→2800

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだよ」

「ボクのターン、ドロー! ボクは《早すぎた埋葬》を発動! ライフを800支払い、墓地のパワー・ツール・ドラゴンを復活させてこのカードを装備させる! 更にボクは伏せていた永続罠《女神の加護》を発動! ボクのライフを3000ポイント回復する!」

 

レイ LP:2800→2000→5000

 

《パワー・ツール・ドラゴン》 ATK/2300 DEF/2500

 

 と思ったら、すぐに復活してきたか。

 パワー・ツールがいる以上、やはり早すぎた埋葬は入ってるよな。ある意味、死者蘇生よりも便利なカードだし。特にパワー・ツールにとっては。

 

「更にパワー・ツール・ドラゴンの効果発動! デッキから3枚の装備魔法を選び、相手がランダムにそこから選択したカードを手札に加える。今度は……この3枚!」

 

《団結の力》

《ハッピー・マリッジ》

《魔導師の力》

 

 これはひどい。

 

「じゃあ……右のカード!」

 

 マナにとっては苦渋の選択だったな。どれをとってもいい結果にはならんし。

 

「右のカードは……うん! ボクは手札から《ハッピー・マリッジ》をパワー・ツール・ドラゴンに装備! このカードは相手のモンスターが自分フィールド上に表側表示で存在する時、装備モンスターの攻撃力をそのモンスターの攻撃力分アップさせる! よって、ブリザード・プリンセスの攻撃力分、パワー・ツール・ドラゴンの攻撃力がアップ!」

 

《パワー・ツール・ドラゴン》 ATK/2300→5100

 

「攻撃力5100!?」

 

 ついにサイバー・エンドを正面から叩き潰せるほどになったか。これを見たら、さすがにカイザーも驚きそうである。

 

「バトルだよ! パワー・ツール・ドラゴンでブラック・マジシャンに攻撃! 《クラフティ・ブレイク》!」

「と、罠発動! 《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードを再びセットする!」

「なら、ブリザード・プリンセスでブラック・マジシャンに攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「うっ……!」

 

マナ LP:3700→3400

 

 マナのライフが削られるが、同時にブラック・マジシャンが墓地に行ったことにより、ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力が上昇する。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→2300

 

「ボクはこれで、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー!」

 

 なんとか凌いだが、しかしこれでマナの手札は1枚だけ。しかもあれは元が俺のデッキだから、強欲な壺のように便利なカードは入っていない。

 手札1枚で逆転するには、アドバンス召喚軸の魔法使い族では爆発力が足りないだろう。

 

「……バトル! ブラック・マジシャン・ガールで恋する乙女に攻撃! 《黒魔導爆裂破ブラック・バーニング》!」

「くぅ……っ!」

 

レイ LP:5000→3100

 

 ブラック・マジシャン・ガールの攻撃が綺麗に決まる。

 だが、恋する乙女は戦闘で破壊されないカードだ。レイのライフを削りはしたが、場に変動はない。しかも、この劣勢の中だ。ここで決定打を打てなかったのは正直に言って痛いだろう。

 事実、マナは何とも言えない顔で、残り1枚の手札をディスクに差し込んだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「ボクのターン、ドロー! ボクは再びパワー・ツール・ドラゴンの効果を発動! デッキから3枚の装備魔法を選ぶよ!」

 

《団結の力》

《魔導師の力》

《魔導師の力》

 

 またさっき並みにアレなカードばかりだな……。

 すっかり装備魔法もメインになっているらしいレイのデッキにとって、魔導師の力ほど怖いものはないぞ。今の場を考えれば、攻撃力の上昇値は2500ポイントにもなり得る。

 

「……左のカードで」

「じゃあ、左のカードを手札に加えて、残りのカードはデッキに戻してシャッフルするね。そして、ボクは《魔導師の力》をブリザード・プリンセスに装備! 魔導師の力はボクの場の魔法・罠カードにつき500ポイント攻撃力がアップする! ボクの場に魔法・罠カードは伏せカード1枚に《女神の加護》《早すぎた埋葬》《ハッピー・マリッジ》《魔導師の力》の4枚で、合計5枚! よって攻撃力が2500ポイントアップ!」

 

《ブリザード・プリンセス》 ATK/2800→5300

 

 おいおい……。

 攻撃力5100と5300が並ぶとか。レイのデッキはコントロール奪取が元だが、上手く回ればここまで純粋なパワーでも勝負できるようになっちまったのか。

 戦慄する俺。そして同じくマナも冷や汗を浮かべてレイの場を見ていた。

 だが、これでバトルフェイズに入ったとしても、マナの場にはくず鉄のかかしがある。防ぐ攻撃を間違えなければ、マナのライフは残るはずだ。

 マナもそれをわかっているのか、次のターンに全てを賭ける、そんな面持ちへと表情を変えていく。

 だが、レイはそこから更に行動を起こした。

 

「そしてボクは手札から3枚目の《恋する乙女》を召喚!」

 

《恋する乙女2》 ATK/400 DEF/300

 

 こ、ここでそれかぁ。

 あまりといえばあまりな展開に、俺はちらりとマナを見る。マナはもはや希望は絶たれたと言わんばかりに虚ろな表情になっていた。

 そんな中、レイは元気よくバトルフェイズに入る宣言を行う。

 

「バトル! ブリザード・プリンセスでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「く、《くず鉄のかかし》を発動! その攻撃を無効にするよ!」

「なら、パワー・ツール・ドラゴンで攻撃! 《クラフティ・ブレイク》!」

「……うぅ」

 

マナ LP:3400→600

 

「これで最後だよ! 恋する乙女2体でマナさんに直接攻撃! 《一途な想い》!」

「ぅ……うわーん、負けたー!」

 

マナ LP:600→0

 

 最後の攻撃が決まると、マナはヤケになったかのように叫んでその場に膝をついた。

 ソリッドビジョンが消えていく中、俺はマナに近づいてその腕に着けられたデュエルディスクに触れる。そして最後にセットされたカードを確認した。

 マナの場に伏せられていたのは……速攻魔法《ディメンション・マジック》。なるほど、手札がこれしかない状況じゃこれは無理だわ。

 初手も見る限り上級モンスターが大半だったらしいし、今回はマナに運がなかったな。

 ちなみにレイの場に伏せられていた残り1枚のカードは、《レインボーライフ》だったらしい。女神の加護のデメリット、フィールドから離れた時に3000ダメージの回避手段もあったということだ。

 つまり、どうやっても今回はマナの負けだった。それを確認すると、俺は膝をつくマナの肩をポンポンと叩いた。

 それに顔を上げてこちらを見てくるマナ。

 縋るようなその視線に心の琴線を刺激されつつ、俺は安心させるように笑いかけた。

 

「ま、メイド服はそこまで露出も多くないから」

「うぅ……やっぱり本気だったんだ」

「もち」

 

 最初は本当に冗談半分だったが、ここまで本気にされると俺もその気になってくる。

 今ではすっかり楽しみにしている俺だった。

 けどまぁ、それは置いておいて。

 俺としては今この瞬間においてはそれ以上に気になっていることがあるのだ。

 マナと対戦していたレイが、デュエルが終わったことで俺とマナのところに寄ってくる。また観客と化していた皆も集まってきて、俺たちはマナを中心に円を作るように集まった。

 そんな中、俺はレイに問いかける。

 

「レイ。お前、《パワー・ツール・ドラゴン》のカードをどこで手に入れたんだ?」

 

 俺が訊くと、レイはきょとんとした顔になった。

 

「え? 普通にパックから出てきたけど……」

「は? ……いや、でもあれ……あのシンクロのイベント時に発売されたパックに紛れてたんだぞ? それがなんで今になって……」

 

 俺が疑問たっぷりにそう言うと、レイはそういうことかと納得した顔になった。

 そして、なんだか少し恥ずかしそうにして種明かしをしてくれた。

 

「えっと、その……あの時、遠也さんとペガサスさんのデュエルの後、遠也さんってグッズを配ってたでしょ?」

「ああ、確か……パックも1つつけて一緒に配ってたな」

 

 そこで俺はレイと知らずにレイと出会い、俺がその時に言った言葉にレイは影響を受けてデッキの改良などを始めたらしい。

 そういったことを確認すると、レイはこくりと頷いた。

 

「うん。それでね、自分で買ったパックはすぐに全部開けたんだけど、遠也さんから手渡しでもらったパックはお守りみたいな感じで、開けずに仕舞ってたんだ」

 

 さすがにそんなことまで明かすのは恥ずかしいのか、レイは照れ臭そうである。

 

「でも、遠也さんとマナさんに会うためにアカデミアを目指すことを決めて、それで絶対に試験に落ちられないと思ったの。その時、もしかしたらもっとデッキに合うカードが入っているかもしれないと思って、そのパックを開けて。そしたら……」

「パワー・ツール・ドラゴンが入ってたのか」

 

 レイは頷く。

 その後、デッキを新しく調整しなおしたレイは試験に合格。パワー・ツールが世界に1枚しかないカードだということは世に出ていないため、レイは知らなかった。そのため、普通に躊躇いなく使って勝ったらしい。

 

 ――そう、世界に1枚しかない六竜といえばかなり有名だが、その実態はまだ全て知られていないのが現実である。

 俺のスターダストが大々的に現れ、さる情報筋から「スターダストは全部で6枚ある世界にそれぞれ1枚しかないドラゴンの1体」とバラされたものの、それはあくまでスターダストの存在が明るみになっただけで、まだ他のカードについては知られていなかったのである。

 現在、一般的にも判明しているのは《スターダスト・ドラゴン》と《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の2枚のみだ。後者は世界大会の賞品として贈呈されたため知られたらしい。今もその人の手にあるのかは知らないが、それによってこの2枚の存在は明るみになっている。

 だが、あとの4枚については、依然として不明のままだ。だからこそ、そのカードが何なのか知りたがる人は多い。

 

 話が逸れたが、その試験に勝ったことでレイの実力は認められ、無事にレイは飛び級で入学。その後は俺達も知る通りだが、パワー・ツールについては以前のデッキしか知らない俺達を驚かせようと思って秘密にしてきたらしい。

 まったく、だとしたらその作戦は成功である。

 

「ホントに驚いたよ、まったく」

「わわっ」

 

 俺はしてやられた悔しさも手伝い、レイの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 すぐにパッと手を離して顔を覗き込むと、レイは髪をめちゃくちゃにされて怒っていますというポーズをとっていたが、それも次第に険がとれていつもの明るい笑顔に戻っていく。

 そして、レイが持つパワー・ツールもまた俺のスターダストと同じ世界に1枚しかないカードだと知り、翔や剣山、明日香たちがこぞって見せてくれとレイに殺到した。

 レイは驚きつつもそれを受け入れ、パワー・ツールのカードを皆に見せる。

 皆はそれぞれ「へぇ、竜なのにドラゴン族じゃないんすね」「どうせなら恐竜族がよかったドン」「でも、そのぶん機械族のサポートを受けられるわ」「リミッター解除とかが怖いかもねぇ」「フン」といった反応でした。

 そして、その流れを汲んだ俺たちはその後レイを中心にカード談義を始めた。なかなか普段見ないプレイをするレイのデッキについて話し合い、時に他の4体のドラゴンについて教えろと迫られつつ、楽しくおしゃべりの時間を過ごす。

 そんなわけで、今日も今日とて俺たちの時間は過ぎていった。

 その後、みんなと別れた帰り道。楽しい時間だったが、しかしやっぱり物足りなさも感じてしまった俺は、ふぅとひとつ息を吐いた。

 ……早く帰ってこいよ、十代。みんな待ってるぞ。

 ここにいない親友のことを思いながら、俺はマナと連れだってブルーの自室へと戻っていくのだった。互いに、手を握り合いながら。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――で、部屋に入って暫し。

 

「はい、マナ」

「え? ……な、なんで既にあるの!?」

 

 俺がマナに手渡したのはメイド服。このありえないほどの準備の良さに、マナはかなり動揺していた。

 ここで「こんなこともあろうかと!」と言えれば個人的にカッコいいと思うのだが……生憎、真実は違う。

 

「いや、実はこれは万丈目のおかげでだな」

「ま、万丈目くんにそんな趣味が!?」

 

 なにやら衝撃を受けているマナ。とりあえず、俺は万丈目の名誉のためにも「違う」と否定しておいた。

 詳しく話すと、このメイド服はレッド寮に保管されていた「コスプレデュエル」のための衣装なのである。普通なら保管されたままでいるのだろうが、先日万丈目はレッド寮の大幅な改築を行った。

 その時、一階にあった物置部屋をぶち抜いて現在の広い部屋に仕立てたのである。

 それによって、その中にしまってあった衣装が行き場をなくしてしまった。そのため、来年使うかどうかもわからないからということで、欲しい人は持って行っていいと生徒たちに解放されたのである。

 その時その場に偶然いた俺は、いつか役に立つ時が来るかもしれない、とこのメイド服を持ち帰った。

 

「――というわけだ」

「なんで持ってきちゃうかなぁ……」

 

 がっくりと項垂れるマナだった。

 ちなみに、デュエルモンスターズのコスプレなのに、なぜ普通のメイド服があったのかは知らない。十中八九、過去にそういう趣味の先輩がいたからだと思うが。

 まぁ、それはさておき。

 

「ほらほら、罰ゲームなんだから。着替えて着替えて」

「わ、わかったから。ちょっと待っててね」

 

 言って、マナは部屋の中にあるバスルームに衣装ごと消えていった。

 そして数分待つと、バスルームの方からドアを開ける音が耳に届き、その音源へと振り向く。

 そこには、完璧なるメイドがいた。

 

「おお……ブラボー……」

 

 白と黒のコントラストが素晴らしい。マナの髪が金色で目が碧なのも、服に映えていて実に綺麗である。

 そのうえ何故か一緒にセットでついていたニーソも可愛かった。ミニスカメイドであることに意見がある人も多いだろうが……絶対領域の素晴らしさを考えると、これもあり、かな。

 ひとしきり心の中での批評を終えた俺は、一つ頷いて満面の笑みを見せる。

 

「最高。かわいい。大好き」

「そ、そういうのはいいから」

 

 ストレートな言葉に、顔を赤くするマナである。

 そして恥ずかしそうに「もういいでしょ?」とそそくさバスルームに戻ろうとするマナだったが、その肩を俺はがしっと掴んだためその計画は頓挫した。

 肩を掴まれ、行動を止められたマナは、恐る恐るといった様子で俺に振り返った。

 

「な、なに?」

 

 それに、俺はやはり笑顔で答える。

 

「いや、そういえばこの間、さんざんエンペラーの件で笑われた仕返しをしていなかったな、と」

 

 俺の言葉に、マナの口元がひくりと痙攣したように動いた。

 

「あ、あれはその……ごめんね、遠也。つい……」

「いや、いいさ。あれぐらいのことだし、そこまで根に持ってるわけじゃないから」

 

 そう言うと、マナはあからさまにほっとした顔を見せた。

 そこに、俺は「だから」と言葉を続ける。

 

「まぁ、明日まではまだ時間があるし」

「………………ぅ」

「夜は長いからなぁ」

「………………ぅぅ」

 

 がくり、とメイド服のまま両膝と両腕をついて身体全体で落ち込みを表すマナ。

 何に対してかはわからないが、そこはかとなく勝った気分になりながら、俺は手を差し伸べてマナを立たせる。そして、ゆっくりベッドまで連れて行って、そのまま隣り合って座った。

 腰を落ち着け、マナは今の格好にも慣れてきたのか、はぁと溜め息をついた。

 

「ああ、恥ずかしい。うぅ、後悔先に立たず……」

「まぁ、そうかもな」

 

 俺は苦笑して、マナの言葉に応える。

 そして、そのままマナの首筋にかかる金糸のような髪を指ですくい、耳元を隠していたそれを後ろへと撫でつけた。

 

「ま、でも本当に可愛いよ、マナのメイド服」

 

 俺が素直に思ったことを言うと、マナはその白い肌を少しだけ朱色に染めた。

 

「……ありがとう」

 

 照れくさそうにぽつりと言ったマナに、俺は思わず噴き出す。

 マナもまた自分で可笑しく思ったのか、はたまた照れくささを誤魔化すためか。小さく笑みを浮かべ、俺たちは暫く笑い合う。

 これからまた何か色々ありそうだが、とりあえず今このときは幸せなので、せめて今はこの幸せを満喫したいものだ。

 俺はそんなことを思いながら、マナと二人でその夜を過ごしていったのだった。

 

 

 

 


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