「シニョール皆本、ちょっと時間をもらってもいいノーネ?」
「はい?」
「どうしたんですか、クロノス先生?」
授業が終わり教室を出た後、俺とマナはクロノス先生に呼び止められる。正確には俺だけだったのだが、一緒にいたマナも同じく立ち止まった。
そして俺の隣に立つマナを見て、クロノス先生が一瞬何とも言えない顔になる。
「シニョーラマナ……。あなたは本校の生徒ではないノーネ。制服を着て授業を受けるなんて本当はダメでスーノ」
「あはは。私、学校生活ってやったことないから、つい好奇心で……」
笑いながら、マナが頭をかく。そしてその態度に、クロノス先生は溜め息をついた。
――三幻魔の事件。
あれによってマナが本当は精霊であるということが、仲間たちと共に校長とクロノス先生にもバレてしまった。
しかもブラック・マジシャン・ガールの精霊という事実に、校長と先生の二人は大層驚いていた。……が、三幻魔というそれ以上にインパクトのある怪物を見たばかりだったためか、わりと抵抗なく受け入れてくれたようである。
まぁ、普通にしていればマナは人間にしか見えないし、精霊とはいえ扱いを変える必要はないと思ったのだろう。精霊だからと拒絶するような反応ではなかったことに、俺は随分とほっとしたものだった。
やはり、共に戦った一人である先生にそういう態度を取られると悲しいものがあるからな。
ともあれ、そうして校長と実技指導最高責任者という学園でも上位の人間にその存在を認められたマナは、ある程度これまでよりも表に出るようになった。
制服を纏い、たびたび俺と同じ授業に顔を出すなどといった行動をとっているのである。
それに対して校長はニコニコと何も言わず。クロノス先生は本来なら部外者であるマナを追い出さなければならない立場でありながら、そうすることに抵抗があるようだった。
それは何故か。
「学びたいと言う若者がいて、授業に出たいと言うナーラ、私にはそれを助け導く義務があるノーネ。教師として、学業に励む気持ちを蔑ろにするわけにはいきませンーノ」
だそうだ。
たとえアカデミアの生徒でなくとも、学びたいと言うなら受け入れる。
さすがに何人もいたら違う対応になっただろうが、マナ一人ぐらいなら目を瞑ってもいいとクロノス先生は判断したらしい。ありがたいことである。
尤も、それが本来であればルール違反であることは明白なので、クロノス先生は時折そういった理由から何とも言えない表情になったりするのだった。
ちなみに実体化したマナが大っぴらに俺と一緒にいることになったため、俺を見る男子勢の視線が凄いものになっていることが稀にある。
まぁ、そこらへんは甘んじて受け入れるべきなのだろうが……たまにブラマジガールの熱狂的ファンがコロス目で見ている時がある。学園祭でのコスプレのせいだろう。
受け入れたいところだが……そういった視線は本当に怖いため、むしろなるべく気にしないようにしている俺だった。
と、そんなことを思い返してみたわけだが、そもそもクロノス先生はどうして俺を呼びとめたのか?
その本題に思考が帰ってきたところで、クロノス先生は俺たちを背にして歩き始めた。
「クロノス先生?」
「いいから、来てほしいノーネ」
そのまま歩いていくクロノス先生。それにマナと共に首を傾げながら、俺たちはクロノス先生の後に続くのだった。
たどり着いた先は、校長室。
ということは、用があるのは校長先生なのか? そう考えていると、クロノス先生が扉を開き、中に入っていく。俺たちも遅れて校長室に足を踏み入れた。
「シニョール皆本を連れてきましたノーネ」
「ありがとう、クロノス先生。……おや、マナ君も一緒だったのかね」
「あはは、お邪魔しまーす」
マナが明るく返事をし、それに校長は眦を下げて頷いた。
既にマナも校長にとっては自身が受け持つ生徒の一人という扱いになっているらしい。
「それで、校長先生。俺に一体どんな用が?」
俺が突然連れてこられた戸惑いを隠さずに問うと、校長は頷いて口を開く。
実は、という前置きと共に話された俺が呼ばれた理由は全く予想もしていなかったものであり、俺とマナは揃って驚き一色に顔を染めた。
「――隼人がどういう奴か?」
「うむ。君から見た隼人君はどんな子なのか、教えてほしい」
そう、校長が俺を呼んだ理由はそれだけだ。「隼人とはいったい普段はどんな生徒で、どういう性格をしているのか」それを教えてほしいというものだったのだ。
何故隼人のことで俺を呼んだのかというと、隼人に近しい人間の客観的な意見が欲しかったからだそうだ。
十代は主観が多くなりそうだから駄目、翔は言葉不足と早とちりが多いため正確性に欠けるから駄目、ということらしい。
そうなると隼人と一番親しいのは俺であり、俺ならバランスよく第三者の目線から見た隼人を話してくれそうだからということで、俺に白羽の矢が立ったらしい。
そこまで聞いて、俺が呼ばれた理由は一応納得した。だが、肝心なことをまだ聞いていない。
「そもそも、なんで隼人のことをそんなに知りたいんですか? 進級テストはもう少し先ですし、いくらアイツが一度留年してるからって……」
「ああいえ、そういうことではないのです」
俺が隼人の留年を持ち出すと、校長は慌てたように首を振った。
どうやら進級に関わる話かと思いきや、それは俺の早合点だったようだ。
じゃあ、一体何なのか。
一層疑問符を浮かべる俺に、校長は「これはオフレコで頼みますよ」と前置きしてからその理由を語り始めた。
その理由を聞き、俺とマナは再度驚きに目を見張った。
「隼人をI2社に推薦!?」
「ええ。実は、先日行われたカードイラストのコンテストで彼が優勝しましてね。ペガサス会長がその作品をいたく気に入り、正式にカードデザイナーとして迎え入れたいとおっしゃっているのです」
「ペガサスさんが……」
確かに、隼人のイラストは驚くほどに上手い。
あれほどの腕なら、なるほどデザイナーとして評価されるというのも納得できるか。しかしまさか、デュエルモンスターズが世界の中心と言えるほどに盛んなこの世界で、それに携わる仕事に就けるとは。これ以上ない就職先だ。
「しかし、我が校としてはI2社に推薦する以上、その人格含め精査する必要があります。そこで、我々が目にすることのない隼人君の普段の様子を教えてもらいたく、君を呼んだのです」
「なるほど……そういうことですか」
ようやく話がつながった。そういうことなら、確かに俺が適任かもしれない。十代や翔は私情を挟みまくってべた褒めしそうだからな。
ま、だがしかしそういうことなら心配ない。隼人は今時珍しいほどにいい奴だ。昔は諦め癖があったようだが、今では逆に根性なら俺たちの中で一番かもしれないほどに気張れる奴である。
だから、俺はいつもの隼人をそのまま伝えればいい。それがきっと、隼人のためになるはずだ。
そういうわけで、俺は二人に普段の隼人の様子を語っていく。さすがに全く私情を含まない意見とは言えないかもしれないが、それでも第三者には徹したつもりだ。
時にマナから見た意見も加えつつ、俺たちは俺たちなりに隼人の応援をするため懸命に隼人のことを話していく。普通なら気にしていない細かいところも含めてしっかり伝える。あいつがどれだけ普段から頑張っている奴なのかを理解してもらうために。
そうして俺たちの意見を聞き終えた校長は、鷹揚に頷いて「わかりました」と告げた。
そして俺たちに礼を述べる。同じくクロノス先生も協力への感謝を俺たちに告げ、役目を終えた俺たちは校長室を辞したのだった。
廊下に出て、ふぅと息をつく。喋り通しだったので少しのどが渇いた。だがそれよりも、僅かな寂しさが胸に去来する。
「そっか……隼人の奴、いなくなるのか」
まだ確定ではないが、隼人だってやる時はやる奴だ。既にペガサスさんに認められている以上、学園としても推薦してくれることだろう。
一年間、友達として一緒だった相手だ。この学園を去ると聞けば、やはり思うところはある。
「寂しいね、遠也」
「ああ」
マナもまた、俺の隣で隼人を見てきた。俺たちが一年の間に形作った輪から一人が抜けてしまうことへの寂しさを俺と同じく感じているようだった。
「けど、隼人の夢だもんな」
「うん」
三幻魔の時、理事長にあいつは言っていた。「自分たちの夢のためにこの学校に来たんだ」と。その隼人の夢を叶えるチャンスなのだ。
確かに寂しい。寂しいが……ここで応援しなければ友達じゃない。
「ま、その時は笑って送り出さないとな」
「うん。友達の門出だもんね」
マナの言葉に頷きを返し、俺は手を差し出し、マナはそれを握る。
そして俺たち二人は寮へ帰るべく歩き始めた。
俺たちを見た男子から突き刺さる視線も、今は気にならない。
新たな旅立ちを迎えることになり、俺たちの前から去ろうとしている隼人。その事実がもたらす寂しさ。それを紛らわせるかのように握られた互いの手は、そんな周囲の視線などものともしない温かさがあった。
誰かと別れるのはやはり、辛い。ひと肌恋しさに繋がれた手はそのままに、俺たちはその辛さと寂しさに心持ち話し声のトーンを落としながら、寮の自室へと戻っていくのだった。
さて、そんなわけで隼人の進退について俺たちは一足早く知ったわけだが、どうもそう簡単にI²社に推薦するわけにはいかなかったようだ。
それというのも、今度の進級試験に併せてクロノス先生が隼人の相手をすることになったからである。
隼人がどういう人物で、成績で、どんなデュエルをするのか。短い付き合いのため知らないクロノス先生が、簡単に我が校を代表する立場である被推薦者に隼人を据えるわけにはいかないと言い出したのである。そのため、自分が認めるに値する実力を示せ、ということらしい。
かつてのレッドいびりではなく、実に納得できる言い分であったため、校長もこれを了承。また、隼人自身も承諾したため、クロノス先生VS隼人というデュエルが行われることになったのである。
進級試験前日、俺は隼人に尋ねた。大丈夫か、と。
それに対して隼人は、
「クロノス先生は、強いんだな。けど……俺だって自分の夢がかかってるから、絶対に諦めないんだな」
そう決意を込めた目で言ったのである。
初めは留年という負い目もあって自堕落気味だった隼人だが、この一年で夢のためなら困難にも負けずに挑んでいく姿勢を身に着けていた。
それは、たとえ負けたとしても隼人の中からなくならない大きな財産である。
そして、そんな隼人は今、学園のデュエルフィールドでクロノス先生と相対している。
顔つきを見れば、気合の入りようは一目でわかる。クロノス先生も、そんな隼人を見て真剣な表情だ。
客席では、俺、マナ、十代、翔、万丈目、三沢、明日香といった特に親しい面々と校長が隼人を応援している。
そんな中、二人はデュエルディスクを展開し、開始の宣言を行った。
「「デュエル!」」
前田隼人 LP:4000
クロノス LP:4000
「先攻は俺なんだな、ドロー!」
隼人は手札を見回し、その中から一枚を選択する。
「俺はモンスターをセット! ターンエンドなんだな!」
「私のターン、ドロー!」
対するクロノス先生は、即座に手札からカードを繰り出した。
「私は手札より《
《古代の歯車1》 ATK/100 DEF/800
《古代の歯車2》 ATK/100 DEF/800
「そしてこの2体を生贄に、《
《古代の機械巨人》 ATK/3000 DEF/3000
流れるようにスムーズな戦術で、クロノス先生の場にエースである古代の機械巨人が召喚される。
クロノス先生は変わらず真剣な顔つき。隼人はいきなりのエース登場に動揺しているようだった。
だが動揺を感じたのは隼人だけじゃない。まさかの1ターン目から古代の機械巨人の登場という事実に、俺たちの間からどよめきが起きていた。
「クロノスのやつ、本気だぜ」
「ああ。まさか……教諭は本気で隼人を推薦しないつもりなのか」
万丈目の言葉に同意した三沢が、自らの懸念を躊躇いがちに口にする。
この一戦が隼人の夢をかけたものであることは、クロノス先生も百も承知のはず。それであるのに手加減なしのこのデュエルは、その夢を積極的に潰そうとしているも同義。
三沢はそう考えたのだろう。
だが……。
「俺は、そうじゃないと思う」
「どういうことだ、遠也?」
三沢から上がる疑問の声。それに、俺は自分の考えを言葉にしていく。
「今だから言うけど、実はクロノス先生ってかなり生徒思いなんだよ。昔受け持った生徒からの手紙を大切そうに読んだり、誇らしげに話したりしてさ」
ちなみに、半年以上前の話な。
そう付け加えると、皆が驚いた顔になる。三幻魔以降のクロノス先生が良い先生だとは誰もが認めるところだが、それ以前の先生にいい印象はあまり持っていなかったからだろう。
そんな面々を前に、俺は、だからと言葉を続ける。
「クロノス先生は、隼人を推薦したくないわけじゃないんだよ。三幻魔の時にも、教師の仕事は生徒の夢を叶える手助けをして導くことだって言ってただろ? その先生が、隼人の夢を無理やりねじ伏せるような真似をするとは思えない」
進むクロノス先生と隼人のデュエル。
劣勢の隼人だが、しかしそれでもクロノス先生は情けをかけない。侮ることなく、本気で戦うクロノス先生の姿がそこにはあった。
「でも……それならどうして、クロノス先生は手加減をしないのかしら?」
生徒の夢を叶えるためなら、推薦してあげればいいのに。そんな考えのもと明日香が言う。
俺はそれに、あくまで俺の考えだけどと前置きをしながら話す。
「たぶん、クロノス先生は隼人の本気と覚悟の度合いを見たいんじゃないかな」
「どういうことだよ?」
十代が投げかけてきた問いに、俺はあくまで予想だからなと断ってから話し出す。
「この時点でI2社に行くってことは、一足飛びに社会人になるってことだろ。学生という守られるべき立場じゃない、自分で全て決めていかないといけない立場だ。そこに飛び込んでいく隼人に、艱難辛苦が待っているのは想像できる。だからこそ、それに負けない人間かどうかをクロノス先生は見たいんだと思う」
クロノス先生の中の隼人のイメージは「留年したドロップアウトボーイだが、最近は努力を続ける勤勉な生徒」というものらしい。
それだけならわりと高い評価なのだが、しかし隼人との付き合いが短いクロノス先生は、隼人がどれだけ本気で夢を叶えたいのかをいまいち理解しきれていないのだ。
だからこそ、こうして自ら判断を下す場を設けたのだと予想できる。
夢の前に立ち塞がった自分を、隼人がどんな姿勢で乗り越えるか。それこそが、クロノス先生が見たいものなのだろうと思う。
そういったことを告げると、皆の表情が納得したものに変わっていた。
皆も、クロノス先生がいきなり強硬に隼人の推薦に異を唱えたことに疑問があったのだろう。腑に落ちない点が解消されて、すっきりした顔である。
そして隼人の応援へと戻る皆だが、それとは別に俺は校長先生に声をかけられた。わざわざ皆には聞こえないところでだ。
「はっはっは。やはり君は観察眼に長けているようだね。私も、君と同じ意見だよ」
「校長。ということはやはり……」
「うむ。クロノス先生は、あれでかなり隼人君のことを心配していてね。自分ごときを認めさせられないようでは、これから進む夢の先で成功するなど夢のまた夢。それならこの学園で学び直し別の道を探した方が安定した職に就ける。ここで私が引導を渡した方が本人のため……。そんな素直じゃないことを言っていたよ」
「なるほど。要するに、クロノス先生は……」
「そう、隼人君が自分を認めさせるならそれで良し。もしそれが出来ないなら、彼に夢を諦めさせる役は引き受ける。そう考えたのでしょう。何とも不器用なことです」
確かに、カードデザイナーという仕事は成功する確率が非常に少ない仕事だ。それが生徒の夢とはいっても、それが明らかに茨の道であり生徒自身をいずれ苦しめるようなものであるなら、諦めさせるのも教師の仕事ということなのかもしれない。
カードがあらゆる意味で重要な立場にあるこの世界において、その業界で結果を残すことがどれだけ難しいことか。それが出来なかった時に隼人が受ける苦しみや辛さは、想像を絶するだろう。
だからクロノス先生の気持ちはわかる。――だが同時に、違和感も覚えた。
確かにその道は険しい。だが、挑戦すらさせずにそれを諦めさせるようなことをするものだろうか。
確かに隼人のためを思うなら、それもまた一つの道だ。だが、隼人の意思がそこに無い以上、余計なお世話と言われればそれまでなのである。
ゆえに、微妙に得心がいかない。
そんなふうに考えていると、俺の様子を見た校長が苦笑した。
「君は本当に聡いですね。君の考えは正しい。最初に君が言ったことが正解です」
「なら、やっぱりクロノス先生は……」
「ええ。隼人君を推薦する気持ちは初めからあるのでしょう。ただ、果たして夢に対する姿勢がどれほどのものなのか。それを見たいだけなのだと思います。……さっきの話はクロノス先生を認めさせられなければ、というだけの話。クロノス先生は、隼人君なら自分を認めさせてくれると信じているのでしょう」
なるほどね。ようやく理解できた。
クロノス先生は、最初から隼人に夢を諦めさせようとは考えていないのだ。
自分を認めさせなければ推薦しない、というそれにしたって、先生は隼人ならその程度の課題は達成してくれると信じているのだ。だからこそ、後に続く出来なかった時の話は、ただの仮定にすぎない。
信じているからこそ、クロノス先生は本気で相対しているのだ。隼人なら大丈夫だと、乗り越えてくれるとそう考えて。
視線の先でデュエルを続ける二人に目を向ける。
既にデュエルは終盤。この一年の成長のためかクロノス先生にしっかり喰らいつき、ライフを削っていくその姿に、皆の応援にも熱が入る。
クロノス先生の顔にも、どこか喜びのようなものが感じられた。
そしてついに、隼人が動いた。
「魔法カード《エアーズロック・サンライズ》を発動! その効果により、墓地にいる獣族モンスター1体を特殊召喚する! 俺は《ビッグ・コアラ》を特殊召喚するんだな!」
《ビッグ・コアラ》 ATK/2700 DEF/2000
墓地から現れた巨大なコアラが、場にソリッドビジョンとして存在するエアーズ・ロックの上に立ち、力強く大地を踏み鳴らした。
「更に自分の墓地の獣族、植物族、鳥獣族1体につき相手の場のモンスター1体の攻撃力を200ポイント下げる! 俺の墓地に該当するモンスターは2体! よって古代の機械巨人の攻撃力を400ポイント下げるんだな!」
《古代の機械巨人》 ATK/3000→2600
クロノス先生の場に存在する2体目の古代の機械巨人。その攻撃力が見る見る下がり、ビッグ・コアラの戦闘破壊可能圏内に入った。
だが、隼人の行動はまだ終わらない。
「更に《融合》を発動! 手札の《デス・カンガルー》と場のビッグ・コアラを融合し、《マスター・オブ・OZ》を融合召喚するんだな!」
《マスター・オブ・OZ》 ATK/4200 DEF/3700
十代から譲り受けたという、隼人のデッキ最強のモンスター。
肩から下げたチャンピオンベルトがその能力の高さを示している。たとえ最上級モンスターであろうと殴り倒せるほどに、攻守ともに最高クラスのモンスターだ。
「これが、俺の一年間の集大成! いくんだな、マスター・オブ・OZ! 《エアーズ・ロッキー》ィッ!」
マスター・オブ・OZの拳がクロノス先生の場の古代の機械巨人に迫る。
この攻撃が通れば隼人の勝ち。その未来を想像して湧き立つ十代たちだったが、しかしクロノス先生の表情を見ていた俺は、そうあってほしいと思いながらも確信することが出来なかった。
マスター・オブ・OZを召喚した隼人を、誇らしげな笑みと共に見ていたクロノス先生。しかし隼人の攻撃宣言を受けた瞬間、その表情は真剣な教師としてのものへと変わっていたのである。
その表情のまま、クロノス先生は一度目を閉じる。そしてマスター・オブ・OZの攻撃が届く前に、すっと目を開いて伏せカードを起き上がらせた。
「――速攻魔法発動、《リミッター解除》! このカードは自分フィールド上の機械族モンスター全ての攻撃力をエンドフェイズまで2倍にするノーネ!」
クロノス先生の場には古代の機械巨人が1体だけ。そして古代の機械巨人の種族は、機械族である。
《古代の機械巨人》 ATK/2600→5200
マスター・オブ・OZの攻撃を、古代の機械巨人が迎え撃つ。だが、マスター・オブ・OZの攻撃力4200に対し、古代の機械巨人の攻撃力はリミッター解除によって5200。
そして、現在の隼人のライフポイントは800である。
攻撃力の差分は1000ポイント。……隼人のライフを0にするには、十分すぎる数値であった。
前田隼人 LP:800→0
隼人は、負けた。
これにより、I2社への推薦は受けられない。それを理解した隼人の目から大粒の涙が零れ落ちる。
だがしかし、実技においてアカデミアでも屈指の実力を持つクロノス先生相手に健闘した事実は、讃えられるべきものだ。俺たちは席から立ち上がると、隼人に拍手を送る。
それに気づいた隼人が俺たちを見上げ、そして泣き笑いの表情のまま手を振った。
「隼人! ガッチャ! 最高のデュエルだったぜ!」
「カッコよかったよ、隼人くん!」
特に付き合いの長い同室の二人からの賞賛に、隼人は涙を拭って無理やり笑顔を浮かべた。
「俺……、俺、こんなに面白いデュエルは初めてだったんだな!」
強がりだとわかるそれに、しかし誰もそれを指摘することはない。
夢破れて一番ショックを受けている隼人が、必死に笑っているのだ。それを茶化す真似がどうしてできるだろうか。
そして、そんな隼人に対戦者であったクロノス先生が歩み寄っていく。
「シニョール前田。進級試験の結果は……あなたの負けなノーネ」
「は、はい……ありがとう、ございました」
その言葉を改めて告げられ、再び声を震わせる隼人。
それを前にしてクロノス先生は一度目を閉じる。そして笑みと共にその瞼を開いた。
「――しかし、デュエルの内容はスプレンディード。素晴らしいものだったノーネ」
「……え? で、でも俺は……」
予想に反する言葉をかけられ狼狽する隼人に、クロノス先生は小さく首を振った。
「確かに、あなたは負けたノーネ。しかし、あなたのデュエルから、あなたの思い、覚悟、成長を私は感じることが出来たノーネ。そんなあなたなら、これから先どんな困難にも負けず、自分の道を歩いていってくれると私は信じられるノーネ」
「クロノス、先生……」
「実技担当最高責任者として、進級試験に私情を挟むことは出来なかったノーネ。しかし、あなたの姿は私にあなたの推薦を認めさせるには十分なものだったノーネ」
「そ、それじゃあ……」
隼人の恐る恐るといった声に、クロノス先生は微笑んで手を差し出した。
「シニョール前田……あなたは、私の誇りなノーネ。自信を持って、あなたをI2社に推薦するノーネ」
「クロノス先生……!」
その言葉を受け、その目から再び涙を流す隼人。しかしそれはさっきの悲しみからくるものではない。喜びからくるものであった。
差し出された手を、隼人はゆっくりと掴んで握手を交わす。
そして、涙に濡れた顔のまま隼人は頭を下げた。
「ありがとう、ございます……!」
そしてそれを受けたクロノス先生は、ただ微笑んで隼人の手を強く握るのだった。
後日、隼人がI2社が用意した小型飛行機によって学園から旅立つ日。
俺たちは隼人を見送るためにアカデミアに備え付けられた発着場に集まっていた。
「みんな、見送りにまで来てくれて、ありがとうなんだな」
「なんだよ、水臭いぜ隼人。一年間一緒に過ごした仲じゃないか!」
飛行機に乗る前に俺たちの前に立った隼人に、十代が笑って言う。そこに僅かながらに無理が感じられるのは仕方がないことだろう。
話したいことは山ほどあるし、出来るなら隼人と一緒に卒業したかったとも思う。だが、それは隼人の夢の妨げになるし、ここでそれを口にすることは隼人に気を使わせることになってしまう。
だから、俺たちは誰もそんなことは言わない。ただ、隼人のこれからのことを思い、各々がその前途が良いものであることを願うだけである。
「隼人くん……向こうでも、頑張ってね」
「ふん、せっかくI2社の目に留まったんだ。やれるだけやってこい」
「まったく、凄い奴だよ君は。応援しているからな」
翔、万丈目、三沢の言葉それぞれに隼人は頷いて応える。
そして、明日香と吹雪さん、カイザーもまた隼人に声をかけた。
「頑張ってね、隼人くん。でも無理はしないようにね」
「僕はあまり付き合いが長くないけど、それでもあのI²社に就職するなんて自慢できる後輩だ。君の活躍を祈っているよ」
「俺も、あまり親しくは出来なかったな。だが、翔と友人でいてくれてありがとう。君が作るカードを使う日が来ることを、楽しみにしている」
そして最後に、マナ、俺、十代の三人である。
「向こうでも元気でね、隼人くん!」
「一年間、楽しかったよ。向こうに行っても俺たちは友達だ。それを忘れないで頑張ってな、隼人。応援してるぜ」
「へへ、思えば俺たちも色々あったよな。けど、隼人は一足早く卒業だ! また一緒にデュエルできる日を楽しみにしてるぜ!」
思い思いに隼人の門出を祝う言葉を送ると、隼人は涙を浮かべて大きく頷いた。
もうすぐ飛行機が飛び立つ予定の時間だ。それを悟った隼人が、荷物を抱えて飛行機の方を見る。
そして歩き出す前に俺たちに大きく手を振った。
「みんな! ありがとうなんだな! 俺……俺、向こうに行っても皆のこと忘れない! 精一杯、頑張ってくるんだな!」
その言葉に俺たちも大きく手を振って応え、その間に飛行機のエンジンをつけたのか辺りに激しい音が響き始める。
隼人が徐々に飛行機に近づき、そしてついにその中へと乗り込む。完全に姿が見えなくなる前にもう一度だけ俺たちに手を振り、隼人は飛行機の中へと姿を消していった。
そして、それを待っていたかのようにゆっくりと動き出す飛行機。緩やかに滑走していった小型の機体はやがて高速で走っていき、ふわりと浮きあがるとそのまま空へと飛び立っていく。
十代が言うように、一足早くアカデミアを卒業していった隼人。自らの夢を叶えるためにここを旅立っていった友達の姿を目に焼き付けながら、俺たちは飛行機が飛び立った先をしばらくの間無言で見つめ続けるのだった――。
*
隼人がこの学園を去って、しかし俺たちの日常に大きな変化があったわけではない。
授業に出て、デュエルをし、時に友人たちと交流して日々を過ごす。
その輪の中に隼人がいないことを寂しく感じる時もあったが、いつまでもそんなことではいけないと奮い立ち、十代や翔も今ではそれを感じさせないほどいつも通りに過ごしている。
遠くに行こうと、隼人が俺たちの仲間であることに変わりはない。そう思えるからこそ、俺たちは比較的早く普段の日常に戻ることが出来たのだった。
そうして時が過ぎた、ある日。
ついにこのアカデミアにも卒業シーズンというものがやって来た。
今学園は今年卒業するカイザーが誰を卒業模範デュエルの相手に指名するかで湧き立っている。カイザーはこの学園を代表するデュエリスト。そのご指名を賜ることを名誉なことだと考えているからだろう。
ちなみに卒業模範デュエルとは、卒業生の中で最も成績の良かった生徒が在校生の中から一人を指名し、全校生徒の前でデュエルをすることである。
成績第一位のデュエルを最後に在校生に披露し、在校生にこういうデュエリストになれという模範を示すという意味で行われるイベントなのだ。
今年の卒業生一位は当然のようにカイザー。ただでさえ高い人気を誇るカイザーだけに、その指名を受ける相手にも注目が集まっているのである。
「ま、俺には関係ないけどな」
「あれ? カイザーくんなら、遠也を指名することもあるんじゃない? 仲いいんだし」
周囲の対戦相手予想に騒がしい声を聴きながら学園内のベンチでくつろぎ口にした言葉に、隣に座るマナが意外とばかりに突っ込んできた。
ちなみにマナはカイザーのことをカイザーくんと呼ぶ。俺がカイザーと呼ぶので、移ってしまったらしい。
最初にそう呼んだ時の周囲の反応は面白かった……。吹雪さんが大笑いし、明日香が口元を抑えて肩を震わせ、カイザーは憮然とした顔で腕を組んでいた。
直後カイザーはやめてくれと言ったが、マナは「でも遠也がカイザーって呼んでるし……」と取り合わず。そのためカイザーは俺に名前で呼んでくれと言ってきたが、俺も面白がって断ってしまった。
以降ずっと、カイザーはマナの中でカイザーくんである。俺がカイザーのことを名前で呼ぶようになれば変わるのかもしれないが……まぁそれについてはどうでもいいか。
それより、マナが聞きたいのはどうして俺が指名されないと思っているのか、だったな。
まぁ、特に難しい話ではない。至極簡単な理由により、俺は相手ではないのである。
「俺は指名されないよ。だって、カイザーが十代に話を持ちかけたことを十代から聞いて知ってるからな」
「あ、なんだ。そういうこと」
単純と言えば単純に過ぎる理由を知り、マナが納得とばかりに頷く。
対して俺の発言に耳をダンボのようにしていた周囲の生徒が反応した。
「なにぃ、カイザーの相手はオシリスレッドの遊城十代だと!」
「レッドからの指名は前代未聞だぜ」
「亮様のお友達である遠也さんなら、情報に間違いはなさそうね」
「ええ。……それにしても遠也さんの隣にいる子は誰?」
「知らないの? 確かマナさんといって遠也さんの彼女だったはずよ」
ざわざわする生徒たちの声。
そして、いつの間にやらマナの存在が生徒間で普通に認知されている事実に驚きを隠せない。まぁ、確かに授業に顔を出すし女子生徒と話すこともあるようだったけども。
ともかく俺の口からカイザーの対戦相手の情報を得た彼らは、早速とばかりにそれを噂に乗せた。ソースが俺ということもあって、一日も経てばそれは疑いようのない事実として全員に認識されたのである。
意図せず俺が発信源となってしまったが、まぁすぐにわかることだ。特に問題はないだろう。
後でカイザーに聞いた話だが、この模範デュエルに俺を指名しなかった理由は、単に俺とは対戦数が多く、対して十代とはほとんど戦ったことがなかったかららしい。
セブンスターズや三幻魔、それらの事件を通して十代のデュエルに興味を持っていたカイザーは、何度も戦ったことのある俺ではなく、カイザーにとって未知数の十代を指名したというわけらしかった。
まぁ、それは余談である。
何はともあれそんなわけで、アカデミア本校において抜群の知名度と実力を誇るカイザーVSオシリスレッドでありながら頭角を現し実力者として数えられるようになった十代。
アカデミアの生徒は皆、この対戦カードを心待ちにするようになったのである。
そして迎えた、卒業模範デュエル当日。
ほぼ全生徒が詰めかけたデュエルアリーナの中、ステージに上がったカイザーと十代が不敵な笑みと共に視線を交わしている。
そしてその二人に、これから起こるデュエルへの期待を込めた視線を送る生徒や教師たち。
俺は客席の最上段から、その様子を見つめていた。
隣にいるのはマナだけであり、翔や明日香たちは普通に観客席で見ていると思う。俺だけ別行動をしているのだ。
『それでーは、ただいまより卒業模範デュエルを始めるノーネ!』
クロノス先生のマイクを通した声が響き渡る。
それにより、カイザーと十代は互いにデュエルディスクを展開して、その開始を宣言した。
「「デュエル!」」
その顔は二人ともこれから始まる戦いへの期待感にあふれている。カイザーはともかく、十代は珍しくナイーブになっていたから心配していたんだが、これなら大丈夫そうだ。
――十代の部屋に赴いて、カイザーとデュエルすることになったと聞かされた時。十代は続けて俺にこう言葉をかけてきていた。
「なぁ、遠也。なんでカイザーは俺を選んだんだろうな」
その声には、どうして俺なんかを、という十代にしては珍しい弱気が含まれていた。それを聞き、俺は思わず驚きを示す。
「珍しいな。お前がそんなことを言うなんて」
「はは、やっぱり? けどさぁ、思うんだよ。俺より強い奴は、遠也がいるだろ。カイザーだってパーフェクトと呼ばれるぐらいに強い。なのに、なんでわざわざ俺なのかなぁ」
それはこの部屋にいま翔がいないからこそ言える本音だったのだろうか。天井を仰ぎながら言った十代に、俺はふぅと息をつく。
「そりゃ、カイザーにとってお前を選ぶ理由があったってことだろ」
「……そっか、そうだよな。なら、俺も勝てるように……カイザーのような完璧なデュエルをしてみせて、卒業生を安心させてやらないとな」
そう言って仰ぎ見ていた天上から視線を戻した十代は、それでいいとばかりに自分の言葉に頷いている。
だが、俺はその様子を見てどうしても一言言わなければ気が済まなかった。十代の様子が、やはりどうにもらしくなかったからだ。
「……俺には、カイザーの気持ちはわからないけど」
「ん?」
「カイザーはきっと、お前と楽しいデュエルがしたいんじゃないか? お前となら、そんなデュエルが出来ると思ったから、お前を指名したんじゃないかと俺は思う」
「楽しいデュエル……」
「ま、あくまで俺の考えだ。もし俺が卒業生で対戦相手に十代を指名したとしたら……その理由はきっと、最後に最高に楽しいデュエルをして学園を去りたいからだと思っただけだ」
俺がそれだけ言って口を噤むと、十代は何やら真剣に考え事をしているようだった。
そのまま数分。ずっと黙っていた十代は、ようやく顔を上げて口を開く。
その顔は、さっきまでの思い詰めたようなものではなく、いつも通りの笑顔だった。
「――やっぱ、遠也は凄いぜ」
「は?」
「へへ、何でもないぜ。そうだな、俺はいつも通り最高に楽しいデュエルをするだけだな!」
憑き物が落ちたように晴れやかな表情になった十代に、先程までとの落差を感じた俺はただただ首を傾げるのだった――。
そんなことがあったからどうなるかと思っていたが、なかなかどうして十代に緊張はないようで善戦している。時に押し、時に押され、それでも楽しそうに笑う姿はまさしく俺の知る十代の姿だ。
カイザーのパワーデッキ相手に、サイバー・エンドが出て来ようとも、変わらずにその姿勢を貫く十代の姿は、見ているこちらまで楽しい気分にさせてくれる。
カイザーも、そんな十代を相手にして心底楽しそうだ。そんな二人の伯仲した戦闘を見せられたら、俄然周囲の応援にも熱が入る。
アリーナの中は最高潮の盛り上がりを見せていた。
「――いくぞ、十代! バトル! 《サイバー・エンド・ドラゴン》でシャイニング・フレア・ウィングマンに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」
《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/16000 DEF/2800
《パワー・ボンド》と《リミッター解除》によって最大限に強化されたサイバー・エンド・ドラゴン。
その攻撃が十代の場のシャイニング・フレア・ウィングマンへと迫る。
自身に向かってくる勝負を決する光の吐息。しかし、十代はそれに真っ向から立ち向かった。
「リバースカードオープン! 速攻魔法《決闘融合-バトル・フュージョン-》! 戦闘する相手モンスターの攻撃力分だけ、シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力をアップする!」
《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/4900→20900
シャイニング・フレア・ウィングマンの纏う光が強まり、神々しいまでの輝きを帯び始める。
そしてこれにより、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力を完全に上回った。
だが、カイザーはそれに対して驚きつつもすぐに平静へと戻っていた。
「なるほどな、考えることは同じか。だが、タイミングを見誤ったな十代! 手札から速攻魔法《決闘融合-バトル・フュージョン-》!」
「なに!」
「効果は説明するまでもないな。これにより、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力が更にアップ!」
《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/16000→36900
同じカードが手札にあったのか。確かに、これだと後に発動したカイザーが攻撃力が上昇した後のシャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力分有利になる。
これで一気に、場の流れはカイザーに戻った。
圧倒的な逆境。しかし、それでも十代の顔に悲壮感はない。ただただカイザーのプレイングに畏敬を示し、それと同時に今このデュエルへの満足感を喜びとして表情に表していた。
「やっぱ、すげぇよカイザー。このデュエル、最高に楽しかったぜ!」
「俺もだ。やはり、このデュエルの相手にお前を選んでよかった」
二人がそれぞれ、デュエルの決着を前に笑い合う。
互いに互いを認め、その実力を通して更なる理解を深めたのだろう。デュエルで心が通じるなんて、と思っていたが……本気で向かい合えば、その間に介するものが何であれ、俺たちは一層分かり合えるのかもしれない。二人を見ていて、ふとそんなことを思った。
そしてカイザーの賞賛を受けた十代は、しかし不敵な表情を浮かべてみせた。
「サンキュー、カイザー……だけど、俺は諦めたわけじゃないぜ! 在校生代表から卒業の記念だ、受け取れカイザー! リバースカードオープン! 罠カード《決戦融合-ファイナル・フュージョン-》!」
「それは……! 俺が以前に遠也とのデュエルで使った……。負けず嫌いめ」
俺とカイザーが初めて戦った時。その時のデュエルに決着をつけたカード。
それが巡り巡ってカイザーと十代の決着のカードにもなるとは……なんとも不思議な縁で繋がっているもんだな。
カイザーが口元に微かな笑みを見せる。そして、俺もまた当時のことを思い出して思わず笑みを浮かべるのだった。
「このカードの効果により、俺たちは互いの攻撃モンスターの攻撃力の合計分のダメージを受ける! さぁ、いくぜカイザー!」
「ああ、来い!」
二人の声に従うように、シャイニング・フレア・ウィングマンとサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃がぶつかり合う。
それは拮抗しつつ爆発を生み、その爆風波フィールド全体を覆うようにしてその衝撃を万遍なく振りまいた。
当然、その中にいた十代とカイザーが無事であるはずもなく。
ソリッドビジョンの生み出す煙が晴れた時。そこには座り込むカイザーと、仰向けに倒れる十代の姿があった。
丸藤亮 LP:0
遊城十代 LP:0
互いに死力を尽くしたことを物語る、二人の姿。
それを見たアリーナの生徒、教師、全ての人たちがとる行動は一つだった。
誰かが何かを言ったわけではない。だが、自然と誰もが立ち上がってその両手を強く叩いていた。
十代の元へと歩み寄るカイザーと、それを受けて寝転んでいた状態から身を起こす十代。その二人が生み出した最高のデュエルに、誰もが拍手を送らずにはいられなかったのである。
無論、俺も、隣のマナも手を叩いている。どこかにいる翔、明日香、万丈目、三沢、吹雪さんもきっと俺たちと同じ行動をとっていることだろう。
この瞬間、確かに俺たちが感じていたものは同じだったのだ。
そしてそんな万雷の拍手を受けながら、十代とカイザーはそれぞれ座り込んだままで互いの手を握り合わせた。
「後は頼んだぞ、在校生!」
「ああ、任せろ卒業生! ――卒業おめでとう、カイザー!」
澄み切った晴れ空のような顔で互いにそう言葉をかけあった二人は、そのまま満足げに大きな笑い声を上げ始める。
感情をむき出しにしたカイザーと、いつも以上に快活に笑う十代。その二人を讃える拍手の音は、彼らのデュエルを忘れまいとするかのように、いつまでもアリーナの中に響き続けるのだった。
――そんな卒業模範デュエルが終わって、まだ一時間経つかどうか。
まだまだ卒業デュエルの興奮冷めやらぬ生徒たちの間を、俺とマナはゆっくりと進む。
たった今PDAに入ったメール、それによって指定された場所に向かうためだ。
そこは、かつて俺とカイザーが初めてデュエルをした場所。人目につかず、しかし十分な広さを確保できるそこは、多くの生徒たちが知らない穴場である。
そしてその指定した場所にたどり着いた時。
そこには既に、俺を呼び出した奴らが待っていた。
「……来たか」
「待ってたぜ、遠也!」
カイザーと十代が、にっと笑う。
そんな二人の態度に、俺はやれやれとばかりに肩をすくめた。
「まったく、二人してどうしたんだよ。こんなところに呼び出してさ」
と言いつつ、その内容におおよその察しはついている俺だった。ちゃっかり右手に持ってきているものがその証拠だ。
それを見て十代もカイザーも俺が了解済みだと承知したのか、返答は二人が構えたデュエルディスクだった。
「やはり、お前に負け越している分を取り返さなければ、気持ちよく卒業できないからな」
「俺は、この三人でデュエルしたら絶対に楽しいだろうと思ってな!」
さぁやろう、と語っているその目に、俺は溜め息をつく。
まったくこのデュエル馬鹿どもめ。ほんのついさっき死力を尽くしたデュエルをしたばかりだろうに。
それでまたデュエルとは、骨の髄までデュエル馬鹿である。
「だけど、その馬鹿……嫌いじゃないぜ」
最初からそんな気はしていた俺は、持ってきていたデュエルディスクを腕に着ける。
デュエルディスクが展開。デッキをセットし、それと同時に隣にいたマナが実体から精霊へと姿を変じさせた。
『ホント、遠也も人のこと言えないよね』
微笑ましいものを見るようなその声に、しかし俺は自信を持って答える。
「当然! 俺はこの世界に生きるデュエリストだからな!」
オートシャッフル機能によってデッキが自動的にシャッフルされる。
そして俺はデッキトップから5枚のカードを引き、それを手に持った。
向かい合う二人は既にそれぞれが5枚のカードを手札として持ち、今か今かとその時を待ちわびている。
そしてそれは俺も同じ気持ちである。
観客は誰もいない俺たち三人だけのデュエルフィールド。
その中で、俺たちは自然と浮かぶ笑みを交わしながらその言葉を宣言した。
「「「デュエルッ!!」」」
一年生 了