遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第30話 終結

 

遠也・十代 LP:7000

手札:遠也3、十代4 場:なし、伏せ1枚

影丸 LP:8000

手札:3 場:《神炎皇ウリア》《降雷皇ハモン》、伏せなし

 

 

「俺のターン、ドロー! 《強欲な壺》を発動、2枚ドロー!」

 

 今度は十代のターン。そしてこの時から、俺たちもバトルフェイズが行えるようになる。

 

「ここは臆さず攻めるぜ! 手札から《融合》を発動! 手札の《E・HERO スパークマン》と《E・HERO エッジマン》を融合! 現れろ、《E・HERO プラズマヴァイスマン》!」

 

《E・HERO プラズマヴァイスマン》 ATK/2600 DEF/2300

 

 現れる黄金の装甲を纏ったHERO。E・HEROの中でも高いステータスを持つモンスターだが、幻魔を相手にするには攻撃力が足りていない。

 だが、その効果は強力である。

 

「更にフィールド魔法《摩天楼-スカイスクレイパー》を発動! HEROが自身より攻撃力の高いモンスターと戦闘する時、攻撃力を1000ポイントアップさせる!」

 

 十代がデュエルディスクのフィールド魔法ゾーンにカードをセットする。それによって、森を望むオベリスクの円の中から、ビル群が立ち並ぶ摩天楼へと周囲の風景が変わっていく。

 その中に立つウリアとプラズマヴァイスマンの姿は、悪の怪獣と戦うヒーローそのものだった。

 

「これでプラズマヴァイスマンの攻撃力はウリアを超えたぜ! いけ、プラズマヴァイスマン! 《プラズマ・スパーク》!」

 

《E・HERO プラズマヴァイスマン》 ATK/2600→3600

 

 十代の指示を受けてプラズマヴァイスマンが飛び上がり、巨体のウリアめがけて激しい雷を放つ。

 身を包んで余りある電撃を受けたウリアは、苦痛の叫びを上げながら爆発、破壊された。

 

『ぬぅ……!』

 

影丸 LP:8000→7400

 

「更にプラズマヴァイスマンの効果発動! 手札を1枚捨てることで、相手の場の攻撃表示モンスター1体を破壊する! 《降雷皇ハモン》を破壊だ! 《エレクトリック・ボルト》!」

 

 ウリアを倒し、手頃なビルの屋上に降り立ったプラズマヴァイスマンは、今度はハモンに向けて雷を放つ。そして、その直撃を受けたハモンもまた絶叫と共に倒された。

 あの状況から1ターンで2体の幻魔を一掃するとは。さすがは十代である。

 

「やった! さすが兄貴!」

「1ターンで2体の幻魔を倒すとはな……」

「ふん、これぐらいはやってもらわなければな!」

 

 後方からの声援に、十代はにっと笑みを見せて応える。

 俺もまた隣に立つ十代の肩を、労いの意味も込めて軽く叩いた。それにへへ、と笑いつつ十代は手札のカードに手をかける。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンド!」

 

 十代がターンを終え、理事長にターンが移る。

 俺たちが理事長に目を向けると、幻魔が2体とも倒されたにもかかわらず、その顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

 

『フフフ……幻魔を甘く見てもらっては困るな』

「なに!」

『すぐに再び幻魔の姿を見せてやろう。私のターン、ドロー!』

 

 手札にカードを加えた理事長は、素早く行動に移る。

 

『墓地のウリアの効果発動! 手札の罠カード1枚を墓地に送り、ウリアを墓地から特殊召喚する! 再び現れよ、神炎皇ウリア!』

 

 地面から勢いよく炎が噴き出し、その中から再びウリアが姿を現した。

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→4000 DEF/0→4000

 

 しかも今ので罠カードが墓地に送られ、攻撃力がさっきより1000ポイントアップしている。デメリットないじゃないか、その蘇生能力。OCGでもその効果があったら脅威だったな。

 

『ウリアの効果で十代の場に伏せられた罠カード1枚を破壊! 私は更にフィールド魔法《失楽園》を発動! 三幻魔のいずれかが場に存在する時、私は1ターンに1度デッキから2枚ドローできる。ドロー!』

「くそ、スカイスクレイパーが……」

 

 新たなフィールド魔法《失楽園》。それによって、高層ビルが立ち並ぶ摩天楼は消え去り、暗く尖った岩肌が目立つ不気味な荒野へと、風景が一変した。

 幻魔が自分の場にいる必要があるとはいえ、毎ターン3枚ドローを可能にする恐ろしい効果を持つ。禁止級のトンデモカードである。

 

『魔法カード《死者蘇生》を発動! 蘇れ、降雷皇ハモン!』

 

 理事長は更に手札からカードを発動させ、ウリアに並んでハモンまでをもこのターンで復活させてきた。

 

《降雷皇ハモン》 ATK/4000 DEF/4000

 

「まさか……もう復活するというのか!?」

 

 三沢がレベル10モンスターが2体ともこうも簡単に蘇ったことに対して、驚きの声を上げる。

 十代が場を一掃する前の状態にまで戻した理事長は、得意げな声でメインフェイズを終えた。

 

『さて、ではバトルだ! ハモンでプラズマヴァイスマンに攻撃! 喰らえ、《失楽の霹靂》!』

 

 ハモンの口から放たれた雷により、濁った空から落雷が俺たちを襲う。プラズマヴァイスマンはより上位の雷によって破壊されてしまった。

 

「ぐっ……!」

 

遠也・十代 LP:7000→5600

 

『更に1000ポイントのダメージを受けろ!』

「ぐぁッ!」

「つぅッ……!」

 

遠也・十代 LP:5600→4600

 

 ハモンの効果により、俺たちのライフが更に削られる。既に初期値の半分近い。だいぶやられてしまった。

 俺たちは衝撃によって膝をつく。だが、まだまだ勝負はこれから。その思いと共にそれから立ち上がろうとした……その時。

 後方から皆の動揺した声が耳に届く。なんだと思い、十代と同時に後ろを振り返った。

 

「なんだこれは! デッキのモンスターが……弱っている!?」

「僕のスチームロイドも……」

「俺のデス・コアラもなんだな」

「どういうことなノーネ!?」

 

 各々が自身のデッキを取り出し、カードを見て驚いている。いったいどういうことなのか、何か異変があったということか。

 狼狽する皆。その様子を見て、理事長が鼻を鳴らした。

 

『フン、ようやく気づいたか。その通り、この場で闇のデュエルをしているこの二人以外の者のモンスターから、幻魔は生気を吸収しているのだ!』

 

 理事長の発言に、誰もが目を見開いて驚きを表した。

 

「なんだと! 幻魔とは、モンスターから生気を吸い取り、力にするカードだというのか……!」

「危険とされ、封印されるわけだ」

 

 理事長の言葉に、カイザーと三沢が苦々しげに口にする。

 俺は理事長の言葉に、後方に下がっていたはずのマナを見る。すると、そこにマナはおらず、いつの間にか精霊化して俺の傍まで寄ってきていた。

 見た感じいつも通りだが、念のためマナに尋ねる。

 

「大丈夫なのか?」

『うん。戦っている遠也と十代くんに影響はないみたいだから』

 

 マナが指で十代を示す。そこでは十代の後ろに寄り添うハネクリボーの姿が見える。確かに大丈夫みたいだとわかり、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 そんな俺をよそに、理事長は言葉を続ける。

 

『だが、三幻魔を操る力はまだ完全ではない。この結界がなければ、私には操れぬのだ。……だからこそ、十代、遠也。貴様らの持つ類稀な精霊を操る力が必要なのだ!』

 

 叫ぶように断言し、そして、と語気を強めて理事長は言う。

 

『三幻魔の掌握に成功した時! 三幻魔はこの結界を飛び出し世界中のデュエルモンスターズから生気を奪い始める! それによって私は永遠の命と絶大な力を手にし、この地上で神となるのだ!』

 

 高揚した声で自身の目的を語る理事長。

 だが、それを聞いている俺たちは高揚とは程遠い感情でそれを聞いていた。

 

「妄想は大概にしとけよ爺さん」

「そうだ、そんなことはさせないぜ!」

 

 思わずぼやくように言った言葉に、隣の十代がまったくだと頷いて追随する。

 何が神になるだ。どこぞの死神ノートを拾った高校生じゃあるまいし、そんな妄想は夢の中だけにしてくれ。まして、そのために他人を犠牲にするなどもってのほかだ。この世界に生きる一人として、許せるものじゃない。

 俺と十代はそう改めて決意し、衝撃を受けて崩した身体をしっかりと持ち直す。

 そしてその間に、理事長の身体にはある変化が起きていた。

 幻魔が吸収した生気と思しき光る靄。それが水槽の中の理事長の身体を包み込み、その姿を痩身であったそれから屈強な若々しいものへと変化させていったのだ。

 

『フフフ、みなぎる……みなぎるぞ!』

 

 盛り上がる筋肉。色を取り戻す髪。皺が消えていく肌。それらが示す事実は理事長の身体が若返っているということだった。そう俺たちが認識したその瞬間、理事長は中から水槽を叩き割って外に出てきた。

 生命維持を担っていただろうそれを壊しての登場だ。そして、その肉体はボディビルダーも顔負けな立派なもの。先程までの弱々しい老人の姿はどこにもなく、どうやら本当に若返ったようだと認めざるを得ない。

 

「――フフフ、晴れやかな気分だ。さて、まずは……」

 

 スピーカー越しではない生の声にも張りがある。理事長は自身が入っていた水槽が取り付けられたロボットからデュエルディスクだけ外して本体を太い両腕でがっしりと掴む。

 

「邪魔なこいつは、もう必要ない!」

 

 そして力任せにそれを持ち上げると、一気に遠くにぶん投げた。

 ガシャーン、ドーン、と離れた位置で爆発を起こすロボット。

 おいおい、どう見たって100キロは余裕であっただろ、あのロボット。どんだけパワフルだったんだよ若かりし頃の理事長は。

 若干呆れていると、理事長はデュエルディスクを腕に装着して俺たちに向き直った。

 

「待たせたな、十代、遠也。デュエルの再開といこうか」

「言われるまでもないぜ!」

「ああ、待っていてやった礼ぐらい欲しいところだな」

「クク、そうか。ではバトルフェイズの続きからだ。まだウリアが攻撃していないが、ウリアは自身の効果で蘇生したターン自分の場に他のモンスターがいる時、攻撃できない。俺はこれでターンエンドだ」

 

 理事長がエンド宣言を行う。これにより、ターンは俺に移った。

 

「俺のターン!」

 

 手札にチューナーはいない。だが、それなら呼び込めばいいだけの話だ。

 

「俺は魔法カード《調律》を発動! デッキから《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、その後デッキをシャッフルし、デッキトップのカードを墓地に送る。そして今手札に加えた《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 お馴染みオレンジの体躯が目立つ眼鏡をかけたチューナー。それを見て、理事長が呆れた声を漏らす。

 

「ふん、またそいつか」

「生憎、こいつが俺のデッキの要なもんでね。ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスター《ボルト・ヘッジホッグ》を蘇生する!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

「そしてレベル4以下のモンスターの特殊召喚に成功したことにより、手札から《TG(テック・ジーナス) ワーウルフ》を特殊召喚する!」

 

《TG ワーウルフ》 ATK/1200 DEF/0

 

 これでレベルの合計は8となる。お高くとまっているあの男に、目に物見せてやる。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグとレベル3のTG ワーウルフに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

 シンクロ召喚の光の中から現れたのは、幻魔に負けず劣らず大きな身体を持つ人型ロボット。そいつはズン、と音を立てて地面に降り立った。

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、素材となったチューナー以外のモンスターの数まで場のカードを選択して破壊できる! その数は2体! よって2枚のカード……神炎皇ウリアと降雷皇ハモンを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 デストロイヤーの胸部装甲が開かれ、そこから溢れるエネルギーが莫大な奔流となって理事長の場を押し流す。それによって、ウリアとハモンは抵抗するまもなく破壊されて墓地に行った。

 そのことに、理事長が驚愕の声を出す。

 

「ぐぅッ……! なんだとッ!」

「バトルだ! ジャンク・デストロイヤーで直接攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

 

 巨腕が振りぬかれ、鋼鉄の拳が理事長の身体を打つ。そのままの威力ではないが、闇のデュエルによってダメージが現実化する以上、それなりの痛みを伴ってそれは理事長に突き刺さった。

 

「がぁああッ!」

 

影丸 LP:7400→4800

 

 ライフポイントはこれでほぼ同じ。今はこれが精いっぱいだ。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ!」

「ぐぐ……一度ならず二度までも幻魔を虚仮に……! 許さんぞ! ドロー!」

 

 理事長のターン、手札のカードを手に取った理事長は再びウリアの効果を使う。

 

「罠カード1枚を墓地に送り、蘇れ《神炎皇ウリア》! 更に蘇ったウリアの効果、遠也の場の罠カード1枚を破壊しろ! 《トラップ・ディストラクション》!」

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→5000 DEF/0→5000

 

「くっ!」

 

 ウリアの鳴き声が響き渡り、伏せられていた罠カードが1枚その音波によって破壊される。

 

「更に装備魔法《早すぎた埋葬》を発動! ライフを800支払い、墓地のモンスターを選択して攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する! 来い、《降雷皇ハモン》!」

 

影丸 LP:4800→4000

 

 理事長のライフが更に減る。そしてそのコストが払われた直後、墓地から氷柱が現れ、その名から再びハモンが悠然とフィールドに舞い戻った。

 

《降雷皇ハモン》 ATK/4000 DEF/4000

 

「更に《天よりの宝札》! 互いに手札が6枚になるようにドロー! そして《失楽園》の効果により2枚ドローする! 《強欲な壺》を発動! 2枚ドロー!」

 

 おいおい、マジかよ。

 怒涛のドローラッシュに、思わず頬が引きつる。あれだけ引けば、キーカードなんてすぐさま手札に呼び込めるはず。

 そしてその予想は正しいものだったようで、手札を見た理事長の顔が歓喜に歪んだ。

 

「フハハハ! きた、きたぞ! 俺は手札から魔法カード《幻魔の殉教者》を発動! 自分の場に《神炎皇ウリア》《降雷皇ハモン》が存在する時、手札2枚を墓地へ送り、《幻魔の殉教者トークン》3体を自分フィールド上に特殊召喚する!」

 

《幻魔の殉教者トークン1》 ATK/0 DEF/0

《幻魔の殉教者トークン2》 ATK/0 DEF/0

《幻魔の殉教者トークン3》 ATK/0 DEF/0

 

「更に《幻魔の殉教者トークン》3体を生贄に捧げる! 出でよ、最後の幻魔! 最強の力、《幻魔皇ラビエル》!」

 

 理事長がそう声高く宣言すると同時、暗い空から青い光が一直線に地面を抉り、太い一本の光柱となってその場を照らす。

 やがてそれは大地を砕き、その中から青い身体を持つ最後の幻魔、オベリスクの巨神兵をモチーフにしたであろう《幻魔皇ラビエル》が咆哮と共に理事長の場に姿を現した。

 

《幻魔皇ラビエル》 ATK/4000 DEF/4000

 

 そして3体の幻魔が揃ったことで、更にデュエルモンスターズの生気を奪う力が加速したらしい。30代ほどに見えた理事長の身体は、20代前半ほどまでに若返っていた。

 

「ハハハハ! バトルだ! まずは降雷皇ハモンでジャンク・デストロイヤーに攻撃! 《失楽の霹靂》!」

 

 ハモンにより、上空から落雷が迫る。その瞬間、俺はディスクを操作していた。

 

「罠カード発動! 《ダメージ・ダイエット》!」

「無駄だ! 幻魔の前に罠カードは意味を為さんぞ!」

「このカードはお前の場を対象にする効果ではなく、俺に影響するカードだ! よって「罠の効果を受けない」という幻魔の効果に関係なく発動する! その効果により、このターン俺が受ける全てのダメージは半分となる!」

 

 ハモンとデストロイヤーの攻撃力の差分は1400ポイント。その半分、700ポイントが俺たちのライフから引かれることになる。

 

遠也・十代 LP:4600→3900

 

「ちっ、だがモンスターを破壊したことでハモンの効果発動だ! 1000の半分、500ポイントのダメージを受けろ!」

「つぅッ!」

 

遠也・十代 LP:3900→3400

 

「更にラビエルで直接攻撃! 《天界蹂躙拳》!」

 

 ラビエルがその鋭い爪を毒々しく光らせ、そのままこちらに振り下ろす。その直撃を受けた俺は、痛みを感じると同時に思わず声を上げた。

 

「ぐぁあッ!」

『遠也!』

 

遠也・十代 LP:3400→1400

 

 ダメージ・ダイエットによってラビエルの攻撃力の半分、2000ダメージを受ける。だが、どうにか耐え切った。

 心配そうに見ているマナに、大丈夫だと手を振って応える。

 

「ハモンとラビエルがいるため特殊召喚されたウリアは攻撃できない。カードを1枚伏せ、ターンエンドだ! クク、どうした。幻魔の圧倒的な力の前に為す術もないようだな、ハハハハ!」

 

 高笑いしやがって、あの野郎。

 幻魔の力を自分の力と勘違いしている奴なんかに負けたくない。世界のためということもあるが、デュエリストとして本来はデュエリストでもなんでもない理事長に、負けられるかということである。

 

「まだ俺たちのライフは残っている。得意になるには早いんじゃないか?」

 

 俺が挑発的にそう言えば、理事長はふんと小気味よさそうに笑った。

 

「面白い。ならばやってみろ!」

 

 そして、その言葉に答えを返したのは、俺ではなく十代だった。

 

「やってやるさ! 遠也の言う通り、まだデュエルはこれからだ! 俺のターン、ドロー!」

 

 十代が俺の言葉を引き継いで、ターンを開始する。

 理事長の発動した天よりの宝札によって、俺たちの手札は潤沢である。十代なら、この状況をひっくり返す手を持ってくるには充分なはずだ。

 俺の視線の先で、十代は1枚のカードに指をかけた。

 

「いくぜ! 俺は手札から《O-オーバーソウル》を発動! 墓地の《E・HERO バーストレディ》を特殊召喚する!」

「この時、幻魔皇ラビエルの効果発動! 相手が特殊召喚に成功した時、自分の場に《幻魔トークン》を特殊召喚する」

 

《幻魔トークン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 理事長の場に現れるラビエルを小さくまとめたような姿のトークン。十代はそれを一瞥すると、構わず己の行動に戻っていった。

 

「そして手札の《E・HERO フェザーマン》と場の《E・HERO バーストレディ》を融合! 現れろ、《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

 現れる十代のフェイバリットカード。そして特殊召喚に成功したことにより、理事長の場が変動する。

 

「再び幻魔トークンを特殊召喚する」

 

《幻魔トークン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 これで理事長のモンスターゾーンは全て埋まったことになる。

 

「更に魔法カード《融合回収フュージョン・リカバリー》を発動! 墓地から《融合》とスパークマンを手札に加える! そして融合! 来い、《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》!」

 

《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 フレイム・ウィングマンが純白の兜と鎧をまとい、その翼もまた硬質な白いそれへと変じる。右手の竜頭も白い装甲で覆われ、その姿は光を纏った正義のヒーローそのものであった。

 

「シャイニング・フレア・ウィングマンの効果発動! 墓地のHEROの数だけ攻撃力が300ポイントアップする! 俺の墓地にいるHEROは6体! よって1800ポイントアップ!」

 

《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/2500→4300

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンの輝きが強くなる。これで攻撃力は4000を超え、ラビエルとハモンを戦闘破壊可能圏内に収めた。

 だが、そこから更に十代は伏せカードを起き上がらせる。

 

「更に罠カードオープン! 《ヒーローズ・ルール1 ファイブ・フリーダムス》! これはお互いの墓地から合計5枚のカードを指定してゲームから取り除くカードだ! 俺はお前の墓地の罠カード5枚を選択して除外! それによってウリアの攻撃力は5000から0になるぜ!」

「ちぃ、小賢しい真似を……!」

 

《神炎皇ウリア》 ATK/5000→0 DEF/5000→0

 

 ウリアの攻撃力は墓地の罠カードの枚数によって決定される。理事長の墓地にあった罠カードは5枚。その全てが取り除かれた今、ウリアは攻撃力0の低ステータスをそのまま晒すだけである。

 そしてこの攻撃が通れば、俺たちの勝ちだ。それを悟り、皆の声援にも力が入っている。

 その声を受けながら、十代が口を開いた。

 

「バトルだ! シャイニング・フレア・ウィングマンでウリアに攻撃! いっけぇ、《シャイニング・シュート》!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンから光が放たれてウリアに襲い掛かる。そしてその攻撃が決まると思った瞬間、理事長が叫んだ。

 

「……この俺がそう簡単にやられると思ったか! 速攻魔法《収縮》を発動! シャイニング・フレア・ウィングマンの元々の攻撃力を半分にする!」

 

《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/4300→3050

 

 ここで収縮だと! シャイニング・フレア・ウィングマンの元々の攻撃力は2500。その半分、1250に上昇値である1800を足したところで3050。

 

影丸 LP:4000→950

 

 ウリアの攻撃力は0だったので、シャイニング・フレア・ウィングマンが持つ破壊したモンスターの攻撃力分ダメージを与える効果も意味がない。

 結果、影丸のライフは削りきれずに残ることとなった。

 それさえなければこれで決まっていただけに、十代の顔も悔しそうだった。

 

「……悪い、遠也。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/3050→4300

 

 十代の謝罪に、俺は気にしていないという意味を込めて首を振った。

 

「気にするな十代。今のは仕方ないさ」

 

 誰も相手の伏せカードが何なのかなんてわからないのだから。ここは、理事長が一枚上手だったと思っておく他ない。

 

「俺のターン、ドロー! 失楽園の効果で更に2枚ドロー!」

 

 そして理事長のターン。一気に3枚も手札に加えるその驚異のドローは、やはり厄介だ。手札アドバンテージがいかに強力なのかは、OCGでのドロー規制を考えれば簡単にわかること。

 そしてそのアドバンテージから、理事長はどんどん行動を起こしていく。

 

「俺は手札から《強欲な瓶》を捨て、ウリアを守備表示で蘇生! 更に手札から《デビルズ・サンクチュアリ》を捨て、《ライトニング・ボルテックス》を発動! 相手の場の表側表示モンスターを破壊する!」

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→1000 DEF/0→1000

 

「ッ、シャイニング・フレア・ウィングマン!」

 

 カードから解き放たれた雷撃がシャイニング・フレア・ウィングマンの身体を打つ。いくら高攻撃力でもカード効果での破壊は免れない。

 シャイニング・フレア・ウィングマンはその身を散らせ、これで俺たちの場にモンスターはいなくなった。

 

「ククク、更にラビエルの効果発動! 場のモンスター2体を生贄に捧げることで、エンドフェイズまでその攻撃力をラビエルに加えることが出来る! 俺は幻魔トークン2体を生贄に捧げる!」

 

《幻魔皇ラビエル》 ATK/4000→6000

 

「攻撃力6000……!」

 

 そんなことをしなくても俺たちのライフは削り切れるだろうに。圧倒的な力でねじ伏せたい、理事長の顕示欲の表れか。

 

「さぁ、バトルだ! ラビエルで貴様らに直接攻撃! 《天界蹂躙拳》!」

 

 だが、こっちだってそう簡単にやられてたまるか!

 

「まだだ! 手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動! 相手の直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する!」

 

 瞬時に場に現れる1体のかかし。だが、それによってラビエルの攻撃はかかしに移り、俺たちにダメージはやってこない。

 理事長は俺たちを仕留めることが出来なかった。だが、自分の有利を確信しているためか、その顔には余裕が見えていた。

 

「ふん、よく耐えるわ。だが、俺の場には依然として三幻魔が揃っている。もはや貴様らに勝ち目はないぞ! ターンエンドだ! ハハハハ!」

 

《幻魔皇ラビエル》 ATK/6000→4000

 

 勝利を前に理事長が笑う。

 それを見て、思う。やはり理事長は根っからのデュエリストというわけではないのだと。

 デュエリストなら、どんな状況でも諦めない。だからこそ、こうして勝利を確信して高笑いなんてことはしない。たとえそう振る舞っていても、どこかできちんと警戒しているものなのだ。

 それが感じられない理事長は、本分がデュエリストではないのだろう。なら、それを本分にしている俺たちが負けるわけにはいかない。

 

「俺のターン!」

 

 手札は6枚。それと同時に、十代が伏せたカードを確認する。

 ……よし。

 

「相手の場にモンスターがいてこちらの場にモンスターがいないため、手札から《TG ストライカー》を特殊召喚! 更に十代が伏せた《エネミーコントローラー》を発動! TG ストライカーを生贄に捧げ、お前の場の《降雷皇ハモン》のコントロールを得る!」

「幻魔トークンを1体特殊召喚する。……ふん、エンドフェイズまでしか意味がない効果で足掻くか。相打ちでも狙うつもりか?」

 

 理事長の言葉に、俺は首を振る。

 

「いいや。俺はフィールド魔法《失楽園》の効果を使う! 俺の場に《降雷皇ハモン》が存在するため、デッキから2枚ドローする!」

 

 《失楽園》はフィールド魔法。よって、その恩恵は俺たちも受けることが出来る。

 通常なら不可能なそれだが、こうして幻魔のコントロールを奪えば、コントロール奪取カードは実質ドローカードと化すのである。

 

「なるほど、悪知恵が働く……」

 

 この俺のプレイングに、理事長は余裕をもって頷きを見せる。

 奪ったハモンはエンドフェイズに相手の場に戻る。それゆえの余裕かもしれないが、せっかく奪ったモンスターをわざわざ返してやる必要はない。

 俺は手札のカード1枚を手に取る。

 

「そして俺はハモンを生贄に捧げる! 来い、相棒! 《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 ハモンが光の粒となって消え失せ、代わりに現れるのは青とピンクの衣装に身を包んだ黒魔術師の少女。精霊にして俺の最高の相棒、マナが俺の場にゆっくりと立った。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

『このデッキで私が呼ばれるのは初めてだね』

 

 マナが少しだけ振り返ってそう口を開く。

 その言葉の通り、シンクロデッキでマナを召喚するのはこれが初めてのことだ。なんといってもマナのレベルは6。シンクロデッキではなかなかそのレベルの高さが噛み合わないのである。

 だが、それもやり方次第だ。少なくとも高レベルシンクロに繋げることは出来るし、邪魔になるというわけではない。

 

「この状況じゃ、活躍はさせられないかもだけどな。一緒に戦おう、マナ」

『うん!』

 

 マナの頷きに俺も首肯を返し、幻魔を生贄に利用されて表情を歪めている理事長を前に更なる行動を起こしていく。

 

「魔法カード《光の援軍》を発動! デッキの上から3枚を墓地に送り、デッキから《ライトロード・ハンター ライコウ》を手札に加える! 《サイクロン》を発動! フィールド魔法《失楽園》を破壊する!」

 

 これで理事長のドローは通常通りのものだけになる。とはいえ、既に状況がここまで進んでいるので、これは一種の保険に近い。理事長も痛痒を感じてはいないようだ。

 

「ふん、既に幻魔は召喚し終えている。痛手ではない」

「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 

 ウリアの効果がある以上、どうしても罠カードが使いたい場合は2枚伏せて目標を逸らすしかない。

 さて、どちらの伏せカードが破壊されるか。これは賭けだな。

 俺の思考と同時、理事長がデッキからカードを引く。

 

「俺のターン、ドロー! そしてウリアの効果発動! 遠也、貴様の場の罠カード1枚を破壊だ! 《トラップ・ディストラクション》!」

 

 理事長が指差したのは俺から見て左のカード。破壊され、墓地に送られる。

 

「く……破壊されたのは《ガード・ブロック》だ」

「ふん、戦闘ダメージを0にしてドローするカードか。では最後のバトルだ! ラビエルでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《天界蹂躙拳》!」

「墓地の《ネクロ・ガードナー》の効果発動! このカードを除外し、その攻撃を無効にする!」

 

 さっきの光の援軍で落ちていたカードだ。あの時落ちた3枚はその全てが墓地で効果を発揮するカード。墓地を多用する俺のデッキにそういった効果のカードは多いが、運が良かった。

 

「防いだか。ウリアは守備表示なうえ攻撃力ではあの精霊の娘に敵わん……墓地の罠が除外されてなければな。ふん、俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 理事長がターンを終える。

 ここで何らかの行動を起こせなければ、かなり危ない。俺は隣に視線を向ける。

 

「……十代!」

「おう! 俺のターン、ドロー!」

「威勢がいいのは結構だが、止めさせてもらおう。罠カード《威嚇する咆哮》! このターン、貴様は攻撃宣言できない!」

 

《神炎皇ウリア》 ATK/1000→2000 DEF/1000→2000

 

 響き渡る三幻魔の雄叫び。これにより、十代はこのターン攻撃する権利を失ってしまった。

 

「くっ……! だけど、このカード……大徳寺先生の思いが込められたこのカードなら! ――俺は手札から《賢者の石-サバティエル》を発動! ライフを半分払い、デッキから《死者蘇生》を手札に加えて発動! 墓地の《E・HERO バブルマン》を特殊召喚!」

 

遠也・十代 LP:1400→700

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

「手札に加えたカードを使用した後このカードは手札に戻り、合計3回同じ効果を使用できる! もう1度《賢者の石-サバティエル》の効果発動! ライフを半分払い、墓地から《融合》を回収し、手札の《E・HERO クレイマン》と融合! 現れろ極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

遠也・十代 LP:700→350

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 だがバブルマンとアブソルートZeroの特殊召喚に成功したことにより、幻魔トークンが計2体理事長のフィールドに現れる。これで理事長のモンスターゾーンは全て埋まった。

 

「そして《賢者の石-サバティエル》は手札に戻る! 最後の発動! 更にライフを半分にし、俺はデッキから《クリボーを呼ぶ笛》を手札に加えて発動! デッキから《ハネクリボー》を特殊召喚する! 来い、相棒!」

 

遠也・十代 LP:350→175

 

 デッキから小柄な光がフィールドに降ってくる。そして光の中から、十代が持つ精霊のカード、ハネクリボーが現れた。

 

『クリクリー!』

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 ハネクリボーもやる気なのか、マナの横で声を上げて幻魔を睨みつけている。

 そして同時に《賢者の石-サバティエル》は3回の効果を使い切った。

 これで俺たちの場にモンスターは、ブラック・マジシャン・ガール、ハネクリボー、アブソルートZeroの3体。

 そして、攻撃力はそもそも足りていないが、このターン十代は攻撃を封じられている。

 

「《賢者の石-サバティエル》は手札に戻る! ……カードを2枚伏せて、ターンエンドだ! あとは頼んだぜ、遠也!」

 

 それゆえ、十代は2枚の伏せカードを残して俺にそう言葉をかける。

 その声に俺を疑う様子は微塵もない。俺なら大丈夫だとそう信じてくれているその言葉が、どれだけ俺に力を与えてくれているか。それはきっと、俺にしかわからないだろう。

 その期待に、信頼に応えるため、俺は力強く頷いた。

 

「ああ、任せろ!」

 

 十代の視線にしっかり答えを返し、俺は理事長に向き直る。

 あっちは三幻魔を用いての予想外の苦戦に少々苛立ちが出てきたのか、目が吊り上がっていた。

 

「なにをコソコソとやっている! そんな見え透いた希望など、この幻魔の力で焼き尽くしてくれる! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、理事長はまず伏せられていたカードを発動させた。

 

「永続罠《不滅階級》を発動! 場のモンスター2体を生贄に捧げ、墓地のレベル7以上のモンスターを復活させる! 幻魔トークン2体を生贄に捧げ、降雷皇ハモンを特殊召喚! 再び揃え、三幻魔よ!」

 

《降雷皇ハモン》 ATK/4000 DEF/4000

 

 俺が生贄に利用したことで欠けていたハモンが現れ、理事長の場に三幻魔が並ぶ。これにより場に満ちる三幻魔による威圧感。それを受けながら、しかし俺たちは強く幻魔を睨みつけた。

 

「ウリアの効果発動! 貴様の場の罠カードを破壊できる!」

「待て! 手札から《エフェクト・ヴェーラー》の効果発動! ウリアの効果をエンドフェイズまで無効にする!」

 

 柔らかな翼を持った青い髪の少女。その放つ光によってウリアの身が包まれ、このターンに限ってウリアは無力なただのモンスターと化す。

 

《神炎皇ウリア》 ATK/2000→0 DEF/2000→0

 

「ちっ、だがそれも僅か1ターンだけのことだろう。それよりも見ろ、常に場に君臨するこの圧倒的な姿を! 1ターンの拘束など無きに等しい! ……さて、ではバトルだ! ラビエルでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《天界蹂躙拳》!」

「やらせるかよ! 永続罠《強制終了》! 十代が伏せたカードの1枚《H-ヒートハート》を墓地に送り、このバトルフェイズを終了する!」

「しぶとい奴だ。だが、所詮は攻撃力の及ばぬモンスターが並ぶだけ。脅威ではない! 俺はこれでターンエンドだ!」

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→2000 DEF/0→2000

 

 理事長がエンド宣言を行う。

 それによって、ターンは俺に移った。

 そこで俺は一度呼吸を整え、一拍置いた。十代、皆、大徳寺先生……その気持ちを背負って俺たちはここにいる。だからこそ、必ず勝つ。このターンで、終わりにしてみせる!

 その決意を新たにし、俺は一気にデッキトップのカードを引き抜いた。

 

「俺のターンッ!」

 

 俺は十代の顔を見る。そして、伏せられているカードに目をやった。

 十代はそれを受けて頷くと、言った。

 

「このカードは俺だけに託されたカードじゃない。俺が……俺たちが、未来を創るためのカードなんだ! 先生も、そうなることを望んでいるはずだぜ」

 

 その言葉を聞き、俺は目を閉じる。

 脳裏に思い描くのは、今は亡き俺たちの先生の姿。その姿を、そしてその先生を囲む俺たちの姿をしっかりと思い起こし、俺は手札のカードに手をかけた。

 十代の伏せたカード……それがあれば、このままでもこのデュエルには勝てる。だが、理事長の野望を完膚なきまでに打ち砕くためには、三幻魔をも圧倒する光の力で勝負を決する!

 これはクロノス先生に教えられたことだ。闇は光を凌駕できない。それを理事長にもわかってもらいたい。

 大徳寺先生の残したカードと、クロノス先生の教え……俺たち生徒がこの学園で学んだことを、先生たちの思いを、この学園の創設者である理事長に届かせる! この学園が三幻魔復活のためだけにあったなんて言わせないために!

 

「俺は墓地の植物族モンスター《グローアップ・バルブ》を除外し、《スポーア》を墓地から特殊召喚! この時グローアップ・バルブのレベルが加わり、スポーアのレベルは2となる!」

 

《スポーア》 ATK/100 DEF/100

 

 ともに光の援軍や調律のコストで墓地に落ちたカードだ。これで俺たちの場にはレベル2のチューナーが加わった。

 ならば、やることは一つしかない。俺はマナに視線を投げ、マナはそれに頷いて答えた。

 

「いくぞ! レベル6ブラック・マジシャン・ガールに、レベル2のスポーアをチューニング!」

 

 スポーアが2つの光輪となり、その中を6つの星を宿したマナが駆け抜ける。

 その姿はやがて光に包まれて見えなくなっていった。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 高い鳴き声と共に白銀のドラゴンが飛び立ち、俺のフィールド上にて滞空する。シグナーが竜の1体スターダスト・ドラゴンは、翼を広げてハネクリボーの横に並ぶ。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「更に手札から魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスターカード《ライトロード・ハンター ライコウ》を墓地に送り、デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する! 来い、チューナーモンスター《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》!」

 

《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》 ATK/0 DEF/0

 

 淡く輝く桜色の小さなドラゴン。その召喚により、ぼんやりと背中が温かくなる。

 やはり、赤き竜の力が……? だが、それほど強く感じるというわけでもない。一体どうなっているのか……。

 少なくとも、このセイヴァー・ドラゴンは俺が元々持っていたカード。遊星たちのようにデッキに突然現れたわけではない。更にさっきも言ったように力は強く感じない。そういった恩恵がない以上、やはり俺はシグナーではないのだろう。

 まぁ、いい。今はそれよりも目の前の三幻魔を倒すことだけを考える。俺は十代に視線だけで許可を請い、返ってきた笑みによってその受諾を悟る。

 悪いな、ハネクリボーの力を借りるぞ。そう内心で言いつつ息を吸い込み、高らかに宣言する。

 

「レベル8スターダスト・ドラゴンとレベル1ハネクリボーに、レベル1救世竜 セイヴァー・ドラゴンをチューニング!」

「な、なに!? スターダスト・ドラゴンをシンクロ素材にするだと!?」

 

 理事長が俺の行動に驚愕する。

 そういえば、俺がこいつを召喚したのは精霊世界でのこと。いくら理事長が大徳寺先生の技術などを含めて所持していても、精霊界に大っぴらに干渉できるほどではない。

 ゆえに、理事長はこのモンスターの存在を知らないのだ。そしてそれは、俺の仲間たちにも言えることだが。

 理事長と同じく、驚きに満ちた表情を浮かべる面々を背に、俺は更に言葉を続ける。

 

「集いし星の輝きが、新たな未来を照らし出す! 光差す道となれ!」

 

 巨大化したセイヴァー・ドラゴンが、スターダストとハネクリボーを包み込む。そしてその羽を広げると、その身体から一瞬で膨大な光を解き放つ。

 

「シンクロ召喚! 光来せよ、《セイヴァー・スター・ドラゴン》ッ!」

 

 爆発的に視界を覆った光の中。その光を切り裂くように飛び立ったのは、幻魔よりも一回り大きな身体を持った純白のドラゴン。

 2対4枚の翼を鋭く広げて上空へと駆け昇っていき、フィールド全体を照らし出すように圧倒的な光が降り注ぐ。

 誰もが思わず空を見上げ、その美しく敢然たる佇まいに吐息を漏らす。感嘆に彩られた幾多の視線を受けつつ、セイヴァー・スター・ドラゴンは大きく嘶いた。

 

《セイヴァー・スター・ドラゴン》 ATK/3800 DEF/3000

 

「くッ……だが、攻撃力は幻魔の方が上だ! たとえウリアが倒されたとしても、ウリアは守備表示! 俺のライフに影響はない!」

 

 予想外のモンスターの登場に、理事長が焦りも露わに抗弁する。

 しかし、それは希望的観測以外の何物でもなかった。

 

「それはどうかな」

「なに!?」

「十代が伏せたカードを忘れてないか? 十代が俺に託し、そして大徳寺先生の思いが詰まったこのカード……これでこのデュエルに終止符を打つ!」

 

 十代の場に伏せられたカード。それをデュエルディスクの操作によって、反転させる。

 

「リバースカードオープン! 《賢者の石-サバティエル》! このカードが持つ3度のカード交換効果。十代は既にそれを全て使用している。それによって、このカードの真の効果が使用可能になった!」

 

 サバティエルのカードが光を放ち、その光が滞空するセイヴァー・スター・ドラゴンへと吸収されていく。

 

「《賢者の石-サバティエル》の効果発動! このカードの効果で3度交換した後、自分の場のモンスター1体を選択して発動する! そのモンスターの攻撃力はこのターン、相手の場のモンスターの数だけ倍加する!」

「なんだと!? 俺の場のモンスターは三幻魔とトークンが1体の計4体……!」

「俺はセイヴァー・スター・ドラゴンを選択! そして《賢者の石-サバティエル》の効果により、攻撃力が4倍になる!」

 

 サバティエルから供給される光を受け切ったセイヴァー・スター・ドラゴンが、威容を込めて虚空に向かって鳴き声を上げた。

 

《セイヴァー・スター・ドラゴン》 ATK/3800→15200

 

「こ、攻撃力15200だとぉ!?」

「これで終わりだ、影丸理事長! 俺と十代、皆の絆! そして先生の思いを込めた一撃を受けろ!」

 

 これが、俺たちがこの学園で培ってきた力。理事長が三幻魔のための駒として作った学園には、これだけの大きな意味があったのだと、ここで証明してみせる!

 

「いけ、セイヴァー・スター・ドラゴン! 幻魔皇ラビエルに攻撃! 《シューティング・ブラスター・ソニック》ッ!!」

 

 この場の皆の思いが光となって突き進む。理事長でありながら、この学園を蔑ろにした男。その男に、俺たちが先生たちから学び、仲間との絆の中で身に着けた力を全てぶつける。

 その思いの総算ゆえに、この攻撃は強大で絶対だった。

 ラビエルは抵抗すらすることが出来ず光に押し負ける。そして、理事長のライフポイントを一瞬で削り切り、このデュエルに決着をつけたのだった。

 

「ぐぁぁあああッ!!」

 

影丸 LP:950→0

 

 光に包まれ、ラビエル、ハモン、ウリアを含めた理事長の場が一瞬で消え去っていく。

 闇に覆われていたフィールドもデュエルに決着がついたことにより晴れ、辺りの景色は元の森の中のそれへと戻っていった。

 俺たちの場にいたモンスターもそれぞれゆっくりと消えていく。セイヴァー・スター・ドラゴンもまた、最後に一度鳴き声を上げてからその姿を消していった。

 そんな中、敗れた理事長は両膝をついて蹲っている。その身体は、この事実を受け入れられないかのように打ち震えていた。

 

「ば、馬鹿な……三幻魔が、敗れた、だと……!?」

 

 信じられないとばかりに一人ごちる理事長に、俺は一歩近づいて声をかけた。

 

「所詮、三幻魔なんて3体のモンスターの力にすぎないだろ。それに対してこっちは、その百倍以上の力があったんだぜ」

「百倍……? どういうことだ……」

 

 顔を上げ、訝しげに俺を見る理事長に、俺は笑みを浮かべて返した。

 

「この学園の皆の力さ。ここで俺たちが負けたら、アンタが言ったこの学園が三幻魔復活のためだけに存在するって事実を肯定しちまうことになるだろ。俺たちの夢や、先生たちの教え。そして此処だから繋げることのできた皆との絆――」

 

 隣に来た十代に顔を向ける。十代はにかっと笑い、俺に拳を差し出す。俺はそれに笑って拳を合わせた。

 

「それは、三幻魔そんなこととは関係なく大事なものだ。そのことを証明するために俺たちは戦った。だから、俺たちには俺たちだけじゃない……この学園の皆の力が加わっていたのさ」

「この学園の生徒や教師たちの、思いか……」

 

 理事長にとっては、三幻魔復活のためだけに作った思い入れのない場所かもしれない。

 だが、俺たちにとってここは本当に大事な場所なのだ。仲間と笑い、泣き、怒り、先生の教えを受けながら、楽しく日々を過ごす場所。

 この学園に来てよかった、と。そう思う俺たちにとって、理事長のさもどうでもいいという態度は馬鹿にしているにも程があった。

 だが、そんな大切に思える場所を作ってくれたのは、この影丸理事長である。だからこそ、その本人の言葉が許せなかったのかもしれない。

 出来るなら、理事長にも同じようにここを好きになってほしい。そして、ここを作ったのは自分だと誇りに思ってくれ、と皆と出会わせてくれたこの学園を愛する俺は思うのだった。

 そんなことを考えていた、その時。

 

「ぬ……ぐ、ぉぉああああッ!」

「理事長!?」

「ど、どうした!?」

 

 俺の言葉に何事かを考え込んでいた理事長が、突然叫び声を上げる。

 俺と十代が驚きつつも心配すると、目の前で理事長の身体から奪われていたデュエルモンスターズの生気が光となって飛び散っていく。

 それと同時に、理事長の身体は急速に衰えていった。筋肉は失われ、髪は白くなり、肌も張りを失って皺だらけになっていく。

 そこに、野望に燃えていた男の姿はない。ただ弱々しく座り込む老人の姿だけがそこにあった。

 

「ふ、ふふ……これが、私の本当の姿じゃあ」

 

 眉を垂れさせて笑うその顔に英気がない。

 そのあまりの変貌ぶりに、俺と十代は言葉を失った。

 

「儂は、若い生徒たちを見ていると羨ましくて仕方がなかった……。儂も、もう一度青春を取り戻したくなったのじゃ……」

 

 そこまで言うと、理事長は力なく笑い声を上げた。

 

「ふふ……この学園を作った頃は、生徒たちの笑顔に喜びを感じていた。目的を忘れるほどに……。じゃが、それはやがて若さへの嫉妬へと変化し、儂は当初の目的通りに三幻魔の力に手を出してしまったのじゃ……」

「爺さん……」

「三幻魔の力があれば、儂は自分の力で立つことも歩くこともできた。その誘惑に、儂は勝てんかったのじゃ……そして、愚かにもそれ以上を望んでしまった……」

 

 理事長が自らの罪深さを嘆くように身を丸める。

 

「なんと、愚かな……悔いても悔やみきれん。……じゃが、遠也よ。お主の言葉が儂に気付かせてくれた……」

「俺が?」

 

 理事長は、ゆっくりと頷いた。

 

「そう……この学園にはこの学園を大事に思ってくれている者がいることを……。儂が作った、この学園を……」

 

 理事長は目を伏せて、言葉を詰まらせる。

 自身が作り上げたこの学園。ここで生活する生徒たちの笑顔と教師たちの充実した声。かつては大切に思っていたそれらをいつの間にか忘れ、自身の欲望を優先させていたその事実に、理事長が何を思うのか。俺には想像も及ばないことだった。

 

「忘れておった……。儂は若さを失った代わりに、子供たちの笑顔を生み出す力を手にしておったというのに……。――十代、遠也……迷惑をかけてしまい、すまなかった……」

 

 頭を下げる理事長の姿は、心底からの申し訳なさが伝わってくるかのようだった。

 理事長の本心を聞き、そしてその悔恨の言葉を聞いた俺たちは、その謝罪に明るい声で答えを返した。

 

「気にしてないぜ! 三幻魔に頼らなくても、理事長なら自分の力で立ち上がれるさ!」

「そうだな。今のあなたなら心から理事長と呼べます。これからは気を付けてくださいよ、理事長」

 

 俺たち二人の言葉に、理事長は目を伏せて一筋の涙をこぼした。

 

「……こんなことをしでかした儂を、それでも理事長と呼んでくれるか……。ありがとう、二人とも……」

「うわっ!?」

「お、おい!」

 

 そこまで言って、理事長が崩れ落ちる。

 俺と十代は慌ててその身体を支え、後方に控えていた皆を呼ぶ。俺たちの様子を見て走り寄ってきた皆に囲まれながら、倒れた理事長の顔を見る。

 穏やかな笑みを浮かべたその顔を見れば、再び三幻魔を利用しようとするとは到底思えない。

 そう思った瞬間に、強く実感がわいてくる。セブンスターズから続く一連の事件。三幻魔を巡るそれは、今まさに終わりを告げたのである。

 

 

 

 

 理事長はどうもデュエルを行った精神疲労と、あの生命維持装置がない状態で喋っていた負担によって倒れてしまったらしい。

 鮫島校長が手配した輸送機……理事長を運んできたあれを呼び戻したらしいが、それによって病院に運ばれた理事長だが命に別状はないようだった。

 一度だけ意識を取り戻した時、理事長は「これからは償いに生き、若い世代の力になる」とだけ話したそうだ。憑き物が落ちたようにすっきりとした顔での、老人ながら精悍な表情での言葉だったらしい。

 そして三幻魔のカードだが、これは鮫島校長の手によって再び封印されることとなった。それによりこの事件は本当に終結したと言える。

 先生方は理事長が残した三幻魔に関する学園の秘密などをいろいろ整理するために奔走しなければならないようだが、俺たち生徒は自由の身となったわけだ。

 今回は闇のデュエルとはいっても十代とのタッグデュエルだったし、身体へのダメージもそれほどでもない。

 よって俺は怪我も何もない健康体であり、保健室のお世話になることもないわけである。よかった、よかった。

 

「全然よくないよ、遠也!」

「はい、よくないですね。すみません」

 

 部屋に戻った俺は、マナから叱られている。

 ブルーの自室に入った途端、マナが「正座」とおっしゃったのだ。何故、という問いかけは無視されました。重ねて「正座」と言われたので素直に正座している。

 そしてマナが言ったことは、要約すれば「心配させないでくれ」というものである。トラゴエディア戦での大怪我に始まり、やっと治ったと思ったら今日の三幻魔だ。

 正直マナとしてはいつ何があるかと冷や冷やだったらしい。俺に召喚された時はすでに終盤に近かったし、俺の身があまり傷ついてもいなかったので、あの頃には平静に戻っていたらしいが。

 とはいえ、心配させてしまったのは間違いないわけで。

 負い目を感じる俺は、ぷんすか怒るマナに素直に従っているというわけである。

 

「うー……もう、ホントに反省してるの?」

「してるしてる。俺だって進んで怪我したくはないよ」

 

 これは事実だ。誰が好き好んで怪我をしたいものか。

 

「ってわけで、もういい? 正座って意外と疲れるしさ」

「もう……」

 

 呆れ気味に溜め息をつかれつつ、俺は正座をやめて立ち上がる。

 そして、ふと俺の目の前に立っていたマナを見る。身長の関係で見下ろす形になるため、マナは俺を見上げてきていた。

 マナの背は俺の顎ほどまでであり、並んで立つとちょうど顔は俺の肩付近に来る。俺からしてみれば小さく映るその姿を見て、俺は何故かマナの頭を撫でていた。

 

「ん……どうしたの、突然」

「いや、なんとなく」

 

 ぽんぽんとその撫でやすい頭を、髪を梳きながら触りつつ、思う。

 心配、させたんだよな。いくら仕方がなかったとはいえ、こうして全然俺よりも小さな女の子に負担をかけてしまったことは心苦しい。

 まして、それが俺にとって大切な女の子ともなれば尚更だ。だがそれ以上に、心配してくれることが嬉しかった。

 

「んー」

「きゃ!? ちょっと、遠也?」

 

 俺はマナを抱きすくめる。腕の中に収められたマナが驚きの声を上げつつ、抗議の目を向けてきた。

 いや、一応恋人なんだし、いいんでない? なに、突然すぎるって? それはすみませんでした。

 そんなやり取りをしつつ、マナも俺の背に腕を回してくれる。そのまましばらく同じ格好で固まったままで過ごす。

 そして、マナの手が不意に俺の背中を優しく叩いた。何かあるのかと思って、腕の中のマナに顔を向ければ、そこには躊躇いの顔を見せて俺を見上げる恋人の姿がある。

 あまり見かけないマナの表情に、俺は訝しむ。そして、マナは表情通りに躊躇しつつ口を開いた。

 

「……ね、この世界に来てよかった?」

 

 ――それはきっと、聞きたくてもずっと聞けなかった言葉だったのだろう。

 何が何だかわからない状態で正直望まずにこの世界にやってきて、強制的にここで生きていくしかなくなった俺。

 無気力になり、自棄になり、この世界との折り合いが上手くつかなかった頃。それをマナは知っている。だからこそ、その言葉は俺にとって禁句のはずだった。

 だが、この世界に来てほぼ二年。

 多くの人と出会い、たくさんの繋がりを持ち、そしてこの学園に来て出会った友人たち。

 十代に俺は言った。親友だと。そして十代もまた、俺に親友だと言ってくれた。

 今では、俺にとってこの世界はかけがえのないものだ。俺の好きな人たちが生き、そしてその人たちと共に俺が生きていく世界。

 思えば、この世界に生きる一人として負けられない、なんて気持ちで幻魔との戦いに挑んでもいた。その時点で、既に答えは出ている。

 腕の中にいるマナを強く抱きしめる。この世界で俺が新しい絆を紡いできたのだとすれば、きっと最も強い絆を紡いだ少女を。

 そして、俺はにっと笑って見上げてくるマナに答えた。

 

「もちろん!」

 

 その答えに、マナは僅かに瞠目した後に笑みを浮かべる。

 最初のころから俺を知っている少女は、俺の身体を抱きしめて俺の胸に顔を押し付けた。

 

「ん……それなら、よかった」

 

 ほっとしたようにこぼれたその言葉に、俺は無言で頷いてマナの頭を撫でた。

 随分と、俺は心配をかけていたようだった。

 今回の三幻魔に限らず、俺についてこの学園に来てくれた一年前からずっと……。

 ずっと、俺がこの世界のことをどう思っているかが気になっていたのかもしれない。本当に、俺はマナに心配をかけ通しである。

 だが、俺はこの一年学園で過ごしたことで気持ちが固まった。

 俺は、この世界の人間だ。この世界で、そうあるように生きていく。それがこの一年俺が学園で過ごして得た結論、学んだことだった。

 俺が最終的に思ったことはただ一つ。この世界も悪くない、ってだけだ。存外、答えなんてそんな簡単なものなのかもしれなかった。

 

 

 ……さて、そんな風に心の中に凝り固まっていた悩みが解決したところで。この状況をどうしよう。

 心配してくれる姿が妙にツボに入って俺から抱きしめてしまい、そのうえマナも抱きしめ返してくれているわけだが……。これは、いいのだろうか。

 いや、何がというか……ナニが? そういうことをしてもOKなのだろうか? こういう経験がない俺としては、どうすれば正解なのかがわからない。教えて、エロい人!

 っていうか、そもそも単なる男子高校生である俺に、この状況は色々とマズ過ぎるわけで。だがしかし、興味があるのも事実。

 そういうわけで、俺は抱きしめていたマナの肩をつかむと、がばっと引き剥がしてその顔を真っ直ぐに見つめた。

 きょとんとしているマナに構わず、俺は真剣な顔でこう告げる。

 

「こういう時って、OKなの?」

 

 素直に言いつつベッドを指差すと、マナは俺が指差した方向に顔を向けて、瞬時に顔を真っ赤にした。

 そして、今度は赤い顔のまま呆れたように息をつき、俺の頭をべしっと叩いて離れていく。

 わけもわからず叩かれた俺は、玄関扉の前にまで行ったマナの姿を目で追う。

 そこで立ち止まったマナは、こちらに振り返ると口を開いた。まだ赤みが残る呆れ混じりの顔で。

 

「……もっと気の利いた言葉が言えたらね!」

 

 そう言って、マナは部屋を出ていった。

 ……気の利いた言葉、ね。それはそれで経験値のない俺には難しい課題である。

 ともあれ、どうやら言葉のチョイスを失敗してしまったことが原因であるのは間違いなさそうだ。

 逃した魚は大きかった気がしてならない俺はがっくりと肩を落とし、マナが残した課題に頭を捻らせ続けるのだった。

 

 

 

 


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