今、アカデミアの学生たちは誰もが浮かれて楽しげな空気に包まれている。
俺が今いるここ、ブルー寮の傍では何人もの生徒が忙しそうに行ったり来たりだ。レッド、イエロー、ブルー……どの生徒もそれぞれ笑顔であり、中にはブルー生がイエロー生と行動を共にしている姿さえ見ることが出来た。
普段なら、絶対にお目にかかれないだろう光景である。そう、普段なら。
つまるところ、今日はその普段には当てはまらない。なんといっても、今日は一年に一度しかない特別な日――学園祭なのだから。
仲のいい友達とワイワイやったり、ちょっと気になるあの子とラブコメしたりと、思春期の少年少女には欠かせないビッグイベント。無論、俺も意気揚々とその場に繰り出す。
「――はず、だったのになぁ」
「もう、文句言わないの。本当なら、安静にしていてほしいんだからね」
車椅子に座る俺と、それを押す制服姿のマナ。
後ろから聞こえてくる声に俺は嘆息と共に「はいはい、わかってるよ」と返す。
それに「むぅ、ちっとも反省してない……」と不満そうに呟く声を聴きながら、俺は自分の腕を見る。服の隙間から覗くそこに俺自身の肌は見えず、代わりに真っ白い包帯が痛々しく巻かれていた。
*
トラゴエディアを倒した後、積み重なった闇のデュエルによるダメージのため、俺はそのまま気を失ってしまった。
その後何があったのかはマナや周囲の皆に聞いた話になるのだが、どうも《セイヴァー・スター・ドラゴン》が俺を精霊界から現実世界に戻してくれたらしい。
本来、太陽が重なる時とかそういう限定された時間にしか精霊界からの脱出は出来ないらしいのだが……俺は闇のデュエルにより怪我を負ってそもそも動けない状態。更に、いくらマナでも世界を越えるほどの力はない。さて、どうしようかと思っていたところに、突然セイヴァー・スター・ドラゴンが俺とマナを翼に乗せて飛び立ったのだとか。
まさかセイヴァー・スターも精霊だったのだろうか。そういえばトラゴエディアとのデュエルの中、一度だけ背中に熱を感じた時があった。まさかとは思うが……赤き竜が何かしたのか?
しかし俺はシグナーではないはず。なら、何故力を貸してくれたのか。理由としては、スターダスト・ドラゴンを後世に残すために助けた、とかだろうか。あるいは単純に俺の勘違いだったか。
いずれにせよ、セイヴァー・スター・ドラゴンはそうして俺とマナを精霊界から連れ出し、いきなり十代たちの前に出現したらしい。
その時、十代たちはデュエルの神と称された古代エジプトのファラオの一人と戦った後だったようだ。もちろん、セブンスターズである。……なんか、古代エジプト関連多いな。
それはさておき、金ピカに輝く船に乗ったそのファラオが船ごと天に向かって旅立ったのを、十代たちは見送っていたそうだ。
そしてその船も姿が見えなくなって夜の闇が戻ってきた時。さぁ帰るかと踵を返そうとした段に、再び闇を照らす光が現れたのだとか。
それがセイヴァー・スター・ドラゴンだったというわけだ。
突然空に現れた光る巨大なドラゴンに皆は見惚れつつも警戒し、注意を向けていた。すると、突然そのドラゴンが嘶き、そしてゆっくりと姿を消していったのだとか。
それに呆然としていると、そのドラゴンから光に守られた人間が二人ゆっくりと地面に降りていくのが見えたらしい。
駆け寄ってみれば、そこには傷だらけで意識のない俺と、それに寄り添い回復魔法をかけ続けているマナの姿。
ブラック・マジシャン・ガールの格好そのままのマナだったが、それに翔が反応することはなかった。なぜなら、それよりも俺の身体が見るからにボロボロだったからだそうだ。
一瞬言葉を忘れて立ち尽くした皆を、元に戻したのはマナだった。「早くお医者さんのところに! 遠也を助けて!」と叫んだのだとか。……嬉しいけど、恥ずかしい。
しかし、それによって皆は我に返り、そこからの行動は早かった。以前、十代もセブンスターズ戦で怪我を負っていたのが、言い方は悪いが為になったのだろう。
俺はすぐさま保健室に担ぎ込まれ、鮎川先生たちによって治療を受けて、即刻ベッドに送られて、あとはそのまま絶対安静となったわけだ。
なんといっても、裂傷、擦過傷、打撲、火傷と怪我のオンパレード。中でも打撲は相当ひどいものがあったらしく、しばらく無理に動かないようにと言いくるめられてしまった。
足にも実は火傷があり、できれば車椅子でいてくれと言われている。たぶん、トラゴエディアのブレスを受けた時だろう。あれ、身体全体が包まれてたし。頭はどうにか守ってたけどさ。
そんなわけで、一人では上手く生活できなくなってしまったわけで。そのため、俺は保健室に訪れた校長先生から直々の謝罪と、今後のセブンスターズとの戦いには参加せずしっかり休んでほしいという旨の言葉をもらった。
首から下げていた鍵はとりあえず十代に渡し、後は頼むと告げてある。それを受けた十代は少し心苦しそうではあったが、最後にはしっかり「おう!」と笑ってくれたから良しとする。
そして俺が十代に続いて保健室の住人となったことで、来るわ来るわお見舞いの奴らが。
明日香や翔、隼人をはじめ、セブンスターズの件の関係者は皆来てくれた。カイザーの言葉が「良くなるまでデュエルはお預けだな」だったのには思わず笑った。どこまでデュエル第一なんだよ、ってさ。
本人は無意識に出た言葉なのか、笑い出した俺を不思議がっていたのがまた面白かった。
クロノス先生もお見舞いに来て、心底俺の身を心配し、「あとのことは我々に任せるノーネ」と言って帰っていった。なにあの先生、カッコいいんですけど。
だが、大徳寺先生は来ていなかった。十代たちいわく、俺に続いて大徳寺先生も行方不明になったらしいのだ。
それを聞いて、しかし俺は納得していた。大徳寺先生がセブンスターズ側の人間だというのは覚えていたからだ。
俺たちが倒したセブンスターズは、ダークネス、カミューラ、タニヤ、俺がいない間の黒蠍盗賊団、デュエルの神ことアドビス3世。そして、俺が倒したトラゴエディア。あれも一応、セブンスターズの要員にするつもりでアカデミアに石板を持ってきたみたいだし。
つまり、計6人。既にあと1人だけとなっているのだ。
ここまで追い込まれているのを鑑みて、大徳寺先生は向こうに戻ったと考えるのが妥当だろう。
親しくしていただけに寂しいものがあるが、今はそれも気にしないようにする。みんなに何処か元気がないのも、それが原因だったみたいだし、ここで俺まで暗くなっても仕方がないからな。
と俺個人が思っていても、状況に大きな変化があるわけはなく。いや、そもそも俺は自由に動けないのだから行動も起こせなかった。
しかし、皆の空気は微妙に暗いまま。どうしたものかと考えている時にやって来たのが、そう――学園祭だったのだ。
*
腕に巻かれた包帯からこの状態に至るまでの経緯を思い起こしつつ、俺は腕を下ろして車椅子の背もたれに身を預けた。
キュルキュルと車輪の音を鳴らしながら、土の上を進む。押しているマナと共に向かうのは、オシリスレッドの寮だ。
本当ならブルーの喫茶店を手伝わなければいけないのだろうが、車椅子に乗っている俺にそんなことを強要してくる奴は誰もいなかった。よって、俺はブルー生公認で自由に過ごして良しとなったのである。
そんなわけで、俺は皆が集まっているというレッド寮に向かっているのだ。ちなみに集まっているというのは翔からの情報である。さっきPDAにメールが来たのだ。
舗装されていないため揺れる道を、専用の車輪(オフロード仕様)に付け替えた車椅子で俺たちは行く。
そうして見えてきた木造モルタル二階建て。その階段部分に、何故かみんなが集まっているのが見える。俺はマナに振り向き、そこに指を向ける。マナは頷くと、すぐに階段の下まで車椅子を運んでくれた。
「おーい、なにやってんだそんなところで!」
俺が声をかけると、全員の視線が俺に向く。そして一番手前で階段に座り込んでいた十代が、驚いた顔をして立ち上がった。
「遠也!? お前、寝てなくていいのかよ!」
「大丈夫大丈夫。鮎川先生に許可はもらってるからさ」
俺が軽く笑いながら言うと、後ろで車椅子を押していたマナが俺の前に顔を出して心配げな表情を見せる。
「でも、無理はしないでね。遠也はすぐに無茶するんだから」
「了解、わかってるって。悪かったよ、ホントに」
その無茶をした結果が今の状態なので、俺はもう謝るしかない。平謝りの俺に、マナは少しだけ笑みを見せて俺の後ろに戻った。
マナとそんなやり取りをしていると、階段の上にいた十代、三沢、カイザー、明日香、吹雪さんの五人が下に降りてくる。
そして俺とマナの前に集まって、じっと車椅子に視線を向けていた。
そうそう日常で見かけないものに乗っていることに、驚いているのかもしれない。とはいえ、自力で歩かせてくれないのだから仕方がない。
ま、実際はそんなに大ごとでもないよ。そう皆に言おうとした時、ドドドドと地鳴りのように何かが近づいてくる音が耳に届いた。
そちらに目を向けると、そこにはこっちに向かって全力疾走してくる翔の姿が。
必死の形相で走ってきた翔は、土煙を引き連れたまま俺たちの前で立ち止まる。
そしてマナに目を向けると、途端に顔を赤らめて腰砕けのようにその場に崩れ落ちた。
「ああ……何度見ても夢じゃない。本物のブラマジガールが今僕の目の前に……。ああ、制服のコスプレも天使のように可愛い……」
夢見心地で言う翔。
しかし制服がコスプレとか言うな、こら。ある意味その通りではあるが、なんか卑猥に聞こえるだろ、それじゃあ。
そんな態度の翔に、さすがのマナも苦笑を浮かべる。ブラマジガールをアイドルカードと言う男性は多いが、ここまで熱烈なのも珍しいだろうからなぁ。
トリップしている翔に少々呆れながら、俺は車椅子の上から地面に座り込んでいる翔に声をかけた。
「で、翔。お前の頼みだけど、OKだってさ」
「え、ホントに!?」
俺がかけた言葉に、一気にテンションを上げて立ち上がる翔。
翔がマナに目を向ければ、笑顔で頷きが返される。それを見て、翔は感動の涙を流していた。
「うわー! まさかOKもらえるなんて! 最高だよ、これなら盛り上がること間違いなしだよ!」
言いつつ翔は、バンザーイバンザーイと一人で喜びを露わにしている。
そんな実の弟の奇怪な行動に、兄であるカイザーが困惑した表情で俺に寄ってくる。
「遠也。翔の頼みとはいったいなんだ?」
その質問に、周囲の十代たちも俺に注目する。やっぱり皆にも翔の喜び具合は異常に映ったのだろう。
俺はマナと顔を見合わせ、小さく笑う。そして、カイザーの問いに答えた。
「レッド寮のイベントだよ。マナにゲストとして出てくれってさ」
「イベント? そんなのあったのか?」
レッド寮所属の十代が首を傾げて口にする。
……自分の寮の出し物なんだし、十代も把握してると思ってた。普段の十代ならこういうお祭り騒ぎは自分から進んで参加しそうなものだから、余計に。
よっぽど、大徳寺先生のことで余裕がないんだろう。翔たちが心配して色々と企画するわけだ。確かにこれは、一度リフレッシュさせた方がいいかもしれない。
「あるんだってさ。隼人いわくレッド寮の伝統的なイベントで、その名も『コスプレデュエル』だ」
「『コスプレデュエル』?」
「そ。なんでも自分の好きなデュエルモンスターズに扮して、デュエルを楽しむイベントらしい。いくつかの衣装はもう用意してあるって話だ」
「なるほどな。それでマナさんに依頼したというわけか。確かに、本物ともなれば盛り上がるのは間違いない」
三沢が得心がいったとばかりに頷く。それに、俺もまた言葉を返した。
「ま、他の皆はマナが本物のブラマジガールだとは知らないわけだけどな」
その言葉に、この場の全員がうんうんと頷く。みんな、マナがブラマジガールの精霊だと知った時は一様にありえないって否定してきたからなぁ。同様にいくら似ていても精霊という考えには誰も至らない、と考えて頷いているんだろう。
――この時点で気が付いていると思うが、セブンスターズに関わる者(鮫島校長、クロノス先生を除く)は、既にマナが精霊であるということを知っている。
というのも、俺がセイヴァー・スター・ドラゴンによって現実世界に戻された時。マナがすぐ横にいて、俺に回復魔法をかけつつ彼らに助けを求めたからだ。
当然実体化しており、その姿はブラック・マジシャン・ガールそのもの。その後すぐに制服姿に衣装替えし、保健室に同行してきたマナだったが、それで誤魔化しきれるわけもなく。
あそこまで似ていて、かつ不思議な力を俺にかけていた姿を皆は見ているのだ。もはやただの一般人で通じるわけもなかった。
そういうわけで、目を覚ました俺によってマナが何者なのかが説明されたわけだ。最初は精霊という存在に懐疑的だった皆だが、十代と万丈目が精霊は実在すると断言。
更に追い打ちとしてマナがハネクリボーとおジャマ兄弟を魔力で実体化させてみせると、さすがに皆も納得していた。その納得には、多分に驚きが含まれていたのは言わずもがなである。
そして、マナがブラマジガール本人であると知った皆の中で、翔の行動は早かった。どこに持っていたのかサインペンと色紙を取り出し、「サインしてください!」と言い出したのだ。
その順応力に、その場の誰もが思わず言葉を失ったのは当然と言えるだろう。
マナもまた呆けていたが、とりあえずペンを受け取って自分の名前を書いてあげていた。サインなどしたことがないらしく、それはごく普通の楷書体に近い文字だったが、それでも翔にとっては何物にも勝る価値があるようだった。
色紙を抱きしめ、「これうちの家宝にしよう……」と陶然と呟いたぐらいだ。無論、勝手に我が家の家宝にされそうなカイザーの顔は「なん……だと……」を体現していたが。
とまぁ、そんなわけで。実はマナについては周知のことなのである。だからこそ、これだけ馴染めているわけだ。お見舞いとして来た保健室で、皆もう何度も会ってるからな。
まぁ、それはさておき。俺はマナに翔が話を持ってきた時のことを思い出す。
保健室のベッドで上半身を起こしている俺に、翔はこう言ったのだ。「最近、みんな元気がないから学園祭にかこつけて何かやりたい」と。
その結果がこのイベントであり、マナの勧誘については俺が本人に聞いておく、としておいた。その時、マナはタイミング悪く保健室を出ていたためだ。
尤も、マナも話を聞いて即賛成だったが。翔の何とも友達思いなその提案を、マナが断るわけがなかったのだ。
それがつい先日のこと。そして今日、本番を迎えているというわけである。
「ホント、翔も上手いこと考えるよ。本物とは思わなくても、そっくりさんが出てくるだけで盛り上がりも違うだろうしな」
「そうね。それだけ、十代のことが心配なんでしょう」
俺の言葉に明日香が反応を返し、十代と隼人と笑い合う翔に目を向ける。
この学園に入学して、既に十か月ほどになる。その間いろいろなことがあったが、その中で最も変わった……いや、成長したのは、あるいは翔なのかもしれないな。
「いい弟を持ったじゃないか、カイザー」
「………………」
「あれ、照れてるのかい亮?」
「うるさいぞ吹雪」
むすっとした顔のカイザーに、吹雪さんが意地悪く笑って詰め寄る。
そんな二人の姿に、俺とマナ、明日香と三沢は揃って苦笑を浮かべるのだった。
「あ。ところで……万丈目くんは?」
そんな和やかな空気が広がる中。ふと何事かに気が付いたマナが声を上げる。
そしてその言葉に、俺たちは一様に顔を合わせて首を傾げるのだった。そういえば、万丈目の姿が見えないぞ、と。
いや、俺たちは来たばかりだからいいが、ずっとここにたむろってたお前らが知らないのはどうなんだ。考え込む三沢やカイザーたちに心の中で突っ込む。
影が薄いわけでもないのに、この扱い。明日香にまで「そういえば、どこにいったのかしら?」なんて言われていると知ったら……。……万丈目、強く生きろよ。
と、そんな風に噂をしていたからか。
遠くから大声が近づいてくるのがわかった。それは間違いなく聞き慣れた万丈目のものであり、いったいどこに行っていたのやらと俺たちはその発信源に目を向ける。
「――まったく探したぞ、遠也! 貴様、保健室を抜け出してこんな所にいたのか!」
「あ、遠也さん、マナさん! おひさし――って、えぇぇえええッ!?」
万丈目が神経質に尖った表情で言った言葉のあと、かぶせるように俺たちに花咲く笑顔を見せたその子は、その笑顔を一瞬で驚愕のそれに変えると、こちらに向かって駆け出してきた。
その際、前に立っていた万丈目を置き去りに走り出したため、万丈目が「貴様! 誰がここまで案内してやったと――!」と憤っている。
だが、それよりも俺たちはその子がここにいることに何より驚いていた。
唯一驚いていないのは吹雪さんだけで、揃って固まった俺たちに、「え、誰あの子。知り合い?」と誰ともなしに問いかけている。
驚愕が抜けぬため心の中での返答になるが、吹雪さんの問いに返すならば、知り合いも知り合い。かつては共に授業を受けた仲であり、一時期とはいえカイザー含めて色々とあった関係だ。
だが彼女は本土の方に戻ったはずであり、また来るにしてもここに入学を果たしてからだろう。そう思っていただけに、俺たちはこの突然の再会にフリーズしてしまったのだ。
「遠也さん!? いったいどうしたの、これ! 包帯だらけで車椅子なんて聞いてないよ!?」
駆け寄ってきたその子が、あわあわと動揺しながら俺の頭や腕に巻かれた包帯に恐る恐る触れてくる。
心配げにこっちを見るその大きな瞳に、俺はようやく驚愕を抑えてこの事態を飲み込んだ。
俺の怪我を見て自分のことのように慌てている姿に、逆に落ち着かされたとでも言おうか。ともあれ、心配させたままというのは居心地が悪い、とそんな感情の方が先立ったのだ。
というわけで、俺は近距離で見つめてくるその子の頭に手を置いて、軽く撫でる。
わぷ、と言いながらその手を受け入れるそいつを、俺は笑みを添えて迎え入れた。
「久しぶり。元気そうだな、レイ」
「えへへ。うん、遠也さん! ――って、それよりこの怪我だよ! 本当に大丈夫なの!?」
一瞬相好を崩したものの、すぐさま元のテンションに戻ったレイの姿を見て、俺は一層笑みを深める。
そして俺の怪我が既にだいぶ落ち着いていることを知っている面々も、やがて驚愕から抜け出して、懐かしい顔に表情を和らげていった。
だというのに、一人変わらず慌てているレイ。その温度差というかギャップによる奇妙な空間は、置いて行かれた万丈目が「結局誰なんだ、コイツは!」とイライラしながら介入してくるまで続いたのだった。
さて。
まず万丈目と吹雪さんにレイの説明を行ったわけだが、万丈目は「ならレッド寮の場所は知ってたんじゃないか!」と叫んだ。どうも、レイは万丈目に俺のところに連れて行ってほしい、と案内を頼んだらしかった。
なんで万丈目? と思ったが、どうも学園対抗試合をテレビで見ていたため、俺と万丈目が知り合いなんだと思ったかららしい。まぁ、実際そうだけど。
そして意外に面倒見のいい万丈目は、それを断れずに保健室へ案内。しかしそこに俺はおらず、ブルーに行くもまた空振り。最後にレッド寮に向かったところで、ああなったようだ。
いきり立つ万丈目に、レイは手を合わせて「ごめんなさい! でも、助かりました!」と謝罪アンド笑顔。万丈目は舌打ちしつつ、しかしそれ以上文句を言うことはなかった。やはり可愛いは正義なのか。
対して吹雪さんのほうは、以前にレイが来た経緯を聞いて即座にカイザーのところへ。そして何事か話しかけるが、カイザーの顔がすごく不機嫌そうになっている。さすがは吹雪さん。人をからかうのが大好きな人だ。
そんな中、レイに問答無用で飛びかかった奴が一人。
「レイちゃーん! 久しぶりー!」
「わっ! マナさん!?」
笑顔でレイを抱え込むように飛びついたマナは、腕の中にレイを押し込めてご満悦そうである。
レイもレイで初めは驚いたようだが、抱き着いているのがマナだとわかると安心したように力を抜いて、されるがままだった。
そしてそのままガールズトークに移行する二人。当然そこに割り込む度胸はなく、俺は置き去りである。
「でも、驚いたわね。レイちゃんが来てるなんて……」
そんな二人を見つつ、明日香が話しかけてくる。
「まぁな。でも、学園祭は一応一般人の往来もOKだし、可能性はあったんだよな」
「そういえばそうね。ここが孤島で、学園祭といってもあまり外来の人は来ないのが通例だったから、忘れてたわ」
まぁ、ちょっと行ってみるか程度の気持ちで来るには辺鄙すぎるしな、ここは。
「でも、メールとかはなかったの?」
「なかった。驚かせるつもりだったんだろ。だとしたら大成功だな」
実際、俺たちはかなり驚いた。尤も、レイも俺の状態に驚いたみたいだから、意図せずトントンになっているけども。
二人でそんな話をしていると、不意に翔たちが準備しているデュエルステージが目に入る。
地面に白線を引いただけの簡素なものだが、デュエルをするには充分なものだ。隼人が描いていた宣伝&目印用の看板も完成したようだし、いよいよレッド寮の出し物も始まるわけか。
ブルーの喫茶店とイエローの出店は既に始まっていたが……ここらへんの緩いところは、レッド寮ならではかね。
おっと、それよりも。もうデュエルステージの準備も終わったというのなら、ゆっくりしているわけにもいかない。いや、俺ではなく、マナがね。
「マナ!」
レイと二人でキャイキャイ話しているマナを呼びつつ、自分で車椅子を動かして近寄っていく。
それに気づいて話をやめた二人の傍に寄り、どうしたの、と少し屈んで俺に視線を合わせるマナに告げた。
「コスプレデュエル。もうステージは完成したみたいだし、準備した方がいいんじゃないか?」
「え? あ、ホントだ。じゃあ、すぐに行ってくる。ごめんねレイちゃん、また後でね!」
「う、うん」
俺の言葉にデュエルステージに目を向けたマナは、それが既に完成していることに目を剥いてレッド寮の方へと走っていった。
中で十代たちも着替えているはずだし、そっちの別部屋で制服を脱いで元の格好に戻るつもりなんだろう。
その後ろ姿を見送る俺に、レイがどういうことなのかと困惑した目を向けてくる。
俺はレッド寮名物というコスプレデュエルと、それにマナが参加することを伝える。それでレイは納得したようで、うんうんと頷いていた。
そして、そのあとなぜか俺の後ろに回り、何をするのかと思えば車椅子を押すための取っ手を掴んだ。
いったいなんだと後ろを向くと、そこには満面の笑みを見せるレイがいた。
「えへへ、それじゃあ暫くはボクが遠也さんのお世話をするね」
俺の世話、といっても車椅子を押すだけだろうに。
それのどこにそれほど喜びを感じられるのかはわからないが、久しぶりに会った妹分のせっかくのご機嫌に水を差すこともない。
そう判断した俺は、小さな笑みとともに「じゃあ頼んだ」とそれに返した。
そしてニコニコとそれに頷いて俺の後ろにいるレイから僅かに視線をずらし、周囲を見る。
さっきまでいた万丈目の姿がどこにもない。気になり、三沢に尋ねてみる。
「万丈目は?」
「ああ、なんでも着替えてくるそうだ」
ということは、万丈目も参加するのかコスプレデュエル。まぁ、もともとお祭り騒ぎはなんだかんだで好きそうな性格してるからな。それもありか。
「明日香は? 参加しないのか?」
「私は……いいわよ。ああいうの、ガラじゃないしね」
そう言う明日香の視線の先には、気が早いのか既にコスプレをして騒いでいるレッド生の姿がある。
確かに、ああやって騒ぐような性格ではないだろうな、明日香は。だがしかし、お祭りの中において常識的な視点は無粋というものだ。
「いいじゃないか。せっかくのお祭りなんだし、何かやってみたらどうだ? 翔なんかは踊り狂って喜ぶと思うぞ」
「で、でも……」
「何か衣装がないか聞いてみて、気に入ったのがあればやってみたらいいって。マナみたいにデュエルしなくても、気分は味わえるだろうしさ」
「……そうね。マナの様子を見がてら、行ってみることにするわ。どうせ、他にすることもないしね」
俺の勧めに、明日香はマナに続いてレッド寮へと向かっていく。もともと、明日香も祭りの空気に当てられていたのかもしれない。普段なら頑として拒んだだろうに、こうして妥協したのがその証拠である。
本人的にもそう悪い気はしていないのだろう。心なしか表情も柔らかいものになっていたみたいだし。
「……やれやれ。気づいたら残っているのは、俺たちだけか。遠也、俺もしばらく時間を潰しに行くよ。デュエルが始まるまでには戻ってくる」
「了解。じゃあな、三沢」
ひらひらと手を振りながら去っていく背中を見送り、これでこの場に残ったのは俺とレイだけか。
コスプレデュエルが始まるまで、看板の開始時間を見るとおよそ30分。みんなの着替えの時間も含めてのことだから、まぁそれぐらいはかかるだろう。
俺も他の誰かのところに行って時間を潰してもいいが……。
「レイ」
「なに、遠也さん」
せっかくこんな辺鄙な島にまで来てくれた妹分がいるんだ。時間があるのなら、その子のために使ってやりたい。
というわけで。
「どっか適当に場所借りて、時間つぶすか。積もる話もあるだろうし、デュエルしたっていいしな」
俺がそう提案すると、レイは目を輝かせる。
「いいの!?」
「当然。俺にだってそれぐらいの甲斐性はあるさ。あ、でも悪い。出店とかは無理。今から行ったんじゃ、デュエルまでに余裕を持って戻ってこれないかもしれないからさ」
「そんなの気にしてないよ。だって、ボクは遠也さんがボクのために時間を使ってくれるだけで、すっごく嬉しいから!」
心の底からそう思っていると一目でわかる、そんな顔。
ここまで好意を真っ直ぐに示されると、俺としてもなんだか照れてしまう。しかしそんな感情を妹分に知られては、兄の面目丸つぶれ。そんなチャチなプライドから、俺はレイから視線を外す。
そして、まったく動揺していない体を装って口を開いた。
「わ、わかったから。そ、それじゃあっちの方にでも行くぞ!」
指さした先を示しつつ、自分の頬が熱いことを自覚する。全然動揺を隠せていないのは、もう仕方がないと諦めた。
こう見えて、俺はこういうストレートな言葉に慣れていないのだった。マナとは……もう恋とかそういうの超越したような感じがあるしなぁ。好きなことに変わりはないけど。
そしてレイは、そんな俺に気づいているのか、小さく笑ったのが聞こえた。
「うん! じゃあ、動かすねー」
言いつつ、レイは車椅子を押す。デュエルステージを囲うように張られたロープ。その外側に敷かれたゴザを目指して。そこならレイも座れるし、レッド寮からあまり離れなくても済む。
レイに押され、そこにたどり着いた俺たちは、そこで互いの近況について話し出す。ゴザの上に座ったレイと、車いすに座ったままの俺。視線は少々レイが見上げる形になるものの、それも気にならないのかレイは楽しそうに話す。
時折、立ち上がって俺の手を取ったり、身体を寄せてきたりと甘えてくることはあったが、俺は苦笑してそれを受け入れていた。
そもそも車椅子状態の俺にはされるがままの選択肢しかないわけだが、それでなくともレイのそういった行為を俺が拒むことはなかっただろう。
なにせ、俺だってレイと会って話せることは嬉しいことなのだから。
だから、俺たちはそんな風にスキンシップを取りながら笑顔で会話を続ける。
周囲の男連中がそんな俺たちをどう見ていたかは……まぁ、考えないようにしながら。
そして迎えたコスプレデュエルの時間。
既に着替えを終えて外で話したりしている生徒もいたが、そのまま中で過ごして時間になったら出ていく、という道を選択した生徒もいる。ぶっちゃけ、俺の仲間たちなわけですが。
そういうわけで、開始時間が近づき、レッド寮の中からぞくぞくとキャラクターに扮した知り合いたちが出てくる。
……なぜかレッド寮とは異なる方向から無駄に精巧な造りをした《XYZ-ドラゴン・キャノン》を着た万丈目がやってきていたが、それはこの際スルーしよう。
というわけで、出てきたのはまず十代。《魔導戦士ブレイカー》や《切り込み隊長》などの衣装がごっちゃになったよくわからん扮装だが、まぁお祭りだし。そういうノリもなくはないだろう。
そして明日香扮する《ハーピィ・レディ》。これはなかなかにエロい。普通に胸元から肩にかけて露出してるし。しかも耳が長いというのがポイント高いぞ、エルフみたいで。実に素晴らしい萌え要素といえるだろう。
と、そんな邪な心で見ていると、後ろからレイが腕を首に回して俺にもたれかかるような姿勢を取ってきた。
「どうした、レイ?」
「……なんでもない」
言いつつ、不機嫌そうな様子は隠していない。……ああ、そうか。さすがに好意を示した相手が他の女の子に目を向けていればそうもなるか。
何故かマナが相手だと気にならないらしいが、よくわからん。まぁ、自意識過剰かもしれないが、そうだとしたら気恥ずかしいが同時に何だか嬉しくもある。
俺はとりあえず体勢の関係上俺の顔の横に来ているレイの頭に手をやり、撫でる。それだけで機嫌は多少上向いたようで、俺はほっと一息ついた。
と、急に「おぉぉおおおーッ!」という大歓声が鼓膜を打つ。それは例外なく男子の声ばかりであったが、何があったのかと気になって十代たちの後に目を向けた。
「ああ、なるほど……」
「うわー、マナさんそっくり!」
そして、瞬時に納得した。
そこには俺にとって非常に見慣れた姿――《ブラック・マジシャン・ガール》の衣装に身を包んだマナが立っていたのだから。
「ね、ね、遠也さん! マナさん、すっごく可愛いよ!」
「ああ、まあなぁ。っていうか、あれ衣装じゃないだろ」
「え?」
「いや、なんでもない」
間違いなく自前のはずである。用意されていたものではなく、単に元の格好に戻っただけなのだろう。まぁ、そのほうが確かにリアルではある。
俺はそんな内情を知る者特有の生温かい目で。そしてレイは興奮しきりにマナを可愛い可愛いと連呼していると、ふとマナの視線がこちらを向いた。
そして、なんだか眉をきりりと上げて、ズンズンとこちらに歩いてくる。
その途中、何人もの男子生徒がマナに声をかけているが、故意なのか聞こえていないのか、完全にスルーである。尤も、それを可哀想とは思わない。俺のマナに粉かけようっていうのだから、そんな輩は無視でいいのである。心狭いとか言うな。
そんなことを思っていると、男子生徒の肉の壁を一直線に突破したマナが、俺の前に立つ。そして、レイと俺を見比べて、うー、と唸り始めた。
「……ずるい。ずるいよ、レイちゃん! 私がいない間に仲良くするのはいいけど、抱き着くのはさすがにダメでしょ!」
なんだかよくわからない理論を振りかざして抗議するマナ。それに、レイはきょとんとするものの、すぐににやりとした笑みを浮かべた。
「でも、遠也さんも許してくれたもん。ねー?」
「うん、まぁな」
「遠也!」
レイの言葉に肯定を返せば、今度はマナの矛先が俺に向いた。
「なぜ俺。いいじゃん、レイに会うのだって久しぶりなんだし、甘えさせても」
「う……それは……」
俺の言葉に、口をとがらせてマナは俯く。それを苦笑しながら見つつ、俺は更に言葉を続けた。
「とはいえ、せっかくのお祭りにマナの機嫌を悪くする理由もない。レイ、悪いけど……」
「はーい」
俺が何か言う前に、レイは俺の首に腕を回し、もたれかかっていた身体を起こすと、普通に俺の後ろに立った。
それを見て、マナは顔を上げた。
「えへへ。私はマナさんだって大好きなんだからね。そんな顔をしてほしいわけじゃないんだ。ごめんね、マナさん」
「レイちゃん……! 私こそ、ごめんね! あとでいっぱいお話しようね!」
「うん!」
そう言って、今度は笑い合う二人。勢い余ってマナは間に俺がいるにもかかわらずレイを抱きしめる始末。仕方なく、俺は上体を僅かに下に潜らせてマナの体当たりを避けた。
しかし、そのために少々困った事態に。というのも、位置関係上マナの胸が俺の顔の前に来ていて非常に眼福なのである。さすがにこの場でどうこうするつもりはないが、これは生殺しに近いぞ。わざとか? わざとなのか?
そして、そんな俺の気持ちも知らず、俺の頭上で抱き合い、楽しそうにしている女子二人。その笑い声を聞き、俺は溜め息をついた。まぁ、本人たちが楽しいならそれでいいけどさ。俺は俺でガン見するだけだし。
と、そんなことをしていると。俺たち(というか俺だけ)に射殺さんばかりの視線を飛ばす男子生徒諸君。そこに、レッドもイエローもブルーも関係ない。完全なる協調がそこにはあった。
十代、隼人など俺の友人たちを除く全員の視線が集中しているため、さすがに俺も冷や汗が出てくる。翔が「ゲストが出るよー」と宣伝して回ったためか、意外と人がいるのである。
その中でこの視線は、なかなかキツイ。逆に女子は女子でキャーキャー言いながらこっち見てるし……。なんだこの空間は。
今現在の俺を取り巻く状況に慄いていると、不意にマイクを通じた機械音声が周囲に響いてきた。
『あー、あー、テステス。こんにちは、僕は丸藤翔です。今日はレッド寮主催、コスプレデュエルに来てくださって、誠にありがとうございます』
声の方を見れば、そこにはレッドの制服の上に、大きな蝶ネクタイをつけた翔が、マイクをもって話していた。あいつ、上がり症なんじゃなかったっけ?
『間もなく、コスプレデュエルを始めます。なので、そこの爆発した方がいいリア充が気に入らない気持ちはよくわかりますが、まずは皆さん落ち着いて座席のほうへどうぞ』
「おい」
翔のあんまりな言い方に思わず声を上げるが、奴は完全にスルーした。
『それでは、ただいまを持ちまして、レッド寮主催コスプレデュエルを開催いたします! 進行は司会の僕、丸藤翔と、解説の万丈目――』
『フン、俺はXYZ-ドラゴン・キャノンだ』
『と言っている万丈目準くんでお送りします』
『おい、貴様! 俺の言葉を無視するな!』
翔……あいつ、なんか図太くなってきたな。これは成長とみていいんだろうか?
俺が内心でそんなことを思っていると、時間を潰してくると言っていた三沢が会場に戻ってきたのが見えた。その後ろにはカイザーと吹雪さんもいる。三人とも、何とか間に合ったみたいだな。
『それでは、まずは前哨戦。皆さんにコスプレデュエルを楽しんでもらう前に、こちらで用意したプレデュエルを行います! ぜひ楽しんでいってください!』
なるほど、マナがゲスト扱いというのはこういうことか。コスプレデュエル大会は、当然希望者に体験してもらうイベントだ。ゆえに、そこにゲストとして置かれるなら、不特定多数と多くのデュエルをすることになる。
さすがにずっとそれでは疲れるし、大変だ。それでも付き合わせるというのなら、折を見て抜け出そうと思っていたが、そうする必要はなさそうだ。
翔も、そこまで拘束するつもりは最初からなかったってことだろう。
『それでは、選手紹介です! まずはレッド寮代表、遊城十代ぃー!』
よくわからん格好の十代が、やる気に満ちた表情でデュエルステージに現れる。
それなりに気合の入った表情なのだが、いかんせん服装があまりにも意味不明すぎて、まったく凛々しさが感じられなかった。
「ねぇ、遠也さん。十代さんのあれは、何の格好?」
「さあな。十代オリジナルのモンスターなんだろ」
とはいえ、さすがに両腕の籠手はやりすぎだろ。それじゃあデュエルディスクの装着もできないじゃないか。
しかし、十代はそれに気づいていないのか 観客に手を振ったりなんてしている。
はぁ、仕方ない。
「十代!」
「お、遠也か。レイも、久しぶりだな!」
朗らかに言う十代に、レイも小さく笑って会釈を返す。それを見ながら、俺は再び声をかけた。
「それより十代。お前、それじゃあデュエルディスクも着けられないだろ! せめて籠手は外しておけ!」
「ん……? げっ、ホントだ。サンキュー、遠也!」
俺の助言を受けて、十代は装備していた籠手を外していく。そして、実は邪魔に思っていたのかマントなどの必要ないパーツまで外し始めてしまった。
これでは、本当に何のモンスターなのかさっぱりわからない。あいつ、これがコスプレデュエルだってこと忘れてるんじゃないだろうな。
「ねぇ、遠也さん」
「言いたいことは分かるが、気にするな。ああいう自由なところが、十代のいいところだからな」
「……そういう問題?」
俺の友に対する認識に疑問符を浮かべるレイだが、それを置き去りに状況はさらに進んでいく。
十代の紹介を終えた翔が、大きく息を吸い込んでマイクに向かってそれを吐き出した。
『そしてぇ! 対するはこの日のために参加をお願いした特別ゲストォッ! ブラック・マジシャン・ガールの登場だぁぁああッ!』
「いってくるね、遠也」
「おー」
呼ばれたマナが、軽い足取りでデュエルステージに入っていき、十代と相対する形でその場に立つ。
ニッコリ笑顔で手を振れば、それだけで湧き上がる感動の声(男子のみ)。そして始まる「あの手は俺に振ったんだ!」「いや、俺だ!」「違う、僕だ!」「いや、自分だ!」という醜い争い。
そこに、レッドもイエローもブルーも関係ない。完全なる協調が、以下略。
それに対して、女子の反応はというと。「あの子そっくりー」「すごいよねー」「可愛いー」というごく一般的な反応でした。男子との温度差が凄い。
そしてその原因にして中心であるマナはというと、ボルテージの上がる男子勢に苦笑しつつ、更に笑みを深めて手を振った。
「みんな、今日は来てくれてありがとう!」
翔主催、コスプレデュエル。別名、最近元気がない兄貴たちを励まそうの会。それが成功するためには、観客が来てくれなければ意味がない。
だからこそ、マナはこうしてこの場に来てくれたことに感謝するのだ。翔の実に気持ちいいその企みが、成功に近づいているのは彼らのおかげでもあるのだから。
だが、そんなことは何も知らない彼らは、ただブラック・マジシャン・ガールそのものにしか見えない女の子に、笑顔で声をかけてもらえたというその一点で大歓喜なのであった。
「うぉおおー! あんな可愛い子に笑顔で手を振ってもらえるなんてー!」
「可愛いだけじゃなくて、いい子だとぉ!」
「あんな子、ブルーにいたか!?」
「俺は知らないぞ! もし知ってたら、速攻コクってるのに!」
「俺もだ!」
「俺も俺も!」
その連鎖反応的な男連中の言葉に、思わず片眉が上がる俺。心が狭いと言うなかれ。男なんて、大抵の場合は独占欲が強いものなのである。
「あはは、遠也さん落ち着いて」
そんな俺の気配を察してか、後ろから俺の肩をポンポンと叩くレイ。
その妹分の気遣いに、俺も大人げなかったかと思い直して気持ちを落ち着かせる。
ふぅ、やれやれ。ここはひとつ男としての格を見せつけるためにも、どっしりと構えているべきだったか。そう考えを改めて姿勢を正したところで。
「みんな、ありがとう! でもごめんなさい! 私はもう遠也のものだから、告白されても付き合えないのー!」
と、はっきり宣言する声が聞こえてきた。
……おい、待て。俺も確かにマナのことを誰かに渡す気なんてものはさらさらないわけだが、そういうことは密かに囁く類のものであって、こうもあからさまに主張するようなものでもないだろう。
俺が一瞬でそう思考すると同時に、周囲の男から突き刺さる視線、視線。それは最早睨みつけるとか、そんなレベルではない。むしろ睨み抉るとでも表現した方が的確なほどに、物理的な威力を持った視線だった。
もちろん比喩表現であるが、それほどまでに視線が強い。そんな中ふと、紙に何かを書いている一人の男子生徒が目に入った。いったい何をしているのか。思わず目を向けると、書き終わったのかその紙を俺に向けてソイツは広げた。
『呪ってやる』
……なんとも感情が籠った、入魂の一筆であった。
思わず汗が一筋頬を流れ、後ろのレイがごく自然にハンカチでそれを拭う。その瞬間、更に重圧を増した周囲からの目力に、一層汗が噴き出した。
それに対してはさすがの俺も、ただ身を固くして極力意識の外にそれらを放り投げることしか、出来なかった。
『……えー遠也くん爆発しろ。それでは、早速デュエルの方に移りたいと思います!』
「お前、さらっと最初に何言った!?」
しかし、翔はこれまた完璧にスルー。おのれ、あんちくしょう……!
歯ぎしりする俺だが、それに構わず、デュエルステージでは着々とデュエルに臨む姿勢が出来上がっているようだった。
「ようやくデュエルか。そういえば、マナとデュエルするのは初めてだな!」
「あはは、まぁそれはそうかも。私は遠也と十代くんがデュエルしているのをいつも遠也の後ろで見ているだけだったし」
……おい、男連中。言葉の端々に反応していちいち俺を見るんじゃない。
「へへ、いったいどんなデュエルになるのか、今から楽しみだぜ!」
「私もだよ。このデッキを遠也から託されたからには、情けないところは見せられないしね!」
二人はデュエルディスクを構えて、向かい合う。
そして、マナが言ったようにあのデッキは俺の魔法使い族デッキである。尤も、マナが使いやすいように自分のカードも加えて調整してくれていいと言ってあるから、俺のものとは異なっているだろうが……。
それでも、基本は俺のデッキ。何度かそれと対戦している十代が、どう対応してくるかが鍵だな。
「よし、いくぜマナ! やるからには俺が勝つぜ!」
「私だって! 勝って遠也に何かご褒美を要求するんだから!」
「なにぃ!? おい、マナ! それ初耳だぞ!?」
聞き捨てならない台詞を吐いたマナに、俺は思わず声を上げて突っ込む。
すると、マナはこちらにくるっと振り返り、「てへっ☆」と可愛く笑って誤魔化そうとした。
おい、こら。俺がそんなことで誤魔化されると思ってるのか!
『ブラマジガール可愛いっす……。――遠也くん! ここで女の子のお願いを断るなんて、男のすることじゃないっすよ!』
「そうだそうだ!」
「断れるやつは男じゃない!」
「まったく、男の風上にも置けん!」
「鬼! 悪魔!」
「なんでそこまで言われないといけないんだぁぁああ!」
俺はあっさりマナの味方となって理不尽なことを言いまくる連中に異を唱えるが、結託した男どもにそんな正論が通じるはずもなく。
むしろ一層ぶーぶー言い続けてくるので、俺はもうやけになって叫んだ。
「わかった、わかったよ! マナ! お前が勝ったら、なんでも言うことを聞いてやる!」
「ホント!?」
「ただし、俺が出来る範囲のことだぞ! そうじゃなかったら聞かないからな!」
「うん、全然それでいいよ! ありがとう、遠也!」
笑顔で頷いたマナは、よーし! と気合の乗った声と共に再び十代に向かい合った。
「いくよ! 勝たせてもらうからね、十代くん!」
「させるかよ! 勝つのは俺だぜ!」
互いに不敵に笑い合う姿を視界に収めつつ、俺は車椅子の背もたれに体重を預ける。
なんかもう、どっと疲れた……。
「た、大変だったね、遠也さん」
「まったくだ。……まぁ、だからって嫌なわけじゃないんだけどな」
レイの言葉に苦笑し、俺は周りを見る。俺をあれだけ責め立てた連中も、今ではデュエルステージに目を向けて、声を上げ、手を振り、応援に余念がない。
そしてその表情に悪意はなく、ただ純粋にこの時間を楽しもうという気持ちだけが溢れていた。
今の俺に対するあれこれも、このお祭り騒ぎ特有の空気に当てられた小さなイベントみたいなものだったのだ。彼らにとっても、俺にとっても。
だから、俺はそんなに気にしていないし、彼らも後に残さない。ま、こういうその場のノリっていうのも学園祭の醍醐味ってことだな。
「「デュエル!」」
十代とマナの掛け声が重なる。
背もたれに預けていた身体を僅かに戻し、俺も二人の戦いを観戦する態勢をとった。
デュエルが始まり、一層盛り上がる周囲の声を耳にしながら、俺はとりあえず心の中でマナに向けて声援を送る。
せっかくなんだし、楽しんでデュエルしてくれよ、と。
しかし、それは相手が十代だという時点で、いらない心配なのかもしれない。あの誰よりもデュエルを楽しんでいる十代が相手なら、誰だって楽しくなるに違いないんだから。
そう考えると、この場は本当に凄い空間だ。デュエルをする二人が楽しみ、それを見る皆が楽しみ……この場にいる誰もが他人なのに、ただ楽しさだけは同じく共有している。
これも、学園祭ってやつの魔力だろうか。そんなことを考えながら、俺はこの心地よい空気に身を任せ、始まった二人のデュエルに意識を傾けていくのだった。