遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第25話 魔物

 

 ――さて。

 こう見えて俺は普通の人間である。トリップなんてものを経験しているし、精霊という存在を見ることは出来るものの、それでも俺自身は一つも異常な点はない一般人だ。

 超能力があるわけでも、素手で岩を割れるわけでもない。たとえこの世界の人間ではないとしても、そんな能力なんて一つも持たない俺は普通という括りに入れて問題ないと思う。

 そしてそんな普通である俺は、ごくごく当たり前にその日に出会った出来事を受け入れて生きている。予知なんて出来ぬ身である以上、襲い掛かってくる出来事はいつだって唐突に決まっているのだ。そして突然である以上、避ける術がないのは必然である。

 そんなことはそれこそ当然のことで、意識にすら上らない無意識の中で誰もが、俺自身も認めていることにすぎない。

 だがしかし、同時にこうも思うのだ。

 いくら避けられない出来事と言っても限度があるだろう、と。

 

 

 目の前に立つ一人の男を見ながら、俺は冷や汗と共にそう思う。

 俺の前に立っているのは、色黒の肌に古めかしい金色の装飾を着飾った男。その身に纏う服は白いローブのようなものだけという薄着であり、その姿はデュエルモンスターズの《墓守の長》そのものでもあった。

 いや、サラの口から聞いた話では、実際にそうなのだろう。精霊の世界に実在する墓守の一族の住まう場所。彼はそこを治めるリーダー、墓守の長自身なのだ。

 つまり、いたって普通の精霊でしかない。問題は、彼の身体の中に入っているモノなのである。

 

「……十代。ひとまず現実世界の問題(セブンスターズ)は任せたぞ」

 

 瞳と白目の色が反転したおぞましい目でデュエルディスクを構える長を前に、俺は心配そうにこちらを見るマナとサラの視線を背中に受けながら、カードに手をかける。

 それを見るソイツも口元を歪め、同時に開始の言葉を宣言する。

 

「『デュエルッ!!』」

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 事の始まりは、カミューラを退けた翌日であった。

 マナが回収してきたカミューラのチョーカー。金色に輝く金属で作られたそれを、マナは非常に気にしていた。それというのも、そのチョーカーには若干デフォルメされているものの、間違いなく“ウジャト眼”が刻まれていたからだ。

 そう、闇のアイテムの代表格……千年アイテムに共通して象られているデザイン。そして、カミューラは闇のデュエルを行っていた。そこに、マナは嫌なものを感じて回収したのだ。

 そしてその感覚は正解だったらしく、実際にマナはそのチョーカーから闇の力を感じたらしい。ゆえに、マナは即座に自身の力で以ってその力を封印。闇の力は抑え込まれ、それはただのチョーカーと化した……はずだった。

 しかし、後から思えばチョーカーを俺の部屋に持ち込んだことがいけなかったのだろう。封印される前のチョーカーから僅かに漏れ出た闇の力。それに、俺の持つあるカードが反応してしまったらしいのだから。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 どうやら精霊界に行きカイバーマンと戦ったらしい十代たち。

 更に、万丈目の兄たちによるアカデミア乗っ取り計画を万丈目自身が撃退。ちなみにその時、万丈目の精霊であるおジャマ・イエローの兄弟が見つかったりもした。実にいいことだ。

 そんな事件が起こりながらも日々を過ごし、そしてついに現れた三人目の刺客。

 セブンスターズの一人、タニヤ。

 最初は三沢が挑み、負けた上にどうやらタニヤに惚れてしまったらしいのだが、次のデュエル相手は十代となった。

 闇に属しながらも正々堂々と戦う相手。そんな話を聞かされて、デュエル大好き十代が黙っていられるはずもなかったのだ。

 次の対戦相手に名乗りを上げたのは必然だったといえる。すっかりタニヤに骨抜きにされた三沢は、それを羨ましそうに見ていたが。三沢っち、タニヤっちなんて呼び合うぐらいだったらしいから、よほど惚れ込んだんだろう。

 そして十代は戦いを挑み、タニヤは喜びともとれる獰猛な笑みと共にそれを受けた。

 

「いい面構えだ。いいだろう、お前が相手だ」

「ああ、俺は遊城十代! 遊城っちって呼んでくれ!」

「……最低」

 

 十代としてはニックネームと同じ感覚だったのかもしれないが、三沢っちの前例があるため、タニヤに気があるように取れなくもない。

 だからかどうかは知らないが、明日香がぽつりとそんなことを呟いていたりした。

 そんな感じでセブンスターズ戦でありながら、幾分平和に始まったデュエルは、予想通りというか十代の勝利で終わった。相も変わらずライフを大幅に削られての勝利だが、それでも安心して見れるあたり十代ならではのデュエルだったといえる。

 十代とセブンスターズの一人タニヤとの勝負が終わり、タニヤが身に着けていたグローブが回収される。こちらもウジャト眼がついていたことから、闇のアイテムだろう。その力で、虎のタニヤが人間に化けていたと考えられる。

 こちらも俺が一時預かり、マナに見せてみた。

 そして先日のチョーカーと併せてマナが調べた結果、やはりというか予想通りの結論に行きついたのだった。

 

「間違いないよ、これは闇のアイテム。でも、千年アイテムとは別系統だね」

「やっぱり。どう見ても怪しいと思ったんだよ、デザイン的な意味で」

 

 9割がた闇のアイテムだろうと思っていたが、こうしてマナが断言することで確信を得ることが出来た。自身も闇の魔力を扱えるマナは、こういうことにうってつけなのだ。

 

「けど、千年アイテムとは別系統?」

「うん。たぶん、ファラオの時代より後、千年アイテムの話を聞いた誰かが作ったものなんじゃないかな。千年アイテムほど現実を歪める力はないみたいだし……」

「千年アイテムは手に入れられないから、代わりのものを作っちまおうってことか。欲深い奴がいたもんだな」

 

 千年アイテムは、所有者と認められた者には莫大な恩恵を与える。未来を見通す力や、他者を操る力……。加えて、強運すらも与えられるという。

 使いようによっては、巨万の富を築くことすら可能な伝説のアイテム。その魅力に取りつかれる人間は、それこそ星の数ほどいるだろう。

 だから、あるいはこういったモノが出てくるのは必然だったのかもしれないな。

 

「でも、凄いよこれ。私やお師匠様でも、ここまで力を持ったアイテムを作り出すことは出来ない。とてつもない才能と、技術と、時間がかかってるはず」

「つまり、これを作ったのはマジモンの天才だってことか」

 

 世の中には凄い奴がいたもんだ。製作者については興味をそそられなくもないが、まぁ、それはこの際置いておくとしよう。

 

「それじゃ、このグローブも封印だな」

「うん。闇の力は私の方で抑えておくね」

 

 言うと、マナはグローブに向けて杖を構え、ぶつぶつと小声で何語かわからない呪文を唱え始める。

 そうすること一分ほど。それだけで、グローブから僅かに漂っていた嫌な気配が、ふっと消えてなくなった。

 それを確認し、マナがふぅっと息を吐く。

 

「終わったよー」

「おお、おつか――」

 

 ――ドクン。

 

「……れ?」

 

 ふと奇妙な言い表せない何かを感じ、俺は不自然に言葉を切る。

 なんだ、今の嫌な感じは。わりと近くから感じたように思うけど……。

 

「遠也?」

 

 俺は立ち上がり、部屋の中を見回してからクローゼットの方へと向かう。突然立ち上がった俺にマナは疑問を含んだ声をかけるが、それよりも俺は今の感覚が気になって仕方がなかった。

 俺はクローゼットを開き、その奥の壁……その上にわざわざ作った棚を見つめる。そして棚の引き出しを開き、そこからケースを取り出すとその鍵を開けて、中に入れられた幾つかのカードを取り出した。

 さっき感じた気配はよくわからないが、可能性を考えるならここが一番あり得る。そう曖昧に感じた故の、選択だった。

 一枚一枚、カードを検めていく。しかし、異常を感じられるようなカードは何もなかった。もう一度最初からカードをじっくり見ていくが、やはり先程のような感覚を感じることはない。

 ……気のせいだったのだろうか? ここのところ気を張るデュエルばかりしていたから、少々気が立っていたのかもしれない。それに、闇のアイテムなんてものを見ていたばかりだし。

 ともあれ、俺の勘違いであったのなら何も問題はない。

 俺は自分が思うよりもどうやら余裕のない自分に溜め息をつきながらカードを戻し、クローゼットを閉める。そして再びマナの下へと戻った。

 

「どうしたの遠也。あれって、確か遠也が“危険かもしれないカード”って言ってたやつだよね?」

「ああ、まあな。この世界のカードなら危険確定だけど……俺の世界では単なる沢山あるうちの一枚にすぎないから、確定じゃないカードたちだ」

「何かあった?」

「いや……気のせいだったみたいだ」

 

 マナの言葉に俺はそう返し、それからしばらくこのことを忘れていた。

 闇に閉ざされた棚の中、一枚のカードがぼんやりと黒い靄に包まれたことには気が付かずに。

 

 

 

 

 ――そのとき同時に、学園の地下に安置されたある石板が小さな振動を起こして崩れ落ちた。しかし、そのことに気付く者は誰もいなかった。

 その石板をそこに置いた人物以外には……。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 貿易商のアナシスとかいう男に何故か十代が海のデュエルとやらに引っ張っていかれ、彼の潜水艦に乗ったまま姿を消した翌日。

 翔が、めちゃくちゃわかりやすく落ち込んでいた。

 どうやら翔は十代とケンカしていたようで、仲直りをしたいのに肝心の十代がいなくなったことにひどく落ち込んでいたのだ。

 きっかけは十代にエビフライを食べられたから腹が立った、という程度のものらしいが、喧嘩どころかそもそも話す機会がなくなったとなれば、心穏やかではいられないだろう。

 怒っているとは言っても、十代のことを嫌いになったわけじゃない。翔としては、早く仲直りしたいのだ。だというのに、十代がいなければどうしようもない。仲直りをする対象もおらず、翔の気持ちは沈んでいくばかりのようだった。

 さっき話をしたときは「僕がエビフライなんて小さなことにこだわるから、アニキはいなくなっちゃったんだ……」とか言っていた。どれだけ卑屈になってるんだと言いたいが、裏を返せばそれだけ翔にとって十代は大きな存在なのだろう。

 俺と隼人、万丈目で声をかけていはいるのだが、やはり本調子に戻すことは出来ていない。十代当人が来てくれないことには、翔の復帰は難しそうだった。

 

「まったく、十代もどこに行ったのやら」

『明日香さんの話では、海の中……らしいけど』

「海の中ねぇ……まぁ、あいつのことだ。自力で帰ってくるまで待つしかないな」

 

 場所がわかれば迎えにも行けるが、さすがに潜水艦なんてもので移動されてはこの広い海のどこにいるかなんて見当もつかない。

 セブンスターズ絡みではないようだし、十代ならそのうち自分で帰ってくるだろう。

 だとすればいま俺に出来ることは、その時に翔と十代がすぐ仲直りできるように翔の気持ちを整えてやることだろう。

 たった今レッド寮で見てきた沈んだ翔の顔を思い浮かべながら、俺はそう考える。

 ブルーの自室へと向かう途中、さてどうやって気持ちを上向かせてやるかと思考を巡らせていた――その時。

 

『遠也、あれ!』

 

 マナの鋭い声が俺の耳に届き、すぐさま意識をそちらに向ける。

 マナは険しい顔でブルー寮の外から寮の一室を指さしている。示す先は……。

 

「俺の部屋?」

 

 何故、わざわざそこを? と疑問に思った、次の瞬間。

 その閉め切られた窓ガラスを通り抜けて、一枚のカードが飛び出してきた。

 

「なに!?」

 

 驚く俺をよそに、外に出てきたカードは黒い靄に包まれていずこかへ飛び立っていく。

 靄に包まれる直前、僅かにカードの絵柄が見えた。そしてその絵柄を持つカードが何なのか脳内で理解した、その瞬間――俺の顔から一気に血の気が引いた。

 

「まさか……嘘だろ? この世界にもいるのかよ!?」

『ど、どうしたの遠也?』

 

 いきなり大声を出した俺に、マナが戸惑い気味に声をかけてくる。

 しかし、今の俺にそれに応える余裕はなかった。

 

「くっ……! マナ、追うぞ!」

 

 そう言いつつ、俺は返事を聞く前に走り出す。後ろからマナがついて来ていることを感覚として察しながら、俺は黒い靄に包まれたカードをひたすら追いかける。

 危険かもしれないと判断はしたが、まさか本当に危険だとは思っていなかった。この世界にも存在しているとは、思っていなかった。とんだ勘違いだ。この前、部屋で感じた違和感はきっと間違いじゃなかったのだ。

 あの時気が付いていれば、と忸怩たる思いが胸によぎる。しかし、今はそれを抑え込んでひたすら走る。

 あのカードを好きにさせてはいけない。三幻魔の復活を待つより早く、世界が危ない。

 俺は運動による汗とは明らかに違う汗を冷たく感じながら、ただ危惧し続ける。そして俺の予想が正しければ、あのカードが行きつく先には……。

 俺はある可能性を考えながら、我武者羅に足を動かすのだった。

 

 

 

 

 ………………。

 ……。

 

 ――たどり着いたのは、山の中にある遺跡だった。

 十代いわく、墓守の一族とデュエルをした場所。精霊界に繋がっているとされる、ここ現実世界との境界線である。

 俺たちが追っていたカードは、この中に入っていった。古ぼけ、崩れ落ちた石造りの建造物から覗く奥は、暗く深い。アーチ状に組まれた石の門の先に入れば、きっとあのカードの正体とぶつかり合うことになるのだろう。

 なにしろ、あのカードが遺跡に入っていった直後から、この周辺はどうも空気がおかしくなってしまっているようだから。

 

「……マナ」

『うん。まだ門の前だけど、ここはもう向こうに通じているよ。ただ一歩進むだけで、向こうに行けるはず』

 

 じんわりと感じる異質な気配。俺ですら肌で感じるその奇妙な感覚に、精霊であるマナが気付いていないはずがない。

 そう思って声をかけてみれば案の定というわけだ。既にここはどちらかといえば精霊界に近くなっているらしい。一歩進めば、ということは相当だろう。

 しかし逆に言えば、一歩戻れば現実世界に戻れるということ。カードが飛んでいったとはいっても、所詮は一枚。なくともデッキを構築することは可能である。

 そういう意味では重要度は高くない。なにせ、デュエルをする分には何の影響もないのだから。

 だが……。

 

「よし、いくぞマナ」

 

 俺は進む方を選ぶ。

 確かにカード単体としてみれば、そんなに重要視はしていない。だが、実際にカードによって現実さえ浸食されるこの世界では、話が別だ。

 飛んでいったカードは、とびっきりの闇に属するもの。そんなものをこのまま放置した結果、まかり間違って事件が起きでもしたら目も当てられない。

 俺はあのカードの持ち主なのだ。なら、そういった人様に迷惑をかける可能性を摘むのは、俺の役目である。

 俺がそう決意して前進を告げた言葉に、マナは一つ小さな息をついた。

 

『……そう言うと思ったよ。もう、あんまり心配させないでね』

「悪いな」

 

 そう複雑な顔で言うマナに、俺は謝罪と感謝を込めて簡潔な言葉を口にする。

 それに開き直ったように笑みを見せて頷いてくれるマナに、俺も首肯で応えて遺跡の方を見据える。

 そして、一歩……その場から足を踏み出した。

 

 瞬間――目に映る景色が一変する。

 

 ただの朽ち果てた岩場とでも表現した方が的確だった遺跡は、見上げねば全貌を見渡せぬほどに巨大なピラミッドとなり、人の身長を超える巨大な岩がそれを形作っている。

 それだけ巨大でありながら四角く綺麗にカッティングされており、そのうえそれがビルよりも高い高さまで規則的に積み上げられているのだから驚きだ。工業機械もなしにどう作ったのか疑問が尽きない。

 そんな不思議な光景だが、こうもいきなり現在地の印象が変わってしまえば、もはや疑いをはさむことはない。

 いま俺は間違いなく、精霊界に足を踏み入れたのだ。

 

「よっと……。やっぱり、こっちだと身体が楽だね」

 

 そんなことを言いつつ、マナが浮いていた状態から地面に降り立つ。

 精霊化していたマナだったが、どうやら精霊界ではその状態こそが実体になるらしかった。

 

「それで、どうするの遠也?」

「そうだな……とりあえず、情報かな。カードがここにあるのは間違いないだろうけど、転移するときに見失っちゃったし」

 

 そうマナに答えつつ、人を探す。すると、門からそう離れていないところに一人の女性がいるのが見えた。

 

「ちょうどいいや。おーい!」

 

 相手に聞こえる程度には声を大きくして近づいていく。

 すると、声に反応して振り向いたその女性の顔が驚愕に染まる。そして、すぐさま尋常ならざるスピードでこちらに接近してきた。

 

「なっ!?」

 

 いきなりのことに、俺は何も反応できない。

 そしてそのスピードを保ったまま彼女は俺の身体めがけてその手を伸ばし――、

 次の瞬間、その手はマナの杖を掴んでいた。

 

「いきなり何するの!?」

 

 俺を狙うその手を見て、マナが咄嗟に杖を挟んでくれたらしい。そのことに感謝しつつ、俺はマナの声を受けた相手の反応を見る。

 相手は、マナの剣幕に驚きつつ、慌てたようにその手を引いてくれた。

 

「ち、違う。今ここは危険だから――ッ来い!」

「おわっ!?」

「ち、ちょっと!?」

 

 言うが早いか、その女性は俺とマナの手を取って素早く移動し、俺たちはピラミッド側からは影となる柱の陰に連れ込まれる。

 その時、巡回なのだろうか兵士らしき装いの男が二人槍を持ちながら歩いてくる。彼女は、あの衛兵たちに見つかるのを防いでくれたようだ。こうして庇ってくれたところを見ると、悪い人ではないらしい。

 ちらりとマナを見ると同意見なのか、緊張していた表情を緩めて小さく頷いた。

 

「ッ近づいてくる……!」

「うぷッ!?」

「ッ!」

 

 衛兵がこちらの傍を通るのを見たのか、より身を縮めて柱の陰に隠れようと女性が俺の身体を自分に押し付ける。

 その時、俺の顔は偶然にもその女性の胸へと埋まってしまっていた。マナにも負けず劣らず大きな柔らかい感触に、状況を忘れて思わず意識を傾けてしまう俺。

 彼女自身は気にしていないようだが……思春期の男子高校生にこれはかなり……キツイ。いや、それは呼吸的な意味であって心情的にはめちゃくちゃ嬉しいですけどね!

 

「~~ッ!」

 

 しかしそんな俺を貫かんとばかりに鋭い視線を投げかけている我が相棒。

 その表情はこの現状から声を出せないためなんとも難い顔で、言いたいことをかなり我慢しているのがすぐにわかる。

 俺としてもそんな顔をマナにさせるのは忍びないが……俺が望んでこうなっているわけじゃない。あくまで不可抗力、不可抗力なのだ。仕方ないね。

 と、そんなことをしていると、どうやら衛兵が去っていったのか押し付けるように俺の身体を押さえていた彼女の腕から力が抜かれる。

 それを見計らい、即座に俺の腕を引くマナ。そしてその腕を抱き、その女性のほうへと敵意を込めた目を向ける。向けられた女性は、助けたのにそんな態度を取られることに困惑しているようだった。

 

「あー……こっちは気にしないでいいよ。それより、助けてもらったみたいで、ありがとう」

 

 最初にマナに指を向けてからそう言って軽く頭を下げると、向こうも気にしないことにしてくれたのか快い笑みを見せてくれた。

 

「いや、気にしなくていい。それより、こうも短期間に続けて人間が来るとは。尤も、そちらの子は精霊みたいだが……」

 

 そちらの子のほうへと女性が目を移す。相変わらず威嚇しているマナの肩を小突き、機嫌を直してくれと言外に伝える。

 とりあえず今がそんな余裕のある状況でもないことはわかってくれているようで、マナは表情を険しいものから和らがせていく。それでも、微妙に半眼だったが。主に俺に対して。

 帰ってからがなんか怖い。

 

「それで、いったい何の用があるのだ?」

「えっと……実はあるカードを探してるんだ。ぶっちゃけ禍々しいカードなんで、すぐにわかると思うんだけど……」

「ッお前、まさかあのカードを知っているのか!?」

 

 俺がそう答えた途端、身を乗り出してくれる女の人。

 予想外の食いつきように、俺だけでなくマナも思わず驚きを露わにする。

 すると、そんな俺たちの様子から我を失った様を思い返したのか、いささか気まずそうにしながら彼女は一歩身を引いた。

 

「……すまない。まさか、人間の口からアレについて聞けるとは思わなかったものだから。長を一夜で豹変させたあのカードのことを……」

「一夜で?」

 

 唇を噛みながら言う女性だが、俺はその中の言葉に疑問を抱く。

 一夜でとは言うが、俺はカードが遺跡に入ったほぼ直後にこちらに来たはずだ。だというのに、既に一日以上経過しているというのだろうか。

 まさか、時間の流れが違うというのだろうか。あるいは……あのカードの影響で、微妙に何かがズレている可能性も否定できない。

 気にはなるが、その考察はあとでもいいだろう。今は彼女の話を聞こう。その情報は、俺にとっても大事だ。

 

「ああ。ある日、長は拾ったと言って一枚のカードを手に入れられた。しかし、その日以降長は人が変わったように他人との接触を拒み、このピラミッドの中の一室に籠るようになられた。その変化に、我々は今も戸惑っている……」

 

 その変化に気付いたのは、近くに侍っていた彼女だったという。それ以後、徐々に皆が気付いていき、今では長のことを誰もが心配し、同時に恐れているらしい。

 

「長が拾ったというあのカード……恐らくは、あれが原因。だから、何かを知っているのなら教えてもらいたい。この通りだ」

 

 そう言って、頭を下げる。

 俺はそんな彼女に慌てて声をかけた。

 

「そ、そんな頭を下げなくても。言われなくても、協力する。俺たちの目的は、そのカードを取っ捕まえてしっかり管理することなんだから」

 

 まったくもって、あんなカードがどこかにいったなんて心臓に悪すぎる。人様に迷惑をかけるそんなカードは、早々に手元に戻しておきたいのだ。

 俺の返事を聞き、顔を上げた彼女はほっと安心したように息をつく。

 そして、彼女は笑顔で右手を差し出してきた。

 

「協力を感謝する。私はサラだ」

「こちらこそ。俺は遠也、こっちはマナ」

「よろしく!」

 

 いつの間にか普通の態度に戻っているマナと共に、その手を握り返す。これにより、俺たちは一時の協定を結んだ。

 彼女――サラは長を元に戻すため。俺とマナは傍迷惑なカードを回収するため。

 現実世界では今頃セブンスターズの件で大変だと思うと申し訳ないが、俺たちもある意味差し迫った脅威を挫くためだ。こちらも手を抜けない以上、どうにか許してもらいたいところだ。

 そんなことを思いつつ、俺はその元凶が居座っているであろうピラミッドを仰ぎ見るのだった。

 

 

 

 

 さて、俺は墓守の一族の住処でもある建造物をピラミッドと表現したが、どちらかといえばエジプト方面よりはマヤのそれに近い印象がある建物である。

 四角錘といえるほど天頂が尖っておらず、どちらかといえば台形といったほうが正しい辺りがその理由だ。

 また、どうやらここは一族をはじめとした人々の墓らしいのだが、建物の中央部分はその墓があるであろう地下へと続く大穴が空いており、いわゆる吹き抜けのような非常に凝った造りになっている。

 もし落ちれば奈落の底まで真っ逆さま。文字通りお墓に一直線とは、なんとも洒落がきいているものである。

 そしてそんな墓がある穴の底に向かって、俺たちは今歩いている。

 サラの先導によって兵士たちの目をかいくぐりながら進む。目的地は長が籠っている、地下にあるという儀式部屋だ。

 そこは魔術の儀式に関することを行う部屋らしく、それなりに大きな部屋らしい。そして、魔術関連の部屋であるため地下深くに造られたという。

 何故わざわざ地下に造ったかというと、墓守の一族はアヌビスなどに代表されるエジプトの神々――今で言うエジプト神話を信仰しており、魔の術を神の目が届く太陽の下で行うことが躊躇われたからなのだとか。

 大っぴらに神と魔の術を同時に使っていることを喧伝するような真似は、謹んでいるというわけだ。一応神を信仰している彼らであるが、神に隠れてやるなら問題ないらしい。あくまで彼らの考えではだが。

 まぁ、そこらへんは日本人の俺にはよくわからない概念だ。正直「ふーん」の一言で終わらせられる。説明してくれたサラには悪いけどさ。

 ともあれ、俺たちはそんな話を間に挟みつつ下へ下へと向かっていく。内部を知り尽くしているサラによって、今のところ兵士たちには見つかっていない。

 時々兵士を見かけるが、その誰もが表情に精彩を欠いているのがわかる。リーダーである長の豹変が、彼らに不安や不信などの影響を与えているためだろう。

 ここに住む者たちにとって、長がこのままでいるというのは相当な悪影響なのは間違いない。

 何故カードがいきなり飛び去ったのかはわからないが、ここの人たちのためにも早く回収しなければいけない。その気持ちを、俺は改めて強く持つのだった。

 

「……ここだ」

 

 カツン、と石畳を靴が叩く音が響き、同時にサラが足を止める。

 俺たちも続いて足を止め、サラがここだと言ったこの周囲を見回す。しかし、何の変哲もない壁が続くばかりで、部屋らしきものはどこにもない。

 

「……何もないけど?」

 

 仕方ないので素直にそう尋ねると、サラは苦笑して彼女の横にある壁をコンコンと叩いてみせた。

 

「さっき言っただろう。儀式の部屋は、隠すために地下に造られたのだ。当然、その部屋も普通に探しては見つからない。我ら一族の者でなければな」

 

 そう言って、サラは何か呪文らしきものを唱え始める。

 日本語しかできない俺には到底理解できない語句が出来の悪いラップのように紡がれ、間断なく長い文章を形作っていく。

 そしてそれが不意に止まり、サラが口を閉じた時。

 石と石が擦れる独特の音を出しながら、壁の一部が下に降りていき、人が二人並んでギリギリ通れる程度の大きさの入口が姿を現した。

 

「なるほどね」

 

 その凝った仕掛けに素直に感心を示した俺に、サラは少しだけ笑みを向ける。しかし、その表情をすぐに引き締まったものへと変わった。この先に長がいるというのだから、そうなるのも当然だ。

 俺とマナも同じく気持ちを引き締め、こちらを見ているサラに頷きを返す。

 それを見てとってから、サラは指で中を示した。

 

「……いくぞ」

 

 それに無言で首肯し、俺たちは三人でゆっくり部屋の中に侵入していく。

 中は真っ暗かと思いきや、松明が焚かれているのかオレンジ色に部屋の中は染め上げられている。そのため明るさは十分すぎるほどに確保されており、しっかりと中の様子を見ることが出来た。

 中は意外と広く、小学校の体育館ぐらいの大きさは優にある。その中で部屋の中央部分には階段が設えられており、数十段あるそこを登った先には、比較的大きめの踊り場らしきものが見えた。

 恐らくあれは祭壇に属するものになるのだろう。

 そして、松明の明かりに照らされた人の影が天井に揺れていた。それはつまり、誰か――この場合は間違いなく長がその祭壇の上にいると見ていいはずだ。

 サラもマナも同じ結論に至ったのか、祭壇の方に目を向けている。

 そして一度三人で顔を合わせて頷き合うと、一気に階段を駆け上っていった。

 階段を踏みつけるたびに鳴り響く石を叩く音を耳に入れながら、俺たちはそのまま階段を登り切って祭壇へとたどり着いた。

 そして、俺たちが視線を向ける先。そこには、目に見えるほどの黒い瘴気を身に纏い、こちらに背を向ける男の姿があった。

 まともに相対してもいないというのに、まるで身体ごと押し出されそうなプレッシャー。しかもどことなく息苦しささえ伴うそれに、俺は我知らず冷たい汗を肌に浮かべていた。

 

「お……長……」

 

 サラにも、その空気は感じられたのだろう。いや、精霊であることを考えれば、俺よりもそれは影響が強いかもしれない。

 しかし、それでもサラは己が敬愛する長に声をかける。だが、それに長が何か反応を返すことはなかった。

 

「マナ、お前は大丈夫か?」

「うん、私は自分の力でどうにか……。けど、遠也。アレは、本当に危険だよ。遠也は一体なんのカードを……」

 

 マナの心配げな声に、俺は視線を長に向けたまま答えた。

 

「それは、すぐわかるさ」

 

 額に浮かんだ嫌な汗を袖で拭い、俺は二人より一歩前に出て気圧されないように声を大きくして呼びかけた。

 

「おい、家出カード! 迎えに来てやったぞ!」

 

 すると、サラの声には反応しなかった長がゆっくりとこちらに振り返る。

 日に焼けた肌に、髭を蓄えた精悍な顔つき。黒いフードをかぶり、金細工の首飾りをかけた白いローブの男。俺が知るカードの絵柄ともある程度一致する。間違いなく、墓守の長本人だろう。

 だが、目の前の男は明らかに正気を保っていない。

 なにせ、瞳と白目の部分が反転し、本来白いはずの目が黒く染まり、瞳の方が白に染まっているのだ。真っ当な状態でないのは一目瞭然だった。

 その奇妙な目を持った長にたじろぐと、長は口の両端を持ち上げ、にやりと粘っこさを感じさせる嫌な笑みを浮かべてみせた。

 

『ほう……誰かと思えばオレの身体の提供者殿ではないか。ククク……』

 

 その口から漏れた、老いを連想させる掠れた言葉に、俺は疑問を返す。

 

「身体の提供者だと? なんのことだ」

『おや、覚えていないか? 貴様がオレの身体の失われた心臓を埋めてくれたのではないか。ほら、コイツのことだよ』

 

 長はそう言うと、懐から一枚のカードを取り出す。

 それは紛れもなく俺のカード。危険かもしれないと判断して人の目に触れないように仕舞い込み、そして何故か今日部屋からひとりでに飛び出していったカード。

 しかし、どうしてそれが心臓がどうこうという話になるのかがわからない。

 納得がいっていない俺を見て、長は更にクツクツと笑う。

 

『クク……オレは心臓をある精霊・・・・に取り込まれていてな。その精霊カーがこの近くにいることは分かっていたが、石板に封じられていたオレは身動きが取れずもどかしい日々だった』

 

 もどかしいと言いつつ、その声には隠し切れない喜悦が混じる。不気味に思うが、せっかく自分から喋ってくれているのだ。それを邪魔する理由ないとして、俺たちは黙ってその続きに耳を傾ける。

 

『だが、そんなある日。突然オレの身体そのものが外の世界に現れたのだ。わかるか? 貴様が持っていたオレのカードだ。あれは欠損もなく完璧に1枚のカードとして成り立っていた。身体の代わりとしては十分なものだった』

 

 そこで、一度言葉を切り、しかしまたすぐに続ける。

 

『とはいえ、身体の代わりはあれど魂はいまだ石板の中。どうすることもできなかったが、これまた偶然の産物によって魂と身体カードの間に道が通じたのだ!』

 

 長に取り憑いたソイツは、長の身体を操りその両腕を広げてその際の喜びをアピールする。

 

『ククク……オレの身体の代わりとなる、貴様のカード! そして闇の魔力ヘカを備えたアイテム! それらが同一の場所に集ったことにより、闇の魔力は一筋の道となって闇の世界から貴様のカードへと干渉する機会をオレに与えたのだ!』

「まさか……あのアイテムか……!」

 

 カミューラのチョーカー、タニヤのグローブ。あれら闇のアイテムを俺の部屋に置き、封印されるまでの間は闇の魔力を垂れ流しにしていたのがよくなかったらしい。

 その魔力に、近くにあったカードが反応をしたということだろう。

 

『加えてオレの石板がアカデミアにあったことも要因だ。比較的近くにそれらが全て揃ったからこそ、俺は今こうしていられる。ククク、感謝するぞ小僧』

「くっ……!」

 

 なんてこった、完全に俺のせいじゃないか。

 そんなことになるとは想像もできなかったとはいえ、切っ掛けが俺だったことに変わりはない。そう自覚し唇をかむ俺を、ソイツは愉快気に見ている。

 

『そういえば、貴様らは今面白い遊びをしているな。クク、なかなかに良い趣向だ。ここは貴様の鍵を奪い、三幻魔とやらを手に入れてみるか。オレをこの島に持ち込んだ輩はオレをその立場に仕立てあげるつもりだったようだからな。尤も、手に入れたとて虫にくれてやるはずもないが』

「虫?」

『わからんか? 貴様ら人間どものことよ。脆弱かつ矮小、それでいて数だけはおり、鬱陶しい。まさしく虫だとは思わんか?』

 

 にやにやと笑みを浮かべて言ってくるが、思うわけないだろうに。

 人間は人間、虫は虫だ。ちょっとばっか元の図体がでかいからって、調子に乗るんじゃないぞコノヤロウ。

 そう言いたいが、口は全く動かない。真正面から受けるプレッシャーが身体に絡みつき、抵抗の意思を奪い取っているかのようだ。それだけ、目の前のコイツという存在はデカいということだろう。

 既に顔には何筋もの汗の跡が残り、いかに俺が精神を消耗させているかがよくわかる。

 マナが手を握ってくれていなければ、プレッシャーに押されて倒れていたかもしれなかった。

 俺は、マナの手を握り返す。これで少しは勇気も出た……気がする。

 だが、今は気がするだけでも大いに結構。俺は精一杯胸を張ると、持ってきていたデュエルディスクを左腕に装着した。

 

『ほう……?』

「そんなの、素直にやらせるわけないだろう。俺とデュエルしろ! お前を倒してカードに戻してやる!」

『威勢のいい小僧だ! よかろう、死に急ぐというのなら引導を渡してやる! それが身体を提供してくれた恩返しよ! ハハハハ!』

 

 傲慢にすぎる自信を見せながら、ソイツは長の身体に入ったままデュエルディスクを装着する。

 長の身体を操り、デュエルを行うのだろう。そして状況的にこれは闇のデュエル。だが、闇のデュエルだとするなら、勝てば少なくとも長の身体からは出ていかざるをえなくなるはず。ダメージを負った状態で他人に取り憑く余裕はなくなるからだ。

 そこから更にカードに封印できるかは……分の悪い賭けかもしれないけどな。

 

「すまない……長のことを……どうか、どうか助けてやって欲しい……」

 

 サラが不意にそう言って頭を下げてくる。

 自分が言葉をかけても何の反応もなかったが、しかし俺ならということだろうか。どのみち、このデュエルで勝てば長は解放される。そして、俺に負ける気はない。

 だから、俺はサラの顔を上げさせて笑顔を向けた。

 

「任せろ!」

 

 それに「ありがとう」と言って小さく笑みを見せたサラを下がらせ、そして次にマナと向き合う。

 魔術師として力があり、そして遊戯さんの下で戦ってきたマナには、相手の恐ろしさがわかるのだろう。その表情は苦しげなほどに俺を案じているのがわかる。

 そのことに、俺の心にも申し訳なさが募った。

 

「遠也……無茶するんだから、もう」

「ははは、まぁな。でも仕方ないだろ? あいつを放っといたら大変なことになる。なら、俺は持ち主としての責任を果たすさ」

 

 努めて明るく言う。そしてそんな俺の気持ちを汲んでくれたのか、マナはそのことには何も突っ込まなかった。

 そして、表情にこそ俺への心配が透けて見えるものの、それでもマナは俺に忠告をしてくれる。決して、戦うなとは言わない。それがまるで気持ちが通じているようで、少し嬉しかった。

 

「アイツは凄い力を持ってるよ。神ほどじゃないにしても、十分化け物モンスターとしての力がある。ホントは、危ないことをしてほしくはないし……心配だけど……でも……!」

 

 マナは俺に抱き着き、頬に唇を寄せる。

 一瞬の後に離れたマナは、最後にこう俺を励ました。

 

「勝って、遠也!」

 

 無論、それに俺が返す答えは決まっている。

 好きな女の子にこんなことされて、そのお願い事を破る男なんているものか。

 

「おう!」

 

 少々虚勢交じりではあったが、それでも絶対に勝つという気持ちを乗せて応えると、マナは少しだけ微笑んで僅かに下がる。

 それを見届けてから、俺は改めて元凶なるソイツに向き直った。

 

『クク、お別れは済んだのか?』

「待っててくれたのか。律儀な奴だな」

 

 挑発的な笑みを浮かべ、精一杯の意思を込める。

 相手は古代エジプトで憎悪から実体となった恐るべきモンスター。一つの村そのものの怨嗟、無念、妄執、悪意、それら負の感情全てが形を持ったとも取れるほどに禍々しい存在である。

 たかだか十七年しか生きていない俺など、それこそ取るに足らない存在にすぎず、対して俺にしてみれば巨大すぎる敵であった。

 だがしかし、それでも退くわけにはいかない。こいつを野に放つ危険を、俺はこの世界のだれよりも知っているから。ゆえに、俺は虚勢でもなんでも張って、向かっていくだけだ。

 相手は”悲劇”の名を持つ魔物。その威容に呑まれぬよう、ぐっと身体に力を入れて俺はソイツと対峙する。

 

「いくぞ――《トラゴエディア》! せいぜい吠え面かきやがれ!」

『ハハハ! やってみろ! では、闇のデュエルだ!』

 

 互いにデュエルをするには十分なスペースがある祭壇の上で距離を取って向かい合う。

 そして開始する前に、俺は小さく呟いた。

 

「……十代。ひとまず、現実世界の問題(セブンスターズ)は任せたぞ」

 

 俺がこの世界に来るときには行方不明状態だったが、時間のずれを考えると戻ってきている可能性もある。

 そしてその場合、恐らくは現実世界でセブンスターズを相手取っているだろう友に対してそう呼びかけ、俺はディスクのボタンに指を添える。

 現実世界にいるであろうセブンスターズは、とりあえず十代に任せる。その代わり俺はコイツを絶対に倒してみせる。それから、十代や皆と共にセブンスターズ戦に戻ってやる。

 そして、最終的には楽しい学園生活を過ごしてやるのだ。

 

 そのためにもこのデュエル、負けるわけにはいかない!

 

 その決意と共に開始ボタンを押し、カードに手をかける。

 息を吸い込み、そして声を張り上げて叫ぶように宣言した。

 

「『デュエルッ!!』」

 

 

 

 

 


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