遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第20話 対抗

 

 ところで。俺が通っているこのアカデミアだが、正確には“デュエルアカデミア本校”と呼ぶのが正しい呼び方だったりする。

 そして本校ということは、つまり分校が存在するわけで。いくつかある分校の中で、とりわけ本校生徒の認知度が高いのが“アカデミア・ノース校”である。

 何故かというと、アカデミア本校とノース校は、毎年“学園対抗試合”という形で、両校それぞれの代表者同士がデュエルするというイベントが開かれているからなのだ。

 普段は横の繋がりが薄いアカデミアなのだが、ことノース校に関しては、そういうわけで本校生徒にもよく知られた分校なのである。

 そしてその件の対抗戦だが、いよいよ間近に迫ってきている。昨年は学園最強と名高いカイザーが代表を務め、見事ノース校の代表に勝利を収めたそうだ。

 今年は誰が代表になるのか。それは今、学園の中で最もホットな話題と言っていいだろう。

 まぁ、大半の予想は今年もカイザーだろうというものだったが。昨年勝った実績があるし、俺もそれで決まりだと思う。わざわざ他を選ぶ理由がない。

 そう思って余裕をぶっこいていたのだが……どうも、他人事ではなくなりそうな今日この頃である。

 なんと、教師陣の会議で今年の代表者が俺に決まったらしいのである。

 突然校長室に呼ばれ、鮫島校長、クロノス先生、カイザーの三人を前にして告げられたその言葉に、俺が思わず呆けたのは仕方がないと思う。

 

「……なんで俺なんです? カイザーが出た方がいいんじゃ……」

 

 去年も勝ってるんだし。

 そんな思いを込めて俺が言えば、鮫島校長が笑顔で口を開いた。

 

「いやね、今年はノース校が代表者を一年生にするみたいなんだよ。だから、我々も一年生を代表に選ぼうとなったわけだ」

「はぁ」

「それで候補を聞いたところ、君の名前が出てね。丸藤君に勝ったこともあるというし、君は一年生だ。全教師が妥当だろうと頷いたんだよ」

「シニョールはオベリスクブルーの誇りでスーノ! ぜひとも、我がデュエルアカデミア本校の力を、見せつけてやって欲しいノーネ!」

 

 ご機嫌で言うクロノス先生は、やはりオベリスクブルーから代表者が出るのが嬉しいのだろう。

 本当なら面倒だし、好き好んで受けたくはない。

 十代あたりはこういうお祭り的なことは好きそうだし、アイツなら二つ返事で了承するに違いない。本当なら任せたいぐらいだが……。

 たぶん、無理だろうなぁ。すでにカイザーにも勝っているという俺がいる以上、わざわざオシリスレッドの十代を担ぎ出そうとする教師がいるとは思えないし。

 けど、さすがに強制ではないはずだし、今ならまだ断れるはず。さて、どうしたものか。

 

「――遠也」

「ん?」

 

 受けるか受けないかを考え、若干断ろうかなという方向に思考が傾いていた時。

 不意にカイザーが俺に声をかけてきて、俺は思考からそちらへと意識を向ける。

 すると、カイザーは真っ直ぐ俺の目に視線を合わせてきた。

 

「実は、お前の名前を出したのは俺なんだ。お前は、俺にとって後輩であると同時に友であり、良きライバルでもある。だからこそ……」

 

 そこで、カイザーはふっと小さく笑みを見せた。

 

「だからこそ、お前にもアカデミア代表としてのデュエルをして欲しくてな。俺のライバルであるお前だからこそ、俺は信じてこの役を託すことができる。受けてくれないか、遠也」

「カイザー……」

 

 まさか、カイザーがそんな気持ちで俺を推してくれたとは。

 正直、面倒くさいことに巻き込みやがってコノヤロウと思っていたんだが、そんな俺を許してくれカイザー。

 だが、そうだな。そうまで言ってくれたんだ。俺がその信頼から逃げるわけにはいかないだろう。そうだとも。

 

「わかった、カイザー。代表の話、受けるぜ! そして、俺も必ず勝ってみせる!」

「ああ、楽しみにしている、遠也」

 

 互いに笑みを浮かべ、がっちりと握手を交わす俺たち。

 そんな俺たちを、校長とクロノス先生がそれぞれうんうん、と頷いて見ているのだった。

 

 

 

 

「そんなわけで、今度の対抗戦の代表は俺になりました」

「すっげぇじゃん、遠也! くっそー、俺も出たかったのになぁ!」

 

 校長室の呼び出し後。どうやら俺の帰りを教室で待っていてくれたらしいみんな、さっきのことを報告する。

 すると、十代がくーっ、と悔しがってみせる。だが、その顔は悔しそうでありながらも楽しそうである。大方、自分が出れないのは悔しいが、そのデュエルを見るのは楽しみ、といったところか。変なところで器用な奴だ。

 

「そうか、さすがは遠也だな。元同僚として鼻が高い」

「そうね。反対意見が出なかった、というのが遠也の実力を物語っているわ」

 

 三沢と明日香も笑顔で俺の代表決定を祝ってくれている。

 また、ジュンコとももえ、隼人に翔も、驚きながらも納得したような表情だった。

 

「まぁ、確かにカイザーを除いたらアンタぐらいかもね、代表になれるのは」

「カイザーと引き分けたところなら、私たちも見ていますから、文句なしですわ」

「俺も友達として誇らしいんだな」

「お兄さんじゃないのは、ちょっと残念だけど……遠也くんなら、納得だよ」

 

 実に温かい言葉をかけてくれる友人たち。

 最初は気乗りしなかった代表という立場だが、こうして喜んでくれる人が周りにいるのなら、引き受けてよかったと思えてくる。

 まったく、俺はいい仲間を持ったよ。全員に向けて、俺は感謝を述べた。

 

「ありがとう、みんな! ――……ところで」

 

 それはそれとして、俺はじろりと彼らに感謝とは程遠い目を向ける。

 呆れと疑問に彩られたそれは、みんなの手元に向けられていた。

 

「どうして、カードを俺の方に向ける」

 

 各人それぞれ1枚。なぜか手にカードを持って、それを俺に向けてアピールするかのように見せつけてきている。

 そのことを指摘すると、全員があははと苦しい笑いを見せた。

 そんな中、不意に三沢がキリッとした顔つきになる。

 

「遠也、俺たちは仲間だ」

「……ああ、そうだな」

 

 何となく展開が読めるが、一応は付き合ってやる。

 三沢は頷き、言葉を続ける。

 

「俺は、いや俺たちは。お前のことを大切な仲間だと思っている。だからこそ、いついかなる時でも、俺たちは仲間としてお前を支えたいと思っている。そう、いついかなる時でもだ」

 

 そこで一度言葉を切り、三沢は「だから……」と勿体つけるようにして、己が手に持っていたカードを俺に差し出した。

 

「デュエル中も、お前を支えたい! というか、俺のカードが活躍する姿が見たい! というわけで、さぁ俺のカードを使え遠也!」

「最後に本音が出たな、お前!?」

 

 あれだけ建前並べて、結局それかよ。いや、さんざん褒め称えられた時点でそんな気はしてたけども。

 そして三沢がそんな行動に出れば、その後どうなるかはわかりきっているわけで。

 

「やだなぁ、三沢くん。それよりも遠也くんには僕のカードを……」

「俺のカードもおすすめなんだな」

「ど、どうしてもっていうなら、あたしも貸すわよ?」

「私のカードもぜひ使ってほしいですわ」

 

 お前らもか。

 手にカードを持ってる時点でわかってたけどさ。

 俺がため息をつくと、それと同時に別の声が上がった。

 

「まったくもう。遠也が困ってるでしょう、みんな」

 

 そう言って前に出てきたのは、明日香である。よく見れば、手にカードを持っていない。

 これは、捨てる神あれば、というやつだろうか。そう思っていると、明日香がにっこりと笑って俺を見た。

 

「遠也、私のカードをよろしくね」

「お前もかよ!」

 

 結局同じことを言い出す明日香に、呆れた俺が思わず突っ込む。

 すると、明日香はちょっとバツが悪そうに頬を染め、「いいじゃない別に。亮の時には言い出しづらかったし……」と目をそらしながらゴニョゴニョ言っている。

 カイザーが代表になった時は、やはり仲が良くても先輩であり気後れがあったのか。だが、俺の場合は友達だし気兼ねがないということかね。

 だが、デッキっていうのは枚数に制限がある関係上、かなり細かい調整がされていることは、デュエリストであるならば分かっているはずだ。

 それこそ、数枚コンセプトと異なるカードを入れるだけで、まったく動かなくなるぐらいには。

 だというのに、この場にいる全員のカードを入れるなんて冗談じゃないぞ。やる以上は俺だって勝ちたいんだ。

 

「まったく、お前らいい加減にしろよ。それより、俺は遠也と遠也のデッキを信じてるぜ。応援してるからな!」

「十代……ああ!」

 

 にかっと笑って嬉しいことを言ってくれる十代に、俺も笑顔で応えてがっちりと手を握り合う。

 そうだ、こいつらがこんなんだろうと、俺には十代がいたじゃないか。ありがとう、親友。やはりお前は一味違うぜ。

 そしてそんな俺たちの姿を見て、ちょっとした冗談だよ、と言いながらカードを仕舞っていくその他友人たち。絶対冗談じゃなかっただろ、お前ら。

 ジト目を向けていると、明日香がコホンと咳払いをする。

 

「ともあれ、私たちも応援しているわ。頑張ってね、遠也」

「ああ。……今更、真面目ぶられてもなぁ」

「う、うるさいわね」

 

 自分でも無理があったと思っているのか、明日香の顔が赤い。

 やれやれだが、応援してくれている気持は本物だ。誰の顔を見ても、俺が代表になることを喜んでくれている。

 なら、俺に出来ることはその期待に応えてみせること。カイザーにも勝つと約束してるんだ。見事期待に応えて、ノース校の代表にも勝ってみせるさ。

 俺はそう決意すると、デッキを広げて思案に耽るのだった。

 

 

 

 

 そんなこんなで夜。俺はいつも通り自分の部屋でカードを弄っていた。ちなみにマナはソファのほうで何やらぼーっとしている。

 と、その時。

 

「あ、まただ」

「ん?」

 

 突然マナが声を上げた。

 それに反応して思わずそちらを振り向くと、マナは窓に向かって何故か人差し指を向けていた。そして、「うん、これでよし」と一人で勝手に頷いてから指を下ろす。たぶん、何かをしたと思うのだが、いったい何をしたんだろう。

 疑問に思った俺はカードを弄っていた手を止め、マナのほうに寄る。

 

「どうした、魔貫光殺砲でも撃ったのか?」

「うーん、そんな感じかな」

 

 なん……だと……。

 冗談で言ったのに、まさかの肯定という事態に、俺の思考が一瞬止まる。

 そんな俺に、マナは「えっとね」と前置きをして話し始める。なんでそんな物騒なものをぶっ放したのかの説明をしてくれるらしい。

 俺としても、いきなりそんな攻撃にさらされる危険は回避したいので、しっかり聞くことにして姿勢を正した。

 

「実はね、どうも誰かがこの部屋を覗こうとしているみたいなんだよ」

「……は? どういうことだ?」

 

 予想もしていなかった言葉に、気の抜けた声が出る。しかし、いきなりそんな話を聞けば驚きもする。

 この部屋に覗き? 女子寮でもないのに、そんなことをする意味があるんだろうか。

 

「ちなみに、今ので2回目。あ、私が気付いてからね。ひょっとしたら、前にも何度かあったかもしれないけど」

「どういう意味?」

 

 問いかけると、マナがあははー、と殊更明るい顔になった。怪しい。

 いわく、マナがマハードに怒られた日。あれ以降、マナはきちんとマハードに言われた最低限行うように、という魔術の修業をしているらしい。その過程で、この部屋を見つめる魔の視線に気が付いたのだとか。ちなみに、媒体は蝙蝠(コウモリ)だったそうだ。

 それが最初の一回目で、今日が二回目。だから、その修業を始める前にも覗かれていたとしたらマナにはわからない、ということらしい。

 

「なるほど、つまりマハードがいなかったら覗かれ放題だったのか」

「ぅぐ……遠也の意地悪」

 

 俺の指摘に、マナが拗ねたように唇を尖らせる。

 それにはいはい悪かったと返し、軽くポンとマナの頭を撫でた。

 

「しかし、蝙蝠の覗きねぇ。明らかに堅気の匂いがしないな」

 

 蝙蝠で覗きとか、どう考えても精霊とか魔法とかの関係である。明らかに、一般的な覗きの手法とは一線を画している。

 

「私も、最初の1回目は軽い警告を部屋に残しておくだけにしたんだけどね。さすがに2回目となると見逃せないから、破壊したってこと」

 

 こう、指から魔力を撃って。と、さっきのように人差し指を構えてみせるマナ。

 一体ここはいつからジャンプの世界になってしまったのだろう。……あ、元からか。

 

「とりあえず、部屋に私の魔術で壁を作っておくね。外からの干渉を防ぐやつ」

「頼む。俺は門外漢だからな。任せるよ」

 

 俺が言うと、マナはにっこり笑って「任されました」と小さく敬礼をして見せる。

 そしてそのまま窓の方に向かうと、愛用のワンドを取り出して囁くような声で呪文のようなものを唱え始める。

 どれぐらいかかるのか、と俺がその様子を眺めていると、三十秒経ったかどうかというところで「はい、おしまい」と気の抜けた声が耳朶を打った。

 

「はやっ、もう終わったのか?」

「うん。これで、もう覗きなんて真似はできなくなったはず」

 

 マナは自信たっぷりだが、あまりの早業に俺はちょっと胡散臭げに見てしまう。

 それに、マナは心外だとばかりに眉を寄せた。

 

「あのね、遠也。私はこう見えても、あのお師匠様の弟子なんだよ。並みの魔法使いよりも、ずーっと力があるんだからね」

 

 ぷんすか怒っているのは、魔術師としてのプライドが傷つけられたからだろうか。

 言われてみれば、マハードは最上級魔術師とも称されるほどの存在なわけで。そんな人物から長い時間に渡って手ずから指導されているマナが、並みであるはずがない。

 その結論に至った俺は、すまんと素直に謝った。もともと、マナも本気で怒ったわけではない。俺が謝れば、わかればよろしい、と満足げに頷いていた。

 それに苦笑し、俺は口を開く。

 

「ま、何にせよ助かったよ。それでも続くようなら、また考えよう」

「うん、了解」

 

 そう今後の対応も簡単に決め、俺は放りっぱなしになっていたカードのほうに戻る。

 そしてカードを整理してケースに戻していく。すると、ちょうどしまい終わったところで不意にPDAから着信音が流れてきた。この着信音は、メールだ。一体誰からだろうと開いてみれば、そこに表示されていたのはここ最近ですっかりお馴染みになった名前だった。

 

「あ、レイちゃんからのメール?」

「ん、ああ」

 

 PDAを弄っている俺を見て、マナが何気なく訊いてくる。そして、俺はそれに頷いて答えた。

 そう、お馴染みの相手とは他ならないレイのことだ。あの日にアカデミアから去ったレイは、会えない代わりにこうして頻繁にメールを送ってきてくれているのである。

 頻繁と言っても、その頻度は一日に一回程度で、内容もその日何があったのか、今どうしているのか、なんてたわいもないことだ。

 最初は小学生とはいえキスまでされた相手からのメールに戸惑ったが、レイとしてはこうして俺と繋がりを持っていたい、ということらしい。最初のメールでそう書いてあった。

 ちなみに電話にしないのは、声を聴くと緊張してしまいそうだから、だそうだ。そういえばカイザーに告白した時はえらく緊張してたもんな。

 港でのあれは、帰り間際になって時間が切迫していたのと、気持ちが高ぶっていたのがうまいことプラスに働いた結果だったのだろう。このメールは、緊張せずにいられるよう、慣らしの意味もあるのかもしれなかった。

 また、告白に対する俺からの返事は書かないでほしいということで、俺はそういったことには一切触れていない。

 正直、いったいどんな対応をすればいいのかわからなかったので、レイのその提案にはホッとした。ヘタレとか言うな。

 まぁそういうわけで、今や俺とレイはメル友の間柄というわけだ。

 お互いの近況報告のようなものだが、それでもこうしてメールをしているのは意外と楽しい。妹だと割り切って付き合えば、それはそれで微笑ましい気持ちになるからだった。

 

「私にも見せてー」

「あ、こら」

 

 肩にのっかかってきたマナに形だけの注意をして、二人してレイのメールに頬を緩める。

 そして返事を俺とマナそれぞれの言葉で書いて、送信する。

 その後は暫く二人でダラダラしていたが、再びPDAにメール着信が入る。差出人はやはりレイ。内容は、俺がさっき伝えた学園対抗戦の代表に選ばれたということについてだった。

 それを我がことのように喜び、凄いと素直に言ってくるその言葉に、思わず相好が崩れる。そして、読み終えたところで、俺はマナに「そろそろ寝るぞー」と告げる。

 はーい、と返事を返したマナが精霊化し、同じくして俺も布団に入る。

 そして、レイのメールの末尾に添えられた言葉を思い出す。

 「頑張ってね!」と記されたそれにやる気を刺激される俺は、やはり単純な性格なのだろう。

 そんな自分自身に苦笑を浮かべながら、俺は負けられない理由が増えたな、と対抗戦に向けて気持ちを新たにするのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――学園対抗試合当日。

 俺はギリギリまで自分の部屋でデッキを組んでいた。それというのも、やはり学園の代表としてデュエルをするのだから、情けないところは見せられないと思ったからだ。

 代表である俺の醜態は、そのまま学園の株を下げることに直結する。まだ一年も経っていないが、この学園で暮らし、愛着もある。やはり、いち生徒としてそれなりに感じるものはあった。

 この学園に住む全生徒に代わって出るということでもあるし、否応なしに気合も入ろうというものだ。

 

『遠也、そろそろじゃない?』

 

 マナに促され、時計を見る。確かに、そろそろ移動したほうがいい時間になっていた。

 俺は教えてくれたマナにサンキューとだけ告げ、デッキケースとデュエルディスクを持つ。

 そして、よし、と小さく呟いた。

 

「じゃ、行くか」

『うん、頑張ってね遠也!』

 

 それに頷きを返して、俺は部屋から会場となるデュエル場に向かう。

 現場に着いた俺は、一応用意されていた控室らしきところで待機する。ちなみにマナは傍にいない。昨日の夜にあんなことがあったし、一応まわりに怪しいものがないか見ておくつもりのようだ。

 そんなわけで、俺は一人でぼーっと座っていた。そして、ノース校の代表者ってどんな奴だろうと何とはなしに考え始める。

 その瞬間、ふとある記憶が脳裏に蘇った。

 

「あ」

「遠也! 大変だ!」

 

 俺が思わず声を上げたと同時に、十代が騒ぎながら控室に入って来る。

 俺は思考を一時中断し、そっちに顔を向けた。

 

「どうしたんだ、十代。そんなに慌てて」

「こ、これが慌てずにいられるかよ! 驚くなよ、ノース校の代表は、あの万丈目なんだ!」

「……なるほど」

 

 やっぱりか。

 さっき思い出したのは、今まさに十代が言ったことだ。そういえば、ここで万丈目がアカデミア本校に戻ってくるんだった。

 まぁ、思い出したところで俺がすることに変わりはないわけだが。

 

「……あれ? あんまり驚かないんだな」

「いや、驚いてるよ。ちょっと、驚きすぎただけだって」

 

 意外にも俺の反応が淡泊だったことに首を傾げる十代に、俺はそれらしいことを言ってどうにか誤魔化す。

 それで納得してくれたのか、十代はそのことについて触れることはなかった。

 

「けど、油断はできないぜ。万丈目は、今までの万丈目じゃない。ノース校で勝ち上がったのは、間違いなくアイツ自身の強さだ」

「十代?」

 

 こいつにしては珍しい、複雑そうな表情に、俺は疑問を抱く。

 万丈目に関する何かを、十代は知っているのだろうか。俺もあまり詳しいことは覚えていないから、何があったのかはわからない。

 確かに、ノース校という新しい環境でゼロから始めたというのに、この短期間でトップに君臨したことは、今までの万丈目では難しいことだっただろう。

 だが、十代の表情はそういうことを言っているわけではないように思える。

 そんな俺の訝しげな目に気付いたのか、はっとした十代は「いや、なんでもないさ!」と一度頭を振って、にかっと笑った。

 

「そうそう、それと今日のデュエルはテレビで放映されるらしいぜ! なんか万丈目の兄貴たちがそうしたんだってよ! すっげぇよなあ!」

「マジか、テレビで流れるのかよ」

 

 マナが再び録画しないことを祈っておこう。

 

「なぁ、遠也! やっぱり、今日のデュエル俺と代わってくれない?」

 

 と、十代がいきなり手を揉みながらそんなことを言ってくる。

 

「テレビにさ、俺も映ってみたいんだよなぁ! なぁ、頼むよ遠也!」

 

 この通り、と拝む十代。

 まぁ、好奇心も旺盛な十代なのだ。テレビ放映までされると聞けば、その持ち前の行動力も相まって興味の向く方に傾くのは自明の理か。

 代わってやりたい気持ちもなくはないが、しかし、俺の答えは決まっている。

 

「悪いけど、ダメだ。俺もカイザーに任されてる立場だし、そう無責任なことはできないからな」

「ちぇ、やっぱダメか。んじゃ、俺は精一杯応援のほうに回らせてもらうぜ!」

 

 断られるや否や、未練を見せずに即座に切り替えられるところは、羨ましいほどの十代の長所だな。

 明るく笑う十代に、俺も表情を緩める。

 

「ま、応援よろしく頼むぜ。お前の分も、頑張ってくるからさ」

「おう! 負けんなよ、遠也!」

 

 互いに拳を突き出し、コツンと合わせる。

 そして、俺は控室を出て対戦の場となるデュエルフィールドへと向かっていく。

 万丈目にどんな事情があろうと、俺は俺で俺に出来ることをやるだけだ。こっちもお遊びでデュエルをしているわけじゃない。やるからには、本気で相対するさ。

 俺は会場に入り、そしてそのままデュエルフィールドに上がる。周りにはテレビカメラを構えたクルーが何人もいるが、それも今は気にならなかった。

 既にクロノス先生は進行役としてフィールド上に立っている。そして、万丈目は俺の向かい側でノース校の生徒だろう人間と待機していた。

 俺がフィールドに上がっていることに気が付いたのか、万丈目もまた同じく上がってくる。そして、距離はあるものの俺たちは互いの視線をついに絡ませた。

 

「久しぶりだな、遠也」

「ああ、万丈目」

 

 万丈目は話しかけてくるが、それ以上は何も言わない。そして、ただ始まりを待つかのように落ち着いて目を閉じて佇むのだった。

 あの目立ちたがりで高飛車だった人間が、こうも変わるとは。今の万丈目は、確かに今までの万丈目じゃない。十代に言われたその言葉の意味が、こうして目の前にするとよくわかるぜ。

 その時、頃合いと見たのか客席にいる本校の鮫島校長とノース校の市ノ瀬校長が立ち上がった。

 

「では、ここに! デュエルアカデミア本校、ノース校対抗デュエル大会の開催を宣言する!」

 

 二人がそろってそう宣言し、進行役であるクロノス先生に主役が移る。ついでに、テレビカメラもまたフィールドの俺たちのほうにレンズを向け始めた。

 テレビの前ということで緊張しているらしいクロノス先生は、少々固くなりながらもマイクを構えた。

 

「そそ、それではこれヨーリ、デュエルアカデミア本校とノース校、対抗デュエルを始めるノーネ! まず紹介するノーハ……アカデミア本校代表、皆本遠也!」

 

 名前を呼ばれたので、一応小さく手を上げて応える。

 アカデミアからの応援の声が、多少ならずともありがたい。十代をはじめとする友人たちの声は、特に。

 そしてクロノス先生は次に万丈目を紹介しようとするが、それは万丈目自身の声で遮られた。クロノス先生をフィールド上から追いやり、万丈目はクロノス先生からではなく自分の口から自分の名を口にする。

 それはまるで、自分がこれまでの自分とは違うと、明確に周囲に知らしめる宣言であるかのようだった。

 

「――俺の名は! 一、十!」

 

 百、千! と万丈目の後にノース校生徒の掛け声が続く。

 

「万丈目さんだ!」

 

 そう高らかに万丈目が宣言すると、それに呼応してノース校のボルテージが上がっていく。

 万丈目サンダー! 万丈目サンダー! と大きな声で叫んでいるが、あれはどう考えても万丈目の「さんづけしろ」という言葉を聞き間違えただけのような気がするんだが、気のせいだろうか。

 まぁ、万丈目本人は気に入っているのか、訂正していないみたいだから、俺が何か言うことではないのだろうが。

 万丈目はそうして自身の紹介を終えると、俺に向き合ってデュエルディスクを構えた。

 

「いくぞ、遠也! あのときの屈辱、この場でお前に返してくれる! そして、必ず俺が勝つ!」

 

 その闘志あふれる真剣な言葉に、俺もまた真摯に言葉を返す。

 

「ああ、受けて立つ! だが、今回も俺が勝たせてもらうぜ!」

 

 そして俺も同じくディスクを構え、互いの準備が整ったところで同時に開始の合図を口にした。

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

万丈目準 LP:4000

 

「先攻はこの俺! ドロー!」

 

 万丈目はカードを引き、そして手札からカードを選んでディスクに置く。

 

「俺は《仮面竜(マスクド・ドラゴン)》を守備表示で召喚! そしてカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

《仮面竜》 ATK/1400 DEF/1100

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、手札に加える。

 しかし、仮面竜か。リクルーターとして非常に有名なモンスターだ。そしてその効果は戦闘破壊をトリガーに発動する。それを考えると、できれば効果で除去したいモンスターだが、手札的に難しいか。

 それにしても、ノース校の連中の盛り上がりがすごいな。まだ戦闘も起こっていないというのに、万丈目がモンスターを召喚しただけで歓声が上がるとは。

 それだけ、万丈目は連中に受け入れられているということなのかもしれない。かつての孤独だった万丈目とは違うということか。

 となると、前回のように簡単にはいかないだろうな。一層気を引き締めていかなければ。

 

「俺は魔法カード《おろかな埋葬》を発動! デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送る」

 

 この俺の行動に、ノース校の人間は自分からモンスターを墓地に送るなんて、と小馬鹿にした野次を飛ばす。

 対して、俺の戦術に慣れ親しんだ本校の人間は、野次を飛ばす連中に対して澄まし顔だ。ようやく、墓地肥やしという概念について理解してきたらしい。

 同じく、俺と対戦したこともある万丈目は苦い顔でこちらを見ている。俺のデッキは、墓地が潤沢になってこそ真価を発揮すると言っても過言ではないからな。

 

「そして《ジャンク・シンクロン》を召喚! 更にその効果を発動! 墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! 蘇れ、ボルト・ヘッジホッグ!」

 

 お馴染み、眼鏡をかけたオレンジの戦士族チューナーが俺の場に現れ、次いで名前の通りにボルトを生やしたネズミが墓地からフィールドに移ってくる。

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 しかし、やっぱりジャンク・シンクロンって機械族な気がするんだが……。一体どこを基準に戦士族にしたんだろう。まぁ、関係ないけどさ。

 

「さぁ、いくぞ万丈目! レベル2ボルト・ヘッジホッグに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 俺のフィールドにカメラが寄ってくるのを見て、この前のイベントの苦い経験が蘇る。だが、今更どうしようもない。開き直って気にしないことにした俺は、それを意識の外に放ってデュエルに集中する。

 

「集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG(テック・ジーナス) ハイパー・ライブラリアン》!」

 

 光の中からゆっくりと歩きながら現れる、学者風でありながら科学的な装備も纏った男。そいつは手に電子ブックのようなものを持ち、バイザー越しに万丈目のフィールドを見据えた。

 そして、俺のフィールド上に現れたそのモンスターの姿に、会場中――特にシンクロ召喚を見慣れていないノース校からの視線が集中する。

 やはり、世間的にはシンクロ召喚はまだ滅多に見れないシステムなのである。

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1500

 

 そして俺がライブラリアンを選んだ理由は簡単。このデッキに組み込まれているレベル5シンクロの中で、一番攻撃力が高いからである。

 かつての万丈目のデッキを考えると、仮面竜はシナジーのないカードだ。つまり、今のデッキは前とは異なるということ。

 相手の出方がわからない以上、ひとまず攻撃力が高いものを選んでおく、というのは然程間違った戦法でもないだろう。

 

「バトル! ライブラリアンで仮面竜に攻撃! 《マシンナイズ・リーダー》!」

 

 ライブラリアンが手に持った電子ブックを展開し、その画面を仮面竜に向ける。そして、浮かび上がる様々な情報が書かれたウインドウが、そのまま波動となって仮面竜に襲い掛かった。

 当然、仮面竜は破壊。それにしても、ライブラリアンの攻撃は、なんなんだろうか。そこに書かれた情報を読んで勉強しろ、ということだろうか。司書的に。

 

「ふん、予定通りだ。破壊された仮面竜の効果発動! このカードが破壊された時、デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族を特殊召喚する!」

 

 リクルーターの本領発揮か。

 手札に効果破壊する手がなかったのは残念だったが、前向きに考えれば、ここで呼び出すモンスターによって万丈目のデッキの傾向はある程度読めるはず。

 そういう意味も込めて、俺は万丈目の行動に注目する。

 無論、注目しているのは俺だけでなく会場中の皆とテレビカメラもだ。そんな中、万丈目は高らかに声を上げた。

 

「来い、伝説の一角! 《アームド・ドラゴン LV3》!」

 

 カードを置くと同時に、呼びかけに応えるようにフィールドに現れる、小柄なドラゴン。

 幼生体のようでありながら、しかしどこか厳つい面持ちは、さすがにドラゴン族といったところか。

 そいつは両拳をボクサーのように構えると、そのままフィールドで静止した。

 

《アームド・ドラゴン LV3》 ATK/1200 DEF/900

 

 アームド・ドラゴンか。万丈目の奴、そんなカード手に入れてたんだな。

 俺が呑気にそう考えていると、会場からワッと大きな歓声が上がった。突然のそれに思わず驚く。い、一体なんだってんだ。

 

「レベルアップモンスター……! LVを上昇させていくことで、より強力な能力と効果を手に入れていく特殊なカード群の一種だ! 伝説ともいわれる非常に珍しいカードだが、万丈目はいったいどこで……」

 

 三沢の説明くさいセリフが聞こえてくる。が、そのおかげで俺の疑問は氷解した。

 この世界では、どうやらレベルアップモンスターというのは、非常に珍しいレアカードのようだ。どうりで、こうまで盛り上がるわけである。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 これで俺のターンは終了だ。

 さて、LV3のアームド・ドラゴンが場にいる状態で向こうにターンが移った。ということは……。

 

「俺のターンだ、ドロー! そしてこのスタンバイフェイズ、アームド・ドラゴン LV3は更なる進化を遂げる! 現れろ、《アームド・ドラゴン LV5》!」

 

 万丈目のスタンバイフェイズを迎えたことにより、アームド・ドラゴンの姿がより凶悪に変貌していく。

 身体の色は淡い紫から赤黒く染まり、至る所に円錐型のトゲが生えている。無論その相貌も強面になり、体格も比べ物にならない。

 まさに進化した、というべき姿でソイツは万丈目の下に現れた。

 

《アームド・ドラゴン LV5》 ATK/2400 DEF/1700

 

「そして俺はアームド・ドラゴン LV5の効果を使う! 手札からモンスターカードを墓地に送り、そのモンスターの攻撃力以下の相手モンスター1体を破壊する! 俺は攻撃力2400の《ヘルカイザー・ドラゴン》を墓地に送る!」

 

 ヘルカイザー・ドラゴン……デュアルモンスターか。そういえば、この時期にもうデュアルって出てるんだよな。まぁ、登場したのが一年前ということから、俺の影響という可能性大だが。

 

「ライブラリアンを効果破壊だ! 喰らえ、《デストロイド・パイル》!」

 

 宣言を受け、アームド・ドラゴンの身体中についた鋭いトゲがミサイルのように飛び出し、その全てがライブラリアンへと降り注ぐ。

 ライブラリアンの攻撃力は2400。ぎりぎり以下のラインに入るので、防ぐ術はないままライブラリアンは破壊された。

 

「くっ……!」

 

 まさか、攻撃力2400のライブラリアンを破壊できる攻撃力のカードが手札にあったとはな。さすがのドロー力か。

 

「バトルだ! アームド・ドラゴン LV5で直接攻撃! 《アームド・バスター》!」

「罠発動! 《ガード・ブロック》! 戦闘ダメージを0にし、俺はデッキからカードを1枚ドローする!」

 

 俺に向かって振り下ろされた豪腕は、見えない壁に阻まれて届かない。攻撃を止められたアームド・ドラゴンはそのまま自陣へと戻っていった。

 

「ちっ、防がれたか。ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、手札に加える。これで手札の合計は5枚。だが、場には何もないという極めて危険な状態だ。

 それに加え、あちらには単体除去能力に非常に優れたアームド・ドラゴンがいる。まったくもって、厄介な状況である。

 だが、一つはっきりしたことがある。

 あいつのエースがアームド・ドラゴンだというのなら、今回のデュエルで俺の切り札となるカードはあのドラゴン。

 そいつをいかに早く呼び出すかが、勝敗を分ける重要なポイントになる。そう、俺は確信した。

 

「モンスターをセット。更にカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 俺のターンが終わり、万丈目にターンが移る。

 見るからに守りを固めてきた俺に、万丈目が鼻を鳴らしてカードを引く。

 

「俺のターンだ、ドロー! そして、バトルだ! アームド・ドラゴン LV5でセットモンスターに攻撃! 《アームド・バスター》!」

 

 アームド・ドラゴンがその両腕を合わせ、両拳が上から裏側表示のカードに叩きつけられる。

 それにより、カードが反転。現れたモンスターの畳まれた翼に拳が直撃するが、そのモンスターはびくともせずにその場に存在したままだった。

 

《シールド・ウィング》 ATK/0 DEF/900

 

 その事態に、万丈目が驚いた様子で目を見開く。

 

「なに!? なぜ破壊されない!」

「シールド・ウィングの効果だ。こいつは1ターンに2度まで、戦闘では破壊されないのさ」

 

 俺の説明を聞いた万丈目は、悔しそうに唇をかむ。

 アームド・ドラゴン LV5は相手モンスターを戦闘で破壊した時にレベルが上がる。万丈目としてはそれを狙ったのだろうが、戦闘破壊耐性を持っているとは予想していなかった、ということだろう。

 そのように戦闘破壊には滅法強いシールド・ウィングだが、今回の相手はアームド・ドラゴン。本来の相性は最悪である。シールド・ウィングは効果破壊に対しては無力だからだ。

 今回は防ぐことができたが、恐らく次のターンで確実に対処してくるだろう。

 

「ちっ、忌々しい。だが、レベルモンスターがレベルアップするために必要な手段は、何も一つだけではない」

 

 万丈目はにやりと笑ってそう言い、手札から1枚のカードを手に取った。

 

「魔法カード《レベルアップ!》を発動! 「LV」を持つモンスター1体を墓地に送り、そのカードに記されたモンスターを召喚条件を無視してデッキ・手札から特殊召喚する! ……つまり、アームド・ドラゴンはモンスターを破壊することなく更なる力を得るということだ! 来い、《アームド・ドラゴン LV7》ッ!」

 

 天高くカードを掲げ、それをディスクに置く万丈目。

 そしてその瞬間、アームド・ドラゴン LV5の身体が光に包まれ、その中で徐々にその体躯がより巨大なものへと変化していく。

 成人男性を一回り上回る程度だった大きさは、十数メートルはあろうかという巨躯へ。そしてその身体には更に鋭利な刃物がさながら鱗のように存在し、その巨大さと相まって、もはや全身が武器と言っても過言ではない。

 アームド・ドラゴン。その名に相応しい凶悪なモンスターが、万丈目のフィールドで産声を上げた。

 

《アームド・ドラゴン LV7》 ATK/2800 DEF/1000

 

 威圧感たっぷりのその姿に、さすがに気圧される。

 だが、《レベルアップ!》は正規の手順で召喚されたとは見なされない。そのため、《レベルダウン!?》を使ったとしても、墓地からLV5を復活させられないというデメリットがある。

 それでもなお実行してきたということは、正規でのレベルアップを成すタイミングを逃したが、ここでどうしても召喚したかったのか。あるいは、それだけ自信があることの証左だろうか。

 そして、まるでそれを肯定するかのように、アームド・ドラゴンの足元で腕を組んでこちらを見据える万丈目の姿がそこにあった。

 

「どうだ、遠也! これが伝説のレベルモンスターだ! この圧倒的な力で、俺は……俺自身の力を証明し、貴様に勝つ!」

 

 万丈目は、自分に言い聞かせるかのように言い放つ。

 周囲は万丈目のそんな言葉に盛り上がっているが、どうにもそれを言う万丈目自身の表情が暗いのが気になる。ここは本来、自信満々に宣言する場面だ。少なくとも、俺が知る万丈目の性格ならそうするだろう。

 だが、万丈目はそうしない。絞り出すように言った今の言葉は、あくまで俺の主観でだが、万丈目らしくないと感じられるものだった。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 そんな思考のさなか、万丈目がターンを終えて俺にターンが回ってくる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札は4枚……だが、まだ上手く揃わないか。

 

「俺は《カードガンナー》を守備表示で召喚! そして効果を発動し、デッキトップからカードを3枚墓地に送り、エンドフェイズまでその枚数×500ポイント攻撃力をアップさせる! ターンエンドだ」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900→400 DEF/400

 

 アームド・ドラゴン LV7を倒せるモンスターを呼び出せない。なら、今はこうして耐えるしかない。攻撃力2800ってのは、意外と厄介だな。

 

「俺のターン、ドロー! ふん、どうした遠也。防戦一方じゃないか!」

「さてね。俺はここから逆転するから、問題ないさ」

 

 俺がそう軽口を叩くと、万丈目はちっと舌打ちをした。

 

「その強がりも、ここまでだ! 俺はアームド・ドラゴン LV7の効果を発動! 手札からモンスターカードを墓地に送り、その攻撃力以下の相手モンスター全てを破壊する! 俺は手札から攻撃力1400の《ドラゴンフライ》を墓地に送る! さぁ打ち砕け、《ジェノサイド・カッター》!」

 

 その命令に応えるように、アームド・ドラゴンの腹部についた刃状の突起が激しく上下に動き始める。そして、アームド・ドラゴンは突進し、その巨体で俺のフィールドのモンスター2体全てをその腹部に押し付けた。

 その高速振動する刃に2体は耐え切れず、共に破壊されて消えてしまう。

 そして、後に残ったのはがら空きの俺のフィールドだけである。

 

「くっ……カードガンナーが破壊されたことにより、俺はデッキからカードを1枚ドローする!」

「無駄な足掻きだ! いけぇ、アームド・ドラゴン LV7! 《アームド・ヴァニッシャー》!」

 

 アームド・ドラゴンが腕を振り上げ、その腕が凄まじい速さで回転を始める。生物にあるまじき動きだが、アームドの名の通り身体が武器と化しているからこその芸当なのだろう。

 そして、その腕を俺に向かって容赦なく振り下ろしてくる。

 

「罠発動! 《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再びセットされる!」

「それで防いだつもりか、遠也! 罠発動、《リビングデッドの呼び声》! これにより、墓地からアームド・ドラゴン LV5を復活させる! そしてLV5の追撃! 喰らえ、《アームド・バスター》!」

「ぐぁああっ!」

 

 くず鉄のかかしが防げるのは、あくまで1回の攻撃のみ。リビングデッドの呼び声でバトルフェイズ中に蘇ったアームド・ドラゴン LV5の攻撃を防ぐ術は、どこにもなかった。

 

遠也 LP:4000→1600

 

 一気に俺のライフが削られ、ノース校側がわっと盛り上がる。

 そしてそれにあわせて大きくなる本校からの応援の声と、校長の必死な呼びかけ。

 やれやれ、なかなか厳しい状況だ。手札にチューナーがいない、というのはやはりこのデッキにとっては本当に死活問題だな。まさに今、それを実感している。

 だが、こういう状況もあるからこそデュエルは面白いのだ。予想もできない逆境。そうさせる強い相手。それがあるから、俺たちはデュエルをするのだ。

 それをどう覆すか。その相手にいかに勝つか。そのドキドキ感とワクワク感。これがあるから、やはりデュエルは面白い。

 そう考え、自然と口元に浮かぶ笑み。そしてその気持ちの赴くままに、俺はデッキに指を添える。万丈目がエンド宣言をした後、すぐに引けるように、だ。

 ……だが、万丈目はその前に何事かを小さく呟いていた。

 注意深く聞かなければ、決して聞き取れない。そんな音量。

 

「――俺は、負けられない。勝って、勝って、勝って、兄さんたちに証明するんだ。俺が無価値ではないことを。万丈目家の恥さらしではないことを。だから、この勝負……何が何でも、俺が勝つ! 俺はこれで、ターンエンドだ!」

「万丈目……」

 

 最後だけは力強く口にし、俺を強く睨みつける万丈目。それに、俺は何とも言えない視線を返す。

 きっと、万丈目は俺が今の言葉を聞いたとは思っていないだろう。それほどまでに、小さな声だった。ただ、偶然にも俺の耳に届いた、それだけのこと。

 確か、このテレビ放映を企画したのが万丈目の兄貴たち、だったか。なるほど、つまりこの場はその兄貴たちが整えた万丈目を活躍させる場。

 そして、察するに万丈目は家での地位が低いのだろう。だからこそ、こうして家族の中での居場所を守るため、兄たちの顔を汚すまいと必死になっている。

 何ともやりきれない話だ。俺のように、家族に会いたくても会えない奴がいる一方で、万丈目のように会えるのに心が通じ合っていない奴もいる。

 同情か、憐憫か。万丈目に対して、そんな気持ちが全くないと言ったら嘘になる。

 だが、当たり前のことかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。

 デュエルにそういった事情を持ち込み、手を抜いて勝ちを譲ったとして、果たして万丈目は喜ぶだろうか。

 もし俺なら、喜ばない。そして、万丈目もまた一人のデュエリストだ。その誇りがある以上、決して喜ばないだろう。その程度には、万丈目のことをわかっているつもりだ。

 だからこそ、俺がやることは変わらない。全力でデュエルをする。ただそれだけだ。

 

「俺のターン!」

 

 ――来たか。

 さっき引いた1枚と合わせ、最高のカードが来てくれた。

 

「俺は《シンクロン・エクスプローラー》を召喚! 更に、効果により墓地の「シンクロン」と名のつくチューナー……ジャンク・シンクロンを蘇生する! そして《死者蘇生》を発動! カードガンナーを復活させる!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

「カードガンナーの効果で、デッキから3枚のカードを墓地に送る」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900

 

 ここで落ちたのは、レベル・スティーラー、クイック・シンクロン、異次元からの埋葬……。よし、悪くはない。

 だが、カードガンナーの効果はおまけだ。本来の狙いは、無論シンクロ召喚にある。

 

「くるか、シンクロ召喚……!」

「ああ、いくぞ万丈目。反撃開始だ! レベル2シンクロン・エクスプローラーとレベル3カードガンナーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は8になる。

 さあ、まずはこいつからだ。

 

「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 お馴染み、スーパーロボットにしか見えない外見を持つ戦士族モンスターである。最近思ったんだが、こいつはきっと、戦隊物のロボットなのだ。だから戦士族なのだろう。たぶん。

 それはさておき、早速デストロイヤーの頼れる効果を俺は使う。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、チューナー以外の素材としたモンスターの数まで、フィールド上のカードを選択して破壊できる! 素材としたチューナー以外のモンスターは2体! よって2枚まで破壊できる! 俺は万丈目のアームド・ドラゴン LV7と伏せカードを選択する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 デストロイヤーの胸部装甲から放たれるビームのような光。それによって万丈目の場のカードが2枚墓地へと消えていく。

 アームド・ドラゴン LV7も消滅し、伏せてあった《攻撃の無力化》もその役目を果たさぬままフィールドから去る。

 これで、万丈目の場にはアームド・ドラゴン LV5が残るだけとなったわけだ。

 

「バトル! ジャンク・デストロイヤーでアームド・ドラゴン LV5に攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

「ぐぅっ……!」

 

 振りぬかれた鉄の拳がアームド・ドラゴンを直撃し、破壊する。

 そしての差分が万丈目のライフから引かれた。

 

万丈目 LP:4000→3800

 

 まだまだ掠り傷といえるようなダメージ。だが、アドバンテージは完全に上回った。我が方の反撃成功せり、といったところかね。

 そして、俺のターンはまだ終わりではない。バトルフェイズが終わり、メインフェイズが再び訪れる。その瞬間、俺は1枚のカードを手に取っていた。

 

「メインフェイズ2に、魔法カード《シンクロキャンセル》を発動! フィールド上に表側表示で存在するシンクロモンスター1体を融合デッキに戻し、そのモンスターのシンクロ召喚に使用したモンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を自分フィールド上に特殊召喚することができる! ジャンク・デストロイヤーをデッキに戻し、シンクロン・エクスプローラー、カードガンナー、ジャンク・シンクロンを特殊召喚!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

 再び俺の場にチューナーと素材モンスターが揃う。

 もちろん、レベルの合計は8。そしてこれから召喚するのは、アームド・ドラゴンの持つ効果にとって天敵ともなりうるモンスターである。

 

「そして再びシンクロ召喚を行う! レベル2シンクロン・エクスプローラーとレベル3カードガンナーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 3体のモンスターが飛び上がり、ジャンク・シンクロンが形作った3つの光の輪を5つの星と化した2体が潜り抜けていく。

 

「――集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ!」

 

 瞬間、光が溢れてフィールドを白く染め上げる。

 そして、その中から1体のドラゴンが徐々にその姿を見せ始めた。

 

「シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 直後、光の中から輝く粒子を伴って飛び立つ白銀のドラゴン。ドラゴンとしてはスマートな体格に、青白く光を照らすその身体は、幻想的の一言に尽きる。

 シグナーの竜が1体。その美しさは、会場中が思わず注視するほどに鮮烈だった。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 そしてスターダスト・ドラゴンはゆっくりと俺のフィールド上で静止する。滞空する様を表現しているのか、時折小刻みに動く翼が何ともリアルである。

 そして、万丈目は俺のフィールドに現れたスターダストを見て、鼻を鳴らす。だが、それは嫌味の気配がしない、純粋な感嘆からくるもののようだった。

 

「ふん……スターダスト・ドラゴン。ペガサス会長がシンクロ召喚の開発と並行して手ずから作り上げたという、世界にそれぞれ1枚しかない六竜。その1体か」

 

 万丈目が自分の知識を確認するかのように言う。すると、その言葉がきっかけになったのか、途端にそこかしこから歓声が上がった。

 そのどれもが、世界に1枚しかないカードをこの目で見られるなんて、というスターダストのレア度からくる興奮のようだった。

 やはり、あのイベントの後に放送されたテレビの特集なんかが影響しているのだろう。ホント、どこから情報が漏れたのか知らないが、厄介なことをしてくれたものだ。

 ふぅ、と一つ息をつき。俺は改めて万丈目に向き直る。

 熱のひかぬ会場の声を背に受けながら、手札からカードを手に取ってディスクに差し込んだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 さぁ、来い万丈目。

 俺が挑発的に目を向ければ、万丈目は鋭い視線を返してくる。その目には、何が何でも勝つ、そんな強迫観念にも似た強い意志を感じさせる迫力があった。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 万丈目がカードを引く。

 次に万丈目がどんな手を打ってくるか。それによって、このデュエルは思いもよらぬ方向へと動くかもしれない。

 スターダスト・ドラゴンを召喚したからといって、俺が勝てるというわけではない。そんな単純なデュエルを、今の万丈目がするとは思えなかった。

 だから、俺は万丈目がとる行動に目を光らせた。

 何をしてきても、必ず勝つ。万丈目の決意に負けないよう、そう強く思いながら。

 

 

 

 

 


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