遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第18話 乙女

 

 ある日。俺はレッド寮に向かっていた。

 もちろん十代たちに会うためであり、いつものようにマナもついて来ている。

 あのデッキ盗難事件から大きな事件もなく、ここ数日は平和そのものだ。十代たちと駄弁り、カード議論に花を咲かせ、デュエルをして過ごしていく。

 なんて素晴らしい学生生活! やっぱり、普通はこうだよな。闇のデュエルがどうとか、そういうのって普通はないよね。

 事件が起こるというのも刺激的な生活ではあるけど、やはり何度も続くと少々飽きも来るというもので。

 たまにはのんびり過ごす日が続いてもいいと俺は思う。

 そんなこんなで、今日もまた俺は十代たちと穏やかな時間を過ごすためにレッド寮まで出向いて来た。

 既に慣れた道を通り、辿り着いた木造モルタルの2階へと上がっていく。そしていつものように、十代たちの部屋の前に立ち、その扉を開けた。

 

「よーっす、来たぞ十代」

「――……ぇ?」

 

 その瞬間、俺の目に飛び込んできたのは小さな白い背中。

 そしてその背中を隠すように広がる長い黒髪だった。

 どう見てもオシリスレッドにはいないはずの女子である。それも、上半身裸の。

 そのあり得ないはずの光景に、思わず固まる俺。そして、突然現れた俺に驚いているのか、同じく硬直しているその女の子。

 すると、マナがいきなり俺の腕をひっつかんで引っ張り出し、すぐさま扉を閉めた。

 が、いきなり身体を後ろに持っていかれた俺は、勢い余って二階の柵を乗り越えるところだった。どうにかバランスを取って踏みとどまり、そのまま座り込む。

 

「……あ、危なかった……マナ?」

「ご、ごめん遠也。咄嗟でつい。でも、あのままってわけにもいかなかったし……」

「それは……まぁ、そうか」

 

 いくらなんでも、あのまま覗き続けるような趣味は持っていない。

 それに、今の子はぱっと見でも小学生ぐらいに小さかった。なら、なおさら見ようとは思わない。

 まぁ、なんだ。もう五年……七年は育っていたら話は別だったかもしれないが……。

 

「いま不埒なこと考えたでしょ?」

「な、なにを馬鹿な!」

 

 俺が即座に否定すると、マナは溜め息をついた。なんだ、そのしょうがないなぁ的な反応は。俺がいかにも駄目な奴みたいじゃないか。

 憮然としていると、マナが精霊状態に戻って耳元で囁く。

 

『それより、外から声をかけてみたら? 女の子なんだから、きちんと謝らないとダメだよ』

「わ、わかってるよ。……んんっ」

 

 俺は何とはなしに呼吸を整え、コンコンと扉をノックする。

 一拍置き、弱々しい声で「……はい」と返って来る返事。俺は扉の外から中のいるだろうその少女に向かって声をかけた。

 

「あー……さっきは悪かった。ここは、俺の友人の部屋で、いつもの調子で入ろうとしたんだ。……それでそのー、ここに女の子はいなかったと思うんだけど、君は一体?」

 

 と、そこまで自分で口にした時。

 俺は、はたと気がついた。

 そういえば、記憶にある。そう、そうだ。この時期だったじゃん、そうだそうだ。

 これって、あれだ。早乙女レイの編入事件もとい恋する乙女事件。これがあって、途中からアカデミアの生徒として登場したんだっけ。そういえばそうだった、そういうことか。

 確かカイザーに恋心を抱いて、アカデミアまで編入してきちゃう凄い子だったはず。ということは、まさにその真っ只中。カイザーへのアプローチの最中なのだろうか。

 部屋も確か十代の部屋、だったかな? そこら辺は曖昧だが、これでようやく女子がこの部屋にいる理由がわかった。

 編入生は一度必ずレッド寮に所属することになる。だから、レイもこの部屋にいるのだろう。

 俺が内心でこの事態に得心を得て、落ち着きを取り戻していると、扉の奥から物音がする。

 そして、次の瞬間。ドアががちゃりと開いて、さっきの子が顔を出す。その長い髪は丸く大きな帽子によって隠されていたが。

 そして、ちらりと辺りを窺うと、すぐに俺の腕を掴んで中に引っ張り込んできた。

 なかなかにアグレッシブな子である。

 そんな感想を抱く俺をよそに、その子はすぐに扉を閉めると、ホッと手を胸にやって安堵の息をつく。小さな女の子がそういう仕草をすると、妙に絵になる気がするのは俺だけだろうか。

 そんな様子を微笑ましげに見てから、俺は部屋の大部分を占拠している、恐らくこの子用のベッドの端に腰をかけた。だって、座る場所がないんだもん。

 

「……まぁ、聞きたいことはあるけど、ひとまず自己紹介と行こうか。俺の名前は、皆本遠也。オベリスクブルーの生徒で、この部屋の3人とは友達だ。君は?」

「えっと、ボクは早乙女レイ……って、え? み、みなもと、とおやさん?」

 

 名前を言った次の瞬間、俺を指さして片言になるレイ。

 どうした、いったい。

 

「あ、あの……シンクロ召喚の?」

「そうだけど……」

 

 不本意ながら、テレビ放映されたことで、俺の名前はかなり知れ渡っている。それを考えれば、俺の名前を知っていることは不思議ではない。

 しかし、だからといってこうも驚くものだろうか?

 俺がそう訝しんでいると、レイは暫く俺を根気よく見つめていたが、何故だか急にがっくり項垂れた。驚いたり落ち込んだり、忙しい奴である。

 とはいえ、レイはすぐに復帰してきた。そして、そりゃそうだよね、と呟いてから事情を話し始める。

 聞いた話は、俺がさっき思い出した記憶にあるものと大差ない内容だった。

 本当は小学五年生だが、編入生として、オシリスレッドにやって来た。男装しているのは、男のほうが生徒数が多く潜り込みやすいと思ったから。そして、やって来た理由は、カイザーに会いたかったから。

 どうも、雑誌などのメディアでアカデミアが特集された際に、カイザーを見て惚れ込んだというのが、その会いたい理由らしい。

 それが単なる憧れなのか、本当の恋なのか、その判断は俺にはつかない。だが、その一心だけでこの年齢の女の子が一人で遠い島にまでやって来ることが、相当に凄いことだというのはわかる。

 

『ふわー……行動力にあふれた子だねぇ』

 

 マナもこうして驚きの声を上げるほどだ。まして、性別と年齢を偽ってまで来ているのだ。並大抵のことではなかったろうに。

 やっていることは褒められたことではない。幼いから罪には問われないだろうが、普通に駄目なことだ。そう駄目なことなのだが……その心意気は買ってもいいんじゃないだろうか。

 こういう一本気な奴は、俺は嫌いじゃない。

 俺がそうレイのことを評していると、レイはなんだか上目づかいでモジモジと言いにくそうに俺を見た。

 

「それで、その……皆本さん、にはボクのことを黙っていてほしいんです。女だってバレると、きっと追い出されちゃうし……」

 

 気まずげに言うレイに、俺はふむと腕を組んで考える仕草をとる。

 それを否定的な態度ととったのか、レイの肩が緊張で揺れる。だが、俺が口にするのは、彼女が想像したであろう言葉ではない。

 

「よし、いいだろう」

「へ? い、いいんですか?」

「なんだ、喋ってほしかったのか?」

 

 俺がからかうようにそう言うと、レイが凄い勢いで首をぶんぶんと横に振る。

 

「ま、ここまで一人で来た覚悟に免じてな。んじゃ、早速行くか」

「行くって……どこに?」

 

 よっこらせ、とベッドかた立ち上がった俺に、レイが疑問の顔を向ける。

 この場で行くと言うからには、レイの目的を果たすために決まっているだろうに。俺はきょとんとこっちを見るレイに、笑いかけた。

 

「決まってる。カイザーのところだよ」

「え……ええええ!?」

 

 その言葉に盛大に驚きの声を上げたレイの手をとり、俺は十代の部屋を後にする。

 途中、実はカイザーと俺が友人であることを告げ、俺は目を白黒させたレイを引きつれてブルーの寮に向かう。

 善は急げの言葉通り、出来ることは早いうちにやってしまったほうがいい。俺はそう考え、目的地へと歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 さて。ブルー寮に着いた俺たちだったが、カイザーのもとにそのまま向かうことはせず、現在は俺の自室にいる。

 そして俺はデッキをいじり、レイは部屋の中でマナとお喋りに興じているようだ。俺も混ざろうとしたんだが、女の子同士のお話だから、とマナに追い出されてしまった。

 なので、俺はしぶしぶ机に向かってその上でカードを広げている。二人はテレビの前に置かれたソファにいるようで、時折り聞こえてくるきゃいきゃいと楽しそうに笑う声が、実に俺の寂寥感を刺激する。

 何故こうなったのかというと、精霊化していたマナが突然俺に苦言を呈したからだ。

 曰く、「女の子の告白には準備がいるんだから、そんな性急に事を進めちゃダメ」とのこと。

 そう言われた俺はとりあえずカイザーに会いに行くのを自重し、マナに言われたことをレイに確認してみることにしたのだ。

 すると、レイはこくこくと頷いてマナの言葉に同意。そのため、俺は即座にカイザーの元へ向かうのを取りやめた。だが既にレッド寮を出てしまっているし、そもそもあそこでは腹を割って話せないだろう。

 そう判断し、一旦ブルーの自分の部屋に招いたのだ。レイもカイザーが住む場所に興味があったのか、それを了承。そして、先に部屋に戻って制服を着て実体化したマナに出迎えられて、今に至る。

 俺の部屋から出てきたマナにレイは驚いたようだったが、すぐにレイはマナに気を許した。どうもマナの底抜けに明るい性格と、初見で実は女の子だと見破られたことが原因らしい。

 本当は俺の傍で話を聞いていたからなのだが、それがレイに分かるはずもない。レイは最初こそ戸惑ったが、俺が人様の秘密を口外する奴じゃない、と口添え。更にマナ本人の性格に触れ、気持ちを緩ませたのだ。

 やはり、男の中に女が一人、というのは意識せずとも堪えていたのだろう。バレた途端、すっかり安心しきってマナに笑顔を見せていた。

 そして、言葉を交わすうちにすっかりマナになついたレイは、二人で実に楽しそうに話しているというわけだ。

 マナも純粋に慕ってきてくれるレイに悪い気はしないようで、レイに抱きついてじゃれあいながら笑っている。満更でもなさそうなレイも、少々恥ずかしそうにしているが楽しそうだ。

 ……ふん、いいさいいさ。俺は一人寂しくデッキでもいじってるよ。そうさ、カードは友達。翼君も言ってたじゃないか。

 そんな若干拗ねた状態でカードを触っていると、不意に後ろから肩に手が置かれ重みが加わる。何事かと思うが、こんなことをしてくるのは一人しかいない。

 案の定、耳元で聞き慣れた声が耳朶を打つ。

 

「ごめんね、遠也。拗ねちゃった?」

「……いいや、べつにー」

 

 いじっていたカードを揃え、トントンと机を叩いて細かなズレを直す。綺麗に整ったデッキを持ち、俺は椅子から立ち上がった。

 嘘だー、と笑っているマナをそのまま放置し、俺はソファに座っているレイのほうに赴く。

 

「さて、レイ。カイザーに会いに行くか?」

 

 俺がそう問うと、レイは少しだけ笑顔を曇らせてぎこちなさを見せる。

 まだ緊張が抜けないのだろう。だとすれば、今は行かないほうがいいか。

 

「よし、わかった。なら、また後にしよう」

「うん、ごめんね遠也さん。せっかく機会を作ってくれてるのに……」

「いいさ、別に。まぁ、色々偽ってまでこの島に突貫して来たにしては、意外だったけど」

 

 ちなみにレイが俺を名前で呼ぶのは、俺がそう要求したから。名字で呼ぶ奴が周りに少ないから、違和感があるんだよね。

 

「う……だ、だって……」

 

 レイはそう言って、ごにょごにょと言い訳を呟きながら頬を染めて目を泳がせる。

 その様子は、後先考えずに島にやって来たとは思えないほどだ。本当に、そこらへんにいる女の子にしか見えない。事情を知る俺たちの前だからということで、帽子をとっていることもあるのだろうが。

 そんな姿に、やれやれと呟いてから、俺はレイとテーブルを挟んで座った。

 そして、テーブルの上にデッキを置く。それを見て、レイは我に返って俺を見た。

 

「せっかくだ。デュエルでもして時間を潰そう。デュエルをすることで、気持ちの整理もつくかもしれないからな」

 

 デュエルで気持ちの整理? という感じだが、そこはこの世界安定のクオリティ。デュエルすれば心が通じ合っちゃうような世界なのだ。そういうこともあるかもしれないだろう。

 俺がそう思って発言し、デッキをシャッフルする。すると、途端にレイの瞳が輝いて身を乗り出してきた。

 

「い、いいんですか!?」

 

 そのあまりの剣幕に俺は驚いた。とりあえず、鼻先まで乗り出してきたレイの頭に手を置き、後ろに押す。

 はっとして下がったレイは、気恥ずかしそうにしてもう一度俺に尋ねてきた。

 

「本当に、その、デュエルしてくれるんですか?」

「ああ、デュエルしたくない気分だったか? それなら無理強いはしないけど」

 

 俺がそう言えば、レイはぶんぶん首を横に振って否定する。さっきも同じような反応をしていたが、オーバーな子だ。

 だが、デュエルしてもいいというなら、早速やろう。俺がそう思ってデッキをテーブルに置くと、レイがおずおずと進言してくる。

 

「あの……外でデュエルしちゃダメ?」

「外で?」

 

 つまり、デュエルディスクでということだろうか。

 まぁ俺はどっちでもいい。単に机の上でやろうとしたのは、レイが正体を隠していることから外に出るのは極力避けたいんじゃないかと思ったからだし。

 レイ本人がそれでいいというなら、俺に断る要素はない。俺が頷くと、レイは表情をぱっと明るいものにして喜びをあらわにした。

 そしてマナと手を取り合って、嬉しそうにしている。なんで、そんな反応? 俺が訝しんでいると、マナが人差し指を自身の唇にあてた。

 

「女の子同士の秘密だよ、ねー」

「う、うん」

 

 照れ臭そうに頷くレイを見て、俺は聞かないほうがいいことかと判断して立ち上がる。そして、ポンと軽くレイの肩に手を置き、促した。

 

「じゃ、行くか。デュエルディスクは……そこらのを使えばいいだろ」

「うん!」

 

 レッド寮からディスクまで持ってきていなかったレイにそう告げ、嬉しそうにするレイを伴って部屋を出る。

 そしてあまり人が来ないだろう場所を脳内にピックアップしながら、俺はゆっくりと移動を始める。敬語も別に使わなくていいぞ、とレイと話しながら。

 

 

 

 

 人があまり来ない場所、ということで。俺はカイザーと初めてデュエルした場所に来ていた。

 そこはブルー寮から離れすぎているわけでもなく、森や崖のように危ないわけでもない。ただ、小さな林のようなものを間に挟むため、居住区から少々見えづらい場所にある草原のような場所だった。

 崖や森の傍でもよかったが、レイの年齢を考えてあまりそういう場所に連れて行くのも、と考えた結果だった。

 そしてそこで俺たちは距離を開けて向かい合っている。ちなみにマナは俺たちの間から少し離れるように立ち、ジャッジのような立ち位置で俺たちを応援している。

 

「よし、やるか」

 

 そう言ってデュエルディスクを腕に着けると、レイも同じようにデュエルディスクを左腕に着ける。

 ちなみに今このディスクに収められているデッキは、シンクロデッキだ。レイに二つのデッキを選ばせたところ、シンクロがいいと言われたのでそうしている。

 

「う、うん! よろしくお願いします!」

 

 肩を張り、何故か直立して九十度に身体を曲げて一礼するレイ。

 何をそんなに緊張しているのかは知らないが、俺は苦笑し意図して明るく声をかける。

 

「ほら、ちょっとデュエルするだけなんだ。楽しくやらないと損だぞ」

「は、はいっ!」

 

 駄目だこりゃ。

 俺は固さを残したままのレイに嘆息し、とりあえずディスクを掲げる。デュエルしていれば、自然と緊張もほぐれてくるだろうと期待しての行動である。

 つられてレイもそれに追従し、そして互いに開始の宣言を行った。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

早乙女レイ LP:4000

 

 すぐさまディスクの液晶を確認。先攻は……俺か。

 

「俺の先攻だな。ドロー!」

 

 カードを引き、手札に加える。

 いきなりいける手札ではないな。……まぁ、時間潰しだと最初から言っているわけだし、そうガチでいくこともないだろう。

 そう考えれば、こういう始まりのデュエルも楽しいものだ。俺は緊張しつつもどこか嬉しそうに見えるレイを見つつ、カードを一枚引きぬいた。

 

「俺は《カードガンナー》を召喚。このカードは1ターンに1度デッキの上からカードを3枚まで墓地に送ることで、エンドフェイズまでその枚数×500ポイント攻撃力がアップする。俺は3枚墓地に送り、攻撃力をアップ!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900 DEF/400

 

 墓地肥やしに最適なカードガンナー。こいつを先攻ターンで出すと、この世界の大抵の人間は「攻撃できない先攻で、なんで?」という顔になる。

 エンドフェイズまでしか効果が持続しないので、結果的に攻撃力400のモンスターを攻撃表示で残すことになるからだ。表側守備だとしても、守備力も紙。現行環境では利点が見いだせないのだろう。

 まぁ、それも最初のほうだけで、シンクロ召喚が認知された現在ではそれほどでもない。こいつをシンクロ素材にしてしまえばいいことを皆理解したからだ。それでも、墓地肥やしについてはイマイチ納得しきれていないようだが。

 アカデミアの生徒でさえそうなのに、レイにはそういった困惑が一切見られない。つまり、こちらの意図をしっかり理解しているということだ。

 その点を見て、俺はレイの評価を上方修正した。これは、油断できないかもしれないな。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ。そしてこのエンドフェイズ、カードガンナーの攻撃力は元に戻る」

 

 再び400という数値に攻撃力がダウンする。

 それを見届けて、レイのターンになる。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て、レイの顔がほころぶ。

 有利となるカードを引いた、という顔ではない。そういう、戦いに臨む顔ではなく……そう、好きなカードを引いた、という感じの嬉しさのように思える。

 

「ボクは《恋する乙女》を攻撃表示で召喚するよ!」

 

 長い栗色の髪を波打たせ、花飾りのついたカチューシャをつけた女の子。淡い黄色のドレスという格好も相まって、非常に女の子しているキャラクターといえば伝わるだろうか。

 くりっとした大きな目をこちらに向け、睨むというよりは微笑んでくる。これまた、なんとも和むモンスターだな。

 

《恋する乙女》 ATK/400 DEF/300

 

 そして、こいつを召喚したレイは、とてもいい笑顔を見せている。俺は、笑みを浮かべてレイに話しかけた。

 

「なるほど。察するに、このモンスターがレイのフェイバリットか?」

「うん! 恋する乙女は、ボクの大好きなカードなんだ! でも遠也さん、あんまりこの子のことをモンスターって言わないでね」

 

 恋する乙女が現れたことで緊張がほぐれたのか、レイが少し悪戯気にそう言ってくる。

 少々その発言に気を抜かれる俺だったが、その可愛らしい内容に思わず口元を緩めた。

 

「ああ、了解。確かに女性に使う言葉じゃなかったか」

「えへへ、ありがとう。じゃあ、いくよ! バトル! 恋する乙女でカードガンナーに攻撃!」

「なに?」

 

 攻撃力は共に400だ。このままでは相打ちになるだけだが……。

 俺がそう思っていると、恋する乙女がトトト、と駆けてきてカードガンナーにぶつかってしまう。

 当たり所が悪かったのか、ガラガラと音を立てて崩れるカードガンナー。それに恋する乙女は申し訳なさそうにしている。

 だが、壊れたのはカードガンナーだけ。恋する乙女はピンピンしていた。

 

「恋する乙女の効果! このカードは攻撃表示でいる限り、戦闘によっては破壊されない!」

 

 レイが得意げにそう説明する。

 なるほど、それで迷わず攻撃して来たのか。俺のライフに変動はないが、素材を消されたというのは俺の不利に働く。俺がシンクロ召喚を使うということを知っていたことから、ある程度の知識はあるということか。

 さすが、その年齢で編入して来ただけのことはある。

 

「カードガンナーが破壊されたことにより、俺はデッキからカードを1枚ドローする。……やるじゃないか、レイ。シンクロ召喚は素材をフィールドに揃えなければ成立しない。それを狙ってのことか?」

 

 そう問いかけると、レイは満足げに頷いた。

 

「へへ、そうだよ。ボクのデッキの主力も低レベルカードだから、ちゃんと勉強したんだ」

 

 なるほどな。レベル2の恋する乙女をフェイバリットだと宣言してみせたんだ。その補助となりうるシンクロ召喚のことも、すでに押さえているというわけか。

 思った以上に勉強熱心なようだ。まぁ、そうでもないとアカデミアに編入なんて、出来るはずもないか。

 

「更にボクはカードを2枚伏せて、ターンエンド! さぁ、遠也さんのターンだよ!」

「おうとも。俺のターン、ドロー!」

 

 やれやれ、さっきまではあんなに緊張していたというのに。恋する乙女を召喚して、だいぶ心が楽になったらしい。

 フェイバリットカードを持つということは、こういう点で有利になることが多い。たとえ押されていても、ソイツがいるだけで気力が湧いてくる。それがフェイバリットカードであり、またそういう気持ちをカードに対して持つというのは、とても大切なことだ。

 まして、そういった気持ち、絆が奇跡を起こすこの世界ではね。

 さて、さっきは墓地になかなかいいカードが落ちてくれたし、手札も潤沢だ。これならこのターンで充分シンクロすることができる。

 あちらがフェイバリットを出した以上、こっちも相応のモンスターを出さないとな。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により、墓地のレベル2以下のモンスターを特殊召喚する。《ライトロード・ハンター ライコウ》を特殊召喚! 更に場にチューナーが存在するため、《ボルト・ヘッジホッグ》を守備表示で特殊召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ライトロード・ハンター ライコウ》 ATK/200 DEF/100

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 並ぶ3体のモンスター。それを見たレイは、警戒するどころか目を輝かせてこちらを見ている。

 シンクロ召喚はまだこの島以外の場所では珍しいシステムだ。だからこそ、興味も強いのだろう。

 いささか子供っぽいその様子に少しだけ心を和ませながら、俺は行うべきことを行っていく。

 

「レベル2ライトロード・ハンター ライコウに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 飛び立つ2体。それぞれが光る星と輪になり、シンクロ召喚独特のエフェクトがフィールド上で展開されていく。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 そして、光の中から飛び出す機械の戦士。

 赤く光るレンズの瞳をレイに向け、ジャンク・ウォリアーが威嚇するように拳を突き出してフィールドに降り立った。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 俺の場に立つモンスター。それを見て、レイは興奮したように声を上げた。

 

「わぁ! こんなに近くで、シンクロ召喚を見られるなんて! やっぱり、遠くから見るより全然迫力が違うや!」

 

 どこか上気した顔を見るに、よほど嬉しかったらしい。手を胸の前で合わせてこちらを見つめる姿はとても可愛らしいが、今は帽子をかぶって一応の男装をしているので、まんま男の娘にしか見えない。

 それに苦笑しつつ、俺はさらに言葉を続けていく。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、自分フィールド上に表側表示で存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力分、このカードの攻撃力はアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 俺の場に存在するレベル2以下のモンスターはボルト・ヘッジホッグだけ。

 よって、その攻撃力800ポイントがジャンク・ウォリアーに加算される。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

「攻撃力が3000を超えた!?」

 

 そして初見の人が必ず驚く攻撃力3000超え。青眼(ブルーアイズ)の影響力はやはり大きいと実感する瞬間である。

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーで恋する乙女に攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 攻撃表示なため、恋する乙女は戦闘で破壊できない。だが、そういった効果のモンスターの大抵に共通するのが、ダメージは通るというものだ。

 恋する乙女もご多聞に漏れず、その特性を持っている。OCG化されていないカードっぽいので、どんな効果を持っているのかいまいちわからないが、それでも大ダメージが期待できるんだしここは攻撃を行う。

 そして俺の指示通りに攻撃に移ろうと、ジャンク・ウォリアーが拳を振りかぶった瞬間。

 レイの声が上がり、それと同時に伏せられていたカードが起き上がっていく。

 

「罠カード発動! 《ホーリージャベリン》! 相手の攻撃宣言時に発動し、その攻撃モンスター1体の攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する!」

「なにっ!?」

 

 恋する乙女の手に似合わぬ厳つい槍が握られる。その先端付近につけられたデフォルメされた天使の翼が、唯一可愛らしいと言えるかもしれない。

 そして、ジャンク・ウォリアーの拳が槍の先端に激突する。槍はその攻撃をどんな理屈なのか全く意に介さず、それどころか穂先の反対側から回復エネルギーをプレイヤーに送る始末。

 戦闘自体は無効にならないため戦闘ダメージをすぐに受けるものの、優秀なカードである。

 

レイ LP:4000→7100→4400

 

「更に、恋する乙女がジャンク・ウォリアーに攻撃されたことで、ジャンク・ウォリアーに乙女カウンターが1つ乗るよ!」

「乙女カウンター?」

 

 聞いたことのない区分のカウンターだが……。いったいどういう効果なのか。

 ただでさえ本編の記憶も怪しいというのに、カードの効果……それもアニメオリジナルカードの効果まで覚えていないぞ。

 首をかしげるが、知らない以上考えても分かるはずもない。俺はそのことについて考えるのはひとまず置いておくことにした。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 しかし、ホーリージャベリンとはまたマイナーなカードを使うもんだ。

 俺自身、そんなカードがあったことをほとんど忘れていたぐらいだ。何故なら、同じ攻撃力分の回復を行える罠カードに、《ドレインシールド》という攻撃自体を無効にする上位互換のカードが存在するためだ。

 ホーリージャベリンを採用したのは、バトル自体を無効にせず乙女カウンターを乗せるためだと推測できる。だが、そうまでして乗せた乙女カウンターとは一体何なのか。

 俺はその疑問から、注意深くレイのターンを観察する。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 カードを引いたレイが、僅かに笑んで1枚のカードを手に取る。

 

「いくよ、遠也さん! ボクは装備魔法、《キューピッド・キス》を恋する乙女に装備! そしてバトル! 恋する乙女でジャンク・ウォリアーに攻撃! 《一途な想い》!」

「なんだって?」

 

 キューピッド・キスとは、これまた聞き覚えのないカードだ。しかし、恋する乙女の攻撃力が400から変化していないところを見ると、攻撃力増加効果がない装備魔法だというのがわかる。

 だとすれば、ジャンク・ウォリアーとの間にはそれこそ絶望的なまでの攻撃力差が存在するままのはず。

 俺がそう思っていると、案の定というべきか、恋する乙女はジャンク・ウォリアーの鋼鉄の身体に弾かれて尻餅をついてしまう。

 戦闘で破壊されないから墓地にはいかないものの、ダメージは食らう。

 

レイ LP:4400→1700

 

 一気にレイのライフが減少する。そうまでして、何をしたかったのか。

 そう怪訝に思うも、しかしレイは不敵に笑っていた。

 

「ここで、キューピッド・キスの効果が発動するよ! 乙女カウンターが乗っているモンスターを装備したカードが攻撃して戦闘ダメージを受けた時、その戦闘ダメージを与えたモンスターのコントロールを得る!」

「な、なにぃ!?」

「えへへ、ジャンク・ウォリアーはもらっていくね、遠也さん!」

 

 レイがそう宣言した瞬間、フィールドに現れるお花畑。周囲の空間すらピンク色に染まり、何やらハート柄の模様まで散りばめられ始めた。

 な、何事っすか!?

 そう思っていると、不意にフィールドから声が聞こえてくる。思わずそちらを見ると、尻餅をついて座り込んだ恋する乙女が泣いているところだった。

 

『うぅ……ひどい、ひどいわ……』

『………………』

 

 そんな恋する乙女を前に、どこか困惑した様子を見せるジャンク・ウォリアー。言葉こそ話せないものの、申し訳なく思っているのだろうことは何となく伝わってくる。

 そして、ジャンク・ウォリアーはそっとその片手を差し出す。助け起こそうというのだろう。それを受けた恋する乙女は、その手をそっと取り、次いでふわりと微笑んだ。

 

『ありがとう、ジャンク・ウォリアーさま』

『………………!』

 

 何やら衝撃を受けた顔になり、頬らしき部分を赤く染めるジャンク・ウォリアー。

 ……おい、まさか。

 

『ジャンク・ウォリアーさま……よければ、私と一緒に戦ってくださいませんか?』

『………………』

 

 無言で頷き、恋する乙女と手を繋いでレイのフィールドまで軽快にスキップしていくジャンク・ウォリアー。

 おいコラ、ジャンク・ウォリアー! お前なにしとんじゃあ!

 

「いっくよ、遠也さん! ジャンク・ウォリアーでボルト・ヘッジホッグに攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

『お願い、ジャンク・ウォリアーさま!』

『………………!』

 

 ちょっとすまなそうにしながらも、恋する乙女の指示に従って攻撃してくるジャンク・ウォリアー。

 普段なら頼もしい限りの鉄の拳が、今ばかりは脅威となって俺のフィールドに向かってきた。

 

「くっ……!」

 

 ボルト・ヘッジホッグが破壊され、がら空きになる俺のフィールド。だが、守備表示で召喚していてよかった。攻撃表示だったら、一気に2300もライフを持って行かれるところだったぜ。

 

「ボクはこれでターンエンドだよ!」

 

 レイが意気揚々といった様子でターンの終了宣言をする。

 よし、これで俺のターン……あれ? エンドフェイズなのにジャンク・ウォリアーさん帰ってこないんですけど。

 ……ってことは、まさかあのコントロール奪取って、一度奪っちゃえば永続的に向こうにコントロールが移るのか?

 うわー、戦闘ダメージ+装備魔法が必要と、リスクとアドこそ膨大だが、結構なリターンじゃないか。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札に加える。そして、俺はレイに向けて口を開いた。

 

「なかなか考えてるな。戦闘ダメージを受けなければいけない点を、上手くカバーしてる」

 

 俺がそう言うと、レイは嬉しそうに答える。

 

「うん! 恋する乙女は、ライフポイントを犠牲にして相手のコントロールを奪う。……けど、恋する乙女は攻撃力が低いから、受けるダメージが膨大になることが多いんだ。だから、一度コントロールを奪うと後が続かないこともあって……」

「そこで、ホーリージャベリンか」

 

 俺がそう言うと、レイはうんっと頷いた。

 

「戦闘ダメージを0にして、乙女カウンターも乗せられるこのカードは恋する乙女と相性抜群! 遠也さんに言われて、もっと恋する乙女を生かす方法を考えて……そして見つけたボクなりの答えだよ!」

「俺に言われて?」

 

 レイの言葉に違和感を感じ、俺は少々首をかしげる。

 まるで以前に会ったことがあるような言い方だが、俺にこんな小さな女の子と交流をした記憶はない。そもそもまだこの地に来て1年余りだ。知り合いはそう多くないはずなのである。

 そう頭を捻っていると、レイがちょっと不安げな顔になり、帽子を強調するようにぐいっと引っ張る。

 

「覚えてない、かな? あの、シンクロのイベントで特典をもらいに行った時なんだけど……」

「イベント……」

 

 どうにか思い出そうとするが、なかなか出てこない。

 うんうん唸っていると、痺れを切らしたマナがレイの言葉に付け足すように言葉を投げかけてくる。

 

「ほら、遠也。自分も低レベルのモンスターを主力にしてるって言ってた、帽子の男の子だよ。遠也が色々言ってたでしょ?」

 

 マナに言われ、俺は更に頭の奥の引き出しを開けていく。

 イベント後の特典を子供に渡している時……帽子の男の子……。そこまでキーワードを並べられて、俺はようやく思い出すことができた。

 思わず拳で手のひらを叩き、そういえば、と声を上げる。

 俺が、好きなカードで勝てるようにしたほうがいい、って言った子だ。そうだそうだ。ってことは、あれか。あの時のは男装の練習でもしていたってことか。そう考えれば、俺がすぐに思い出せなかったのも納得できる。男の子だと思ってたし。

 つっかえがとれたように、すっきりとした顔になった俺を見て、レイも俺が思い出したことを悟ったのだろう。

 さらに言葉を続けてくる。

 

「ボク、デュエルはそれなりに出来たけど……やっぱり恋する乙女はデメリットも強いから、馬鹿にされることもあったんだ。けど、遠也さんの言葉で吹っ切れたんだよ。ボクはこのカードが好きだから、このカードと戦うデッキを作っていくって!」

 

 ぐっと小さな握り拳を作って決意を述べるレイを見て、俺は小さく笑みをこぼす。

 自分がこうして誰かに影響を与えているというのは、照れくさいものだ。けど、同時に嬉しくもある。

 そして、影響を与えたからこそ、俺はレイにその手本を示していかなければいけないだろう。どれだけ低ステータスだろうと、要はやりようだということを示していく。

 俺のシンクロしかり、融合しかり。そして、レイにはレイのやり方がある。それはきっと、これから更にレイが自分で伸ばしていくことになるだろう。

 そのためにも、俺は俺なりのやり方で、レイに対峙しなければ示しがつかないというものだ。

 

「レイ」

 

 呼びかけ、カードに手をかける。

 こちらを見たレイに、俺は笑いかけた。

 

「カードをそこまで好きになれるなんて、それだけでお前は最高のデュエリストだ。だから、俺も本気でお前に応える!」

 

 それに対して、レイは少しだけ驚きを見せる。が、すぐにはにかんだ笑顔を見せてくれた。

 

「うん! ありがとう、遠也さん!」

 

 その答えを聞き、俺は自分の手札に視線を落とす。

 そして、その中からまず1枚を選んでディスクに置いた。

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しないため、手札から《TG(テック・ジーナス) ストライカー》を特殊召喚! そしてレベル4以下のモンスターの特殊召喚に成功したため、《TG ワーウルフ》を特殊召喚する! 更に《リビングデッドの呼び声》を発動し、コストで墓地に送られていた《チューニング・サポーター》を蘇生! 最後に《レベル・スティーラー》を通常召喚!」

 

《TG ストライカー》 ATK/800 DEF/0

《TG ワーウルフ》 ATK/1200 DEF/0

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 フィールドに並ぶ4体のモンスター。

 一気に展開されたそれらを見て、レイは小声ですごい、と呟いていた。だが、まだまだ。凄くなるのはこれからである。

 俺はレイに好戦的な笑みを見せ、口を開いた。

 

「チューニング・サポーターはシンクロ素材とする時、レベルを2として扱うことができる! レベル2となったチューニング・サポーターとレベル3のTG ワーウルフ、レベル1のレベル・スティーラーに、レベル2のTG ストライカーをチューニング!」

 

 4体のモンスターが飛び立ち、そのレベルの合計は8になる。

 シンクロ素材を指定しないレベル8シンクロモンスターは、遊星デッキにおいてはスターダストしか俺は入れていなかった。

 しかし、今のデッキは違う。ここのところ調整していた際に、いくつかのカードを交換して、単純な遊星デッキではないデッキへと調整していたのだ。

 それはTGシリーズが僅かながら入っている点でもわかるだろう。

 そして、当然エクストラデッキも弄っており、今では素材に指定のないレベル8シンクロモンスターは、スターダストだけではなくなっている。

 つまり、今回召喚するのは、まだこの学園に来てから使っていないシンクロモンスターである。

 

「集いし意念が、瓦礫の骸に命を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 猛れ、《スクラップ・ドラゴン》!」

 

 光の中から現れるのは、ガラクタがただ凝り固まっただけのような、鈍色に光を反射する巨大な身体。

 鉄板やネジ、スプリングや鉄柱が剥き出しで集まり、辛うじてドラゴンのような外見をかたどっている。無論そこにデザイン性など介入する余地はなく、ただただ無骨な印象を与えるソイツが、金属が擦れる音とともに首と思われる部分を持ち上げた。

 次いでソイツは甲高い独特の音を上げる。一拍おいてようやくそれが鳴き声だとわかり、それを発した口が、レイのほうへと向けて威嚇するように開かれた。

 

《スクラップ・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/2000

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー。さて、コイツは強力だぜ、レイ」

 

 俺がそう言うと、応えるようにスクラップ・ドラゴンも甲高い音を響かせる。

 その威容に一瞬ひるむも、レイは果敢に言い返してきた。

 

「け、けど、ジャンク・ウォリアーのほうが攻撃力は高い! だから、まだ……」

「それはどうかな」

 

 俺はにやりと笑い、こちらを見つめるレイに向けて声を放つ。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、自分の場と相手の場に存在するカードを1枚ずつ選択し、選択したカードを破壊する! 俺は自分の場の《リビングデッドの呼び声》と、レイの場の伏せカードを選択する!」

 

 スクラップ・ドラゴンが俺の指示に従い、カパッと開けられた口に電気のようなエネルギーが集まっていく。

 おそらく身体を構成している鉄屑の中に、バッテリーのようなものが生きたまま存在していたのかもしれない。

 そして、その電気の塊がそれぞれのフィールドに向けて走る。その電光は、俺の場では意味もなく残っていたリビングデッドの呼び声を破壊。レイの場では伏せカードを破壊する。

 レイが伏せていたのは、《ディフェンス・メイデン》。相手が攻撃宣言した時に攻撃対象を強制的に恋する乙女にする、という永続罠カード。

 乙女カウンターを乗せるための罠カードということだろう。まぁ、破壊した以上、特に問題にすることもない。

 

「更にリバースカードオープン! 速攻魔法《イージーチューニング》! 自分の墓地に存在するチューナー1体を除外し、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力を、除外したチューナーの攻撃力分アップする! 俺はジャンク・シンクロンを除外し、その攻撃力1300ポイントをスクラップ・ドラゴンに加える!」

 

 よって、攻撃力は2800+1300となる。

 

《スクラップ・ドラゴン》 ATK/2800→4100

 

「えぇ!? こ、攻撃力が4000を超えた!?」

 

 ふふふ、今ならサイバーエンドも殴り殺せます。

 やはりあまり見かけない攻撃力の値だからだろう、レイは目を見開いて驚いている。

 しかし、攻撃力4000超えはこの学園では割とよく見かける値だ。まぁ、主に俺とカイザーのせいなわけだが。

 なにはともあれ。今はデュエルの続きである。

 

「いくぞ、レイ! バトル! スクラップ・ドラゴンでジャンク・ウォリアーに攻撃!」

 

 さっきは二手に分かれた電気の塊が、今度は一つに固まったままジャンク・ウォリアーに向けて放たれる。

 それに対して両腕をクロスしてガードするものの、最後には感電して爆発してしまうジャンク・ウォリアー。

 

レイ LP:1700→700

 

 すまないジャンク……。お前の恋を応援してやれない俺を許してくれ……。

 消えゆくジャンクにそう心の中で謝る俺。それに対して、ジャンク・ウォリアーは気にするなとばかりに、最後の力でサムズアップをしてくれる。

 くぅっ、ジャンク・ウォリアー……!

 

『ジャンク・ウォリアーさま……』

 

 俺が心で涙を流すと同時に、なんだかしょんぼりしてしまった恋する乙女。いや、ごめんねマジで。

 うん、まぁ、あれだ。気を取り直して次へいこう。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「ボクのターン、ドロー!」

 

 カードを手札に加え、レイはよし、と頷いた。

 

「《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! ボクはカードを4枚伏せて、ターンエンド!」

「むぅ……」

 

 そうきたか。

 まぁ、恋する乙女の効果を考えれば、レイのデッキはどうしても受けにならざるをえない。

 乙女カウンターは、恋する乙女を攻撃したモンスターに乗るカウンター。能動的に乗せることができないからだ。

 だからこそ、こうしてガン伏せにならざるを得ないのだろう。

 手札に《大嵐》がない現状、攻める側としては厄介極まりないわけだが。

 

「さぁ、遠也さんのターンだよ!」

 

 自信ありげに言うレイは、気持ちが高ぶっているのか、帽子を取ってその長い黒髪を風になびかせている。

 楽しそうに笑いこちらを見つめるその視線に、俺も口角を上げて視線を絡ませ、デッキからカードを引いた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 大嵐は来ない、か。まぁ、そう都合よく来るはずもないし、仕方がない。

 代わりになるカードも来てくれたことだし、これでどうにか出来るといいけど。

 

「俺は《サイクロン》を発動! レイの場の……俺から見て一番左のカードを破壊する!」

 

 カードから現れた暴風が、レイの伏せカードを直撃する。そして風に煽られるようにひっくり返ったのは、《ホーリージャベリン》。当然、破壊されて墓地へ行く。

 残る伏せカードは、あと3枚か。

 

「俺はスクラップ・ドラゴンのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚! そしてスクラップ・ドラゴンの効果発動! 俺の場のレベル・スティーラーと、レイの場の俺から見て右の伏せカードを破壊する!」

「なら、ボクはそれにチェーンして速攻魔法《ご隠居の猛毒薬》を発動! ライフを1200回復するよ!」

 

 再びスクラップ・ドラゴンから放たれる電撃の波が俺の場のレベル・スティーラーを破壊する。そしてレイの伏せてあったカード……《ご隠居の猛毒薬》が発動した後に墓地へ行く。

 

レイ LP:700→1900

 

 今の伏せカードは回復用のものだったのか。バーンにも使えて回復量も多いカードだし、確かにレイのデッキにはいいカードかもしれない。

 となると、残りの2枚が気になるが……俺にはもうあれを除去する手段がない。あとはもう、野となれ山となれ、か。

 

「よし、バトルだ! スクラップ・ドラゴンで恋する乙女に攻撃!」

 

 紫電が走る電気がスクラップ・ドラゴンの口腔に集まっていく。

 その瞬間、レイが待ってましたとばかりに声を発した。

 

「リバースカードオープン! 速攻魔法《収縮》! スクラップ・ドラゴンの元々の攻撃力をエンドフェイズまで半分にするよ!」

「なに!?」

 

《スクラップ・ドラゴン》 ATK/4100→1400

 

 ああ、せっかくの高攻撃力だったのに見る影もなく……。収縮は、こういう後付けの上昇効果を打ち消すところが厄介だな。イージーチューニングの効果も消えて、たった1400になってしまうとは。

 そして、バトルはそのまま続行される。スクラップ・ドラゴンの電撃が恋する乙女を直撃し、レイのライフを削っていった。

 

レイ LP:1900→900

 

「よしっ、これでスクラップ・ドラゴンにも乙女カウンターが1個乗ったよ!」

 

 どうだとばかりに言ってくるレイ。その姿を見ると、デュエルが始まる前までガチガチに緊張していたとは思えないほどだ。

 俺はそれに苦笑しつつ、エンド宣言を行う。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 そしてエンドフェイズを迎えたことで、スクラップ・ドラゴンの攻撃力が元々の値である2800に戻る。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 レイはカードを手札に加えると、すぐさま行動に移る。

 

「ボクは速攻魔法《サイクロン》を発動! 遠也さんの場の右側の伏せカードを破壊する!」

「くっ……!」

 

 破壊されたのは、《くず鉄のかかし》。ついさっき伏せたカードである。

 

「更にリバースカードオープン! 永続罠《女神の加護》! 効果でライフを3000回復!」

 

レイ LP:900→3900

 

 ライフの消費著しいレイのデッキだからこそか。

 女神の加護は回復量こそ膨大だが、フィールドを離れた際に3000のダメージを受けるデメリットがある。普通は採用しないが、恋する乙女では確かに有用な回復カードかもしれない。

 レイのことだし、当然そのデメリットを無効にするカードも用意していることだろう。手札的に見て、今は持っていないだろうが。

 

「バトルだよ! 恋する乙女でスクラップ・ドラゴンに攻撃! 《一途な想い》!」

 

 攻撃宣言により、恋する乙女がスクラップ・ドラゴンに笑顔で走り寄ってくる。

 そしてやはり攻撃力が及ばないため、恋する乙女はスクラップ・ドラゴンに弾かれて地面に倒れこんでしまう。同時に、レイのライフポイントも削られる。

 

レイ LP:3900→1500

 

『きゃぁっ!』

 

 そして、倒れこんだ恋する乙女に心配そうに擦り寄るスクラップ・ドラゴン。

 そんなスクラップ・ドラゴンに、恋する乙女はそっと微笑み、その首元に抱き着いた。

 

『心配してくださるのね。ありがとう、優しいドラゴンさま……』

 

 その後一声鳴くと、スクラップ・ドラゴンが申し訳なさそうに俺に対して頭を下げる。そして恋する乙女と一緒にレイのフィールドに向かって行った。

 まぁ、そうなるだろうとは思っていましたよ。

 

「これで、遠也さんの場はがら空きだよ! バトル! スクラップ・ドラゴンで遠也さんに直接攻撃!」

「そいつは通さないぜ、レイ。罠カード発動、《ガード・ブロック》! 戦闘ダメージを0にし、俺はカードを1枚ドローする!」

 

 スクラップ・ドラゴンの攻撃は見えない壁に阻まれて、俺に届かない。

 それを見て、レイは不満そうではあるが、どこか納得したような表情で苦笑いを浮かべている。

 

「……やっぱり、凄いや。ボクはこれで、ターンエンドだよ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を確認し、俺は即座にとるべき選択を決定していった。

 

「俺は《死者蘇生》を発動し、墓地のジャンク・ウォリアーを復活させる! 更に《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果を発動し、墓地のレベル・スティーラーを特殊召喚する!」

 

《ジャンク・ウォリア-》 ATK/2300 DEF/1300

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

「レベル1レベル・スティーラーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は4だが、これから召喚するモンスターもまた、新しく調整した時に投入したモンスターである。

 飛び立った2体が、光に包まれていく。

 

「集いし闇が、冥府の扉を開け放つ。光差す道となれ! シンクロ召喚! 現れよ、《漆黒のズムウォルト》!」

 

 光が徐々に黒く染まっていき、やがてその闇の中から現れる魔法使いのような出で立ちのモンスター。

 闇色のマントが身体をすっぽりと覆い隠し、頭から肩にかけては赤い頭巾をかぶっているため全身がどうなっているのかを知ることはできない。

 顔も切れ長の目の形だけを残した仮面に隠されており、唯一肌が見えるのはマントから出て、巨大な杖を握っている手だけである。

 

《漆黒のズムウォルト》 ATK/2000 DEF/1000

 

 攻撃力は2000であり、ジャンク・ウォリアーとともにスクラップ・ドラゴンには敵わない。

 だが、ズムウォルトの効果で、その結果は覆すことができるのだ。

 

「いくぞ、レイ! 漆黒のズムウォルトでスクラップ・ドラゴンに攻撃!」

 

 え? と驚きの表情を浮かべるレイに、にやりと笑って言葉を続ける。

 

「そしてこの瞬間、漆黒のズムウォルトの効果発動! 攻撃対象モンスターの攻撃力がこのカードの攻撃力よりも高い場合、攻撃対象モンスターの攻撃力をバトルフェイズ終了時までこのカードと同じにする! よって、スクラップ・ドラゴンの攻撃力は2000までダウン!」

「えぇ!?」

 

 ズムウォルトが杖を一振りすると、闇がスクラップ・ドラゴンに取りついていき、その攻撃力を下げていく。

 

《スクラップ・ドラゴン》 ATK/2800→2000

 

 相手が自分より攻撃力の高いモンスターで、そこにどれほどの差があろうと戦闘破壊できる優秀なモンスターだ。闇属性チューナーと昆虫族モンスター1体、とシンクロ素材に制限はあるが、シンクロンデッキでは比較的容易に召喚可能である。

 ジャンク・シンクロンとレベル・スティーラーでいいのだから、それも当然と言えるだろう。

 さて、これで攻撃力は同じだ。伏せカードもないし、安心して攻撃できる。

 

「いけ、漆黒のズムウォルト! 《ダーク・ドラッグ・ダウン》!」

 

 ズムウォルトから放たれる漆黒の波動と、スクラップ・ドラゴンの電撃の波がぶつかり合う。

 攻撃力は同じであるため、互いの攻撃は拮抗し、やがて爆発を引き起こす。そして2体はその爆発に巻き込まれるが、フィールドから消えていったのはスクラップ・ドラゴンだけである。

 

「漆黒のズムウォルトは戦闘では破壊されない! 更に漆黒のズムウォルトが相手モンスターを戦闘で破壊して墓地に送ったため、相手のデッキの上から3枚を墓地に送る」

 

 レイはその通りにデッキから3枚のカードを取って墓地に送る。これでズムウォルトの処理はすべて終わりだ。

 結果として、レイのフィールドには攻撃力400の恋する乙女だけが残った。

 

「これで最後だ! ジャンク・ウォリアーで恋する乙女に攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 俺の言葉に頷いてジャンク・ウォリアーは拳を握りこむ。だがしかし、それを振りぬくことはしなかった。

 恋する乙女の前に立ち、その拳を恋する乙女ではなく地面に打ち付ける。それだけでも恋する乙女にとっては大きな衝撃を与えることになったようで、恋する乙女は思わず後退して倒れてしまう。

 それを見届けて、ジャンク・ウォリアーはゆっくりと俺のフィールドに戻ってきた。

 

レイ LP:1500→0

 

 恋する乙女は効果により破壊されないが、ダメージは通る。2体の攻撃力差分1900ポイントをレイのライフに与え、ついにデュエルは決着したのだった。

 デュエルが終わったことで、ソリッドビジョンも消えていく。曲がりなりにも惚れていた相手に攻撃させてしまったことをジャンク・ウォリアーに詫びつつ、俺はレイのもとへと歩いていく。

 レイは負けたはずなのに悔しそうにしてはいなかった。それよりも、どこかすっきりとした表情で、どちらかといえば嬉しそうにしていたのである。

 

「あーあ、負けちゃった。まさかライフを1ポイントも削れないなんて、ちょっとショックだよ」

 

 そう言って笑うレイに、俺は声をかける。

 

「なんだ、あんまり悔しがってないな」

「あはは、ちょっとは……その、悔しいけど。でも、それ以上に遠也さんとデュエルできたことが嬉しいんだ!」

 

 そう言って、レイは言葉通りに笑ってみせる。

 まぁ、俺もあのイベント以来知名度だけはあるからなぁ。シンクロ召喚がまだ俺しかまともに使えないこともあって、デュエルをしてみたかったのかもしれない。

 俺はそれに、そうかと答えてレイの頭をぐりぐり撫でる。

 うわっ、と驚きつつも俺の手をどかそうとしないレイ。マナと同様、俺もどうやらそれなりに受け入れてくれているらしい。イベントで会っていたという、クッションがあるからかね。

 そうでなかったら、同性であるマナはともかく、俺はこうまで親しくできなかっただろう。カイザーみたいに片思いの相手でもないんだから。

 俺はレイの頭から手を離し、見学していたマナを手招きして呼ぶ。その間、レイは乱れた髪を直していた。怒られるかと思ったが、むしろ楽しそうにしていたので、まぁいいか。

 

「とりあえず、部屋に戻るか。レイはどうする? 十代たちの部屋に戻ってもいいし、それとももう少し俺たちといるか?」

 

 隣に来たマナを伴いながら、俺がそう問いかけると、レイは僅かに迷った様子を見せる。

 やはり、元々の所属がレッドであるから、そちらのことも気になるのだろう。

 

「えっと……遠也さんたちは、ボクがいても迷惑じゃない?」

 

 探るように訊いてくるレイに、俺とマナは思わず目を見合す。

 そして、すぐに相好を崩してレイに向き直った。

 

「迷惑なわけないだろ。よし、それじゃ部屋についたらデッキ調整だな。マナも協力してくれよ」

「うん、任せて!」

 

 元気よく手を挙げて答えたマナと共に、ブルー寮に向かって歩き出す。

 そのまま後ろを振り返り、一歩遅れたレイにも手を伸ばした。

 

「ほら、レイ! いくぞ!」

「あ……う、うん!」

 

 それに首肯してレイが俺たちに走り寄る。

 マナの隣に並んだレイは、マナと手を繋いで非常に打ち解けた様子を見せてくる。二人で仲良く話しているのを隣から見て、微妙な寂しさを感じる俺の男心。

 まぁ、俺も嫌われてはいないみたいだし、別にいいけど。同性で年上のマナをレイが頼りにするのは当たり前のことだし。

 しかし、どうにも腑に落ちない俺は、ふぅと溜め息をこぼす。

 もし俺に妹がいたらこんな感じなのかもしれないな、とそんなことを考えながら。

 

 

 

 


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