遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第17話 夜闘

 

遠也 LP:4000

手札3 場・《ブラック・マジシャン・ガール》

 

神楽坂 LP:2000

手札2 場・伏せカード1枚

 

 

 マナの直接攻撃が決まり、これで神楽坂のライフポイントは一気に減って半分の2000になった。これで、俄然俺が有利になったと見ていいだろう。序盤ながら、いい始まり方だと言える。

 そう思っている俺だったが、十代たちがいる岩の下あたりからざわざわとした声が聞こえる。どうやら、ブラック・マジシャン・ガールの召喚に驚いたのは、神楽坂だけではなかったようだ。

 

「ええっ!? なんで遠也くんがブラマジガールを持ってるんスか!?」

「あのカードは決闘王(デュエルキング)である武藤遊戯のデッキにしか入っていないはず……」

「どういうことなんだな!?」

 

 翔、三沢、隼人の三人が面白いぐらいに取り乱してくれている。

 さすがに武藤遊戯ゆかりのカードを俺が持っているとなれば、相当に衝撃的なことなのだろう。この世界では。

 そして、眼下の騒ぎに気付いたマナが、常日頃からブラマジガールのファンだと公言してはばからない翔に、ウィンクをする。自分のファンだと言われて、悪い気はしていなかったらしい。

 

「ああっ! いま僕にウィンクしたよ! ……僕もう死んでもいい……」

「偶然じゃないか?」

 

 残念、三沢。偶然じゃありません。

 そんな風にブラマジガールが遊戯さんのデッキからではなく俺のデッキから現われたことに驚く面々。

 その中で、唯一十代だけがどこか得意げな様子を見せて驚いていなかった。

 

「へへ、俺は知ってたぜ! 遠也がブラマジガールを持ってるってな」

「えぇ!? そうだったんすか!?」

「じゃあ、なんで武藤遊戯しか持っていないカードを持ってるんだな?」

「それはだな! ……えっと……悪い、遠也。なんでだっけ?」

 

 隼人に問われ、答えようとした十代が答えられずに俺に放り投げてくる。

 それに思わず勢い込んでいた体勢を崩して、ずっこけそうになる翔と隼人。三沢は苦笑してそんな十代を見ていた。

 そして、放り投げられた俺も、十代が苦し紛れに浮かべている笑い顔を見ながら、肩をすくめて口を開く。

 

「確かにブラマジガールはレアカードだけど、別に世界に1枚ってわけじゃないだろ? もしそうなら、青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)よりもレアで、神のカードと同じレアリティってことになっちゃうだろ」

「そう言われれば……」

「確かにそうなんだな」

 

 十代にしたのと同じような説明をし、得心がいった様子の二人。そこに、俺は更に補足する。

 

「遊戯さんのデッキにしか、っていうのは実戦で使ったのがあの人だけだったからだろ。上手く回すためには、それこそ何十万、何百万するカードが大量にいるからな」

 

 それらを買うのも困難、パックで当てるのはなお困難。そもそも絶版になったカードもあるのだ。実戦で使うなんて普通に考えれば夢のまた夢だろう。

 

「なるほどな……。そういう理由なら納得できる。なら、遠也はなんでそんなレアカードを持ってるんだ?」

「俺の場合は昔パック買ったら出たんだよ」

 

 嘘は言っていない。元の世界でだが、パックを買って出したのは確かだ。この世界とはレアカードの封入率に天と地ほどの差があるけど。

 

「とんでもない強運だな、お前は……」

 

 どこか呆れたようにそうこぼす三沢。いや、この世界レベルの封入率なら、さすがに当てられないと思うぞ。いくらなんでも。

 さて、説明はこのあたりでいいだろう。

 俺は四人に再び背を向け、神楽坂と向かい合う。恐らく俺の話を聞いていたのだろう。その顔にはさっきまであった動揺が見られなくなっていた。

 

「ふん、たとえブラック・マジシャン・ガールを召喚しようとも、このデッキを操る俺が有利であることに変わりはない」

「さて、どうかな。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 デッキからカードを手札に加え、自信ありげに笑みを見せる神楽坂。

 

「いくぜ、遠也。今度は俺の相棒を見せてやる」

「お前のじゃないだろ」

 

 思わず突っ込むが、神楽坂は気にしないことにしたのか無視だった。

 なりきっているからこそかね。そして、遊戯さんの……というより、王様の相棒と言えば一人しかいない。

 

「俺は《古のルール》を発動し、手札からこのモンスターを特殊召喚するぜ。出でよ、我が最強の下僕(しもべ)! 《ブラック・マジシャン》!」

 

 黒く渦巻く闇がフィールドに現れ、そこから徐々に一人の魔術師の姿があらわになる。

 最上級に数えられる魔術師の一人。もはや遊戯デッキの代名詞と言ってもいいほどの知名度を誇るモンスター。ブラック・マジシャンの登場だった。

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

『お師匠様……』

『まさか、こんな形で再会するとは……』

 

 無論、遊戯さんのデッキである以上、あのブラック・マジシャンは紛れもないマハード本人だ。

 呼び出されたマハードは、憂いを帯びた顔で弟子であるマナと俺を見る。マナも師匠との再会がこういう形になってしまったことに、少々表情が陰っていた。

 

「久しぶりだな、マハード」

『遠也殿……。まさか、あなたにこうして杖を向ける時が来るとは思いませんでした』

「気にするなよ、お前は悪くない」

 

 申し訳なさそうなマハードに、俺は明るくそう返す。

 武藤家の客人であった俺に、真面目なマハードはいつもこうして礼儀正しく接してくれていた。そんなマハードに最初はお固い印象を持っていた俺も、一年近く経てばそれがマハードの良いところなんだと気づく。

 こういう場では、その真面目さが裏目に出てしまっているようだが、マハードは何も悪くないのだ。そんな顔をされるのは俺としても不本意である。

 

「まぁ、マナの成長を見てやるぐらいの気持ちでいいんじゃないか?」

『ちょっと、遠也!?』

『……なるほど、それはいいかもしれませんね』

 

 俺が冗談交じりにそう言えば、マナは驚愕して俺を見、マハードは一瞬目を見張るもののすぐに追従してくる。

 恐らく、今のが俺なりの気遣いなのだと判断したのだろう。まぁ、間違いではないから俺も何も言わない。その代わり、マナには犠牲になってもらおうじゃないか。師匠のためなら本望だろう。

 

『さぁ、マナ。お前が遠也殿の下で修行を怠っていなかったか、見てやろう』

『はいぃ、わかりましたぁ。うぅ……恨むよ、遠也』

 

 すまん、マナ。

 

「何をごちゃごちゃ言っているんだ? まだ俺のブラック・マジシャンの力に慄くには早いぜ!」

 

 神楽坂にとっては、俺が独り言を言っているようにしか見えなかっただろう。痺れを切らせ、口を開く。

 そして、俺のフィールドに指を向けた。

 

「いけ、ブラック・マジシャン! ブラック・マジシャン・ガールに攻撃だ! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 神楽坂の指示に従うように、マハードが杖を構えて魔力を充填させていく。

 その規模は、やはり師匠だけあってマナのものよりも幾分か大きい。

 

『いくぞ、マナ!』

『うぅ……折角の再会がなんでこんなことにぃ』

 

 マハードに応え、泣き言を言いつつ杖を構えるマナ。

 そしてマハードから放たれた魔法に対抗するようにマナも魔力を放出するが、やはり地力の差はいかんともしがたく、徐々に押され始め、マナは破壊されてしまった。

 

遠也 LP:4000→3500

 

「俺は更に《強欲な壺》を発動し、2枚ドローするぜ。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「そのエンドフェイズ、罠カード発動! 《奇跡の残照》! このターンに戦闘で破壊されたモンスター1体を特殊召喚する。蘇れ、ブラック・マジシャン・ガール!」

 

 天から光が差し、その道筋を辿って墓地からマナが再び現れる。

 それを見て、マハードが僅かに笑みをこぼし、対して神楽坂は口惜しそうに顔を歪めた。

 

「ちっ、さすがにやるな」

「そりゃどーも。俺のターン!」

 

 さて、どうするか。

 手札は3枚。場にはマナが一人だけ。対してあちらは、伏せカード2枚にブラック・マジシャンのマハードがいる。

 ボード・アドバンテージは完全に持っていかれてるな。しかも、手札に逆転の手はないと来た。とりあえず、今できることは一つだけだな。

 

「俺は《魔導戦士 ブレイカー》を召喚する! このカードが召喚に成功したことにより、このカードに魔力カウンターを1つ置く。そしてこのカードに乗っている魔力カウンターを取り除き、フィールドに存在する魔法・罠カード1枚を破壊する! 俺が選ぶのはお前の場の俺から見て右の伏せカードだ!」

 

《魔導戦士 ブレイカー》 ATK/1600 DEF/1000

 

 魔力カウンターが乗っていれば、攻撃力1900のアタッカーともなるこいつだが、今の状況では相手の場を少しでも崩すほうが肝要だろう。

 ブレイカーから放たれる魔力が伏せカードを直撃し、破壊に成功した。

 

「くっ……《攻撃の無力化》が……」

 

 カウンター罠、しかも攻撃の無力化か。なかなかいいカードを破壊出来た。

 

「俺は更にブラック・マジシャン・ガールを守備表示に変更。ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー! ……ふ、このデッキの力をお前に見せてやるぜ」

 

 意味ありげに口元を歪める神楽坂。

 いったい何をしてくるつもりなのか……。

 

「バトル! ブラック・マジシャンでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

「くっ……!」

 

 再びマハードの手によって墓地に送られるマナ。すまんな、二人とも。あんまりいい気分はしないだろうに。

 

「まだだ! リバースカードオープン! 速攻魔法《光と闇の洗礼》! これにより、場のブラック・マジシャンを生贄に捧げ、手札から《混沌の黒魔術師》を特殊召喚する!」

 

 マハードが闇にとらわれ、やがてその姿を消していく。

 そして、僅かばかりの間をおいてフィールドに現れた時。その姿は大きく様変わりしていた。

 全身のスタイルを強調するようなレザースーツ。それを留める無数のベルト。そして、頭にかぶった帽子は縦に長かったものが横に広がるものへと変化している。

 デュエルモンスターズ界の魔術師としては、ブラック・マジシャンを超える大魔術師。混沌の黒魔術師の登場だった。

 

《混沌の黒魔術師》 ATK/2800 DEF/2600

 

「混沌の黒魔術師……! 最強の魔法使い族にして、魔法使い族の切り札だ!」

 

 三沢が驚きを込めてそう言えば、翔と隼人も、そのステータスを見て驚愕する。2800という値は、容易に越えられる数値ではない。加えて効果も凶悪だから、洒落にならん。

 

「このカードの召喚に成功したことで、俺は墓地から魔法カードを1枚手札に加えることが出来る。俺は《強欲な壺》を手札に加えるぜ」

 

 これだ。これこそがある意味でこのカードの最も厄介な能力。

 墓地からの魔法サルベージ自体は他のカードにもあるが、しかしこのカードにはその発動に対してコストがない。更に、自身は特殊召喚方法が豊富な闇属性の魔法使い族だ。ぶっちゃけ、やろうと思えばいくらでも回収でき、使っては回収し、というのを繰り返すことすら可能となる。

 そのため、OCGでは現在禁止カードに指定されている。これが禁止を食らったことで、いったいいくつの魔法使い族デッキが涙を飲んだことか……。

 

「バトルフェイズ中の特殊召喚だから、まだこいつには攻撃権が残ってるぜ! バトル! 混沌の黒魔術師で魔導戦士 ブレイカーに攻撃! 《滅びの呪文》!」

 

 閃光のように走る闇色の光がブレイカーを直撃し、苦悶の表情で墓地へと消えていく。

 くそぅ、まさかここで混沌の黒魔術師が出てくるとは……。

 

遠也 LP:3500→2300

 

「混沌の黒魔術師に破壊されたモンスターは、墓地へは行かず除外される! 俺は更に《強欲な壺》を発動! デッキから2枚ドローし、ターンエンドだ」

 

 まずい……。ここで何かキーカードを引かなければ、このままやられることもあり得る。

 やはり担い手が違えど、王様のデッキか。回りづらささえ何とかなれば、これほど怖いものもないな。

 だが、ここで負けるわけにもいかない。特に、マナの仲間をさらったコイツには。

 

「俺のターン!」

 

 これは……きたか!

 

「俺は《見習い魔術師》を召喚! 更に手札から速攻魔法《ディメンション・マジック》を発動! このカードは自分フィールド上に魔法使い族モンスターがいる時に発動出来る! 自分フィールドのモンスター1体を生贄に、手札から魔法使い族モンスターを特殊召喚する!」

 

 人型をした棺が現れ、そこに見習い魔術師が収められていく。そして、その代わりにフィールドに出すことになるモンスターを、俺は手に取った。

 

「俺は見習い魔術師を生贄に捧げ、手札から《氷の女王》を特殊召喚する!」

 

《氷の女王》 ATK/2900 DEF/2100

 

 その名を示すように氷でできた槍のように大きな杖を持ち、白く美しいドレスに身を包んだ女性が棺からするりと降り立つ。氷結した前髪に隠れ表情は見えないが、僅かに覗く口元が小さく微笑みを浮かべた。

 

「キレイな女性っす~。それに攻撃力も高いなんて、凄いや!」

「攻撃力2900……これほどの攻撃力を持つ魔法使い族モンスターがいたとはな」

 

 翔と三沢の声が届く。

 まぁ、魔法使い族の中では《コスモ・クイーン》と並ぶ高攻撃力モンスターだ。加えて破壊された時に墓地に魔法使い族が3体いれば墓地の魔法カードを手札に加えるというその効果も優秀であり、魔法使い族の中では混沌の黒魔術師に次ぐ切り札と言えるだろう。

 

「更にディメンション・マジックの効果、フィールド上に存在するモンスター1体を破壊できる! 俺は混沌の黒魔術師を選択する!」

 

 氷の女王が出てきた棺が相手の場に移動し、混沌の黒魔術師を閉じ込める。そして、そのまま爆発して棺はその役割を終える。

 無論、中に入っていた混沌の黒魔術師の姿はどこにもない。

 神楽坂のフィールドは、全くの空っぽになっていた。

 

「くっ……!」

「いくぞ、神楽坂! バトル! 氷の女王で直接攻撃! 《コールド・ブリザード》!」

 

 氷の女王が杖を一振りし、そこから発生した猛吹雪が神楽坂に襲いかかる。

 

「よし! これで遠也の勝ちだ!」

 

 十代がそう拳を握り込み言ったその瞬間。

 神楽坂が手札のカードに手をかけた。

 

「手札から《クリボー》の効果を発動!」

「なに!?」

「このカードを手札から捨てることで、この戦闘によって発生する俺への戦闘ダメージは0になる!」

 

 神楽坂の場にクリボーが現れ、その身で吹雪を受け止める。

 小さな身体ながら、その身を削って神楽坂を守り、そしてその役目を見事に果たしたクリボーは墓地へとその姿を消した。

 まさか手札にクリボーがいたとはな。そういえば、王様のデッキの中でもブラック・マジシャンと同じぐらいに有名なカードだった。その効果も便利なものなので、俺自身たまにデッキに入れるほどである。

 

「ありがとう、クリボー。お前には何度も助けてもらったな。さすが俺が数千枚の中から選んだカードだぜ。このチャンス、無駄にはしないぜ!」

 

 ……突っ込み待ちなのだろうか?

 

「盗んだデッキで何言ってるんだろ……」

「ま、まぁ、神楽坂は武藤遊戯になりきっているということだろうな」

 

 その前に翔が呆れたように突っ込み、それに三沢が苦しい解説を加える。

 

「……そういう問題か?」

「……なんだな」

 

 更に十代と隼人からも言われ、三沢も何も言うことが出来ないのか、乾いた笑いを洩らすだけだった。

 しかし、精霊が見えるってのも面白いもんだな。墓地でクリボーが苦笑いしているのが見えるなんて。やっぱ、クリボー自身も戸惑ってんだな、今のには。

 

「やれやれ。俺はこれでターンエンドだ」

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 カードを引いた神楽坂は、手札のカードに手をかけた。

 

「俺は《光の護封剣》を発動! この効果で、お前は3ターンの間攻撃宣言をすることが出来ない!」

「面倒なカードを……」

 

 3ターンは意外に長い。まして、手札がない俺にとっては、対策もない。

 高攻撃力モンスターが俺の場にいる今、神楽坂にとっては最善に近いカードだろう。

 

「更に俺は《翻弄するエルフの剣士》を守備表示で召喚し、ターンエンドだ」

 

《翻弄するエルフの剣士》 ATK/1400 DEF/1200

 

 これまた懐かしいカードが出てきたな。効果は確か攻撃力1900以上のモンスターとの戦闘では破壊されない、だったか。

 上位デュエリストの多くがハイビートを好むこの世界では、それなりに有用な壁モンスターだ。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 除去カードではない、か。攻撃も封じられているし、今は何も出来ないな。

 

「カードを伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て、神楽坂が笑みを見せる。そして、手札からカードを指に挟むと、それを俺に見せて宣言する。

 

「俺は《天よりの宝札》を発動! 互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにドローする!」

 

 ここで天よりの宝札だと? 俺の手札は0枚。俺にとっても、最大級の恩恵をもたらすここで使うとは……。今のドローでよほどいいカードを引いたと見える。

 

「更に《ワタポン》を特殊召喚! このカードは魔法・罠・効果モンスターの効果で手札に加わった時、特殊召喚できる! そしてワタポンを生贄に捧げ、《ブラック・マジシャン・ガール》を召喚する!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→2300 DEF/1700

 

 今度は神楽坂のフィールドに現れるブラック・マジシャン・ガール。墓地に1体のブラック・マジシャンがいるため、攻撃力が300ポイントアップする。

 そして、その姿を見た翔が再び歓声を上げた。

 

「出たぁ! ブラック・マジシャン・ガールっす! ……でも、遠也くんのとはちょっと違うような……」

 

 翔が首をかしげるが、その言葉を受けて更に俺は首をかしげる。

 どちらも同じカードだし、違いはないはず。どちらかというと、本物と言っていいのはあっちのほうだから、俺のカードが何かおかしいんだろうか?

 そう思っていると、十代が翔の言葉に返答していた。

 

「その答えは簡単だぜ。遠也のブラック・マジシャン・ガールは生き生きしてたけど、神楽坂のほうは何て言うか、生気が感じられないのさ」

「言われてみれば、ずっと静止してるっすね。遠也くんのほうはよく動いてたのに……」

「ソリッドビジョンの差で、そんな風に見えるだけじゃないか?」

 

 その会話を聞き、俺は成程と内心で頷く。

 俺のカードには現在マナが宿っているが、あちらのカードに今マナはいない。精霊が宿っているかそうでないか、というのが十代の言いたい違いということだろう。

 そして、そんな外野の声には気を払うことなく、神楽坂はすべきことを続けていく。

 

「そして、俺は墓地の闇属性の《クリボー》と光属性の《ワタポン》を除外する」

 

 ……おい、その召喚条件には嫌な予感しかしないんだが。

 俺が心当たりを思い浮かべて冷や汗を流していると、神楽坂はお構いなしに手札から一枚のカードをディスクに置いた。

 

「こいつがこのデッキ最強の切り札だぜ! 出でよ、デュエルモンスターズ界最強剣士! 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》!」

 

 神楽坂の宣言と共に現れる青い全身鎧に身を包んだ一人の剣士。

 右手には一振りの剣を携え、左手には頑強な盾を持つ。深くかぶった兜の隙間から射抜くようにこちらを見つめる視線が、否応なしにそのカードが持つ力を俺に感じさせた。

 

《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》 ATK/3000 DEF/2500

 

「カオス・ソルジャー……! 公式大会での使用が禁止となった《混沌帝龍カオス・エンペラー・ドラゴン -終焉の使者-》と並び称される絶大な力を持ったモンスターだ!  まさかこの目で見る日が来るとは……」

 

 三沢が驚愕の表情で神楽坂のフィールドを見つめる。その説明を聞いた十代たちも同様だ。

 カオス・ソルジャー -開闢の使者-……元の世界では、実に6年間禁止カードとして扱われてきた強力カードだ。最近になって制限復帰したものの、その能力はやはり脅威の一言に尽きる。

 1ターンに1度、自身の攻撃権を放棄することで相手モンスター1体を除外する効果。相手モンスターを戦闘破壊した時、続けてもう1度攻撃できる効果。

 そのどれもが破格と言っていい強さを誇る。2つ目の効果は戦闘で破壊するという条件があるものの、このカードは召喚しやすいうえに攻撃力が3000もある。この条件は特に何もせずともクリアできる条件なのだ。

 味方であれば心強いが、それが向こうにあるとなると恐ろしい。

 俺は思わず息を飲んで神楽坂の次の行動を見守る。

 

「いくぜ! カオス・ソルジャーで氷の女王に攻撃! 《開闢双破斬》!」

 

 指示を受けたカオス・ソルジャーが剣を持った右手を引き、弓を引くような体勢をとる。

 そして、そのまま弾丸のように駆け出し、その剣を素早く氷の女王に向かって突き出した。

 

「罠発動! 《くず鉄のかかし》!」

 

 が、その瞬間。俺が発動したカードによって場に現れた1体のかかしが、その剣をかろうじて受け止める。

 カオス・ソルジャーは、攻撃を止められたため自陣へと退いていった。

 

「このカードは、相手モンスター1体の攻撃を無効にする。そして、発動後このカードは再び場にセットされる」

 

 起き上がったくず鉄のかかしのカードは、そのまま伏せられて先程と同じ状態に戻る。

 それを見て、神楽坂が舌打ちをした。

 

「ちっ……決められなかったか。他に氷の女王の攻撃力を超えるモンスターはいない。俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 神楽坂としては、今の攻撃で氷の女王をどかし、その後連続攻撃、あるいはブラマジガールの攻撃で勝負を決める腹積もりだったのだろう。だからこそ、天よりの宝札をここで使った。

 だが、俺の伏せカードによりその計算は崩壊。逆に俺の手札を潤沢にしたままターンを譲ることになってしまったわけだ。

 しかしそれも今だけのこと。恐らく次のターンでは対処してくるだろう。それぐらいは、あのデッキならばやってのける。

 なら、俺はそれをされる前にどうにかするだけだ。

 俺の手札まで回復させたのは、失策以外の何物でもない。おかげで、手札には最高のカードが揃った。

 

「いくぞ、神楽坂! 俺は《死者蘇生》を発動! このカードの効果で、俺は自分かお前のどちらかの墓地からモンスターを選んで俺の場に復活させることが出来る! 俺が選ぶのは、お前の墓地に眠る《ブラック・マジシャン》だ! 蘇れ、マハード!」

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 マハードが神楽坂の墓地から飛び出し、俺のフィールドに立つ。こちらに背を向け悠然と神楽坂に向き合う姿には、やはり風格のようなものが漂っていた。

 マハードは王様にとって最高の相棒。あのまま墓地で過ごさせるのはもったいないってものだろう。

 それにしても、マハードが俺の場にいるのは何とも珍しい。俺に着いて来たマナとは違い、マハードはずっと遊戯さんの傍にあり続けていたからだ。

 

『そういえば、こうして遠也殿と共に戦うのは初めてでしたね』

 

 おもむろにこちらに振り向き、そう笑みを浮かべて言うマハード。

 まさに同じことを考えていた俺は、同じく小さく笑みをこぼして頷いた。

 

「ああ。今回限りだけど、よろしく頼むぜ」

『無論!』

 

 力強く答えてくれたマハード。それに応えるためにも、俺は更に手札のカードを手に取った。

 

「更に魔法カード《黒・魔・導(ブラック・マジック)》を発動! このカードは自分の場に「ブラック・マジシャン」がいる時のみ発動できる! 相手の場の魔法・罠カードを、全て破壊する! いけ、ブラック・マジシャン!」

 

 俺の言葉を受けて、マハードが飛び出していく。そしてその杖先に膨大な魔力を込め、それは徐々に魔法となって現れた。

 強大な力を持ったそれを、マハードが杖ごと振りかぶる。そしてそのまま俺に対して視線を向け、俺は頷いて声を出す。

 

「《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 その宣言と同時に、マハードが杖先からその魔法を解放する。

 それは黒い雷のような閃光となって、神楽坂の場を駆け巡り、そこに伏せられていたカードと光の護封剣を破壊していった。

 伏せられていたのは、《聖なるバリア -ミラーフォース-》。逆転の一手は、既に神楽坂の場にあったことになる。危ないところだった。

 

「く、くそっ!」

 

 場の伏せカードと光の護封剣を破壊された神楽坂は、表情を歪める。

 これで、神楽坂の場にはモンスターが3体。そして手札が1枚だけとなる。クリボーが既にいない以上、攻撃を防がれるということも恐らくないだろう。

 

「やった! 光の護封剣がなくなったってことは……」

「遠也が攻撃できるんだな!」

「いっけぇ、遠也ー!」

 

 外野の四人、翔と隼人と十代が逸るように俺に声援を送る。三沢もまた、腕を組んだ状態でこちらを見ている。

 俺はそちらに一度だけ目を向け、神楽坂に向き直った。

 

「更に、《千本(サウザンド)ナイフ》を発動! 自分の場に「ブラック・マジシャン」がいる時、相手の場のモンスター1体を破壊する! 対象は……《翻弄するエルフの剣士》!」

「な、なに!?」

 

 マハードの後ろの空中に無数のナイフが浮かび上がる。

 そして杖を翻弄するエルフの剣士に向けると、ナイフはその意に沿うように真っ直ぐ飛んでいき、エルフの剣士を串刺しにして破壊させた。

 

「くっ……馬鹿な、なぜカオス・ソルジャーを破壊しなかった!?」

「そんなの簡単だ。翻弄するエルフの剣士の効果のほうが、今は厄介だからだよ」

 

 あいつは攻撃力1900以上のモンスターには破壊されないうえ、守備表示だった。もし何らかの方法で次のターンにまで残った場合、除去するのが難しい壁になるところだったからな。

 

「そんな馬鹿な……翻弄するエルフの剣士のような弱小モンスターより、最強剣士であるカオス・ソルジャーを破壊したほうがいいに決まってる!」

「神楽坂……お前、もう物真似すらできてないぜ」

「……なに?」

 

 俺が嘆息しつつ言うと、神楽坂は訝しげな眼を俺に向けた。

 俺は、言葉を続ける。

 

「遊戯さんは、絶対に自分のカードのことを“弱小”だなんて言わない。さっきお前自身も言ってただろ。数千枚の中から選んだカードだってな。そのカードを馬鹿にする真似を、決闘王(デュエルキング)がすると思うか?」

「なっ……!?」

 

 絶句する神楽坂に、俺は更に言い募る。

 

「結局、そいつはお前のデッキじゃない。だから、一緒に戦うカードに対してそんなことが言えるのさ。お前も、お前自身でデッキを組んで戦えよ。誰かのデッキに似るのなら、そのデッキ同士を合わせたりして工夫すればいい。それで負けたとしても……他人の姿を借りたままより、よっぽどいいと思うぜ」

「けど、俺は……!」

「俺は、神楽坂自身とデュエルしたいけどな」

 

 その言葉に、神楽坂がはっとした顔をして俺を見る。

 しかし、俺はもうそのことについて話すつもりはなかった。代わりに、にやりとした笑みを浮かべて見せる。

 

「さっきの話に戻るけどな。カオス・ソルジャーを破壊しなかったのは、それだけが理由じゃない。……戦闘でも、十分破壊できるからだ!」

 

 その言葉に目を見張る神楽坂と、驚きの声を上げる後ろの面々。

 それを受けながら、俺はカードを手に取った。

 

「俺は氷の女王を生贄に捧げ、手札からレベル6モンスターを召喚する! もう一度来い、相棒! 《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 再び手札から現われる俺の相棒。

 2枚目のブラック・マジシャン・ガールが俺の場に降り立った。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

「えぇ!? 2枚目のブラック・マジシャン・ガール!?」

「まさか、あんな超レアカードを2枚も持っているというのか!?」

 

 翔と三沢が後ろで面白いぐらいに驚いている。

 そりゃこのデッキの主軸なんだから、2枚ぐらいは入っているともさ。ブラマジと併せて、こいつがいなければこのデッキはデッキとしてのテーマをなくすぐらいだからな。

 そして墓地のブラマジガールに宿っていたマナが、再び場に復活する。同じカードが現れたことで、移動して来たのだろう。

 

『あー、窮屈だったぁ。ありがと、遠也!』

 

 ぷはぁ、と息をつき、背中を丸めて疲れた様子で現れたマナに、俺は苦笑する。

 

「どういたしまして。それより、隣を見て言うことはないのか?」

『隣? ……あ! お、お久しぶりです、お師匠様!』

 

 マハードの姿を認めた途端、しゃきっと姿勢を正すマナ。それを見て、マハードは指で額を抑えると、溜め息をついた。

 

『まったく……さっきはしっかり遠也殿を守る姿勢を見せていたかと思えば……。あとでお前には言わねばならならないことがありそうだな』

『え、あ、う……そのぉ……あははは!』

 

 結局なにも言い訳を思いつくことが出来なかったマナは、笑って誤魔化す手段に出たようだった。

 が、そんなものがマハードに通用するはずはなく。むしろただ余計な怒りを買っただけのようだった。

 

「まぁまぁ。それは後にして、今はこっちのほうを頼むよ」

『む……そうですね。マナ、どうせ展示会には来るのだろう。その時にまた話をしよう』

『はぁい……ああ、憂鬱……』

 

 いきなり説教確定のマナのテンションの下がりっぷりがヤバイ。

 が、それも僅かの間のこと。すぐさま表情を真剣なものにして、マハードと隣り合って神楽坂の場に向かい合う。

 こういうところは、やはり二人の間にある絆が為せることなんだろう。

 

「……だが、攻撃力2900の氷の女王を生贄に、攻撃力2000のブラック・マジシャン・ガールを召喚するとはな。900ポイントの差は大きい。ミスをしたな」

「さて、それはどうかな」

 

 俺も、何の意味もなくマナを呼び出したわけじゃない。もちろん、氷の女王のままでも問題なかったのは事実だ。

 だが、このデュエルはマナが決めるべきだというというこだわりがあった。そして、それが出来るカードは既にここにある。

 残りの手札3枚。これが、勝利に繋がるピースたちだ。

 

「まず俺は永続魔法《一族の結束》を発動する!」

 

 そのカードをディスクに置くが、それを聞いていた三沢が首をかしげる。

 

「《一族の結束》? 聞かないカードだな……」

 

 勉強熱心な三沢が知らない以上、十代たちにもわかるはずがない。神楽坂も含め、五人の人間が初めて見るカードに、どんな効果なのかと俺に目線で問いかけてくる。

 

「このカードは、自分の墓地に眠るモンスターの種族が1種類だけの時、自分フィールド上にいる同じ種族のモンスターの攻撃力を800ポイント上昇させる。俺の墓地には魔法使い族だけだ! よって2体の攻撃力が800ポイントずつアップ!」

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500→3300

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→2800

 

「種族統一デッキにとっては、とんでもなくありがたいカードだな。一気に800ポイントもの上昇とは……」

 

 三沢が冷静にカードの効果を分析する。

 そう、種族統一デッキではこのカードがあるだけで戦闘面での心配がほぼなくなるお手軽ながら高性能なカードだ。下級モンスターの攻撃力が上級を超え、上級の攻撃力が最上級を超える。

 特に元々の攻撃力に恵まれている魔法使い族や戦士族では、非常に効果を発揮するカードである。

 

「だが……それで攻撃されても、まだ俺のライフは残る!」

 

 確かに、神楽坂の言う通りだ。カオス・ソルジャーをマハードが倒し、マナがブラマジガールを倒しても、ダメージの合計は1100ポイント。900ポイントのライフが残る計算になる。

 だが、俺の手札がまだ2枚あることを忘れていないだろうか。

 

「俺はもう1枚の《一族の結束》を発動! このカードの効果は、複数枚発動した場合重複する! よって2体の攻撃力を更に800ポイントアップ!」

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/3300→4100

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2800→3600

 

「なに!? 効果が重複するだと!?」

 

 神楽坂が驚きの声を上げる。まぁ、相対する側にしてみれば、悪夢のような上昇率だからな、これ。

 

「1体だけではなく、味方全体の800ポイント攻撃力増加。加えて効果を重複させられるとは……。発動条件は厳しいものの、なんて強力なカードだ」

 

 三沢がわかりやすくこのカードの利点と欠点を述べる。

 このカードは元の世界でも種族を統一するならば100%投入されていたカードだ。むしろ、投入されなければ、種族を統一する意味も薄れると言っていいほどだ。

 このカードの登場により、種族統一デッキは大幅に見直されたと言ってもいい。なにしろ3枚積んで発動させた場合、一気に2400ポイントの上昇だ。下級モンスターが最上級モンスターを殴り殺せるような火力になるのだから、その恐ろしさがわかろうと言うものである。

 これで、神楽坂のライフは削りきれる。だが、最後にもう1枚。残った手札のカードを発動させる。

 

「最後に装備魔法《魔術の呪文書》を発動。このカードは「ブラック・マジシャン」か「ブラック・マジシャン・ガール」しか装備出来ない。俺はブラック・マジシャン・ガールを選択し、攻撃力を700ポイントアップさせる」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/3600→4300

 

 マナの手元に現れた一冊の本。それを開き、マナが目を通していく。

 そして魔術書の効果なのか、本を閉じたマナは魔力を更に充実させ、その攻撃力を一層強固なものへと変化させていた。

 

「攻撃力、4300だと……!」

 

 その圧倒的な魔力の奔流に、神楽坂は息を飲んだ。

 元々の攻撃力が2000とは思えないほどに、マナから溢れる魔力は空気を揺らしてフィールドを駆け抜ける風を作り出す。

 神を超え、究極の名を冠するドラゴンにすら迫る黒魔術師の少女。その絶大な力を得たマナを残し、まず俺はマハードに指示を出す。

 

「いくぞ、神楽坂! ブラック・マジシャンでカオス・ソルジャー -開闢の使者-に攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 マハードが一つ頷き、自身の魔力を集束させていく。

 それは常のものとは比較にならない、巨大な球体をその頭上で形作る。マハードの等身ほどもあろかというところまで膨らんだそれを、マハードは杖を操ってカオス・ソルジャーへ向けて解き放った。

 それはフィールドを抉るように進み、カオス・ソルジャーの元へと到達する。盾を構えて防御態勢を取るものの、巨大すぎる魔力球に対抗するには、それはあまりに弱々しいものだった。

 一気に飲み込まれたカオス・ソルジャーは、その魔法によって消滅させられ、その余波が神楽坂を襲った。

 

「ぐぁあっ!」

 

神楽坂 LP:2000→900

 

 そして、その間に既にマナは攻撃準備を完了させている。

 バチバチと紫電を纏った魔力がマナを包むように展開される。それをマナは杖を水平に神楽坂の場に向け、杖の先へと一気に力を傾ける。

 途端に形成される闇色の魔力砲。その砲弾となるそれを、マナはゆっくりと神楽坂の場のブラック・マジシャン・ガールに向けた。

 あちらの攻撃力は元々のままの2000。対して、こちらのマナは4300にまで上昇している。

 そして神楽坂の場に伏せカードはなく、手札も1枚。更にクリボーは既に使用済みだ。つまり、神楽坂を守るものは、もう何もない。

 俺はマナに目を向け、マナもまた俺を見る。そして互いに頷きあい、俺は神楽坂に向けて口を開いた。

 

「これで終わりだ、神楽坂! ブラック・マジシャン・ガールで、神楽坂の場のブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《黒魔導超爆裂砲(ブラック・バーニング・バスター)》!」

 

 マナが巨大な砲弾をその場に置いたまま、一度杖を振りかぶる。

 直後その杖は一気に振り抜かれ、押し出すように目の前の砲弾に触れた。

 その瞬間、爆音と共に高速で発射される魔力砲。空間を削りながら直進するその絶望的な力の奔流に、攻撃力が圧倒的に及ばない神楽坂の場のブラック・マジシャン・ガールは、抵抗すら出来ずに飲み込まれる。

 そして、それでもその勢いは衰えることはない。そのまま突き進んだそれは、後ろにいた神楽坂に直撃して、そのライフポイントを一気に削り取っていった。

 

「うわぁぁあああッ!」

 

神楽坂 LP:900→0

 

 魔力砲が神楽坂の後方へと過ぎ去り、神楽坂が膝をつく。

 余すことなくライフポイントを食らい尽くした今の攻撃によって、神楽坂の敗北がデュエルディスクに表示される。

 これにて、このデュエルの決着はついた。

 ソリッドビジョンが解除され、マハードの姿が消えていく。マナも身体から溢れていた魔力を霧散させ、俺の隣へと戻って来た。

 そして岩の上に頽れる神楽坂と、向かい合う俺だけがそこに残るのだった。

 

「神楽坂……いいデュエルだったぜ」

 

 俺がそう声をかけると、神楽坂は顔を上げた。しかし、そこに浮かぶのは自嘲の笑みだった。

 

「はは、決闘王のデッキを使っても、このザマさ。猿真似なんて言われるのも、当然だな。俺にはやっぱり、才能がないんだ……」

「神楽坂……それは違うぜ」

 

 俺がそう言うと、神楽坂は俺を見る。

 

「遊戯さんのデッキは、重いモンスターが多く回りにくい。その中で、あれだけ上級モンスターを繰り出し、運用したお前に才能がないわけがない。お前には、一つだけ足りないものがあった、それだけだ」

「足りないもの、だと? それは一体……」

「デッキを信じる気持ちさ」

 

 俺はそう言い、自分のデッキに手を乗せる。

 それはさながら慈しむように。マナも、そんな様子を見て優しく微笑んでいる。

 

「俺たちは、試行錯誤しながらデッキを組む。そして、満足のいくデッキを作るんだ。だから、勝てたら嬉しいし負けると悔しい。お前は、心のどこかでどうせ真似になると思って、そこで諦めていたんじゃないか?」

 

 神楽坂が、思い当たる節があるようにはっとする。

 俺は、更に言葉を続ける。

 

「似たデッキになったって、いいじゃないか。そこに、使えそうなカードを自分なりに選んで加えていけばいい。似ていたって、それはお前が自分で組んだ、強いと信じたデッキだろう。なら、お前はそれをただ信じればよかったんだよ」

「俺は……」

「それに、もうお前を馬鹿にする奴なんて、誰もいないぜ」

「え?」

 

 俺は後ろを振り返る。神楽坂も、つられるように俺の背後に目を向けた。

 視線の先には岩場に隣接した崖。その上、木々の隙間から次々と姿を現すアカデミアの生徒たち。

 ブルー、イエロー、レッド。寮に関係なく多くの生徒が笑顔で崖から見下ろすように俺たちを見ていた。

 

「これは……」

 

 驚きの表情を浮かべている神楽坂。そして、そんな神楽坂に矢継ぎ早に声が降って来る。

 

「すげぇぞ、神楽坂ー!」

「決闘王のデッキを、あんなに使いこなすなんてな!」

「最高だったぞ、二人ともー!」

「今度は俺とデュエルしてくれー!」

 

 わーわー、と絶えることない好意的な声。

 マナはどうも周りで見ている生徒に気が付いていたらしく、俺はついさっきそれをマナから知らされた。その皆の表情が、一様にこのデュエルを楽しんでいるものだったことも。

 だからこそ、俺はこうして神楽坂に告げたのだ。もう、誰もお前を蔑む奴なんていない、と。

 その大量の言葉を受け、神楽坂は再び顔を伏せる。震えている肩から見て、泣いているのかもしれない。その理由を察せないほど馬鹿じゃない俺は、黙って崖の下に目を向けた。

 そこには、隅から出てきたカイザーと明日香がいる。俺は二人に手を上げて声をかけた。

 

「よ、来てたのか二人とも」

「ええ」

「俺たちも一足先にデッキを見たくてな。クロノス教諭がデッキを盗まれたと言っていたから探していたんだが……」

 

 そこまで言って、カイザーは俺と神楽坂に目を向ける。

 

「そこで、止めるにはあまりに惜しいデュエルを見かけたんでな。悪いが、観戦させてもらっていた」

 

 それに、神楽坂が顔を上げてカイザーを見る。

 カイザーは、神楽坂に向けて声をかけた。

 

「素晴らしいデュエルだった。俺も、今度はお前自身のデッキでお前が存分にその力を振るう姿を、見たいものだ」

「か、カイザー……!」

 

 学園最強の実力者であるカイザーにまでそう言われ、神楽坂は驚きと共にその言葉を受け取る。

 

「デッキを盗んだのはよくない。だが、おかげで俺たちは最高のデュエルを見ることが出来た。……お前の罪が軽くなるよう、俺たちも出来るだけ努力しよう」

 

 カイザーがそう言うと、周りの生徒がわっと盛り上がる。

 

「そうだ! 署名ぐらいならいくらでも書くぜ!」

「武藤遊戯のデッキが戦う姿を見れたんだ! 安いもんだ!」

 

 そう言う生徒の中には、ブルーの生徒までいた。

 その沢山の声を受けて一層涙腺を緩ませる神楽坂。それに背を向け、俺は岩から降りた。もう俺に言うことは何もないと思ったからだ。

 だが、そんな俺を神楽坂が呼び止める。

 

「遠也! 色々言って、すまなかった! 今度……今度俺が俺自身のデッキを作ったら、もう一度デュエルしてくれ!」

 

 涙声でそう訴える神楽坂に、俺が返す答えなんて決まっている。

 

「もちろん! 楽しみにしてるぜ!」

 

 笑顔でそう答えて、今度こそ俺は岩から降りる。

 そして十代たちのところに合流し、まずは翔に声をかけた。

 

「よ、仇は取ったぞ」

「そういえば……。すっかり忘れてたよ」

 

 あはは、と笑う翔にその場の全員が笑う。

 十代とも、お疲れの意味を込めてハイタッチを交わし、隼人や三沢からも労いの言葉をもらう。

 これで、この騒動も終わりだろう。あとはきっと、カイザーやクロノス先生辺りが上手くやってくれるに違いない。クロノス先生も事を大きくはしたくないはずだからな。

 

 と、ここで終わっておけば綺麗に纏まったのだが……。

 

「ね、遠也くん」

「ん? どうした翔」

 

 不意に呼びかけられ、俺は振り返る。

 そこには、ものっそい笑顔の翔がいた。

 

「遠也くん、ブラマジガールのカード持ってたんだネ。それも2枚……」

「な、何が言いたい……」

 

 その笑顔があまりに恐ろしく、俺は思わず後ずさる。マナも身の危険を感じたのか腕をさすっていた。

 

「やだな、簡単だよ。……僕のカードと交換してよ遠也くーんッ!」

 

 飛びかかって来た翔をすんでで避け、俺は駆け出す。

 

「嫌に決まってんだろ、何言ってんだ!」

「お願いだよ! 何枚でも出すから! だから、僕にブラマジガールプリィーズッ!」

 

 追いかけてくる翔。逃げる俺。

 俺はカイザーのほうへと逃げた。こうなったら、カイザーに全部押しつけてやる。兄貴なんだから、翔を抑えるぐらいなんでもないだろう。

 

「カイザー!」

「遠也か、どうし……ああ、なるほど」

 

 俺と翔の姿を見て、一瞬で納得するカイザー。さすがは兄貴。理解が早い。

 ならば、俺が求めていることもわかるはず。そう期待を込めてカイザーを見ると、カイザーはふっと笑みを浮かべてこう言った。

 

「すまん、逃げ切ってくれ遠也」

「おおぉーい! 友達を見捨てるのかよ、カイザー! っていうか、お前の弟だろ!」

「ああなったら、そう簡単には止められん。友として、応援はしよう。頑張れ、遠也」

「てめぇ、この役立たず帝王! あとで覚えてろよ!」

「遠也くん! 交換してくれるまで、僕は諦めないからね!」

 

 そして岩場から去っていく俺たち。

 それを、十代たちは何とも言えない表情で見送っていたそうである。

 

 

 その後、何故かブラマジガールを賭けたアンティデュエルをすることになった俺と翔。

 もちろん全力で叩き潰した。

 しかしながら、翔相手に初めてヤバイと思った場面が何度もあったことを追記しておく。

 執念ってのは、恐ろしいもんだな……。

 

 

 

 

 そして迎えた次の日、デッキ展示会の当日。

 俺は十代たちと一緒に展示会場に来ていた。既に割られたガラスケースなども新しいものと交換され、多くの生徒がそのデッキを眺めて何事かを語り合っている。

 その様子を入り口付近から見ながら、俺と十代は言葉を交わす。

 

「やれやれ、どうにか開催されてよかったな」

「だな。俺なんか、ポスターまで貰っちまったぜ! へへ、トメさんに感謝だぜ!」

 

 ポスターを抱え、歯を見せて笑う十代に、俺は肩を竦めて応えた。

 ちなみに一緒に来た翔と隼人の二人は、周りと同じようにデッキを見ている。三沢はさっきまでいたんだが、デッキを満足するまで見終わったのか、寮に戻ったようだった。

 

 ――昨夜の一件の後。神楽坂には鮫島校長から処分が下った。

 本来なら窃盗という事実だけで倫理委員会が動くには十分だったが、本人が非常に反省していること。事を大きくしたくないクロノス先生が減罪を願ったこと、そして生徒たちの署名がされた嘆願書によって、どうにか謹慎一週間で手打ちとなった。

 今頃は寮の自室でデッキ構築でもしていることだろう。次に戦う時が楽しみである。

 

「なぁ、遠也」

「ん、どうした十代」

 

 そんなことを考えていると、ふと十代に呼びかけられて返事を返す。

 顔を向ければ、十代が指でアレアレと何かを指し示している。俺は当然気が付いていたが、あえて触れずにいたそれ。

 指摘されれば仕方がない。俺はそこに顔を向けた。

 

 展示会場の片隅。そこに正座しているマナと、その前に立って何事かをずっと語りかけているマハード。マナの表情はもはや憔悴という言葉がふさわしい。

 俺たちが会場に入った時には既にああだったから、一体いつからああしているのやら。

 

「なぁ、何やってんだアレ?」

「気にしてやるな、十代」

 

 俺は、ぽん、と十代の肩を叩いてそう言う。

 ま、あえて言うとするならば。

 

「サボってたのが、バレたってだけだ」

 

 こっちに来て、最低限のことはしていたものの、本格的な修行はずっとしていなかったことが判明し、マハードの逆鱗に触れたのが事の真相である。

 注意しなかった俺も悪いが、マハード曰く「自分を律することができていないマナが未熟なだけ、お気になさらず」だそうだ。

 そう言われてしまっては俺に出来ることは何もない。こうして見守ることしか出来ない俺を許してくれ、相棒。

 

 

 

 

 その夜。

 足も痺れてほうほうの体だったマナを、今度は俺が膝枕してやった。マナからの要望だったのだが、あまりに哀れみを誘う姿だったから、素直にその願いを聞き入れたのだ。

 「うぅ~お師匠様~許して~」と苦しげに寝言を漏らす膝の上のマナ。その定番の様子に苦笑しながら、その髪を梳くように頭を撫でる。

 そうして、その日の夜は過ぎていくのだった。

 

 

 

 


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