遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第16話 盗難

 

 アカデミアの生徒は今、誰もがどこか浮ついた雰囲気を見せていた。

 

 それもそのはず、近いうちにこのアカデミアで武藤遊戯のデッキが展示されることになったのだ。

 決闘者の王国(デュエリスト・キングダム)、バトルシティ、KCグランプリ……いずれの大会でも優勝を果たした、文字通り最強の名を持つ初代決闘王(デュエルキング)・武藤遊戯。

 この世界においては、知っている有名人と聞けば真っ先に出てくるほどに名の知られた人物であり、また全デュエリストの憧れの的である。だからこそ、皆が浮かれる気持ちも理解できるというものだ。それを知ってからのアカデミア生の浮かれっぷりったら本当にすごかった。誰も彼もがそわそわしていて、遠足前日の小学生のような有様だ。

 こればかりはブルーだろうとイエローだろうと、どの寮の生徒でも変わらない。その日が来るのを心待ちにしているのは、この島にいるデュエリストならば全員と言っても過言ではないだろう。

 しかし、遊戯さん本人はそんなことにこだわらない気さくな人だし、杏子さんとの関係に微妙に悩んでいたりする普通の人だったりするんだが、カリスマってのは凄いもんだと実感する。

 きっと遊戯さんがこの状況を見たら、困ったように笑って「参ったな」とでも呟くことだろう。決闘王とはいっても、人間なのだから、そんなものだ。

 そうそう、当然ながら十代たちもまたこのイベントを楽しみにしていた。

 さっき十代と翔が来て、整理券が手に入ったことを報告していったからな。よほどその喜びを誰かに伝えたかったらしい。翔に至ってはそれを入手する際にイエロー生徒に勝ったらしいのだから、やるものである。

 ちなみに、俺は即座に手に入れてますよ。っていうか、一番最初に並んで手に入れました。シャッターの前に陣取っていた俺に、トメさんも驚いていたぐらいだからな。

 まぁ、実のところ実際にデュエルした身としては、彼らほどに熱狂できないんだが……それでもやはり遊戯さんの名前は別格だ。こういう場で改めて見てみるのもいいだろう。

 これも一種のお祭りみたいなものだ。それに乗らない手もない。

 ……それに、約一名もの凄く楽しみにしている奴もいることだしな。

 

『マスターのデッキかぁ。久しぶりにお師匠様にも会えるかなぁ』

 

 ワクワクという擬音がここまで当てはまる奴も珍しい。

 それほどまでにマナの浮かれっぷりが半端ない。恐らく、今このアカデミアで一番浮かれているのはマナで間違いないだろう。生徒でもないのに。

 これで俺が行かないとでも言おうものなら、何をされるかわかったものではない。俺がこのデッキ展示会に行こうと決めた理由の一つである。

 

『みんなも元気かなぁ。あー、楽しみ!』

 

 この間帰省した時に遊戯さんに会えなかったから、それが響いているのかもしれない。ぬか喜びしたぶん、ここでそれが爆発したのだろう。

 

「まぁ、喜んでくれたなら良かったよ」

 

 夜も遅くから並んだ甲斐があったというものだ。朝早くではないところがミソである。

 まぁ、俺としてもマナのために、確実に手に入れたかったのだ。今回のこれは普段の感謝を示すのに、いい機会だった。それが俺が並んでまで手に入れた一番の理由である。

 ま、そのためなら、それぐらいの苦労はさほど問題じゃないってね。

 

『うんっ、ありがと遠也!』

 

 笑顔で俺にそう言って、マナが近付いてくる。

 そして、実体化してがばっと後ろから抱きついてきた。

 

「うわっ!?」

 

 突然背中に重みが加わるが、幸い俺は立っていたから、咄嗟でも踏ん張って耐えることができた。

 必然、俺に背負われるような格好になっているマナ。ふふーん、と何故だか得意げに笑っているのが声からわかる。

 バランスを取ろうと身体がまだ揺れているというのに、マナは一向に離れる気配もなく肩から前に腕をまわして俺に捕まっている。

 

「こらっ、危ないから離れろって!」

 

 背中の感触、背中の感触、背中の感触……!

 しかし言葉とは裏腹に素直な俺の心の内。仕方ないね。

 きっと世の男性諸氏は俺がそうなってしまう理由もわかってくれるだろう。見た目だけでも、男はカッコよくありたい生き物なのさ……。

 

「いいでしょー。嬉しいくせにー」

 

 なぜバレた!?

 俺が思わず驚愕すると、そんなのバレバレだよー、と笑われた。なんだ、バレバレだったのか。死にたい。

 そんなことを思っていると、マナの位置が少しずつずれてきて、いつの間にやら肩から顔を出していた。

 つまり、俺の顔の横に、マナの顔が来ていた。近い近い!

 

「おまっ……! 少しは恥じらいをだなぁ……!」

「遠也が気にしすぎなんだよ。それに、私だって恥ずかしくないわけじゃないんだよ?」

 

 なんだと!? くそ、そんなことを言われると、色々と期待してしまう……!

 俺は一体この状況でどうすればいいんだ。もはや本能の赴くまま流されるしかないのか……!

 あわやそう思ったところで、扉を叩くノックの音。一瞬静止する俺たち。

 そして扉越しに聞こえる声。『すまない、入るぞ』と言う声と共にドアが開かれる。

 

「遠也。武藤遊戯のデッキ展示会だがお前も――……」

 

 瞬間、入って来たカイザーと俺たちの視線が交わる。

 俺、マナ、と顔がくっつくほど近くにいる俺たちをそれぞれ見て、カイザーは悟ったように笑った。

 

「フッ、邪魔したな……」

「待て待てカイザーせめて言い訳ぐらいっていうか前にもあったなこんなことぉっ!」

 

 素早く部屋から出ていったカイザーを、マナを振りほどいて追いかける俺。これでは女を部屋に連れ込みまくっている上にコスプレまで強要しているという誤解を与えかねない。俺が社会的に死んでしまう!

 そして、結果的に部屋に残されたマナ。

 頬を膨らませて、呟く。

 

「……うー……やっぱり、あの人嫌い……」

 

 そして枕をボフッと叩き、やり場のない怒りをぶつけるマナだった。

 

 

 

 

 そんなこんなでデッキ展示会の前日。

 いよいよ明日ということで、一層期待感を増して笑顔を見せるマナと共に、俺はブルー寮の自室にいた。

 楽しそうにベッドに寝転がっているマナを微笑ましく見ながら、俺はデッキの調整を続けていく。先日のようにデッキ調整を忘れるなんてことがないよう、毎日絶対に行うことを改めて決めた俺の日課である。

 そして、今調整しているのは、シンクロデッキと併せてこの世界に持ってきたもう一つのデッキのほうだ。

 俺が新カードのテスター兼普及担当という名目上、シンクロデッキを積極的に使っていかないのは不審である。そのため、このデッキでデュエルをしたことはこのアカデミアに来てからは一度もない。

 それでも、このカードもまた俺と一緒に来てくれた大切なデッキ。こうして欠かさず調整をしたりして、デッキに触れる時間は作るようにしている。

 カードも水ものみたいなもので、不意にいいコンボが思いついたり、デッキに触れていると気がつくことがあったりして、常に変化していくものだ。

 だからこそ、たとえ使うことがなくともこうして触れることは大事だ。特に実際にカードたちとの絆が勝敗に影響することも考えられるこの世界では。

 ま、それでなくても元の世界にいた頃からカードに触れてデッキを見るのは趣味……というかクセみたいなものだったから、苦にすることでもない。

 そんなわけで俺もマナほどではないが、鼻歌交じりに穏やかな時間を過ごしている、と。

 突然俺のPDAに電話が入る。画面に表示された文字は“十代”だった。

 

「もしもし」

 

 通話ボタンを押し、応答する。

 と、十代は前置きもなくいきなりこう言った。

 

『遠也! 一足先に見に行こうぜ!』

 

 ……なにを? と思わず思った俺は間違っていないだろう。

 ――詳しく聞けば、十代は遊戯さんのデッキが明日公開されるかと思うと居ても立ってもいられなくなったようだ。それに賛同して、翔と隼人も十代と一緒に一足早く会場のほうに出向くとのこと。

 なるほど、とその電話に頷き、俺は言葉を返す。

 

「けど、まずいんじゃないのか、それ」

『おいおい、遠也。あの遊戯さんのデッキなんだぜ! 一秒でも早く見たいと思わないのか?』

「俺はなぁ……」

 

 見たいか見たくないかと聞かれれば、そりゃ見たい。

 けど、整理券持ってるんだし、明日見れるわけで。わざわざ睡眠時間削ってまで、という気持ちもある。俺の場合、かつてデッキを実際にこの目で見ているからそう思うんだろうが。

 そう思っていると、横からマナがずいっと顔を出して、PDAに顔を寄せてきた。しかも、いつの間にか実体化までして。

 

「行く行く! 今から遠也と一緒に行くからね!」

『お、マナか? よっしゃ、じゃあ待ってるぜ!』

 

 プツッと音がして、十代が通話を切る。

 そしてPDAから顔を離したマナに、俺はジト目を向けた。

 

「……おい」

「だ、だってぇ。お師匠様に会うのとか、もう何カ月ぶりなんだよ?」

「忍び込んだって知ったら、マハードは怒りそうだけどな」

「うっ……そ、そこは美しい師弟愛で許してくれるよ! ……たぶん」

 

 力説するものの、最後は結局自信なさげに肩を落とす。

 まぁ、マハードは真面目で厳格だからな。奔放な性格のマナを叱るのはいつものことだ。きっと、今回もそうなるだろう。

 やれやれ。

 

「……さて、じゃあ行くか」

「え、いいの?」

 

 立ち上がった俺に、座り込んだ状態のマナが顔を向ける。

 何をいまさら。

 

「行きたいんだろ? なら、付き合うさ」

 

 部屋着だったから、制服に着替えなきゃいかんのは手間だけどな。

 洋服ダンスを開き、制服を取り出す俺。

 

「おわっ!?」

 

 だが、急にマナが座った状態のまま俺の腰に抱きついて来て、思わずバランスを崩しそうになった。

 

「ありがとー、遠也ー!」

「わかったから、ひとまず離れろ! 着替えられんだろ!」

 

 腰にへばりつくマナをどうにか離し、俺は素早く制服に着替える。

 そして部屋を出ると、十代たちが待つレッド寮に向かった。……が、ふと思い立ってPDAを取り出す。

 

「あ、もしもし?」

 

 俺は電話をかけながらレッド寮への道を小走りに進んでいくのだった。

 

 

 

 

 レッド寮に着くと、寮から少し離れた位置に十代たち三人が既に待機していた。

 

「待ってたぜ遠也! ん? 三沢、お前も来たのか!」

「遠也に誘われてな。俺も、決闘王(デュエルキング)のデッキを見に行こうかと思っていたから渡りに船だった。そういうわけで、ご一緒させてもらうよ」

「おう! もちろん、いいぜ!」

 

 肩をすくめて話す三沢に、十代がその同行を快諾する。

 そう、俺がさっき電話したのは三沢だった。勉強熱心かつ真面目な三沢であるが、興味があることについては時に大胆なことを行うこともある奴だ。

 寮の部屋に計算式を書きまくっていたのがいい例だ。普通、借り物の部屋にそんなことはしない。興味が自制を上回ってしまうというのは、この男にはよくあることだ。

 だから、きっと今回三沢も同じく行こうとすると思ったのだ。十代が思いついたのだ。三沢が同じことを考えつかないはずがない。

 そう思って電話をかけてみたら、ビンゴだったというわけだ。

 目的が同じなのだから、一緒に行ったほうがいいだろう。そう考えて、俺は三沢も誘ったのだった。

 

「アニキ、そろそろ行こうよ。閉められちゃったらどうしようもないよ」

「そうなんだな。まだ先生か誰かが中にいるうちに行かないといけないんだな」

「おっと、そうだったな。それじゃ、行こうぜ皆!」

 

 二人に促されて、十代が先頭切って歩きだす。

 俺と三沢、翔と隼人は、そんな十代の背を追って、逸る気持ちを表すような早歩きになって、会場となる場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 まだ閉め切られていない入り口から侵入し、人の目を盗むようにして道を進んでいくこと数分弱。

 遊戯さんのポスターが両脇に貼られた通路と、その奥に繋がる重厚な扉が見える場所へとやってまいりました。

 此処こそが今日の目的地。既に遊戯さんのデッキが明日のためにスタンバっている会場なのだ。

 俺たちはついにその場所へと辿り着き、十代を始め翔と隼人、三沢もその顔に抑えきれない興奮を表している。俗に表現するならば、ワクテカしているというのが最も当てはまるだろう。

 恐らくマナも、仲間たちとの邂逅を目前にしてさぞ浮かれているだろう。そう思って横を見ると、精霊化しているマナは怪訝そうに眉を寄せていた。

 

「……どうしたんだ?」

 

 あまりに予想とは違ったその表情に、俺は不思議に思って問いただす。

 すると、マナはうーん、と唸ってから口を開いた。

 

『……おかしいなぁ。あの扉の向こうから、みんなの気配がしないんだけど……』

「へ? じゃあ、ここには……あ!」

 

 そうだ、あったじゃんこのイベント!

 なんでこんな印象的な出来事を忘れてんだ俺!?

 

『マンマミーヤァ――ッ!』

 

 俺の思考がある記憶に辿り着いた瞬間。扉の向こうから叫び声が響く。

 

「あの声は……」

「ああ、クロノス教諭だ!」

 

 翔の疑問の声に三沢が答え、俺たちは走り出して扉を一気に開け放つ。

 そして視界に飛び込んできたのは、暗がりの中でライトに照らされた中央部分のガラスケース。無残に割られたその中に、本来収められているべきデッキはない。

 更に、その横には青い顔で表情を引きつらせているクロノス先生が立っているのだった。

 

「まさか、クロノス教諭……」

「ち、ちち違うノーネ! 私じゃないノーネ!」

 

 三沢が思わずつぶやいた言葉に、いっそ過剰に反応して必死に首を横に振るクロノス先生。まぁ、この状況では疑ってくれと言ってるようなもんだからな。第一印象があまりにも悪すぎる。

 だからこそ、冷静に結論を出した十代すげぇ。クロノス先生は鍵を持っているはずだから割る必要がない、って瞬時に判断するとか。その思考力をなぜ勉強に傾けないのか。

 ともかく、クロノス先生が犯人ではないと確信したところで、俺たちは次の行動に移る。すなわち、真犯人捜しだ。

 早く探し出してこの一件の落とし所を見つけなければ、クロノス先生には間違いなく何らかの処分が下るだろう。そのために、というのと、もう一つ遊戯さんのデッキを盗むとは許せん、というデュエリストならば当然の怒りで俺たちは手分けして探すことを決めたのだった。

 まぁ、それ以前に窃盗は普通に犯罪である。盗んだ……確かイエローの生徒は、警察に追われて逃げられると思っているのだろうか。まぁ、デュエルで勝ったら見逃せ、とか言うのかもしれないが。

 この世界では普通に通りそうで怖いな、その方法。未来で実証されてるし。

 

「……それで、マナ。デッキがどこにあるか分かるか?」

『うーん……気配が感じられる距離には、たぶんいないよ』

 

 皆と別れた後、俺はマナの感覚を頼りに捜索をしている。とはいえ、まだ気配を感じられないようで、なかなか結果が出ていないのが現状なのだが。

 それでも、当てずっぽうよりは全然マシだ。今はマナの感覚を信じるほかない。

 

『うー……許せないよ、みんなを盗むなんて! 見つけたら、絶対――あ!』

「見つかったか!?」

 

 マナが突然上げた声に、俺は勢いこんで問いかける。

 

『うん! あっちの崖のほう! たぶん誰かとデュエルしてる!』

 

 なるほど。デュエルによって表に出てきたことで、マナも感じ取りやすくなったのかもしれない。

 俺はマナが指し示す方角に全速力で向かっていく。

 誰がデュエルをしているのかは知らないが、遊戯さんのデッキを使っている以上、苦戦は必至だろう。本人のドロー力があってこそのデッキとはいえ、単純に強いカードも多く入っているのだ。

 途中みんなに連絡をしようかとも思ったが、正確な場所はわからないし、時間も惜しい。まずは自分の目で確認することが先決だと判断して、ただひたすらに俺は走った。

 そして、いざ海岸付近。ゴツゴツとした岩場が目立つその場所に来た時、俺の耳が叫び声をとらえた。

 

「ッ、今の!」

『うん、翔くんの声だよ!』

 

 その声はかなり近くから聞こえてきていた。

 俺はその声に向かってまっすぐ進む。

 そして、岩場の中でも大きく海側にせり出した岩の上。そこに立って地面の翔を見下ろすラーイエローの生徒の姿を見つけたのだった。

 

「翔! 大丈夫か!」

「うぅ、遠也くん……」

 

 恐らくデュエルをしていたのは翔だったのだろう。

 デュエルディスクをつけた翔は、岩場から足を滑らせたのか地面に背中をつけて倒れ込んでいた。

 駆け寄って来た俺に、翔は弱々しく表情を陰らせる。

 

「デッキを返してもらおうと思ってデュエルを挑んだんだけど……負けちゃったっす」

「ふんっ、当然だろう! このデッキは決闘王(デュエルキング)武藤遊戯のデッキだぞ! お前ごときに勝てるわけがない!」

 

 悔しげに言う翔に、岩場の上に佇む男が高飛車に言い放つ。

 俺は翔に向けていた視線をそいつに向けた。

 

「お前か、遊戯さんのデッキを盗んだ犯人は」

「お前は……ブルーの皆本遠也か! そうだ、俺が決闘王(デュエルキング)のデッキを拝借したのさ!」

「遠也くん。あいつは、ラーイエローの神楽坂君っす。三沢君によると、相手のデッキをコピーして、本人顔負けのデュエルをする優秀な生徒……らしいんだけど」

 

 翔は、この間僕が勝ったのが神楽坂君だった、と続けた。

 俺はそれに頷く。翔はあの制裁デュエルを皮切りに、めきめきとデュエルの腕を上げている。ラーイエローに勝ったことはそう不思議なことではない。

 しかし、コピーデッキか。遊戯さんのデッキを盗んだのも、そのためか?

 

「そいつの言う通り。俺はどれだけデッキを作っても、必ず誰かのデッキに似てしまう。……だから、本人になりきることで、俺はそのデッキを十全以上に使いこなすことが出来るようになったのさ!」

 

 得意げに言う神楽坂に、俺は言葉を返す。

 

「どれだけ似せたって、お前が組んだ以上それはお前のデッキだろ。本人になりきろうなんて、無茶なことを」

「……っ貴様に! 貴様に何がわかる!」

 

 だが、俺がそう言った瞬間。神楽坂は顔色を変えて怒声を上げた。

 

「わざとやっているわけではないのに、他人の猿真似と蔑まれ! それで負ければ、真似をしても勝てないクズと罵られ! そんな気持ちが、シンクロモンスターなんていう反則を使ってるお前に、わかるものか!」

『っな、なに勝手なことを! 遠也が好きでそんな――!』

 

 隣で俺の代わりに激昂しかけたマナを、俺は腕をその前に出すことで抑える。

 そして、溜め息を一つ吐いて神楽坂に向き直る。

 

「……確かに、俺の持つシンクロモンスターは反則かもしれない。けど、それはお前が盗みをしていい理由にはならないぜ」

「ぐ……」

 

 自分の意見が暴論であると神楽坂自身も理解はしていたのだろう。

 呻くだけで、反論が来ることはなかった。

 

『遠也……』

 

 心配げな声を出すマナに、俺は苦笑を返す。

 確かに、神楽坂の言う通りだ。俺の持つシンクロモンスターは、文字通りの意味で反則だ。なにせ他の世界から持ち込んだものなのだ。この世界では手に入るはずのないカードとなれば、それが反則でなければなんだというのか。

 だがしかし、俺だって別に好きでこの世界に来たわけじゃない。行かせてくれと頼んだわけでもないのに、なぜか俺はこの世界に来させられていたのだ。

 だから俺に責任がないと言えば、そうなのだろう。でも、きっと神楽坂にとってそれは関係ないことだ。俺は、シンクロモンスターという反則をしている。それがきっと、アイツにとっての真実だ。俺の事情を知らない以上、それは仕方がないことだ。

 反則、と言われることに少々心が痛んだのは事実だが、それもまぁある意味ではその通りである以上、甘んじて受け入れるべきなのだろう。

 そもそも、今の俺はこの世界で生きている。俺の代わりに、俺の気持ちを汲んで怒ってくれる奴もいることだし、今はそれだけでいいさ。

 

「神楽坂。俺とデュエルしろ」

「なに?」

 

 俺はデュエルディスクを構え、神楽坂を見る。デッキケースから取り出したのは、いつもとは違うデッキ。

 

「俺はお前が言う反則であるシンクロデッキを使わない。だから、その代わりにお前は負けたらそのデッキを大人しく返せ」

「お前……ナメているのか? 本気を出さないで、この決闘王のデッキに勝てるだと!? ……いいだろう、このデッキの力、思う存分味わわせてやる!」

 

 ナメられていると感じて、怒りをあらわにする神楽坂だったが、遊戯さんのデッキに勝てるわけがないと踏んだのだろう。強気にディスクを構える。

 まぁ、シンクロしか使ってこなかった俺が、それを使わないと言うのだ。本気じゃないと判断され、甘く見られるのも当然っちゃ当然か。

 

「そんな! 遠也くん、無茶だよ! 相手はあの武藤遊戯のデッキなんだよ! シンクロを封じて勝てるわけが……」

「なに、でも使ってるのは遊戯さんじゃないだろ」

「それはそうだけど……」

「なら、安心しろって。ついでにお前の仇討ちもしてやるからさ」

 

 そう不安げな翔に言い残し、俺は神楽坂が立つ大岩と同じ高さの岩に登る。互いに視線を合わせ、その間には適度な距離がある。

 そうして向かい合う俺たち。不意に下から「遠也くん、負けるなっす!」と応援の声が聞こえて、俺はそれに小さく片手を上げて応えた。

 

「さて、いくぞ神楽坂」

「決闘王に挑むことが、どれほど愚かなことだったか、教えてやるぜ!」

 

 ディスクのボタンを押し、ディスクの液晶に初期ライフポイントが表示される。

 これで準備は整った。

 

「「デュエルッ!」」

 

遠也 LP:4000

神楽坂 LP:4000

 

「先攻は……俺か。ドロー!」

 

 手札に一枚加え、その内訳をみる。さて、どうしたものか……。

 

「遠也!」

「遠也に……神楽坂だと!?」

「な、なんでデュエルしてるんだな!?」

 

 その時、岩場に犯人を探しに出ていた十代と三沢、隼人の三人が姿を現す。

 恐らく翔の叫び声を聞いて来たのだろう。そちらを見れば、ちょうど三人は下の翔と合流し、翔が三人に何やら話している。事情を説明しているんだろう。

 

「なっ、遠也がシンクロを使わないだって!?」

「馬鹿な、それであの武藤遊戯のデッキに挑もうというのか……!」

「無茶なんだな遠也!」

 

 三人の驚きの声を聞き、俺は我知らず苦笑する。

 特に隼人なんかは、翔と同じこと言いやがって。

 それだけ俺がシンクロを使わないというのが衝撃的なのだろう。まぁ、この学園に来てからはシンクロしか使っていないし、この間はシンクロ召喚の実演でテレビに出たぐらいだ。

 それほどまでに俺とシンクロ召喚のイメージは直列的に結びついているのだろう。それはそれで嬉しいことだが、俺がシンクロ召喚を使わなければ勝てないと思われているのはいただけない。

 心配してくれるのは嬉しいが、こりゃ負けられない理由が増えたな。

 

「三人とも、心配するなって! 相手は遊戯さん本人じゃないんだぜ!」

「それはそうだが……勝算はあるのか?」

 

 三沢がそう言うが、それこそ愚問だ。

 

「おいおい、三沢。どんなデッキだろうと、常に勝つ確率はゼロじゃないんだ。なら、俺が精魂込めて作ったデッキが、借り物のデッキに負けるわけないだろ」

「貴様……!」

 

 神楽坂が睨みつけてくるが、俺は何も間違ったことは言っていない。

 そいつは、遊戯さんのデッキだ。最低限お前自身が組んだ、コピーデッキですらない。

 なら、そいつは絶対的にお前のデッキじゃない・・・・・・・・・・・・・・。

 そんな相手には負けないし、負けられない。

 

「わかった……負けるなよ、遠也!」

「おう」

 

 三沢に答え、十代たちにも任せろと目で訴える。

 どうにか頷いてこちらを応援する声を出してくれるあいつらから視線を外し、俺は再び自分の手札に目を落とす。

 そして、その中からカードを選び手に取った。

 

「俺はモンスターをセット。更にカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「偉そうなことを言った割には、消極的だな。そんなんじゃこのデッキには勝てないぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て、神楽坂はにやりと笑みを浮かべる。

 そして、挑発的な目でこちらを見てきた。

 

「ふっ……決闘王の力を見せてやるぜ。――俺は《融合》を発動! 手札の《幻獣王ガゼル》と《バフォメット》を融合し、《有翼幻獣キマイラ》を融合召喚する!」

 

《有翼幻獣キマイラ》 ATK/2100 DEF/1800

 

 いきなり融合召喚、それも有翼幻獣キマイラか……。

 相変わらず遊戯さんのデッキはロマンに溢れている。ブラマジをエースに置いているデッキとは思えないな、ここだけ見ると。

 

「有翼幻獣キマイラ……あの武藤遊戯が、特攻隊長として起用していたエースの1体だ」

 

 そしてよくわかる三沢の解説。

 しかし、キマイラを特攻隊長に据えて、ブラマジのような魔法使い族、戦士族、更に上級モンスターも多用しているというのに、ホントによく回るよあのデッキは。

 だからこそ、こうして1ターンでキマイラを召喚した神楽坂は結構凄い。本人になりきる、というのもここまで作用するならばもはや才能だな。

 

「行くぞ、皆本遠也! 有翼幻獣キマイラでセットモンスターを攻撃! 《幻獣衝撃粉砕キマイラ・インパクト・ダッシュ》!」

 

 神楽坂の言葉に従い、こちらに突進してくる二頭を持つ幻獣種。牙の並ぶ口を大きく開き、獰猛という言葉そのままに乱暴な直進をしてくるその攻撃によって、俺のセットしたカードがめくれあがる。

 そして、それと同時にカードから青い服を着た金髪の魔術師が飛び出した。

 

「セットしていたのは《見習い魔術師》だ。このカードが戦闘で破壊されたことにより、効果発動。デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体をセットする。俺は《執念深き老魔術師》を選択する」

 

 見習い魔術師がキマイラの突進に耐えきれずに破壊され、代わりに皺だらけの顔をした老魔術師がどこからともなく現れる。

 そして、モンスターゾーンに膝をついた状態のままカードが裏返りその姿を消していく。

 一連の流れを見て、三沢が声を上げた。

 

「シンクロ召喚ではない遠也のデッキは、【魔法使い族】か!」

 

 三沢の言葉に、俺は内心で肯定を返す。

 俺のもう一つのデッキ。それは魔法使い族によるビートダウンだ。

 いつものシンクロデッキが勝つために作ったデッキをこの世界用に調整したものとすれば、こちらは完全に趣味のデッキ。俺は数ある種族の中で魔法使い族が最も好きで、一番最初に作ったデッキも魔法使い族だった。

 だから、元の世界の環境でもシンクロデッキと併せて魔法使い族デッキは常にいじって更新し続けてきた。

 それでもキーカードやお気に入りのカードは絶対に抜かなかった。一応勝てるようなギミックも突っ込んでいるものの、やはり一番は好きなカード達を使いたいという理由で作ったデッキなのだ。そこら辺は、こだわりと言っていい。

 そして、このデッキの主軸を担うのは言うまでもないあのカードだ。

 自分の隣に目を向けると、そこには精霊化したマナが俺と神楽坂のデュエルを見守っている姿がある。

 マナにとっては、このキマイラも仲間の1体だろう。それが他人の手によって動かされているのを見るのはどんな気分なんだろうか。

 俺が神楽坂にデュエルを挑んだのは、これがあったからだ。

 無論俺自身のこともあるし、神楽坂のスタイルが気に入らなかったこともある。だが、それ以上に他人のデッキ……それもマナの仲間たちを盗んで使い、得意げにしているのが、どうにも気に入らなかったのだ。

 だから、俺はこうしてこのデッキで戦うのだ。シンクロが反則だと言われたから、それだけではない。

 このデッキならば、マナは自分の力を振るうことが出来るからというのが理由の一つだった。

 

「ふん、面倒なモンスターだ。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 手札にドローカードを加え、俺は横にいるマナに目を向ける。

 そして、その目をしっかり見つめて小声で話す。

 

「いくぞ、マナ」

『うん!』

 

 その力強い返事に頷き、俺は攻勢をかけるための口火を切る。

 

「セットモンスターを反転召喚! そして執念深き老魔術師のリバース効果発動! 相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する!」

 

 神楽坂のフィールドにはキマイラしかいない。当然、対象はキマイラだ。

 老魔術師が闇色の魔力を放出し、それが杖の先へと収束していく。そして、それをキマイラのほうへと向けると、エネルギーが迸り、キマイラの身体を闇へと飲み込んでいく。

 為す術なく破壊されたキマイラはいなくなり、神楽坂のフィールドが空になる。

 

「ちっ、この瞬間、有翼幻獣キマイラの効果が発動するぜ! このカードが破壊された時、墓地の「幻獣王ガゼル」か「バフォメット」のどちらかをフィールドに特殊召喚する! 俺は《バフォメット》を守備表示で召喚するぜ!」

 

《バフォメット》 ATK/1400 DEF/1800

 

 山羊の角と白い翼を持った悪魔が、翼を折りたたみ、その中に身を潜めるようにしてフィールドに姿を現す。

 これがキマイラの厄介なところだ。倒しても、必ず壁を1体残していく。ガゼル、バフォメット、共にステータスはあまり強くないとはいえ、追撃を防ぐという面では優秀なカードだ。

 だが、俺は気にせずに続けていく。

 

「罠カード発動! 《サンダー・ブレイク》! 手札を1枚捨て、相手フィールドのカードを1枚破壊する。バフォメットを破壊!」

「なにっ!?」

 

 頭上から降り注いだ雷により、墓地より蘇ったバフォメットだったが早々に退場とあいなった。

 それに計算を狂わされたのか、忌々しげな表情を見せる神楽坂。

 その様子を一瞥し、俺は更に手札のカードに手をかける。そして次の行動に移る前に、神楽坂に向かって口を開いた。

 

「……神楽坂。俺の相棒の姿を見せてやるよ」

「なに? シンクロモンスターでもないのに、相棒だと?」

 

 神楽坂が、俺の言葉に怪訝な顔になる。

 相棒とは、すなわち最も信頼を寄せるカード。

 ならば、それは俺が最も使うシンクロデッキにあってしかるべき。そう考えたのだろうし、そう考えるのが当然だ。

 無論、俺が信頼を寄せるカードはシンクロデッキにも沢山ある。

 だが、俺が本当に心の底から信じているのは、何だかんだ言ったって……たとえ普段のデッキに入っていなくとも。やっぱり、こいつなんだよな。

 

「お前がそのデッキを使うことに、言いたいことがあるそうだ。……俺は、執念深き老魔術師を生贄に捧げ――」

 

 手に取ったカードをディスクに置く。

 そして、執念深き老魔術師の姿が消えて墓地へと行き、入れ替わるように徐々にフィールドに溢れる光の渦。

 

 

「――《ブラック・マジシャン・ガール》を召喚する!」

 

 

 渦巻く光が消え、ポンッとコミカルな音と共に現れる黒魔術師の少女。

 俺にとっては、もはや見慣れたという言葉では足りないほどに、俺の生活すべてに浸透する、身体の一部のような存在。

 俺の相棒ことブラック・マジシャン・ガールのマナが、その杖を神楽坂に真っ直ぐ向けて俺のフィールドに降り立った。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 

「なっ……! ぶ、ブラック・マジシャン・ガールだと!? それは武藤遊戯の……このデッキにしか入っていないはずだ! な、なぜそれをお前が……!?」

 

 驚愕もあらわに動揺する神楽坂だが、俺はその質問には答えなかった。

 ただマナに向けてだけ声をかける。

 

「いけ、マナ」

『うん!』

 

 頷きを返すマナに無言で応え、俺は指で神楽坂のフィールドを指し示す。

 

「ブラック・マジシャン・ガールで、神楽坂に攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 俺の指示に応え、その杖の先端に紫電を纏った闇の魔力が集っていく。

 それは徐々に丸みを帯びた形となり、杖先で安定する。それをマナは一度軽く振りかぶり、そして一気に神楽坂へと向けて解き放った。

 バチッと音が鳴り、閃光が辺りを照らす。そして、その魔力砲撃は過たずに神楽坂へと突き刺さった。

 

「ぐぁああっ!」

 

神楽坂 LP:4000→2000

 

 攻撃を終えたマナが、その杖をトンと肩に担いで俺の隣に立つ。

 そして、2000ポイントの大ダメージを受けた神楽坂が思わず膝をついた。

 その姿を視界に収めた後、俺はマナと視線を合わせる。そして、神楽坂に向けて言葉を放つ。

 

「決闘王の……遊戯さんのデッキがあって、シンクロがなければ勝てると思ったか? 甘いぜ、神楽坂」

 

 その言葉に顔を上げ、睨みつけてくる神楽坂に、俺は更に続ける。

 

「俺と、俺の相棒をなめるなよ」

 

 言葉と同時に、ふふ、と隣でマナが満足げに笑って、俺を見る。

 それに俺も小さく笑みを見せながら、俺は再び神楽坂に向き合うのだった。

 

 

 

 

 


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