海馬さんのフィールドには2体の《
対して、俺のフィールドにはモンスターが1体。恐らく、この世界の人間なら、これだけで俺の不利だと悟るに違いない。
だが……。
「いくぞ、遠也!
海馬さんが召喚した1体目の青眼が、口を大きく開けてその口腔に凝縮されたエネルギーを形成し始める。
それはやがて紫電を伴う光の玉となり、青眼は首を振るようにしてそのエネルギーを一気にカタストルに向けて解放した。
一筋の光となって、それは狙い違わずカタストルに突き刺さる。
海馬さんは自身に満ちた笑みを見せているが……次の瞬間、その表情は崩れ去った。
なぜなら、海馬さんの青眼こそが消滅し、カタストルは健在だったからだ。
「馬鹿な……俺の青眼が……! いったい何が起こったのだ!」
泡沫の幻のように消えゆく青眼を前に、さすがの海馬さんも動揺を隠せないようだ。
俺は、海馬さんに対して口を開く。
「《
「な、なんだと!? それでは俺の青眼は……」
「はい。コイツの前では無力ですねー」
ふふん、と得意げにしてみる。
まぁ、あれだ。相手のカードの効果を確かめないというこの世界独特の風習が生んだ弊害って奴だな。
そんなことを思っていると、射殺さんばかりに睨みつけてくる海馬さん。調子に乗ってすみませんでした!
「おのれ……! ターンエンドだ!」
青眼が全く歯が立たなかったことが、よほど腹に据えかねたらしい。
海馬さんの顔に先程までの余裕はなく、メラメラと燃える怒りがそこにはあった。それこそ、背後に炎が見えそうなほどだ。
やっぱり、一部の人にとってこのカードは天敵だな。
「俺のターン、ドロー!」
手札を見て、ざっと確認。
よし、今のうちに出来るだけこちらも態勢を整える。相手はあの海馬さんだ。すぐに何か対策を施してくるに違いない。
「俺は《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に罠発動、《エンジェル・リフト》! 墓地のレベル・スティーラーを蘇生します」
《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400
《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0
「レベル1レベル・スティーラーにレベル5クイック・シンクロンをチューニング!」
レベルの合計は6。そして、クイック・シンクロンはドリル・シンクロンをその銃で撃ち抜く。
「集いし力が、大地を貫く槍となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 砕け、《ドリル・ウォリアー》!」
黄色いスカーフをたなびかせ、颯爽と現れるのはロマンあふれる戦士。ドリルだけにね。
《ドリル・ウォリアー》 ATK/2400 DEF/2000
「ドリル・ウォリアーの効果発動! 自分のメインフェイズに1度、手札を1枚捨てることで自身をゲームから除外します!」
その指示を受け、ドリル・ウォリアーがそのドリルで次元の壁に穴を掘り、そこに潜って姿を消す。
次のターンまで、さらば、ドリル・ウォリアー。
「そしてバトル! カタストルで青眼の白龍に攻撃!」
すると、カタストルは青いレンズがはめ込まれた一つ目をカッと輝かせ、細いレーザーが一瞬空間を走り、青眼に突き刺さった。
本当に細いレーザーだったというのに、たちまち悶え苦しみ、やがて消滅していく青眼。
遠距離戦ではレーザーを使うカタストル。武器は何もその鋭い爪だけではないのだ。
さすがは機動兵器ということか。こいつもまたロマンのある攻撃方法を持っているものである。
「またしても俺の青眼を……!」
そして海馬さんの堪忍袋の緒がヤバイ。それに伴い、俺の胃もヤバイ。ストレス的な意味で。
「ターンエンドで――」
「俺のターンだ! ドロー!」
被せるようにしてカードを引く海馬さん。そんなに頭に来ていたのか。
「……モンスターをセットしてターンエンドだ!」
さすがに海馬さんもカタストルを突破するのは骨、ということだろうか。海馬さんにしては珍しく、消極的なターンだったと言える。
「俺のターン、ドロー! そしてこのスタンバイフェイズ、除外されていたドリル・ウォリアーを特殊召喚し、墓地のモンスターカードを1枚手札に加える。俺は《クイック・シンクロン》を手札に加えます」
《ドリル・ウォリアー》 ATK/2400 DEF/2000
さて、どうしたもんか。
カタストルでセットモンスターを排除し、その後ドリル・ウォリアーの直接攻撃が決まれば、大ダメージが見込める。2400ポイントものライフ差があれば、それはかなりのアドバンテージとなるだろう。
しかし、海馬さんには伏せカードがある。それを除去するカードが手札に来なかった以上、どうしてもあのカードが気になってしまう。
それに、海馬さんがただ座して待つ人だとは思えない。不用意に攻撃するのは危険すぎるか……。よし。
「俺はドリル・ウォリアーのレベルを1つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚します。そしてドリル・ウォリアーの効果発動! メインフェイズに1度、攻撃力を半分にしてダイレクトアタックができる! 海馬さんに直接攻撃! 《ドリル・シュート》!」
「ぐっ! おのれぇ……!」
海馬 LP:4000→2800
「更にカタストルでセットモンスターを攻撃!」
カタストルのレーザーがセットされたモンスターを襲い、カードが反転してその姿があらわになる。
現れたのは、二足歩行をする竜。しかし、その姿は異様であり、首があるところに首がなく、その代わり両腕に当たる部分それぞれに竜の頭がついていた。
「セットしていたのは《ドル・ドラ》だ。よって、破壊される」
ドル・ドラか。また、面倒な効果を持つカードだなぁ。
「メインフェイズ2に入ります。俺はドリル・ウォリアーの効果を発動し、手札を1枚捨てて自身を次のスタンバイフェイズまで除外します。更にカードを1枚伏せて、ターンエンドです」
ダンディライオンがいなくとも、これぐらいのことはやってみせるドリル・ウォリアー。
これまでは特に効果を使うこともなかったが、さすがに海馬さん相手にはそれこそ出来ること全てを出さなければ、敵わない。
この世界のライフは4000ポイント。ドリル・ウォリアーの直接攻撃だけでも、4回で勝負が決まる値だ。
できるなら、このまま上手くいってほしいもんだ。無理だろうけど。
「そのエンドフェイズ、ドル・ドラの効果が発動する! デュエル中1度だけ、破壊されたターンのエンドフェイズに攻守を1000ポイントにして特殊召喚できる! 」
《ドル・ドラ》 ATK/1500→1000 DEF/1200→1000
墓地から蘇り、再度現れる異様な竜。壁にしてよし、生贄にしてもよし。俺の場合はシンクロ素材にしてもよし、と意外と汎用性の高いモンスターだ。
タイムラグがあるのが少々難点だが、それでも効果自体は優秀と言えるだろう。
「そして俺のターンだ、ドロー! ……ふん」
海馬さんは引いたカードを見つめ、僅かに笑みを見せる。
なんだ、何を引いた?
「まずは、その忌々しいガラクタを消し去ってやろう。ガラクタごときに、この俺のロードを阻むことなど、出来ないと知れ! 手札から《クロス・ソウル》を発動!」
海馬さんは手札から魔法カードを手にとって見せつけるようにそれを掲げる。
「このカードによって、俺は貴様の場のモンスターを生贄に使用できる! 貴様の場のA・O・J カタストルと俺の場のドル・ドラを生贄に捧げ……現れろ、我が最強の
《青眼の白龍》 ATK/3000 DEF/2500
うおお、またきたよ海馬さんの嫁……。さっき2枚墓地に行っているから、これで3枚目、最後の1枚か。
青眼を召喚出来た海馬さんは満足そうだ。俺の場には守備表示のレベル・スティーラーが1体。ここはクロス・ソウル自身の効果で耐えられるが、次が問題だな。
「クロス・ソウルを発動したターン、バトルフェイズを行うことは出来ない。メインフェイズ2に移行だ。俺は《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! ふぅん、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー!」
再び青眼が現れ、海馬さんのほうへと流れが向いているような気がする。
ここらで何とか、こっちへといい流れを持ってきたいところだ。
「スタンバイフェイズ、ドリル・ウォリアーがフィールドに帰還。効果により、コストとして捨てた《シンクロン・エクスプローラー》を手札に加えます」
よぅし、いきますか。
「シンクロン・エクスプローラーを召喚! 効果により、墓地からクイック・シンクロンを蘇生します!」
《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700
《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400
この2体に加え、場にいるレベル・スティーラーのレベルを合計する。
「レベルの合計は8か」
海馬さんが呟いた言葉に頷き、俺は続ける。
「レベル1レベル・スティーラーとレベル2シンクロン・エクスプローラーにレベル5クイック・シンクロンをチューニング!」
光の輪と輝く星々が飛び上がり、やがて一つの光へと収束していく。
「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」
地響きと共にスーパーロボットもかくやといった鉄の巨体がフィールドに馳せ参じる。その巨大な姿は迫力満点であり、青眼にも迫る威圧感があった。
《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500
「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! このカードのシンクロ召喚に成功した時、素材となったチューナー以外のモンスターの数までフィールド上のカードを破壊できる! その数は2体、よって2枚のカードを破壊します! 俺が選ぶのは……」
海馬さんのフィールドに指を突き付け、宣言する。
「青眼の白龍とその伏せカードです! いけ、ジャンク・デストロイヤー! 《タイダル・エナジー》!」
ジャンク・デストロイヤーの胸部から光の波動が放たれる。それが海馬さんのフィールドに届こうかという、その瞬間。
海馬さんの口元がはっきりと笑みの形をかたどった。
「ふんっ、貴様の手など読めているわ! リバースカードオープン! カウンター罠《天罰》を発動!」
「げっ!?」
「手札を1枚捨て、効果モンスターの効果を無効にし、破壊する! そのデカブツの効果は厄介だからな。即刻消えてもらおう!」
海馬さんが発動した天罰により、ジャンク・デストロイヤーの頭上に雷が落下する。発していたエネルギー波ともどもジャンク・デストロイヤーは消滅し、結局、俺の場にはドリル・ウォリアーが残るのみとなってしまった。
しかも、このターン既に召喚権を使っているので、これ以上通常召喚は出来ない。
出来ることといえば、墓地のレベル・スティーラーを壁として特殊召喚するぐらい。
そうすればドリル・ウォリアーの効果で除外しても、壁は残る。だが……海馬さんの場には青眼がいる。そして、次のターンではもう1体何がしかのモンスターが出てくると見ていいだろう。
となると、かなりギリギリの綱渡りになる。そもそもレベル・スティーラーは守備力がゼロなので、貫通効果を付与された場合どうしようもない。
普通ならそんな心配はしないんだが、海馬さんをはじめとするある人たちはピンポイントでこっちが嫌がるカードを引くことがよくある。
ドローは運だ、と言い切れない何かがある以上、警戒はしなければいけないだろう。
幸い、手札には攻撃を防ぐカードもあることだし、ここは様子を見るべきか。
よし。
「俺はドリル・ウォリアーの攻撃力を半分にし、海馬さんに直接攻撃! 《ドリル・シュート》!」
「ぐぅ……臆せず向かってきたか」
海馬 LP:2800→1600
「カードを1枚伏せて、ターンエンドです!」
さて、俺のライフポイントは未だに削られておらず、4000ポイントだ。
だというのに、なんだろうこの押されてる感は。やっぱり、デュエルに限らず勝負事においては、その場の流れというものが重要だということなのだろう。
この感覚に晒されていると、なおのことそれを実感する。
「俺のターンだ、ドロー!」
海馬さんはカードを引き、そしてすぐさま次の行動に移った。
「俺は手札から《ブレイドナイト》を召喚する! このカードは、手札が1枚以下の時攻撃力が400ポイントアップする。俺の手札は1枚、よって攻撃力がアップ!」
《ブレイドナイト》 ATK/1600→2000 DEF/1000
銀色の全身鎧に鋼の剣と鉄の盾。まさに完全武装という言葉がふさわしい騎士が、その持てる力を漲らせてグッと剣を握る手に力を込めた。
そして、その切っ先をこちらに向ける。
「バトル! ブレイドナイトでドリル・ウォリアーに攻撃! 《ブレイド・アタック》!」
ブレイドナイトがドリル・ウォリアーに接近し、その剣を上段から一気に振り下ろす。それを右手のドリルで受け止めるドリル・ウォリアーだが、力を増したブレイドナイトに押し切られ、そのまま叩き斬られてしまった。
「くっ……」
遠也 LP:4000→3200
ドリル・ウォリアーの本来の攻撃力は2400。だが、直接攻撃の際にはその攻撃力が半分になる。
そういった効果を持つモンスターは他にもいるが、大抵はエンドフェイズに攻撃力は元に戻ったりするのが普通である。
その点、ドリル・ウォリアーは珍しく半減させたらずっとそのままというモンスターだ。例えば自身の効果で除外するなどしてしまえば元に戻るが、この状況でそうすると場ががら空きになってしまうため出来なかった。
そのため、ブレイドナイトの2000から半減した1200を引き、800ポイントが俺のライフから引かれる。
これは、仕方がないものだと思って諦めるしかない。
「ふん、これで邪魔するものはいなくなった。覚悟はいいか、遠也。ゆけ、青眼! 《滅びの
青眼の攻撃が放たれる。
さっきの攻撃は甘んじて受けたが、さすがにこれは通さない!
「罠発動、《ガード・ブロック》! 俺への戦闘ダメージはゼロとなり、デッキから1枚ドローします!」
放たれた攻撃は不可視の壁に阻まれ、俺には届かない。
そして、俺はデッキからカードを1枚引く。
「ほぅ、防いだか。ならば俺はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」
ふふん、と得意げにターンを終える海馬さん。
確かに今のところ俺のほうが不利だ。何の効果も持たない通常モンスターといえど、やはり攻撃力3000は大きい。ブレイドナイトだけならどうとでもなるが、青眼もとなると、手は限られてくるだろう。
「俺のターン、ドロー!」
とはいえ、ハンドアドバンテージでは俺のほうが圧倒的に有利。海馬さんは0枚だが、俺は4枚もあるのだ。
当然、取れる手段は多くなる。
ここはとりあえず、青眼を除去しなければ話が始まらない。というわけで、まずは青眼に的を絞ろう。
「俺は《ジャンク・シンクロン》召喚し、効果により墓地のシンクロン・エクスプローラーを特殊召喚します。更に、場にチューナーがいるため、墓地からボルト・ヘッジホッグを守備表示で特殊召喚!」
《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500
《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700
《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800
「レベル2シンクロン・エクスプローラーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」
《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300
お馴染み、紫がかった青い鋼鉄の身体に、赤く光る二つのレンズがイカす、ジャンク・ウォリアーである。
拳を突き出し、フィールドに立ったそいつに、海馬さんは眉をしかめた。
「ふん、そいつか……」
機嫌が悪そうだけど、この後の展開はそれに更なる拍車をかけそうで怖い。
まぁ、やるしかないわけですけども。
「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、自分の場のレベル2以下のモンスターの攻撃力分、このカードの攻撃力をアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」
俺の場にいるボルト・ヘッジホッグのエネルギーがジャンク・ウォリアーに送られ、それを得たジャンク・ウォリアーの攻撃力が上昇していく。
《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100
攻撃力が3100となり、青眼を戦闘破壊可能圏内に収めた。
「更に手札から《光の援軍》を発動します。デッキトップから3枚のカードを墓地に送り、デッキからレベル4以下の「ライトロード」と名のつくモンスターを1体手札に加えます。俺は《ライトロード・ハンター ライコウ》を選択」
墓地に落ちたカードは、おろかな埋葬、サンダー・ブレイク、貪欲な壺……どうしてこうなった。
けどまぁ、仕方がないと思うしかない。こればっかりは運だからなぁ。
「そして、バトル! ジャンク・ウォリアーで青眼の白龍に攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」
ジャンク・ウォリアーが勢いよく飛び出していき、強く握り込んだ右拳を振りかぶる。推進力をそのままに渾身の力で叩きこまれた一撃に、さしもの最強のドラゴンも耐えきれず、その身を光の粒子へと還元されてしまう。
そして、海馬さんのライフポイントに攻撃力の差分、100ポイントがマイナスされた。
海馬 LP:1600→1500
しかし、そんなことなど気にならないらしいのが今の海馬さん。
わかりやすく表情を歪め、ジャンク・ウォリアーを睨みつけている。
「許せん……! またしてもその鉄屑の寄せ集めに、この俺の
憤怒を表し、握った拳をワナワナと震わせる海馬さん。
確かに以前は今と同じく、ボルト・ヘッジホッグで攻撃力が上昇したジャンク・ウォリアーに青眼を殴り殺され、それがそのままフィニッシュとなったことがあった。
俺がアカデミアに向かう前、海馬さんとした最後のデュエルでの話だ。
あの時の海馬さんも怖かったが、同じことを再びやられた今は、それ以上に怖い。
俺は海馬さんの様子に冷や汗を流すことしか出来なかった。
『うーん、相変わらずプライドが高いなぁ、海馬くんは』
そして、暢気にそんなことを言っているマナ。驚くことに、こいつ、海馬さんのことを君付けである。
本人に聞こえていないから何も問題はないが、聞こえていたら文句を言ってきそうだ。
きっと、遊戯さんの言い方が移ったのかもしれない。マナが直接海馬さんと接することなんてないだろうし。
「俺はターンエンドです」
「俺のターン、ドロー!」
怒りの表情のままカードを引いた海馬さんは、手札に加わったカードを見て笑みを浮かべる。
よほどいいカードを引いたのだろう。挑発的な笑みと共に俺を見た。
「俺は手札から《命削りの宝札》を発動! 手札が5枚になるようデッキからカードをドローし、5ターン後に手札を全て捨てる。ドロー!」
勢いよくカードを引き抜いた海馬さんは、そのカードたちを見て肩を震わせる。
くく、と漏れ聞く声からして、笑っているようだ。これは……やばいかもしれない。
「フハハハハ! どうやら、貴様の命運も尽きたようだ。その鬱陶しい鉄屑もろとも、引導を渡してくれるわ! まずはブレイドナイトを生贄に捧げ、《エメラルド・ドラゴン》を召喚する。そして、手札から魔法カード《
《エメラルド・ドラゴン》 ATK/2400 DEF/1400
全身がエメラルドで構成された美しいドラゴンが降り立ち、更に海馬さんのフィールドに大きな鏡が現れる。ドラゴンを象った装飾が施されたそれは、鏡面が何故か波紋のように歪んでいる。
っていうか、龍の鏡ってことは、まずいな。これで海馬さんが出すカードなんて、限られてるじゃないか。
内心で焦りを感じている俺とは対照的に、海馬さんはテンションも高く言葉を続けていく。
「俺のフィールド、墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターを除外し、ドラゴン族の融合モンスターを融合召喚する! 俺が選択するのは当然、墓地に眠る3体の青眼の白龍!」
そう宣言すると、鏡に3体青眼が映り込み、それぞれが混ざり合って一つの姿へと変化していく。
そして、鏡面からゆっくりと融合後の姿がフィールドに実体化していく。
「3体の青眼を融合し、現れろ究極の力を宿す我が魂! 《
龍の鏡が砕け散る。その圧倒的な力に鏡が耐えきれなかったのだろうか。
そう思えるほど、鏡面から姿を現したそのドラゴンは威容の一言に尽きる。
光を照り返し美しく輝く白銀の巨体。その身体からのびる首は三つあり、それぞれの頭部でその名の通りの青眼が風格を伴って煌めいている。
最強のモンスターである青眼の白龍。この世界に存在するわずか3枚の全てを使ってでしか召喚できない、文字通り世界で1枚しか存在しないカード。
海馬さんにしか召喚できない最強のドラゴンが、その翼を大きく広げて威圧するように俺の目の前に降り立った。
《青眼の究極竜》 ATK/4500 DEF/3800
「バトルだ! 青眼の究極竜でジャンク・ウォリアーに攻撃ぃ! 《アルティメット・バースト》ォ!」
究極竜の持つ三つの頭それぞれの口腔に光が集束していく。それらはやがて三つの大きな光玉となり、それだけではなく三つの首は寄り添ってその光を一つに纏め、より巨大なエネルギーへと変化させていく。
そして、三つ首の中心で一層威力を増したその光玉が、一筋というにはあまりにも太く大きな光線となって、ジャンク・ウォリアーに向けて放たれる。
その暴力といっていい圧倒的な力に、ジャンク・ウォリアーは抵抗することも出来ずに破壊されるしかなかった。
遠也 LP:3200→1800
「フハハハハ! これこそ強靭、無敵、最強、三拍子そろった究極の一撃だ! まだまだ安心するのは早いぞ! 速攻魔法、《エネミーコントローラー》を発動! その1つ目の効果を選択し、貴様の場のネズミを攻撃表示に変更する!」
「なっ!?」
エネミーコントローラーの第一の効果は、相手フィールドのモンスター1体の表示形式を変更する効果。
これで、低攻撃力のボルト・ヘッジホッグが無防備にその姿を晒すことになってしまった。
「ゆけ、エメラルド・ドラゴン! その貧弱なネズミを薙ぎ払え! 《エメラルド・フレイム》!」
「ぐあっ……!」
遠也 LP:1800→200
一気にライフが持っていかれた。加えて、モンスターも全滅。
これは、本当にやばい。
「更に、リバースカードオープン! 《異次元からの帰還》! ライフポイントを半分払い、除外されている自分のモンスターを可能な限り俺のフィールドに特殊召喚する! 戻って来い、3体の青眼よ!」
「くっ……! そいつはさせないぜ、海馬さん! チェーンしてリバースカードオープン! 速攻魔法《異次元からの埋葬》! 除外されているモンスターを3体まで選んで墓地に戻す! 俺は海馬さんの青眼の白龍3体を選択する!」
「ふん、上手くかわしたか。俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」
海馬 LP:1500→750
危なかった……。最初にこのカードを伏せてなかったら、今ので完全にやられていた。
海馬さんのライフはこれで更に減ったが、気休めでしかないな。既に俺のライフもたったの200しかない。一撃で吹き飛ぶような値だ。
このターンで何か対策を施さなければ、次のターンで俺は負ける。
「俺のターン……ドロー!」
手札に来たのは、《クイック・シンクロン》……その他の手札は、《チューニング・サポーター》、《ライトロード・ハンター ライコウ》、《クリッター》で、全てモンスターカードだ。
一応、シンクロ召喚は出来る。だが、できるのは墓地を考慮してもレベル5、6、7、8のモンスター。そして、ジャンク・ウォリアー、カタストル、ドリル・ウォリアー、ジャンク・デストロイヤーが既に墓地に行っているのだ。
アーチャーは、除外してもエンドフェイズに戻って来てしまえば次のターンでやられてしまうし、エメラルド・ドラゴンを倒せない。ニトロ・ウォリアーならエメラルド・ドラゴンを倒せるが、ライフポイントを削りきれない。ロード・ウォリアーもしかりだ。それに、伏せカードもある。迂闊に攻撃するのは危険すぎるだろう。
俺には伏せカードも既にないのだ。せめてジャンク・デストロイヤーのような除去効果のあるカードがあれば話は別だったんだが……。
――ん、待てよ。チューニング・サポーターを使えば、1枚ドローできる。俺はまだ1枚も除去カードを引いていないから、デッキにはサイクロンが2枚と大嵐が1枚、残っているはずだ。
墓地にもそれなりにカードがあり、手札はモンスターだらけ。次で引く可能性が全くないわけではない。
それに、ジャンク・デストロイヤーで思い出したが、まだ対抗できるモンスターが俺にはいた。
ここは、それに賭けるしかない。頼むぞ、俺のデッキ。
「いくぞ、海馬さん! 俺は手札から《クリッター》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に《チューニング・サポーター》を通常召喚する!」
《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400
《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300
「チューニング・サポーターの効果により、このカードのレベルを2として扱います。レベル2となったチューニング・サポーターにレベル5クイック・シンクロンをチューニング!」
レベルの合計が7となり、2体のモンスターが飛び上がる。
やがてエフェクトにより光があふれ、その中から1体のモンスターが現れる。
「集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吼えろ、《ジャンク・バーサーカー》!」
赤い鎧を纏い、自身の身の丈を超える巨大な斧を持った戦士。顔つきはほとんど鬼のようで、強面である。そのうえ、身体も大きく、それより巨大な斧を片手で担いでいる時点でその膂力の強さが窺える。
狂戦士の名は伊達ではないということだろう。
《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700 DEF/1800
「ほう、初めて見るカードだ。だが、俺の《青眼の究極竜》には遠く及ばんな」
ふふん、と得意げに言う海馬さん。だが、それはフラグだぜ。
「シンクロ素材となったチューニング・サポーターの効果でカードを1枚ドローします。……ドロー!」
このドローで全てが決まる。
引いたカードをゆっくり表に向け、その名前を確認する。
そこに記された名前は……《サイクロン》!
「よしっ! 俺は手札から《サイクロン》を発動! 海馬さんの伏せカードのうち……俺から見て右側のカードを破壊します!」
宣言すると同時に、サイクロンのカードから竜巻のような強風が起こり、それは俺が指定した伏せカードを表向きにしてそのまま破壊される。
伏せてあったのは《聖なるバリア -ミラーフォース-》。いいカードを破壊出来た。
これで、恐れるものはない。
「ジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地の「ジャンク」と名のついたモンスター1体を除外し、相手フィールドの表側表示モンスター1体の攻撃力を除外したモンスターの攻撃力分ダウンさせる! 俺は《ジャンク・デストロイヤー》を除外し、その攻撃力分2600ポイント《青眼の究極竜》の攻撃力がダウンします!」
「なに!?」
《青眼の究極竜》 ATK/4500→1900
ジャンク・デストロイヤーの幻影がジャンク・バーサーカーに乗り移り、ジャンク・バーサーカーが悲哀の雄叫びを上げる。すると、その切迫した叫びに究極竜は僅かに怯む。
仲間であるデストロイヤーの無念を糧にしたバーサーカーが、ゆっくりとその巨大な斧を振りかぶった。
「いけ、ジャンク・バーサーカー! 青眼の究極竜に攻撃! 《スクラップ・クラッシュ》!」
口元から唸り声を洩らしながら、地響きと共に究極竜に迫る。そして、振りかぶった斧を容赦なく振り下ろした。
しかし、その瞬間。ジャンク・バーサーカーと究極竜の間に時空の渦が出現し、バーサーカーの攻撃はその渦に阻まれて究極竜に届かない。
驚いて海馬さんを見れば、ちょうど伏せてあったもう一枚のカードがゆっくりと起き上がるところだった。
「ふ、カウンター罠《攻撃の無力化》が発動した。お前のモンスターの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」
伏せられていたのは、ともに攻撃反応型の罠カードだったのか。
バトルフェイズが終了した以上、俺に出来ることはもう何もない。
「……ターンエンドです」
相手の場に、ジャンク・バーサーカーを超えるモンスターはいない。
だが、相手は海馬さんだ。恐らく……。
「俺のターン、ドロー!」
手札が0から1へ。そして、引いたカードは――。
「魔法カード《死者蘇生》! 墓地の《青眼の白龍》を復活させる!」
《青眼の白龍》 ATK/3000 DEF/2500
手札がゼロかつこの状況で引くカードが《死者蘇生》とか。
もう、ここまでくると感嘆するほかないな。
再び場に現れた青眼の白龍を、俺はそんな心地で見つめる。俺のライフに引導を渡す伝説のドラゴンが、光をその身に集めていった。
「ゆけ、青眼の白龍! ジャンク・バーサーカーに攻撃! 《滅びの爆裂疾風弾バースト・ストリーム》!」
集束した光が帯状の光線となってバーサーカーに降りかかる。狂戦士にそれに耐えきる力は残されておらず、やがて光の奔流の勢いに呑まれてその姿を消していった。
遠也 LP:200→0
デュエルに決着がつき、ソリッドビジョンも消えていく。幻のように消え去った青眼たち。やっぱり、ソリッドビジョンって凄いわ。再び殺風景に戻った部屋を見ながら、俺はそう思うのだった。
しかし、くっそー。あれだけ馬鹿にされたから何としても勝ちたかったが、やっぱりそう上手くはいかないか。
いいところまではいったんだが、あと一歩が足りなかった。すまん、俺のデッキ。海馬さんも悪気はなかったと思うから許してやってくれ。
俺が内心でそんなことを考えていると、向こうから海馬さんがこちらに向かって歩いてくる。そして、俺の目の前に立つと、腕を組んで胸を張った。
「ふん、よくやったと褒めてやろう。我が
「はぁ、ありがとうございます」
城之内さんとかはどうなんだろうか。あの人が怯えるとも思えないんだけど。
まぁ、名前を出して不機嫌になられても困るから言わないけども。
しかし、やっぱり負けたのは悔しい。せめて引いたカードがサイクロンではなく《大嵐》だったなら、話は違っていたのに。そう考えれば、紙一重といえばそうだ。負けた以上、言い訳でしかないけどさ。
「だが、本気を出せぬようではデュエリストとしては未熟だ」
続けて言われた言葉に、俺は思わず海馬さんの顔を凝視する
「知ってたんですか?」
「ふん、ペガサスから聞いている。この俺相手に不快極まりないが、奴にも釘を刺されているからな。貴様がどういうデッキを組もうが、俺の知ったことではない」
いや、不快極まりないって言ってるじゃん。
突っ込みは内心でするだけに留めて、俺は海馬さんに言われたことについて考える。
実際、俺はこのデッキに制限を自ら課している。
出すまいと決めたこのデッキ最強のドラゴンのことや、ダンディライオンを始めとするこの世界では使いづらいカードたち。
そもそも、俺の本来のデッキは遊星デッキをベースにしたガチに近いデッキだ。それを調整しなおし、【シンクロン】ベースの遊星デッキにしたのは、この世界に来てからのことだ。
それは強すぎるから、という理由ではない。事実、そのデッキでも遊戯さんには負けている。
ただ、それとは異なる俺の趣味全開で作ったデッキでデュエルがしたかった。それだけだったのだ。
だが、確かに俺が本気を出すということはそのデッキを使うことになるし、当然切り札も出すことになる。
それをしない以上、本気じゃないと言われても反論はできない。
だが、あくまで今の俺の本気はこのデッキだ。せっかくソリッドビジョンなんてものもあって、迫力満点のデュエルが出来るんだ。楽しまなきゃ損ってもんだろう。
「まぁ、そっちについては、いずれということで。それで、俺はこれからどうすれば?」
「ふん、テストが終わった以上、もう貴様に用はない。一応、今回の謝礼は出してやる。あとは好きにしろ」
そう言って、海馬さんは背を向ける。フリーダムな人である。
あ、そうだ。最後に気になったことを一つ。
「海馬さん」
呼び止め、足を止めてくれる。その背中に声をかけた。
「今回のデュエルなんですが……ぶっちゃけ、新カードのテストより、俺にリベンジしたかっただけなんじゃ……」
最後まで言い終わる前に、海馬さんは鼻を鳴らして颯爽と歩き去っていった。
あれは、なんだろう。図星ととればいいんだろうか。
『あはは、相変わらず面白い人だね、海馬くん』
「……あの人にそんな評価が出来るのは、お前だけだと思う」
可笑しそうに笑うマナに、俺はそう素直な感想を述べる。
海馬さんもまさか裏で面白い人だなんて言われているとは思ってもいないだろうな。それを聞いたときにどんな顔をするのか見てみたい気もしないでもないが……後が怖いからやめておこう。
俺は海馬さんが出ていったドアから外に出て、KC社の人から謝礼をもらう。バイト代みたいなものだろう。
受け取ったそれを財布の中にしまい、俺は社員の人に見送られてビルから出る。
行きは迎えの車が来たが、帰りはそういうものはなさそうだ。
仕方なく、俺は近くの駅に向かうことを決めた。
あの謝礼、交通費も込みなのかな、とそんなことを考えながら。