遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第12話 本土

 

 既に季節は冬になり、窓の外にはうっすらと雪雲の姿が見られるようになっていた。犬が庭を走り回り、猫がこたつで丸くなる季節。

 

 ただし、ファラオは犬と同じように元気に走り回っている。意外と冬にアグレッシブになるタイプらしかった。

 

 そして学生にとっての冬の定番である冬休み。それもまた、アカデミアに迫って来ていたのである。

 

「そういえば、遠也は冬休みどうするんだ?」

 

 そんな少々冷える日のレッド寮の一室。十代たちの部屋で駄弁っていた折、不意に十代が俺にそう問いかけてきた。

 

「俺は本土のほうに帰るよ」

 

 俺はそう返し、アカデミアを離れることを告げる。

 島に残らないことに、十代に翔、隼人たちは残念がってくれたが、もともと決まっていたことだっただけに、今更どうしようもない。

 そんなわけで、数日後。俺は荷物をまとめてブルーの寮を出た。見送りに来てくれた十代たちに手を振って、本土へ向かうフェリーに乗り込む。

 十代たちにしばらく会えなくなるのは正直寂しい。しかし、長く会っていなかった人たちに会うことも大切である。

 俺はフェリーの中の一室で、マナと戯れながら時間を過ごす。

 久しぶりに踏む本土の土。そして、数か月ぶりに顔を見ることになる人たちに思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――俺には、この世界の戸籍がない。

 当然身寄りもなく、また生活の基盤なんてものもあるわけがなかった。

 そんなないないづくしの俺が頼ったのが、一方的とはいえ見知った存在であった武藤遊戯さん。そして遊戯さんの紹介で戸籍のお世話をしてもらった海馬瀬人さん。更に、二人の紹介で引き会わせてもらったペガサス・J・クロフォードさんである。

 一時期は遊戯さんの家でお世話になっていた俺だったが、半年を過ぎた頃にペガサスさんのもとへと場所を移すことになる。

 それは、俺が彼らに提示した自分の世界のカードたち。シンクロ、エクシーズと呼ばれるこの時代にない概念のカードの開発についての協力を求めてのことであった。

 これらのカードに非常に高い興味を示したペガサスさんは、忙しい合間を縫ってその開発に力を注いでいた。ペガサスさんとしては俺を招聘して協力してほしかったらしいが、俺はそれを断っていた。

 当時は自分の置かれた環境に対する戸惑いがひどい時期であり、マナや遊戯さんたち以外とあまり積極的に交流を持とうという気力が湧いてこなかったのだ。

 そのため、ペガサスさんは直接俺を呼ぶのを諦めてくれた。その代わり、時折りネット通信という形での協力は行っていたのだが。

 しかし、半年も過ぎると俺の状態もかなり良くなり、自発的に出かけることも多くなっていた。

 その時、ペガサスさんから協力の申し出を受けた俺は、それを了承したのだ。

 半年前に断ってしまっていたことだが、その時にはむしろ進んで協力したいという前向きな気持ちで溢れていた。

 ペガサスさんは、俺の世界のカードを再現することで、この世界でも同じように楽しく過ごしてくれることを望んでいた。俺が塞ぎこんでいるのを心配してのことだろう、と遊戯さんがこっそり教えてくれたのだ。

 そんなペガサスさんに、俺が何かお返しをしたいと思うのは当然のことだった。既に気持ちも落ち着いていたため、一層その気持ちは強かった。

 そうして、俺はその日から一ヵ月間I2社の本社へと出向くこととなった。

 カードの開発に協力する間、俺はペガサスさんのところへとお世話になり、ペガサスさんは俺に本当によくしてくれた。

 一緒に食事をし、同じ家に泊まり、ペガサスさん自身のこれまでのことや、逆に俺自身のことを話したりした。

 いったい、俺の何がそんなに気に入られたのかはわからない。ただ、ペガサスさんは本当に楽しそうに俺に笑ってくれていたのは印象深く覚えている。

 そして、俺にとってその時間がとても楽しいものであったことは確かなことだった。

 きっと、その時からペガサスさんは考えていたのだろう。

 ―― 一ヶ月後、日本に帰る時。

 ペガサスさんは、いつもの笑顔で俺に手を差し伸べてこう言った。

 

「もし遠也がいいなら、私と家族になりまショウ」と。

 

 俺はその手をすぐにとれず、一旦帰国することとなる。

 

 ……そして、その二週間後。俺はその手をとり、ペガサスさんは俺の保護者となった。

 

 

 

 

 それから、ペガサスさんは童実野町に一軒の家を建て、俺はそこに住むようになった。

 遊戯さんの家から徒歩で五分という、非常に近い場所。それはきっとペガサスさんの気遣いだったのだろう。ペガサスさんの本拠である海外ではなく、慣れた場所で俺が暮らせるように配慮してくれたのだ。

 大富豪のペガサスさんが建てたとは思えない、ごく一般的な一階建ての4LDK。白い壁が明るさを際立たせる、シンプルながらセンスのいい家だった。

 まぁ、こんな若造が豪華な家に住んでもしょうがない。そこらへんはペガサスさんも一般的な感性だったということだろう。

 ちなみに、マナが入り浸りまくっていたため、ところどころにマナの私物がある。俺の寝室にまで浸食しているそれは、もはや同棲と言っても過言ではないレベルだ。

 それに対し、遊戯さんは苦笑。マナの師匠であるマハードは苦い顔をしつつも何も言わず。そして、そのとき偶然帰国していた杏子さんが何故かマナとハイタッチをしていた。

 あ、ちなみに杏子さんとは遊戯さんの彼女のような存在(まだ付き合ってないらしい)の人だ。今は海外でプロのダンサーとして活躍しているらしく、日本にはたまに帰って来るんだとか。

 遊戯さんとはよく、杏子さんのことが話題になる。俺が遊戯さんに告白を促すと、遊戯さんも俺に告白を促してくる。

 そして結局、お互いに何も行動に移さないまま、普通に次の日を迎えるのだ。

 そのため、マハードに溜め息を吐かれることもしばしば。少々呆れたようにこっちを見るその目は主である遊戯さんにも向けられているが、俺たちはその視線に縮こまるしかなかった。すみません、ヘタレで。

 もっとも、遊戯さんも最近は積極的になってきたとは聞くが……どうなるかは神のみぞ知るといったところだろう。

 

 まぁ、それは置いておいて。

 つまり、俺には童実野町にれっきとした自宅があるのだ。そここそが、今の俺にとって帰るべき場所である。

 家族になってくれた上、こうまで俺のことを考えてくれるペガサスさんには感謝してもしきれない。

 本当に、俺は恵まれている。この世界で出会った人たちのことを思うたび、俺は心の底からそう思うのだった。

 

 

 

 

「あー……疲れた」

『やっと着いたねー』

 

 キャリーバッグをガラゴロ引きながら歩き、立ち止まった一軒家。表札に「皆本」と書かれたそこは、紛れもない俺の家だ。

 ペガサスさんに保護者になってもらった時、我儘を言って残してもらった俺の名字だ。やはり前の世界の家族のことも忘れ難かった俺は、名字を残しておきたかったのだ。幸いペガサスさんは笑って許してくれたので、俺は変わらず皆本遠也を名乗っている。

 しかし、あれだ。本土に着いてから、移動を続けていたため、流石に疲労がたまっている。

 俺はその疲れを押し出すように一度深呼吸をする。

 

「ふぅ……じゃ、入るか」

『うん、久しぶりに帰って来るよね、ここにも』

 

 正確にはマナの家ではないのだが、俺は空気を読んで「そうだな」と答える。

 歯ブラシや衣類まで完備してあるのだ。マナも殆ど住人みたいなものなのは否定しがたい事実だからなぁ。

 そんなことを考えつつ、俺は鍵を取り出して鍵穴に差し込みくるりと回す。

 がちゃん、と鍵が開いた音を聞き、玄関の扉に手をかけた。

 やれやれ、ようやく落ち着くことが出来る我が家に帰ってこれ――

 

「おかえりなサーイ! マイブラ――」

 

 バタン。

 いかん、つい閉めてしまった。

 

『ねぇ、遠也。今のって……』

「……ああ。なんでいるんだろう」

 

 この世界ではトップの企業の会長だろう。なんでこんなところで出待ちしている時間があるんだ。

 甚だ疑問だが、それについては後回しだ。

 ひとまず、素直に家に入るしかないだろう。

 俺は一度閉めた扉に再び手をかけ、同じように開け放った。

 

「ひどいデース。せっかく弟に会いに来たというのに、悲しくて涙が出てきマース」

「……仕事はいいんですか、ペガサスさん」

 

 玄関先でわざとらしく泣き崩れる銀色の長髪が特徴的な男性。どこからどう見てもI²社の会長にして俺の義理の兄でもあるペガサスさんに他ならなかった。

 あ、義理の兄っていうのは、保護者となった時に俺を文字通りに家族としてペガサスさんが迎えたためだ。養子にするのが一番やりやすかったらしいのだが、そこはペガサスさんが渋って、結局このように落ち着いた。

 なんでも、お父さんと呼ばれるのはまだ嫌だったそうだ。いや、呼ばないですよ俺は。

 

「仕事は心配いりまセーン」

 

 すっく、と立ち上がったペガサスさんは、にっこり笑って俺を見る。

 

「それよりも、積もる話もありマース。早速上がってくだサーイ」

 

 言って、俺の肩を叩きどうぞどうぞと中へ手招きしてくる。

 ここ、俺の家なんだけど。名義は確かにペガサスさんだけどさ。

 おっと、そうだ。言い忘れてた。

 

「ペガサスさん」

「ホワッツ?」

「ただいまです」

 

 俺がそう言うと、ペガサスさんはもう一度微笑み、おかえりなサーイ、とあの独特な口調で返してくれるのだった。

 

 

 

 

 その後、荷物を自分の部屋に置き、ラフな格好に着替えてからリビングへと向かう。

 ちなみにマナは違う部屋で着替え中だ。ペガサスさんは精霊を感じることは出来るものの見ることはできないため、マナはそういった人と会う際には実体化する必要があるのだ。

 そして、その時にブラマジガールの格好をしているというのもどうかというわけで、私服に着替えている。出かける時とかにも必要となるので、マナはそれなりの数の私服を持っている。そのほとんどが俺の家にあるのは、何とも不思議な話なのだが。

 リビングに入ると、ペガサスさんが手ずから紅茶を淹れて食卓で優雅にくつろいでいた。

 ティーセットを買った覚えはないんだが……わざわざ持ってきたのだろうか。イギリス人のような趣味の人だ。アメリカ出身なのに。

 ペガサスさんはリビングに入ってきた俺を見つけると、すぐにカップに紅茶を注ぎ、俺が座る席に置く。同じように、俺の後ろから顔を出したマナのものだろう、もう一杯の紅茶を注いでいる。

 ありがと、とお礼を言って俺たちはテーブルに座る。

 ちょうど俺とマナが並んで座り、対面にペガサスさんが一人で座る格好となった。

 

「マナガールはお久しぶりデース。わざわざ実体化までしてくれて、ありがとうございマース」

「いえいえ」

 

 マナが謙遜すると、ペガサスさんは微笑んだ。

 そして、どこかコミカルにぽん、と手を打った。

 

「Oh! そうデース、まずは遠也の近況を聞きたいですネ。お友達はたくさん出来ましたか?」

 

 にこにこと笑って聞いてくる姿に、俺は素直にアカデミアでの生活を話す。

 時折りマナからの補足があったり、互いに見聞きしたことを交えながら、ペガサスさんにここ数カ月で俺が得てきたものを伝えていく。

 十代や翔、隼人といった友人たち。アカデミアで起こった事件。その時に俺がどうしたのか。そしてシンクロ召喚のアカデミアにおける普及状況について、などなど。

 俺は自分でも驚くほどに饒舌に語る。ペガサスさんという頼れる家族に久しぶりに会ったことで、きっと我知らず浮かれているのだろう。そんな風に思う。

 けど、それが不快というわけではない。むしろ、俺自身もこうして自分のことを聞いてくれる人がいることを、嬉しく感じていた。

 だから、俺はいかに自分が楽しくやっているかを、ペガサスさんに思うままに伝えていく。それに、義兄はただ微笑んで相槌を打っていた。

 そうして俺はノンストップで話し続け、ようやく話も終わりに近づく。その時ふと喉の渇きに気づいた。

 ペガサスさんが淹れてくれた紅茶を口に含もうとカップを手に取り、その間隙を見計らって、ペガサスさんが口を開いた。

 

「……なるほど、やはり、遠也にアカデミアに行ってもらったのは正解だったようデース。とても大切なことを体験できているようで、私としても嬉しい限りデース」

 

 そう言って、ペガサスさんもお茶を飲む。

 そして、その表情をすっと引き締めて足元から小ぶりのジュラルミンケースをテーブルの上に置いた。

 なんだろう。俺は隣のマナと思わず顔を見合わせた。

 

「以前、遠也から聞いたカードを作りました。未来において、とても重要なカードだと言っていましたネ。ですから、これは社員に任せず、私自身が一から作り上げたカードたちなのデース」

 

 そして、ペガサスさんはケースを開く。

 中には黒い緩衝材が敷き詰められており、その緩衝材にはカードの形のくぼみがある。その数は5枚分。そして、そのくぼみには既にそれぞれカードが収められていた。

 

《レッド・デーモンズ・ドラゴン》

《ブラック・ローズ・ドラゴン》

《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》

《ブラックフェザー・ドラゴン》

《パワー・ツール・ドラゴン》

 

 黒の中でひときわ輝く白いカードたち。

 未来において、シグナーと呼ばれる人間たちが相棒とするそれぞれのカードが、新品まっさらな状態でそこに存在していた。

 俺は思わず顔を見上げてペガサスさんを見る。ペガサスさんは、そんな俺を見て口を開いた。

 

「不思議なカードたちデース。このカードたちは、生まれながら特別でした。このカードたちは、決して破損しない。いえ、破損しても復活すると言うべきでショウ」

「そんなバカな……」

 

 いくらシグナーのカードとはいえ、所詮は紙で出来たものだ。そんなことがあるのだろうか。

 しかし、俺の否定の言葉にペガサスさんは首を振った。

 

「本当デース。一度だけ端が折れてしまったことがありましたが、次の日には真っ直ぐになっていました。まるで、自らの意思で来るべき日に備えているかのように」

 

 その言葉に、俺は思わず5枚のカードを見る。一瞬、カードが光を放つ。

 目をこすり、もう一度見るが、そんなことはなかった。見間違い……だったのだろうか。だとしても、不思議なカードたちだ。

 

「これらのカードに加え、あなたの持つ《スターダスト・ドラゴン》は特別なカードデース。私は遠也が持っていたカードのほとんどをコピーしました。しかし、スターダストとその派生のカードについては作っていません。いいえ、作れなかったのデース」

 

 作ろうと思ったことはあったが、何故か次の瞬間にはそれはダメだと感じていたのだという。

 それをペガサスさんは、赤き竜と呼ばれる存在の力なのかもしれまセーン、と言った。

 

「だから、あなたのスターダストを加えた6枚のカードは、正真正銘世界に1枚しか存在していまセーン。……そして、私はこれらのカードを世に放つことにしました。そうすれば、いずれ相応しい者の手に渡ってくれることでしょう」

 

 そう締めると、ペガサスさんは一度目を伏せた。

 原作において、シグナーのカードを誰が作ったのか、俺は知らない。不動博士が当時の海馬コーポレーションに頼んだのか、それとも以前から存在していたカードの中から選んだのか……。

 どちらにせよ、これらのカードはそうなるべくして生まれたということだろう。そして、この世界においてはデュエルモンスターズの生みの親であるペガサスさん自身が、一から作り上げたカードとなった。

 それはまさに特別なカードだろう。シグナーの竜、というだけでなくあのペガサスさん自身が手掛けたカードなのだ。

 それを、世に放つ。恐らく、善悪問わずに多くの人間の手を渡っていくことだろう。

 しかし、もしこの世に宿命とでも呼ぶべきものがあるとするならば。

 カードはきっと、過たずに正統な持ち主の手に渡るに違いない。

 このカードたちが放つ不思議な感覚。それを思うと、俺はそれが根拠のない妄想で終わるとは、何故か思えないのだった。

 

「そう、ですね。俺も、それでいいと思います」

 

 だから、俺はペガサスさんの言葉にこう返す。

 ペガサスさんは、満足そうに頷いた。

 

「遠也なら、きっとそう言うと思っていまシタ」

 

 予想通りだったと笑うペガサスさんに、なんだかわかりやすい奴みたいに思われているのを感じて、わずかにむっとする。

 そのことに、小さな悪戯心を刺激された俺は、更に言葉を付け足した。

 

「でも、スターダストは俺のですからね」

 

 いささか意地を張ったような言い方になってしまったその言葉を受けて、ペガサスさんは一時きょとんと呆気にとられる。

 しかし、次の瞬間には大きく口を開けて笑い始めた。

 ……なんか、そうまで笑われるとかなり恥ずかしいんですけど。ちょっと拗ねたような感じになってしまったのは自覚しているが、それでも大笑いはひどくないだろうか。

 俺は、気恥ずかしさも相まって一層むっとした表情を作る。

 それを見たのだろう、ペガサスさんは笑いを引っ込めて俺を見た。

 

「もちろんデース! そのカードは、遠也にしか似合いまセーン」

 

 笑みと共に心底そう思っている声音で、ペガサスさんは言う。

 俺は、それに強がって「当然です」と返すことしか出来なかった。そして、そんな俺を見てペガサスさんとマナは小さく笑うのだった。

 

 

 

 

 それから一時間ほど俺たちは歓談していたが、部下から電話を受けたペガサスさんは慌ただしく帰っていった。

 やはり仕事は忙しいままだったらしく、こちらに来るのも少々無理をしていたようだ。

 迎えの車が来ると、ペガサスさんは別れをとても惜しんでいた。が、俺が部下の人に迷惑をかけないように、と言うと大げさに手を振りながら去っていく。俺に「いずれアカデミアにも視察で行かせてもらいマース」と残して。

 ペガサスさんがいなくなり、俺たちは家の中で一服する。帰って来てからすぐにペガサスさんといたから、結局まだ休めてなかったんだよな。

 俺たちは二人してリビングのソファに身体を預け、ひたすらにリラックスした時間を過ごす。

 そんな中、俺はデッキケースから1枚のカードを取り出した。

 《スターダスト・ドラゴン》……遊星のエースであり、赤き竜の力を備えるシグナーの五竜の1体。

 ペガサスさんはそれぞれ1枚ずつ作り、しかしスターダストは俺が持っているから作らなかった。

 ということは、だ。

 

「このカード、将来遊星の手に渡ることになるのか……」

 

 そう、この世界にスターダスト・ドラゴンのカードは俺が持ち込んだこの1枚だけ。それはつまり、俺が元の世界から愛用してきたこのカードが、そのままいずれ遊星のデッキに組み込まれることを意味している。

 そう考えると、何とも感慨深いものを感じずにはいられない。本来この世界のものではないこのカードが、遊星のエースになる。そんなこと、考えもしなかった。

 俺も、いつの間にかこの世界の歯車の一つになってるんだなぁ。それはきっと当然のことなのだろうが、起源が他の人とは異なる俺としては、やはり感慨深い。

 

「ん?」

 

 今、スターダストの眼が光ったような……。いやまぁ、ウルトラレアのカードだし、光の加減か。

 俺は大して気にせずカードをデッキに戻し、ソファに寝転ぶ。

 ぼうっとそんな取り留めもないことを考えたり、冬休みの過ごし方をどうするかについても考えを巡らせる。

 ああ、そうだ。帰って来たんだし、遊戯さんのところにも顔を出さなきゃ。

 そう思い至るも、このソファの感触は実に惜しい。

 しばし悩んだ後、俺は隣のマナに聞こえるように声を出した。

 

「……遊戯さんの家に行くの、明日でもいいかぁ」

「そうだねー……」

 

 互いにだらけきった声で、そうしようと同意し、俺たちはソファに寝転がるとゆっくりと瞼を閉じるのだった。

 

 

 

 

「え、遊戯さんはいない?」

「ええ。来てもらったのに、ごめんなさいね遠也くん」

 

 翌日、遊戯さんの自宅を訪ねると、遊戯さんのお母さんが出てくれた。

 それによると、遊戯さんは今いないらしい。どうも、旅に出たそうでいつ帰って来るかもわからないとのこと。

 このご時世に旅て。遊戯さんもなかなかに自由な人である。

 それじゃあ、また来ます。そう返して、俺は遊戯さんのお母さんに頭を下げる。

 そして歩き出すが、これで今日の予定が一気にパーになってしまった。

 

『どうしようか、遠也』

「そうだなー、杏子さんのところか城之内さんのところにも顔を出してみるか?」

『あ、じゃあ私、杏子ちゃんに会いたい!』

 

 はいはい、と手を挙げて主張してくるマナは、嬉しそうに笑っている。

 よほど友達と会うのが嬉しいんだろう。

 マナと杏子さんはどこで気が合ったのか、かなり親しい関係だ。杏子さんは精霊を見ることは出来ないが、マナの場合は実体化できるので問題ない。

 お互いに同じような悩みを持っているらしく、それで気が合うのだと何故かマハードから聞いたことがある。まぁ、友達がいるのはいいことだ。なら、いま日本にいるのかは知らないが、訪ねるだけ訪ねてみますか。

 

「それなら、まず家に帰って着替えないとな」

『うん、そうしよう!』

 

 結論が出たところで、俺たちは自宅に向けて歩き出す。

 数分とせず自宅まで辿り着き、その玄関先を見た瞬間……俺はマナに声をかけていた。

 

「マナ、杏子さんに会うのは諦めなさい」

『……うん、仕方ないね』

 

 マナも俺がそう言った理由を悟ったのだろう。はぁ、と溜め息をついていた。

 そして、俺は覚悟を決めて玄関先へ向かう。

 そこに立っていた人物が、こちらを振り返った。

 

「ふぅん、この俺を待たせるとはな」

 

 約束をしていたわけでもないのに、相変わらず自分本位な人である。

 

「……お久しぶりです、海馬さん」

 

 俺の返答に、ふん、と居丈高に反応を返してくる。

 そう、KC海馬コーポレーション社の社長にして遊戯さんの宿命のライバル。海馬瀬人さんがそこにいた。

 しかし、なんだってわざわざ俺の家に? 人を呼び出すんじゃなく、自分から訪ねて来るなんて、珍しいにもほどがある。

 シンクロやオートシャッフル機能搭載のデュエルディスクの開発など、俺の持つ完成品が必要となる段階は既に過ぎているはず。何か用があるとも思えないんだが……。

 俺がそう思索していると、静かなエンジン音と共に立派な白いリムジンが家の前に停まる。フロントのライトが異様に尖っていて青く塗ってあるうえ、車体のところどころに翼のような装飾がある。

 相変わらず、海馬さんの青眼愛は留まるところを知らないようだ。

 

「本来なら、貴様ごときを迎えになど来ないがな。貴様はモクバと仲がいい。感謝するんだな」

 

 そう言って、海馬さんはさっさと車に乗り込み、次いで俺にも乗れと告げる。

 俺は逆らわずに乗り込み、扉を閉める。そして、それを確認した途端に走り出す車。向かう先は当然、海馬コーポレーションだろう。ちなみに、隣には精霊化したマナも座っている。

 しかし、一体全体なんの用なんだ。心当たりが全くないため、一層気になる。そして、その疑問に耐えきれなくなった俺は、対面に座る海馬さんに尋ねるのだった。

 

「……結局、なんの用なんですか?」

 

 それに対して、海馬さんはふん、と鼻を鳴らした。

 

「新カードのテストだ」

 

 どこか得意げに言う海馬さんに、俺は首をかしげる。

 それで、なんでわざわざ俺を呼ぶ?

 しかし、それ以上は何も言わずに海馬さんは黙る。

 結局俺もその後に何か言うことはなく、そのまま車は海馬コーポレーションへと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 KC社に着き、社長と別れて社員の方に案内されることしばし。

 新しいソリッドビジョンのシステムなんかを確かめるための広い殺風景な部屋に案内された。

 壁は装飾というものが一切なく、下地の灰色一色。四方がそんな感じだが、ある一方の壁だけ天井付近に窓が取り付けられている。その向こうから研究者らしき人たちがこちらを見下ろしていた。

 まぁ、いかにもな感じの実験部屋だと思ってもらえばいい。とはいっても、実験台のようなものはない。あくまでデュエルの実験なのだ。

 俺は既にデュエルディスクとデッキを付けてその部屋の中に立っている。隣には精霊化したマナもいるが、それはこの際置いておこう。

 ともかく、俺が言われたのはここでデュエルをすること。それだけだ。

 相手のことも何も聞いていないが、社長の指示ですと言うだけで何も答えてくれなかった。

 そういうわけで、俺はただひたすら相手が来るのを待っている。

 そして、いい加減もう帰っていいかなと思い始めた頃。俺の対面側の扉がスライドし、そこから対戦相手が現れた。

 

「準備は出来ているようだな。では、始めよう」

「うすうす予想はしてましたけど、やっぱあなたですか海馬さん」

 

 俺が若干の呆れを込めて言うと、海馬さんはにやりと笑った。

 

「貴様ほど新カードのテスターに相応しい人物はいない。それに……」

「それに?」

 

 直後、海馬さんが俺を睨んだ。

 

「この俺に泥をつけた貴様を、この手で叩き潰さねば気が済まん!」

「まだ根に持ってるんですか!? っていうか、もう何度も叩き潰されてるでしょ俺!」

「ええい、黙れ! とりわけ貴様との最後のデュエル……貴様のジャンクごときにこの俺の青眼(ブルーアイズ)が倒されるなど、許しがたい屈辱だった。ここで、それを晴らしてくれるわ!」

 

 拳を握り込み、力説する海馬さん。

 確かに、俺と海馬さんが行った最後のデュエルは、俺のジャンク・ウォリアーが青眼を殴り殺して俺が勝った。

 あの時の海馬さんは本当に怖かったが、まさかそれを未だに気にしていたとは……。

 しかもどうやら海馬さんは本気である。これは、逃げられそうにない。

 俺は溜め息をつき、デュエルディスクを構えた。

 

「ふぅん、そうでなくてはな」

 

 対して、海馬さんもディスクを構える。

 

「手加減はしませんよ、海馬さん」

「ふん、我が最強の下僕(しもべ)が、全て打ち砕いてくれるわ!」

 

 そして、同時にスタートボタンを押した。

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

海馬瀬人 LP:4000

 

「先攻は俺ですね。ドロー!」

 

 手札の6枚を早速確認。

 ……ふむ。まぁ、無難といっていい手札だ。

 まずはチューナーを呼び込むことが先決だな。

 

「俺は手札から《調律》を発動し、デッキから《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、その後デッキトップのカードを墓地に送ります。よし、ジャンク・シンクロンを召喚し、場にチューナーがいるため墓地の《ボルト・ヘッジホッグ》を特殊召喚! レベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は5となる。さて、出てきてもらおうかな、海馬さんにも刺さるあのカードに。

 

「集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

 白銀の装甲に、金色の爪。青く光を放つ一つ目のレンズを持つ四足の機動兵器が、フィールド上にて起動した。

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

「更にカードを1枚伏せて、ターンエンドです」

 

 俺がエンド宣言をしてターンが海馬さんに移る。

 しかし、海馬さんはまだドローせず、俺が召喚したモンスターを見て、ほう、と興味深そうな声を漏らした。

 

「ジャンク・ウォリアーでも、ライブラリアンでもない。貴様、まだそんなカードを持っていたのか」

「ええまあ。ただ、コイツは効果がアレなんで、今まで使っていなかったんですけどね」

「興味深い。その能力、俺が見定めてやろう。ドロー!」

 

 いや、効果を確かめたいならデュエルディスクに相手の場にあるカードの効果を知る機能あるでしょうに。

 しかし、この世界のデュエリストは基本的に相手のカードの効果を確かめることはしないので、俺は言わない。

 確かにいちいち「この効果はこうだから云々」と言わずに、ノリで勢いのままにデュエルしたほうが楽しいのは事実だからだ。

 単に、面倒くさがっているという意見もあるが、それについては触れないでおく。

 

「ふぅん、いいカードだ。俺はまず《手札抹殺》を発動する」

「《手札抹殺》?」

 

 互いに手札を全て捨て、その後捨てた枚数分ドローするカード。

 海馬さんがこのカードを使ったという話は聞かない。新たに投入された可能性が高いが、いったい何故?

 疑問に思いつつも、俺はカードの効果を処理していく。互いに手札を全て捨て、捨てた枚数ドローしたところ、海馬さんが口を開いた。

 

「墓地に送られた《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果を発動。デッキから《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を手札に加える。墓地に送られた《伝説の白石》は2枚だ。よって、2枚の青眼を手札に加える」

「なっ、ほ、《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》!?」

 

 なんでそのカードがここに?

 俺はそんなカードこの世界に持ってきてないぞ!?

 動揺する俺。そして、その姿を見て、海馬さんが口角を上げた。

 

「驚いているようだな、遠也。これは、貴様の話に出てきたカードを俺が作らせたものだ。青眼のサポートカードは、この俺にしか扱うことの出来ない特別なカード。俺がそれを持たない道理はないからな」

 

 自信満々かつ満足げに頷く海馬さんは、実に得意げだ。

 なるほど、それで俺がテスターとして適任というわけか。伝説の白石は、俺の世界に存在したカードであり、この時代にはまだ存在していない。

 いや、この世界では青眼は3枚しか存在しない以上、未来においても作られないかもしれない。

 そういった意味では、伝説の白石は本当に新カードと言えるのかもしれなかった。

 しかも、伝説の白石はチューナーモンスターだ。ということはつまり、海馬さんはシンクロモンスターを手に入れたということだろうか。

 俺がそう海馬さんのデッキについて考察していると、海馬さんが更に言葉を続ける。

 

「だが、俺はシンクロなどという寄せ集めの結束になど頼らん。我が力は最強の代名詞たる《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》でのみ示される! 貴様の世界ではシンクロ召喚が主流だったようだが……」

 

 そこで、海馬さんは俺を見て、自信に満ちた笑みを見せた。

 

「低レベルモンスターの力など借りずとも、我が青眼(ブルーアイズ)は最強のモンスター! そのことを証明してくれるわ! フハハハハハ!」

 

 海馬さんお馴染みの高笑いが室内に響き渡る。

 なかなかにテンションが高い海馬さんだが、しかしその自信家っぷりはある意味尊敬に値すると思う。

 そもそも、ここまで特定のカードを愛し、心の底から信頼するデュエリストに俺は出会ったことがない。

 ことその点に関しては、おそらく遊戯さんでも敵わない。遊戯さんにとってはマハードが海馬さんで言う青眼に当たるかもしれないが、アテムの人格が既に存在しない以上、その信頼はアテム以上とはいかないだろう。

 だからこそ言える。海馬さんこそ、この世界で最もカード(ただし青眼(ブルーアイズ)に限る)を愛しているデュエリストだと。

 青眼だけ、という点が海馬さんの性格を如実に表していると言える。言い方は何だが、質の海馬さん、量の遊戯さん、みたいな。

 カードへの信頼に質も量もないと思うが、わかりやすく例えるならそんなところだろう。

 海馬さんはこと青眼に関してはこの世界の誰よりもカードを信頼しており、きっと並ぶ者はいないと思う。

 だからこそ、海馬さんのデュエルは気高く、見ていて爽快なのだと思う。最も信頼するカードを生かし、そのカードのために作られたデッキで勝ち続ける。

 いうなれば、海馬さんは世界最強のファンデッキ使いなのだ。

 そりゃ見ていて爽快にもなるし、海馬さんに憧れる人も出てくるわけだ。ファンデッキで最強の座に限りなく近い位置に居続けるのは、並大抵のことではないとデュエリストならば誰にでもわかる。

 そして、海馬さんが使うのは世界に3枚しかない青眼の白龍のデッキ。海馬さんを特別視する人間が出てくるのは、そう考えると当然だとも思える。

 そんな海馬さんにとって、やはり青眼は特別なのだ。

 だからこそ、この言いようもいかにもらしい・・・と感じられて、俺は感心すらしそうだった。

 が、しかし。

 

「寄せ集めの結束とは、言ってくれますね」

「ふん、事実だろう」

 

 海馬さんは自身の言葉を訂正せず、言外に覆すつもりはないと言い放つ。

 この野郎、このデッキに負けたこともあるくせに。

 さすがに俺の相棒たるカードたちのことを、そんなふうに言われて黙っていられるほど俺も温厚なつもりはない。

 俺は先程とは違い、力のこもった眼で海馬さんを見据えた。

 その視線を受け、しかし海馬さんは気にしていないかのように自身のターンを進めていく。

 

「俺は手札から《古のルール》を発動する。この効果により、手札からレベル5以上の通常モンスター――《青眼の白龍》を特殊召喚する!」

 

 逆巻く風を伴い、海馬さんのフィールドに純白の体躯が眩しく煌めく、美しいドラゴンが舞い降りる。

 その青い両眼がこちらを見据え、威嚇するように咆哮する。その姿は伝説と呼ばれるのも納得できるほどの迫力を持っており、真っ直ぐにその視線を受けるだけでも気合を入れねばならぬほどだった。

 

《青眼の白龍》 ATK/3000 DEF/2500

 

「そして更に! 《正義の味方 カイバーマン》を召喚し、効果を発動! このカードを生贄に捧げ、手札の青眼の白龍を特殊召喚する!」

 

 そして場に現れる、仮面をかぶった海馬さん。

 本人が目の前にいるという何とも言い難い状況だったが、俺は突っ込みたい気持ちをぐっとこらえて推移を見守る。

 カイバーマンはやがて光の粒子となって場を離れ、そして代わりに現れたのはまたもや最強のドラゴン、青眼の白龍。

 2体がそれぞれ海馬さんの前に立ち、鋭い眼で今か今かと攻撃の瞬間を窺っている。

 

《青眼の白龍2》 ATK/3000 DEF/2500

 

 いきなり2体の青眼の白龍……さすがは海馬さん、といったところだろう。

 なかなかに迫力のある光景に、俺もソリッドビジョンだとわかっていながら、思わず冷や汗が出そうになるほどだ。

 

「フハハハハ! どうだ、これこそ我が最強の下僕(しもべ)、青眼の白龍だ! 貴様のチンケな結束とやらも、この圧倒的な力で叩き潰してくれるわ!」

 

 ……カッチーン、ですよこの野郎。

 海馬さんめ、調子に乗りやがってぇ。

 いいぜ、そうまで言うなら、まずはその最強をぶち殺す。

 低レベルであろうと、低ステータスであろうと、力を合わせれば大きな力を生み出すことが出来る。

 それこそがシンクロ召喚だ。まさにカードたちがその絆を深めて力を得ていく、最高にカッコイイ戦術。

 まして、俺の信頼するデッキを小馬鹿にするとは、海馬さんにとってはデフォルトであろうとも許せん。

 実は毎回デュエルするたびに同じようなことを言われて、そのたびに俺はこうして反発しているのだが……それは蛇足というものだろう。

 何はともあれ、そうまで言われた以上絶対に勝ってやる。

 毎回のことだが、俺は意地のようにそう決心し、2体の青眼ブルーアイズの視線を真っ向から受け止めるのだった。

 

 

 

 


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