遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第10話 平穏

 

「あー……平和だなぁ」

『そうだねー』

 

 制裁デュエルが終わり、いつもの日常に戻ってきた俺たち。

 なんだか入学からずっと忙しかったせいか、こういう平穏が何とも貴重に感じられる。

 既にシンクロ召喚もこの学園に限り珍しいものではなくなり、俺に挑んでくる生徒もかなり減っている。まぁ、カイザーと同格だと思われているというのもあるんだろうけど。

 あ、ちなみにこの学園で珍しくないっていうのは、単純に俺がいるからだ。シンクロモンスターが実用化されたわけではないので、あしからず。

 そんなわけで、今日は久しぶりにマナと二人であっちをうろうろ。こっちをうろうろ。ただひたすらに適当に過ごす時間となっている。

 実に平和な一時だ。闇のデュエルがあったとか嘘みたい。

 

『ねー、遠也』

「んー?」

 

 マナが話しかけてきたので、適当に相槌を打つ。

 

『見て見て』

 

 次いで、そんなことを言ってくるので、俺は隣のマナのほうに顔を向けた。

 そして、

 

「ぶはぁっ!?」

 

 噴いた。

 

「どう? 似合う?」

 

 そう言って、実体化したマナがその場でくるりと一回転。

 ミニスカートがふわりと浮かび、あわや見えそうだった。惜しい。

 

「って、そうじゃない! なんでお前が制服を持ってんだぁ!?」

 

 そう、そうなのだ。

 今のマナの格好はアカデミア、ブルー女子生徒用の制服なのである。もちろん入手するにはアカデミアに入り、専用の業者から購入しなければならない一品だ。

 精霊であるマナに入学できるわけもなし、そもそも持っているはずがない代物なのだ。持ち運びは魔法で何とかしていたんだとして、どこでこんなものを手に入れたのか。

 はっ! ま、まさかどこかから盗んできたというんじゃ……。

 

「これ? 売店で売ってたから買ったんだよ」

「ごっそり財布の中身が減ってたのはそれかよ!」

 

 使った覚えがないからおかしいと思ってたんだ。でも俺が覚えてないだけだろうと思って気にしてなかったのに、お前が勝手に使ったんかい!

 まさか売店にそんなものがあったとは。確かに制服が駄目になることがないわけじゃないし、その際にいちいち業者まで問い合わせるのも効率が悪い。

 だから売店に常備するというのもわかるが……おかげで俺の財布が大打撃だよコンチクショウ!

 内心で涙を流す俺。それに対して、マナは手を合わせて謝りながら近づいてくる。

 

「ごめんね、遠也。でも……こうでもしないと、遠也とこうして会えないし、ね?」

 

 言いつつ、俺の腕に自らの腕をからませてくる。

 そして、どう、可愛い? と何かを期待するような顔で聞いてくるマナ。

 文句を言おうと思っていたのに、ぐっと言葉に詰まってしまう俺。怒りたい気持ちはあるが、それよりも腕に当たる気持ちいい感触にばかり意識が行ってしまう、悲しき男の性。

 そして、俺の口から出てくるのは、文句とは程遠い言葉だった。

 

「うん、可愛い」

「えへへ、やったぁ!」

 

 それに、嬉しそうに笑うマナ。

 くそっ! 文句なんか言えるわけないだろう! だって制服を着たマナは予想以上に可愛いんだよ! 可愛いんだから、何も言えるわけがないじゃないか!

 そう心の中で誰に対してというわけでもな言い訳を繰り返す俺。財布から消えていった諭吉さんを惜しむ気持ちはあるが、それもこの姿を見るためだと思えば許せそうになってしまうから不思議だ。

 やはり、男ってのはどこまでいっても男なんだなぁ。

 達観したように俺は遠くを見つめる。ああ、腕の感触サイコー。

 

「さ、いこ! 遠也」

「へ? 行くって、どこに」

 

 俺の腕をとり、引っ張るように前に出たマナに、俺は素朴な疑問を投げかける。

 それに、マナは何を当たり前のことを、と前置きをしてから、こう言った。

 

「決まってるじゃない。デートしようよ!」

「デートねぇ……デートぉ!?」

 

 明るく言い放たれた言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 しかし、そんな俺にはお構いなし。マナは俺の腕をとったままどんどん歩を進めていく。

 つられるように歩く俺だが、楽しそうにしているマナの顔を見ているうちに、なんかだんだんどうでもよくなってきた。

 これだけ楽しそうにしてくれているんだ。それに付き合うぐらい、わけないこと。

 それに、別段俺だって嫌なわけじゃない。

 俺は一つ息を吐くと、引きずられるような形だった状態から自分の足で一歩進み、マナの隣に並んで歩く。

 横に来た俺の顔を見上げるマナに苦笑を返し、俺たちは並んでぶらぶらと歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて。今日は一日マナとのデートと決まったわけだが、特に何か目的があるわけではない。

 そのため、俺たちは気の向くままに歩くということを腕を組んだまま続けている。

 アカデミアの中にショッピングモールがあるわけでもないので、仕方ないと言えば仕方ないが……。つまらなくはないのだろうか、と俺でも思ってしまう。

 しかし、そんな俺の心配に、マナはきょとんとした顔を見せるだけだった。

 

「うーん、私は遠也と一緒にいれば、それだけで結構楽しいよ?」

 

 そうだったのか。

 まぁ、俺もマナと一緒なら特につまらなく感じるということもないので、案外そんなものなのかもしれない。

 ならいいか、と結論付けて、俺たちは敷地内をゆっくり歩いて回る。

 そうして歩いていたところ、なんだか小さな港に出た。

 そこにはあまり大きくないながらも灯台が建っており、絵に描いたような港の風景である。雰囲気も悪くなく、情緒のある場所と言えるだろう。

 こんな場所あったんだな、と思いながら見ていると、灯台の下に誰かがいるのが見えた。数は二人……一人は男、一人は女。

 っていうか、よくよく見れば、カイザーと明日香だった。何してるんだ、あんなところで。

 見つからないように通り過ぎようとしても、既にかなり近づいてしまっている。

 どうしたものか、と思っているうちに、あちらも俺たちに気がついたらしい。なんだか二人とも凄く目を見張っているんだが、なんだというのだろうか。

 ここまできて、無視するというわけにもいくまい。

 俺はカイザーを見てちょっとだけ拗ねた様子を見せるマナを連れて、二人の元に向かった。

 

「よっす、カイザー。明日香も。どうしたんだこんなところで」

「……やはり遠也、か」

「見間違いじゃなかったのね」

 

 相変わらず二人が俺を見て驚いているんだが。挨拶まで無視して、どういうことなの。

 疑問に思って二人の視線をたどってみれば、その先には俺の腕にひっついているマナの姿。

 ……ああ、それでか。

 

「マナ、ちょっと離れよう。ブレイクブレイク」

「はーい」

 

 素直に頷き、マナが俺の腕を解放する。

 久しぶりに帰って来る、腕に触れる空気の感触。それを確かめながら、俺は二人に向き直る。

 

「よっす、二人とも。こんなところでどうしたんだ?」

 

 テイク2である。

 

「ああ……」

「ちょっと、ね」

 

 しかし、それよりも二人は俺の隣にいるマナが気になるようで、俺よりもマナのほうばかり見ている。

 その視線にマナがにっこり笑顔を返すと、二人はその視線を俺のほうへと戻した。

 

「遠也、あの……紹介してもらえないかしら?」

 

 明日香が困惑した表情で俺に聞いてくる。

 まぁ、俺も挨拶ぐらいは先に、と思っていただけだからな。それも済んだ今、さっさとマナのことを紹介しておいたほうがいいだろう。

 

「ああ。こいつはマナ。俺の……相棒、かな」

「兼、恋人もね」

 

 さらりとマナがとんでもないことを付け足した。

 俺はすかさず笑顔でのたまったマナの頬を引っ張る。

 

「ははは、何をおっしゃるウサギさん。まだそんな関係じゃないでしょーに」

「いひゃい、いひゃい! ぼうろくひゃんたーい!」

 

 ばしばしと引っ張る俺の手を叩いてくるマナ。

 ふふん、やめてよね。本気じゃないマナが、俺に敵うわけないじゃないか。

 にやにやしていると、さすがに痛かったのか、にわかにマナの手が魔力らしき輝きを纏い始めた。

 ちょ、やめてよ。マナが本気出したら、俺が敵うわけないじゃないか。

 俺はぱっと手を離し、マナは頬をさすりながら口先を尖らせる。そんなマナに悪かったと謝り、俺は二人の顔を見る。

 

「まぁ、そういう関係だ」

「……そ、そう」

 

 そうか細く返答をする明日香の表情は、なんだか何とも言えないものであった。気になるが、今は気にしないことにしよう。

 それよりも、俺の最初の質問に答えてもらっていない。仕方ないので、もう一度問いかけてみることにする。

 

「それより、こんなところでどうしたんだよ」

 

 しかし、その問いに二人は揃って苦笑いを浮かべた。表情に少しの悲哀を混ぜたそれは、何も言われずとも訳ありなのだと察することが出来るものだった。

 

「ちょっと、な」

 

 あのカイザーでさえ、口ごもり判然としない反応を示す。

 さすがに、この問題が好奇心で突っ込んでいい問題ではないと俺も悟る。

 そのため、俺はこの話題に関して打ち切ることを決めた。

 

「そうか。……それよりカイザー、今度から負けたからって文句言うのはやめろよ」

「なっ……!?」

 

 俺の突然の言葉に、カイザーが寝耳に水だとばかりに驚きをあらわにする。

 いきなり何の話だ、とその顔にありありと書いてあった。この重い空気をどうにかしようという、俺の気遣いじゃないか。

 そして、俺の言葉を聞いた明日香は、僅かに呆れを含んでカイザーを見た。

 

「亮……あなた、そんな子供みたいな……」

「違う! 遠也、一体何を言っているんだ!」

 

 明日香の中でのカイザーのイメージが危うい。

 それを察してなのかは知らないが、カイザーは普段の泰然とした姿とは違う年相応の姿を見せる。俺たちしかいないからだろうが、普段から普通にしていればいいのに。

 

「間違ってはいないだろ? 俺に負ける度に、もう一度だ! って突っかかって来るくせに」

 

 にやにや笑って言えば、カイザーは図星だけに押し黙った。

 そう、このカイザー。意外と負けず嫌いなのである。何度そのまま押し切られて連戦したことか。

 

「くっ……それは、お前も同じことだろう。お前も俺に負ける度に、あの時のアレがどうだったと文句を……」

「俺はいいんだよ、次ではきっちり勝ってるし」

「だが、戦績はほぼイーブンだろう」

「俺の勝ち越しだ」

「ふっ、たった2勝だがな」

「………………」

「………………」

「「デュエルッ!」」

「平和ね……」

「そうですねー」

 

 結局、その場を離れたのは三十分後でした。

 

 

 

 

 

 

 

 カイザーとのデュエルは俺の敗北で終わり、勝ち越しを1勝に減らした俺と、明日香と三十分間談笑していたマナ。そんな俺たちは、再び当てのない散歩へと戻った。

 今度は腕を組まず、代わりに手を繋いでいる。一応マナ曰くデートらしいので、俺のほうからマナの手を取ったのだ。

 しかし、何故かマナはいきなり顔を赤くしていた。さっきは自分から腕を組んできたくせに、よくわからん奴だ。

 だが、そんなものは最初だけ。次第に慣れてきたのか、今では繋いだ手を歩く振動に合わせて振るぐらいには、慣れたらしかった。

 上機嫌なようなので、俺も何も言わずされるがままにしている。そうしてなんだか周囲の男子生徒から恨みがましい視線を受けながら進むことしばし。

 ふと、とあるベンチに座り一枚の紙を見つめている人影を発見した。こんなところで見かけるとは珍しい、と思わずそちらに目を向ける。目立つ人だというのも原因かもしれないが。

 あ、こっち見た。

 そして目が合った。

 ……無視するわけには……いかないよな、やっぱり。曲がりなりにも、目上の人間なんだ。

 仕方なく、俺はマナを連れて、その人の元へと足を進めた。

 

「……こんにちは、クロノス先生」

「これーは、シニョール皆本。んー、そっちの生徒は、見覚えのない子なノーネ」

「あ、あはは、さすがにクロノス先生も全生徒は覚えていないでしょう? 仕方ないですよ」

「んー、それもそうでスーノ」

 

 大仰に肩をすくめてみせる、クロノス先生。その出で立ちと相まって、なかなかに芝居がかった仕草だった。

 そう、そこにいたのはクロノス先生だった。オシリスレッドに厳しいことで有名なこの先生が、俺はあまり得意ではなくそれほど話すことはない。

 が、向こうはどうも違うらしく、会うと話しかけてくることがたまにある。

 恐らく、俺のバックにいるペガサスさんなどのことがそういう態度をとらせているのだろうが……、その積極性をもっとオシリスレッドにも向けてほしいものだ。

 

「ところで、クロノス先生。一体何を見ていたんですか?」

 

 会ってしまった以上、すぐにさよならとはいかない。俺は会話の糸口とする意味も込めて、クロノス先生が手に持っている一枚の紙について尋ねた。

 すると、クロノス先生は途端に嬉しそうな顔に変化した。……いささか、キモかったが。

 

「これでスーノ? ぬふふふ、聞きたいノーネ? 知りたいノーネ?」

「……ええ、まぁ」

 

 ちょっとうざい。

 

「あなたもなノーネ?」

「あははー、私も知りたいですー」

 

 えらく棒読みになっていたマナだったが、さすがクロノス先生は気にしない。

 妙に根性だけはある人なのだ。

 

「そこまで言うなら、教えてあげーるノネ! これは、プロのデュエリストになった私の元教え子からーの手紙なノーネ!」

 

 ベンチから立ち上がり、胸を張って自慢げに言うクロノス先生。

 だが、言っていることは確かに凄い。この世界はデュエルが生活に根付いているだけあって、プロデュエリストは花形の職業だ。アカデミア卒業生とはいえ、プロになるのは容易なことではない。

 それを成し遂げたというのだから、教えたクロノス先生が胸を張りたくなる気持ちもわかる。

 

「へぇ……」

「すごいですねぇ」

 

 俺もマナも、それについては素直に感心した。

 それだけ、プロになるということは難しく。そして、まだ残っているというのは更に難しい。

 クロノス先生は、俺たちの反応に対して満足そうに大きく頷く。

 

「そうでショーウ! この生徒は私の自慢なノーネ! 在籍当時から努力を欠かさない優等生でしターノ。あまり強くなかった頃から、私がみっちり指導し、そしてここまで成長してくれた、素晴らしい生徒だったノーネ!」

 

 そう言いつつ、にやりと不気味な笑みを浮かべる。あれ、きっと心底笑っているんだろうな。不気味なのは化粧のせいだろう、きっと。

 しかし、クロノス先生にこんな一面があったとは。

 俺の中ではブルーの生徒を贔屓し、レッドを貶める嫌な先生というイメージしかなかったから、意外と言えば意外だ。

 しかし、こういう一面があるなら、なんでレッドにあんな風に当たるんだか。

 

「先生、レッドのみんなには、そうして指導してあげないんですか?」

 

 はい、とマナがわざわざ手を挙げてクロノス先生に問いかける。

 今まさに俺が思ったことを聞いてくれるとは、さすがマナ。以心伝心だぜ。

 そのマナの質問に、クロノス先生はいきなり顔をしかめた。そして、ぐぬぬ、と怒りのうめき声を上げ始める。

 

「ドロップアウトボーイたちは論外なノーネ! せっかくアカデミアに留まらせてあげているノーニ、一向に努力しようという気配が見られないノーネ! どいつもこいつも、どいつもこいつも、オシリスレッドは全く成長しないでスーノ! そんな生徒にかける情けなんて、持ち合わせていないノーネ!」

 

 ハンカチを取り出し、キーっとそれを噛んで怒りを発散させるクロノス先生。

 それを見つつ、俺はその言葉を聞いてふと思考を巡らせた。

 オシリスレッドは、卒業のための単位が他寮に比べてかなり緩い。そのため、レッドの生徒はあまりやる気がなく、なあなあで、ひとまずこの学園を卒業さえ出来ればいいと考えている生徒も多いのだ。

 かつての隼人がそうだったと本人から聞いている。

 なぜオシリスレッドがそれだけ緩いかというと、端的に言って最後のチャンスだからだ。デュエリストになりたいという若者の夢を出来る限り尊重したいという考えのもと、ある程度成績が悪くてもチャンスを与えようという理由で作られた制度らしい。

 ここを背水の陣として踏みとどまり、デュエリストを目指す機会を残すために作られたと海馬さん、の弟のモクバから聞いたことがある。

 それ以後も続くクロノス先生の愚痴曰く、もう何年間もずーっと、オシリスレッドの気風は変わっていないようだ。

 そういう目的で作られたというのに、肝心の生徒は入学以後、必要単位が超少ないという気楽な環境にだらけきっている。

 寮や修学旅行をグレードの低いものにしたりして、この環境を抜け出そうという気概を持つ生徒が現れるようにもしたらしいが、逆に順応し始める始末。

 それを見続けて、ほとほと嫌気がさしたどころかむしろムカついてきたノーネ、というのがクロノス先生の気持ちらしい。

 そこでムカついちゃったのが、現状に繋がるわけか。

 そうしてレッドを嫌っていくうちに、やがて嫌がらせが趣味みたいになったのだろうかね。いやー、途中までは成程って感じだったけど、最後で普通に意地悪な先生になってしまった。

 けどまぁ、レッド生にも反省点はあるってことかな。やる気出してない生徒が多いのは、本当に事実だしなぁ。

 

「……おっと、生徒に愚痴るなんて、いけないノーネ、ミネストローネ。シニョール皆本、ここでの話は内密にしてほしイーノ」

「はぁ、まあ。それは構いませんが」

「シニョールもドロップアウトボーイと仲良くするーのは止めるノーネ! あなたのためになりませンーノ! そしてこのクロノス・デ・メディチのことをペガサス会長にぜひよろしく。それでは、失礼すルーノ」

 

 最後にちゃっかり自分の宣伝を忘れなかったクロノス先生が、手紙を懐にしまいつつ去っていく。

 あの人の場合、ドロップアウトボーイって十代を呼んでも何故か憎めない。あんな話を聞いた後だと余計に。十代も全然気にしてないし、これについては俺がどうこう言うことではないだろう。

 うーん、しかし何て言うか……。

 

「人に歴史ありってことかな」

「そういうことかもねー」

 

 マナと二人、そんなことを呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、俺たちはデートを再開する。

 とはいえ、この閉鎖された島の中で出来ることなどたかが知れている。というか。することがない。

 学園である以上遊ぶための施設はなく、簡単な買い物が出来る程度の設備しかないのだ。

 それこそデュエルぐらいしかすることがないのである。

 しかし、デートでデュエルというのも違うだろう。さすがにこんな時にまでデュエルをしようとするほど、空気を読めないわけではないつもりだ。

 そういうわけで、俺たちは散歩を終えて自室に戻って来た。本当にすることがなかったのだから仕方がない。

 戻ってきてすぐ、マナは実体化したままベッドに飛び込んでいった。もちろん制服のままで。

 ばふっと音を立てて布団が揺れ、スプリングの反発によってマナの身体も上下にふわりと揺れる。

 そしてそんなことをミニスカートでやるとどうなるかなど自明の理。大変いいものを見させていただきました。

 

「うーん、よく歩いたねー」

 

 寝転がったまま伸びをしつつ、マナが楽しそうにそんなことを言う。

 その様子に気持ちを和ませつつ、俺もベッドに近づくと、その端に腰を落とした。

 

「まぁ、普段行かないコースを意図的に選んでたからな。余計にそう感じるだろうさ」

 

 いつも歩いている道を歩いてもつまらない。そう思って、行ったことのない場所を目指したのだから、知らない道を歩いたことで気疲れも多少はあっただろう。

 そう考えれば、例え距離的にはそう多くなくともよく歩いたとも感じられるだろう。実際、寮には比較的早く帰ってこれた。そう遠くまで行ってなかった証拠だ。

 とはいえ、この島で遠くとなると森のほうになってしまうので、近くで妥協せざるを得ないというのも確かだが。

 俺がそんなことを考えていると、マナがふいに俺の腕をとった。

 そして、

 

「えい」

「うおっ!」

 

 身体を支えていたその腕をいきなり引かれ、支えを失った俺の身体がそのままベッドに落ちていく。

 重力に従い、俺はベッドの上に寝転ぶ形となった。そして、それを横で見て笑っているマナ。なんだってんだ、いったい。

 そして、マナはそのままベッドの上を移動し、俺の顔を上からのぞき込む形をとる。ちょうど俺の左側頭部にあたる位置だ。そこで、マナが膝を揃えて正座をした。

 

「ん」

 

 そして、ぽんぽんと自分の膝を叩く。

 ……これは、まさか。

 思わずマナの顔を見ると、にこにこと笑っているだけだった。しかし、その態度が俺の予想が間違っていないだろうことをより強く感じさせる。

 

「ん、ってば。ほら」

 

 そう言って、殊更に揃えられた白い太ももをアピールしてくるマナ。

 間違いなく、膝枕をしようとしているのだろう。っていうか、それ以外にこの状況をどう取ればいいというのか。

 だがしかし、どうしても素直に太ももに頭を乗せる気にはなれない俺。

 すると、一向に動こうとしない俺に、マナは小さくため息をついた。

 

「もう、いいじゃない。初めてじゃないんだし」

「それを言うなぁぁあ!」

 

 マナの言葉に、俺は両手で顔を覆う。ちくしょう、嫌なこと思い出させやがって……!

 マナの言うとおり、確かに俺はかつてマナに膝枕をしてもらったことがある。

 そして何故そうなったかというと、めちゃくちゃ恥ずかしいことに俺が大泣きしてしまったからだ。

 まだこの世界に来たばかりの頃。そして、ここがどれだけ似ていようとも俺が過ごした世界とは全く違う場所だと理解した時のことだ。

 違うんだな、とふとした拍子にそう思った時があったのだ。何故か、ストンといきなり心の中に入って来た、その実感。それを自覚した瞬間、俺が感じたのは狂おしいほどの望郷の念だった。

 いいことよりも、悪いことのほうが多い世界だった。決して過ごしやすい環境にいたわけではなかったし、日常なんて退屈でしかたがなかった。

 それでも、あそこは俺の世界だった。俺が生まれ、両親が俺を愛し、その両親が生まれ、連綿と続く時間の中、俺という存在を形作ったものを生み出した世界だったのだ。

 それら全てを一気にごっそり奪われた感覚。手足の先が一気に冷えて、異常なまでに心細くなったのを覚えている。

 そして、思い起こしたのはかつての世界での暮らし。既に亡き両親、好きではなかった親戚、友人たち。

 それら全てが無くなったという実感に、俺は自分でも理解できないうちに涙を流していたのだ。

 ……今思い出しても恥ずかしい。十五にもなって、大泣きとか。穴があったら入りたい。

 そしてその時、真っ先にそんな俺に気づいてやって来たのがマナだった。

 泣いている俺を抱きしめ、そのままずっと付き合ってくれた。そして、泣き疲れた俺に膝枕をし、その膝の上で俺は寝てしまったのだ。

 ……おわかりいただけるだろうか。正気に戻り、目を覚ました時の衝撃を。

 大泣きした揚句、女の子にすがり、さんざん迷惑をかけたうえで、その膝を拝借していたのだ。

 ……死にたくなっても仕方ないだろう?

 俺はそれはもう赤面し、床を転がりまわり、悶絶というものを十分間は延々と繰り返した。

 マナが笑って許してくれたから良かったが……。それ以降、その時の記憶は俺の中の黒歴史の一つとして封印されたのであった。

 そして、それをいま掘り返されたのだ。ああもう、恥ずかしいったらない。

 

「あの時とは違うでしょ? 今は私がやりたいから、だよ」

 

 ね、と笑うマナに、俺は覆っていた手をどけてその顔を見上げる。

 そして、その視線を太ももに移す。偶然、その奥も見えた。その瞬間、頭上に降って来る拳骨。いてぇ。

 殴られた頭を押さえながら、俺はのそりと起き上がってベッドの上を動く。そして、ひとつ息を吐くと本格的に寝そべった。

 頭の位置は、マナの膝の上へ。柔らかい太ももが枕代わりとなって俺の頭を支える。

 

「……重くない?」

「ちょっとはね。でも、それがいいの」

 

 言って、マナは俺の髪の毛に手をやり、ゆっくりと撫でるように梳いていく。

 何が楽しいのか、ふふーん、と調子っぱずれな鼻歌までする始末だ。

 いったい今どんな顔をしているのか。盛り上がる二つの丘に阻まれて正確にはわからないが、たぶん笑っているのだろうとは思う。

 俺は、ふぅ、と溜め息をこぼす。

 

「よくわからん」

「あはは、そうかもね」

 

 マナはただ笑って、俺の髪をなでる。

 俺には分からないが、マナにとってはきっとこうすることが楽しいのだろう。

 そのためなら、過去の恥ずかしい記憶や今の照れ臭さも我慢しようじゃないか。それに、膝枕をするほうの楽しさはよくわからないが、されるほうは確かにちょっと楽しい。

 女の子の太ももが頭の下にあるのだ。そうそうあるシチュエーションではない。

 俺だって年頃の男なのだ。これだけ女の子と接近して、嬉しくないわけがない。まして、好意を持っている相手なのだからなおさらだ。

 そのため、今この時に俺がとる行動など一つしかない。ああ、そうだとも。

 ……ゆっくり、ゆっくり頭を動かして回転させていく。気づかれぬように、そーっとだ。上を向いていた頭が、徐々に横向きに変わっていく。

 そして、ついに顔が太ももの付け根のほうへと……!

 

「はい、そこまで」

「ぐぎっ!?」

 

 強引に首を回して戻された。

 そのとき首に走った激痛に、思わず首に手を持っていって無事を確かめてしまったのは仕方がないことだったろう。

 

「お、おまっ、無茶するなよ!」

「もう、遠也が変なことするからでしょ?」

 

 呆れたように言われ、黙るしかない俺。

 男なんだもん、仕方ないじゃん。

 俺があまりに憮然としていたからだろうか。マナは小さく笑みをこぼすと、その手の平を俺の目の上に置いた。

 

「……寝ていいよ。たまには、こういうのもいいでしょ?」

 

 手の平で覆い隠された暗闇の中。俺は、優しげに言われたその声を思う。

 この一年、ずっと傍で聞いてきた声。きっと、この世界の誰よりも俺の心に響く不思議な声だ。

 マナは俺にとって、色々と迷惑をかけてきてしまった相手だ。同時に、それでもこんな孤島にまでついて来てくれた大切な相棒だ。

 そして、俺としても憎からず思う女の子でもある。

 ……まったく。男ってのは本当に現金なものだと、心の底から実感する。

 だって、マナの声を聞くだけで、こんなにも心が緩んで安心してしまうのだから。

 

「……そうだな」

 

 こういうのも……たまには悪くないや。

 俺は弛緩していく感情と身体に抗うことなく、その安堵を受け入れていく。

 そして目を閉じると、そのまま緩やかに眠りの世界へと意識を旅立たせていくのだった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 翌日。

 制服ではなくいつもの格好で精霊化しているマナと共に、俺は教室に入った。

 

「はよー」

 

 十代と翔、隼人たちを見つけたので、いつものように挨拶を交わす。

 その瞬間、翔がものすごい勢いでこちらを振り向き、ギラついた目で俺を見た。

 

「……とーやくぅーん」

「な、なんだよ。どうした、翔」

 

 得も言われぬ恐怖を感じ、俺は思わず後ずさる。

 しかし、翔はその距離を埋めようと更に近づいてくる。な、なんだこの迫力は。

 俺は助けを求めて翔の後ろにいる十代と隼人を見る。しかし、二人は首を振るだけだった。助けてくれないのかよ!

 

「昨日……遠也くんがブラマジガール似の可愛い女の子と腕を組んで歩いてたって情報があるんすけど……」

「う」

 

 そういや、翔ってブラマジガールの熱狂的なファンだったな。アイドルカードって公言しているぐらいだし。

 っていうか、ブラマジガール似って、そいつはどこを見て判断したんだ。確かに本人なんだから似てはいるだろうが。

 俺が思わず冷や汗を流すと、対して翔はにっこりと笑った。

 

「僕、遠也くんを信じてるよ。きっと、嘘だよね。そんな可愛い彼女がいるなんて――」

「あら、マナの話?」

 

 そこにやって来る明日香。

 余計なことはしゃべらないでくれよ、と俺が心の中で願うも、どうやらその祈りは天に届かなかったらしい。

 

「昨日はその……驚いたわ。前に話に出た子が、あの子なんでしょう? けど、いい子だったわ。また楽しくおしゃべりしたいから、よろしく言っておいてちょうだい」

「お、おう」

 

 それじゃあ、と明日香は去っていく。おいおい、ブルーの女子寮で探したりしないだろうな。ここの生徒じゃないってバレそうで怖いんだが。

 まぁ、そこはなるようになるしかないだろう。それより……。

 残された俺と翔が問題だった。

 

「お、おい。翔……?」

 

 明日香の言葉によって顔を伏せてしまった翔に、声をかける。

 その瞬間、翔ががばっと顔をあげた。

 

「彼女が本当ってことは……やっぱり、ブラマジガールにそっくりっていう話も……本当なんすか?」

 

 嘘は許さない、と翔の目が言っていた。

 今日の翔は一味違うな。まったくもって嬉しくないが。

 

「あ、ああ。まぁ、ある程度は……」

 

 そしてその眼光にやられ、つい答えてしまう俺。

 ご本人なんですが、言ったところで信じないだろう。よって、微妙に曖昧な表現にとどめておく。

 しかし、それを聞いた翔は目をくわっと見開き、俺の腰にしがみついてきた。な、何しやがる!?

 

「遠也くーん、会わせてほしいなぁ、その子にぃ。一目でいいからぁ」

「猫撫で声を出すな、気持ち悪い! ってゆーか、離せ! 男に抱きつかれても嬉しくない!」

「友達に対してひどいよぉ。ねぇ、遠也くんってばぁ」

「十代! 隼人! 何とかしてくれ!」

 

 しかし、二人は肩をすくめてみせるだけ。この野郎どもめ!

 

「遠也くぅん」

「離せ、翔! 兄貴にチクるぞ!」

 

 しかし一歩も引かない翔。なんでこんなところで根性を見せるんだこいつは!

 迫る翔と、引き剥がそうとする俺。教室の一角で行われる奇妙な光景に皆が視線を向ける。

 そんな中、マナもまた笑って俺たちを見ているのが見えた俺は、元凶ともいえる相棒を恨めしげに睨む。

 その間も翔は俺にひっついてくるので、俺はひとまず翔を引っぺがすほうに専念することにした。

 そんな俺たちを見て、苦笑いの十代たち。そして、にこにこと楽しそうにしている元凶でもあるマナ。

 今日もまた、平穏な一日であることを告げる朝の一コマであった。

 

 

 

 

 


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