遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第9話 怒り

 

「は? 退学?」

「ええ」

 

 廃寮から帰り、幾許かの睡眠をとった数時間後の朝。

 わざわざ俺を訪ねて男子寮にまで来た明日香の口から放たれた衝撃的な言葉に、俺は目を丸くするしかなかった。

 思わず問い返してしまったが、明日香は頷くだけである。

 それはつまり、今の言葉が真実だということだ。

 

「廃寮に入ったのって、そんなにマズいことだったのか?」

「そうよ。だから言ったでしょう、やめておきなさいって」

 

 明日香は、それなのに話を聞かないんだから、と続けるが……その表情はいかにも納得いっていないものであり、十代たちを心配しているものだった。

 さすが素直になれない明日香。本当はこの決定に異を唱えたいと丸わかりだ。

 そして、俺も当然ながら納得いかない。そもそも同じく廃寮に入った俺と明日香、そして隼人には何もないというのが、あまりにも公平性を欠いていると思う。

 よって、これからやることは決まっている。俺は表情を正すと、明日香に言った。

 

「じゃ、行こうか」

「行くって……どこに?」

 

 突然のことに、明日香が驚きを声に含ませながら聞いてくる。

 どこに、ってこの状況じゃひとつでしょ。

 

「とーぜん、校長室だ」

 

 もともと、明日香もそのつもりだったんだろうに。

 そう返せば、明日香はそっぽを向いて僅かに頬を赤くした。

 やっぱりな。俺が思い至ったのと同じく、校長に直訴しに行くつもりだったのだろう。明日香は真面目だし、こういうことに妥協できないだろうことは短い付き合いでもよくわかる。

 制裁タッグデュエル……だったか。迷宮兄弟が相手だった、という記憶がある。それについては大丈夫だろうとは思うが、それとこれとは話は別。何故俺たちには何もないのかが納得できない。

 その気持ちは俺も同じだ。

 そういうわけで、俺たちは一緒に校長室に向かう。アカデミアの本校舎。そこにある校長室の前に立つと、なにか話し声が聞こえてくる。外まで届くとは、それなりに大きな声を出しているとわかる。

 この声は……隼人か。その内容を僅かながらも拾った俺たちは、頷き合って校長室に入った。

 

「校長、その時廃寮にいたのは十代に翔、隼人だけじゃないんです」

「私たちも現場にいました」

 

 俺たちがそれぞれ口にしながら入室すると、隼人と鮫島校長が話をやめてこちらを見る。

 その間に隼人の隣まで行き、校長の正面に立つ。そして、俺がまず口を開く。

 

「なのに、俺たちだけ何もないっていうのが納得いきません。公平にするなら、俺たちにも制裁タッグデュエルというものを課すべきじゃないですか?」

「私も、同じ考えです。十代たちだけというのは、あまりにも不公平です」

 

 俺たちがそう訴えると、校長は難しそうに唸る。

 そして、そこに隼人の声も加わる。

 

「……俺、今まで自分が駄目な奴だって思ってました。でも、十代に会って、翔に会って、遠也に会って……。色んな人と会って、みんなのデュエルを見て、思ったんです。もっと、デュエルにしっかり取り組みたいって!」

 

 その言葉に、明日香が微かに表情を崩した。

 

「私も、彼らと交流してもっとデュエルを楽しみたいと思いました。十代、それに遠也。あなたたちといると、みんな変わっていくみたい。こういうふうにね」

「……俺も?」

 

 十代なら俺も同意見だが、なぜ俺まで。

 

「あなたは、思っている以上に影響しているわ。十代、前田君、翔君、ジュンコ、ももえ、亮も。あなたに影響されたところは少なくないはずよ」

「そうなんだな。俺は、遠也のおかげで自分の夢が持てそうなんだな」

 

 そう、なのだろうか。確かに、ジュンコやももえはブルー特有の嫌みったらしいところはなくなっているが、それは俺たち全員と友達になったからだろう。

 カイザーについては……何かあっただろうか。確かに寮内でつるむことは多くなったけど……。

 疑問ではあるが、今はその答えを出すのは後にしよう。

 

「……二人はこう言ってくれますが、俺も十代に影響を受けた一人です。あいつのデュエルは人を明るくさせる。それに、一緒にいると楽しい奴です。それは翔も一緒です。だから、俺たちにも何か罰を。もしくは、あいつらの罰を軽くしてやれないでしょうか」

 

 俺は言いたいことを言った。二人も追随するように頷いて校長を見据える。

 俺たち三人の眼差しを受けた校長は、少しだけ笑みを見せるが、すぐに表情を厳しくさせる。

 

「……君たちの気持ちは、よくわかった。私としても、そうまで言ってくれる友人を持つ彼らを助けたい気持ちはある。……だが、これは倫理委員会で決まったことなのだ。私では、もうどうにも出来んのだよ」

 

 そう言うと、校長は机に肘をつき両手を顔の前で組んで押し黙った。

 校長がそう言うということは、そうなのだろう。もうこの時点で、俺たちは無罪放免。十代と翔は制裁デュエルというのは決まりということだ。

 俺たちが納得いかないかどうかは関係ない。そういうものだと割り切るしかないのだ。

 俺たちは黙ってしまった校長に頭を下げ、校長室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、その後俺たちはレッド寮に出向く。

 これから制裁デュエルを受けるとなった十代と翔はどうしているのか。それが気になったからだ。

 隼人が自室の扉を開き、俺と明日香が続いて顔を出す。

 打たれ弱い翔が落ち込んでいないかと気を揉みつつ中を覗くと、そこには十代と翔が二人でカードを大量に床に広げて、あーでもないこーでもないと言い合っている姿があった。

 

「やっぱりアニキとは種族じゃシナジーしないから、無理に合わせられないね」

「だな。それより、お互いにガッと攻めていったほうがよさそうだぜ」

「合わせられるところだけ合わせるってことっすか?」

「そう、それだ! 無理して合わせて、お互いのいいトコ潰したら意味ないもんな!」

 

 じゃあ、そういう方向で……、と翔と十代は順調にタッグデュエルに向けて準備を整えているようだった。

 俺たちが心配していた翔も、前向きに十代とデッキの調整について話し合っている。どう見ても落ち込んでなんかいない。

 もちろんそれはいいことなんだが、こういう時は大抵テンションが下がっていたイメージがあるから、不思議に感じてしまう。

 だからだろうか。俺たち三人は少々呆けてしまっていたらしい。その間に、翔が俺たちの存在に気がつき、こちらに顔を向けた。

 

「あ、隼人くんに遠也くん、明日香さんも。どうしたんすか、そんなところに突っ立って」

「ん? なんだ、ドアも閉めないで。入って来いよ」

 

 翔の声で十代も俺たちに気づいたのだろう。ひょいひょいと手招きをしてくる。

 俺たちも好きで玄関先に立っているわけではないので、そのお誘いに乗って部屋に上がり込む。

 そうして床に広げられていたカードを見ると、そこには十代のHEROのカードと、翔のビークロイドカードがある。他にも魔法カードや罠カード……どうやら、持っているカードをひっくり返して検討しているようだった。

 

「早速やってるな。タッグデュエル用の調整か?」

「おう! けど、結局俺たちのデッキのままでいこうって決まったけどな」

「僕とアニキのデッキじゃ、色々違いすぎるからね」

 

 翔が苦笑して十代の言葉に続ける。

 確かに、十代のHEROと翔のビークロイドでは、種族も属性もかぶらないことが多い。

 共に融合を主体にしているところは共通しているが、そもそもお互いに専用サポートカードを多用するデッキ構成だ。共存は難しいだろう。

 そう考えると、二人が出した結論は間違っていない。

 無理に合わせてダメになる、というのはタッグデュエルでは本当によくあることだからだ。

 俺が二人の言葉に頷いていると、明日香が笑みを浮かべて翔を見た。

 

「ごめんなさい、翔君。私、てっきりあなたが落ち込んでいるんじゃないかと思っていたわ。こうして立ち向かおうとしているのにね」

「俺もなんだな。翔がやる気なのに、余計な事をしちゃったんだな」

 

 二人の言葉に、翔はキョトンとする。そして、俺に「どういうこと?」と聞いてきた。

 俺は翔にさっきまでのいきさつを説明する。

 俺たちが校長に直談判に行ったこと。それは俺たちだけ無罪なのに納得いかないというのも理由だったが、こういう場面に弱い翔が心配だったから、というのもあったこと。

 俺たちは最初から翔がプレッシャーで落ち込んでるんじゃないかと思っていた。そのことを、謝っているのだと。

 それを聞き終えた翔は、あはは、と笑いをこぼした。

 

「それは仕方ないっすよ、僕はいつもそうだったから。……それに、今も怖くないわけじゃないんだ。僕がアニキの足を引っ張らないか、不安でしょうがないよ」

 

 翔は顔を伏せる。しかし、すぐにその顔を上げる。

 その表情には、どこか力強さを感じさせるものがあった。

 

「けど、遠也くんとお兄さんのデュエルで知ったんだ。僕は、ずっと怯えて逃げていただけだったんだって。自分の身を守ることだけ考えて、何も考えずに逃げてたんだって。……だから、今回のデュエルはそんな自分と決別するチャンスだって思ったんだ」

 

 翔はぐっと拳を握る。

 その姿を、十代が頼もしそうに見ていた。

 

「だから、僕は自分の持てる力を全部使って、挑戦するって決めたんだ! お兄さんの言葉に応えるためにも、頑張ってみせる。アニキと一緒に、逃げずに戦うよ!」

「よっしゃ! よく言ったぜ、それでこそ俺の弟分。俺のパートナーだ!」

 

 十代がバシッと膝を叩いて、立ち上がる。広げていたデッキを揃え、それをデュエルディスクにセットすると、翔の肩を掴む。

 

「お互いのカードはこれで把握したぜ。次はデュエルだ! 実際に戦って、戦術なんかも確かめないとな!」

 

 ついてこい、翔! そう言いながら、十代はさっさと部屋を出ていく。

 それを目で追って、しばし。翔も急いで散らばっていたカードをまとめてデッキを手に取ると、デュエルディスクをひっつかんで部屋を出ていった。

 待ってよ、アニキー! という叫びを響かせながらの騒がしい外出である。

 

 ――そして部屋に残ったのは、俺、明日香、隼人の三人だけだ。

 俺たちは出ていった二人を見送り、次いで互いに顔を見合わせると、誰からともなくふっと笑みを漏らした。

 

「……やれやれ。いらない心配だったか」

「ふふ、そうみたいね」

「翔も、成長してるんだな」

 

 三人それぞれ、翔の決意を聞いて自分たちの心配が的外れだったと思い知る。

 翔は確かに、気弱で何かあればすぐに落ち込む奴だった。けど、ふとした切っ掛けで今のように頼りになる姿を見せるほどになった。

 もっと、俺たちは翔の強さを信じてやるべきだったのかもしれないな。

 

「これも、あなたの影響かもね」

「ん?」

 

 明日香が、笑いながら俺に言う。

 

「だって、あなたが亮と戦ったから今の翔君があるわけでしょ? ほら、しっかり影響しているじゃない」

「確かにそうなんだな」

「む……」

 

 言われてみれば、そうかもしれない。

 あの時俺がカイザーとデュエルしていなければ、翔は変わらないままだったかもしれないのだ。だとすれば、俺がいたから、というのもあながち間違いじゃないのだろうか。

 もし俺が翔のいい変化に対して力になっていたなら、俺としても嬉しいことだ。

 

「そうだと、いいな。……それより二人とも。あの二人のデュエル、もちろん見に行くだろ?」

「もちろん」

「だな」

 

 頷く二人に、俺も頷きを返す。

 そして、俺たちは部屋を出ていった二人の後を追って外に出ていく。

 どうやら、タッグデュエルは心配しなくてもよさそうだ。二人の様子を見るに、そう思う。そんな信頼にも似た安堵感を感じながら、俺たちは二人のデュエルを見届けに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 十代と翔が制裁デュエルを受けることが決まり、数日が過ぎた。

 なんでもクロノス先生がわざわざ二人の相手をするデュエリストを用意すると言っているらしく、その相手の到着を待つために数日の時間がかかるということらしかった。

 そして今日、いよいよその当日である。

 この数日の間、隼人のお父さんが突然訪ねてきたりといったことはあったが、十代と翔のコンディションに問題はないと言えるだろう。

 まさに万全の態勢という奴だ。確か相手は迷宮兄弟だったと思うから、向こうはゲート・ガーディアンを使うデッキだろう。

 確かに高攻撃力のモンスターだが、あの二人なら絶対に勝つ。あとはそれを信じて俺たちは見守るだけである。

 ちなみに、隼人のお父さんはどうも留年している隼人を連れ戻しに来たらしいのだが、隼人の「大事な話があるんだな」の言葉と共に二人で話し合った結果、何もせずに帰っていった。

 理由は簡単。隼人の言葉に思うことがあり、その言葉を尊重することにしたからだそうだ。

 隼人はただひたすら真剣に、自分には「カードデザイナーになるという夢ができた」とお父さんに話しただけだった。

 ずっと、何を言われても、ただ一心にそのことを訴えた。俺のカードを見て、自分もこんなカードを作ってみたいと思ったこと。ああいうカードがあったら楽しそうだ、と考えるのが何より好きであること。

 俺たちに出会って、自分が何を得たのか。どんなに睨まれようと、隼人は決して後ろには退かなかったのだ。

 その姿に、お父さんもついに隼人の決意を認めたらしく。ただ、やり遂げて見せろ、とだけ言い残して帰っていったのである。

 俺たちは隼人の言葉に感動していた。俺たちの存在を、そんなに大切に思ってくれていたとは……。

 これにより、俺たちの仲は一層深まった。そして、十代と翔は何が何でも退学にはならないと決意を新たにしたのだ。

 ここまで隼人が意思を固めてこの学園に残ってくれたのだ。それに応えなきゃ男が廃る、というのが十代の主張だ。

 ここにきて、モチベーションは最高潮にあるといえるだろう。

 だからこそ、俺は大丈夫だと確信しているのだ。そして、その確信を現実にするためにも、今日は精いっぱい応援しよう。

 俺はそんなことを考えながら、校舎の廊下を歩く。

 すると、不意に前方から大きな声が聞こえてきた。

 

「クロノス教諭! 十代たちの相手を俺にやらせてください!」

 

 この声は……万丈目か?

 そして相対しているのはクロノス先生だろう。俺は万丈目の後ろに何歩か下がった距離から、壁に隠れるようにして様子を窺う。

 

『うわぁ、相変わらず凄い化粧』

 

 こら、マナ。言ってやるんじゃない。あれきっと本人はオシャレだと思ってるから。

 

「今度こそ、この手で奴を叩き潰してみせます!」

 

 そういや、万丈目は十代に執着しているんだったな。その後は仲間になっていたはずだが、なんで最初は嫌ってたんだっけ。確かに月一試験では負けてたけどさ。

 

「その必要はありませンーノ! 既に強力な相手を用意してあるノーネ」

 

 しかしクロノス先生はその要求をきっぱり断る。まぁ、わざわざ呼んだんだし、言っちゃあなんだがたかが生徒一人の意見を通すわけもないよな、普通。

 

「それヨーリ、君は自分の心配をしたほうがいいでスーノ。このままだと、ラーイエローに降格することもあり得まスーノ」

 

 最後にそう言うと、クロノス先生は去っていった。

 きっつい一言を残していくなぁ。ブルーの生徒にとって降格ってのは、相当に屈辱的だろう。事実、万丈目は後ろから見てもわかるほどに肩を震わせている。

 まぁ、なんとか頑張って成績を上げるしかないんだから、俺に出来ることは何もないわけだが。そもそも、あんまり話したこともないし。

 それより、俺もあっちに用があるんだからさっさと行こう。

 俺は物陰から何食わぬ顔で歩き出し、万丈目の横を通る。

 その時、俺はちらりと万丈目を見た。なんとなく気になったからで特に意味はなかった。

 すると、偶然なのか何なのか。万丈目もちょうど顔を上げたところで、目が合ってしまった。

 しかも睨んでくるし。感じ悪いぞ、それ。

 

「お前は……皆本遠也かっ」

「いかにも。何か用か、万丈目」

 

 無駄に胸を張って言うが、万丈目がそれについて突っ込むことはなかった。

 

「さん、だ! 俺のほうがブルーの先輩なんだ、きちんとさんをつけろ!」

「いや、同級生だろ」

 

 なぜにさん付け強要。名字を呼び捨てるぐらいいじゃん、同性なんだし。

 しかし、そんな俺の答えはお気に召さなかったらしい。万丈目はちっと舌打ちした。明らかにカルシウムが足りてないな。典型的なブルー生徒だ。

 

『なんか、嫌な人だね』

 

 マナの印象もだいぶ悪くなったようだ。まぁ、初対面でいきなりこれだからな。良く思うわけもない。

 

「ふん、そういえばお前は、たしか遊城十代やレッド生とよくつるんでいるんだったな」

「……まぁ、そうだけど」

 

 肯定を返せば、万丈目は明らかに嘲りを込めて鼻で笑う。

 こいつ、何が言いたいんだ?

 

「ふん、誇り高きブルーがレッドのクズなんかとつるむとは……所詮成り上がりか。なぜ貴様のような奴に新カードを渡したのか、ペガサス会長の気が知れないな」

「………………」

『うわ……』

「ふん、まあいい。どうせ遊城十代は今日でこの学園を去るんだ。貴様も大人しくテスターを辞退してついて行ったらどうだ。クズはクズらしく――」

「おい」

 

 万丈目が、俺が突然上げた声に言葉を止めた。

 

「デュエルしろよ」

「なに?」

 

 疑問の声が聞こえるが、俺はそんな答えは聞いていなかった。

 

「聞こえなかったか? デュエルしろって言ってんだ。大人しく聞いてりゃピーチクパーチクうるせぇな。囀るしか能がないんなら、お前こそさっさと降格でも退学でもすればいいだろうに」

「貴様っ……!」

 

 万丈目が怒りを込めて睨んでくるが、全くもって足りていない。

 俺は、それよりもっと怒っている。

 

「……俺はな、自分の友達や恩人を馬鹿にされて黙ってられるほど人間出来てないんだよ。来いよ、三下。格の違いってのを教えてやる」

 

 既に、言われている万丈目の顔は怒りで赤くなっている。噛みしめた歯は、その怒りのほどをよく表していると言えた。

 

「皆本、遠也ぁ……!」

「さんをつけろよ、デコ助野郎。俺はお前の年上、人生の先輩だぞ。先輩には、さんをつけるもんなんだろ?」

 

 きっと言われたら頭に来るだろう言葉を選んで言い、今度は俺が鼻で笑ってやる。

 すると、一気に怒りのゲージが振りきれたのか、万丈目は叫ぶように言い返してきた。

 

「貴様、そこまで言ってただで帰れると思うなよ……!」

 

 はん、何を言ってんだかこの野郎は。

 

「余計な心配ありがとう。安心しろ、お前は、俺に勝てない」

「ッ……もう許さん! デュエルだッ!」

 

 互いにデュエルディスクを装着、デッキをセットし、準備は整った。

 廊下というのは味気がないが、そもそも今回のデュエルにそんな情緒は必要ない。

 距離をとり、ただ淡々とデュエルディスクの開始ボタンを同時に押した。

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

万丈目準 LP:4000

 

「先攻は俺みたいだな。ドロー!」

 

 カードを一枚引き、手札に加える。

 しかし、まさか「おい、デュエルしろよ」なんて実際に言うことになるとはな。本当に口をついて出てくるとは、それだけ俺もこの世界に染まったってことなのかもしれない。

 さて、と……デッキも俺の感情に応えてくれているのだろうか。手札はなかなかにいい。

 だが、先攻は最初のターンに攻撃をすることが出来ない。なら、準備をしっかり整えてから、万丈目にターンを渡そう。

 十代たちどころか、ペガサスさんまで馬鹿にしやがったんだ。本気でやってやる。

 ペガサスさんは、身寄りのない俺の保護者になってくれた人だ。生活の世話をしてくれ、明るく笑顔で接してくれた。戸籍上でそうなだけじゃない、俺のこの世界の家族なんだ。その人を馬鹿にされて、怒らないでいられるわけがない。

 

「俺はカードを3枚伏せてターンエンドだ」

「くっ、はははっ! 威勢の割には大したことないなぁ! 貴様は、所詮その程度ってことだ! 俺のターン!」

 

 万丈目が嘲笑を響かせながらカードを引く。

 そして、にやりとその口が弧を描いた。どうやら、いいカードを引いたようだ。

 

「くくっ……いやいや、これはいい。いい手札だ。これは、俺の勝ちかな。まぁ、当然と言えば当然の――」

「囀るな、と言っただろ。デュエリストなら、カードで語れよ」

「くっ……! その減らず口を、すぐに叩けなくしてやる! 俺は永続魔法《異次元格納庫》を発動! デッキからレベル4以下のユニオンモンスター3体を選択しゲームから除外する! そして自分フィールド上にモンスターが召喚・特殊召喚された時、そのモンスターがこのカードの効果で除外したユニオンモンスターカードに記されているという条件を満たした場合、そのユニオンモンスターを特殊召喚する! 俺は《W-ウィング・カタパルト》、《Y-ドラゴン・ヘッド》、《Z-メタル・キャタピラー》を選択して除外する!」

「なら、俺はこの瞬間手札から《増殖するG》を捨てて効果を発動する」

 

 俺がカードを墓地に移すと、フィールドに黒い靄が現れ両目を光らせた何かが無数に蠢く。しかしそれは一瞬で消え、フィールドは元の静寂に戻った。

 

「なに? なんだ、そのカードは」

「増殖するGの効果により、このターンお前が特殊召喚に成功するたびに、俺はデッキからカードを1枚ドローする」

「ちっ、面倒なカードを……! だが、無駄なことだ! 俺は《X-ヘッド・キャノン》を召喚! 異次元格納庫の効果により、Y-ドラゴン・ヘッド、Z-メタル・キャタピラーを特殊召喚!」

 

《X-ヘッド・キャノン》 ATK/1800 DEF/1500

《Y-ドラゴン・ヘッド》 ATK/1500 DEF/1600

《Z-メタル・キャタピラー》 ATK/1500 DEF/1300

 

「増殖するGの効果。1枚ドローする」

「ふん! 更に《おろかな埋葬》を発動! デッキから《V-タイガー・ジェット》を墓地に送る。そして《死者蘇生》を発動! V-タイガー・ジェットを特殊召喚! 異次元格納庫の効果により、W-ウィング・カタパルトを特殊召喚!」

 

《V-タイガー・ジェット》 ATK/1600 DEF/1800

《W-ウィング・カタパルト》 ATK/1300 DEF/1500

 

「2枚ドロー」

「そして融合デッキの《XYZ-ドラゴン・キャノン》と《VW-タイガー・カタパルト》の効果により、フィールド上のそれぞれ指定されたカードを除外することで、特殊召喚できる! VWを除外してタイガー・カタパルトを! XYZを除外してドラゴン・キャノンを特殊召喚!」

 

《VW-タイガー・カタパルト》 ATK/2000 DEF/2100

《XYZ-ドラゴン・キャノン》 ATK/2800 DEF/2600

 

「2枚ドロー」

「まだだ! そしてこの2体を除外し、融合デッキから《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》を特殊召喚する!」

 

《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》 ATK/3000 DEF/2800

 

 怒涛の召喚。

 そして、その末に万丈目のフィールドに現れたのは巨大な合体ロボットであった。召喚するためにはかなりの手間とアドバンテージを失う非常に重いモンスター。

 それを1ターンで出すとは、万丈目もさすがにブルーというわけか。

 

「1枚ドロー……それで終わりか?」

 

 一応、確認のために尋ねる。

 それに、万丈目はにやりと笑うことで応えた。

 

「更にVWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノンの効果発動! 1ターンに1度、相手フィールド上のカード1枚を除外する! 3枚のうち、真ん中のカードを除外しろ!」

 

 万丈目の声を受け、ドラゴン・カタパルトキャノンがその胸部に取り付けられている長い二本の砲身を動かし、照準を真ん中の伏せカードに合わせる。

 そして弾丸が噴煙と共に発射され、それは過たず伏せカードを直撃する。そして伏せられていたカードがオープンになり、その後現れた時空の渦に吸い込まれるようにして消えていった。

 

「ふん、《聖なるバリア -ミラーフォース-》か。くくっ、残念だったな。運も俺に味方しているようだ」

「御託はいい。さっさとしろよ」

「……だったら、お望み通り食らうがいい! VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノンで直接攻撃! 《VWXYZ-アルティメット・デストラクション》!」

 

 ついさっきカードを破壊した砲身が、今度は直接俺に狙いを定める。

 そして、再び弾丸が発射される。万丈目はそれを愉快そうに見ているが、その油断が命取りだということを、身をもって教えてやる。

 

「手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動! 相手の直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

「ちっ! しぶとい奴め! カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 既に手札に必要なカードは全て揃っている。

 このターンがラストターンだ。

 

「俺は《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! そして場にチューナーがいる時、ボルト・ヘッジホッグは蘇る! 更に《チューニング・サポーター》を墓地に送り、もう1枚のクイック・シンクロンを特殊召喚! 更にリバースカードオープン、罠カード《エンジェル・リフト》! チューニング・サポーターを復活させる!」

 

《クイック・シンクロン1》 ATK/700 DEF/1400

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

《クイック・シンクロン2》 ATK/700 DEF/1400

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・アーチャー》!」

 

《ジャンク・アーチャー》 ATK/2300 DEF/2000

 

「更に、チューニング・サポーターをレベル2として扱い、レベル5のクイック・シンクロンとチューニング! 集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 2体のシンクロモンスターが並び、うち1体はジャンク・アーチャー。そして、相手の場にはモンスターが1体で伏せカードも同じく1枚。

 この時点で、既に勝負はほぼ決まっている。あの伏せカードがミラフォなどの攻撃反応型や和睦の使者のようなカードだったり、あるいは万丈目の手にバトルフェーダーがあれば話は別だが、持っているわけもない。

 

「ふっ、なんだ! どちらも攻撃力が届いていないぞ! 計算も出来ないのか?」

 

 そうとは知らず、偉ぶっている万丈目。

 これで決めることは出来るが……この際だ。とことんまでやらせてもらおうか。

 

「誰がメインフェイズの終了を宣言した?」

「なに?」

「まだ、俺のメインフェイズは続いている。チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! 更に俺は《調律》を発動! デッキからクイック・シンクロンを手札に加え、デッキトップのカードを墓地に送る。そして《レベル・スティーラー》を墓地に送り、クイック・シンクロンを特殊召喚! 更にニトロ・ウォリアーのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚する! チューニング・サポーターを通常召喚! レベル1レベル・スティーラーとレベル2となったチューニング・サポーターに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は8。クイック・シンクロンの眼前に現れる各シンクロンのパネル、抜かれた銃はその中からロード・シンクロンを撃ち抜いた。

 

「集いし希望が、新たな地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 駆け抜けろ、《ロード・ウォリアー》!」

 

 全身に薄く金色がかった鎧を着こんだ姿は、戦士でありながら高貴な印象を見る者に与える。

 さながら統治者であるかのようにフィールドに現れ、2体のウォリアーを従えるように先陣に立つと、その鋭い目で真っ直ぐに敵を見据えた。

 

《ロード・ウォリアー》 ATK/3000 DEF/1500

 

「攻撃力3000だと……!?」

 

 慄く万丈目だが、まだ俺のターンは終わっていない。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてロード・ウォリアーの効果発動! 1ターンに1度、デッキからレベル2以下の戦士族または機械族モンスター1体を特殊召喚できる! 俺は機械族の《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」

 

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「更に《死者蘇生》を発動! コストで墓地に送ったジャンク・シンクロンを蘇生させ、レベル2として扱うチューニング・サポーターにチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 これで、俺の場にはジャンク・アーチャー、ニトロ・ウォリアー、ロード・ウォリアー、ジャンク・ウォリアーの四体が並んでいる。壮観と言っていい光景だろう。

 そしてその四体は、それぞれ鋭い目つきで万丈目を睨み、俺の命令を待っているように見えた。

 だが、まだ準備は整っていないからな。もう少し我慢してもらおう。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー。そして、手札から《サイクロン》を発動し、お前の伏せカードを破壊する!」

「くっ……」

 

 伏せられていたカードがサイクロンの風によってめくれ上がり、その後破壊されて墓地に行く。

 伏せてあったのは《攻撃の無力化》。なるほど、ここで破壊しておけてよかった。

 これで、何の憂いもなく攻撃することが出来る。

 

「ジャンク・アーチャーの効果発動! 1ターンに1度、相手モンスター1体をエンドフェイズまで除外する! 《ディメンジョン・シュート》!」

 

 ジャンク・アーチャーの放った矢が、ドラゴン・カタパルトキャノンに突き刺さり、次元の彼方へと吹き飛ばす。

 これで、本当に万丈目を守るものは何もない。ただ、身一つでそこに立っているだけだ。

 

「いくぞ、万丈目。覚悟はいいか」

「ば、馬鹿な……そんな馬鹿な! こ、この俺が、十代だけでなく、お前などにまでッ!?」

「そんなことを言ってるから、お前は勝てないんだ! ジャンク・アーチャー、ニトロ・ウォリアー、ロード・ウォリアー、ジャンク・ウォリアーで直接攻撃! 《カルテット・フォース・ブレイク》!」

「う……嘘だ、嘘だあああぁぁッ!」

 

万丈目 LP:4000→0

 

 総計11400ポイントものダメージが万丈目を襲い、そのライフポイントを瞬く間に0にする。

 万丈目はライフがなくなると同時に膝から崩れ落ち、四つん這いとなって下を向いている。よほどショックだったのだろう、身体が小刻みに震えていた。

 俺としては、今の一撃でだいぶ怒りも収まった。そのため、熱くなっていた気持ちもいくらか落ち着きを取り戻している。

 むしろ、今の俺の中にあるのは万丈目に対する哀れみにも似た思いだ。

 1ターンでVWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノンを出すほどの運と技量と知識。それらを持っているのに、なぜ他人を貶すことでしか自分を保てないのか。

 それが、なんだか残念で仕方なかった。

 

「……お前が吐いた暴言は、これで無しにしてやる。今度は、もっと楽しいデュエルをさせてくれよ、万丈目」

「遠也、貴様……! 俺が弱いと言いたいのかッ! 相手にならないとでもぉッ!」

 

 睨みつけてくる万丈目の表情は、恐ろしく歪んでいる。

 きっと、今のこいつには俺が言った言葉の意味は伝わっていないだろう。楽しいデュエルをしたいと言ったのは、万丈目とでは実力差があってつまらない、という意味ではない。

 それがわからない以上、もう何を言っても今は無駄だろう。

 だから、俺は首を横に振り、最低限のことだけを言う。

 

「違う。それがわからないなら、今のお前はきっと十代や俺どころか翔にも三沢にも勝てないだろうぜ」

「この俺が、あんなザコに劣るだと! 貴様、どこまで俺を馬鹿にすれば……ッ!」

 

 俺は、もう何も言わず背を向けた。

 横にいるマナも怒ることなく、それどころか悲しげな顔で万丈目を見ている。そして、振り向くことない俺に、後ろから万丈目の声が投げかけられる。

 

「遠也ッ! この屈辱、忘れんぞ! いずれ必ずこの屈辱の礼をしてくれる! 必ずだッ!」

 

 俺は努めてなんの反応も返さないようにし、廊下の角を曲がっていく。

 しばらく歩いたあと、マナがぽつりと呟いた。

 

『あの人にとって、デュエルってなんなのかな……』

 

 それはきっと、万丈目にしか分からないことだろう。

 故にその質問に答える術を俺は持っていない。

 だから、俺はマナの言葉に「さあな」とだけ答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――十代と翔のタッグデュエルは、二人の勝利で終わった。

 相手はやはり迷宮兄弟。ゲート・ガーディアンを召喚される前、翔は緊張していたのかプレイングミスもあったが、やがて調子を取り戻したのか、ぎこちなさがなくなっていく。

 ゲート・ガーディアンの出現にも怯まず、十代のサポートを行い、時には自分で攻めてチャンスを探っていく。

 そして十代がゲート・ガーディアンを守備表示にしたチャンスをきっちりものにし、翔がドリルロイドでゲート・ガーディアンを攻略したのだ。

 その後、ダーク・ガーディアンという更に高い攻撃力に加え戦闘破壊耐性を持つモンスターが召喚されるも、十代と翔のモンスターを翔が《パワー・ボンド》で融合。

 攻撃力8000の《ユーフォロイド・ファイター》を召喚し、そのままそいつがフィニッシャーとなった。

 だが、このデュエル。見るべきは翔の成長だったと思う。

 翔はプレイングミスをしたし、そのせいでピンチになる時もあった。しかし、一度も挫けることなく、前を見ていたのだ。

 諦めない、やってやる、という意思がこちらにも伝わってくるようだった。

 その姿を見れただけで、このデュエルには価値があったと思えたほどだ。尤も、会場の上のほうで立ち見していたお兄さんは、俺以上にそう思っていただろうけども。

 ちらっと見れば、クールにふっと笑っていたのが見えたので間違いない。素直じゃないお兄さんだこと。

 その後、俺たちは十代たちの勝利を祝って、身内で簡単な食事会のようなものを開いた。

 またこのメンツでつるむことが出来る。

 その喜びをかみしめながら、笑い合う。ふと、万丈目にもこんな仲間がいたら、今とは違っていたんじゃないか。そんな考えが頭をよぎる。

 その時表情が暗いものになっていたのか、十代が「どうした?」と声をかけてくる。

 俺はそれに「なんでもない」と答えて、再び喧騒に戻っていく。

 今更IFの話をしたって仕方がない。同じブルーなんだ。気になるなら会いに行けばいいだけなんだし、今はそれよりもこの瞬間を楽しむべきだろう。

 そして友達と喜びを分かち合うこの宴は夜遅くまで続き、結局大徳寺先生に怒られることになるのだった。

 くそ、俺も明日香たちにならって途中で帰ればよかった……。

 

「遠也くーん、本当に反省しているのかにゃー?」

「は、はい! してますしてます!」

 

 疑わしげに見てくる大徳寺先生の視線を交わし、説教に四人で耐えること20分。

 ようやく解放された俺は、ふらふらとブルー寮の自室に戻る。

 そして、そこで気持ちよさそうにベッドで寝ているマナを見て、俺はなんだかやるせなくなって溜め息をつくのだった。

 

 

 

 


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