唐突だけど、いま現在の俺の状況を話そうと思う。
名前は
そんな俺なんだが、今いる場所がどうにも普通じゃない。そして自分の持ち物もまた、なんだかあり得ない。
具体的に言うと、現在地の名称は“童実野町”であり、俺の左手についているのは“デュエルディスク”だ。もちろんデッキは既にセットされている。きっと、これは俺が使っていたデッキの一つなんだろうな、と確認もせずにそう思う。
あとは足元に置かれている少し小さめのジュラルミンケース。これもまた、なぜか俺が持っていたカードが入っているんだとわかる。
……さっと周囲を見渡し、そして近くのものに手を触れてみる。
――ひんやりとしたコンクリートの感触。これが錯覚とか偽物とは思えない。ということは、やっぱりここは現実ということでいいのだろうか。やたらリアルな夢という可能性も捨てきれないが。
うん……いやはや。なんというか、なぁ。
まぁ、この状況を見るに、納得せざるを得ないというか。
妄想だとしたら俺の頭は相当に凄い。そしてありえないが、現実だとしたら……。
いやいや、そんな馬鹿な。
「……夢、だったんだよな?」
とりあえず、俺は茫洋とそんなことを呟いた。
*
さて、俺がこんな状況に置かれているのには、あるワケがある。
とはいえ、俺自身もそのことはさっぱり理解していないのだが。
状況整理のために振り返ってみると、まず俺は自室でくつろいでいるところ、突然心臓のあたりに激痛が走った。
原因は不明。特に不摂生をしていたわけでもなければ、持病があったわけでもない。
そしてその後ぷっつりと意識が途切れたのだが、突然俺は奇妙な場所で目を覚ました。といっても、本当に目を覚ましているかどうかはわからない。なにせ、その場所といったら周囲に何もない真っ白な空間だったのである。
結局のところ、俺は死後の世界とやらにいるのか、もしくはあの激痛の時点からして夢か何かだったのだろうと俺は考えた。
で、そんなことを考えていると、突然俺の中に響く言葉があった。……正確には言葉じゃなかったが、とりあえずはそう表現する。
あえて言えば、他人の思考がそのまま脳に入ってきている感じであって、決して耳から言語として意味を読み取ったわけではなかったのは確かである。
それは例えるなら、余所に書いた文章をコピー&ペーストで俺の頭の中に貼り付けている感じだろうか。とんでもない違和感だったが、それがどうやらコミュニケーション的な何かだと察することは出来た。
そして、そのコピペを行ってきた何者かは、とりあえず俺に「何かしてほしいことはないか」的なニュアンスの意思を脳に貼り付けてきたのである。
実に不可解な現象であったが、夢の中なのだしこんなこともあるんだろう。この前、超能力だとか凄いパワーで戦うアニメを見た影響かもしれない。
そんな雑念を交えつつも、してほしいことと言われたので、一応は考える。
そして真っ先に思い浮かんだのが俺が長らくハマっているカードゲーム――遊戯王。そのカードが欲しい、というものだった。
俺はその遊戯王の5D'sと呼ばれる作品の主人公が使うデッキを基にしたファンデッキを作っていたのだが、必要なカードが1枚だけ手に入っていなかったのだ。
いくらかはガチデッキからの流用で賄ったんだが、《調律》という魔法カードだけ1枚足りなかったのである。ガチデッキでは2枚で問題なかったが、ファンデッキは【シンクロン】寄りなので、やはりできれば3枚欲しい。
パック買っても出ないし、単品で買うと高いしで、しばらく悩んでいたのだ。まぁ、夢の中で一足先にデッキを完成させたとしても、罰は当たるまい。
そう考えていると、今度は「他には」というようなニュアンスが伝わってくる。まだ聞いてくるとか、太っ腹な夢だった。まぁ、夢だからこそ太っ腹なのかもしれないが。
そういうことならと、俺はじゃあデュエルディスクが欲しいという要望を付け足した。もちろん、アニメのようにソリッド・ビジョンとしてモンスターなどが立体化する仕様のものである。
現実では不可能だが、アニメではそうしてデュエルする姿がとてもかっこいいのだ。もし現実にそんな技術があればと思ったことは一度や二度ではない。
すると、今度はまたしても「他には」と聞いてくる。
それに俺は思わず何がいいかと考えるが、不意に夢の中で真剣に首をひねっている自分が馬鹿らしく思えてきてしまった。
なので、俺はその何者かに「もういい」と心の中で思った。伝わるかは知らないが、しょせん現実じゃないんだ。よくわからない不可思議な何かできっと伝わるだろう。そう考えたからだ。
それは果たして案の定伝わったようで、それきり何も言ってこなくなった。
となると、もうそろそろ夢が覚めるということだろう。死んだあとの世界、という推測のほうはどうにかボツになってくれていると助かる。
そんな取り留めもないことを考えていると、不意に意識が遠ざかっていく眠る直前のような感覚に襲われた。
夢の中なのに寝そうだなんて、どんなジョークなんだ。
そんなことを考えて小さく噴き出した後、俺の意識はそのまま薄れてついには消えてしまったのであった。
*
――で、次に目が覚めた時にはここにいた、と。
うーん、あの時はあんなのが現実だとは思っていなかったが、目の前に広がる街並みを見ると、とても夢とは思えない気がしてくるのが怖い。
突然街中で目が覚めるというのもなんだかおかしいが、果たして俺はどうなったのか。死んだ……というわけではなさそうだが。生きているし。
とはいえ、見覚えのない世界……いや、聞き覚えならある町にいる時点で、どうにもとんでもない状況にいるのは間違いなさそうだが。
しかし、俺がもし想像する通りの童実野町にいるのだとしたら。
「……高校、せっかく受かったのに……」
勉強の末に受かった高校。そこに通えなかったという事実が、とりあえず俺の肩をがくりと下げさせた。
家族とはすでに死別している身。お世話になっていた親戚の家でも、正直肩身は狭かった。苛められたわけではないが……雰囲気が邪魔だと言っていた、という感じだったし。
そんな中で受かった全寮制の高校。楽しみにしていただけに、本当に残念である。
数人しかいない友人に、なんて言えばいいのか。まぁ、別々の高校に進学することになるので、これからも縁が続くかはわからない友人関係ではあるが。
しかし、そうなると高校では新しく遊戯王仲間を作らないといけないのか。まぁ、それはそれで楽しいかもしれないが。
っと、ちょっと思考が変な方向に行った。そんなことよりも今はこの現状だ。
「うーん、とりあえず歩くか。わかりやすい目的地もあるし」
口に出して言って、歩き出す。
目的地とはもちろん、あそこ。主人公の家でもあるおもちゃ屋だ。
とりあえず、まずはそこに行ってみよう。
何といっても、あてが全くないのだ。一方的とはいえ、身元が確かな人物を訪ねたいと思うのは、仕方がないものと思いたい。
それに、もしかしたらここは俺が知らないだけで日本のどこかにある遊戯王の世界の童実野町と同名の街なのかもしれないし。
そんなわけで、とりあえず俺は気持ちを意図的に上向きに保ちながら一歩を踏み出す。
できれば、同名の街であってほしい。そんな焦燥にも似た気持ちを胸の奥に抱えながら。