「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!そこの角を曲がれば....!」
イムはライム達の元へ急いでいた。
警報が鳴って混乱状態になっている今がチャンスだった。
廊下も手薄になっており、誰もイムを引き止める者はいない。
つまりこの混乱に乗じて彼らを逃すことができるかもしれない。
(うひひひ、馬鹿なガキよの!)
ハァ、ハァと荒い息をしながら脂汗を垂らしながらイムの後を追いかける太った男が弓を構える。
(この最強の弓使い、パック・ロメオス様がランダリーファミリー若頭のお命貰い受ける!)
パックと自称した弓使いは静かに矢を放つ。
丁度イムが角を曲がる少し前だった。
狙ったのは頭、速度も威力も申し分ない一撃だった。
しかし、矢はイムに届く前に何者かによって掴まれた。
「....は?」
パックは思わず間抜けな声を出してしまった。
矢を止められたという事実にではなく矢を止めた者の正体が異質だったからだ。
水色のボブカットの髪に上の胸部分が開かれたタートルネックを着用している少女だった。
しかし、驚くべきはそこではなかった。
彼女は脚で止めたのだ、人間の脚ではなく鳥のような脚で掴んで止めたのだ。
「そこにいるデブ野郎、出てこいよ」
少女は明らかな殺意を持ってパックを睨みつけた。
その隙にイムには逃げられてしまった。
「.....ランダリーファミリーですか?」
「そうですね。まだ入って日は浅い方だけど」
少女は脚で持った矢をポキリと脚の握力だけで握り潰す。
パックは次の矢の準備を進めた。
「させないよ」
次の瞬間、少女が空を飛んだ。
無駄に長い袖のチャックがジーと開かれ出現したのは人間の腕ではなく羽毛、翼だった。
翼の関節部分には始祖鳥のように手が付いていた。
少女、リリーはそのままパックの矢を掴みバキ、と握り潰す。
「お前、亜人か!」
「その呼ばれ方は好きではありませんね。僕はリリーです」
「へ、人でないことに変わりはない」
パックの一言にリリーはピクリと眉を動かす。
亜人、人間の肉体とは別に動物の器官や鳥の翼など人間離れした肉体を持っている。
何故このような人種が誕生したかは謎だが、亜人は昔から差別を受けてきた。
亜人と手を取ろうとする者もいたが、それは本当にごく一部の人間のみである。
その差別は現在も続いており、住む場所を失った亜人達は大陸から少し離れたシルギィ諸島で生活している。
故にリリーもそういった差別を受けてきた亜人の一人なのだ。
パックは続ける。
「まさかこの目で亜人を見ることができるとはな。奴隷市場にでも売り飛ばせばいい値で買い取ってくれそうだな、ランダリーファミリーの連中もいいモノを持っている」
「勘違いしないでもらいたいですね、僕はランダリーファミリーの所持品じゃなくてランダリーファミリーの一員」
もし買われるならヨルダンさん以外はありえない、と付け足してリリーは大きく翼を広げる。
パックはそのまま回れ右をして全速力で走り始める。
「...!、待て!!」
(へ、冗談じゃねぇ!俺は狙撃専門なんだ!女とはいえ亜人と接近戦やろうなんて分が悪いったらありゃしない!)
ドスドスドス、とパックの足音がアジトに響く。
見た目とは裏腹にパックの逃げ足はとても早い。
リリーは飛んで追いかけるが、狭い廊下では十分に速度を出すことができなかった。
「うひひひひ、この辺でいいだろう。若頭の命はもらう!」
そして、パックは再びイムが行ったであろう方向に矢を向ける。
壁のない園芸風の廊下では見晴らしも良くパックの視力も人間離れしているため狙いを定めるのには十分だった。
室内廊下を飛んでいるリリーはまだ到着しない。
「討ち取ったりぃびゅご!?」
「危ねぇなこの野郎。若に当たったらどうするつもりだったんだよ」
パックが矢を放つ直前に何者かがパックの後頭部を思いっきり殴りつけた。
その勢いでパックは手すりに前頭部をぶつけ意識を手放す。
「あ、ハルクさん」
「ようリリー」
ハルクはそのまま煙草に火をつけて咥え始める。
「こいつは一体なんなんだ?」
「わからない。でも若様の命を狙ってたのは間違いないよ」
「敵、か」
ロブの話では三人の手練れが侵入したと言っていたが、こいつもその内の一人に入れていいのか?とハルクは疑問を浮かべる。
「僕はこいつのこと個人的な理由で赦す気にはなれないけどね」
「.....一体何をしたんだよ、コイツ」
普段温厚な彼女が脚で頭を鷲掴みにするなどあり得ないことである。
よっぽどのことを言って怒らせたのか、とハルクは自己完結させる。
「そういやヨルダンはどうしたんだ?」
「ヨルダンさんとは別行動、でも多分あっちにいるよ」
「.....何でわかんの?」
「僕とヨルダンさんの愛が成せることだね!」
ない胸を張りながら得意げに応えた、頬を赤く染めながら。
※
ゾォッ!!
「な、なんだ!?一瞬凄まじい寒気が...!?」
.....彼の第六感も捨てたモノじゃないのかもしれない。
※
その頃、イムはライム達が監禁されている部屋の前まで辿り着いていた。
息は荒れており疲れも見えている。
それでも彼は扉に鍵を差し込み、ゆっくりと捻る。
そしてギィィ、とゆっくり開いていくと中から声が聞こえてきた。
「ちょ、眩し!?何か扉開いてないか!?」
「そん、なの!気のせいじゃぁん、ない、の?」
「いや間違いない、だからミスティよ。そこどいてくれ!確認したいから!」
「無理、よ。私の体どうなってるか知って、る!でしょぅ?」
「だから顔近いって!あと足を絡めてくるんじゃねぇ!ていうかどうやってその態勢でそんなことできんだよ!?」
「縄抜け、しよ、うとした、らぁん!ギチギチで、無理なの!」
「だから何でそれでこっちに来てんの!?俺もうさっきから煩悩がヤバいんだよ!」
「そんなこと、言われてもぅん!ぁん!」
「だからエロい声出すなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
.....そのままイムは静かに扉を閉じたのだった。
中から何やら騒がしい声が聞こえてくるが今のイムの耳には入ることはなかった。
ちなみにこの数分後にライム達はイムによって救出されるのだが、ミスティがライムに覆い被さっており、知らぬ人が見たら誤解しかねない危機的状況だったということも付け加えておこう。
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