数分前、ライム達がカラスとシャチを迎え撃つために出発する少し前のこと。
禍々しい魔力によって目を覚ましたミスティに無理矢理起こされたライムとレッドは遅れて魔力を感じ取り、準備を進めていた。
準備といっても、ライムのすることは着替えくらいしかないのだが。
「あいつらが動き出したってことだよな、というともうここは」
「あぁ、バレてる可能性がある」
「ていうかバレてないとここに来るなんて選択肢はないから、確実にバレてるって判断した方がよさそうだな」
「そうだな、とにかく急ごう」
「おう」
カチッ、とベルトを締めてレッドを肩に乗せて部屋の扉を開いて階段を目指す。
−−−部屋を出た瞬間に何かにぶつかるというハプニングさえなければすぐにミスティの後を追えたのだが、ぶつかってしまったのだからしょうがない。
「きゃ!」
「うぉ!?」
ぶつかってきた人影は尻餅を着いて倒れてしまう。
よくよく見てみるとその人物は殺されたティロスの娘のシャリーだった。
「あ、ぇ、と、その。す、すみません」
「あ、それはいいんだけど−−−何でそんなに距離空けるの?」
「き、気にしないでください!」
気がつけばシャリーは互いに声を張り上げないと会話が難しいくらいの距離を取っていた。
さっきの一瞬でどうやって距離を離したかはわからないが、今更突っ込む気にもならなかった。
「それで、どうしたんだ?寝てたんじゃ」
「.....目が覚めちゃって、え、と、ら、ライムさん?」
「ん?」
「だ、大丈夫だよね?何も起きないよね、明日には家に帰れるよね?」
シャリーは何も知らない。
彼女の父親が殺されたこともこれからライム達が死地へと向かうことも。
唯一知っているのはカラスが迫ってきている敵だということだけだ。
ライムはシャリーを安心させるように頭を撫でる。
「心配すんな、何かあれば俺達が守ってやるからよ。明日には家に帰れるよ」
「う、うん」
ライムがシャリーの頭から手を離し、階段を下りていく最中レッドは皮肉気に笑う。
「大した実力もないくせに格好つけやがって」
「う、うるせぇ!」
※
オーガカイザー。
オーガキングを凌駕する体躯とそれに見合う実力。
永き時を生きてきたオーガの希少種で7メートル強の身長に鋼鉄のように硬いゴツゴツした骨格と肉体、もはや伝説に語り継がれる種族といっても良い。
剥き出しになった骨格はまるで鎧でも着てるような錯覚をさせている。
−−−グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!
オーガカイザーが雄叫びを上げると推定五十数体のオーガと五体のオーガキングがグラッダの街の申し訳程度に設置された木製の防御柵を破り、深紅の両の瞳を輝かせて侵入してきた。
「マズイ、逃げろ!殺されるぞ!!」
ハルキは咄嗟に声を上げた。
下手をすればハプニングになる、いや、もう遅いのかもしれない。
「黒夜叉」で飲んでいた人々は酔いが一気に覚め、街の奥にあるティロスの屋敷目掛けて走り始める。
(あっち方面は魔族達がいるかもしれないってのに!無知ってのは、本当に罪なもんだよ!)
−−−とりあえず今はこいつらをどうにかするのが先!
そう判断したハルキは群衆の流れに逆らい、オーガの群れに突っ込んで行く。
掌を広げるようにして構え、五指を合わせてオーガの胸元に強烈な張り手を叩き込む。
「まず一体」
張り手を叩き込まれたオーガの胸元にはハルキの掌の跡がしっかりと残っており、力を失ったように倒れる。
そのまま流れるように二体、三体、四体と滑らかな動きでオーガの胸元に確実に張り手を叩き込む。
−−−ランダリーファミリー元幹部、流掌のハルキ。
小さな体を活かし、流れるようにして多くの敵陣に突っ込み確実に敵を一人一人仕留める、一対多を得意としており、遊撃手として彼女の右に出る者はいないと呼ばれていた実力者である。
体の魔力を無駄なく両の掌に集中させた彼女の張り手は岩を砕き、鋼鉄にも手形を残す。
八体、九体、十体と僅かな時間で正確で確実にオーガの意識を奪っていく。
オーガの急所は目なのだが、ハルキの張り手からは微弱な衝撃波が発生している。
その衝撃波は対象の体の内側にまで届き、内部からダメージを与えるというのが真骨頂となっている。
数年のブランクを一切感じさせないハルキにとって数体のオーガなど取るに足らない相手に等しい。
倒した数が十六を迎えた頃、ハルキの前に二体のオーガキングが立ち塞がった。
「.....面倒なのが来たな」
ワラワラと集まるオーガ達を対処しながら拳を振り下ろしてくるオーガキングを睨みつける。
そこでハルキは気がつく、オーガの倒れている数が明らかに多いことに。
−−−そこでオーガキングの拳を受け止める二人の戦士が現れた。
「ドケチ!ガンコ!」
「おう師匠、大丈夫ですかい?」
「まさか、俺たちが姉さんを助ける日が来るとはな」
降り立った戦士は八百屋のドケチと魚屋のガンコだった。
それぞれの得物である巨大なハンマーと長身の包丁を構えている。
「何かよくわかんねーが、グラッダの危機だ!俺たちも加勢する!」
「日々の鍛錬の成果を試すいい機会ですからな!」
「お前達...!」
ハルキは背中を合わせる二人がとても頼もしく思えた。
フフ、と笑みを浮かべながらハルキは二人を見上げて指示を出す。
「私はあのデカブツを潰す。お前達は小さいのを頼む、絶対死ぬんじゃないぞ!」
「たりまえだ!」
「了解だ、師匠!」
二体のオーガキングが拳を握りしめ、ハルキに向かって振り下ろす。
ハルキはそれをそれぞれ片手で受け止めた。
−−−そこからオーガキングの拳を握りしめ、ビキビキ、と軽く骨を砕く。
「まず、一!」
そこから伸ばしてきていた腕を足場に一体のオーガキングの額に張り手を叩き込む。
バァン!と破裂するような衝撃波が発生し、オーガキングは後ろに倒れる。
もう一体がハルキに向けて拳を向けてくる。
ハルキはそれを空中で逸らし、張り手によって発生した衝撃波で上昇し、オーガキングの額に向かって落下速度を加えた張り手をぶつけた。
「二!」
バキバキバキ、と頭蓋骨に向けられた衝撃に耐え切れずオーガキングはゆっくりと背中から重力に従って倒れる。
ハルキも足場を失い、スタン、と近くの民家の屋根に華麗に着地する。
敵はまだいる、二体倒したが、オーガキングもあと三体。
オーガ達はドケチとガンコに任せ、オーガキングを倒すべく、屋根から屋根へと移動し、残りのオーガキングに向かって掌に力を込めて大きく跳躍した。
※
「ライム!」
「え、ハルク!?それにレッドも、何で来てんの!?俺が走った意味は!?」
「悪い、何かあいつら撤退してったから必要なくなった」
「何、だと...!?」
ライムはズーン、という効果音が出そうな体勢で項垂れてしまった。
さすがにハルクも気まずくなってしまい、そっぽを向いて煙草を吸い始める。
そこでハッとした様子でハルクの肩のレッドが騒ぎ始める。
「−−−って、そういうことじゃない!ミスティが瀕死の状態なんだ、早く治療してやってくれ!!」
「み、ミスティが!?」
ハルクの背には意識を失い、苦しそうな様子のミスティがいた。
怪我も酷く、すぐにでも治療しないと危険な状態だと素人目でもわかるほどだった。
それに加えて、いつもの症状も見受けられる。
「ハルク、ミスティを部屋の中、ソファでも床でもいいから適当に転がしておいてくれ!」
「お、おう!」
「あと、ハルキさんがさっき待ちの方に走って行っちまった!」
「な、姉貴がァ!?」
ミスティをソファに寝かし、毛布を被せたところでハルクは驚いた様子を見せる。
ライムはミスティに駆け寄り、治療魔法を使う。
トタトタトタ、とシャリーもティルナが階段から降りてきた。
「ライムさん、呼んでき、ってあれハルクさん?」
「シャリーちゃん、ティルナさんも無事だったんだな」
ハルクはホッと安堵の息を溢す、姉のハルキが付いていたから大丈夫とわかってはいたが、実際に確認すると別の安心感がある。
「それで、私はどうして起こされたの?」
「すみません、ハルキさんが一人突っ走って行っちゃって寝ていては危険だと思って」
まさか、この状況でここから移動しようなんて考えていた、なんてとても言えなかった。
ティルナは眠そうに目を擦りながら納得してくれた。
「そういうわけだ、俺はミスティの治療をしなきゃいけないからハルキさんの後を追うわけにはいかない」
「わかった、俺が行く」
「何が起こってるかわからねぇが、さっきの地鳴りといい今も微かに震えてる。気をつけてな」
「ったり前よ!」
ライムとハルクは拳をコツン、とぶつけ合う。
その際、ライムはさり気なく治療魔法を使いハルクの傷を癒す。
ハルクは気がついたのかわからないが、ニッと笑みを浮かべる。
「−−−あ、そうだ。ライム、これを」
「こいつは、何で、お前が!?」
ライムはハルクの渡してきた小瓶を見て驚き尋ねる。
ハルクはキョトンとした様子で平然と応える。
「いやー、あの魔族の女がくれたんだよ。何かわかんねーから捨てようとも考えたんだが」
ライムはハルクの言葉にハッとする、そういえば屋敷でもそんなことを言っていた。
だが、本当に、しかもその時に所持している確証は全くなかったのだ。
「で、そいつは一体何なんだ?」
ハルクが尋ねるとライムは興奮気味に笑みを浮かべながら応える。
「バルダ草だ!」
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