ダッ、と軽く地面を足蹴りにしカラスは勢いよくミスティに向けて拳を向ける。
風を切る音が鳴るくらいの速度の拳がミスティの顔面に迫るが、ミスティはそれを一歩退いて右ストレートで迎え撃つ。
もちろん鋼鉄の魔力を纏わせたいつもライムに突っ込むときに使っているときの全力の拳だ。
生身とぶつかり合った際には骨にヒビを入れることは確実なのだが、カラスは魔族である。
激突した二つの拳はピリピリ、とミスティの方にも衝撃として伝わる。
つまり、力の差は五分と五分。
もしミスティが生身のまま殴っていたら彼女の手の骨が砕けていただろう。
そのまま追撃を加えるように呪臓を上段から貫くように先端を可能な限り尖らせて、ミスティ目掛けて急降下させる。
クイ、とミスティが左の人差し指を軽く動かすと先ほどミスティが鉄球から形を変形させた鋼鉄のオブジェがカラス目掛けて飛来してきた。
一度操作し、変形させた鉄にはミスティの魔力が残留している。
わずかにも魔力が残留していればその鋼鉄はミスティの意思通り思うがまま操ることができる。
鋼鉄のオブジェは姿を変え、巨大な拳のオブジェへと変わりカラスは咄嗟に呪臓を体の周りに巻きつけるようにして防ぐ。
呪臓の先端は鋼鉄に埋め込まれたように刺さり、砕けることなくそのままその場で停止した。
(硬度が上がってる!?)
カラスは呪臓に魔力を集中させ、ギリギリギリ、と呪臓そのものを螺旋状に捻り始める。
−−−しかし、それこそが致命的な隙を作る結果となった。
鋼鉄のオブジェは更に姿を変え、無数の鋭利な刃物となりカラスを容赦なく襲った。
「チッ」
カラスは呪臓に魔力を注ぎ、硬度を上昇させる。
目の前の無数の刃物に気を取られ、カラスは背後から迫るミスティのことに気がつくことができなかった。
−−−巨大な鋼鉄の槌を構えた殺気のこもった魔女の視線に。
「−−−ハァ!」
「甘い!」
しかし、その一撃は呪臓により防がれカラス本体に攻撃は届くことはなかった。
呪臓はミスティの攻撃を防ぎ弾く、カラスは勢いよく後退し呪臓を再びウネウネとさせる。
カラスの口元は楽しそうに緩んでいた。
「へへ、やるな。マジで昼間とは別人じゃねぇかよ、何したんだよ?ドーピングか?」
「まさか。一度戦ったからパターンを分析して活かしてるだけ、よ!」
ギュン、とミスティが横薙ぎに振るった鋼鉄の槌はミスティとカラスの距離間隔を一気に縮め、槌の部分だけがカラスにヒットする位置にまで伸びる。
速度もあり、支点とも距離がある、威力は先ほどよりも確実に上がっていることは明確だった。
「−−−けど、所詮は人間止まり!俺はまだ呪臓と体術しか使ってねェ!」
しかし、カラスはミスティの一撃を片手で受け止める。
カラスの広げた左の掌はしっかりと鋼鉄の槌を握りしめていた。
「俺はまだ出し切ってないぜ」
「.....だと思ったわ」
「あン?」
カラスが首を傾げた瞬間、槌の面から無数の鋭利で巨大な針がカラスに向けて放たれる。
咄嗟にカラスは槌を手放し、後退り呪臓を先ほどのようにギリギリギリ、と捻る。
瞬時に最大限まで捻ると、そのまま一気に元に戻すと同時に一本の矢のように凄まじい速度で前方に射出させる。
ミスティの鋼鉄の槌に当たるとそのまま勢いは止まることなく、先ほどとは違い粉々に粉砕した。
ミスティは一瞬だけ動揺の色を浮かべるが、砕かれた鉄の破片を十字形の鋭利なモノへと変形させカラスに向けて放つ。
−−−しかし、カラスは既にその場にはいなかった。
「こっちだ人間」
声がしたのはミスティの背後だった。
ゾワッ!と背筋が凍るほどの悪寒に襲われるが、ミスティは手に残った鋼鉄の柄を剣に変化させ、振り向くと同時に斬りつける。
しかし、その一撃はカラスの上げられた左脚によっていとも容易く受け止められてしまう。
「俺に魔法を使わせたことは褒めてやるよ、滅多に使わないからな」
(一瞬で移動を...!?ジンの魔法と同類かしら?)
「ま、人間にしては強い方だぜ。二度も俺の前に立ち塞がったんだから、よォォォォォ!」
ズドン!とカラスの重い拳がミスティの腹部に直撃する。
魔力の移動に間に合わず、生身のまま受けてしまう。
「が、ぅ、あぁ!!?」
ズザザザザザザ、とミスティは吹き飛ばされ体を木にぶつけてしまう。
ミスティは力を失ったようにその場に倒れ込んでしまった。
カラスはその様子を見て楽しそうに笑みを浮かべている。
「ゲホゲホ、が、はぁ...」
「やはり、俺たち魔族の方が人間を超越する!当たり前だ、我らこそが世界に繁栄すべき至高の種族!人間など奴隷でしかないのだからなァ!!」
ヨロヨロと腹部を抑えながら木を支えに立ち上がるミスティなど眼中にも留めてないといった様子でカラスは叫び続ける。
「だが、何だ今のこの世界は!?弱者であるはずの人間が繁栄し、強者である我らが肩幅狭い暮らしを強いられている!こんなクソッタレた世界は変える必要がある、そのためにルナ・シノハラを手に入れる!」
「な、ぜ」
「あァ?」
「な、ぜ、ルナ、ちゃんが?あの娘は一体、何者なの!?彼女がいれば一体何が出来るって言うの!?」
ミスティは力の限り叫ぶ。
そう、ミスティ達は未だにカラス達がルナを狙うのか理解することができなかった。
特別な力があるわけでも、膨大な魔力があるわけでもない至って普通の少女であるルナを。
非戦闘要員であるはずの彼女を執拗に狙う目的が。
「ハッ、それを知ったところでお前は生きていない」
カラスが殺気をぶつけると同時に呪臓をミスティに向けて放つ。
ミスティはそれを周囲に散らばった鋼鉄の破片で巨大な壁を作り防ぐ。
カラスは壁を破壊できなかった、隙が出来たと判断したミスティは力を振り絞り、壁を盾にカラスに向けて突進する。
「ほォ、まだそこまでの魔力を残していたのか」
「生憎、燃費はそこまで悪くないのでね!」
実際、鉄の生成と比べ鉄の形状変化は消費する魔力にかなり差がある。
生成に百を使うとすれば形状変化に関しては十使う程度で済む。
カラスは呪臓を螺旋状に捻るとそのまま一気に引き絞りミスティが盾に使っている鋼鉄の壁を貫き破壊する。
「なっ...!?」
「いい加減諦めろォ!」
カラスの放った呪臓による一撃はミスティの脇腹を貫いた。
意識を手放しそうになるが、ミスティは歯を食いしばってニッと笑みを浮かべる。
−−−やっと掴まえた。
先程とは違い、ミスティの脇腹は鋼鉄の魔力によりコーティングされていた。
未だに回転し続けている呪臓をミスティは指の先端を鋼鉄の針へと変形させ、ガシィと握りしめた。
針は呪臓に刺さり、強引に回転をストップさせた。
「ハァ!?」
「これで、私の」
「クソがァ!人間ごときが、ァァァァァァァ!!!」
ギュイン、とカラスが呪臓をでたらめに振り回しミスティを振り払おうとする。
数瞬後、ミスティは地面に叩きつけられた。
カラスは息を荒げながらミスティを忌々しそうに睨みつける。
「フゥー、フゥー!!」
「ハァ、ハァ、ハァ」
「人間がァ、だが、残念だったな。俺の呪臓の中に鉄でも流し込んで内部から破裂でもさせるつもりだったか知らなねぇが、こうして振り払っちまえばどうしようもできまい!」
ギリギリギリ、とカラスは呪臓を限界ギリギリにまで捻りミスティの頭上にいつでも彼女の頭を貫けるようにする。
「ハァ、ハァ、ハァ!」
「何か、言い残すことはあるか人間!」
「.....フフ」
絶体絶命の危機、ミスティは精一杯笑みを浮かべていた。
まるで自分が勝ったと言いたげな様子で。
「たし、かにあなたの体に鉄を流し込んで、内部から破裂させることも私の魔法なら、可能、よ」
「何が言いたい?」
「だけど、私の魔法は触れた鉄を自在に操ることもできるのよ」
「......」
「たしか、魔族の呪臓って、血液と魔力で、できてるん、だったわよね?」
「ッ、テメェ、まさか!?」
カラスは即座に異変に気がついた。
呪臓から先ほどからむず痒い感覚が伝わってくる。
そう、血液にも鉄分は含まれている。
「少しでも、触れることができたらそれで良かったのよ」
ミスティが可愛らしく挑発するように舌を出した瞬間、カラスの呪臓の先端が弾けるようにして破裂した。
「い、ギィ!?」
カラスは舌でも噛んでしまったような痛みに襲われる。
呪臓も体の一部、人間にはとてもわからないが痛みなどを伝える神経も一応だが備わっているようだ。
カラスは痛みに悶えながら片膝を付いてしまう。
(.....ま、実は少しだけ鉄も流し込んだんだけどね)
悶えるカラスを見ながらミスティは小さくフフフ、と心の中で笑い声を上げたのだった。
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