「カラスと、シャチ?」
「えぇ、他のお客人もいるので待ってもらってますが、お通ししますか?」
「いいよ、通して通して」
ティロスは間も置かずにヘラヘラとした態度でエイラに指示した。
「ちょ、ティロスさん!?こっちのことはどうするんですか!?」
「一緒に聞くよ。それにバルダ草はそんな簡単に手に入る品じゃないってのも事実。それなら他の客人の話を聞いてやる方を僕は優先するよ」
ニコニコと悪意のない自然体の笑みを浮かべるティロスに思わずライムとレッドも呆気に取られてしまう。
何というか、緊張感が感じられなかった。
「.....ちなみにティロスさん、その、今から来るカラスとシャチって名前の人に聞き覚えは?」
「ないよ」
「本当に通してよかったんですか!?」
「大丈夫大丈夫、本当にヤバい奴ならこんな回りくどいことせずに魔法やら何やらを使って屋敷に攻撃してるよ。まだ話し合いが通じるなら僕は話し合いで済ませたいからね」
表情を変えることなく、それどころか先ほどよりも口元を緩め、吊り上げた状態で笑っていた。
ティロスの言い分に筋は通ってるし、もっともな部分もあるのだが、どこか釈然としなかった。
しばらくすると、扉がノックされエイラが男女のペアを連れてきた。
「失礼しゃーす」
男の方は百人が見れば八割はサル顔と答えるほどサルに近いパーツをした顔をしており、無精髭を撫でながらフレンドリーな様子で挨拶をしてきた。
対して女性の方は一目見ただけでは女性と判断しにくい中性的な顔をしており、口部分は悪趣味なデザインが施されたマスクをしているため目元しか確認することができない。
どちらも黒を基調とした服を着用しており、失礼だが不審者と間違えられてもおかしくない見た目だった。
「では、私は失礼します」
「サンキューな、エイラちゃん」
バタン、と扉が閉められた。
二人はそのままティロスとライムに向かい合う形となり、一瞬の沈黙が室内を支配した。
「よく来たな、初めまして。僕がティロスだ。先客はいるけど気にせずその辺に腰掛けてくれ」
「いや、いーんですよ。俺らの用は大したことじゃないんで、すぐに済むんで」
サル顔の男はティロスとは違うどこか悪寒を感じさせる笑みを浮かべたまま壁に背を預ける。
女性の方はその場を動こうとしなかったが、ライムは女性の顔をまじまじと見つめていた。
女性は僅かに眉を顰めて不機嫌そうにここに来て初めて声を発した。
「.....何か?」
「い、いえ。別に」
ライムは慌てて女性から視線を離す。
どこかで会ったことのあるような、そんな雰囲気だったので思わず注目してしまったのだ。
「まぁまぁ、そう荒れんなシャチ。お前結構美人だから仕方ねーよ」
「死ね」
「いい加減俺に冷たくするのやめてくれないかな?」
結構本気で悲しそうな声色で男は溜め息を吐く。
シャチと呼ばれた女性は軽く舌打ちを一つして男から視線を逸らす。
「あー、いちゃつくのは構わないけど、そういうのは場を弁えてもらってもいいかな?」
「おぉ、すんません!」
「それで要件は何かな?さっきも言った通り先客もいるから、そこのとこ考えてもらえたら僕としても嬉しいんだけど」
「そうだな、じゃ、ザックリ単刀直入に聞かせてもらいますわ」
男は腹を抱え、不気味な笑みを浮かべながら本当に単刀直入にティロスに尋ねた。
「ルナ・シノハラはどこだ?」
「!?」
先ほどとは違う声色だった。
どこか威圧するような、命令でもしているかのような力強い口調で場の空気を一変させた。
だからこそ、ライムは思わず臨戦態勢を整えてしまった。
しかし、ティロスは動じる様子もなく悠然とした様子でニコニコしながら腰掛けていた。
「なるほど、つまり君達はルナちゃんの知り合いってことなのかな?」
「違うと言ったら?」
「残念だけど、教えるわけにはいかないね」
「.....ほう」
一触即発、まさにどちらかが少しでも刺激してしまえば戦闘でも起こりかねない雰囲気へとなった。
しかし、ティロスは地獄耳という能力を持つだけの普通の人間で非戦闘員である。
男はどうかは知らないが、雰囲気からして非戦闘員ではないと思われる。
「だが、ルナ・シノハラという名は知っている、か。やはり情報通りここにいたようだな」
男はニィ、と口元を歪ませて目を細める。
「サル、さっさと済ませるぞ」
「だからよ。俺はサルじゃなくてカラスだっつてんだろ!」
「この際どっちでもいい。ティロスだったな、我々の要求を呑むならバルダ草を提供しよう」
「なっ!?」
その言葉に反応したのはティロスではなくライムだった。
ティロスはシャチに問い返す。
「ちなみにその要求は?」
「ルナ・シノハラをこちらに渡せ。さもなくば荒事を起こしてでも奪わせてもらう」
ビキビキビキ、と何か皮が剥がれるような音が響き渡った。
「ライム、あの女からすげぇ魔力が!」
「魔力!?」
ライムは今度こそ立ち上がり、臨戦態勢を取る。
次にシャチに目を向けた時、彼女の両手を纏うように赤黒いオーラのようなモノが放出されていた。
目を疑った、あんな魔法ライムは目にしたことがなかったからである。
「ったく、せっかちだな。まだ答えを聞いてすらないのによ」
「多少脅しでもかけておけば肯定の確率が上がるだろ?どちらにしろ拒否されたら暴れる予定だったんだ、問題ない」
カラスの冗談にシャチは淡々と応える。
ライムは目の前の二人が自分では決して敵わない領域にいる者だと認識した。
元々治療魔術師であるライムは戦闘が専門ではない、だがそれでも相手の強さを推し量ることはできる。
冷や汗を流し、ゴクリと息を飲むライムに対してティロスは努めて冷静に、笑顔を崩すことなく言葉を紡いだ。
「もう一つ聞かせてくれ。君達にルナちゃんを渡してそっちにメリットがあるのかい?」
「メリットがなければ態々交渉に来ていない」
「なるほど、ね」
ここで目的も聞き出そうとしたティロスだったが、彼女の反応からして次はなさそうだった。
「ルナちゃんは君達に渡さない、たとえ彼女を助けれるバルダ草が条件でも、こちらにルナちゃんがいなければ意味がな」
ザシュ、という音が室内に響いた。
同時にティロスの言葉が続くことはなかった、ティロスの顔面は一瞬にしてぐちゃぐちゃの肉塊となり、彼の後ろの壁には何かが刺さったような痕が残っていた。
「交渉決裂、だな」
シャチの言葉が停まっていた室内という小さな世界の時間を動かした。
「ティロスさん!!」
ライムが駆け寄ると同時にティロスの体はドサリ、と椅子ごと力なく横倒れになった。
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