少女は自らをルナ・シノハラと名乗った。
この辺りでは珍しい名前であったため、異国の者の可能性が高まった。
ベッドに腰掛けるルナの前では不機嫌な様子のハルキと頬を抑えながら正座するハルクがいた。
ちなみにルナは現在毛布を体に巻いている。
外の雨音をBGMにハルキはルナに質問する。
「それで、貴女はどこから来て、何があってオーガの森の上空から落下してきたのかしら?」
「それは、本当にわかりません。気がついたらここにいました」
「じゃあ、出身は?少なくともノレオフォールの人間ではないわよね?」
「.....は、はい」
ルナはどこか言葉を濁して考え込むような仕草を見せた。
答えられない、ということは余程の犯罪組織に所属しているのか。
だが、それならこの程度の質問で言い淀むのは不自然だ。
ならば文明が栄えてない場所からやって来たのか、だが、それでは説明がつかない。
言葉は普通に話せる上に、彼女が最初に着ていた服はそこらの職人が簡単に作れるような代物ではなかった。
どこかの国の箱入りお姫様にしてもそんな雰囲気は感じられない。
それにそれならばオーガの森の上空から降ってきた説明がつけられない。
ハルキの苛つきが行動に現れ始め、頬杖を付いている指の速度が徐々に早くなっていっている。
見た目は幼い少女だが、かつてランダリーファミリーの幹部として大暴れしていたという事実があるために実力は確かである。
ハルクはそんな姉の様子を見て、二人の間に入った。
「はいはい、そこまでだ。もういいじゃねぇか姉貴、俺らに危害を加えるような奴ならとっくに乱闘になってるはずだ」
「あのねぇ、だからあんたは甘いんだって言ってんだろうが!」
「ちょ、危ね!目潰しは卑怯だろ!」
「うるさい愚弟!女の裸をガン見した変態が口挟むんじゃねぇ!」
「不可抗力だ!」
ハルクの抗議の声を無視して、ハルキはハルクの股間目掛けて上段蹴りを放つ。
ちなみにルナは先ほどの出来事を思い出し、顔を真っ赤にしながらハルク達から顔を逸らしていた。
「大体何で姉貴は、俺の意見を聞いてくれないんだよ!いつもいつも自分の意見ばっか言いやがって!」
「あんたが歳下で愚弟で甘ちゃんで人生経験足りてないひよっこだからよ!少しは疑うってことを覚えてから意見しな!」
「うるせぇ!姉貴こそ人を少しは信じるってことを覚えるべきなんじゃねぇか、この引きこもりが!」
「言うじゃない!人間なんて信じるに値しない、賢い奴ほど騙してきた数も多いし信頼も得ている!所詮この世は騙し合いよ!」
「だが、今それとこれとでは別のことだ!」
「何をう!?」
その後も「チビ姉貴!」とか「ザコ愚弟!」とか言い合いながら二人は狭い部屋で暴れ回った。
ルナはその光景におどおどしながら見ていることしかできなかった。
雨の音が聞こえないくらいに騒いだギース姉弟はゼェー、ハァー、と荒い息を吐きながら姉の方は大の字で弟の方は壁にもたれかかっていた。
「.....とりあえず、ルナだっけ?」
「あ、はい!」
「裸見たことは謝る、悪かった。けど、姉貴のことを嫌いにならないでくれ。この人ツンデレなだけだから」
「死ね」
「.....ツンの部分が強いけどな」
「は、はぁ」
ハルクは殴られた腹を抑えながら悶えながらも説明する。
再起不能に陥ったハルクを無視してハルキはルナに近づいた。
「全く、あの愚弟が。少しは姉を敬えっての」
「あ、あの」
「で、ルナちゃん。私はあんたにまだ聞きたいことはあるけど一つだけ聞きたい。もしかしたらだけど、あんた」
ハルキはルナの耳元でそっと囁いた。
ボソボソと本当に小さな声で囁いたため、ハルクの耳に届くことはなかった。
「.....え?」
「やっぱりね、まさかとは思ったけど本当に実在してたのね」
ルナはハルキの言葉に驚きを示し、酷く狼狽していた。
「そんな、まさか、何で!?」
「私も御伽噺とか昔話とか噂でしか聞いたことなかったんだけど、今までのやり取りで確信したわ」
ハルキはルナの肩に両手を置いて優しく語りかけた。
「あなたも嘘を言っているようには思えないしね。愚弟の言う通りあなたを信じてみようと思う。けど、さっき言ったことは内緒よ」
「あの、それって」
「身寄りないんでしょ?しばらくウチにいなさいな」
「え、あ、姉貴!?」
「何よ愚弟」
「いや、一体どんな心境の変化だよ!?今の今まで否定しまくってたくせによ!」
ハルクは腹を抑えながら必死に問いかける。
そんなハルクの疑問にハルキは少し悩むような仕草を見せてから、ルナの顔に自らの顔を近づけ、ぴとりとルナの背中に微妙にでかい胸と頬を密着させ、ルナに乗っかかったまま笑顔で告げた。
「この娘、何か可愛くて」
瞬間、空気が凍てついた。
※
ルナがグラッダのハルク達の家で生活するようになってから五日が経過した。
まず、ハルキがルナのことを心底気に入ってしまったようで、一緒にお風呂に入ってキャハハ、ウフフを仲良くしてたりしてる中、ハルクは気まずいこと極まりなかった。
実は一緒に風呂に入ったのはあくまでもルナの身体サイズを目測で正確に測るという目的があったようで、大雨にも関わらずハルキは翌日に服を何着か購入しに行った。
そこからは特に何かをしたわけでもないが、ハルクとルナの関係も何とか良好になり、元々年が近い関係ですぐに仲良くなった。
そして、今日雨季が過ぎ去り雨は上がっており空には大きな虹の橋が架かっていた。
「わぁ!」
「グラッダ雨季後の名物さ。長ければ長いほど大きな虹になって、色も多くなる」
「ホントだ、九色もある!」
ルナはキャッキャっと騒ぎながら興奮している。
彼女の長い黒髪が動きに合わせて大きく揺れた。
ハルクはそんなルナの様子を見て、更に得意気な様子になる。
「つまりだ、今回の雨季は九日あったってことだ。これを観に来る奴も珍しくないんだぜ」
ハルクとルナは家の外のまだぬかるんでいる地面に足を踏みつけながら空を見上げる。
通称日色虹とも呼ばれる、大気中の魔力とグラッダの環境が影響し、世界四大美現象にも数えられる絶景の一つである。
ハルクは煙草を吸いながらルナに解説していた。
「.....ねぇ、煙いんだけど」
「お、わ、悪いな」
「体に悪いからやめたら?」
「急にはやめられないんだよ、これが。姉貴にも言われてるが、癖になっちまったからな」
ルナに注意されるが、特に悪びれた様子もなくハルクは二本目を吸い始める。
ルナは小さく溜息を吐いた後、ハルクの顔を見て小さく笑みを浮かべた。
ルナと似た髪色、どこか同郷の人を想わせるハルクはルナにとって親近感を覚える存在であり、頼れる存在だった。
少し長い黒みの混じった青髪をわしゃわしゃと掻き分けながら煙草を吸うハルクはルナの視線に気がつき彼女と目を合わせる。
「ねぇ、そういえば魔法って魔力があれば使えるんだよね?」
「あ、あぁ、そうか。ルナの故郷は魔法が盛んじゃなかったんだな」
「うん、ハルクは使えたりするの?」
「.....い、一応魔力はあるんだが、魔法は使えない」
ハルクはバツの悪そうな表情を浮かべて顔を逸らした。
そのことに対して疑問を抱いたルナはハルクに更に質問する。
「え、なんで?」
「実は、昔から何だが、魔法を使ったら効果が中途半端なんだ」
彼曰く、火の魔法を使おうとすれば炭が発生したり、水の魔法を使おうとすれば蒸発して気体しか出てこなかったり、風の魔法を使おうとすれば埃が舞うだけだったりと魔法の適正がこれでもか!というほどないらしい。
「それで、魔法なんてやってられるかー!って言って部屋に引きこもってたのは傑作だったね」
「あぁ、って姉貴!?いつからそこにいたんだよ!?」
ハルキがニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながらハルクとルナの間に挟まっていた。
いつやって来たのかはわからないが、どうやら話は随分前から聞いていた様子だった。
「はは、可愛い」
「でしょー。それにコイツさ、五歳のときに」
「だーもー!いいだろー!」
当のハルクはあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にし、息を荒げていた。
その様子にハルキとルナは二人してニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「ルナちゃん、今日はせっかく晴れたし買い物でも行かない?」
「いいですね、行きましょう!」
ルナとハルキが握手して笑顔で頷き合った。
こんな日常が続けばいい、ハルクは少なくともそう思っていた。
そして、彼らの日常に転機が訪れたのは二年後のことだった。
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