メデル・プルーフ   作:Cr.M=かにかま

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56.魔力調整不安定症

 

何やかんやと一悶着あったが、ハルクの説得とライムの魔法による実践証明により、ハルキに信じてもらい何とか家の中に入ることができた。

ちなみにハルクは顔面を蜂に刺されたように腫らし(原因はハルキによる暴行)煙草をハルキによって処分されたことに対して若干拗ねている。

顔の原型をギリギリ保っているかすら怪しいハルクは懐かしの実家を見渡していた。

 

部屋の四隅には大量のゴミ袋が置かれており、ソファや机の上には大量の本が、キッチンの流しには一週間くらいの期間で食べたと思われる食べ物の残骸が異臭を放っていた。

正直に言おう、汚い。

 

「相変わらず掃除が下手だな、姉貴は」

 

「う、うるさい!別に誰か来るわけじゃないからいいんだよ!」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべながらキッチンの掃除を始めたハルクの側でハルキは恥ずかしそうに頬を染めてプイッとハルクから視線を逸らす。

どうやらこのやり取りも姉弟間でよく行われることらしい。

ライムからすれば、掃除が苦手とかそういう次元の話ではない気がするのだが、ミスティも似たようなものなのでスルーする。

 

「.....何か失礼なこと考えなかった?」

 

「別に」

 

頬を染めたハルキはわざとらしく咳をして話を進める。

 

「こほん!と、とりあえずミスティちゃんとレッド君はここで待っててもらえる?ルナちゃんの部屋には私とハルクとライム君だけで行くから」

 

「構いませんが、お茶は出してもらえないのでしょうか?」

 

「.....お前は少し遠慮しろ」

 

いつの間にか山のような本をどけて、ソファに座りながら寛いでいるミスティにライムがジト目で睨みつける。

どっちが年上なのかわかったものではない。

その間にハルクが台所の空いたスペースで茶を淹れて持ってきたのは言うまでもあるまい。

 

「ほらよ、俺の頼みで来てもらったんだからこのくらいはするさ」

 

「ありがとね、ハルク君」

 

「.....本当に遠慮しないんだな、お前」

 

肩に乗るレッドまでもが呆れた様子で呟いた。

ミスティはそんなレッドに気づく様子もなく、優雅に紅茶を飲み始める。

ライムは頭を抱えながらプルプルと拳を握りしめていたが、ハルキは別に気にしていない様子だった。

 

「ライム君、そういうわけで私たちはここにいるから」

 

「はいはい」

 

「そんなんだから女子にもてないんだよ」

 

「それ今関係ないだろ!」

 

ライム自身そこは気にしているようだった。

指摘されたライムは顔を真っ赤にし、今にもミスティに飛びかかりそうな勢いだったが、ハルクが仲裁に入り何とか乱闘に発展せずに済んだ。

 

「ほら、早く!こっちだよ!」

 

階段の上からひょこ、と顔を出したハルキが二人を呼ぶ。

どうやら件の人物は二階にいるようだ。

ミスティとレッドは一階で優雅に寛いでいた。

というかいつの間にかレッドまでもが馴染んでしまっていることにライムは申し訳なさでいっぱいになった。

 

ライムは二人に導かれるままゆっくりと階段を上っていく。

木造の一軒家は階段も木造でできており、足を踏むたびにミシ、と軋んだ音を上げる。

一階が完全に見えなくなるまで登ったところで階段は終わり、縦長の廊下となっていた。

ハルキは手前の扉を開いて「ティルナ、入るよー」と言いながらノックもせずに入り、中から「ちょ、せめてノックしてくださいよ!心臓止まるかと思ったじゃないですか!」という声に対しハルキが「まぁまぁ、細かいことは気にしない気にしない」とか言う声が聞こえてきた。

 

「なぁ、もしかして他にも誰かいるのか?」

 

「あぁ、グラッダの医者のティルナさんだよ。一応ルナの専属としてウチで世話になってる人さ」

 

ハルクは説明を終えると、「ティルナさん、お久しぶりです」と言いながら部屋に入っていった。

ライムもハルクに続いて部屋の中へと入った。

 

「あ、ハルク君久しぶり!」

 

「ルナの容態はどうですか?」

 

ハルクの質問に白衣を羽織った青い髪に眼鏡の女性、ティルナが表情を暗くして首を横に振る。

 

「一向に変化なしよ。生命活動は何とか続けてるのだけど、このまま目覚めないと危険かもしれないわ」

 

ライムは扉を静かに閉めてから部屋の奥のベッドで眠りについている女性の顔を見つめる。

綺麗な黒い髪に華奢な腕、正に大和撫子が似合う美しい女性だった。

腕には血液の流れを安定させる点滴のようなものが取り付けられている。

 

「ティルナさん、彼女のカルテを見せてもらってもよろしいですか?」

 

ライムは真面目な顔でティルナに問いかけるが、もちろんティルナは見知らぬ人物に対して困惑の様子を示していた。

ハルクとハルキが軽く頷いて、了承の意を示す。

 

「あ、すみません自己紹介がまだでしたね。ライム・ターコイズと申します、一応治療魔術師です」

 

「治療魔術師!というとメデルの!?」

 

「えぇ、ですが、故郷は」

 

しまった、といった様子で治療魔術師という単語に興奮したも束の間、気まずい空気にしてしまったと同時に触れてはいけない部分に触れてしまったとティルナは慌てた様子で取り繕うとしていた。

 

「す、すすみません!私ったら、本当にすみません!」

 

「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、早くカルテを確認させてもらってもよろしいでしょうか?」

 

「あ、は、はい」

 

本人は気にしていないと言っていたが、ライムの声にはどこかドスが効いておりトーンも若干低くなっていた。

ティルナは側にある小さなタンスからカルテを取り出してライムに手渡した。

 

ライムは一つ一つの項目を丁寧に確認していった。

ルナ・シノハラ、年齢は今年で19歳。

性別はもちろん女性で血液型はB、体内の魔力はほぼゼロ。

 

「魔力、ゼロ?」

 

「えぇ、どうやら彼女の体には魔力はゼロに近く、宿していないといってもいいくらいなんです。それも、生まれながらのようで」

 

「生まれながら?後天的なものではないのか?」

 

「えぇ、診察の結果わかりました」

 

ティルナが補足して説明をする。

先天的に魔力の宿さない人間は今となってはほとんどいない。

魔法が発展し、一般化した現代において魔力は生まれながらに宿しているといっても過言ではないのだ。

魔術師でなくとも、気で戦う者もいるが、気は魔力と同質であり、言い方が違うだけである。

そのため、気と魔力は同一の存在で人間ならば生まれながら持っているといっても過言ではない。

後天的に魔力を失うなどという現象でもなければ、魔力がゼロという事実はあり得ないのだ。

 

だが、ライムが注目したのはそこではなかったのだ。

 

「ティルナさん、この魔力の変化を示すグラフはどういうことだ?」

 

そう、ゼロの基準点から魔力の絶対保有量が右肩上がりのグラフが出来上がっていたのだ。

それも記録を取り続けた一年前から徐々に量を増して。

 

「それが、私にもわからなくて」

 

「わからない?」

 

「はい、眠っているだけで魔力が増幅するなんて現象は今までに見たことも聞いたこともありません。それに一致する病名も我々の知識の中には存在せず」

 

メデルが滅んでから爆発的に進化を遂げた医療技術だが、それでもメデルの文明には及ばなかったのだ。

ライムはルナの額に手を当てて探るようにして診察する。

 

「.....これは、まさか」

 

「何かわかったのか?」

 

「あぁ、まだ推測の域でしかないが可能性は高い。でも、確かめるには危険が伴う」

 

ライムは冷や汗をかきながらハルクをジッと見上げた。

 

「彼女は、魔力調整不安定症の可能性がある」

 

「魔力調整不安定症?」

 

魔力調整不安定症、魔力を持たない、もしくは極端に少ない人物に発症しやすい病気である。

体内の魔力を宿す器に空きが多すぎるために大気中に漂う魔力を取り込みすぎて健康状態に支障を及ぼす。

一度に摂取された大量の魔力は肉体に負担をかけてゆっくりと長期に渡り排出していくもの、本来ならばそうでなくてはならない。

 

「なのに、何で魔力をまだ摂取し続けてるんだ?」

 

「治せないのか、治療魔法で」

 

「これは難しいな。下手に外部から魔力を送り込んで更に吸収されてしまえば状況は悪化してしまう」

 

「魔力を抜き取ることは?」

 

「できなくもないが、今のままじゃ無理だ」

 

ライムが額から滲み出た汗を拭いながら言葉を続ける。

 

「バルダ草のことは知ってるか?」

 

「いや」

 

「私知ってます、たしか魔力を吸収する魔術具を製作するときに使われる魔力を栄養素として成長する薬草ですよね?」

 

ハルクの代わりにティルナが応えた。

 

「そう、根を張らないから無風の谷という場所で生えている草だ。すり潰すことで一旦魔力を外に逃がして粉末状の魔力吸収剤にして使うんだ。だが、こいつが生えている無風の谷ってところはサレバス大陸にある。ここからじゃ距離がある、行商人がたまに取引してるんだが、ここの病院にはないのか?」

 

「申し訳ありません、うちはそこまで大きくないので」

 

「.....そうか」

 

ライムが力を失い項垂れる。

 

「俺は行く、明日にでも出発する」

 

「ハルク、気持ちはわかるけど無茶は」

 

「姉貴、悪いけど俺は本気だ。早くしないと魔力を吸い続けてルナが危ないんだろ?ミスティちゃんに協力してもらうよ、風に当たってくる」

 

ハルクは顔を俯かせたまま、部屋の扉を開き一人で出て行ってしまう。

 

「ハルキさん、いいんですか?」

 

「いいのよ。あいつ昔からへこたれると灯台に行って海を眺めに行ってるから。もしかしたら私の伝手で手に入るかもしれないしね」

 

「本当ですか!?」

 

ハルキはニカっと笑みを浮かべてピースサインをライムの前に突き出した。

 

「もちのろんよ!任せなさい!」

 

ない胸を張り、暗い雰囲気を吹き飛ばしたハルキがあまりにもおかしく映ったティルナも神妙な表情から笑顔になった。

 

 

 

部屋を出たハルクはミスティに話しかけることなく家も飛び出し、ハルキの予想通り灯台へと向かっていた。

 

(ルナ、待ってろよ。俺が助けてやるから、もう少しだけ待っててくれ)

 

ハルクは思い出す、彼女と初めて会った日のこと。

彼女と過ごした楽しい日々。

彼女が笑顔を見せてくれた日を。

 

出会いは三年前、ハルクがオーガの森を通りグラッダへと向かっている日だった。

その日は珍しく雨が降っていた。

 

『クソ、こうも視界が悪くちゃ奇襲にも対応できない』

 

当時の彼は悪態をつきながらも蔓を切りながら先に進み、襲い来るオーガの相手をしていた。

殺さなければオーガキングは現れない、ハルクはオーガ達との戦闘を気絶で終わらしてグラッダを目指していた。

 

『全く、姉貴も突然呼び出すんだから酷いよな、たく!.....ん?』

 

ハルクはふと上を見上げて目を疑った。

森の木々は生い茂っており、空は見えるか見えないかのギリギリのところだったがたしかに彼の目には映ったのだ。

 

空から雨に混じって落下してくる一人の少女の姿が。




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