翌日。
「.....おい、体調悪いんならもう一泊してもいいんだぞ?昨夜もなんかあったみたいだし」
「だ、大丈夫だ。それにこの状態でもう一泊なんかしたら、俺は自分を保てなくなるかもしれない。ミスティ達が起きたら出発しよう」
「お、おう」
中々寝付けなかったライムは目下に大きな隈を作り疲労しきった状態でレッドの元に向かっていた。
ちなみにミスティと彼女の連れてきた名も知らぬ少年は今もぐっすりと気持ちよさそうに眠っている。
「やっぱ、お前だけが俺の心のオアシスだよ。いつもありがとうな」
「どうしたんだよ、突然、気持ち悪いな」
「本当のことを言っただけさ。やっぱ付き合いが長いと色んなことがあるな」
「.....俺にそっちの気はないぞ」
「え、何考えてたの?」
何故かレッドにドン引きされてしまったライムは頭上にハテナマークを浮かべる。
集落の外に目を向けてみるとちょうど山の向こうから太陽が昇り始めているときだった。
山肌と崖のある環境に作られた集落から見る高地からの日の出は新鮮でとても綺麗なものだった。
「.....綺麗だ」
突如、ライム達の背後から聞き覚えのあるようなないような声が聞こえてきた。
「おぅ、もう起きたのか。ミスティは?」
「あの人ならまだ寝てるよ。寝相が悪くて殴られたけど」
「.....あいつ」
昨日ミスティが連れてきた灰色の髪の少年だった。
殴られたであろう場所を摩りながらライムの元に近づいてくる。
「僕はイム。昨日言いそびれちゃったからね」
「俺はライムだ」
イムと名乗った少年はこちらを向くことはなかった。
何やら思い詰めたような表情を浮かべている。
「何か、悩み事でもあるのか?」
「鳥に話す悩み事はないけどね」
「と、鳥...」
イムの発言にレッドは大きく落胆する。
その隣で必死で笑いを堪えているライムはイムに話しかける。
「俺には話してくれるのか?」
「女の人と一つの布団に入るくらいで動揺するヘタレに話すのもなぁ」
「テメ、起きてたのか!!?」
「.....あんたの叫び声があまりにも大きかったからね。鼓膜が破れるかと思ったよ」
ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!とライムは両手で頭を抑え込みそのまま地面に連続で頭突きを始める。
「煩悩抹殺煩悩抹殺煩悩抹殺煩悩抹殺煩悩抹殺煩悩抹殺煩悩抹殺煩悩抹殺煩悩抹殺!!」と朝っぱらの宿の前で地面に頭をぶつけている彼の姿は実に滑稽であった。
「.....僕の話を聞いたところで、何かできるわけでもないんだから」
イムは小さくそう呟いた。
※
「若ァ!若はどこだー!?」
「自室におられるのではないのか!?」
「おりません!」
「では、お手洗いか!?」
「おりません!」
「ならば近場の風俗か!?」
「おりませんでした!」
「お前行ったのかよ!」
イルバースの一角、街から少し離れた人通りの少ない路地裏にそびえ立つ一軒家は朝から騒がしかった。
「どこにいようといいじゃねぇかよ、若だって年頃なんだからそこまで過保護になることないって」
「お、俺だってそう思うがボスの指示では仕方ないだろ!」
「.....あの過保護親父め」
スパー、と咥えていた煙草を手に取り空に向かって一息つく。
藍色の短髪と両耳についたピアスが特徴的な青年だった。
青年は座っているソファから動こうとせずにそのまま二本目に突入しようとしていた。
「おいハルク!お前も探せよ、若の行きそうなとこ一番知ってるだろ!?」
「知らねーよ、つーかあの人朝から一体部下総動員で息子探してんだよ。まったく」
「いいからちっとは手伝えよ!もしかしたらボーナス貰えるかもしれないぞ!」
「オメーは結局金かよ、ヨルダン。今度はいくら借金したんだ?」
「大した額じゃねーよ!」
「どうだか、ね」
ヨルダンと呼ばれた茶髪にサングラスに加えスーツを着込んだ男がハルクに突っかかる。
ハルクは未だに煙草を咥えたままである。
「俺はお前の金稼ぎに付き合う気はねーが若のことはたしかに心配だな」
「過保護な奴め」
「あのおやっさん程じゃねぇよ」
スパー、と二本目を吸い終えると同時にハルクはゆっくりと立ち上がる。
煙草の箱とマッチをポケットに仕舞い込み軽く伸びをする。
ヨルダンは僅かにずれたサングラスを微調整し、ネクタイをキュッと締め直す。
「それに、ランダリーファミリー次期頭領最有力候補様がいなくなっちまったらそれこそ俺たちの存続自体危ないからな。俺は若とファミリーの為に動くぜ」
「ファミリーも大切だが金も大切だ。一石二鳥っつー言葉は本当に便利だよな。作った奴に褒美を与えたいぜ」
「与える褒美もないくせに」
「言ってろ、いつか作ってやる」
ハルクとヨルダンはゆっくりと口の端を吊り上げた。
※
「へぇー君の名前イムって言うんだ」
「知らなかったのかよ!!」
ビシィ!とライムは勢いよくツッコミを入れる。
レッドに至っては未だにショックから立ち直れずに足で地面に「の」の字をひたすら書いている。
「お姉さんの名前はミスティっていうの、よろしくね」
「.....BBA」
「あン?」
「よろしくお願いします!!お姉様!!」
「うわ、一瞬だが勇者と鬼神が同時に見えた!」
第一発言に失礼なことを言ってしまうのはどうやらイムの癖らしい。
ライムは戦慄しながら二人を眺めていた。
「それで、俺らはこれからイルバースに向かうつもりなんだが本当についてくるのか?」
「.....僕だって本当は行きたくないけど皆心配してるだろうし」
帰りを待つ人がいるんだな、とライムはしみじみと感傷に浸ると同時に羨ましくも思った。
宿のチェックアウトを済ませて各々が準備を進める。
イムはイルバースの出身らしく、彼の話によると家庭が複雑な状況で父親と喧嘩して家出を決行して森を彷徨っていたところをミスティに助けられたらしい。
運がいいのか悪いのかはわからないが魔物との戦闘手段のない少年が家出といい街を飛び出すなんて普通はできない。
度胸があるのかアホなのかはわからないが、支度の途中にイムがライムに話しかけてきた。
「なぁ、あんたって治療魔法使えるんだよな?昨日のアレも」
「あぁ、使えるぞ。それがどうしたんだ?」
「.....別に、珍しいなって思っただけだよ」
それ以降、支度している時にイムが話しかけてくることはなかった。
宿を出てレッドの元に行くと未だに「の」の字を書き続けていた。
「おいレッド、いつまで凹んでんだよ行くぞ!」
少し先が思いやられるが一行はイルバースに向かって歩を進めた。
同時にグラハムの言っていた『ランダリーファミリー』なるものも気になりつつ。
出発したのはライムが起床してから約三時間半後の出来事だった。
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