時を少し遡り、35年前...
この頃のイルバースはまだ魔術都市とも呼ばれておらず、南北の壁もない一つの都市だった。
しかし、治安や衛生管理は悪く、とても普通の人が住めるような環境ではなかったという。
当時はノレオフォールのゴミ溜め地とも呼ばれていたほどである。
そこに住んでいる三人の少年、同じ武術の師を持った幼い少年がいた。
ロブ・イルバース、三人の中で最年長で物知りな少年。
流れるような、くすんでいながらも綺麗な灰色の髪と常に携帯している武器の鉄パイプが特徴的だった。
ゴルドス・アム、ロブと年齢はほとんど変わらないが知識の差では圧倒的に負けていた。
燃えるような赤い髪の上に黒縁のゴーグルを付け、気性が荒い絵に描いたような悪ガキである。
グラハム・ティンダロス、三人の中では最年少だが独特な考えと年齢からは想像できない戦闘センスを持ち合わせている。
どちらかと言うと黒に近い癖のある焦げ茶色の髪に常にニコニコと口角を吊り上げている。
まだ十歳そこらの少年たちは街を駆け回り、寄ってくる魔物を倒したりと逞しく勇敢に楽しく生きていた。
そして、そんな三人の少年達の親代わり兼師匠であるゲルマック・ビードラーは今日も溜息を吐きながらあちこちに頭を下げていた。
※
「お前らな、子供が元気なのはいいことだが少しは我慢とか加減とか覚えた方がいいんじゃないのか?」
「いーんだよ!そんなことしても楽しくないし、何事にも全力でやらないと!」
「.....ゴルドス、今言ったことの半分以上お前に言ったつもりなんだが、伝わってないよな?」
「あったりまえ!」
はぁ、と黒い髪を生やした筋肉質の男が小さく溜息を吐く。
彼こそがゲルマック・ビードラー、当時32歳独身の格闘家である。
こいつはまたどこかに迷惑かけたな、と心の中で推測を立てながら謝罪のセリフを考える。
「なぁ、ゲルさん!そろそろ俺ゲルさんに勝てるかな!?どうかな!」
「アホ」
「ンだとコラ!?おい、ロブ!お前鼻で笑ったよな!俺の顔見て鼻で笑ったよな!?」
「バカを笑っちゃ悪いか?」
「誰がバカだ!」
「お前」
「よし、表出ろ!今すぐボコボコのギタギタにしてやるから!」
「望むところだ、返り討ちにしてやる!」
ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!とゴルドスは気合を入れて元気に外へ飛び出したが、喧嘩を売られたロブはその場から動くことはなく本の続きを読み始めた。
ピラ、とロブが一ページ読み進めるとゴルドスが戻ってきた。
「おい、ロブ!なんで来ないんだよ、来いよ!バカみたいに俺一人で全力疾走しちまったじゃないか!」
「バカだからな、お似合いだろ?」
「こ、こいつは」
ピキピキ、とゴルドスは額に青筋を浮かべるがひょい、と襟を掴まれて持ち上げられてしまった。
「何するんだよ、ゲルさん!俺はコイツをフルボッコにしないといけないってのに!」
「無駄な争いはするな、見てて見苦しいから。もっと仲良くしろよ」
「誰がこんな奴と!」
「そういやグラハムはいないのか?」
「あいつなら弟の所に行きましたよ」
ロブが本に栞を挟んでパタンと閉じる。
これが主な日常であった。
グラハムは知り合いの元で生活しているため、こちらには通う形になっているが、身寄りのないロブとゴルドスは基本的に一つ屋根の下で生活している。
「ま、いいか。とりあえずゴルドス、今日はどちら様に迷惑かけたんだ?謝りに行くぞ」
「おいおいゲルさん!?何で俺が何かした前提なんだ、おかしくないか!?」
「俺からすれば、お前が問題を起こさないことの方が不思議で仕方ないよ」
※
ゲルマック・ビードラーは格闘家である。
かつては世界を巡り、ただ純粋にひたすら力を求めていたがイルバースでロブと出会い住み着くこととなって三年、特に目立ったことはなく日々は過ぎ去っていっていた。
稀に中央政府からの召集はあるが、イルバースを拠点にしていることは間違いではない。
そんな彼は現在、三人の弟子達と打ち合いを行っていた。
三対一である。
「おりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
「隙だらけだ、ゴルドス。真っ直ぐ突っ込むだけじゃなくてしっかりと考えろ!」
「ハァ!」
「動きが粗い、ロブ。大雑把な動きだから読みやすいし、不意打ちをするならもっと静かにやれ!」
「ハッ!」
「残念だったな、グラハム。動きがバレバレだ!」
ポカ、ポカ、ポカ!と三人の頭に拳骨を降らせて組手は終了する。
いつも変わりないことである。
「ゲルさん!ちょっとは手加減してよ!」
「そうだよ、いつまでも勝てないじゃん!」
「ゴルドス、グラハム、俺が手を抜いて手に入れた勝利は嬉しいか?」
「当たり前だ!勝って嬉しくないことなんかないに決まってるだろ!」
ゴルドスはドヤッ、と胸を張って豪快に応えた。
ゲルマックはゴルドスの目線に合わせてしゃがむ。
「ま、前向きなのはお前のいいところだ。いつかわかるときがくるよ」
「隙あり!」
「ないよ」
「ガハ!?」
ドサ、と不意打ちを仕掛けてきたグラハムは顎に一発モロに受けて倒れる。
「お前もそこまでして勝ちたいのか?」
「勝ちたい!」
「俺が病気で動けなくても?」
「勝ちたい!」
「俺が両手両足使えなくても?」
「勝ちたい!」
「だよな、ハムもそう思うよな!」
「ハムって言うな!」
「.....まぁ、いいか」
ゲルマックを無視して、ギャーギャー!と二人は勝手に取っ組み合いを勃発させる。
他にも色々と言いたいことはあったが、今の彼らの思いを持ち続けることは難しくなる。
大人になるごとに純粋な気持ちは薄れて狡猾になってしまうのが人間だ。
「ゲルさん、俺と一対一でやってくれませんか?」
立ち上がったロブが鉄パイプを付いて歩いてくる。
彼は二人とは違い素手による格闘が苦手らしいので、鉄パイプを剣と模して主に剣術を教えている。
ちなみにゴルドスとグラハムに試しに武器を持たせてみたが、うまく扱えずに自滅してしまっていたこともあった。
「悪いな、ロブ。お前だけを優遇するわけにはいかない。一対一をやるときは皆順番で、な?今度やってやるからさ」
「.....でも」
「お前の気持ちもわかる。けど、集団行動をするなら相手のことも考えないといけない。ゴルドスの気持ちもグラハムの気持ちもお前の気持ちもな、それに今日はヘトヘトだろ?せっかくやるんなら、ゆっくり休んで万全の状態でやろう」
「.....わかった」
コクリ、とロブは小さく頷いてその場にぺたりと座り込んだ。
「ゲルさんは、さ」
「ん?」
「何で、俺に剣術教えてくれるの?」
ゲルマックとロブの出会いは今から三年前、武者修行の旅をしていたゲルマックが偶然この街を訪れ、魔物に襲われそうになっていたロブを助けたことがキッカケである。
そのままゲルマックはロブと行動を共にし、剣術を教えてくれるようになった。
なされるがままと言った感じである。
「理由は色々あるけど、街の雰囲気を見るにあの日みたいなことが起きないわけじゃない。むしろ、いつ強大な魔物が突然やってくるかもわからない。俺もお前らとずっと一緒にいられるわけじゃない、この世界で生きていくには心も強くないとダメだし戦えないと生き残れない、大切な人を守ることもできない。俺はお前達に決して後悔のない人生を送ってほしいんだ」
ゲルマックはニッと笑みを浮かべてロブの頭を撫でた。
「ゲルさん」
ロブは一瞬考え込むように黙り、ゲルマックの目をしっかりと見て応える。
「よく、わからん」
「そ、そうか」
.....どうやら子供にはまだ早かったらしい。
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