グラハムとセリィの住む家を離れて二日が過ぎた。二人とも集落まで送ってくれると言ってくれたのだが、グラハムが病み上がりで体が思うように動かない理由からセリィも残ると言ったためライム達だけで元来た道を戻ることになった、それだけならよかった。
そう、来た道をただ戻るだけならば。
魔物の出現する森の中心部から集落に戻るまでに多くの魔物に襲われた。
行き道はグラハムの娘であるセリィがいたため難を逃れることはできたが、やはりあの親子がこの森に与える影響力はすごいようだ。
行き道と違ってわんさか魔物が出現し、行きは二時間ほどで通れた道が半日近く掛かってしまった。
ライム達はそれだけで疲れ果ててしまいその日は宿で体を休めることに専念した。
翌日はライムとレッドは病気や怪我をした人達のボランティア治療に、ミスティは朝から温泉に浸かりその後すぐにどこかへ行ってしまった。
まぁ、集落から出るようなことはないだろう。荷物も置いてあったし。
「はい、これで大丈夫ですよ。痛みはないですか?」
「えぇ、ありがとうございます!」
「いえいえ、俺たちはまだ滞在しているので何かあったら言ってくださいね」
若い兄さんにお礼を言われながらライムは見送られた。
レッドはライムの肩で何やら考え込んでいるようだ。
これで連続して七回近く治療魔法を使用したが、ライムの顔には疲れが見られない。
元々治療魔法は種類にもよるが、通常の魔法よりも遥かに多くの魔力を消費する。よってライムは幼い頃から魔力を増幅させる訓練をしてきたのだが、彼にその自覚はない。
つまり、ライムの魔力はそこらの魔術師よりも高いのだ。
一通り落ち着いたと判断したレッドはライムに話しかける。
「どうした、何か気になることでもあんのか?」
「まぁな。さっきから怪我をしている者が多いのだが、どうも怪我の仕方にパターンがある。人為的な何かを感じる」
「.....グラハムさんが警戒してた奴らの仕業ってことか?」
「そこまではわからねぇ、だが可能性はある。どちらにしろ早めにイルバースへ向かった方がいいかもしれない」
レッドの言い分にライムは軽く頷く。
二日前、ライム達がグラハムとセリィの家を発つ時に言われた台詞を思い出していた。
『イルバースに向かうならランダリーファミリーに気をつけろ』と、去り際グラハムに言われた言葉だ。
ランダリーファミリーという固有名詞が何を示しているかはわからないが、あのグラハムが気をつけろと言うくらいなのだから警戒するに越したことはない。
「ま、深く考えても仕方ないさ。俺たちは別にそいつらに用があってイルバースに行く訳じゃない。あいつの情報を得るために行くんだ」
「そうだな。少し堅くなりすぎていたみたいだ」
「それにこっちからキッカケを作らなきゃ関わることもないんだ。平穏無事に済まそうぜ、なるべく」
そうだな、とレッドは相槌を打つ。
ライムは近くの切り株に腰を下ろす。
「そういやミスティは一体どこに行ったんだろうな?」
「さぁな、問題事を持ち帰ってこなければいいんだが...」
彼らの予感が数分後に的中してしまうことは言うまでもあるまい。
※
日が暮れはじめ宿に戻ったライムを出迎えたのはミスティと見知らぬ少年であった。
「ミスティ、そいつは誰だ?」
「説明すると長くなっちゃうのよね、それでも聞きたい?」
「簡潔に事情だけを説明していただけると非常にありがたい」
灰髪の少年は正座しており、体制を変えようとはしない。
今更だが、この宿魔物は出入り禁止であるため現在レッドは外で待機している。
そのため、ライムが唯一彼女の暴走を止めるストッパーなのだ。
ミスティが右の人差し指を口元に当ててどこから話したものか、と言った様子で悩んでいる。
「そうねぇ、まず私は今日温泉に入った後森に行ったのよ」
「それってグラハムさん達の住んでる森?」
「ううん、イルバースに向かうために必ず通らなきゃ行けない森。スムーズに移動が出来るように下見に行ってたのよね」
どんな魔物が生息しているのか、どのような地形なのか、どんな植物があり毒を持っているのか、流石はライム達と出会う前に一人で大陸を旅していただけのことはある。
集団の移動はあまり慣れないと言っていた彼女だったが、旅をすることに関してはライムやレッド以上に経験と知識を持っている。
慣れない、とは言っていたがライムの慣れないと彼女の慣れないでは基準が大きく違うのだろう。
ミスティはそのままライムが相槌を打っていることを確認しながら続ける。
「そこでこの子と会った」
「マジで簡潔にまとめやがった」
悩む必要があったのか、というくらいあっさりと終わらせてしまった。
「それで?」
「それでって?」
「何でここまで連れてきたんだ?ただ出会っただけの奴を宿まで連れ込むほどのお人好しじゃないだろ、お前は」
「魔物に襲われてたから助けたの。それで怪我してたからライム君に診せようと思って」
「それを早く言わんか、馬鹿野郎!」
ライムは少年の治療を開始した。
※
「あ、改めてありがとう」
「いいよいいよ、礼ならここまで連れてきたコイツに言ってやれ」
「別にいいよ。お礼で金は手に入らないしね」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ」
現金なやつめ、とライムは小声でツッコミを入れる。
少年は壁にもたれかかってそのまま気絶してしまう。
「あれ、寝ちまったぞ」
「よっぽど疲れが溜まってたみたいなのよね。見ず知らずのお姉さんに見ず知らずの場所まで連れてこられるから緊張もあったんだよ、きっと」
「それ実行したのお前だろ」
「うん、でもあのまま放っておくわけにもいかなかったし」
「.....まぁ、その場に俺がいても同じことをしてたと思うわ。やっぱ俺達って相当なお人好しだよな」
「それって私も入ってるの?」
「入ってるぞ」
「.....うん、そうだよね」
「.....?」
ミスティはそのまま俯いて黙ってしまった。
仕方ないので布団を敷いて少年を布団に寝かせる。
そこでライムはあることに気がついてしまう。
「なぁ、ミスティ」
「どうしたのライム君?何か汗すごいよ?」
「.....この部屋の布団って何個だっけ?」
「何個って二...!」
そう、元々二人だけでチェックインしたため二人用の部屋なのだ。
もちろん布団は二人分しかない、その一つは気絶した名もなき少年を寝かせるために使ってしまっている。
「........俺、そのまま地べたで寝るわ」
「.....一緒に寝てもいいよ?」
「グハッ!?」
誘ってきやがった。
青少年ライムの心は激しく揺れ始めていた。
たしかにそうすればどちらかが少し冷える地べたで寝ることは回避できる。
だが、年頃の男女が同じ布団で寝るというのはどうなのだろう?
一応この小説は全年齢対象なのだ、何か起こってからでは遅い。
「お、俺、女将さんに布団追加できないか聞いてくる!」
「さっき女将さんの部屋で喘ぎ声が聞こえたから行かない方がいいと思うよ」
「詰んだ!?」
再び健全な青少年ライムの葛藤が始まった。
とてもではないが思考がまともに働く状態ではなかった。
ミスティは寝間着のため浴衣を着ているが、その下は着ていない。
ライムも似た感じの服装だが、やはり男女の壁は大きかった。
付け加えるとミスティは巨乳だ。
「やっぱ無理だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ラ、ライム君、落ち着いてー!」
「そう思うんなら俺の腕に当てんじゃねぇよ」
ちなみにこのライムの叫び声で他の一人残らず宿泊客は目を覚まし、周辺の住居にもとてつもない迷惑をお掛けしたそうだ。
ちなみにレッドは「またか」と一言呟きため息を吐いたそうだ。
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