メデル・プルーフ   作:Cr.M=かにかま

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38.百器のハルク

 

「痛ッ!この服、お気に入りだったんだけどなぁ...」

 

リリーは折れた左腕を固定するために折れてしまった脚爪を使い、服の袖を千切り、応急措置を済ませる。

支えの棒も欲しかったが、近くに代用できそうな物はなかった。

 

(今すぐヨルダンさんの元に飛んでいきたいけど、サイガは気絶してるし、僕の腕もこんなんじゃ飛べないし。それに、急いで若様も救出しないと)

 

リリーが靴を履き直し、左腕を抑えながらサイガに近づく。

目を大きく見開き、白目を剥いて泡を吹きながら涙を流している状態で気絶している彼を片腕で支えて運ぶのは難しかった。

 

「.....止めを刺さないのか?」

 

リリーがサイガを持ち上げようとサイガの腕を肩に乗せているところで先ほどまで戦っていた男、マグラターゼが仰向けになったまま顔だけを動かしてリリーに尋ねる。

 

「動けない相手に追い討ちをかけても虚しいだけだよ、それに君はすぐには動けない」

 

「フッ、何もかもお見通しってわけか」

 

「そりゃ、僕の最後の一撃は結構無茶したからね。意識があるとは思わなかったけど」

 

「それでも動けそうにはない、血を流しすぎた」

 

マグラターゼは荒い息を整えながら清々しい、憑き物が取れたような表情を浮かべていた。

 

「少し昔話をしてもいいか?」

 

「.....最後まで聞くかはわからないよ」

 

「独り言だと思ってくれればいい」

 

マグラターゼは無理に体を動かして座る。

 

「.....君、さっき動けそうにないって」

 

「あれは、俺がゴルドスさんに拾われてしばらくしたある日だ」

 

リリーの言葉を無視してマグラターゼは楽な態勢になる。

胡座をかいた態勢で、どこか遠い空を向きながら語り始める。

 

「俺の右腕は傷ついてもすぐに再生するし、力を込めれば万力にも匹敵する。しかし、人々や生物は忌み嫌い避け続ける。それを消すことができるかもしれないと言ってくれたゴルドスさんは俺を連れてメデルに向かった」

 

(メデル、たしか二年前に滅んだっていう。ライム君もそこの出身だっけ?)

 

「解呪の魔法はたしかに存在したが、対象になるのは後天的なモノだけらしい。病気や怪我も同様で治療魔法というのは先天性の病や症状には効果はないと言っていた。しかし、和らげることはできると言ってくれた、この特殊な魔力のこもった呪印でな。呪いを呪いで抑え込んでるんだから可笑しな話だよ」

 

ククク、とマグラターゼは当時を思い出しながら重症の体に響いているのに小さく笑っていた。

 

「しかし、特殊な方法故に莫大な費用と成功確率の少なさに絶句した。それでも、俺は頭を下げながら懇願した。あの人も最初は困惑していたが、ゴルドスさんが一緒になって頭を下げてくれたときに、了承してくれた。本当に嬉しかった」

 

リリーはゴルドスの意外な一面を知り、まさか、という想いで一杯だった。

 

「治療は成功した、俺の右半身に呪印を刻むことで呪いは和らぎ、感情が昂ぶった時以外には人と普通に接することができるようになった。本当に嬉しかったんだ」

 

マグラターゼは目に涙を浮かべながら右腕を見ていた。

 

「俺にとってゴルドスさんは命の恩人だ、だから悪い。俺はまだ負けられないんだ」

 

「ッ!」

 

空気が変わった、リリーはそのことを瞬時に感じ取り戦闘態勢に切り替える。

 

「本当にすまなかったな、だが、俺にも通すべき信念がある!」

 

マグラターゼが立ち上がる、おそらく動けないと言ったのは嘘だろう。

ポタポタ、と背中から血は流れ続けている、持久戦には持ち込めない。

それはお互いに言えることであった。

 

「だから、俺は...ッ!!?」

 

瞬間、マグラターゼの口の動きが止まった。

代わりに彼の口からはダラ、と真っ赤な血が流れ始めた。

 

「え?」

 

リリーが驚く、何故ならマグラターゼの心臓のある左胸に鋭い刃が突き刺さり、彼の体を貫通していた。

 

「無、念」

 

ドサッ、とマグラターゼは白目を剥いて倒れてしまった。

リリーが慌てて駆け寄り脈を取るが、次第に血流はゆっくりになっていき、最終的に心臓の活動が停止してしまう。

 

「え、え、えぇ?」

 

人肌の温もりも次第に冷たくなっていく、リリーがいくらマグラターゼの体を揺すっても反応することはなかった。

 

「ったく、甘ちゃんですね」

 

第三者の声がした、リリーにとってその声は忘れたくても忘れられず、許そうと思っても決して許すことができない者の声。

先ほどの攻撃が彼のモノだとするならば頷ける。

 

「亜人さん、敵に同情しては足元をすくわれますよ」

 

パック・ロメオス、一昨日ランダリーファミリーアジトを襲撃し、イムを狙った張本人。

そして、亜人であるリリーの存在を否定し、思い出したくもない忌まわしき過去を思い出させた張本人。

 

「一先ず、これで一人。不本意ですが、今は共通の敵を倒す共闘関係にあります。そのことをッ」

 

パックが何かを言い終わる前に、リリーが憤怒の表情を浮かべながらパックを蹴り飛ばした。

 

「フゥー、フゥー!」

 

「が、ぁ」

 

「お前だけは、お前だけは絶対に許しはしないぞォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!ブタ野郎ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

 

涙を流したリリーが猛禽類の本能を剥き出しに喉が張り裂けんばかりの叫び声を上げた。

 

 

 

その頃、ロブとゴルドスは南イルバースのとある場所にて向かい合っていた。

 

「懐かしいだろ?ここであの時の決着をずっと着けたかったんだよォ、ロォブゥ」

 

「.....だからあんな都合のいい場所に転移魔法陣を設置し、防戦一方に見せかけて俺を誘導していたのか?回りくどい奴だ」

 

「フン、策士だと言ってもらいたいね」

 

ゴルドスはコキコキ、と首を鳴らしながらニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ゴルドス、一つ聞かせろ」

 

「何だ、お前から話を振るなんて珍しいじゃねぇか。イム坊の無事はさっき確認したろ?」

 

「別件だ、それにあいつにはガキ共がついてる。何も心配はない」

 

ロブは二本の刀を鞘にしまい、キッとゴルドスを睨みつける。

 

「ハルクの奴がゲルさんと戦ったと言っていた。本物なのか?」

 

「いや、正確に言えば偽物だが、本物と捉えることもできる。俺たちの師匠、ゲルマック・ビードラーはたしかにあの時に死んだからな」

 

「そうか、ならば質問を変えよう。お前は一体何がしたいんだ?」

 

 

 

一方、倉庫の地下に落とされたハルクとクロフの二人は何度も迫ってくる無数の甲冑相手に苦戦を強いられていた。

 

「クソ、キリがない!」

 

「クロフさん、頭下げろ!」

 

クロフが頭を下げると、ハルクが巨大な斧を横に大きく振り近くにいた甲冑の上半身を粉々に粉砕する。

 

ギラリ、とハルクの背後で別の甲冑が剣を振りかざしてハルクを狙うが、腰から剣を抜いて攻撃を防ぐ。

そこからもう片方の手にバズーカを持ち、甲冑の腹部に向けてズドン!と一発放つ。

 

「流石は百器のハルク、無数の武器を同時に使う、ランダリーファミリーのナンバー2は伊達じゃないな」

 

「オイ、訂正してもらいましょうか。ヨルダンがナンバー2です!」

 

百器のハルク、無数の武器を扱い戦闘する様から付いた字である。

大剣、槍、斧、双剣、鉤爪、棍、矛、弓矢、銃と例を挙げればキリがないというくらいに無数の武器を完璧に操り戦う姿はまさに百の武器を操る男。

武器の扱いに関してはランダリーファミリーで敵う者はいない。

 

ハルクが背中に携えた槍でクロフの背後に迫った甲冑の頭を吹き飛ばす。

 

「しかし、こいつら絶対本気じゃないだろ!」

 

「そうだな、以前戦ったときの方が何倍も強かった」

 

「だが」

 

ガチャガチャ、ガチャガチャ。

 

ガチャガチャ、ガチャガチャ。

 

不気味な金属音を立てながらゲルマックらしき甲冑達は大きな破損でない限り何度でも立ち上がる。

 

「ハァ!」

 

ハルクとクロフの拳が甲冑に直撃する。

クロフの拳は衝撃波を生み出し、近くにいた甲冑も巻き込んで吹っ飛ぶ。

尚、拳が直接当たった甲冑に関しては外面からの力で大きな破損を負う。

 

「自分の体も武器の一つってか?」

 

「そんなところだ、あんたほどじゃないけどな!」

 

ハルクが大剣を振り回し、甲冑達を切り裂く。

 

「頼んだぜ、ライム、ジン!」

 

 

 

「随分奥までやって来たが、未だに雑魚ばかりだな」

 

「あぁ、俺でも倒せるレベルだもんな。正直怖いくらいだ」

 

「.....俺っちとしてはライムが戦えることに驚いてるんだが」

 

ライムとジンは敵をなぎ倒しながらも会話する余裕を持ち合わせていた。

 

「たしかに、俺も最初は不要だと思ったんだけど、親父の知り合いに鍛えといて損はない!とか言われて」

 

「まぁ、間違ってはいないが」

 

ジンは剣で攻撃したり、直接触れて壁に埋め込んだりと結構エゲツないことを平然とやってのけていた。

ライムは体全体に魔力を流して肉弾戦で倒していってる、ほぼ急所を狙った一撃必殺で。

 

「それで、イムとイリアさんはこの先にいるのかね?」

 

「わからねぇ、でもあの男の言葉がたしかならいるはずだ」

 

「イムはともかく、イリアさんは微弱ながら魔力を感じた。あの人も魔法に通ずる人なのだろう」

 

「別に魔法を会得してなくても魔力は感じるんじゃないのか?」

 

「まぁ、そうだが、あれは魔術師の魔力だ。俺っちにはわかる」

 

ジンは手を差し出し、ライムはその手に触れてパッとその場から二人は一気に5メートル先にまでワープする。

 

「中には一切魔力を持たない人間もいるそうだが、な!」

 

「へぇ、そんな人いるんだな」

 

「当然だ、今は魔法が発展したが、太古の時代には魔法そのものが迷信とされていた時代があったらしいからな」

 

ふーん、とライムは興味なさそうに軽く返事をする。

ライムとジンは敵が出ては倒し、ジンの体力が戻れば移動しを繰り返していた。

 

そして、しばらく進みジンが目を大きく見開く。

 

「イリアさんの魔力、近いぞ!」

 

ジンはライムを掴み、パッとその場から移動した。

移動先の角から奥を見てみると、厳重にロックされた一つの扉があった。

 

「.....明らかに怪しいな」

 

「だな」

 

「ライム、中に入るぞ」

 

ジンがライムに手を差し出す、ライムは何も言わずに手を掴む。

ジンがそれを確認するとその場から中に座標を設定し移動する。

 

「ライムさん!」

 

移動した先にはたしかに、手錠を付けられたイムとイリアらしき女性がいた。

 

「イム、無事だったか」

 

「イリアさんも、ご無事で」

 

どうやら彼女がイリアらしい。

ジンが軽くお辞儀をしてイリアに近づき、手錠を剣で斬った。

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ、クライアントの身内の方を助けるのは当然ですよ」

 

ジンはイリアの手をとって再びお辞儀をする。

 

「ジン、いちゃついてないでイムの手錠もよろしく」

 

「わかってるよ!いいだろ、少しくらい!」

 

「.....この人敵じゃなかったっけ?」

 

イムの呟きは誰も拾うことはなかった。

ジンは立ち上がり、イムの手錠に剣を向けてイリアの手錠同様斬ろうとした瞬間だった。

 

「ッ!」

 

「ジン!」

 

ジンの脇腹を何かが抉り取った、ジワっと血が服に滲み剣を持つ手からは力が抜けてカランカラン、という音と共にジンは倒れる。

 

ジンの背後には先ほどまで手錠を付けられていた女性、イリアが不気味に笑みを浮かべていた。

 




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