クロフ・バーカイフは目を覚まして仲間であるジンが未だに戻ってきていないことを不審に思った。
彼は女性を見かけると誰彼構わずに声をかける癖がある。
そして食事に誘ったり、ホテルに誘ったりと女性との親睦を深めるためならば手段を選ばない粗相のない色男(?)ではあるが、時間は守る男である。
ジンと別行動をした際に夜になっても変化がなければ宿で落ち合う予定となっていた。
それが朝になっても戻らないとなればおかしいと思うのは当然のことである。
クロフがランダリーファミリーのアジトへ向かったのは、気まぐれであり他の用事を済ませるためでもある。
来る途中にどこかで見たような灰髪の少年とすれ違った気がした。
依頼人、ブロス・ランダリーの父の仇であるゴルドス・アムを討ち取れば今回の抗争は終わる。
クロフ自身もランダリーファミリーがそこまでの悪人ではないと判断しており、戦い続けることも無意味だと判断したからである。
だからこそ、今回は襲撃ではなく正面から客人として堂々と敵陣へと乗り込もうとやって来た。
門の近くにいた男たちは戸惑いながらも、一人の長身の男がロブを呼びにアジトの中へと走っていった。
しばらくして、一昨日一度感じた圧倒的強者の存在感を再び感じ取ることとなった。
ロブ・ランダリーがクロフの前に姿を現したのだ。
「二日ぶりだな、また儂の首を狙いに来たのか?」
「まさか、あれだけ圧倒的な力を見せつけられて再挑戦しに来たとでも?」
「思うな、主は強者を求める瞳をしておる。今も気が溢れて隠せてないぞ」
「.....こんな状況でも気が抑えられないのは事実だ、けど今回は戦うことが目的じゃない」
「そうだろうな、殺気が感じられない」
ロブはニヤリと笑みを浮かべてクロフを圧するように気を放つ。
ピリピリする感覚を直に浴びながらもクロフは高揚感にも浸っていた。
「まぁいい、話があるなら上がれ」
「.....は?」
「聞こえなかったのか?来い、お前の話を聞いてやる」
まさかアジトの中にまで迎え入れられるとは予想外だった。
ここで話をするのかと思っていたからである。
「早く来い、儂の気が変わらんうちにな」
クロフは渋々とロブの後をゆっくりと追いかけた。
門をくぐった瞬間に鼻に酒の匂いが充満し始めた。
案内された小さな居間にどかっと腰を下ろしてロブとクロフは一対一で向かい合う姿勢になる。
「して、話とは?」
ロブが黙り込むクロフに尋ねる。
「まずは、ゴルドス・アムを連れてきてほしい」
「ゴルドスを?」
クロフは首を縦に動かす。
「今回、あんた達を討伐するように依頼してきた奴の頼みなんだ。ゴルドスが依頼人の父親を殺した、復讐のつもりなんだろうな。それまでにランダリーファミリーは街の厄介者だったから、ランダリーファミリーを討伐する口実のつもりだろうが彼は本気だろう」
「その依頼人は、イルバースの血族の者か?」
「!知っていたのか」
「少し考えればわかる、それに主の仲間が喋ってくれたからな」
ロブは表情も姿勢も変えることなく話し続ける。
一方、訪ねてきたクロフの方が若干動揺しているようにも見える。
「それで、ゴルドスの首を取ればそれで済むという訳か?」
「えぇ、依頼人、ブロスさんもそれで構わないと」
クロフは慎重に言葉を選びながら会話を進めた。
「.....まず、残念だがゴルドスの行方はわからん」
「え?」
「八年前、奴は家族の命を脅かした。だからここに置いていられないと判断し、破門にした」
「.....なんと、もう既に奴はランダリーファミリーとは無縁だったと!?」
「そうなる、な」
クロフは頭を抱えて申し訳ない気持ちで一杯になった。
やはり、ブロスの情報には抜けがあり、きちんとしたものではなかった。
ロブが止まった会話を再開させる。
「だが、利害は一致している」
ロブはゆっくりと立ち上がり、クロフに手を差し伸べる。
「儂らも奴の首を狙っている」
「な、どういうことだ!?」
「奴は最近、ランダリーファミリーと名乗り儂ら以上に街で好き勝手している。今日か明日あたりにでも居所を掴んでぶっ潰しに行く予定だった」
ロブの言葉にクロフはハッとした。
ならば、昨日突如襲撃して来たゲルマックという甲冑の者はゴルドス側の勢力、火災を起こして街人の命を脅かしたのもゴルドス側のランダリーファミリーということになる。
「どうだ、手を組む気はないか?」
ロブはニカっと笑みを浮かべる。
そう、どちらにしろここでゴルドスを呼べたとしてもクロフに勝ち目はないだろう。
ゴルドスの実力はロブと均衡しており現在のイルバース南部の最大勢力ともいえる二人なのだから。
クロフは差し出された手をがっしりと力強く握り返す。
「いいでしょう、我々バーカイフはランダリーファミリーと一時的な同盟を結ばせてもらいます」
「仲間たちにきちんと説明しておけよ」
ロブとクロフは互いに笑みを浮かべていた。
「あぁ、それと主の仲間の一人だが、今このアジトで身柄を拘束しておる」
「ジンの?」
「まぁ、成り行きだからな。今から解放する」
ロブとクロフが部屋から出て、ジンを監禁している部屋に歩き始める。
「お、おやっさん!」
「どうした、ハルク?」
ドタドタドタドタ、とハルクが慌てた様子で廊下を走って来た。
普段何かとマイペースな彼からは想像できない行動だった。
「若から連絡が、いや、たしかに若の携帯からなんだけど!」
「何かあったのか?」
何故かクロフが会話に割り込んでくる。
「お前がクロフか、一昨日来たっていう」
「だったらなんだ?」
ハルクはクロフに敵意を剥き出しにして睨みつける。
対するクロフも応えるようにして殺気を放つ。
「.....って、それどころじゃなかったんだ!若の携帯から、あ!」
待ちきれなくなったロブはハルクから携帯を無理矢理奪い取り、耳に当てて音が聞こえるようにする。
「何があった、イム」
『ン?懐かしい声だなァ』
「.....お前は」
『久しぶりだなぁ、ロブゥ』
携帯から聞こえてくる声はロブの息子であるイムの声ではなかった。
ゴルドス・アム、今まさに話題に上がっていた人物の声であった。
「貴様、何故イムの携帯を!」
『何、別に誘拐とかそういうのじゃねぇよ。ウチの部下が迷子のガキを保護したら偶然イム坊だったってだけだ』
ロブの手に力が入る。
「イムは無事なんだな?」
『ったり前だ。いくら俺でも若を殺そうなんて思いやしねぇよ、今は意識ないけど』
「テメェ...」
バキバキ、と携帯が悲鳴を上げ始めるのと同時にハルクも悲鳴を上げ始める。
「ちょ、おやっさん!それ、俺の携帯!」
ハルクが必死にロブを宥めている端でクロフの携帯にも反応があった。
依頼人であるブロスからの電話だった。
『ク、クロフ!今どこだ!?』
「え、えっと、何かあったんですか?」
『ランダリーファミリー共にイリアが誘拐されてしまった!直ぐに戻ってくれ!』
「イリアさんが!?」
クロフは思わず叫んでしまう。
ただでさえボロボロの彼の携帯に更に負担が掛かり、あともう一度力を込めれば粉砕してしまいそうなくらいだった。
『ど、どうすれば、我は一体どうすればいい!?』
「と、とりあえず落ち着いてください、そして何もしないでください!」
クロフはそれだけ言うと通話を切った。
ロブの方に目をやると向こうも通話が終わったようだった。
「ロブさん、奴らが動き始めた」
「ゴルドスめ、儂らが一緒になることを予測しておったか。それとも気が付かずに喧嘩をふっかけたのか?」
どちらにしろ決戦の火蓋はゴルドスが仕掛け始めた。
決戦の時はゆっくりと近づいていく。
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