少女に連れられてやって来たのは集落の外れにある森の中だった。
「こんなところで暮らしてるのね」
「お父さんが猟師やってるの。それで魔物の毛皮とかを行商人の叔父さんが売ってて何とか暮らしてるの」
「たくましいな」
ミスティとレッドが感心した言葉をかける。その猟師をやっている父が狩りの途中で誤って毒キノコを食べてしまい仕事が出来ずに困っていたらしい。
そこで少女が目をつけたのが旅人であるライム達だった。
魔物がうようよしているこの世界で旅をしているならばそれなりの実力者であると少女は判断し、父の代わりに魔物の討伐を依頼したのだ。
「あ、私の名前はセリィ。よろしくね」
「俺はライム。でこの鳥がレッドでこのおばさ」
「お姉さんの名前はミスティよ。よろしくね、セリィちゃん」
「は、はい」
ミスティはにこやかな笑顔で挨拶をするがその右手に握られているのは鼻血を抑えているライムの顔である。
さっき殴られた時に出た血がまだ止まっていないのだ。
「いだいいだいいだい、ごめんってミスティ姐さん!!」
「今のはお前が悪い、ライム」
レッドのフォローとライムの素直な謝罪があり彼の顔面は歪むことなく何とか済んだ。
それでも鼻血が止まることはなかった。
集落から随分歩き木々も次第に生い茂ってきた。
何百年も前から生えてそうな巨木がちらほらと見えるようになってきたため中心部に近づいているのがわかる。魔物の気配も濃くなってきている気もする。
「セリィちゃん、本当にこんな環境で生活しているのね」
「そうだな。結構魔物も多いみたいだし、もしかしたらセリィの父ちゃんってめっちゃ強いんじゃねぇか?」
「あり得るな」
ミスティはお気に入りの帽子を深く被り直し、ライムが腕を組んで悩む仕草を見せてレッドはライムの頭の上でキリッとしている。
そんな彼らの先頭に立っているのがセリィである。
幼いのにとても肝が座っている。
「しかし、これだけ魔物の気配が濃いのに襲ってくる様子はないな」
「それは私にお父さんの匂いがついてるからだと思うよ。お父さんこの森じゃ敵なしだから」
「.....そんな人が毒キノコを食べて倒れるって」
「ライムよ、脳筋って言葉知ってるか?」
結局、セリィの家を目指すまでの道で一度も魔物と遭遇することはなかった。
「ま、今回もライムが頑張ることになりそうだがな」
「戦闘まで、なら私でいいんだけどね。その必要もなさそうだし」
「だな」
ライム達の会話にセリィはコクンと小首を傾げた。
※
しばらく歩いた森の先に大きく開けた場所があり、その中心に小さな二階建ての木造住宅らしき建物はポツンと建っていた。
「中々堂々としているな」
「この森のボスが住んでるだけあるな」
「現在進行形で倒れてるみたいだけどね」
レッド、ライム、ミスティの順で感想を述べる。
セリィは黙って前に進む。
「こちらです」
二人とと一羽はセリィの開けた扉の中へと静かに足を踏み入れる。
一見すればどこにでもある木造住宅だった。本当にどこにでもあるメジャーな作りになっており、セリィは二階へ続く階段を駆け上がって行った。
しばらくしてセリィはゆっくりと下に降りてきた。
「お父さん、意識がなかった」
セリィは弱々しく涙を流しながら告げる。
どうやら家を出る前は意識があったらしい、症状は悪化しているようだった。
「セリィ、お父さんの部屋に案内してくれないか?」
「え?」
「俺だったら治せるかもしれない」
ライムが前に出てセリィの頭を撫でながら話しかける。
「もしかして、ライムさんってお医者さんなの?」
ライムは首を横に振った。
「俺はメデルの治療魔術師だ」
※
治療魔術師、二年前に起こったある大惨事のせいで世界から治療魔法の使い手はいなくなったとされていたが、一年半ほど前に僅かではあるが治療魔術師の姿が数人確認されている。
ライムもその数少ない治療魔術師の一人である。
治療魔法の総本山とも言われたメデル出身の魔術師、あの大惨事の生き残りがライムなのだ。
二階に案内されたライムはセリィの父親の症状を確認する。
「.....魔ツタケ」
冷や汗を流しながら呻き声を上げて腹を抑えるセリィの父親の様子を見てライムはポツリと呟く。
「見た目は松茸そっくりなんだが笠の内側に赤い斑点があるんだ。普通笠の内側なんて確認しないから親父さんが間違えて食べてもおかしくないな。潜伏性の毒を持っているから発症が遅れたのかもな、それか親父さんの強い精神力がそうさせたのか」
ライムの説明をセリィは傍で黙って聞く。
治療魔術師が世界から姿を(完全ではないが)消してから医療技術が急激な進歩を遂げた。
植物図鑑や魔物図鑑にも怪我の処置や毒の対応方法などが記載されているほどである。それでも技術には限界があり治療することはできても後遺症が残ったり、医師を雇うのに莫大な費用が必要だったりと一般市民が病死や毒死するケースも増加しているのもまた事実である。
「ま、そんなモノ俺には関係ないけどな」
ライムはニヤリと笑みを浮かべて、セリィの父親の腹に両手を当てる。
そのまま両手から白色の魔力光が放たれる。
解毒魔法、治療魔法の一種で対象の身体を蝕む毒物を中和する魔法。
医療技術ではまだ実現できていない完全で完璧なあらゆる毒の中和を可能としている。
次第にセリィの父親の顔色が良くなっていき、呻き声も小さくなっていく。
「お父さん」
「大丈夫だ、魔ツタケの毒はそこまで強くないし、日が浅いからもうすぐ完全に治療できる」
「んぁ?あんた誰だ?」
「.....目が覚めたみたいだし」
セリィはその光景に涙を流していた。
そしてそのまま父親の鍛えられた肉体に勢いよくダイブする。
「お父さーん!」
「痛ッ!?」
.....セリィの足が父親の急所に命中し、未だに魔力を流しているライムの両手が彼女の体の下敷きとなってしまい違う意味での悲鳴が響いた。
※
セリィの父親の名前はグラハムと言うらしい。目覚めて自分を治療してくれたことをセリィから聞いてお礼と握手を求められた。
ガッチリとした大きな手だった。
「しかし、あんたがメデルの治療魔術師だったなんてな。二年前は、その、何だ」
「いいですよ、もう過ぎたことですし」
「.....とりあえずありがとうな」
グラハムは戸惑いつつも笑みを浮かべて立ち上がり上着を羽織った。
セリィはグラハムの手を引いて一階へと向かった、ライムもその後を追う。
「ミスティさーん!」
「あらセリィちゃん、お父さん元気そうで良かったじゃない」
「健康が一番だ。親父さん、お邪魔させてもらってますぜ」
「............」
グラハムの目に映ったのは一階のリビングで寛いでいるミスティとレッドの姿だった。
床に横になるミスティの姿を見つけたセリィは彼女の元に駆け寄った。
「.....ライム、あいつらお前の仲間か?」
「.....何か申し訳ないです」
ライムは心の底から謝罪した。
「おいミスティ、お前人様の家で何ゆるりとしてんだよ!失礼だろ!?」
「だってセリィちゃんがゆっくりしていいって言ってくれたから」
「何でも人の言ったことを鵜呑みにするんじゃねぇよ!」
「そうだぞミスティ。親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らんのか?」
「ソファを独り占めしてる奴が言うんじゃない!」
お叱りを受けたミスティとレッドは渋々とした様子で座る。
レッドのいたソファには彼の毛が抜けてしまって羽毛が散乱してしまっていた。
「中々愉快な仲間たちだな」
「.....あれで両方とも俺よりも年上なんで本当に恥ずかしい限りです」
グラハムは豪快に笑って流してくれた。
セリィも楽しそうにミスティと話している、レッドは丁度良い止まり木代わりを見つけたようで気持ちよさそうに眠りに入ろうとしていた。
「本当にありがとうなライム。俺のちょっとしたドジで死にかけちまったトコを救ってくれてよ」
「俺だって目の前で助けれる人がいるのに見捨てるのは嫌ですから」
「優しいやつだな、その気持ちは大切にしろよ」
グラハムはライムの頭に手を乗せてワシャワシャと撫で回した。
「そうします」
ライムもそれに笑顔で応えた。
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