「ヨールダンさーん、どこー?」
普段とは違うロングスカートのメイド服を着込んだリリーは人の波をかき分けて、ヨルダンを探していた。
いつもなら、鷹の亜人の習性を活かした視力に加え、魔力を察知することで見つけることができるのだが、今回は、なかなか見つからなかった。
リリーのメイド服姿が珍しいのか、ランダリーファミリーの男メンバー達は騒ぐのを中断して彼女の方に目を向けていた。
尚、リリーは現在ヨルダンのことしか頭にないため周囲の様子など全く見えていなかった。
ランダリーファミリーの構成員は女性よりも男性の方が圧倒的に多い。
大体男女比が8:2の割合で構成されている。
加えて実質的な戦闘員はその内の七割程度である。
「リリーさん!」
リリーがヨルダンを探していると片手に酒瓶を持った長身の男が近づいてきた。
男の側には二人一緒に席を共にしていただろう人物が酔っ払っていた。
「ゾブ、サイガにケイジも。どうしたの、僕に何か用?」
「いやー、リリーさんが珍しい格好してるな、と思って」
「でしょ?若様とお揃いなんだよ」
フフフ、と笑いながらお辞儀をするようにスカートの裾を摘む。
「ていうか、何で若とお揃い?」
「ついに若もそっちにお目覚めになられたのか!?」
.....何やらイムの今後に大きく関わってしまう誤解が本人のいないところで進んでいる。
もちろん、彼にそんな趣味はなく半ば無理矢理着させられたに近い。
今頃イムは脱ごうにも脱ぎ方がわからずに戸惑っているだろう。
「そういやリリーさん、相変わらずヨルダンさんをお探しで」
「そうなんだよ、是非僕のこの格好でヨルダンさんを悩殺させたいんだよ、他の女に目移りしないようにね!」
「なるほど、ていうことはまだヨルダンさんにはお披露目してないんですね?」
サイガが顎に手を当ててリリーに尋ねる。
リリーはサイガの問いに頷き、溜息を一つ吐く。
「いつもなら見つかるのに、今日は何だか人が多いせいか上手く感知できないんだよ」
ぷくっと頬を膨らませてリリーは不機嫌そうに呟く。
その様子に思わず、ドキッとしてしまったケイジは顔を俯かせてリリーから視線を逸らす。
「まぁ、あの人のことだから女の方の客人の胸でも見てるんじゃないッスかね?」
「その女はどこだ、ブチ殺す」
ハハハ、と笑い流そうとしたゾブだったがリリーに胸ぐらを掴まれて持ち上げられてしまったので冷や汗をダラダラと流す羽目になった。
リリーとゾブの身長差は頭二つ分くらいあるというのに長身のゾブの方が持ち上げられるというシュールな図ができあがった。
「いや、可能性の話ッスよ!ていうか苦しい、酒飲んでるから苦しい!」
「吐いたら容赦しないよ♡」
「怖い!この人マジで怖い!!」
自分で踏んだ地雷に後悔しているゾブを流石に哀れと思った、サイガとケイジはリリーをなだめるために必死で声をかける。
「まぁまぁリリーさん、酒でも飲んで楽しくなりましょうよ」
「僕、未成年だから」
一応、この大陸での飲酒は二十歳からと決まっている。
「いいじゃないですか、今日くらい!無礼講ってことで!」
「.....わかった、ヨルダンさんと夫婦の契りを交わす時にも必要なことだしね!」
「その意気です!」
リリーはそう言うなり、ゾブの酒瓶を奪い取りガブガブと勢いよく飲み始めた。
もう、自棄酒にも近かった。
「っはぁ!!」
「ちょ、リリーさん!一気に飲みすぎ!」
解放されたゾブはリリーから酒瓶を奪い返すが、既に酒瓶は空になってしまっていた。
リリーは飲酒の経験がないため、水や普通の飲み物を飲む感覚で飲んでしまったのだろう。
しかも、ゾブの酒瓶に入っていた酒はアルコール度数が高い物でリリーはしばらく虚ろな目をして頬を赤らめてポケ〜としていた。
数秒後、彼らの前にはメイド服を着たトロンとした瞳の酔っ払い少女が完成した。
「えへ、へへへ。よるだんすぁ〜ん、ぼぉくいろっぽいでしょぉ?えへへ」
.....半分呂律の回っていないリリーをそのまま放置するわけにもいかず、三人は必死に介抱した。
ちなみに酔ったリリーはいつになく絡んで酒を飲まそうと近くにある酒瓶を三人の口に何度も押し込んで大惨事になったとか。
※
その頃、ヨルダンとハルクは宴会の席を離れて連れてきたジンを尋問していた。
「.....俺っちは何も言わないからな」
「ほう、いい度胸だな」
ヨルダンが腹を鳴らしながら拳を合わせてポキリポキリと威嚇する。
「こっちはお前のせいで宴会に参加できてないんだ、責任取れよ!」
「知るか!だったら最初から俺っちを連れてこなきゃよかっただろ!」
ガチャガチャと手と足に付けられた枷を鳴らしながら、ジンは必死に抵抗する。
尚、ヨルダンとハルクはもう既に空腹が限界近くにまで来ており、相当機嫌も悪い。
そもそも何故この二人がジンを尋問することになったのかといえば、深い理由はない。
ロブに指示された、それだけである。
「さて、まずはお前の魔法から教えてもらおうか」
「誰が言うか!ていうかお前俺っちと戦った上に見切ったって言ってたよな!?あれって何だったの、俺っちの魔法の正体を見破ったわけじゃないの!?」
「あン?そんなこと言ったっけ?」
コイツ、とジンはピキリと青筋を浮かべるが二人は気にする様子もなく続ける。
「まぁ、魔法はいいよ別に。興味ないし」
「それはそれで酷いね」
「重要なのはテメェ、いやテメェらが何者かってことだからな」
ハルクがイラつきを抑えるように煙草を二本一気に咥えて吸い始める。
それでなくても、ただでさえ気が立っていて落ち着かない状態なのだ。
なぜ、今更尋問が始まったのかというと数時間前にはロブが尋問をしていたのだが、あまりにも口を割らなかったので思わず本気(模擬刀)で脳天を殴りつけて気絶させてしまい、数分前に目を覚ましたからである。
ちなみに現在ロブは宴会に参加してどんちゃん騒ぎをしているだろう。
それを考えるだけで二人の苛立ちはピークを迎えていた。
「いいからとっとと教えろや、事の次第によっちゃ全身の骨を折って動けなくしてやってもいいんだぜ?」
「.....言わねぇよ」
その一言をきっかけに、ハルクとヨルダンの理不尽な怒りは頂点に到達し、ジンに二つの拳が放たれた。
「.....悪いクロちゃん、俺っちは無事に帰れないかもしれない」
ついにジンが観念したようでガックリと項垂れて涙を流しながら話し始めた。
「俺っちの名はジン、国でちょっとした頼まれ屋をしている」
「それで?」
「クロフとパック、仲間たちと一緒にこの街の最高権力者ブロス・イルバースからランダリーファミリーの討伐を依頼された」
「それで俺たちのアジトに乗り込んできたわけ、か」
そうだ、とジンは悔しそうに歯を食いしばって応える。
そこでハルクはある矛盾に気がつきジンに尋ねる。
「ちょっと待て、お前らはこの街にいつから滞在してるんだ?」
「四日前だが、それがどうした?」
「ていうことは、お前らは俺たち以外にランダリーファミリーって名乗ってる連中とは無関係ってことか?」
「あ?なんだよそれ、ランダリーファミリーってお前らだけじゃないのかよ!?」
ジンも驚愕の声を上げた。
つまり、ジン達は偽のランダリーファミリーとは無関係。
ランダリーファミリーは現在二つの敵と同時に戦っていたことになる。
「ちょっと待て、混乱してきた」
ついにヨルダンが頭を抑え始めた。
「もし、ランダリーファミリーが他に存在するとしたら、俺っち達は一体どっちを潰せばいいんだ?」
ジンも冷や汗をかきながら困惑しているようだった。
「.....一体俺たちは何と戦えばいいんだよ?」
ハルクは拳をギュッと握りしめて、咥えていた煙草をギリッと噛み潰した。
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