リリーがランダリーファミリーにやって来て一週間が経った。
目を覚ましたリリーはランダリーファミリーに身を置くことを承諾したため、皆に自己紹介をした。
最初こそ周りも戸惑ったものの、今となっては人類と亜人の壁などなくなっていた。
ヨルダンが仲を取り持っていたり、頭領であるロブが認めたことが大きな影響を及ぼしているのかもしれない。
ハルクも亜人に関する知識などほとんど皆無に等しかったのですぐに仲良くなった。
そして、事件は何の前触れもなく起こった。
「おい、ハルク。リリー知らないか?」
「リリーちゃん?今日は見てないぞ、お前と一緒じゃないってのは珍しいな」
「実は朝から見当たらないんだよな」
ヨルダンは後頭部を掻きながら溜息を吐く。
ハルクは腕を組みながら口に咥えたりんご味の棒付きキャンディーをクチャクチャと鳴らしながら応える。
「その辺出かけてるだけかもしれないだろ。そんなに心配しなくても大丈夫だって」
「.....そうだよな」
ヨルダンはどこか納得のいかない表情を浮かべた。
たしかにそれだけなのかもしれないが、彼女は亜人である。
ランダリーファミリーに来てから外に出かけることは一度もなかったし、ヨルダンと共に行動しないことの方が少なかった。
ハルクはヨルダンに近づいてポケットから棒付きキャンディーを取り出して、スッと差し出す。
「一本いるか?」
「.....サンキュー」
一応受け取っておいた。
味はハルクが咥えてクチャクチャと舐めているのと同じりんご味だった。
「お前って本当にコレ好きだよな」
「いや、本当だったら煙草吸いたかったんだけどさ。姉貴に止められてこれにしとけ!って言われてるんだよな、絶対に大きくなったら煙草吸ってやる!」
「まぁ、止めはしないけど程々にしとけよ」
「おうよ!」
数年後、彼が中毒といってもいいほど煙草に依存しているヘビースモーカーになっているなど、この頃の彼らから想像することは案外容易だったのかもしれない。
ヨルダンとハルクが飴を舐めていると一つの足音が近づいてきた。
ハルクが足音の方へ振り返るとゴルドスがいた。
「ゴルドスさん、これいる?」
「いるか馬鹿野郎、俺にはコイツがあるからいいんだよ」
「あ、また煙草吸ってる!俺にも吸わせろ!」
「ガキにはまだ早ぇよ!十年後にでも出直してきやがれ!」
フゥーとゴルドスは一息吐いて煙を吐き出す。
相変わらず真っ赤な髪をオールバックにし、サングラスを付けた厳つい顔はマフィアの鏡だった。
「で、どうしたんだお前ら?揃いも揃ってよ、今日はリリーの奴がいないみてぇだが」
「そうだ、ゴルドスさん。リリーのこと見てないですか?」
「見てねぇよ」
即答だった、リリーを連れてきた時と比べて、ロブの一声もあり彼女に対する態度はある程度軟化したが、それでも彼が亜人のことを嫌っていることに変わりなかった。
たまにちょくちょく嫌がらせをしているという話を聞くことがある。
ヨルダンはゴルドスの服についたモノを見つけて目を見開いた。
「ゴルドスさん、何であんたの服にリリーの毛がついてるんですか?」
「あァ?何言ってやがる」
「その左の脇のところですよ、たしか今日は見てないんでしたよね?」
「............」
ゴルドスは応えない。
ヨルダンに指摘された部分を確認して、リリーの羽毛が付いていることを確認してからゴルドスは黙ってしまった。
ゴルドスも毎日同じ服を着ているわけではない、洗濯もするため毎日変わっているはずだ。
それなのに、何故今日一日姿を見ていないというゴルドスの服に彼女の毛が付着しているのか?
答えは一つしかない。
ヨルダンは雷迅で魔力を纏わせてゴルドスの部屋に向かった。
「ヨルダン、待ちやがれ!」
「待てゴルドスさん!一体どういうことなんだ!?」
ハルクはゴルドスの服の裾を力強く握りしめた、彼をヨルダンの後を追わせないために。
「チッ、あいつの思ってる通りだよ!俺はあの亜人の存在が許せなかった!まだ俺たちの仲間に亜人がいることは知られてない、早い内に始末した方がいい、今後の俺たちのためだ!」
「ふざけんなよ!リリーは俺たちの家族だろ、そんな理由であいつを殺したってのかよ!」
「殺さねぇよ、売り払ったんだよ!馴染みの闇市の奴にな!」
ゴルドスが不気味な笑みを浮かべた。
それは彼が人を追い詰めた時に見せる敵意をむき出しにした悪意のある笑いだった。
ハルクは一瞬怯むが、すぐに正気に戻りゴルドスの行く手を阻んだ。
「.....おいクソガキ、お前が俺に勝てるとでも思ったのか?」
ピキピキとゴルドスは額に青筋を浮かべる。
ゴキゴキと拳を鳴らしがらハルクを威嚇する。
「勝とうなんて思ってねーよ!あいつが、ヨルダンがリリーを助けるまでの時間稼ぎで十分だ!」
※
一方、雷迅による高速移動でゴルドスの部屋にやって来たヨルダンは扉を蹴破り、中に侵入した。
部屋の中では見たことない二人組の男がもぞもぞと動く袋を抱えて外に出ようとしていた。
「お、お前はゴルドスの旦那の代理か?」
「よかった、これから行こうとしてたところなんだよ。金は渡しておくよ」
男たちはどうやらヨルダンのことをゴルドスの代理だと思ったらしい。
ここはまだランダリーファミリーのアジト内のゴルドスの部屋だからそう思われても不自然ではない。
しかし、ヨルダンの目にはもぞもぞと動く袋にしか目がいかなかった。
「....せよ」
「ん、何か言ったか?」
「リリーを返せって言ってんだよ、テメェらァ!!」
ズドン!ヨルダンの拳は男の溝に直撃し、男は腹を抑えながら膝をつく。
「こ、の、クソガキィ!」
「ぐっ!?」
しかし、男たちも怯むことなくヨルダンに殴りかかる。
いくらヨルダンが雷迅という雷の速度に匹敵する能力を持っていてたとしても、敵は一瞬の油断が生死を分ける闇の世界で生きてきた人間である。
それを抜きにしても、彼らは大人でヨルダンは子供、力の差は歴然としている。
「お、おぉぉぉぉぉ!!」
それでも、ヨルダンは負けずとカウンターで反撃したり、相手の急所を狙い善戦する。
「ハァ、ハァ...!」
「中々やるな、コイツ!」
「だが、まだまだクソガキって感じだな。喧嘩がなってねぇ!」
「うがっ!?」
それにこちらは一人に対して相手は二人、数の差が勝負を大きくわけた。
二人はヨルダンが倒れたのを確認して、足早にその場を跡にしようとしたが、ガシッとヨルダンに足を掴まれてしまう。
「ハァ、ハァ、ハァ!」
「しつこいんだよ、この死に損ないが!」
ボキィ、と男の蹴りでヨルダンの左腕が変な方向へ曲がった。
「ガ、ァァァ!!?」
「フン、ガキのくせに調子に乗りすぎなんだよ」
男たちが再び去ろうとすると、右腕を伸ばして男の足を掴んだ。
しかも魔力を込めてさっきよりも力強く。
「チッ!」
男はヨルダンの体を蹴り飛ばした。
ヨルダンの成長しきってない体が吹き飛び、壁に激突した。
男たちが今度こそ、その場を去ろうと袋を持ち上げると背後からザッという音が耳に届いた。
「なん、なんだよ、お前!」
ヨルダンはそれでも立ち上がった。
何度殴られても、何度蹴られても、何度心が折れかけても。
目の前に、家族が、リリーが助けを求めている。
ヨルダンの戦う理由はそれだけで十分だった。
「リリーを、置いていけ」
ヨルダンは足に魔力を込めて俊足で男たちの股間に蹴りを入れた。
もちろん、魔力を纏わせた状態の全力の蹴り上げである。
男たちは声にならない悲鳴をあげて気絶した。
大人になろうと男ならば急所は変わらない、股間への蹴り上げは男を一撃で倒す必殺技である。
「.....まさか、ハルクの姉貴さんの言葉がこんなところで役に立つなんてな」
ヨルダンは片手で袋の口を開ける、そこには涙を流しながら全身を縛られたリリーがいた。
ヨルダンは優しくリリーの口枷を取る。
「大丈夫か、リリー」
「う、ぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
ヨルダンは右腕でリリーを抱き寄せた。
「悪いな、だがもう大丈夫だ。これから先は何があっても俺はお前の側にいる。お前を残して絶対に死にもしない、今日みたいに何かあったら俺が一番に助けてやる」
ヨルダンはニッコリと微笑みながらリリーの拘束を解いていった。
その後は全身の痛みと疲れのせいで気を失ってしまい、よく覚えていなかった。
※
「お前は、不合格だー!」
「ぐはっ!?」
そこから先はヨルダンの一方的な攻撃だった。
ジンは何度も回避を繰り返すが、今のヨルダンには小細工など通用しないとばかりに必ずジンの本体に、より正確な攻撃を加えてくる。
「馬鹿な、俺っちの魔法が見破られたことなんて、クロちゃんぐらいしかいないのに!コイツ...!」
「お前は家族の敵だ!」
「ぐっ!?」
ジンは心に焦りが生じて魔法にも影響が及んでしまった。
(しまった、心の乱れのせいで、俺っちの虚像が歪んで!)
「お前の小細工はもう通用しねぇ!」
ジジジジジジ、とヨルダンの攻撃がジンの本体を捉えるたびに静電気が発生したかのような効果音が僅かに発生している。
ジンの名誉のために述べておくと、ヨルダンはジンの魔法を見破ったわけではない。
ジンの魔力とヨルダンの魔力によって発生している魔力の静電気のようなモノを感じ取り、ヨルダンはジンの位置を特定している。
これは雷の魔力を持つヨルダンだからできたことである。
つまり、ジンはもうヨルダンから逃げも隠れもできないということである。
ジンはヨルダンの前からパッと姿を消して上空に移動する。
「クソ、こうなったら民家一つ犠牲にして、奴を潰すしか.....!」
ジンがそこまで考えたところでヨルダンが迫ってきていた。
「お前に、リリーはやらねぇよ!キザ野郎が!」
ヨルダンの蹴りがジンの脇腹に直撃する。
ジジジジジジ、という音が発生し、ジンの体が民家に突っ込む。
民家の壁に減り込んだジンはそのまま気を失い、大の字で地面に落下した。
ヨルダンもゆっくりとその場に着地する。
「ヘッ、ざまァ見やがれ」
ヨルダンは腹から流れる血を抑えながらポツリと呟いた。
傷口は戦闘を開始する前よりも広がってしまい、出血量も増している。
(ヤベ、意識が...!)
そして、そのまま意識を朦朧とさせた状態でドサッと倒れてしまった。
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