ヨルダンは亜人の少女、リリーを背負ってイルバースへと戻ってきた。
疲れてしまったのか、リリーはヨルダンの背で規則正しい寝息を立ててぐっすりと眠ってしまっていた。
また、彼女はローブ以外に何も着ていなかったのでヨルダンの上着を着せている。
もちろん、腕の羽毛や足が見えないようにローブを被せながら。
これは本人の希望であった。
本来であれば、亜人は差別の対象であった。
突如として生まれた人間の体に他の生物の一部を宿した存在。
人々は当然のように嫌い、石をぶつけ、銃を向け、敵対意識を剥き出しにした。
リリーも幼いが多くの悲劇を見てきたに違いない。
尚、ヨルダンは亜人について一切知識がない。
本来であれば十代にまで成長した子供にも差別意識が生まれてしまうのは自然なことで、親や大人から無意識に教わるモノだが、彼は昔からそんなこと本気で気にしなかった。
むしろ、誰も彼も仲良く手を取り合える世界を思い描いており理想論を語りすぎるが故に異端児として扱われてきた。
魔法の才も開花することなく落ちこぼれとして扱われ、天才と呼ばれた弟が事故で死に、何かといちゃもんを付けられて嫌気が差した。
だからヨルダンは飛び出した、息苦しいイルバース北部から。
そしてランダリーファミリーに拾われて今があった。
しばらくして、ランダリーファミリーのアジトに到着したヨルダンを迎えたのは当時の幹部の一人であるゴルドスであった。
「よぉヨルダン。その背中に背負ってるのは一体何だ?魔物を倒した戦利品か何かか?うん?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらゴルドスはゆっくりと近づいてくる。
「違いますよ、怪我してる子を見つけたから連れてきたんですよ」
「そうかそうか、魔物は倒せなかったか。まぁ、そうだろうなぁ、本来シーピッグはあのセレオス島に生息しているような魔物だ。お前みたいなクソガキが倒せるはずねぇ」
「魔物なら倒しましたよ」
さすがにイラっときたヨルダンは言い返す。
「わかったわかった、それで?怪我してる奴だっけ?どれどれ...!」
ゴルドスがリリーに被せてあったローブをめくって言葉を失くした。
冷や汗をかきながらそっとローブを元に戻した。
「ヨルダン、お前ここに亜人を連れ込むとはいい度胸だな」
「亜人?」
「知らなかったのか?見てみろよこの羽毛、亜人でなきゃなんだってんだよ」
ハァ、とゴルドスは頭を抑えてため息を吐く。
そしてヨルダンの額に人差し指をビシッと突きつける。
「そいつを見世物小屋にでも売り払ってこい、ちょっとは金になるだろ」
「え、え?」
ヨルダンは理解できなかった。
何故ゴルドスがこのようなことを言うのか、何故リリーをそんな所に連れて行かないといけないのか。
「な、なんで?」
「なんでってお前、亜人がアジトにいるなんてバレたらよ、俺たちの信用に大きく関わっちまうよ」
この当時、ランダリーファミリーは傭兵業をしていた。
ただし、表のではなく裏の。
それでも信用はとても大切だった、信用一つで客は増減するし今後の経営にも大きく関わる。
ヨルダンはゴルドスを睨みながら必死に首を横に振る。
「ふざけるなよ!何で怪我してる奴を連れてきただけでそこまでしなくちゃいけないんだよ!たしかにここは病院じゃないし、こいつが部外者だってことも知ってる!それに知ってるんだぞ、ゴルドスさんだって女の人何人も連れ込んでること!」
「何故知ってる!?」
「それから夜には部屋で女の人と裸でじゃれ合ってることも!」
「だから何で知ってるんだよ、マセガキ!」
不思議なくらいゴルドスは必死だった、まるで浮気現場を見られた夫のごとく。
ヨルダンは続ける。
「なのに、何で俺の意見は聞いてくれないんだよ!」
「そういう意味じゃなくてだな!」
「なんだよ、騒がしいな」
ヨルダンとゴルドスがギャーギャーと騒いでいると、扉の向こうからヨルダンよりも少し年下の幼いバンダナをした少年が腕を組んでいた。
「ハルク!ゴルドスさんにアレを使ってくれ!」
「おい、どうしたんだよヨルダン、何で突然」
「いいから早く!後でアイス奢ってやるから!」
「よし来た!」
「俺を抜きに話を進めるな、ガキども!」
バンダナの少年、ハルクはゴルドスに向かって突撃する。
そして両手を合わせて人差し指を突き刺すような姿勢に固定する。
叫んで、隙のできたゴルドスの尻に向かって、人差し指を思いっきり突き刺した。
世間一般に言うカンチョーである。
「$#<×々〒☆!?」
「よっしゃぁ!」
ドサッと尻を抑えながら倒れるゴルドスを見てハルクはガッツポーズを取る。
ヨルダンはその隙にリリーを背負ったままアジトの中に入っていった。
余談だが、この後しばらくゴルドスがハルクを追いかけまわしたとか。
※
自分の部屋にリリーを運んだヨルダンはベッドに寝かせてできるだけの応急措置を施した。
できるだけ、と言っても傷口を消毒してガーゼを巻いたり、絆創膏を付けたりするくらいだが。
リリーは未だにぐっすりと眠っており起きる気配は見られない。
余程疲れていたのか、そこまで弱っていたのかどちらかはわからないが体力を徐々に取り戻そうとしているのは確かだった。
(ゴルドスさんはどうしてあんなこと言うんだろう、あんなこと今まで言ったことなかったのに)
ヨルダンはベッドの傍で体育座りをしながら考えた。
サングラスの奥の瞳には心なしか涙が溜まっている気もする。
亜人、リリーはそれに属するらしいが、見た目は腕の羽毛と鳥の足を除けば、人間と何も変わりはない。
ヨルダンが思考に耽っていると、部屋の扉が開かれてランダリーファミリー頭領、ロブが入ってきた。
「入るぜ」
「な、と、頭領!!?」
ヨルダンは焦った、何故頭領がこの部屋に!?と若干テンパりながらも、即座にベッドのリリーを隠した。
そんなヨルダンの様子にロブはフッと微笑んだ。
「そんなに慌てるな、亜人の子を連れてきたんだって?」
「.....よくご存知で」
「ゴルドスが騒いでたからな、あいつは昔からそうだ。何かあると必ず騒ぎ始める」
ロブはそう言いながらベッドに寝そべるリリーのことを見る。
そして診断するように腕の羽毛と羽を確認した。
「ヨルダン、今すぐここに吸水性のあるタオルを。羽毛に水が染み込みすぎている」
「え、は、はい!」
ヨルダンは部屋の棚から最も吸水性に優れていると評判のタオルを取り出す。
鳥という生き物は羽毛に水が侵入しただけで体を重くしてしまう。
一部例外も存在するが、リリーは水に耐性がないようだった。
ロブはそれを瞬時に見抜いた。
「いいかヨルダン、亜人というのは大昔に人類と敵対していた種族だ」
ロブは突然亜人について語り始める。
ヨルダンはそれを黙って聞くことにした。
「しかし、先に敵対意識を向けたのは我々人間だ。彼らは長い歴史の中で差別を受けてきた、お前のように共存しようと手を伸ばした者も少なからずおったが、大半は拒んだ。結果、数で勝った人類が亜人を追いやり差別が生まれた」
ヨルダンはごくりと息を呑んだ。
「だが、お前は周りの目を恐れずにこの娘に手を伸ばした。それは勇気がないとできないことだ、お前は当たり前のことをしただけに感じるかもしれないがな」
ロブは苦笑いを浮かべて、リリーの羽毛にタオルを当てて脱水を続ける。
「俺は、お前の勇気を評して彼女のことをここで受け入れようと思う」
その言葉にヨルダンはガバッと俯かせていた顔を上げる。
「見世物小屋に連れていかなくてもいいのですか?」
「当たり前だ」
「追い出さなくても、いいんですね」
ヨルダンは思わず溜めていた涙を流していた。
ゴルドスの言葉に不安が溜まっていたのかもしれない。
帰ってきて開口一番に彼女を人間扱いしない発言に怯えていたのかもしれない。
ロブはそんなヨルダンの頭にポン、と手を乗せて笑顔を浮かべながら安心させるように告げる。
「当たり前だ、この娘はもう俺たちの家族だ」
ヨルダンは溜めていた涙を一気に流した。
「.....まぁ、彼女が了承したらの話だがな」
ロブはヨルダンに聞こえない声でポツリと呟いた。
※
(そう、だよな、リリー!)
走馬灯が流れ、思い出に耽っていたヨルダンは腹の痛みを忘れるようにニヤリと笑みを浮かべた。
そして、全身に魔力を込める。
バチバチバチバチ、という帯電音がヨルダンを纏う。
頭上から降る瓦礫に目を向ける。
そして、ヨルダンが足に魔力を集中させると、足を抑えていた何かが外れた。
ヨルダンはそのことに気がつき、落下してくる瓦礫を全て粉々に一つ一つ粉砕していく。
「傍にいてやらねぇと、勝手に死んだら家族が悲しむよな!それだけはやっちゃいけねぇんだったな!」
ヨルダンはサングラスの奥の瞳に力を取り戻したように光が宿っていた。
「馬鹿な、あれを!」
ジンは驚き、狼狽していた。
ヨルダンはそのジンに魔力を帯びた蹴りを放つが、またも空振りに終わった。
「だが、攻撃が当たらねば意味はない」
ジンは即座に余裕を取り戻し、ヨルダンを一瞥する。
しかし、ヨルダンは虚空に向かって拳を放つ。
「え、ちょ、待っ、ガッ!?」
ズドン、と何かに当たった。
そこでジンはダメージを受けた。
その場所は現在ジンがいる場所とは離れた場所であった。
「見つけたぜ、お前の本体!」
ヨルダンは勝利を確信した笑みを浮かべていた。
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