イルバースにやって来て二日目。
ライム達は先日と同じ組み合わせで街に出ていた。
目的は先日とほぼ同じで、ランダリーファミリーと名乗っている非正規の団員についての情報、そしてハルクの携帯の捜索。
イムは一旦アジトに戻ろうと提案したのだが、ハルクはそれを拒否した。
もし、アジトに戻ればこれまでの動向を聞かれる可能性がある。
もし、誘拐犯疑惑を押し付けられていたライム達と行動しているなんてことが知られれば更に混乱してしまう。
しかし、ジタバタ動いても仕方ないため火災の起こった場所に何か残っていないかを確かめるべく、ライムとイムとハルクは火災のあった現場に向かっていた。
「そういえばさ、この街に入ってからずっと気になっていたことがあったんだ」
「何だ?」
「この街を囲む壁ってあんなに高かったか?外から見たときは街を一望できたぞ」
隕石の落ちた跡に作ったとされるイルバースの街は底に広がっている構造である。
街を囲む外壁はそんなに高くなかった、それがイルバースの街の中に入った時から何故か異様に高く見える。
クレーターの土壁を覆うだけならば目の錯覚でもあんなに高く見えない。
明らかに異常であった。
「あぁ、初めて来た奴ならそう思うだろな。俺も最初はビビった」
ハルクは煙草に火を点けながら応える。
「あの壁は街の中からしか見えない特殊な加工が施されてんだ」
「特殊な加工?」
「魔法による加工さ。光の魔法の応用で場所によって見え方が変わる幻術みたいなモンらしい。何のためにこんなことしてるかは知らねぇけどよ」
「ちなみにこの街の南北を分けるイルバの壁にも同じ加工が施されてるんだ。僕たちが街の外から見た街にあんな壁なかっただろ?」
イムが付け足して説明する。
たしかに街の外から見た街の中央を分断するような強固な壁など見えなかった。
「つまり、壁はあるけど外からじゃ見えないようになってるんだ。これで魔物の侵入も防げてるらしいぜ」
ハルクが一息吐きながら応える。
ライムは街を覆う壁の圧倒的な存在感に口を開けてしまう。
こんなものを人の手で作れることが正直に凄いと思った。
ライムはこの期に少し気になっていることを質問してみた。
「なぁ、昨日から言ってる南北問題って一体何なんだ?」
「.....話すと長いぜ」
ハルクは苦笑いを浮かべた。
「.....また今度にする」
「そうしてくれると助かる、今は目の前の目的を達成することの方が大切だからな」
何か上手く丸めこめられてしまった感じがあり、納得のいかないライムだったがハルクの言い分も尤もであった。
三人はハルクの携帯を探しつつも火災現場へ向かった。
※
一方、ライム達とは別行動をしているミスティとレッドは街の南北を分断する巨大な壁の前までやって来ていた。
ミスティは壁に触れながら何かを分析するように壁を注意深く観察する。
「ねぇレッド、この壁ができたのは今から約二十年前。この街が魔術都市と呼ばれるようになったあたりで間違いないのね?」
「おそらくな。俺も当時ここに来たことはないから詳しくは知らないが、建設が始まったのは三十年前くらいだと思うぜ」
「ふーん」
ミスティがここに訪れていた理由は単純な興味だった。
街に入る前から少し気になっていた、光学迷彩のような科学的要素と知識を光の魔法で再現しているという、この巨大な壁に。
そしてイルバースの南北問題にも大きく関わっていると読んでいた。
「北側には街に入るよりも厳しい検問があるみたいね。中に入れたらもっといい魔術具にも魔法にも巡り会えるんでしょうね」
「だが、ここは南部で最も北に近い場所だ。昨日も来たがそこそこの収穫だったんじゃないか?」
「まぁまぁね、私の目的には程遠かったけど」
ミスティは一通り壁を一目すると、人目を避けるように路地裏を歩き始める。
「.....ミスティ、お前まだ続けるつもりか?」
「何言ってるの?まだ始めたばかりよ、いわば序章。ライム君には語ることのできない私だけの物語よ」
「だが、仲間内で隠し合うのもどうかと思うぞ。少なくともライムはお前のことを信用している」
「信用とか、仲間内とか、そんなんじゃないのよ」
ミスティは笑みを浮かべて、無意識に魔力を漏洩させる。
その圧倒的な魔力に肩に乗っているレッドも思わず身震いしてしまう。
「私の事情はライム君とは違う、巻き込んでしまえば世界規模の戦争に巻き込むことと等しいの。いずれ起こるであろう戦いにね」
「ミスティ...」
「だから、ライム君には絶対に言わないでね。私のしていることを、私は初めて愛した人を巻き込みたくないの」
レッドはミスティの悲しげな表情と胸の内に秘めたる覚悟を目視した気がした。
そして同時にこいつはどこまで本気なんだ、と疑問さえも湧いてくる。
ミスティはそのまま薄暗い路地裏を歩き始める。
やがて、噴水のある少し広い広間に出たところでミスティの行く手を遮る人物が現れた。
「よぉ、探したぜ」
「あなたは...」
ミスティも知る人物だった。
癖毛の目立つ茶髪にサングラス、スーツにネクタイというどこかギャングのような身なりをした男がミスティの行く手を遮っていた。
「ランダリーファミリー幹部、ヨルダンだぜ。ボインの姉ちゃん」
「ランダリーファミリー...」
ミスティは昨夜、ライム達の言っていた言葉を思い出していた。
ランダリーファミリーと名乗る者たちはこの街では二種類存在すること。
一つはハルクやイムが所属しているランダリーファミリー。
もう一つは何者かがランダリーファミリーと偽っている者たち。
目の前の男、ヨルダンは前者である。
そのことはミスティもレッドも気がついていた。
ヨルダンは腕を組み、壁にもたれかかってミスティに尋ねる。
「そういや、さっきこの辺ですげー魔力を感じたんだよ。それを嗅ぎつけてきたわけだが、あんたじゃねぇよな?」
「......................それ、私だ」
あっさりと白状した。
「え、マジ?」
「え、えぇ。マジよ、ちょっと興奮しちゃって」
「まさかの事後かよ!」
ヨルダンは頬を赤らめながら叫び出す。
心なしか彼の目線はミスティの胸に向いている気もする。
意味を理解し、視線を感じたミスティは胸を抑えながら顔を真っ赤にする。
「な、なんでそうなるのよ!言っておくけど私はまだ汚れてないわよ!」
「そいつは失礼した!ていうか俺が汚してもいいか?」
「ダメに決まってるでしょ!私はもう初めての人はあの人って決めてるのよ!」
「何ィィィィィィィィィィ!!!?ってことはあれか!そいつと【自主規制】を【ピー!】して、【見せられないよ!】を出すってのかよ、オイィ!」
「ちょ、何勘違いしてんのよ!私はただあの人と【放送禁止用語】を【ポー】して、【これ以上は危ない!】をして楽しむだけよ、そう、あなたのそれはあなたの願望でしょうが!」
「お前ら、ちょっと落ち着け!」
痺れを切らしたレッドが二人を止めに入る。
公共の場で何を朝っぱらから何か危ない喧嘩をしては警備隊が出動しかねない。
ていうかそれ以前にこれ以上続けると何か危ない気がした。
「ママー、あの人たち何て言ってたのー?」
「シッ、見ちゃいけません!指を指さない!」
通りすがりの親子にも白い目で見られて、二人はゼェーゼェーと荒い息を整えている。
冷静になった二人は互いに目を合わせて真剣な表情を浮かべる。
「.....この変態め」
「どっちが」
.....もうレッドに二人を止める力は残されていなかった。
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