ガタン、と路地裏にある無数のゴミ箱の一つが倒れた音を合図に甲冑の人物、ゲルマックが先手を取った。
全身に重い甲冑を身につけていることを感じさせない速度でハルクに突進する。
握り拳を握りしめてハルクの懐目掛けてストレートを放つが、それをハルクは軽々と回避して一回転、バック宙をしながら後退する。
ハルクはすぐさま体勢を立て直して先ほど握りつぶした煙草の吸い殻を目くらましに投げつけるが、フルフェイスのゲルマックには通用しなかった。
ハルクはそのままもう片方の手で適当に掴んだ鉄パイプをギュッと握りしめてゲルマックの蹴りを防ぐ。
ギリギリギリ、と重量感のある衝撃が鉄パイプ越しに伝わってくる。
「.....中々やる」
「余裕じゃねぇかよ、戦闘中に敵に言葉をかけるなんてよ」
「当たり前だ、私は強いのだから」
「その自信がどっから湧いてくるか知らなねぇけどよ、余裕ぶっこいてると怪我するぜェ!!」
「ぬっ!?」
ハルクは鉄パイプを地面に固定して自身の体をふわりと浮かせた。
鉄パイプを両手に握りしめて鉄パイプを軸に回転し、強烈な上段蹴りをゲルマックの胸の甲冑に放つ。
しかし、ゲルマックは僅かに怯んだだけでダメージが通った様子はない。
ガギィィン、という音と共にダメージを負ったのはハルクの足の方だった。
「ぐっ、ぎぃ...!」
ハルクはそのままの体勢を崩すことなく、ゲルマックの体を足場にし、鉄パイプから手を放し上に勢いよくジャンプする。
蹴りの衝撃と重みに耐えることのできなかった鉄パイプはガゴォォォンという音と共に壁にめり込む。
ハルクはそのまま壁から壁を伝って更に上を目指す。
「逃げる気か?」
「ヘッ、まさか!」
そのまま同じ動作を続けて屋根の近くまで到達すると、手頃な管に手を伸ばして壁に張り付くようにして停止する。
ゲルマックは彼の意図が理解できずにハルクのいる壁に手を当てる。
「無駄な力はなるべく使いたくなかったのだがな。主ほどの者に手を抜くのも些か失礼であろう」
「どっちでもいいよ、俺にそんな武士道とか騎士道的な拘りはないからよ」
ハルクは不安定な足場でポケットから煙草を一本取り出して軽く吸い始める。
そのまま挑発するようにハルクは吸い殻をゲルマック目掛けて投げ捨てる。
「.....むん!」
ゲルマックが壁に当てた手に力を込めた瞬間だった。
壁はビキビキビキビキ、とゲルマックを中心に亀裂を走らせてガラガラガラガラ、と崩壊し始めた。
「そんなのありかよ!」
さすがのハルクでもゲルマックの行動が予想外だったようで、そのまま向かいの壁に移動する。
ゲルマックは落下してくる瓦礫の対処に追われていた。
「にしても何て奴だ.....」
ハルクは崩れ落ちた壁を見ながらポツリと呟いた。
視線を戻してみると、ゲルマックが正面に立っていた。
「いつの間、にぃガッ!?」
「余所見をするな」
ゲルマックの拳がハルクの懐に命中する。
身体中の酸素が無理矢理一気に放出され体が屋根に打ち水のように当たり続ける。
ハルクは怯むことなく立ち上がり、右手に持っていた瓦礫の破片を全力で投げつける。
「くだらん」
ゲルマックは瓦礫を軽々と破壊する。
ハルクはそのまま屋根から屋根を伝って移動し始める。
ゲルマックは勿論ハルクのことを後ろから追撃し始める。
「畜生、せめて武器があればあんな奴!」
「逃がさん」
「ていうかテメー、その甲冑で来るな!結構怖いから!」
「..........」
「あ、冗談です。無言はもっと怖いから、せめて何か話せ!」
ハルクはくるりと方向転換して屋根を飛ばすように足場を蹴る。
小さな瓦礫がゲルマックに向かって飛来する。
「同じ手は通用せん!」
ゲルマックは瓦礫を空に弾き飛ばす。
ハルクはそのまま、ゴォ!!と全速力でダッシュして隙のできたゲルマックの懐にまで入り込む。
そこからバックステップをして距離を取り、足場を蹴り右足を大きく天に向けて体を浮かせる。
「やられっぱなしってのも、気にいらねぇんだよ!」
「しまっ!」
ハルクはゲルマックの肩目掛けてかかと落としを放った。
ビキビキビキビキパキパキパキパキパキパキ!とハルクの重みのある蹴りがゲルマックの甲冑にのしかかる。
現在ゲルマックの足元には足場はなく、家と家の間の路地裏の上にあるため支えがない。
結果、ゲルマックの体はハルクの重みと蹴りの衝撃に耐えきれず重力に従い、ハルクと共に落下していった。
ゲルマックの左肩の甲冑にはヒビが入っていた。
「か、ハッバァ!?」
ゲルマックはそのままゆっくりとよろよろ立ち上がった。
ハルクはゲルマックが回復する手前で拳を握りしめてゲルマックの頭の甲冑目掛けて拳を放つ。
「ツォッ、リャ!!」
ガゴン、と鈍い音が甲冑と拳から響き渡り、ゲルマックの頭の甲冑は宙を舞い、カランコロンと地面に落下した。
ハルクはゲルマックの頭部を見て衝撃を受けた。
「テメェ、その顔...!」
「やれやれ、まさかここまでやられてしまうとはな」
驚愕を受けるハルクを無視してゲルマックはそのままガチャン、ガチャンと甲冑を鳴らしながら頭の甲冑を拾いに行く。
両手で頭の甲冑を拾いカポリと何事もなかったかのように頭部を覆う。
「今日のところは大人しく退散させてもらおう。主の名は?」
「.....ハルクだ」
「なるほど、そういうことだったか。また会おうぞハルク」
ゲルマックはその言葉を残して魔法陣を足場に展開した。
そして数秒後、ゲルマックは光の粒子となってその場から姿を消した。
「.....移動魔法陣か」
その場には魔法陣もゲルマックの姿も消え去り、ハルク一人が残された。
(あの野郎の素顔、いや、まさかあんな奴が本当に実在してたとはな)
ハルクはしばらくの間、その場で立ち尽くしていた。
拳を握りしめ直してゲルマックという甲冑の人物の言葉を復唱していた。
「また会おう、か」
ハルクは納得のいかない曇った表情を浮かべながらポケットから煙草を取り出して吸い始めた。
そしてライム達ともう一度合流するために屋根に登り、移動を始めた。
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