0.悲劇と始まりの夜
炎をまとった魔術師は突如として現れた。
何の前触れも何の前兆もなく、突然厄災が訪れたような感覚だった。本当に街を訪れる行商人がやって来るような、そんな何気ない日常が炎に全て焼かれていく。
一瞬だった、本当に一瞬にして少年の
少年の友人も両親も知り合いも、少年の住んでいた家も街も、少年の遊んだ公園や広場や図書館も。
少年の過ごした大切な思い出も一緒にかつての光景も炎に呑まれていった。
炎の魔術師は何の躊躇もなく街を焼き人を焼き目に映る全てのモノを片っ端から焼き払う。
ニヤリ、と悪魔のような笑みを浮かべながら。
涙を流す者を焼き、幼い子供を焼き、勇敢に立ち向かった男も焼き、腕に自信のある屈強な戦士たちも物ともせずに次々と焼き払っていった。
少年は焼かれていく人々を見て何度も嘔吐しかけた。吐き気と絶望が少年を同時に襲い何度も何度も、何度も心が砕けそうになった。
炎の魔術師はそんな状態の少年とは対照的に楽しそうに、愉快に笑いながら炎を撒き散らしていく。罪悪感も何も感じずに人や街に炎をぶつけていった。
炎の魔術師と少年は顔を合わせることも目を合わせることも、それ以前にすれ違うことすらなかった。
ただ、少年は遠目に炎の魔術師の姿を確認していたが、形しか見えなかったため細部まではわからなかった。
そんな中で少年は奇跡的に生き残った。
少年の目に映るのは無残に焼き払われた街、石造りの家が熱でドロドロに溶けた光景、全焼しきれずに残った人々の死体。その中には四肢が完全に残っていない者も少年の知る人物もいた。
もう吐き気が少年を襲うことはなかった、悲しいことに耐性が付いてしまった。
同時に少年はもうここでは暮らせないと悟った。どこか遠くへ行かなくては、またいつ炎の魔術師が戻ってくるかわからない。廃墟漁りにやって来る無法者達が来る可能性はゼロではない。
振り返るとそこにはまだ少し残った炎がメラメラと静かに燃えていた。
遅れながらも少年は自分の体の状態を確認した。
街や人は全て焼けてしまったのに少年の体には少しの火傷があるだけだった。少年はその日、涙が止まることはなかった。
これならば、すぐにでも出発できると少年は準備を進める。ここに残るだけ危険なことはわかっていた。
何らかの有毒ガスが発生ししている可能性だって考えられる。
少年は準備を終えて静かに旅立った。
炎の魔術師の目的はわからない、しかし少年の心にはドス黒い憎悪と復讐の感情がたしかに芽生えていた。