魔法少女が許されるのは15歳までだと思うのだが 作:神凪響姫
※vivid本編でアインハルトと対戦中打ち所が悪くてちょっとの間ヴィヴィオが入院していた、という架空設定のお話。
※なお別にこんな設定は必要なかった←
ある日。
病院での生活から開放され、ヴィヴィオは数日ぶりに自宅へと帰りました。
「ただいまー!」
玄関を開け、入院が続いたとは思い難いくらい元気な声。すると、家の中で慌しい足音がし、エプロンをしたなのはさんが顔を出しました。
「ヴィヴィオ! 退院おめでとう!」
「ありがと、なのはママ!」
満面の笑みを浮かべ、抱きしめあう二人。親子の感動の再会です。昨日会ったばっかりですが、これもわが子の退院を祝う恒例行事と思えば瑣末事でしょう。
再会を祝いながら、リビングへと向かいます。たった数日だけとはいえ久しぶりの我が家は、やはりとても安心でき、落ち着ける雰囲気が漂っておりました。
よいしょ、とヴィヴィオはテーブルにつきました。そこへなのはさん、キッチンの方へ向かって行ったと思えば、何かを持って戻ってきました。
「ヴィヴィオ、牛乳飲む? 好きだったよね?」
「え? あ、うん」
嫌いじゃないけど好きってほどでもないんだけど。ヴィヴィオは軽く頭を捻りましたが、そこはちょっとうっかりしたところもあるなのはさんのことですから、ただの記憶間違いでしょう。退院したわが子に気遣う純粋な気持ちを考慮して、ヴィヴィオは口を挟みませんでした。
とりあえず喉も少し渇いていたことだし、ちょっとだけ、と瓶を傾けました。久しぶりに飲むミルクはなかなか新鮮でした。とはいえあまり量をとると腹を壊しかねないので、控えめにしておくことにしました。
するとなのはさん、きょとんとした顔で小首を傾げます。
「あれ? もう良いの?」
「ん? いやゆっくり飲もうかなって」
病み上がりの身体に牛乳一気飲みは辛いので、ペースを考えてビンを置きました。
ところがなのはさんの顔は次第に陰っていきます。
「おかしいなぁ……昔なら一気にガバッと飲み干したのに」
「えっ? そうだっけ?」
風呂上りにでもやったかなぁ、と自分の過去の所業を振り返ってみます。ちょっと前の記憶が若干あやふやなので自分でも疑わしいのですが、成長期の子供ですので、身体のことを考えてカルシウムを摂取していたかもしれません。
「やっぱりまだ治ってないんじゃない? 病院の先生のところに電話しなきゃ……」
「大丈夫だよなのはママ、治ったって!」
ヴィヴィオは慌てて言いました。せっかく退院できたというのにまた病院に逆戻りしては敵いません。というかあの変人の巣窟に舞い戻っては精神の耐久値つまりSANがいくらあっても足りません。
どれくらい魔境なのかというと、
『ヴィヴィオちゃーん、今度の新刊はユーノ×クロノの黄金パターンで攻めるか、そこにヴェロッサ査察官も加えた三つ巴の陣形で参戦するかのどっちが良いかしら』by守護騎士
『ヴィヴィオ、身体の調子はどうだい? 何、気にすることは無い。ナンバーズのメンテのついでのようなものだから。ほら、ちょっとスカートの裾を上げるだけだから。痛くないから』byジェイルなんちゃら
『ヴィヴィオさん、お見舞いに来ました。汗を拭いて差し上げますので服を脱いでくださいよおうあくしろよ』by覇王断空拳(棒
生きた心地がしない状況が24時間続くので、ヴィヴィオも冷や汗が背中を伝います。
仕方なくヴィヴィオは牛乳を一気飲みしました。久しぶりに実践するのでちょっと辛いのですが、喉が渇いていたのでそこまで苦ではありませんでした。
「元気になったんだね、良かった!」
なのはさんは嬉しそうに微笑みました。母親代わりのこの人の笑顔を曇らせたくない一心でしたが、どうやらその笑みを崩さずに済んだようです。ヴィヴィオは静かに胸を撫で下ろしました。
「それじゃあ、ヴィヴィオの退院を祝って今日は奮発しちゃおう」
「えっ、いいのに……」
そこまでしなくても大げさな、と苦笑しますが、なんだかんだで世話焼きのなのはさんのことですから、入院中は心配だったのでしょう。心配をかけたんだし、まぁ別にいっか。ヴィヴィオは肩を軽く落としつつも母親の気遣いに感謝しました。
「じゃあ、ちょっと待っててね。今持ってくるから」
「はーい!」
なのはさんはキッチンへと向かいました。素直にヴィヴィオは待つことにしました。
「おまちどおさま」
2秒で戻ってきました。早すぎるだろ。
「今日はね、ヴィヴィオの好きなカレーを作ったんだ」
「わぁいカレーだ!」
「結構美味しく出来たから、ゆっくり召し上がれ♪」
「いただきま―――」
「それと牛乳ね」
コトリとテーブルに置かれたカレー、そしてドカッといらんほどデカい音立てて置かれた牛乳。
ヴィヴィオは硬直しました。
「何これぇ」
某王様もビックリな棒読みでした。
「おかしいなぁ……やっぱりまだ治ってないのかな?」
「なんで?」
「ヴィヴィオ、六課にいた頃カレーと一緒に牛乳いっぱい飲んでたじゃない」
「覚えてないけど……」
あれそんなことしてたっけ……? ヴィヴィオは記憶を漁ろうとしますが事態はそんな暇すら与えてくれません。
「まだ治ってないんじゃ……先生のところに連絡しなきゃ――」
「だだだ大丈夫だよなのはママ! 治ってる! 治ってるから!」
ヴィヴィオはひったくるように牛乳を手に取りました。何故かジョッキでした。二の腕が軽く膨らみました。なんちゅう重さや。ヴィヴィオは頭がフラつきそうになるのを堪えます。
チラリ、と目線を横に向けます。
なのはさんはじっとヴィヴィオの方を見ています。ヴィヴィオの口元を見ています。どう考えてもちゃんと飲んでいるかを監視する目です。
「……一気?」
「そう一気」
「一気かぁ……」
一揆でも起きねぇかなぁ、とヴィヴィオは小声で爆弾を落としました。
「先生のところに連絡し――」
「はいはい飲むよ飲むよー!」
ハッ、と気合を入れてジョッキを傾けました。ゴクゴクと喉を鳴らして豪快に飲み下すさまを刹那たりとも見過ごさんと見つめるなのはさん。どういう絵面だ。
「良かった。心配したんだよ?」
身体の心配より胃の心配をして欲しいなぁ。ヴィヴィオはそう思いました。
「それじゃあ、他のも持ってくるね」
「えっちょっ」
止めるよりも早くなのははキッチンへと消えていきました。
そういえば奮発しちゃおう、なんてさっき言っていたような……ヴィヴィオは猛烈に嫌な予感を察知しました。その嫌な予感は悪いことにバッチリあたっていました。
「おまちどおさま」
3秒で戻ってきました。だからはえーよ。
「はい、ヴィヴィオの好きなハンバーグだよ」
「あっ、やった。ヴィヴィオハンバーグも大好――」
「それと牛乳」
新たな地獄が降臨しました。
あれこれデジャビュじゃね……ヴィヴィオは引き攣った口の端が戻りません。
「なんでまた牛乳なの?」
「え? だってヴィヴィオ、ハンバーグを食べるときはいつも牛乳飲んでたじゃない」
なんでそんなどうでもいいこと記憶しとるねん――ヴィヴィオは全てぶちまけたくなりました。腹の中身はぶちまけるわけにはいきませんが。
「先生のところに―――」
「あーあーあーあー!」
なのはが言い終えるよりも早くヴィヴィオは牛乳を飲み出しました。最早魔法の言葉でした。そんな言葉いらねぇ。
すると、
「…………」
なのはさんは、何か言いたげな顔で見つめていました。
この期に及んで何かあんのかとでも言わんばかりの表情でヴィヴィオは視線を返しますが、それがますますなのはさんの顔を曇らせます。
「どうしたの? なのはマヴぁっ」
最後がアレなのは乙女の尊厳的に言わないが花でしょう。
「ヴィヴィオ、前は『牛乳は美味しいなぁ!』って言いながら飲んでたよ?」
「マジでか」
思わず素が出ました。
「うん。とても嬉しそうに飲んでたの」
嬉しげに飲めるわけがねぇだろうヴォケが。ヴィヴィオは内心突っ込みましたが顔に出しませんでした。というか出せませんでした。そんな余裕ありません。胃が何かを訴えかけるのを必死になって抑えていました。
「まだ治ってないんじゃ……先生のところに、」
「牛乳は美味しいなぁ!」
「うんうん、そんな感じだったよ♪」
「牛乳は美味しいなぁ……!」
涙の味がしました。
「おかしいなぁ。やっぱり先生のところに」
「分かった飲みます飲みます! あーもう!!!」
最早なりふり構わず飲み下していきました。口の端から漏れる液体さえ気に留めず、一心不乱にこの地獄の終焉を祈っておりました。
口から白い液体を垂らして涙目の美少女と、それを横で微笑ましげにニコニコ笑いながら見つめる女性。どんな状況やねん。
そんな時、廊下の電話がジリジリと鳴り始めました。
え? ミッドに電話なんてないだろうって? デバイス? 通信機? そんなハイカラなもんは田舎にはないんだよ、たぶん。
なのはさんはエプロンで手を拭きながら廊下へと出て行きました。なのはさんの姿が視界かr消えた瞬間、ヴィヴィオは流しへ突っ走るとそのままジョッキをひっくり返しました。全部流すと即座に席へと戻ってきて、なのはさんが顔を覗かせると涼しい顔で飲むフリをしました。死の淵に立つことで人は学習し劇的に成長するという良い例でした。
「ヴィヴィオ。電話だよー」
「はーい行きます行きますすぐ行きます!」
瞬時にヴィヴィオは席から離れました。もうこの地獄から少しでも遠ざかれるのならなんだって良いや、とばかりに嬉々として廊下へと出ました。
「はい電話。―――それと牛乳」
ヴィヴィオは転倒しました。
「なんで! 電話に! 牛乳が! 必要なヴぉっ」
口元が大洪水状態のヴィヴィオ。指先でビシビシなのはさんを突っつきます。
「だって、ヴィヴィオよく牛乳飲みながら電話してたじゃない」
そんな変なヤツいねーよ――ヴィヴィオは母親の正気を疑い始めました。
「もういいから! 十分健康だから! 電話だけでいいから!」
だから牛乳はもういいと懇願する娘。実にシュールな光景。
「ヴィヴィオ、治ってないなら先生に連絡を」
「だぁあぁぁぁああああかぁぁああああああらぁぁぁあああああああああああああッ!!!」
ヴィヴィオは頭を掻きむしりました。どうやったらこの母親は勘違いを解いてくれるのか、そして牛乳の概念を忘却してくれるのか、ヴィヴィオは真剣に迷いました。こうなったらもう説得(物理)しか……! と早まった思考に身を委ねそうになりました。例えそうなったところで彼我の実力差はナッパと後期ベジータくらいですので結果は火を見るよりも明らかですが。
「あ、いっけない。電話切っちゃった」
と、なのはさん、病院に電話をかけようとしてうっかり通話を切ってしまいました。一体誰からの電話だったのか気になるところですが、ともあれ、牛乳の恐怖から逃れることができたので結果オーライでしょう。ヴィヴィオはホッと一息つきました。
もう疲れた。早く寝ようそして母よまともなりやがれ……痛む腹を抱えてヴィヴィオはそっと廊下を出ようとします。
「あれ? ヴィヴィオどうしたの?」
「疲れたからもう寝る……」
そうなの、とアッサリ引き下がるなのはさん。ここで『やっぱりまだ治ってないんじゃ』という台詞が出たら何かが天元突破して聖王最終形態に移行すること請け合いだったので、なのはさんは無意識に危険を回避しました。流石は元主人公、そういうスキルを無駄なところで発揮しないで頂きたい。
疲労感と腹痛に苛みながら、自室へと向かうヴィヴィオ。足取りが重いのは全て牛乳の仕業です。ここだけ聞くと何言ってるかちっとも分からないですよね。
二階に上がり、ようやく自室の前に辿り着きました。やっとこれで落ち着ける、初めて心の底から安心したヴィヴィオは、そっと扉を開けました。
すると、
「あ、ヴィヴィオ。元気になったみたいだね、良かった」
もう一人の母親的存在、フェイトが床に座ってアルバムを開いていました。今まで姿を見かけなかったと思ったらこんなところにいたのか、とヴィヴィオはちょっと疑問に思いました。
そんな疑問も気分の悪さには勝てなかったので、あーうん、と適当な返事を投げ捨てながらフラつく足取りでベッドに向かおうとしました。
すると、
「あ、そうだ。ヴィヴィオに渡すものがあるんだ」
そう言って、フェイトは背後から何かを引っ張り出そうとしています。猛烈に嫌な予感がしたヴィヴィオは顔を逸らそうとしましたが間に合いませんでした。
「はい、退院祝いの牛乳。――好きだったよね?」
翌日、ヴィヴィオは再び入院することとなりましたが、その際『もうカルシウムは嫌……』と呟いていたとかいないとか。
やっぱりドリフってすごいよね by 25歳の夏