-Ruin-   作:Croissant

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 遅くなりました。ゴメンナサイ。

 寒くて寒くて手が悴んでますが、兎も角スタートです。
 ストーブ着けて室温二度って……


二十七時間目:始めの一歩
-壱-


 軽く拳を握る。

 

 力は入れない。

 指を曲げてるだけという程度。

 

 肩にも力を入れない。

 だけど力を抜いている訳じゃない。

 肘を持ち上げてるくらいの感覚。

 

 重心は下に。それでいて腰に身体を乗せるほど軽く。

 思考で持って打とうと思わず、何となく拳を前に出すような感じに。

 それでいて軸足をきちんと守り、捻じり、腰を巻き込んで(、、、、、)、肩、肘を通す。

 風を切る音もなく、それでいて正確に。

 殴るというよりは撓らせる様に。

 

 緩慢でいてしなやかに、

 なだらかに激しく。

 

 ぴたりと動きを止め、伸ばした己が手先を見ると何かを挟んでいる。

 

 静かに引き戻すと指に挟まれた蝶。

 その儚い翅を傷つける事もなく、蝶も何が起こったのか解っていない。

 指を開くと一度高度を落とし、我に返ったかのように慌てて翅をはためかせて離れてゆく。

 

 ―― ああ、こんな事も他愛無く出来るようになっている。

 

 その事を自覚し、思わず笑みを浮かべてしまう。

 

 「調子良いようでござるな」

 

 そんな自分に背後掛けられた声。

 然程のようにも見えないが、本音としてはかなり驚きつつ振り返る。

 何しろその声は背後一メートル以内から掛けられたのだから。

 

 声の主はやはり見知った顔。

 クラスメイトであり、ある意味姉弟子。

 そして同胞(ライバル)

 全く忍んでいない忍びだ。

 

 「氣が十二分に満たされてるアル。

  正直、戸惑てるネ」

 

 何しろ学園内は勝負事には事欠かない。

 幾らでも戦えるし挑戦者も幾らでもいる。

 

 それに師…というか彼の手伝いもあって、日々の充実感は半端じゃない。

 目標はあまりに遠いが、歩みは遅くとも着実に前に進めている事が実感できているのだから。

 

 世界をどう探してもこれ以上の環境はない。

 お世辞や比喩抜きに恵まれ過ぎているのだ。

 

 「カエデの方も……

  ん~……」

 

 そう言いながら、相方(ライバル)を見つめる少女。

 相手の調子を推し量っている…ようでいて違う何かを見つめているよう。

 

 が、その少女はふいに何気ない仕種で懐から錘のようなものを取り出し、

 

 指弾でもって真後ろに放った――

 

 

 「また勘が鋭さを増したようでごさるな」

 

 

 返された応えがこの言葉。

 驚いた風もなく振り返ると、前にいたはずの少女の姿。

 先ほどまで立っていた場所にはその痕跡すら残っていない。

 

 驚くべき分け身の術。

 行った方も行った方だが、見破った方も見破った方だ。

 とてもではないが十代半ばの技量ではない。

 

 「カエデも氣の練り具合が上がてるアル。

  気配を消し過ぎてなかたらもと時間かかてたネ」

 

 「消し過ぎて不自然さを増してしまった…と。

  はは 不覚でござった」

 

 互いに浮かべている笑みは年齢相応のあどけないものであるが、それだけに末恐ろしいものがある。

 何しろ二人とも何でもない事のようにやって見せているのだから。

 

 「おぅ 調子良さそうじゃねぇか。

  んじゃ、そろそろ出るとすっか」

 

 そんな二人に声をかける別の少女の声。

 

 二人の一方はやや小柄ではあるが、声をかけた少女は更に小柄。

 小学生といっても納得してしまいそうなほど。

 

 しかし、一見か弱く見えるが侮るなかれ。

 

 「了解でござる。

  しかし零は大丈夫でござるか?

  大会で使用できる得物は限られているでござるよ」

 

 「ハ 余計な気遣いだぜ」

 

 この三人の中では一番厄介で剣呑なのが彼女なのだから。

 

 

 「忘れてねぇか?

 

  手刀も立派に武器だろうがよ」

 

 

 その言葉に『違いない』と笑う二人。

 内容は物騒極まりないというのに、他愛無いじゃれ合いを交わしつつ――だ。

 スポーツの応援にでも行くかのような気軽さで。

 

 しかし彼女らにとって実戦的な試合は日常茶飯事。

 何時もの事なのでそんなに緊張するはずもない。

 

 さて今日も(、、、)やるか。

 その程度の事柄なのだ。

 

 

 ともあれ。

 波乱尽くしの麻帆良学園武闘大会の本戦はこうして始まるのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あんなんと戦り合うかもしれへんのか……」

 

 「仮にタカミチに勝てたとしても、下手すると零さんと……」

 

 「お前はええやんか。

  オレなんぞ楓ねえちゃんか古ねえちゃんやぞ?

  何ぞこの無理ゲー」

 

 

 

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        ■二十七時間目:始めの一歩 <壱>

 

 

 

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 昨日の予選を抜けて残ったのは十六人。

 その内、ネギが勝てねーっ!! と言い切っているのは六人もいる。

 その不幸具合は笑えてしまうほどで、例えばネギが戦う破目に陥ったAブロックの組み合わせであるが……

 

  零vs大豪院

 

  明日菜vs刹那

 

  ネギvs高畑

 

  田中vs高音

 

 という何とも酷い組み合わせもあったものだ。

 

 ネギの初戦からして高畑であるし、トーナメントで次に当るのは高音という人か田中という人……まぁ、これは良いとして――

 だが、次に当るのは明日菜か刹那か零なのである(←山下という人が勝てるとはコレっぽっちも思っていない)。

 

 明日菜に当れば反射神経によるハリセン乱舞でボコられるだろうし、刹那に当れば技とスピードでボロ負け。零に当ると冗談抜きに死ねる。

 

 正に……――地獄。

 

 

 

 因みに小太郎のいるBブロックはというと、

 

  小太郎vsクウネル

 

  楓vs豪徳寺

 

  龍宮vs古

 

  中村vs広野

 

 という組み合わせだ。やはり知り合いの名前が目立つ。

 何せ半数が知り合いの上、楓と古の実力は小太郎も思い知っている(、、、、、、、)

 只でさえ地力が飛びぬけているというのに、修業によって鍛え上げられている戦闘能力は実戦レベル。特に楓はド反則だ。

 

 本人は否定するが忍びの技が半端でないレベルで使える上、AFを出されたら本当に手も足も出なくなる。

 完全分身やら怪力やら念力やら使われたら瞬殺だ。ぐうの音も出せない。

 

 楓よりかはマシとはいえ、格闘術の枠内であれば古もド反則レベルで強い。つーか一方的に攻撃を受ける破目になる。

 

 接近戦に持ち込めばやっぱり手も足も出ない。更に更に、AFを出されたら全ての攻撃を止められるか反射されてしまう。狗神を反射された時なんか泣きそうになった。

 

 初戦を勝ち抜いたとしても、最悪、この二人と戦わされる事になりかねない。幾らなんでもそれは簡便である。

 他を完全にOUT OF 眼中なのはナニであるが、小太郎的にはこの二人でいっぱいいっぱいなのだ。

 その古が戦う龍宮という女の事も、おもっきりネギが怯えていたから話を聞いて恐ろしさを思い知っている。

 

 なるほど、プロの傭兵という事か。

 この歳にして知人だろうが想い人だろうが仕事ならば情け容赦なく撃ち抜くとは何と恐ろしい。情け容赦なんかなかろう。鍛えるという名目で自分らを甚振り回してくださるあの金髪吸血幼女のようなものだろうなー等と けっこー酷い事考えてたり。

 

 だがそれでも――

 

 

 「「それでも、あの人達よりはマシなん(やろう)だろうなー」」

 

 

 と、大きく溜息を吐いて心を落ち着かせられていた。

 

 思い出すのは修業場で向き合った……向き合わされた相手達。

 赤い髪の少女のような人や、山吹色のナインテールの少女、

 楓みたいな口調の銀髪メッシュの少女やら、エゲツない亜麻色の髪の女性等々……

 

 正直言って、魔法の師である吸血少女の方が(人格的にも)ずっとマシというのが泣けてくる。

 

 世界は広い。 

 どれだけ強くなってもそれ以上の強さを持つ者など掃いて捨てるほどいる。

 それを実地で教えるというのがある青年の狙いであったのだが。それは良い意味でも悪い意味でも大当たりであった。

 

 何しろ今言った少女らの大半が人間外であり、地力からして半端ない。つか断崖絶壁と言って良いほど力の隔たりがある。

 力だけであんなの(、、、、)と戦っても無駄だという事を骨の髄に叩き込まれてしまったのだ。

 

 おまけに亜麻色の髪の女性に至っては地力は人間なのに戦い方の巧みさが半端ではない。

 召喚者(、、、)同様に、相手に実力を出させず、自分の舞台に引きずり上げて己の優位を保たせたまま潰してくださるのだ。

 

 そんなんばかり実戦形式に鍛錬させられまくったら、そりゃ達観もするだろう。

 気持ちは後ろ向きだという気がしないでもないのだけど。

 

 

 閑話休題(それはさて置き)

 

 昨日の選抜戦バトルロイヤルからしてその賞金金額と強者の匂いという二つの餌によって嗅ぎ付けたバトル好きどもが集まり、まほら武道祭は例年以上の盛り上がりを見せていた。

 

 選抜戦でコレなのだから、口コミから更に噂を広げたであろう本戦はもっと大きな人間が集まってくるだろう事は容易に想像できる。

 よって学園都市内の放送局、動画サイト等がこぞって画を撮りに来るのは必然と言えた。

 

 大会の目玉と言えるのは、デスメガネの二つ名で知られる広域指導員 高畑。

 そして中国武術研究部部長、古である。

 この二人は様々な意味で名を知られているし、高畑の試合という場での戦い方を見てみたいという者、古部長の凛々しいお姿を見たいというタワケ者なども注目していた。

 

 だが、そんな猛者の集う出場者の中、飛びぬけて注目を誘う二人が出てきたのだ。

 

 場馴れしていないからか緒戦こそ緊張の余り梃子摺っていたのであるが、中盤以降は相手と自分の実力差……少なくとも鍛練場の女性人よりかは弱い……という事が解ったのですいすい戦う事が出来るようになり、身体の大きな選手達をポンポン弾いて倒していた子供先生。

 途中でなんだか軍艦の舳先のような髪形をした学生におもいっきり突っ掛かられてエライ目に遭いはしたものの、どばどば放たれた氣弾を最後まで避けまくって勝ち残った時なんぞ、その注目度の上がり方は半端ではなかった。

 

 そしてもう一人。

 犬耳ガクラン姿という、一部のお姉さん達に垂涎の姿をした少年。

 彼も先の子供先生同様にとあるモーレツ扱き道場によって以前より回避能力等が驚異的に上がっている為、ニンニンな少女と分身ごっこをして遊んでいる内に他選手の攻撃を掠らせもせずに勝ちをとって注目を集めていた。

 

 他の出場選手の中で注目されていたのは、サイドテールとツインテール少女二人。

 何せセーラー服姿であるし、片一方はハリセンを振り回していたのだからそりゃ目立つだろう。

 尤も、イロモノ具合の方が目立っていたのであっさりと殲滅して勝ち残っているという事実には殆ど気付かれていなかったりする。

 ……しかし、片方の少女がスコート等のサポートアンダーを着用していない事に対してGJと無言で親指を立てていた者が続出していた事は興味深い。いや、勝因の一つだとは言わないが。

 

 件の古は言わずもがな。

 その実力は中等部はおろか大学部でも知られている。

 何せ一緒に居た、会場である龍宮神社の巫女少女が任せっぱなしの良いご身分でいられた程なのだから。

 

 最後の方で剣道部部長が木刀を持ち出すという行為に出はしたのだが、そんなもの鯨に水鉄砲or焼け石に水にしかならず数秒と持たず昏倒させられている。達人相手に上手い程度の使い手ではお話にならない良い例である。

 大体彼女はモノホンの武神と相対してたし、何よりその龍神の振るう竹刀の方が万倍は殺傷力があるので、そこらの学校の部活動程度の腕前にナニを怖がれと言うのだろうか?

 

 高畑の方は微妙だった。

 

 「オレにも殺らせろよなー」

 

 「馬鹿を言わないでくれ」

 

 両手をぶんぶんさせて文句を言う、頭部にバイザーのようなものをつけた黄緑色の髪の少女は、不覚にも高畑ですらちょっと可愛いと思ってしまうものであったのだが、その内容は物騒にも程がある。 

 試合のルールには刃物を使ったり呪文の使用は禁止されているので死亡率は低いと思われるだろうが、この少女の中身は殺人人形。素手でも必要十分条件を満たしつくしていて物騒極まりない。

 というか、手刀で戦う(ヤル)気満々だった。

 

 某煩悩能力者との鍛練によって不必要なまでに攻撃の命中率を上げているし、鍛練後には霊気を注ぎ込んでもらっているので霊格までジリジリ上がってきており、本当に人間と区別がつき辛くなっている。

 よってその間接のも人の“それ”というレベルに達しており、数百年の経験を伴った攻撃は以前よりしなやかさ(、、、、、)を増していて手が着けられない。

 腕部間接の力を完全に抜き切った液状の金属のイメージで振るわれてくる手刀なんぞ高畑だってゴメンなのである。

 

 そんなものを一般人に使われてはたまらない。

 

 結局高畑は必死こいて他の参加者を昏倒させるという労働を強いられる事になっていた。

 

 ぶっちゃけ、ほぼ本気。

 何せ意識を保って立ち上がろうとするものが出た途端、『ウホッ いい獲物♪』等と少女が眼を輝かせるのだから。

 知人の子供の成長具合を見てみたいという興味も参加理由の一つであったのであるが……何か普段よか疲労する破目に陥る高畑であった。

 

 そんなこんなであくる日の本戦の第一試合。

 

 Aブロック:零vs大豪院

 

 Bブロック:中村vs広野

 

 ものごっつ無名の組み合わせ。ハッキリ言って前座扱いである。

 その所為なのかどうかは不明であるが零の周囲の空気はかなり悪い。同じ控え室にいるネギ達は怯えるほど。

 彼らが悪い訳ではないし、それは他ならぬ彼女自身が理解している事だ。それでも勝手に広がる微妙な空気は如何ともし難いのであるが。

 

 無論。彼女の虫の居所が悪い訳ではない。むしろ逆だ。絶好調と言っても良い。

 単純に彼女を知っているからこそ怯えているのである。

 

 「あ、あの、零ちゃん……穏便に 穏便にね?」

 

 だから明日菜がそう口を挟んでしまうのも仕方のない話であろう。

 

 その注意に対して彼女の返答も、『気が向いたらな……』とかなり物騒。明日菜に一瞥もくれずにそう呟くのだから怖くってしょうがない。

 ススス…と彼女も後ずさりして去ってしまったほど。

 闘気が充満する武道大会の控え室で、明らかに戦いとは違う波動でもって周囲を怯えさせている零は色んな意味で目立ちまくっていた事は言うまでもない。

 

 尤も当人は周囲の心配もどこ吹く風。

 何処から持ってきたのかソフトボール大のガラス玉でジャグリングしたりして暇を潰している。

 

 手の甲を転がせたり、腕の上から肩伝わらせて反対の手まで転がせてみたりと余裕を見せているかのよう。

 

 ―― だが、当然ながら高畑等の実力者はそんな彼女を見て呆れたりはしない。

 

 一流マジシャンの手練もかくやといった滑らかさ。

 芯のぶれもない独楽のように身を軽くひねって玉を移動させている。

 

 しかし全く力みのない玉運びは決して遊びで行っているのではない。

 

 言わばこれはストレッチ。

 滑らかに、しなやかに身体を動かせるようにほぐしているのだ。

 

 だからこそ、嫌っと言うほどそれを解ってしまう(、、、、、、)少女らとネギ達は戦慄し、

 高畑のような上の実力者は起こってしまいかねない惨事に戦々恐々としているのである。

 

 「……ホントに大丈夫なのかい?」

 

 等と問うてしまうのもまた仕方のない事だろう。

 

 「さーてな」

 

 そんな大人の胃の痛さも心配もどこ吹く風。

 ガン無視してどう楽しもうかなと言わんばかりのお気楽な言葉が投げ返されてきた。

 

 どないしょう…等と言葉を訛らせて困惑する元担任。

 正直なところ責任を丸投げして天に祈ってる方が建設的な気がする高畑であった。

 

 

 

      「 お は よ う ご ざ い ま す 選 手 の 皆 さ ん ! 」

 

 

 

 スピーカーを通った知っている娘の声が、無残にも彼を現実に引きずり戻す。

 

 声の主はこれまた元自分の担当クラスだった娘で、パパラッチ部とまで言われている報道部の朝倉 和美だ。

 

 その和美が大人っぽく見えるように軽くメイクをし、この大会の仕掛け人である麻帆良の頭脳こと超 鈴音と共に何時の間にか選手達の前に立っていたのである。

 

 

 「 よ う こ そ お 集 ま り 頂 き ま し た ! !

   30 分 後 よ り 第 一 試 合 を 始 め さ せ て い た だ き ま す が――

 

   こ こ で ル ー ル の 説 明 を し て お き ま し ょ う 」

 

 

 コレはご丁寧に、と返答を口の中で軽口を呟きつつチラリと零達に視線を向けると、やはりあんまり興味なさげに和美らに顔を向けていた。

 それでもワクワクとその始まりの時を心待ちにしている事だけは伝わって来る。

 こう(、、)まで人間臭くなった事を喜んであげればよいのやら、はたまた何もしないでくれよと懇願すれば良いのやら複雑だ。

 

 何が悲しゅーてこんややこしくて危険でな面倒くさい事をしなければならないのか。

 

 何時もの事とはいえ、あのジジ…もとい、学園長の奇行にはホント肩が落ちてしまう。

 それでも受けざるを得なかったのであるが。

 

 というのも、彼がこんな大会に関わった大半の理由が調査の為だからだ。

 以前から問題視していた超がいきなりこの大会をM&Aしたというので調査がてら訪れたのだが、開会を告げに訪れた超の言葉を聞いた時は流石に驚いた。

 

 禁止ルールは二点。

 

 飛び道具と刃物の使用禁止。

 まぁ、それは良い。当たり前というか安全面では必要な注意だ。言って然るべきものと言えよう。

 しかし、次に出た言葉が大問題だった。

 

 幾らなんでも 魔 法 の 詠 唱 禁 止 というセリフは頂けない。

 そんな裏の事を一般人の前でぶち撒ける等、論外の話なのだから。

 

 だが彼女は堂々と述べた。  

 それも、会場である龍宮神社は電子的措置で携帯カメラを含む一切の記録機器が使用できなくなるという、一応のセーフティーを裏の関係者に対する牽制にして。

 

 牽制……というのは、彼女の視線が明らかにネギと自分に向いていたから。

 つまりこれは学園側に向けて放たれた挑発行為である。そう高畑が感じた。

 

 彼女、超 鈴音は何かを企んでいる。そして何かをこの試合で行おうとしている。

 自分が担任していたから解るのだが、彼女は思い付きでは行動しない。仮にやったとしてもそれは冗談の部類だ。

 だからこれだけ堂々と言い放ったという事は、既に何かしらの工作を終えた()である可能性が高い。

 

 しかし困った事に先日の謎の侵入者によって関係者の数が裂かれ、かなり手が足りなくなっている。

 呼べなくもないが、証拠も無しにこちらに呼ぶ訳には行かない。

 

 何せ裏に触れると言う前科を持つ彼女だ。

 高畑が裏の関係者である事も知っている。そんな彼女であるからこっちを見て言ったのは『高畑とネギがいたからからかっただけネ。大会を開催できるからテンション上がてたヨ。申し訳ないネ』等といった理由で終わらせられかねない。

 そうなると厳重注意で終わるだけであるし、更に尻尾を隠されて何も掴めずに終わるという結果になるだろう。

 

 だから高畑は内から調査をするべく、選手として参加したのである。

 

 「しかしまいったな……」

 

 この場にいる関係者はネギと明日菜、刹那を除けば後一人。

 一応、真名もいるのだが、どちらかというと彼女のポジションは傭兵なので依頼しない限り動いてはくれないだろう。ポケットマネーで賄うのもキツイし。

 それにはっきりとした確証も無いまま彼女に依頼をするのも何か違う気がするし、狙撃手であるからやはり潜入,侵入捜査は畑が違うようにも思う。

 

 こういう時にやたらと頼りになる人間がいたりするのだが、困った事に昨日騒動を起こして学園長から罰をくらっている真っ最中で連絡が取れない。

 兎に角、目立つ事と言ったら彼の右に出るものはいない。

 囮も良し、攻めて良し、撹乱良し、と何でもこいの便利マンだ。その手が無いのは痛すぎる。

 かといって、罰を喰らっている真っ最中だというのに確証も無いまま呼ぶ訳にも……

 

 「(来てくれてたら、彼女らのセーフティーも任せられるのに)」

 

 という打算があった事は言うまでもない。

 無論、その言葉は口には出さず飲み込む。今はンな事を嘆く暇もないのだ。

 

 と言ってもその楓達も新参者とはいえ裏の関係者。

 流石に危ないとなったら手を貸してもらおうとも考えてはいる。

 高畑も長く裏に関わっている者であるからして使う(、、)となったらすぐ割り切って命令を飛ばす事も出来るのだ。

 

 それでも“いざ”となるまでは頼んだりする気はないのであるが。

 

 確かに彼女らは実力者だ。

 零にしても殺人人形としての長い経験を持っているし、楓にしても表と裏の中間位置でほぼ最高レベルであり、古にしたって表の武道界では最高レベルの腕を持ってはいる。

 しかし実戦では技術や能力以外の要因が関わってくる事も多々あるのだ。

 だからこそ危険な仕事にわざわざ引っ張り込みたくないのである。

 

 尤もここは麻帆良学園。

 どんなトンでも人間がやって来るか解ったものでもない(現に予選でも氣を飛ばす人間がいた)のだから気にし過ぎという感も無きにしも非ずなのだが。

 

 「(ひょっとしてそういった人間を戦わせる意味が……?

   或いは何かの陽動? いやしかし……)」

 

 彼女らのコンディションとテンションのお陰で引っ掛かりを覚えはしたものの、やはりまだ真意の端にすら届いていない。

 少女らの事で心遣いを見せている高畑であったが、彼が関わる事自体が既に策の一片である事などまだ想定の範囲外なのだ。

 

 

 

 尤も、そんな風にほほ完全に計画を隠せて万事計画通りに進ませているように見える超であったが、実のところ想定外な事態が続いておりかなり困惑していたりする。

 高畑が気遣っている楓達三人の調子が今一つである事にしても、彼女らの張り切りがそのまま計画の成功に直結しているので、目玉となる五人の内の三人がコレでは話にならない。

 

 そして一番困った事が一つ。

 

 実のところ超の計画に必要なものの一つであり要であるもの……世界樹の魔力であるのだが、どういう訳か昨日の内に計算外の消費がなされて計画に使う分に足りなくなる寸前まで行っていたのである。

 幸いにして何とかギリギリで助かってはいるのであるが、あの時は本当に慌てふためいたものだった。

 

 この学園祭の期間中。特に今年は二十二年に一度の樹の魔力が増大する現象が一年ずれ、この珍事に関係者は魔力ポイントの警戒に力を入れていたのだ。

 彼女の協力者であるスナイパーの少女が積極的に魔力ポイントで排除行動を行っていたのは、この魔力の消費を抑える為であったのだがそれでも危なかった。

 幸いにして一昨日自分が確保されていない為 学園は外部から第三者が侵入して来たと思ったらしく警戒を強めてくれたのであの時以外の消費はない。

 

 だが、その過剰消費は一体何だったのかというと……

 

 「(おのれ横島サン……一体どれだけ私を苦しめれば気が済むネ)」

 

 うっかりといらんコトを思い出してしまい、参加選手達に笑顔を向けつつ、その内心でギリギリと歯を食いしばる超。

 それでもその笑顔の額には青筋が浮かんでおり、そんな彼女に皆もやや引き気味だったりする。

 

 何せ上手く行っていれば計画発動まで消費ゼロ。悪くとも一人程度で済むはずだったのに、一度に六ヶ所分の魔力が消費されてしまい頓挫の可能性すら見えてしまった。あの時は本気で恐怖したものである。

 何が一体どうなったのかと慌てて調べてみるのだが要領を得ず、葉加瀬と共に頭を抱え知恵熱が出そうになっていた二人の下に、ひょっこりと茶々丸が現れ、

 

 「-横島さんが学園の皆さんの御苦労を見て、世界樹の魔力を儀式で消費していたそうです。

   幸いにも(、、、、)儀式の途中で釘宮さん達の意思が働いて失敗してしまったそうですが」

 

 等とほざいてくれやがった。

 

 流石の超と葉加瀬も呆気に取られ、しばし呆然としていたのであるが、やがて正気を取り戻すと大暴れしたらしい。

 

 あのヤロウっ 氣は使えねぇし魔法は基本的な身体強化しか使えねぇクセに、何で儀式はチョー簡単に出来やがんだコンチクショー!! ってな感じに。

 

 無理もない。魔法の世界にいる者が聞けば誰だってそう思うだろう。現に横島の非常識さにやや慣れ気味のエヴァとて最初は呆れ返っていたくらいなのだから。

 因みに、『どーせオーラルに異性交遊かますんだったら古か楓にせんかーいっっ!!』等と女子中学生としてはアウトなセリフを真名と共に叫んだのはナイショである。

 

 おまけにその当人はあれだけトンデモ人間だというのに、馬鹿正直に学園長に報告に行ったものだから罰を言い渡されて大会に参加せずに今日はずっと外回りだと言うのだ。

 引っ掻き回すだけ引っ掻き回し、尚且つ大事な場面でサヨナラである。超と真名はおろか葉加瀬までもが声を合わせて っザケンなっっ!! と叫んだのも仕方のない話である。

 

 しかし――

 

 『逆に考えるヨ 超鈴音。

  確かにビックリショーにはならないだろうガ、

  彼を監視さえしていれば邪魔に入られない率が上がるネ。

  だたら楽になたとも言えるヨ?!』

 

 という事に気付き、彼が敵という位置にならない方がお得だと気付き、何とか心を落ち着かせていた(それでも青筋は消えていないが)。

 兎も角、今は計画の進行が大事と頭から雑念(横島関係)を追い出し、大会のルールをもう一度解説。これは念の為であるが裏の関係者に向けた安全面の再確認という意味がある。細かい事だがとても大事なネタフリだ。

 

 今ここで彼女を止めていない。止めるような動きがない。この時点で計画は成功の兆しを見せている。

 かと言ってそれで気を抜くのは愚を曝すようなもの。最後の最後まで気を抜かないように集中せねばならない。

 僅かでも気を抜けば、レジストに(、、、、、)失敗してしまう(、、、、、、、)のだから。

 

 この学園が、魔法という不思議なモノを隠す為に広げている認識阻害等の結界。

 

 魔法使いですら慣れきってしまっているこの守り。

 

 この麻帆良に住み、慣れてしまっている為に解り辛いのであるが、気を抜けば魔法使い達ですら掛かってしまう可能性があるそれは――

 

 

 魔法の秘匿性を高めてくれているそれは――

 

 この学園都市ならこん(、、、、、、、、、、)な騒動もあり得(、、、、、、、)るのでは(、、、、)と、超の計画の秘匿性すら上げてしまっていたのだ。

 

 

  

 

 

 

 

 「ん~……

  今一 ノリが良くならねぇなぁ」

 

 と、零はつま先で床をトントンと蹴って靴を直していた。

 別に合っていないとか、ズレている訳ではない。手持ち無沙汰だから無意識にやってしまっただけだ。

 

 何というか……彼女自身も似合わないとは思っている。

 柄ではないし、何より悪の魔法使いの下僕人形だったという誇りすら横に置いてしまう無駄感情なのだから。

 

 だがその苛立ちや憤りすら大事に思えてしまっている自分も確かにいる。

 

 剣呑な殺し合いが楽しい、というのは殺人人形というカテゴリーから来ていたもので、本当の意味での感情ではない。

 笑い顔の人形が実際に笑っている訳ではない…という事だ。

 それは数百年前から変わらなかったもので、主がこの地に縛り付けられてからたった十余年(、、、、、、)で変わるものではない。

 

 いや、変わらないはずであった。

 

 霊力という曖昧な力であったものを使いこなす達人。

 本物の霊能力者(、、、、、、、)によって注がれた神秘によって個が確立化。

 個性どころか確固たる感情まで生まれ、チャチャゼロという動く人形から、チャチャゼロという一体の生き人形へ、

 そして今や九十九神モドキだ。

 どんな数奇な……いや、珍奇な(、、、)運命だと問いたい。

 

 尤も、文句はない。出ようもないというのが正しいだろう。

 自由は増え、陽光の下を走り回っているし、『空腹』という余計なものもあるがフェイクだった飲み食いも『美味い』から行える。

 

 主にしても枷を外す手立てを見つけられて毎日御機嫌だ。

 時折、件の霊能力者の突飛な行動に頭を痛める事もあるが…それはさて置き。

 

 何だか今学期に入ってから退屈から遠退きっぱなしというのが正直なところだ。

 

 

 掌を何度か握ったり広げたりし、再度握りしめて右拳にカリっと軽く歯を立ててみる。

 ちゃんと感触がある事(、、、、、、、、、、)に笑みがこぼれる。まるで生き物だ。

 

 ―― ったく。あの馬鹿は余計な事ばっかやりやがるぜ。

 

 等とぼやきも添えて。

 それが本音かどうかは知らないが。

 

 

 「では、そろそろ第一試合を始めたいと思います。

  選手の皆様はご入場ください。

  他の方々はスタンバッておいてください」

 

 その声に答えるように、ニィ…っと別の笑みを浮かべ、零はさも気だるげにゲートに足を向けた。

 背後に同じ穴の狢(カエデと古)の視線を受けつつ、歩みを速めて進む。

 

 

 『 で は 只 今 よ り ま ほ ら 武 道 会 第 一 試 合 に 入 ら せ て頂 き ま す ! 』

 

 

 ポンポンと軽い音を花火が立てる中、アナウンスに導かれて舞台に上る零と対戦者。

 

 15m×15mという、然程広くもないが戦いの場としては狭く感じるだろうその舞台。

 

 神社に設けられている人工池の上にある能舞台を改造した戦い場の周囲は多くの見物客で犇き、殆ど前座試合だというのに大きな歓声が上がっていた。

 

 『まずは大豪院ポチ選手!

  何と言ったらよいのでしょう チグハグな名前の選手ですが実力は本物。

  予選のあの乱戦を無傷で切り抜けた事からも解るというもの!

  中国武術の切れを私達に披露してくれるのか!?』

 

 「……チグハグな名前で悪かったな」

 

 

 高等部か大学部くらいの若い青年の紹介が上がると、彼はそれに応じるように手を押し合わせて小さく頭を下げた。

 

 無骨――という程ではないが武を積み重ねている男の顔である事は容貌も見るだけで解る。

 真面目そうであるし、何より中等部の少女が中武研のトップにいる為、せめて一矢報いて欲しいという願いもあってか男性からの応援も結構あるようだ。男ばかりなので嬉しいかどうかは微妙であるが……

 

 『片や中等部三年、絡繰 零選手!

  殺人人形の呼び名を持つ、物騒さと人形の可愛らしさを併せ持つ謎の少女だー!』

 

 こちらは殆ど無反応。

 というより、ぱっと見は迷子の女の子を連れてきたかのような印象が強い。

 当然ながらその頼りなさは伝わり、えーっ!? という驚きの声や、何かの間違いじゃないのか? という疑問の声も上がっている。

 

 無論それは知らぬ者の目だからこそ。

 ステージの脇で見ている高畑らには、悠然と進む零の姿は虎にしか見えていない。

 正しく猫かぶりだ。子猫を被る猛虎何ぞ性質が悪いにもほどがあるが。

 

 

 『それでは第一試合…… F I G H T ! ! 』

 

 

 しかし世は無情。

 

 そうこうしている間に声が上がり、戦いは始まりを迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 色んな想いを巻き込みつつ、その策はついに起動する。

 紆余曲折を経ている分、根深く底深く気付き難くそして気付き難い。

 いや恐らく疑いを持っているものも少ないだろう。

 

 だからこそ始まってしまうのは予想外の悲劇であり、喜劇。

 正しく起こるはずだった時系列は似て異なり、思惑は成功しつつもズレ、大失敗を曝しつつも正しく進む。

 それがこの武道会を仕組んだからだと気付くまでは……まだ遠い。

 

 

 キーマンとなる人物は姿を見せず動かず、

 

 それでも騒乱の破壊はゆっくりと着実に――進む。

 

 

 

 




 超☆時間かかってしまいました。Croissantでございます。

 実のところこのバトルの話は結構始めの頃から練ってましたし、大本の話で超がヒロインだった時から練ってた話なので、ホントはわりと早く打ててました。単に異様なほど誤字脱字があっただけで……
 まぁ、ヒロインと立ち位置変えてるだけなんですけどね。
 知識との大きなズレが生み出す悲喜劇をやるつもり…って、あたしゃ何様かと。

 さて、
 実は元の文章はかなり暗め。
 ぶっちゃけ鬱話でした。理由? 私が知りたいですよ。
 時々、すっげー鬱話書きたくなるんですが、唐突過ぎるので全ボツ。
 すっげー零が苦しむ話を全改修しました。

 さて、重要な位置にいるのに殆どで出番のない横っちとナナ。
 何がどうしてどうなるかは今後に続きます。
 出番はあるのかw? いやありますが。 

 兎も角 続きは次時間目に。
 ではでは~

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