-Ruin-   作:Croissant

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後編

 走る。

 

 人気の少ない道を走りに走る。

 

 風を切り、障害の上を飛んで越え、壁を蹴って軌道を修正し、ただひたすら遠くへと駆けて行く。

 

 ハァッ ハァッ ハァ……ッ

 

 息が切れているのは単に身体と心の釣り合いが取れていないからだ。

 その細い腕に少女を抱えて全力で駆けているというのに、足は縺れたりしていないし疲れもしていない。

 

 「く、くぎみん、平気なん?」

 

 「だい、じょうぶ……っっ」

 

 友の気遣いにもそう答えたのだが、やはり疲労は大きいのだろう。何時もの呼び方の修正すら思いつかないほどに。

 その身を纏わらせている妹分も、接触しているので動悸の乱れが直接伝わってくるので当然それに気が付いている。だから懇願するように彼女に注意を促して休憩を勧めていた。

 

 やがてどこぞの店であろう建物をが眼に入り、彼女はくノ一な同級生壁宜しく壁と街路樹を蹴って跳躍し、その二階のオープンテラスに着地。ようやく一息吐けそうな場所に辿り着く事が出来たようだ。

 

 幸いにも表通りの方に出店でもしているのだろう、店はこんな時間にもかかわらず閉店状態だ。尤もそのお陰で身を隠せるのだけど。

 

 少女――円は念の為に花壇の陰へと回り、抱えていた木乃香と未だ眼を回している かのこを降ろして、溜息と言うには荒過ぎる息を吐きつつずり落ちるように座り込んだ。

 

 「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」

 

 『お、お姉ちゃん……』

 

 するりと円の身体から離れスライム状になったナナも心配そうにプルプル震えている。

 

 この妹分をエグゾ・スキンとして纏った場合、外部からの圧力はほぼゼロとなり、代わりに内からの力は外側に100%伝わる。

 だから纏っている間は僅かの力を何の抵抗もなく使える為、パワードスーツを着ているようなものとなるのだが……流石に心労だけはどうしようもない。

 だからやはり気に掛かるのだろう、木乃香も円の背を撫でて労わっていた。

 

 「な、何で……」

 

 「……くぎみん」

 

 「何で、こんな、事に……」

 

 スタッカート気味に途切れ途切れであるが、言いたい事はナナにも木乃香にも解る。というより同じ気持ちだった。

 

 だから三人が三人とも沈痛な顔をして俯いてしまう。尤も、何故かその頬は切迫呼吸とは違う意味でやや赤かったりするのであるが――

 

 と言うのも、三人が何から逃げているのかというと、

 

 『えと、その……

  そんなにお兄ちゃんとちゅーするの、嫌レスか?」

 

 ナナが人間形態をとりつつそう問うと、二人は俯いたまま頬を更に染める。

 木乃香が懐から取り出したワンピースと下着を受け取り、コソコソ着てゆくのだけどその間も返事は返って来ない。

 

 やがてナナが服を着終えた頃になって、ようやく円が、

 

 

 「……嫌よ」

 

 

 と、言葉を吐いた。

 意外だと感じたのだろうか、木乃香は『へぇ?』と妙な声を洩らす。

 

 いや――?

 

 「え!? いや、その、えっと……

  い、嫌じゃないけど、嫌なのよ」

 

 というのが正直なところらしい。所謂一つの乙女心というやつである。

 意味が解り切れなかったのか、ナナは首を傾げているのだが、木乃香には理解できたのだろう心の中でポンっと手を打っていた。

 

 彼女らが何から全力逃走しているのかというと、話に出たお兄ちゃん事、横島からである。 

 

 好意を持っている男からのアプローチなのになんで? という説も無きにしも非ずであるし、尚且つ円は彼のアクションを(内心では)心待ちにしていたのだ。

 だったら逃げる必要はないのでは? 減るもんじゃなし。と思られるのが普通であろう。

 しかしそれは男性的な見解である。

 

 確かに好意を持っている相手がアプローチしてくれるのはとても嬉しいし、熱烈だったら尚更だ。

 それに彼は他の円の同類達(バ楓&バカンフー)に先んじて“彼女に”仕掛けている。これを嬉しいと思わないのはおかしいと言えなくもない。

 だがそれは素面(シラフ)なら、の話だ。

 

 ――そう、彼の熱烈アプローチは全部世界樹の魔力による後押しであり、円()の念が魔力をブースターにして働きかけたに過ぎない。つまり彼の本意ではないのである。

 感覚で言えば、彼に凄く似た別人に口説かれているようなもの。これは流石に受け入れ難い。

 

 「だ、だって、横島さんじゃない横島さんなのよ?!

  気持ちも何もあったもんじゃない、そ、その……キ、キスなんて……」

 

 ちょっと意味が解りにくかったナナであるが、よくよく考えてみれば自分のお兄ちゃんによく似た別人に抱きしめられたって嬉しくもなんともない事に気付き、何となく円の言っている事が理解できるような気がしてきた。

 

 とは言っても、相手はお兄ちゃんに違いはない。それだったら別に良いのでは? そう思ってしまうところが恋愛関係に関してまだまだ子供なのかもしれない。木乃香はそんなナナの頭を苦笑しつつ撫でた。

 

 「ハハハ どこまで逃げるのかな?」

 

 「「「ぴゃあっ!?」」」

 

 いきなり響く低い声。

 それがまたホラーじみてて少女らは『た、大佐!?』と謎のセリフを吐きつつ、小鹿も拾って身を竦め抱き合った。

 ナナなんかは3-AのHORROR HOUSEに泣かされた訳だから尚更怖いかもしれない。

 

 横島の真骨頂は神業とも言える逃げ足と回避能力であるが、実はその回避能力すら逃げ足の延長線上だった。何しろ某邪竜すら本気でキレさせた逃げ足は正に神域なのだ。

 

 それで追跡能力はどうかと言うと、しつこさは兎も角として速度はあんま無かったりする。

 でなければとっくに円らは確保され、操なんぞ水に濡れたトイレットペーパーほどの強度しかなかったであろう。

 

 「ん゛ん゛~? 間違ったかな?」

 

 『『『ヒィ~』』』

 

 しかし流石は横島。

 

 如何にどうこう否定していようと本音ではしっかり少女らの魅力に参りまくっているのだろう、彼女らの潜んでいる位置をバッチリ捉えていて着実に迫ってきている。ネタ満載なのはナニであるが。

 

 い、いやまぁ……このトチ狂った行動が自分に魅力を感じてくれているのならば嬉し……いや、吝かではないのだけど。

 どうせならそれは素面でのアプローチでお願いしたい。正気じゃない偽りの告白なんぞノーサンキューなのであって――

 

 「……って、違うっ!!」

 

 『ちょっ くぎみん!?』

 

 隠れ潜んで気を紛らわせていたのだが、思考がヘンなトコに流れてしまい思わず虚空にツッコミを入れてしまう円。

 ここら辺に相手の男の影響が出ていると言えるだろうが……

 

 「ん゛~~?」

 

 「「あ゛……」」

 

 ちょっと今のタイミングでは拙かった。

 僅かの間の後、ヒュッと風を切る音がしたと思ったらテラスの端に何かうっすらと光るものが出現。

 それを目敏く見つけられた木乃香と円は、ナナと小鹿を抱きしめたまま慌てて物陰の奥に飛び込むように隠れる。

 

 正に間一髪。

 二人が隠れた次の瞬間、その光るものを伝って件の横島がテラスに飛び込んできた。

 

 意識がスっ飛んでいる状態の今が普段よりずっとキビキビした動きとなっているのは物悲しいが、見た目からは絶対に解らないだろう彼の運動能力は流石としか言えない。

 

 「(え、栄光の手……?)」

 

 以前に彼の記憶を見せてもらっていたお陰か、それが見えた円はすぐさま霊波刀の応用だと理解出来ていた。

 あまりネギには全容を見せていないのだが実は栄光の手は伸縮自在。彼は自在に形を変えるそれをテラスの手摺りまで伸ばし、鍵爪のように縁を掴んで縮ませる力と脚力とで瞬間に上りきったのだ。

 

 円と木乃香の後頭部をタラリとでっかい冷や汗が流れる。

 

 エヴァが時々、『アイツを敵に回した場合、相手に同情する』等と零す事があったのだが……変幻自在の栄光の手と無限の可能性を持つ珠までを使う彼であるのに、その本人も悪魔的に応用が利く男なので悪が深すぎて次の手が読みきれない事が大きいだろう。

 正直、このまま出て行ってぶちゅーとやって終わらせた方がマシな気もしないでもない。何せそれが一番手っ取り早いのであるし。

 

 だけど効率と気持ちは別問題。

 

 早いのは解っている。解っているのだけど……

 

 

 「(やっぱり、ちょっと)」

 

 

 嫌だな――

 

 

 

 

 「どこにいるのかね?」

 

 いきなりスゲェ近くで声がし、びくんと身を竦ませる三人。

 自己点数は知らないが、他称からして絶対的に美少女である少女らなのだから横島が察知できない訳がない。

 感度抜群のヨコシマセンサーに引っ張られ、フラフラと生垣にやってくる彼。

 

 その気配を感じてしまうからか、別に嫌悪感が湧いている訳でもないののに三人は思わず身を竦ませてしまう。

 

 嫌悪はない、なんて言い方をすると嫌じゃないと捉えられかねないのであるが、そんなに間違っていないのでそれは横に置いとくとしても、今の彼は暴走状態であるから歯止めが利かない可能性が大きい。

 よく考えてみるとそんな状態の彼の前に出て行ったら……もうお嫁さんになれないくらいのちゅーをされかねない。いや、バッチリされるだろう。

 

 そんな自分を幻視し、円は我が身を抱きしめて身震いをしていた。顔を赤くしつつであるが。

 

 しかし時間の問題と言えるだろう。

 何せ今の彼はケダモノと化しているのだ。その本能が伝えているのか、ジリジリと三人が潜む物陰に近寄ってきているではないか。

 嗚呼、このまま少女は毒牙に掛かってしまうのであろうか?

 

 

 「お待ちなさい!!」

 

 「む~?」

 

 

 そんな少女らに救いの手!?

 

 

 少女らは唐突のその声にビックリさせられてたりするが、助けに来てくれた? とは思えなかった。というか感じなかった。

 セリフだけなら解り辛いだろうが、近場で聞いていた円らはその声音に自分らを助けに来たというニュアンスを感じられなかったからだ。

 

 で、その声を投げつけられた人間――横島はというと、正気をなくしてはいるがクルクルパーにまでは至っていないので、やや警戒をしつつその声が発せられた方向にゆっくりと顔を向けた。

 

 円達も気になっているのだろうか、恐る恐る木枝の隙間を広げて何者かと確認してみると……

 

 「………ナニあれ?」

 

 「さ、さ~?」

 

 片手を腰に手をやり、堂々とした態度でビシッと彼を指差す黒い少女。

 

 いや、“ヘンな女”?

 

 何と言うか……ぱっと見だけなら向こうの大通りのパレードを歩いている仮装行列の一人。

 ただ、何か放っている空気が剣呑極まりないし、何より円の“眼”があるからこそ解るのであるが霊波が一般人と全く違っていた。

 ネギや木乃香、大首領にはかなり劣りはするが、それでも一般人よりかはずっと大きく強い力……“魔力”を放っているのだから、恐らくは魔法使いの一人。噂に聞く魔法生徒だろう。

 

 だろう、けど……その姿を見ると首を傾げざるを得ない。

 

 縦長の黒い布をまとめた様なシックなデザインスカート。フロント部の丈がミニスカート並に短いのはいただけないが。

 

 胸元も大きく開いていて、ベルト状の何かが左右からクロスして広げすぎないよう守っている……と思う。多分。ビザールなベルトだから自信は無いけど。

 

 手と足は長い手袋とストッキングで守られているのだけど、クラッシュジーンズ宜しくあちこちがほつれている。

 

 全体的なデザインにしても、ウエスト辺りはみょ~にビスチェっぽいし、あちこちを細いベルトで締め上げているので通常のセンスではないだろう。その上メインのカラーが黒なのでビザール感が否めない。

 

 履物もやっぱり黒いしヒールも高く、知らない者が見ればブラックレザーと黒染めのシルクで作られたヘンの意味でのおしゃれをしているようにしか見えないではないか。

 

 ……まぁ、全体を通して見ると、ぶっちゃけ童顔の風俗お姉さんに見えるのである。

 

 円らノリが良すぎる女子中学生の眼から見ても、その露出具合はオンナを意識させまくるものであるので、その態度のでかさも相俟って、やっぱりその手の人にしか見えない。

 その後ろでもぢもぢしている、自分らと同じか年下くらいであろう少女との取り合わせは不明であったが、

 

 「お、お姉様、気をつけて」

 

 という心配そうな彼女のセリフを聞き、『ああ、成る程。そういう……』と納得してみたり。

 

 兎も角、その風俗のおねーさんとネコ役(だろう)少女は彼を追ってここまでやって来たらしい。

 見てはいないので彼女の怒り具合からして、とんでもない事を仕出かした感が強いのであるが、彼が手を上げるとはちょっと考え難い。彼を知る円は尚更だ。

 となると、あの女性の格好からして別の意味での“スゴイ事”をされた可能性が湧き出してくる。女同士なんて不健全だーっとか言って……

 

 「(う゛っ な、なんか説得力が……)」

 

 いくら意識が飛んでいたとしても、あんな露出度の高い格好をしていれば煩悩超人である彼の事だ。飛び掛ってもおかしくはない。

 それで怒り来るってここまで追って来たとか? あ゛あ゛、やっぱり納得できてしまう!!

 

 『おお、さっきの少女か?! 魔法関係者だと見受けるが如何に?』

 

 円が色々と妄想に悶えて答に窮している間に、先に心眼の問い掛けが響いた。

 

 「な……っ!?

  まさか魔法関係者……って、どこにいるのです?」

 

 声はすれども姿は見えず。魔法風俗嬢(仮)は心眼の居場所が解らず、ネコ少女と共に周囲を窺うのだが、当然ながら見付かるわけがない。

 

 『ここだ。おぬし等が追っていたこやつの額だ。

  妾は此奴のアーティファクトだ』

 

 「!?」

 

 何だかよく解らないが、あのお姉さまとやらは心眼がAFだと聞いて驚愕していた。

 

 そんなに心眼は珍しいAFなのだろうか? まぁ、確かにドが付くほどの反則な能力を見せてくれるAFであるのだけど……と、首を傾げる円と木乃香であるのだが、当然ながらAFそのものが珍しいものである事は知らない。何せ回りは珍しいAFだらけなのだから。

 

 大首領は吸血鬼であるし、同級生にはその従者と下僕がいて、魔法を無効化させるハリセン持ちと、心を読み取る絵日記持ち、天狗の力が使えるAFモドキを持つバカ忍者と、あらゆる攻撃を防ぐ鉄扇トンファーを持つバカンフー、そして自分は時間感覚と感情を支配できるとキている。

 そりゃ確かに、一つや二つAFを見つけたって驚かないだろう。二人が抱きしめているナナとて、そこらのAF以上の能力を持っているのだし。

 

 言うまでもなく、魔法知識が中途半端な元一般人であるから認識に差が出来ているに過ぎないのであるが、つい最近になって関わったホヤホヤの魔法関係者である二人が気付く訳がない。

 

 『理由は解らんが急に世界樹の魔力が此奴に流れ込んでおかしくなってしまったんだ』

 

 「世界樹、の?

  だとしたら誰かが告白しようとした?」

 

 その言葉を聞き、やはりと仮説が正しかったのだと確信させられ、ボッと顔を赤くする円……と木乃香。

 まぁ、スターターがいた事に気付いてはいないだろうが。ついでにナナもなんかほのかに赤いが気の所為だろう。

 

 しかし悠長に考察している場合ではない。リアルタイムで彼女らの貞操がピンチなのである。

 

 『詳しい話は後だ!! 兎も角、此奴を止めてくれ!!

  それとナガ……』

 「Abeat」

 

 割り込むように横島がワードを唱えると、心眼は微かなきらめきを残してカードに戻ってしまう。

 しかし、当然ながら魔法風俗嬢(仮)は何を言いたかったのた不明である為、次の行動に入れない。

 

 心眼としては横島鎮圧用のマジックアイテムの使用権を持っている楓に連絡をとってもらいたかったのであるが、面識がないだろうからフルネームで言おうとしたのが災いして魔法風俗嬢(仮)だけでなく、円らにも伝わりきれなかった。

 

 いや、実のところ円らにしても楓がそんなマジックアイテムを所持しているという事を知らなかったりするのであるが。

 

 少女らの疑問を他所に、横島は仮契約カードを大事そうに懐に入れて、また円らの方に身体を向けた。

 円らはその動きではっと我に返り、身を硬くする。

 尤も本職(?)の女性に背を向けて、こっちに集中してくれているのは嬉しくない訳でもなかったり。イヤイヤ。

 

 しかし、実はまだ少女であったりする魔法風俗嬢(誤解)が放っておく訳がない。

 

 衣装そのものは倫理に疑問を感じるものであるが、その中身はかなり真面目なのである。俄かに信じられまいが。

 

 「お待ちなさい!!

  理由どうあれ、魔法関係者であるにも拘らず、

  世界樹の魔力に犯されるなど許されざる愚行です!!」

 

 仕切り直しでも図ったのだろうか、ビシィ!! ともう一度見得を切り、正に犯罪者に向ける大迫力を叩きつける件の魔法関係者。

 

 胸元がバッチリ開いてる上、ベルトだらけでボンテージにしか見えないデザインでポーズを極めているので今一つナニではあるが、迫力は本物だ。

 

 「少女達よ 出ておいで」

 

 だが当の横島は円の方が大事らしくガン無視。

 普段の彼からすれば信じ難い行動である。

 

 しかしおもっきり無視された側からすれば眼中にないという行動は侮蔑以外の何物でもなく、ある一件もあって沸点がやたら低くなっている事も手伝ってその堪忍の袋の緒は簡単に切れた。

 

 「……よ、よろしいでしょう……

  彼方がそう出るのでしたらこちらも強硬手段をとらせていただきます」 

 

 冷静に考えてみれば元から正気ではない者相手に無理な話。

 

 意識をなくして暴走している者なのだから、直に取り押さえた方が良いだろうのに何を説得しているのか? という話もあるのだが、彼女にはそんな事すら思い浮かんでいないのだろうか、一人で盛り上がって一人でキれていた。

 

 「む?」

 

 その魔力の増大を感じだか、ゆっくりと横島は振り返る。

 

 同時に物陰から少女らもそろ~りと顔を出す。

 

 「「……っっ!?」」

 

 そんな彼らが目にしたものは、件の魔法風俗嬢(誤解)の後に、その背を覆うように影が幽波紋宜しく立ち上がるという光景だった。

 

 -操影術-という術がある。

 分身にして同一という魔術的法則をなぞり、最も自分に近い存在であり己が一部である影を媒体として生み出す使い魔のようなものだ。

 

 彼女のメイン戦法は使い魔によるものであるが、接近戦法はその影を身に纏い、その使い魔のスピードパワーで戦う攻防一体の技を用いる。

 何せ彼女は操影術を使いこなす魔法生徒で、その実力から前線に立つ者として信頼を置かれているのだ。

 

 今更言うまでもない事であるが――決して魔法風俗嬢ではない。

 

 「さぁ、いきますわよ!!」

 

 彼女は影を従えて地を蹴り、後輩の少女にサポートを任せて戦いに身を投じるのだった。

 

 

 相手が悪過ぎる等と知る由もなく――

 

 

 

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        ■二十六時間目:エンチャンテッド (後)

 

 

 

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 魔法生徒、高音・D・グッドマンが“彼”を見つけたのは偶然である。

 

 不審者を捕り逃した事によるショックをまだ引き摺ってはいたが、この大事な時期に何時までも落ち込んではいられない。あんな失態はもう起こさぬと自分を無理矢理奮起させて気丈にも立ち上がり、本来の任務であるパトロールを行っていたのであるが……

 

 そんな彼女の視界の端を、物凄い速度で通り抜けた影が掠めていった。

 

 一瞬頭に浮かんだのは、昨日の人をおちょくりまくった謎仮面。思っていたより心に傷を残していたのだろう、そればかりが先に立っている。

 

 だが、慌てて追った彼女が見たものは、その腕に髪の長い魔法使いっぽい衣装の少女を抱いて走るセーラー服姿の少女の背中。

 

 周りが仮装行列だらけなので、魔法関係者であると言い切れはしないが、もしそうであればこんな人目の少ない場所を走る可能性は低いし、何よりその速度は陸上でもトップクラスで人を抱えているにしては速過ぎる。これは氣か魔法で強化している可能性が高い。

 

 そしてその後ろを、

 

 「何故逃げるのかね。私は悪い魔王じゃないよ?」

 

 もう、(セリフ込みで)どうしようもないくらい不審人物が!

 

 足取りも妙にフラついており、眼は血走ってはいないが理性の光は無く、少女らとの間にある障害物を破壊しつつ足を動かさず突き進んでゆく。

 

 決定的なのは、あまりにも真っ直ぐ少女らの背を追いかけている為、行く手を遮る形となった街灯を叩き斬った事だ。

 一見、素手で叩き斬ったように見えなくもないが、高音の眼はその手に魔力……或いは氣の力を使っている事を捉えていた。

 

 ……不審者を否定する材料があまりに少ないのでフォローしようもないが、言うまでもなく世界樹の魔力に犯された横島である。

 

 世界樹から溢れ出た魔力を集めて安定を図ったのが裏目に出、呪式によって距離をまたいで繋がれていた魔力ポイントで込められた願いの力と、魔力を変換している途中だった為に同調していた横島に直撃。

 彼から意識を完全に奪って少女の願いを叶えるべく、霊力ブーストが掛かった状態で追い続けているのである。

 

 以前から述べている弊害というのがこれである。

 

 何せこの世界樹。横島が思っていたより規模が大きい。

 世界中にある魔力ポイントの一つであるし、尚且つ魔法界とも何らかの繋がりまである。

 条件さえ整えられれば他のポイントと同調させて全世界に同時魔法を行えるほどのシロモノ。それがこの世界樹なのだ。

 

 彼がやろうとした事は、川の脇に溝を掘って溜め池に水を集めて無駄に使い、冠水になっても堤防が決壊しないようにする行為だったのであるが、それが川ではなく大河だった事を知らなかったのがそもそもの勘違い。

 

 更に上流には特定の条件(告白などの願い)で開く水門まであるのだ。

 

 全く持って偶然の連鎖であるが、全てが整った状況下でその魔力の水門は開かれ、押し寄せてきた魔力の濁流が溝に雪崩れ込み溜め池は崩壊。そのすぐ側にいた横島はその魔力に飲み込まれた、という訳である。

 

 如何な文珠とはいえ、流石にこの世界樹の魔力を相手に真っ向勝負するのは無茶な話だ。

 

 それが出来るくらいなら『制』『御』の二文字で事足りているし、大首領とてとっくの昔に呪いを解かれているのだから。

 

 横島も真っ向勝負は無茶だと解っているからこそ、ちょっとづつ魔力を削って珠に変換するという非効率故に効果的な手間を踏んでいた訳であるが、それがおもいっきり裏目に出ていたのである。 

 

 まぁ、超大げさな事態が超小規模に働いただけであるし、元々はポロリと洩らされた少女らの本能だけなのでまだマシとも言えるのだけど。

 

 先にも述べているが、逃亡能力は神がかっているものの、幸いにも追跡能力は一応は人間の範疇。

 そしてナナによる身体能力のお陰でもって円も何とか今まで無事で済んでいた。

 逃げ切れたとして彼が元に戻れるのか? という懸念もあるが、横島とて本心は無理矢理はしたくはないだろうから心の中では逃亡を応援しているだろう。

 

 とはいえ、少女らの自業自得やら彼の本心やらはどうあれ、現在の横島が不審者である事に変わりはない。

 

 昨日の失態に対する憤りを引き摺り続けている高音にとっては仇敵に等しい。

 

 だから昨日の挽回という想いもあるのだろう、行動を共にしているに佐倉愛衣に指示を送り、目立たないレベルの魔法で足止めをして捉えようとしたのであるが……

 

 「嘘っっ!?」

 

 死角から襲い掛かった筈なのに、足払いをかけようとした影の手がスパッと切り払われてしまったのだ。

 

 いや、単純に斬られただけではなく、その確立まで不可能にされてバラけて消滅したのである。

 

 確かに素早く足止めをかけようと、魔法の構築もややおざなりであったのたのが、それでも影の手を掃っただけで使い魔そのものが分解する筈がない。

 だが、その青年はそれほどの事を起こしたというのに、草を踏んだほども気にしたりせず、いやその存在すら気付かなかったかのように追跡を続けているではないか。

 

 高音は一瞬呆然としてしまったが、昨日おちょくられた事と、不審者横島の眼中にないといった態度に頭に血が上り切り、ついに影を纏って戦闘補助を行う本気のスタイルを解放。横島を取り押さえるべく魔法まで使って追いかけて来たのである。

 

 彼女にとって不幸だったのは、彼が追跡モードだったので逃げ足ほどの速度が出ていなかった事。そしてその所為で援軍がいらないと判断してしまったことであろう。

 冷静さ欠いていた事も一因であろうが、あってはならない失態である。無理も無いのであるが。

 

 そして今、またまた無視された彼女は完全に頭に血が上り切り、使い魔までも呼び出して本気で本気の戦闘モードをとったのだった。

 昨日のようなミスを繰り返してたまるものですか! 

 

 ――そう奮起させながら。

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 高音の背後の影の腕が鞭のようにしなって空気を切り裂きつつ横島に襲い掛ってゆく。

 テラスの床に突き刺さり、コンクリートの中を突き進み床下から彼に向って伸びる。

 器物破損!? 等と間の抜けた事を考える木乃香らの前で、テラスの床を突き破って雨季の筍が如く出現した影の槍。

 

 しかし、当然ながら手加減くらいはしているだろうが、不審者相手が相手だとしてもやり過ぎである。

 

 「お、お姉様……」

 

 それが解るのだろう、愛衣は今一つ乗り気になれず自分のAFである箒を握り締めてただ見守るだけに留まっていた。

 

 愛衣にしても昨日の失態は心に深く影を残している。

 

 高音をサポートしなければならない立場であり、彼女の攻撃の間隙を埋めたり行動の隙を無くすのが愛衣の仕事だといってよい。

 何せ彼女のAFは使用する魔法の範囲を拡大させる事が出来るので、高音が攻撃している間に呪文を唱えて放つ事もできる為に戦術は広いのだ。

 

 しかし話を聞く限り向こうは魔法によって意識を失っているようであるし、高音は冷静さを失って本気で攻撃を仕掛けている。言ってしまえば両方が悪いのだ。

 そうなると援護をするという事にも躊躇してしまうのである。

 

 一対一という戦いではあるが、高音のその戦闘スタイルは呼び出した使い魔との連携による数の暴力。

 

 テレビ特撮なら兎も角、この戦い方が正々堂々であるとは言えない。

 実戦ではそんな事を言ってられないのであるが、まだ愛衣にはそこまで踏ん切りが付けられないのだ。

 

 しかし、忘れてはいけないのは相手は横島だという事である。

 腐っても鯛とは言うが、頭がイってても横島は横島。理不尽な事に変わりはない。

 一対多の状況でさほど焦った風もなく腕を組んでそれを全て受け、巻きついてくる影は何故か見えない刃でもあるかのようにスパッと切り取られて下に落ちる。

 

 そして余裕綽々でゆっくりと間合いを詰めて来るのだから理不尽極まりない。

 

 無論。普段の彼であればみっともなく泣き喚いたり、眼の幅涙やら垂らしまくって見苦しい事この上もないオプションを付けまくってくれていた事だろう。

 だが、今の彼の意識はスっ飛んでいる。

 

 女の子にちゅーする為にあらゆる障害を乗り越えてゆく魔王と化している。

 ……のだが、何故か彼はウザいほど余裕を見せまくって高音に迫りはするのだが、どういう訳かオートガードしている影“だけ”に攻撃し続けていた。

 

 「(な、なぁ くぎみん。横島さんのアレって……)」

 

 「(……う、うん。多分)」

 

 高音の攻撃が当る瞬間、微かに赤い光が見えているのだからおそらくはサイキックソーサー。それもエヴァ主催の拷問大会によって培われてしまったピンポイント版だ。

 

 知らぬ者からすれば高度な無敵防御であるが、解ってしまえば崖っぷちの防御法だ。何せそこ以外は地力耐久力のみなのだから。どうやって攻撃しているのかは不明であるが、やはり特訓で得た力を使っているに違いない。

 

 それにしても…と二人が改めて思うのは、やはり無意識に女性への攻撃を避けている事。その全ての攻撃は使い魔に対してのみである。

 

 高音本人に向けては手も上げていない。

 

 今更くどくど言い続けるのもナニであるが、横島の反射神経は良くも悪くも人智を超えている。

 霊能力がなかった時代ですら、手加減されていたとはいえ龍神が放った剣を回避しているのだ。

 そして今の霊感によって底上げされている勘は人間の上限を突破している。よって彼女程度の術師では難しいだろう。

 

 未だ拳を交えてはいないが、この学園最強クラスである高畑の“見えない拳”すら初見でもかわしまくるだろうと大首領が言っているくらいなのだから。

 

 しかし意識が飛んでいる今は回避は行わず防御のみ。それが逆にそんな攻撃なんぞ効くものかと挑発しているようなものなので当然ながら相手もキれそうになる。

 どのような状態でも相手のリズムを狂わせて見失わせる戦法は変わらないという事か。

 

 「ば、馬鹿にしてぇっっ!!」

 

 現に、その人をおちょくった態度には高音も堪え切れない。

 

 当然そうなると隙も多くなり、横島にとっては絶好の的であろう。今までだってそういう戦い方をしてきたのであるし、鍛錬の時もそれを行い、そういう戦い方だと解っている筈の楓らですら翻弄しているのを円も木乃香もずっと目にしている。

 

 しかしそんな隙だらけで的に過ぎない今の高音に対し、やはり横島は一度も手を上げていない。

 

 結局、我を失ってはいるが横島は横島という事なのだろう。

 

 そう改めて感じ入いると、こんな状況だというのに二人の口元に小さな笑みが浮かんでいた。ナナも何だかうんうん頷いているし。

 生垣から顔をにゅっと突き出して嬉しげな顔をしている様は、エラいシュールな光景ではあったが。

 

 一方、そんな少女らの気持ちなど知る由もない高音は、感情に流されたまま喜劇の舞台で真剣な戦いを演じ続けていた。

 

 魔力を練り上げ、影を用いて生み出した使い魔達。

 そんな使い間の攻撃は尽く弾かれ、いなされ、或いはバラバラにされてゆく。

 高度な確立が成されており、実体感があるのは成る程大したものだ。この年齢にして中々の技術だといえよう。

 学生の身分ではあるが陰で警備活動を任されていたのは伊達ではないのだと解る。

 

 だがしかし、横島のパートナーである楓も並ではない。

 

 彼女は使い魔こそ使用できないのであるが、その代わりに異様に密度の高い分身を使ってくるのだ。

 尚且つ連携やらタイミング、フェイントまで織り交ぜた多種多様なパターンの組み上げは高音よりずっと上なのである。

 

 今学期の初めに楓と出会ってからこっち、古まで交えた三人でずっと組み手やら鍛練やらを続けさせられていた彼であるし、尚且つ大首領の元で地獄の猛特訓を受けさせられているので、一対多といった戦いには物悲しいほど慣れていた。

 身も蓋もない言い方になるが、高音の戦い方は楓らよりずっと劣っているのである。

 

 床の上を滑らせて間合いを詰める影。その数は四つ。

 テーブルや生垣の影を経由しているので気付き難い事この上もなく、通常であれば間違いなく不意打ち可能である。

 更に影はその手を鞭のように撓らせて伸ばしてくる。言うまでもないが鞭の初速は普通人の眼に捉えられないほどなので避ける事は難しいのであるが、

 

 「あ、危……っ!?」

 

 「……っ!!」

 

 背後から横島への攻撃。思わず円と木乃香が声を洩らし、ナナが眼を塞ぐ。

 本気で打ち倒す気になっているのだから手加減をあんまり感じられないのも手伝っているだろう、かなり怖い攻撃だ。

 

 だがサイキックソーサーという霊気の盾は並ではない。

 

 高音が『捕った!!』と確信したほどの攻撃であったのだが、(意識が飛んでいる事もあるが)怯ませる事も出来ず、逆に押し負けている。

 タイミングが合ったと思っているのは高音だけで、実際には攻撃の到達時間が早い順に防がれていたのである。しかしぱっと見には無敵防御された風にしか見えないのが恐ろしい。その分、彼女のショックも大きいし。

 

 彼女が絶妙だと思ったであろう間の取り方も先に述べたように楓らよりずっと鈍いのだ。

 

 何せ底意地の悪さで定評のある大首領と、トリッキー且つ多彩な戦いを旨とする楓であれば、わざと避け易い攻撃をして回避させて追い込むくらいの事はする。避けられたと安堵した瞬間に覆されるショックで追い込むのだ。

 

 そんな性質の悪い攻撃を完全に往なすには、己の運と奇跡を信じつつ呼吸する間も惜しんで隙間隙間を縫いまくって回避し続け、あるのか無いのかはっきりしない儚いチャンスを勘で見極めるしかない。何せようやく得られた息継ぎの間すらも、呼吸を乱させる罠の可能性が高いのだから。

 

 悲しいかなその鍛練はキチンと身体に染み込んでいた。だからこその超対応である。

 

 それに確かに高い実力を持っているであろう高音であったが、それは飽く迄も“上手い”という範疇であって“強い”訳ではない。

 言い過ぎでも何でもなく、彼女の攻め方は多岐に見えて単純な力押しで稚拙なのだ。 

 尤も、そんな高々度の戦いを実際に身に受けた事のない者にとっては眼を見張る攻防である。

 

 特に高音に攻撃にビクともしないそのド非常識な守りの堅さには、目を塞いでいたナナ以外の皆も一瞬呆気にとられていたりするのだから。

 

 だが、魔法戦素人の円やナナは兎も角、普段前線に出ている者が戦いの最中で“呆気にとられてしまう”のは頂けない。

 

 そんな微かな隙を、戦いというものを知る人間が見逃してくれるはずがない。

 

 氷面を滑るような有り得ない速度で詰め寄り、やおら手を伸ばして影の鞭腕を掴み取って力任せに引っ張り、何とド器用にも結び上げてしまった。

 ご丁寧にも結び目は綺麗なプレゼント結びである。

 

 「こ、この……っ!!」

 

 相手をおちょくって自分のペースに引きずり落とすのが横島の真骨頂。やはり人を喰った戦い方は魂レベルで染み込んでいるようだ。

 

 当然ながら根が真面目な高音にとって相性は最悪だ。

 視界が真っ赤になってしまうほど冷静さが削られ、相手を侮って隙も大きくなる。結果、すり抜けて来た横島への迎撃も間に合わない。

 無論、彼女にはガード兼攻撃補助用の使い魔が張り付いている。それらに対する信頼がカウンターを叩き込んでやるという判断を持たせてしまう。

 

 「え?」

 

 しかし、その腕が動く事はなかった。

 いや腕どころか身体そのものの動きが何かに縛られたかのように鈍くなってしまう。

 

 「お、お姉様……っっ え? 私も!?」

 

 高音の動きがピタリと止められているのを見て駆けつけようとした愛衣であったが、その彼女まで動きが封じられていた。

 いや、相手が悪いというのにもほどがある。

 

 例え結ばれているとはいえ、マンガじゃないのだから解けば良いのだ。

 それが“出来ない”という事に気付けなかった時点で全てが出遅れている。

 ――いや、例え気付けたとしても理由が解らなければどうしようもないだろう。

 

 「……い、糸?」

 

 「え?」

 

 この円のような霊視能力が無ければ、細い糸のようなものが巻きついているなど解る筈もないのだし。

 そしてそれらの糸が素早く巻きついて影をバラしていた等と思いつくはずも無かった。

 何せ彼女にしても、修学旅行での横島の一件を詳しくは聞いていないのでどういった能力やら知る由もない。

 

 「邪魔をしないでくれたまえ」

 

 そう静かに言って、両手をゆっくりと伸ばす横島。

 

 手が仄かに光って見えているのは霊気が集まっているからだろう。当然のように次に何をしようとしているのか解らない二人は身構えてしまう。

 横島は肩に力を入れ、僅かに竦ませるように一歩踏み出す。

 高音も愛衣も、動きを封じられてはいたがぐっと身を硬くしてそれに対応しようとした。

 

 迎撃は出来ずとも自分の抗魔力を上げれば一撃くらいは耐えられるだろう。と、相手の能力の質も解っていないというのに随分と気が大きい話であるが、解っていないからこそとも言える。

 どちらにせよ、耐えてチャンスを待つ以外手が無いのだからしょうがないとも言えるのだが……

 

 その予想は裏切られる事となる。

 

 パンッ!! と勢いよく打ち合わされる拍掌。

 

 それと共に貫くような閃光が高音らを襲う。

 猫騙し宜しく軽く手を打ち合わただけなのであるが、その光は二人の身体に圧力すら与えていた。

 音こそしなかったものの、それは横島お特異のサイキック猫だまし(弱)である。

 右と左の掌に集められていた霊気はスパークを起こし、フラッシュのように光を放ったのだ。

 

 「きゃっ!?」

 

 「眩しっ!?」

 

 その眩しさに視界を奪われ、反射的に光から眼を庇ってしまう二人。

 

 二人とも、それが絶大な隙である事は解っている。

 戦いの最中に視界を塞がれることは死を意味するのだ。解ってはいても、唐突にフラッシュをたかれれば肉体は反射的に眼を庇って動いてしまう。

 頭では拙いと解ってはいたのであるが、そう思考が立ったのは眼を庇った瞬間。全ては遅きに遅し。

 間合いを詰められる!? と、二人に緊張が走る。

 しかし、その想像もまた裏切られる事となった。

 

 何と視力が戻った二人が見たものは横島の背中。

 

 彼は二人に対してくるりと背を向け、動きが取れない彼女らを無視するかのように、本来の目的である円達が潜む場所に向かって歩き出しているのだ。

 二人とも何がなんだか解らないのだがどうにも身体が動かない。しゃべる事と呼吸以外の行動が取れなくなってしまっているのだ。

 こうなったらと学園に念話を試みた高音であったが……

 

 「あ、あれ?」

 

 何と念話が全く届かないではないか。

 

 驚いて首を無理矢理動かして愛衣の方に顔を向け、眼でもって問うのだが彼女も同様に驚き返っているので念話はやはり無理なようだ。

 

 単に身体が動かせない状態にされていたのならここまで驚かなかったであろう。

 気が付けば使い魔の構成すらも解けており、ぼろぼろと崩れて影に戻ってゆく。

 何と一瞬の間に身体の自由はおろか魔法の力すら、何もかも封じられた状態にされているのである。

 それは驚かない方がおかしい。あまりの事態に呆然としているので解り辛いのであるが……

 

 まぁ、なんて事はない。

 彼お得意のペテンに引っかかっただけなのだ。

 

 先ほどの絶対的なチャンスでのプレゼント結び。その際、霊糸を放って高音らにくっ付けていたのだ。

 その後の手をわざわざ光らせて見せたのは、何かしらの技を使うというフェイント。

 そして足を一歩踏み出したのは、近寄ろうとした風に見せる為。

 彼は踏み出したのではない。足先に落としていた“珠”を高音らの間に蹴転がしただけなのだ。

 

 転がされた珠は横島の霊波に反応して『縛』文字を浮かべで二人に巻きつけていた霊糸とともに動きを封じる。

 そしてサイキック猫だまし(弱)で視力を奪ってから、珠でもって魔法を『封』じたのである。

 

 珠の事を知らなければ……いや、知っていたとしてもこうまで巧妙に使われれば気付けという方が無茶である。

 それに“普通の魔法知識”しかない彼女達は、まさか自分らの真上に霊力を押し固めて作った珠が浮いていて、それが魔法を完全に封じている等とは思うまい。

 

 ただ、横島は珠を多用する事は自分を弱くする事だと理解しており、使わずとも何とかなるよう地力をエヴァに扱いてもらっている。

 だというのにこうまで簡単に使っているのはやはり自意識を無くしているからだろう。

 

 「……な、何をしたんですの?!」

 

 理解不能な状況だからだろう、高音の声は誰の耳にも上擦っていると解る。

 だが横島は何も答えずゆっくりと円達に近寄ってゆく。

 彼らの戦いを観戦する為、ウッカリと生垣から顔を出してしまっていたのだから解って当然だ。

 

 ここに来てやっと、高音は円らが潜んでいた事に気が付いた訳であるが、それは余りに遅い。

 

 幾ら冷静さを失っていたとはいえ、仮にも警備の仕事に着いている者が周囲の状況を調べる事を怠っているのだから。

 既に二人の手は顔の直前で動かなくなり、足は地面から離れない。いやそれどころか石化でもしたかのように足掻く事すらできない。

 

 高音は血が出るほど下唇を噛み、己の不甲斐無さを悔んだ。

 

 「おっ、おね、おねっ、お姉しゃま!?」

 

 そんな彼女に対し、愛衣は留める様な声を掛ける。

 彼女は優しい娘だ。後輩であり、パートナーでもある少女はだからこそ不甲斐無い自分を気遣って声を掛けてくれるのだろう。

 そうだ悔しがっている暇は無い。何だか知らないがあそこにいる三人が狙われているのだ。自分が動かなくてどうするのだ!!

 

 優しい後輩の声に後押しされ、そう自分を奮起させる高音。

 挫けかけた心に力をくれたのは後ろで固まっている愛衣のお陰。

 魔法は何故か封じられてはいるが、諦めてはいけないと思い出させてくれたのだ。

 

 高音はその思いに応えるべく、さめて眼差しでだけでも礼を伝えようと首をギリギリと向けたのであるが……

 

 「? 愛衣?」

 

 何かその可愛い後輩は様子がヘンだった。

 

 顔は異様に赤いし、目線は泳いでいる。感謝の眼差しに照れて眼を逸らしているのかと思いもしたのであるが、どうやらそうでもないようだ。

 よく考えてみると、さっきの声もなんか上擦っていたよーな気もする。

 そう首を傾げつつもふとその泳ぎまくりつつもチラチラと向けられる視線を追ってみると……

 

 「え゛?」

 

 彼女は知る由もないが、横島の珠はイマジネーションを込めて解放するようなものである。

 想像力さえ強ければ、その力は魔神すら騙せるほどだ。

 

 で、彼が珠に込めた字は“封”。確かに字だけならこれは封印の“封”なのではあるが、込めた意味合いは魔法が使えなくなるという“封”。

 

 最も身近でその状態でいる者を…エヴァのそれを知っているからこそできた。

 例え変身魔法を使用していようと、魔法効果の真っ最中だろうと学園結界によってキャンセルされてしまうという、謎の封印呪いのアレを見知っているからこそ。

 

 だから使い魔も構成が崩れて影に戻っていった訳であるが、そうなってくると当然ながら纏っていた影も解けるという事で――

 

 「き、きゃああああっっ!?」

 

 幸いにも服を影で強化していただけので全裸には至っていない。

 

 だが焦っていたからであろう単に衣服を影で強化していた為、元が普通の生地だというのに無茶な動きを強いた繊維は辛うじて影で繋がっているだけになっていたらしい。

 

 そんな服から影が崩れ落ちたのであるから、残ったのはズタボロの布切れ状態の元制服。

 それも要所要所“のみ”がさらされるという、恥辱プレイモドキである。

 おまけに眼を庇っていた時に固められているので、眼の辺りだけ隠した成年誌の素人写真状態。

 伊達に魔法風俗嬢だと誤解された訳ではないという事か。

 

 身体を隠そうにもピクリとも動けず、声を張り上げて人を呼んだらモロ見られてしまう。

 狙ってやった事ではないのだが、無意識でも性犯罪を起こしてしまうトコは流石横島という事だろうか。

 

 ともあれ、魔法風俗じ……じゃなかった魔法女生徒の奮闘も虚しく、戦いはこうやって終わらされたのだった。

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 普通なら絶対に見逃さないような光景に背を向け、ゆっくりと円のいる場に歩み寄ってゆく。

 

 何故だか彼の頭部の髪が後方にビンビン引っ張られているのだが、その歩みは止まらない。

 引っ張られている所為でスピード遅い可能性も感じられるのだけど。

 

 円はもう逃げられない事を悟っていた。

 

 いや、人ごみの直中を掻き分けつつ突き進んで魔法関係者を探し、助けを求めるという手もある。

 

 例えば前の担任である高畑。

 大首領から聞いているのだが、彼はこの学園都市で学園長に継ぐ実力者だとの事。

 他にも高等部やら大学部やらに実力者が揃っているというので、関係者に出会えさえすればどうにかなるのは間違いないだろう。

 しかしそれだと事が大きくなり過ぎるのだ。

 

 何せ円らを追跡する途中の障害物を全て“霊能力で”持って破壊し、魔法関係者を(狙ってはいないのだろうけど)セクハラで取り押さえ、今もまた女子中学生に対してナニかしようとしているのだ。

 

 流石に魔法使い達が罰として受けるオコジョ化まではされないと思うのだが、それでもかなり重い事になりそうである。

 

 最悪、もう会えなくなるかもしれない――

 

 そこまで酷くなる可能性は結構低いのだが、円にはその低い可能性すら恐ろしかった。

 既にナナにとっても大切で大事なお兄ちゃんであるし、円にとって……

 いや円()にとっても大切な男になっている彼。

 そかな彼が遠くに行ってしまうかねない可能性はゼロではない限り恐ろしいものなのである。

 

 「円君」

 

 優しく、それていて余所余所しい声をかけられ、ビクンっと身を竦ませる円。

 

 普段の彼なら兎も角、横島を感じられない声音は心に響かない。

 

 ス……と、差し出される手も彼の手なのに別人のよう。

 

 とてもじゃないがその手をとる気にはならない。

 

 「お、お姉ちゃん……」

 

 木乃香が抱えているナナも、何だか怯えている。

 横島が女の子に酷い事をしないのは、今までの戦いと彼女も本能から理解しているのでそちらは良い。良いのだが、今円が懸念しているような事を恐れているのだろう。

 スライムの姉達や、横島に会うまで寂しさに震えていたナナは、孤独になる事を異様に恐れている。

 

 無論、庇護者がいなくなるというだけではなく、あれだけ慕っている家族がいなくなってしまわないのかという恐れもかなり大きいだろう。

 

 だからこそ毛の先ほども助けを呼ぶような事も見せないし、可能性としてはゼロであろうが、横島に身体を求められたしても一緒にいられるならばと応じてしまいかねない。

 

 そんな二人の心など知らず、偽りの横島は嘘臭い笑みを浮かべてこちらに手を差し出している。

 その手を取れば自分がどうされてどうなる等、考えるまでもない事だ。

 

 ん? と軽く首を傾げる横島。

 

 その仕種を眼にし、円はかなりイラっときた。

 

 やっぱり今のアンタなんか横島さんじゃないっっ

 少なくともそんな胡散臭く微笑んだりしないっっ

 

 それに……

 それに、あれだけ大切にしている妹を怖がらせたり絶対にしないっっ!!

 “これ”が自分の念が生み出したと思うと、目にする事も憚られる吐き気が湧く。

 そしてそれ以上に嫌悪が浮かぶ。

 

 自分の馬鹿馬鹿しい想いがカタチになったものなのだから、欲の具現化したものである。

 自分にとって都合がいい人間な湾曲解釈された紛い物だ。それを突きつけられて喜んだりできるはずがないのだ。

 仮にも惚れさせて欲しいと口にしている相手。そんな彼がニセモノの想いを向けてくるのだから受け入れる気は全く湧いたりしない。

 

 いや、さっきまでなら微かにあったのであるが、涙すら浮かべているナナをみてはっきりと円はその気持ちを消し去っていた。

 

 本物の想いなら兎も角、こんな出来損ないの気持ちなんかいらないっっっ!!

 

 円は心でそう叫び、現実の横島を求めて相手の眼を見てそう完全否定した。

 

 

 

 

 ――いや、しようとした。

 

 

 

 

 「マ ド カ、チャン」

 

 

 「……え?」

 

 

 ギチギチと軋む音が聞こえそうなほど、差し出された手が硬い震えを見せている。 

 よく見るとその身体もガクガクと細かく震えているではないか。

 

 そのに何故か身体のあちこちで不思議な色の光が摩滅し、油の切れたゼンマイのように動きが鈍くなってきている。

 

 「ま、まさか……魔力に抵抗している?」

 

 ただ様子を見ることしかできなくなっている愛衣が、驚いてそう洩らした。

 羞恥に身悶えしていた高音も何を馬鹿な事をと思いはしたのであるが、横島を見てみると目を見張ってしまった。 

 

 身体から出ている光は世界樹の魔力の光。

 摩滅しているのは、身体から弾き出された魔力が世界樹の魔法によって戻っている様子。

 軋みつつ動きを止めているのは抵抗している証である。

 この男、僅かとはいえ世界樹から雪崩れ込んだ魔力を地力だけで抵抗しているのだ。

 

 「よ、横島さん……」

 

 日本の最大クラスの魔力を持ち、血筋もサラブレッドである木乃香は、何となくそれに気付けていた。

 

 確かに意識を完全に乗っ取られてはいたのであるが、自分らやナナの本気で悲しそうな顔を眼にした辺りでその眼に僅かに光が戻っていた事に。

 

 無論、世界に名だたる聖地の一つである麻帆良の世界樹に抗い切れるはずもないのであるが、彼の力は魔力や氣ではなく魂の力を元とする霊能力者だ。

 

 魂が乗っ取られでもしいない限り、動きを鈍くする事位はできなくもないのかもしれない。

 

 「そ、そんな非常識な……

  どれだけの抗魔力が高かろうと、

  二十年にも及ぶ魔力に抗える筈がありませんわっ!!」

 

 「で、でも実際にあの人は……」

 

 魔法の常識内しか知らない二人からすればこれは理解外の話。

 しかし横島に関わってから非常識にどっぷりと浸かってしまっている円達にとっては、ちょっと驚いただけで想定内という気すらしてくる。

 

 そっかぁ……何だかんだでやっぱずっと頑張ってたんだ……

 

 そう気付いた途端、円のイラ立ちはゆるやかさを見せ始めた。

 動きを鈍くさせているのは、その隙に逃げてという意思表示だろうが、それでも結局は解決に向うまい。

 話が大げさになって騒動が大騒動に発展し、横島が罰せられるだけになってしまいかねないのだ。

 

 「まったく……も~」

 

 考えてみれば自分が願ってしまった、という事実を羞恥があったとはいえ認めなかった自分が悪いのだから。

 

 踏ん切りが着いたのか、円は安心させるようにナナの頭を一撫でし、彼女にかのこを任せてすっと立ち上がり、一歩前に出た。

 

 「ちょっと貴女!!」

 

 実にあぶなっかしい格好のまま高音がそう咎める。

 

 魔力が充填されているから危険だと言いたいのだろうが、ある意味彼女の方がアブなかったり。

 そんな彼女に対し、うっさいっ 黙れっ という眼差しを送り、直に横島に眼を戻す。

 

 未だ彼の眼の光は鈍い。

 微かに意識はあるようだがそれでも、だ。

 何時もの彼じゃない事に、そしてそうしてしまった事に円の胸がちくりと痛む。

 その痛みが弾みとなり、円をまた一歩前に進み出させた。

 

 だが彼女の顔に悲しみの色は無い。

 涙が浮かんではいるが自己嫌悪交じりの苦笑のみで、後悔も恐れも感じられない。

 

 「あのね……もう忘れてるわけ?

  私は待ってる側(、、、、、)なのよ?」

 

 円はその手を取り、自分の胸に押し当てる。

 

 ドエロい男ではあるのだが、みょーなトコで純情なので彼女のその大胆な行動にぶぴっとナニか噴いて慌ててしまう横島。

 意識がスっ飛んであれだけ態度がでかかったにも拘らず、だ。やはり本質はそのままなのだろう。

 

 ここに至り、円の気持ちは完全に固まった。

 

 如何に告白に対しての夢を持っていようと、腹が決まれば現実的になる。こういう時にはどうしても女の方が強いのだ。

 「こう(、、)なっちゃったのが私の所為だとしたら、それは私が望んだって事だしね。

  逃げた私が悪いのっ だから全然気にしなくていいんだから」

 

 傍から見てるだけなら擁護のようにも聞こえるのだが、稚拙ではあるけどこれは“誘い”である。

 

 彼女の胸に押し立てさせられている掌からも鼓動でそれが伝わってくるのだろう、横島の意外と硬い理性にビギビキと音を立てて深くヒビが入ってゆく。

 

 そんな彼に対して今更照れが出てきてしまい顔を赤くしつつ俯き加減になる円。

 

 しかしその目は彼を見つめたままだ。

 

 狙ってやった訳でもないのだが、横島に……いや男に対してかなり深刻なダメージを与える上目遣いである。

 

 「あのさ……初めての時って私からだったじゃない。

  だから今度はさ、横島さんから……」

 

 自分の胸に押し当てたまま、微かに身体を振るわせつつ円はその瞼を閉じ、小さく唇を動かした。

 

 恥ずかしさが勝っているのだろう、最後の方は声になっていなかったのであるが、それでも何故だか横で見ている木乃香や、後ろから見ている高音らにも彼女が何と口にしたのか解ってしまう。

 

 即ち……

 

 

 

 して――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ン……っ!?」

 

 一瞬、何が起こったのか少女らも、いや当の円も解らなかった。

 

 逸早く気付いたのは木乃香だったのだが、彼女とて正気に返ったとしてもナニをどうとできる訳もなく、せいぜいナナの眼を塞げただけ。

 

 あーん 見えないレス~という幼女の訴えに反応する余裕もなかった。

 

 愛衣と高音は目の前に手を翳した状態で固まっている為よく見えはしていないのであるが、それでも気になるお年頃なのだろうチラチラと隙間から様子を窺っていたり。

 

 その円も自分から切り出したのであったが、やはり余裕なんか欠片もない。

 二度目とはいえ、今度は誘ってしてもらった事も大きかろう。

 

 前の時は勢いだけが先走りしており、尚且つ契約という儀式の意味があった。

 

 しかし今回は魔法といういらん力が後押ししてはいるが、

 彼が能動的に抱きしめて唇を塞いでくれた(、、、、、、)のであるから、以前のあれとは途轍もない隔たりがあるのだ。

 

 いやそれだけではない。全員……いや円ですら予想だにしなかった事もあった。

 

 傍目には自分の唇がやや乾いた彼の唇にふさがれただけ、であろうが実のところとんでもない状況下に円は陥らされているのだから。

 

 最初は、やはり強く抱きしめられた事に驚いて思わず眼を開けてしまった円であったが、その視界いっぱいを防いでいたのはアップになった彼の顔。

 

 彼女の視界にはそれ以外がなかった。

 

 自分が一人の女の子として抱きしめられてキスされているという事で頭が沸騰し、それでいて彼の本気の本音ではないという一抹の虚しさが湧き出す。

 

 それでも受け入れたのは自分だと開き直りで瞼を閉じたのだが……その瞬間、感触と感覚が一変した。

 

 確かに今の横島は意識を奪われてはいる。

 

 世界樹から雪崩れ込んだ強大な魔力によって、恋人のする情熱的なキスをする為だけのキス大魔王とされてしまってはいる。

 だが、魂まで汚染できている訳ではなく、行動が乗っ取られているに過ぎないのだ。

 

 霊的行為の一つに『口寄せ』というものがあるのだが、何故かマンガによって広げられている“それ”と違ってオカルト的な口寄せというものは、空の中に言霊が散ってしまわぬよう口から口に呪言を渡す事という一面もあるのだ。

 

 覚醒したてとはいえ円は受動的な霊能力保持者である。

 

 そして霧魔の一件で解るように、横島は霊波伝達力もずば抜けている。

 

 よって、世界樹の魔力に抗う為の超強力な霊波は、恰も衝撃波のように円に直撃。横島同様に意識を完全に奪われてしまっていた。

 

 ――いや?

 

 横島が抗っていた事からも解るように、霊的には意識があるともいえる。

 

 「はぁ……ん、ちゅ、ちゅ、あ……」

 

 「あわ、あわわわ……」

 「な、なな……」

 

 クラッシュゼリーを混ぜる様な湿りきった音と、荒く艶のある吐息が異様に響いて感じられてしまう。

 

 隙間も無くぴったりと合わされた唇の隙間から顎を先まで滑って滴り落ちる雫。嫌が応にも激しく舌が絡み合っているかが解る。

 

 若葉マークの少女らが、こんな本格的な大人のキスを見れたのだからそれは言葉も失うだろう。

 

 やがて今までで一番隙間……二センチくらい……が出来るのであるが、舌だけはその距離を認めないのだろう、お互いを求め合って絡まろうとする。

 

 しかし気が合い過ぎているのかお互いが同じ方向にぐるぐる回るだけで、吐息は絡み合っても舌は上手く絡まってくれない。

 

 埒が明かないと思ったのか、苛立ったのか、示し合わせたようにまた唇が重なってくぐもった艶声が漏れてくる。

 

 それでも肉体的に刺激が強すぎるのであろう、円は既に酩酊状態。その顔は熱病に浮かされたかのように真っ赤になっていて、彼の身体に回された腕もぐにゃぐにゃだ。

 

 横島の手が頭を支えていなければ水母のように身体が垂れ下がりそうである。

 

 いや、実際に力なんか残っていない。

 まるで身も心も捧げていると言わんばかりに、全てを彼に預け切っているのだ。

 やがて何となく円がしなだれかかるように身を倒すのだが、それでも唇を離さず撓るように彼女を抱き締め続ける。

 時折角度を変え、あらゆる角度から円を味わい尽くそうとでもしているかのようだ。

 

 その時――

 

 

 ゴクリ、と横島の咽喉が動いた。

 

 

 「「「の、飲んだ……」」」

 

 観客と化していた高音らと木乃香がそう呟き、同時に咽喉を鳴らす。

 

 本で見たり話に聞いたりしているものなんかより遥かに上。いや想像の範疇を超えている生のキスシーンは余りに刺激が強過ぎた。

 ついに三人は頭が真っ白になって考える事をやめてしまっているくらいなのだから。尤も眼を塞がれ続けているナナだけは、見えないレス~! 等ともがいてるのだが。

 

 まるで見せ付けるかのように何度も咽喉を鳴らしていた横島であったが、ついに身を起こし今度は円が身体を反らせてゆく。

 だらん、と円の腕が力無く垂れ下がるが、地面には当らない絶妙な角度。右手で深い腕枕のように頭と背中を支え、空いた左手で垂れた彼女の腕をとり、また強く抱き締める。

 

 クラスで中ぐらいのサイズの胸がまた彼の胸板でつぶされ形を変えるが誰も気にならない。

 そんな事よりも気になっているのは……

 

 

 ゴクリ――

 

 

 「「「の、んだ……」」」

 

 

 円の咽喉が動いた事だ。

 

 それを見届けされられてしまった瞬間、血圧が上がり過ぎて限界を迎えたのだろう愛衣は頭からぴゅーと煙を噴いて立ったまま失神。高音はというと支えようにもその事すら気付けない有様。

 愛衣は既に仮契約を行っているし、木乃香にしても知識でなら仮契約の儀式でどういう事をするかは聞いていたので、何をどうこう行うのか全く知らない訳ではない。

 

 だがここまで、契約という儀式的なそれではない、

 想いを通じ合わせる接吻(くちづけ)という行為がこんなにも生々しく、こんなにも凄いとは思ってもいなかった。

 それに彼女らが知る由もない事であるが、円は単にキスをしてい(されて)る訳ではない。

 

 肉体は横島に抱かれているし、霊体は彼から雪崩れ込んでくる霊波動に翻弄され続けているので、心身同時に抱かれているようなもの。

 

 更に肉体と違って霊体には快感限界値がない。

 

 横島が楓達に持っている感情は、如何に否定しようとも好意というレベルをとっくに飛び越えている。

 だから半役立たずと化している理性に必死こいて鞭打って何とか押し止めているだけで、実際には強過ぎるほどの愛情をずっと湧かせ続けているのだ。

 

 当然ながら円に対しての想いも、そこらの人間なんか足元にも及ばないほど強い。

 剥き出しになっている霊体にその真っ正直な想いがどっぷり詰まった霊波が雪崩れ込んでいる訳であるから、愛撫と化している口付けによるものと『想われる快楽』のダブルパンチによるダメージは半端ではないのだ。

 

 「んっ、んっ、んっんっっ!!」

 

 口をふさがれたままの乱れていた息はやがて切迫となった。

 

 荒いとかどうとかいうレベルを越え、痙攣すら起こしている。

 

 足はピンと伸ばされ、身体も強く反りかえる。抱き締められていなければ、折れよとばかりに反っていたことだろう。

 

 「ン、んンンンっっ!!」

 

 だけど唇を離さない。いや、離せない。

 

 霊力を使われたかのようにピタリとくっ付けられたまま。

 

 肉体霊体の双方同時に流し込まれてくる彼の霊波がとてつもない心地良さを齎していてそれを手放せないのだ。

 

 それでも形容不明の未知の快楽には恐ろしさを感じさせるのだろう、身体を小さく振るわせてしまう。

 だがそれが解ってしまうと、無駄に気遣う精神から彼女の怯えを取り去ろうと抱き締める力と霊波がもう一ランク上げてしまう。

 

 「ン゛~~~~~~~ッッッッッ!!!!」

 

 それが止めとなり、意識を繋ぎとめていた糸がプツリと切れた。

 

 一番下のチャクラから何かか突き上がり、脊髄を遡って頭頂から噴出した、そう感じられたのが円の最後の意識。

 頭の奥にツンと来るほどの刺激で弾ける星を幻視し、直後眼がぐるりとひっくり返り、串刺しにされたかのように手足が伸びきり痙攣。

 

 自分を見失わないよう何とか崖っぷちで踏み止まっていた円であったが流石に限界。

 

 あたたかい蜂蜜の泉に沈んでゆくような、甘ったるい脱力感に身を任せるのだった――

 

 

 高音と木乃香の二人は余りの光景に声も出なかった。

 

 いや、言ってしまえば単にキスを見せ付けられていただけなのであるけど、その内容が余りに濃過ぎたのである。

 

 事を終わらせた(?)横島は、円を床に直に寝させはしたもののそれでも優しげその頬を撫で、自分のハンカチで彼女の口元を拭いて自分のジージャンを掛けてやっていた。

 その所作からも、彼女ら対する想いが見て取れるほど。

 

 図書館島で部活を行うくらい本に接している木乃香であるから、当然ながら本をよく読む。

 

 関西呪術教会というバックボーンは知らなかったが、お嬢様というポジションは昔からで、ここ麻帆良に来るまではまともに友達との付き合いはなく、女学校という事もあって恋愛関係もリアルな話はほとんど無かった。

 ルームメイトの明日菜が元担任に向けていたそれは似ているようで何となく違うような気がしていたし、本屋ちゃん事のどかがモギに向けているそれも本気ではあるだろうがどこか子供っぽい。この間の古の相談に乗ったそれが一番身近でのリアルなそれであろう。

 

 「……」

 

 どきんどきんと胸の鼓動は高まり続けている。

 “皆の妹分”を目隠ししていた手を外して胸に手をやるとハッキリと手に伝わってくるほど。

 

 酔っ払ったような顔で寝っ転がっている円にびっくりしてナナが立ち上がるが、それにすら気付けないほど。

 慌てて円に駆け寄ってゆく幼子の背中に目もくれず、木乃香の眼差しはずっと横島に注がれ続けていた。

 

 彼は相変わらずの眼をしてはいたが、妹を溺愛しているのは変わらないようで、走ってきた彼女の頭を優しく撫でている。

 ナナも円が気になるものの、その手の感触に抗えないのか心配げな顔になったりふにゃっとデレたりと忙しい。

 

 今なら解る。あの手には抗えまい。

 

 手から伝えているのは激烈な親愛だ。

 愛情に飢える子供が抵抗できる訳がないのだ。

 そして恐らく、円は同レベルのパワーでベクトルの違うものを注がれたのだろう。でなければあんな表情で失神すまい。

 

 注がれたであろうものの見当は付く。

 

 今だからこそ、それが理解できる。

 

 「……」

 

 木乃香は、ナナを手放した事で空になった腕でもって自分をきゅっと抱きしめた。

 

 今更否定する気は更々無いのだけど、それでもまさかという気もあった。一番縁遠いものだったのだから。

 でも、あの妹との触れ合いや円との行為を見てはっきりと思い知ってしまった。

 

 

 自分は、羨ましいのだと……

 

 

 それを自覚した正にその瞬間、彼がこちらを向いた。

 息が止まる思いとはこの事だ。

 それを想像していた直後なのだから当然だといえよう。

 

 顔が熱い。胸が高鳴る。解っている。自分が“期待”しているのだと。

 

 高音の制止と退避の声を遠くに聞き、あえて耳を素通りさせて木乃香はゆっくりと立ち上がった。

 

 彼は、それを確認したかのようなタイミングで円をナナに任せて一歩踏み出す。

 

 

 そう、魔力はまだ切れていない。

 願った者がまだいるのだから(、、、、、、、、)

 

 恐れからではない自分の身体の震えに奇妙な心地良さを感じつつ、木乃香は差し伸べられた彼の手を取り――

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「お嬢様!!」

 

 「あ、せっちゃん」

 

 街路樹を蹴って飛び、テラスに飛び込んで来たのは刹那である。

 

 人通りが少ない場所ではあるが実に大胆な行動である。まぁ、麻帆良であるからスゲーっという感想で終わってしまうだろうけど。

 

 「これは……

  一体、何があったのですか?」

 

 見知らぬアドレスからの電話が携帯に掛かり、首を傾げつつも通話ボタンを押してみれば何と相手は木乃香。

 驚く刹那であったが木乃香は軽く流しつつこの場所に来て欲しいと頼み込んで来た。

 

 訳は解らずとも急いできてくれと言われたのだから行かねばなるまい。

 だからネギとのどかのデートをストーキングするのを止め、文字通り押っ取り刀で駆けつけてきたのであるが……

 

 まず眼に入ったのは何だか荒れているテラスの床に座り込んでいる制服姿の木乃香。

 

 分かれた時はクラブで使っているローブを着ていたのと疑問に思うのは当然であるが、そのローブは何故か昨日初めて見た魔法生徒の少女が身に纏っていた。

 

 それだけでも訳が解らないのに、その少女は何だかぷんぷん怒って説教をしている相手は鍛練でお世話になっている横島である。

 彼は見事としか言えないふつくしい土下座(、、、、、、、、)でもってひたすら彼女に謝り倒していた。

 土下座をしている事が似合いすぎている為か、或いは何故か一緒に土下座している小鹿がいるからか定かではないが、シュールとかどうとか疑問も浮かばないのが物悲しい。

 

 そしてこれまた謎であるが円が泥酔しているかのような真っ赤な顔で木乃香の左膝を枕にしている。

 反対の膝にはまたまた謎であるが真っ赤な顔の少女……やっぱり昨日見た自分らより年下っぽい魔法女生徒が。

 ナナもいたりするのだか、彼女は木乃香の側で銀色グミの形態でちょこんと座って(?)いる。なんか湯気が出てる気がするのはなぜだろう?

 

 カオスとまでは行かないが、何が何だか解らない光景がそこにあった。

 

 「え~と……何ちゅーたらええかなぁ……」

 

 そう楽しげに首を傾げる木乃香。

 言いたい事はあるのだけど、説明が難しい。だけどそれを考えるのが楽しいといった風。

 

 刹那はそれを見ながら内心首を傾げていた。

 何だろう? ちょっとの間に何だか雰囲気が変わったような……と。

 

 「まぁ 正直に言うたら横島さんが世界樹の魔法にかかってもぅてな」

 

 「は?」

 

 それは刹那も驚いた。

 

 彼はポイントに近寄らないように言われているとの事であるし、そうだとしても一番関わりそうな色ボケくノ一やバカンフーがいないのだから。

 

 だったら誰が告白しようとしたというのか。かかった、と言うのだから掛けた相手がいるのだろうし。

 

 一番可能性があるのは寝っ転がっている円か? 顔も真っ赤っかであるし。しかしだとしたらこの魔法女生徒は一体……

 

 

 謎が謎を呼んで首を傾げまくる刹那を木乃香が呼んだのは、腰に力が入らないだろう円を寮に連れて帰ってもらう人手だ。

 横島に頼んでも良いのだけど、何か不味い事態なる気がするし。

 

 ……尤も、自分も立てるかどうか怪しかったりするのだが。

 

 「あ、ちゃうか。

  ウチらがかかってんな、魔法に」

 

 「え゛?」

 

 顔がハニワのようになって驚く刹那を見てクスクス笑う。彼女の表情と自分が思い至ったものが面白かったのだろう。

 

 木乃香は無意識に指で自分の唇を軽く撫で、それに気が付いてまた小さく微笑んだ。

 

 まるで何かの感触を味わうかのようなその所作は、刹那もドキンとしてしまう色気が漂っていた。

 

 それが、その木乃香が漂わせている“それ”が、一端のオンナのそれであると気付けるには――

 

 

 もうしばらく掛かるようである。

 

 

 




 削り削って直しに直して逆にgdgd化が増した気が……なんてこったい。
 危うく18禁に向けかけてました。いや~面目ない。

 Enchanted……邦題:魔法にかけられて、の原題日本語読みですw
 テーブルトークとかの所為か強化魔法っぽいイメージが強いようですが、“魔法にかけられた”という意味の他に、魅了されて、誘惑されてという意味もあります。

 で、今回のメインは木乃香と円でしたw

 円が待っているから待ち望んでいるにランクを上げた事に自覚し、木乃香のLikeがLoveに傾くイベントですね。
 茶々が入ってませんから、本屋ちゃんとネギはほのぼのデートです。
 え? ハルナが覗いている筈なのに大人しい? いや一人じゃ盛り上がらないからでしょうww

 基本、ネギの行動は原作準拠です。単にエッチイベントがやたら削られるだけで。
 その分、横っちの方のエロパワーが大変な事に……ww

 だけど、これにも意味があります。終わるまで待ってみてください。スミマセン。
 今回で木乃香フラグが立ったのは後の後で意味が……遠いぞーっっ(涙)

 次もやはり学園イベントです。
 ヒロインは、“ある意味”楓。ハテサテ?
 学園祭編で吹っ切らせる為、裏のヒロインとの絡みが大変なんですわ。ヤーレヤレ

 それでは、続きは見てのお帰りです。
 ではでは~



                                     

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