-Ruin-   作:Croissant

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二十六時間目:エンチャンテッド
前編


 麻帆良学園学園祭。

 通称、麻帆良祭――

 

 今年で七十八回目を迎えるそれは、僅か三日間とはいえ学園都市全てを使った馬鹿騒ぎであり、観客動員数のべ四十万人にも及ぶ学園一大イベントだ。

 ただでさえ世界規模でも有数の規模を誇るイベントなのであるのだが、期間中の麻帆良学園は学生達の悪ノリもあって巨大なテーマパークの様相を呈してしまう事となる。

 

 何せモノが超巨大学園都市であり、意味不明な建物も多々ある為に施設の確保には事欠かない。

 

 宿泊の施設等にしても中等部以上の空き教室に仕切りを入れて整えればあっという間に出来上がる(それも下手なホテルより質がいい)し、足りない設備等も設備もちゃっかり大学部やらがリースしてくれる。

 その大学部のテックレベルも何か間違ってね? と言うほど世界に誇れてしまうものなので何かあった場合の医療関係や設備に至ってはそこらの大病院より上だ。

 更に裏ではこっそりと魔法関係者が広域指導員に混ざって眼を光らせているので治安も良い。

 

 こんなところなのだから観光客だって安心して回れる穴場として訪れるのは当然だろう。

 

 その噂を聞きつけ、関東圏から観光に訪れる者が増加して行き、口コミや家族連れ等によって年々その数を増加させていき、ここ十数年で商業化が過激さを増している各クラブの奮闘(悪ノリ含む)もあって、一説には一日で二億六千万モノ金が動くと言われるにまで至っている。

 ホントか嘘かは定かではないが、この三日間で数千万を稼ぐサークルや学祭長者といわれる生徒もいるという。

 

 そんな噂が出るものだから、後に続けとばかりに生徒達も更に力を入れるというスパイラルが起こり、この三日間は乱痴気騒ぎ馬鹿騒ぎが続き、後夜祭ともなると筆舌にし難い騒動となるらしい。

 

 元々は国際化に対応した自立心育成の為の営利活動許可だったそうだが……見ようによっては広大な敷地を使った企業設立シュミレーションに見えなくもない。

 ある意味、その基本理念も間違ってはないだろうが、やっぱり何か違う気がする。

 

 まぁ、そんな事情はさて置き――

 

 

 「わぁ……

  わぁっ、わぁ~……」

 

 「な、何ちゅーたらええか……」

 

 「ぴぃ~?」

 

 その地に住んでいるとはいえ新参者の兄妹と小鹿は、学祭当日を目の当たりにして呆気にとられていた。

 

 特に妹の方は、元々が田舎(というか森の中)の出であり、この学園都市の広さだけでも戸惑っていたのだ。

 そこに来てこの超巨大なイベントである。

 確かに妹魂持ちの兄によってあちこちを連れて回ってもらっているし、前夜祭までの騒ぎも目にしている。

 屋台の手伝いなんかもやっているので人ごみにも慣れてきていた。いや、慣れたかなぁ…というレベルに何とか達していた。

 

 が、流石に当日の乱痴気規模は格が違った。

 

 昨日の前夜祭もそりゃあ凄い騒ぎで、3-Aの女の子(主に鳴滝姉妹)に引っ張られて行ったこの男も『こ、これがじょしちゅーがくせーパゥワァーか!?』と再驚愕させられたわけであるのだが、今日になって見比べると昨晩の大騒ぎですら火をつけた爆竹程度に過ぎず、本番のそれは絨毯爆撃のようにこの街一帯を弾け狂わせているのだ。

 

 そのお陰というかその所為というかで、件の妹者は熱でも出てるんじゃ?! と心配してしまうほど顔を赤くして目をナルトにしているではないか。

 

 所謂、気中りというやつであるが、未だ呆然としてフラついてるし、横で手を繋いでいる兄貴様がいなければ尻餅をついていたかもしれない。

 

 この街に来るまで行動範囲が狭かったのも原因だろう。まさか街そのものがテーマパークになる等、常識の外であるし彼女にとっては更に想像の外の話であるのだから。

 

 で、そんな少女の兄者はというと、非常識が服着て歩いている彼からしてもやっぱり大きいにも程がある規模に対面し、軽く意識を飛ばしていたりする。

 

 ヒンデンブルグも驚くような麻帆良祭実行委員の飛行船がアナウンスしながら宙に浮かび、別の空では麻帆良大学航空部の複葉機連隊が曲芸飛行をしている。

 

 その下を練り歩くオープニングパレードは、ATモドキやら恐竜ロボやらパワードスーツ、騎士やら武士やら妖怪やら元ネタ不明な何かやら雑多にも程がある仮装集団が練り歩いている。象(本物っポイ)までいるし。

 

 そんな集団を開催の合図と共に放たれた鳩と風船、花吹雪、熱気球が低空で浮かんで華を添え、見物人の歓声がそれらを彩る。

 

 湖の方では鳥人間コンテストが行われ、都市内のケーブルテレビ専用番組の野外イベントや、クラブや学年別イベント、そしてクラス別の出し物等の呼び込みで活気に満ちているにも程があった。

 

 いやそれどころか仮装やトリックではない本物の人外(除く、吸血鬼,幽霊)までさり気無く混じっているではないか。

 どさくさに紛れて遊びに出ているのだろうが、この学園の者は誰も気付いていないようでちょっと頭が痛かったり。まぁ、無害っポイから良いのだけど。

 

 かと言って、そう何時までも呆けている訳には行かない。

 

 「何もこんなクソ騒がしい日にコトや起きんでも……

  オレってどんだけ神に嫌われとんねんっ!!」

 

 『知らぬわ。

  我々も感じただけであるし、文句があるのなら超に言え』

 

 昨晩の前夜祭イベントで夜更かしして結構辛かったりするのであるが、そうも言ってられないのだ。

 

 朝っぱらから出店のお手伝いに起きて出ていたという自慢の妹を待ち、家族三人(二人と一匹)でその辺でダラダラして過ごして昼から本格的に見て回ろうと悠長に考えていたのであるが、この妹の手伝いが終わって着替えに行った直後の十時頃、いきなり横島と心眼の霊感に引っかかるものを感じてしまったのである。

 

 それは正に昨日、朝から起こってしまった騒動の切欠となった波動。時空震――いや、よくよく考えてみれば感じたのは<震動>ではなく<振動>程度。ならば時空“振”が正しいだろう――だったのである。

 

 「そーは言うてもなぁ……

  昨日のは鈴ちゃんがやったっポイんだけど、今回のは違うやろ?

  なんせ目の前におったんやし」

 

 『まぁ、確かに研究棟の方ではなかったしな。

  仮にも時空()なんぞを起こすにはそれなり以上の施設も必要だろうし。

  忌々しいが今回のは超ではなく、

  別の者たちが何かやったと見るのが正しいのではないのか?

  場所も学校の方のようだしな』

 

 「うーむ……」

 

 なんかビミョ~に件の少女に毒を混ぜている心眼はさて置き、

 昨日との関連が掴めず首を捻っている彼であるが、もしその場に行く事が出来ていたとしても無駄だっただろうと思っている。

 

 もしそれが例の娘だとすれば(意図的でない限り)現場に何か残している可能性は低いし、仮に彼女ではないとすれば昨日引き上げられた警戒レベルをすり抜けられた訳であるから尚更だ。

 

 彼女の性格上、そういった相手を舐めるような裏のかき方をしないとは言えないのであるが、中等部校舎には関東魔法協会の施設、特に理事室まであったりするので昨日の今日ではリスクが大き過ぎる。

 

 いくら何でも警戒されている中で事を起こすのは賭けにも程がある訳であるし、あの連中の拠点の直中でそんな事をすれば流石の少女とて気付かれてしまうだろう。

 

 無論、今さっき感じた波動は単に学校の魔法関係者が何かやっていただけという可能性も無い訳ではないのであるが…… 

 

 「んだけど……な~んか引っかかんだよなぁ~」

 

 「ぴぃ~」 

 

 彼は本物の霊能力者であり、その使い魔のかのこは天然自然の精霊だ。

 

 だから彼は理論より何よりその霊感や勘が何かしら訴えかけてくるし、かのこもその不自然さに戸惑いを見せている。だからこそ彼らも、否応にも気を張っている訳だ。

 悲しいかなその霊感や勘はめったに(悪い予感は特に)外れた事がないのだから。

 

 学園側に聞いてみるよりも前に、念の為にと調査というしたくもない時間外活動を自分から行っていたのもそれが理由だ。

 

 『ただ、妾にはあの波動は世界樹とやらと同調していたように感じられた。

  例の樹から漏れる魔力とやらを制御する学園側の仕掛けの可能性もある』

 

 「そうかも、な……

  せやけど、何か鈴ちゃんが関係しとる気がしてならんやけどなー……」

 

 『どっちなのだお前は?』

 

 額の相棒と会話を交わし、うーむと首を傾げていた彼であったが、可愛い妹の事をハッと思い出して慌てて彼女を支えて自分に掴まらせた。

 

 しばらくボ~としてた彼女も支えを得た事と、その喧騒に馴染んだからだろう、どうにか気を取り直して『スゴいレス、スゴいレスっ!!』とはしゃぎ始めている。

 

 こうなってくると妹魂としては彼女をパーヘクト(注:“パーフェクト”にアラズ)にエスコートせねばなるまい。まぁ、文句は無いのだが。

 兎も角、出店等をひやかしつつ調査っポイ事もやっておこうかねと、小鹿を促して愛妹の手を握り直し、この楽しげなパレードの一部にとしてその流れの一部へと身を委ねるのだった。

 

 

 

 花火の音が響き、花吹雪が舞い跳ぶ巨大テーマパークと化した麻帆良学園。

 

 この都市の長い長い……激動の三日間はこうして開けたのである。

 

 

 

 

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        ■二十六時間目:エンチャンテッド (前)

 

 

 

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 さて、そんな血が繋がっていない(、、、、、、、、、)実の兄妹(、、、、)が街を散策し始めた頃、

 先のバカ兄貴が気になっていた波動を出していた原因はといえば……これはまた傍目にも浮かれ切っていると解るほど浮かれまくっており、足が地に着かないままくるくる回って大通りを歩いていた。

 

 普段なら通行人が『何だコイツ?』と呆れてしまうほどのはしゃぎっぷりなのであるが、周囲の目に冷ややかさは無く温かい。

 それも当然で、外見年齢は実に若――いや幼く、どこをどう見ても十歳程度のオコサマなのである。

 だが、そんな力の波動を出せたのだからそこらの子供ではない。この少年には秘密があるのだ。

 

 ……まぁ、ぶっちゃけて言えば子供魔法先生のネギなのであるが。

 

 彼は件のバカ兄貴の困惑なんぞ知る由もなく、隠し様の無い喜びをぶち撒きつつ呑気スグル顔で麻帆良の街を歩いていた。

 いや、やはり地に足が着いていないと言い直した方が良いだろう。それだけ浮かれていたのだから。

 

 そんな様子の彼に、オコジョを肩に乗せて後を歩いていた少女は半ば呆れつつも声を掛けた。

 

 「しかし、怪しくはないですか?

  それがそう(、、)だとしても、

  使い方次第で大変な事になるものを簡単に貸してくれるとは……」

 

 『確かにな……

  如何に超 鈴音が天才だろうとこんなもの作れるなんて考え難い。

  いや、実際にあるんだからしょーがねぇんだが』

 

 彼女の問い掛けに合いの手を入れたのは、その肩に乗っているオコジョ……いやエロオコジョ妖精カモである。

 自分の相棒の少年は浮かれまくってクルクル回っているし、何よりその特性上少女の肩の方が良いのだろうか。

 

 いやそれは兎も角、その子供先生の参謀を自称しているくらいだから、よく考えるのは当然であり当たり前。

 少女――刹那と共にそんなネギ少年を眺めつつも色々と考えていた。のであるが……

 

 「もう、何言ってるの二人とも。

  クラスメイトを疑っちゃダメだよ。

  それにこれがあれば問題は全て解決だし!」

 

 ホントに良かったーと、くるくる回ってはしゃぐネギに二人(一人と一匹)して溜息を吐くか苦笑するしかない。

 

 「しかし……」

 

 『ああ、天才とかゆー枠を越えた異常な発明だぜ?

  そんな貴重なものを簡単に貸すとは……』

 

 だがそういった疑問の声も今の少年の耳には馬耳東風。いや失意からの復帰が今だ効き続けているだけか。にしてもはしゃぎ過ぎだ。

 

 『まぁ、無理もないか……』

 

 「ネギ先生だって魔法使いなんていうファンタジーな存在なんですけどね……」

 

 説得疲れたか、肩を落として溜息を吐く。

 しかしその視線の先にはネギの手の中に注がれたまま。

 彼の手の中にはカチカチと動いている星図計にも似たデザインの懐中時計があった。

 

 『しっかし信じらりねぇぜ……』

 

 「ええ……まさか」

 

 

 「『タイムマシンなんて……』」

 

 

 ネギがこれを手に入れたのは昨晩の事だった。

 

 色々と拷も……もとい、鍛練を行い続けて疲労困憊なネギは今日くらいは横になって休んでも罰は当らないよね? と当日まで休もうかなと思っていたのであるが、タイミング悪く受け持つクラスの女の子達に誘われてしまい、紛いなりにもイギリス紳士(見習い)である彼は断りきれず結局は皆と前夜祭を見て回る羽目になってしまっていた。

 

 疲れた身体に鞭打ってベッドから下り、根性で少女らの待ち合わせに向かおうとしたネギであったが、そこは子供。如何に魔法で持って身体強化しようと基本体力は子供のままなので体力は尽き掛け。足元もヨロリラとかなり心細い。

 かと言ってエヴァの城なんかに行ったら高確率でシゴキをおっ始められる事は目に見えているので本末転倒。

 そういった訳で、彼は通常時間で体力を回復&維持するしかなかったのだ。

 

 だがやっばり気力も尽きそうなネギは、最後の頼みとしてこの前お世話になった超包子でスタミナ食を摂って明日からに備えようとしたのである。

 

 そんな彼の様を見て驚いたのは意外にも超だった。

 

 側に葉加瀬もいたのであるが元々彼女は些細な事は気にしないし、古や茶々丸はそのシゴキの場にいたりするのだが、悪魔的も裸足で逃げ出す回復力を持つ非常識スグル男(某Y島さん)がいるので常識具合が狂っているのか、寝てりゃいいのでは? とあんまり気にしてくれないのだ。

 この場にいる常識人気味なのが超だったりするのはナニであるがそれは横に置いといて、余りに気の毒だと思ったのか彼女はお守りだとネギに件の懐中時計を貸し与えたのである。

 

 その時点では何が何なのか解らず、ただカッコイイ時計を貸してもらったというだけであったのだが、コトは今日の晩に起こった。

 

 ……文体的におかしな事を言っているように思われるだろうが、何時もの誤字ではない。

 本当に今日の晩起こった(、、、、、、、、)のである。

 

 超の心遣いの食事のお陰で何とか元気を取り戻したネギであったが、流石に子供の体力で徹夜明けはキツかったのだろうやはり疲労が強く残っていた。

 

 丁度、クラスの出し物の宣伝に出ていた のどからと合流し、麻帆良祭のパンフレットをもらって説明を受けていたのであるが、明日菜らの前でふらついた為にアッサリ見抜かれ、一休みしなさいと出し物の無い刹那に付き添われて保健室に向かわされてたのであったが……

 

 疲れがたまっていたネギはベッドに入って直に熟睡。それを見て安堵したのか何と刹那とカモまでも爆睡してしまったのである。

 

 しかし、次にそんな呑気な二人と一匹が目覚めた時は何と夜の八時。

 何とこの二人と一匹は周囲の喧騒も何のそのに、色々とスケジュールが詰まっていたにも拘らず全てすっぽかして眠り呆けてしまっていたのだ。

 

 流石に全てをすっぽかすというミスは痛過ぎる。

 担任としての責任もあるのだが、約束を破ったという罪悪感がズシンと圧し掛かってくるのだから。

 

 特にネギが のどかと待ち合わせしていたのが痛い。

 

 午後四時から一緒に回る約束をしていたのにもかかわらず、今は八時。

 彼女の事だ。四時間ず~~~~~~~~~っと待っている可能性が高い。いやほぼ間違いない。

 

 どーしよーっっ!! と慌てふためきつつも兎に角行ってみようと、自分の非を謝り倒す刹那と共に保健室を出ようとしたその瞬間。

 

 

 ――世界はぐるりと一転した。

 

 

 眼が覚めた時にはとっぷりと日が暮れていて、外の喧騒が灯りとなって室内を照らすほどであったと言うのに、奇妙な感覚を感じたと思った一瞬後、真昼間のように明るくなったのである。

 

 いや、それどころではない。彼ら以外の時間は午前十時に戻っていたのだ。

 

 狐に摘まれた様な気分のまま外に出てみるとやっぱり真昼間。さっきまでの夜の帳は欠片も無い。

 全員が寝ぼけていたのかと首を傾げつつ、ふとネギが携帯で時間を確認してみると……何と午後八時六分を表示しているではないか!

 そのタイミングで空を複葉機の編隊が飛び、『只今より 第七十八回 麻帆良を開催いたします』という執行部からのアナウンスが――?

 さっき聞いた筈のアナウンス。そしてのどかと共にいる“自分ら”まで目にしてしまった。

 

 事ここに至り、カモと刹那は信じ難い事であったが超から借り受けた“それ”が想像するモノであると思わざるをえなくなったのである。

 

 即ち――タイムマシン。

 

 古典SFの定番。映画ゆドラマ、アニメにまで使われまくった夢のマシン。 

 

 時を越え、未来や過去に跳んで時間にちょっかいをかけられるという、箱の中の半死半生のネコもビックリの反則の道具である。

 

 そんなドリーム(笑)過ぎるマシンが今、ネギの手の中にある――

 

 ネギだって男の子。そりゃあこんな道具が手に入れば浮かれもするだろう。

 その上、コレさえあれば問題が一挙に解決するのだ。

 時間が無くなればコレを使って戻れば良いのだから、スケジュールの過密さもなんのその。疲れても時間を戻って寝れば良い訳であるし。

 

 そう余裕が持てたのだから尚更だろう。

 

 よって刹那やカモの危惧なんか耳を素通りし、彼はしゃぎにはしゃいでいるのである。

 ……まぁ、ココんトコず~~っとストレスがマッハになるような鍛練がぶっ続けで行われていたのであるから無理も無い。緊張の糸がぷっつんしてるよーだし。

 

 「う~ん……そうかなぁ~

  クラスメイトを疑うのもいけない事だと思うんだけど」

 

 よってこれだけ彼女側に気持ちが寄ってしまうのも仕方が無いだろう。緊張感の無い事この上もないのであるが。

 

 「と、兎に角、一度話を聞いてみませんか?

  こんな超発明をアッサリ貸してくれた理由も知りたいですし」

 

 『ま、まぁ確かにそーだな。

  あの姉ちゃんの性格だったら『面白そうだから』、

  なんていう理由だとしてもおかしくはねぇんだが……

  やっぱ説明書も無しにこんなの使い続けられねぇしな』

 

 ネギのその脳天気にも程がある腑抜けっぷりに呆れつつもそう説得すると、流石のハイテンションな彼もようやく、

 

 「うーん 確かにそうだね」

 

 と納得の構えを見せてくれた。

 

 どうにか考え直して『よし、超さんを探そう』と意志を固めたネギを見て、ホッと安堵する二人。

 このまま何かあったら堪ったものではないし、天才ではあるけれど悪戯好きとしても知られている超の事だから何かの罠が潜んでいないとも限らない。

 

 大体、使える条件が不明なので何かの拍子に妙な人間の手に渡ったらどんな事故や事件が起きるか解ったものじゃないのだ。

 

 それを危惧している二人は、ネギが意志を固めてくれている今の内に向かわせようと二人してネギを引っ張って歩き出した。

 余裕が出来たので一刻を争う、という程ではないにせよ早い方が良いのだから。

 しかしこのままという訳にも行かない。何せ“この時間の自分達”が居るのだ。

 

 それより何より、マスターエヴァに知られるとどんな事態になるか解ったもんじゃ……

 そこに思考が至り、思わずブルってしまう二人と一匹。

 

 『お ちょうど貸衣装屋があるじゃねぇーか!』

 

 「成る程。変装して探すわけですね。それなら……」

 

 と、そんな時に目に止まったのは、何かエラい繁盛している貸衣装屋。

 

 成る程、皆はこんなところで衣装を借りて常識から離れて楽しんでいるのかと今更気付く。

 考えて見れば周囲は仮装だらけで、単に普段と違う衣装の者もいれば、あからさまに人外ッポイのまでいる。

 これならばどんな格好をしていたとしても今よりは目立たないだろうし、彼らだとは気付くまい。

 

 それを理解したネギと刹那は、カモの提案を飲んで変装して超を探す事にしたのであった。何故か二人してウサギさんであったけど、それは兎も角。

 

 

 しかし――

 

 

 「あそこが怪しくないですか?!」

 

 -ライドアクション GALAXY WAR-

 

 「え?」

 

 

 「次はあそこが怪しいです!!」

 

 -DINO HAZARD-

 

 「オイコラ兄貴」

 

 

 

 「いやー いませんねー 超さん!!

  あ、次はあそこが怪しい気が――っ!!」

 

 「ネギ先生ぇ!!」

 

 『最初っから探す気ねーだろ兄貴!!』

 

 

 ……どーも一人と一匹の前途は多難のようである。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「ひっくひっく……」

 

 「おー よしよし。

  でーじょうぶ。でーじょーぶだからなー」

 

 怖かったのだろう、しくしく泣いている幼女を抱っこし、あやしながら階段を下りてゆく青年が一人。

 幼女を心配してるのだろう、その足元にはまとわりつく白小鹿が一匹。鼻をぴすぴす鳴らしているのがそれを物語っている。

 

 それが逆にその催し物の凄さを物語っており、長蛇の列を作って中に入ろうとしている客達の期待は嫌が応にも高まってゆく。

 結果、口コミで広がってその集客数がすごい事になるのであるが……それは後の話だ。

 

 今更言うまでも無いだろうが、そのしくしく泣いている幼女はナナであり、抱っこしている青年は横島である。

 調査はどうなった? という話も無きにしも非ずあるが、何故か彼は向かおうとした場所を相棒に聞くとイキナリ立ち止まり調査を中止。心眼の戸惑いにもそ知らぬ顔でクルぅリと向きを変えて3-Aに直行したのだ。

 

 彼がやろうとしていた事を詳しく聞いていないからか、愛妹もお姉ちゃん(3-Aの皆)の様子が気になっていたのだろうから異を唱える事も無く嬉しそうに付いて来てるし。

 

 まぁ、自分らが手伝ったものがどういう評価をされているのかという事も気になっているのだろうし、元から見に行く予定はあったのだけど。

 

 兎も角、ナナがはしゃいでいるからかイマイチ意思の疎通がズレている兄妹は、他のクラスの出し物にも眼を奪われつつも、真っ先に3-Aに訪れたのであったが……

 

 このクラスの出し物である『HORROR HOUSE』はメインの入り口を潜るとコースは三つに分かれており、それぞれ違った恐怖度を味わう事が出来るオバケ屋敷である。

 案内やらコンパニオン(え゛?)、そして呼び込みまでが美少女揃いであるし、中等部の出し物という事もあってか一見気楽に回れる子供だまし的なオバケ屋敷だと思われそうであるが……差に在らず。

 

 何せ監修しているのがマジモンのプロのオカルト関係者。

 そして果てし無く無駄な方向に凝り性とキている。そんなのが関わってるのだから“普通”では決して終わらないのだ。

 

 何だかんだ言って現場でみっちり鍛え込んでいる彼である。

 どこにどう陰気が溜まったりするのか身体で覚えているのだ。

 

 その経験を生かして陰気が溜まりそうな角等に仕掛けを施すようにしているのだから、不安がピークになったところで脅かされたする客は堪ったものではない。

 

 無論、店員の少女らには内緒にしてはいるだろうが、本気でちびり掛けた客(男含め)結構いそうだ。

 その分、出口を抜けた時の開放感がハンパではないらしく、結構クセになっているようでリピーターもかなり見られている。

 

 ――結果、前述の通りに横島はおろか少女らの予想さえ超えた大人気スポットとなるのだ。

 

 それは良かった事であるし、3-Aの少女ら横島に感謝しているのだが、弊害が全く無いわけでは無い。

 陰気が溜まるところにスポットなんぞ仕掛けたものだから、本当に怪奇現象が起こりかねない。まぁ、それはコッソリ貼り付けてある“本物のお札”があるから良いのだけど……問題はもっと根本的なところにあった。

 

 ぶっちゃけ、本当に怖い(、、、、、)のである。

 

 実際、おこちゃまとかはマジに大泣きして出て来る(恐怖度3の<学校の怖い話コース>には失神者も出たらしい)し、気が弱い人間など、座り込んで動けなくなったりしているらしい。

 いや、仕掛け的には大成功なのだから良いのは良いのだけど。

 

 「えぐえぐ 怖かったレスぅ……」

 

 「お前、作る時におったやん。

  つーか、そんなんでよくオバケとして出演するや言うたな」

 

 「らってぇ~……」

 

 「わーった。わーったから」

 

 その涙目は凄く可愛いのだが、怖がっている愛妹に目尻を下げるわけにも行かず、横島は彼女が落ち着くまでだっこして慰めるしかなかった。

 だが、ナナのスペックならそこらのオバケどころか魔族を相手にしてもそれなり以上に健闘できるのであるが、こうまで怯えるのは如何なものか?

 

 しかし横島は思う。『可愛いからいっか』と。

 

 結局、こんな奴である。

 

 『じゃれるのは良いが……

  本当にあの波動をそのままにしておいて良いのか?』

 

 そんな横島に、呆れたような声で心眼がツッコミを入れる。

 

 大体、この校舎に入ったのだって元は調査の為だった筈。いや、確かに玄関に設けられた学園祭用のゲートを潜るまではそのつもりだった。

 

 しかし、何と言う事でしょう。どういう訳か出し物のひやかしがメインに変わっているではありませんか。

 それは心眼でなくとも呆れもするだろう。

 

 しかし横島とてただ遊んでいる訳ではない。

 

 「……お前。

  オレが好き好んで……いや、ナナと一緒におるんは好き好んでやけど……

  好き好んで現場に向かわんと思うとんのか?」

 

 『ム?』

 

 そんな心眼に対し、横島はナナの背中をぽんぽん優しく叩いてあやしながら、かなり真剣な声で言葉を返した。

 その真剣さは鹿の子もピタリと足を止めて見上げるほど。

 「さっきのアレ(、、、、、、)は学園内で起こっとったし、世界樹と連動してたんだろ?

  だったら前に高畑さんが言ってた、世界樹に溜まった魔力が関係してるかもしんねーだろ?

  例えば溜まり過ぎた魔力を発散するこの学園のシステムか何かとか」

 

 『う、うーむ……』

 

 「だったらそんな仕掛けがありそーな重要そうなトコや入れへんやろーが」

 

 何だかニュアンスが言い訳じみているが、一応は正論っポイ。言っているのが彼だからそんな気がするのかもしれないのだけど。

 

 『それは……そうなのだが……放ってもおけまい?』

 

 しかし心眼も簡単には引かない。

 横島のAFとは思えないほど真面目なのだ。

 

 それに予感めいたものがあったのかもしれない。この件には否が応でも横島が関わってしまうような気するのだと……

 

 だが――

 

 「そうは言うても、『念の為』以上の調査やでけへんがな。

  それに……」

 

 『? それに?』

 

 「このオレやぞ?

  このオレがンなトコ行ってヘタに突付いたら逆に事件を起こしそうやん……」

 

 『……』

 

 

 何だか知らないが物凄い説得力があった。

 

 

 己を知る者といえば良いのか。兎も角、彼も自分を良く解っている。

 何だかんだで事件の発端に関わってしまうトラブルメイカーなのは周知の事実。そんな彼の口から出ているのだから説得力もあるというもの。

 流石の心眼も黙る他無いほどに。

 

 「更に……」

 

 『?』

 

 「お前、校舎に入って直、位置的には保健室の方と言うたな?」

 

 『あ、ああ……』

 

 横島の表の仕事は用務員。

 

 よって、清掃等を行っているので彼の仕事にくっ付いてきている心眼は中等部校舎の造りをほぼ完全に把握しているのだ。

 だからこそどこに異常があったかも解るのであるが……

 

 「現場と思われる場所が保健室。

  そこを調べるという事は………

 

 

 

 

 

  煩悩の坩堝(保健室)を這い蹲って匂いを嗅いででも調査せぇと言うんか?

  お前までオレを堕落させよーっちゅーんか!?」

 

 『 ア ホ か 貴 様 わ っ っ ! ! 』

 

 ナナを抱きしめてつつ眼の幅の涙を流してそう心眼を責める横島。

 悲しいかな、真剣極まりないのだが言いがかり以外の何物でもない。

 

 尤も、そんな有様の彼にビックリしたナナが落ち着けたりしているので結果オーライだりするのだが。

 

 それは兎も角、横島は何だか知らないが必死になって行動否定してた。

 愚痴に自己批判が混ざっているのが物悲しいし詳細は省くが、自分を良く解っている事がその物悲しさに拍車をかける。

 

 ――実のところ普段の彼ならばそんなに焦る必要も無い。

 

 何だかんだで真面目に仕事している彼だから、保健室の清掃にも当然関わっている。

 同僚とする事もあるが、部屋が狭い事もあって一人の方が多い。

 その度にこんな風に悶えている訳ではないし、流石に(今の)横島もそこまで変態ではない。

 

 だが、今は学園祭の真っ最中。

 

 麻帆良学園中のテンションが上がりまくり、開放感に満ち満ちているのだ。

 よってその空気に感化されて横島の枷がかなり弛んでしまっているのである。

 

 教室で一緒に居て作業していた時はまだ鼻が慣れて気にならなかったのであるが、一度汗を流してサッパリしてから戻ってみるとやはり女子の花園。“少女らのかほり”に満ちていた事に今更ながら気が付いてしまった。

 

 何せ彼は十年の経験があっても生かす事のできない男。

 霊力が下がると煩悩スターターが回復するという謎のシステムを改良する事すら出来ないでいた。

 

 日々の鍛練で心労は溜まっているし、一緒に鍛練しているのが双方向に好意がある楓達なので悶々としたものも溜まる。

 その所為というかお陰で霊力は落ちないし相手が未成年という事もあって“今のところ”飛び掛ったりしないで済んでいる訳であるが、悶々としたものは中にしっかり堪り続けてしまう。

 

 その危険度は女子高生を見たら無意識に足を向けかかってしまうほど。いや、今までとどう違うのかと問われたら返答に困るのだが。

 

 刀子やシャークティ等といった訳を知ってくれている女性たちは初対面時の霊力スッカラカンで暴走状態のナニな行動を見られているので、今をもってしてもまだ警戒を解いてくれず近寄ってもくれないし、楓達も色々と解っているのだろう、やたらと警戒して特に一般の女性には近寄らせてくれない。

 

 更に今はナナという愛妹と同居しており、生臭い話であるが“発散”する事も叶わない有様である。

 

 そんな状況下で保健室という魅惑の名を持つ部屋に向かうという事は、横島忠夫という()にとっては致命的な事態を起こすという危険を孕んでいた。

 いや、かなり高確率で起こすだろうと言い直そう。

 流石に鳴滝姉妹ではどーにもなるまいが、古とかが寝てたら手を伸ばしかねないほどに。

 

 つまりは横島の紳士は限界であり、それほどピンチなのである。

 

 『お主……そこまで追い詰められておったのか』

 

 「ああっ 相棒の白い眼差しがイタイ!!」

 

 シリアスな横島は役に立たない、等と言われていた彼であるが、ギャグ状態だと手に負えない。

 

 元々がドスケベな家系の人間であるし、前世に至っては夜這いをして死罪を言い渡されたという経歴持ちだ(陰謀説も無い訳ではないが)。だから煩悩がそのまま霊力のスターターに直結していると言われても納得ができる。

 そこに来て霊能力発動時に心眼によって決定付けられてしまった訳であるが、その大きな弊害は未だ根深く続いているのだ。

 

 スケベぃな思考状態の集中力は神がかっており、尚且つ霊力の高まりも怪奇現象といってよいほど。何しろ神族に迫れるのだから。

 反面、高まった霊力はそのまんま煩悩直結なので危険極まれないのだとけど。

 

 幸いにして以前のような『盛り付いた狂犬』とゆーか『猪突“妄”進』とゆーか、そういったケダモノからはかなりマシにはなっているので、一応は平静を保てない事もない事も無い? のであったが……流石にそんな理性のタンクにも限界はある。

 

 只でさえ周囲の少女達は魅力的であるというのに、お互いの好意を感じちゃった現在は隙が見えるだけで枷が外れちゃいそうで困りまくっているのだ。

 何せ十代の時は<自重>という防壁がなかった男であったのだし。

 

 そして時は学園祭。

 少年少女が破目を外すにはもってこいのイベントだ。

 よって妄想の大家である横島は、その妄想上でのイベントも相俟って余計に気を使わねばならなくなっていた。

 

 まぁ、要するにこの男は、こんな大事な時に我慢の限界に達していたのである。

 

 『……どーりでここのところ霊圧が高まっていたはずだ。

  煩悩スターターがフル回転していたのだからそうもなろう』

 

 「仕方ないんやーっっ!!

  オレかてここまで追い詰められるや思てもみんかったんやーっっ!!」

 

 ……かなり切実のよーだ。

 

 オーイオイオイと泣く姿は滑稽より何より哀れさだけがひたすら目立って見てられないほど。

 付近を通り過ぎてゆく通行人らも『ナニ? コイツ』という目で見ていたりするのであるが、時折ウンウンと頷きつつ男泣きしている者もいたり。理由は解らずとも漢として感じ取れるものがあったのかもしれない。

 

 抱っこされているナナが心配して自然に兄の頭をナデナデし、かのこが彼の頬をペロペロ舐めて慰めてしまうほどに追い詰められていた。

 

 そんな彼の様子を眼の端に入れつつ、心眼は深く溜息をついてイロイロ諦めた。

 

 彼の言う事にも一理あるし、心眼自身もそんなに危険は感じられないでいる。

 何せ感じられたものは時空振。転移術を使用した際にも感じない事もないものだ。

 件の少女が何かやったとしたら、世界樹の魔力を使った転移実験かもしれないし、ひょっとしたら学園側がそれを使って人員運搬を行っているのかもしれない。

 単なる仮説ではあるが、心眼としてはこれ以上横島を追い詰めるつもりもなかったので――

 

 『……仕方あるまい。

  適当に時間つぶしでもしてから例の仕事を片付ける事にするか?

  あれを行えば一応は懸念が晴れるやも知れんしな』

 

 という所で妥協する事にしたのである。

 

 「えっぐえっぐ……ウン」

 

 『……ヤレヤレ』

 

 さっきまでナナをあやして慰めていた彼が、今度は逆にナナに慰められているのだから世話が無い。

 兎も角ナナと心眼に慰められて、ようやく腰を上げる事が出来た横島。

 かなり異様な光景であったが、それも彼らしいのだから仕方がない。

 自分のAF、そして愛妹と使い魔に慰めらるとゆーのも情けないが、だからこそともいえるのだから。 

 

 

 しかし、珍しい横島の気遣いと彼への心眼の気遣いが騒ぎを呼ぶ事になろうとは……

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 横島達が感心した3-Aであるが、実際人手が足りなくなってしまうほど大盛況を迎えていた。

 

 さっきも述べたのであるが、3-Aの出し物『HORROR HOUSE』は学園祭の定番であるオバケ屋敷であり、当初の来客の多くは女子中学生の子供だまし的な出し物に対するひやかしに来た者たちだ。

 

 しかし、そんな客もゲートを潜り、思っていたより雰囲気たっぷりだなぁ等と軽く笑いつつ怖さ★三つの『学校の怖い話』に入って直、彼らは軽く見ていた事を後悔する破目になる。

 

 ナゾの超の仕掛け(原理不明)によって異様に広く感じる教室内をフルに使いまくったそれは、彼らの想像のはるか斜め上の出来であり、この世界唯一である本物の霊能力者が無駄に頑張って手伝って作り上げられたものだ。

 

 何せ関西呪術協会でも珍しいくらいのレベルでのオカルト事件に、極普通に関わっていた彼だ。オバケや幽霊は本物を知っているし、どこでどう怖さのピークを迎えるかまで知り尽くしている。

 

 そんな男が美少女や愛妹の前だからだろう無駄に頑張ったお陰(所為)で、“仕掛けを理解していない限り”原因不明な事態が起こりまくる。

 

 当然ながら脅かすサイドは仕掛けが解っている為、全然怖くないのであるが、客は違う。何が何だかわからないのだ。

 

 こうなってくると想像力も手伝って、どんな物音すら恐怖に変換されてしまう。

 あっという間に最初の客は恐怖に駆られて飛び出し、無事で済んだ事を喜ぶという抜群の宣伝をやってしまう破目になった。

 

 更にはコースの案内には あやか、まき絵、アキラの三人が受け持っており、其々が内容に沿った衣装で迎えてくれる。

 出し物のグレードの高さ、そして案内は上級の美少女。これで人気が出ないなら何か間違っているだろう。

 

 しかし――問題が全く無い、という訳でもなかった。

 

 それを実感しているのが、ゴシックホラーコースの案内を担当しているあやかである。

 入れ代わり立ち代わりで訪れる客に対し、余り感情を感じさせない程度の笑顔で出迎え(学校の怖い話コースのアキラも同様に無感情だが、日本のコースであるまき絵は逆に子供っぽく表情を出せとの横島の指示)ている彼女であったが、内心は色々と鬱憤が溜まってきているようで、下心さえ見せる男性客を口汚く罵っていたりする。

 

 だがそれも仕方あるまい。何せ想像の右斜め45°上をトカチェフ跳びで越えているほどの盛況ぶり。噂の学園祭長者とやらには及ぶまいが、間違いなく中等部でトップクラスの入り様なのだ。

 

 しかし、だからこその弊害があった。

 

 「(い……)」

 

 社交界を知る者である所以か、見事な鉄面皮で応対を続けている あやか。

 それでも顔に出てはいないだけで溜まりまくった心労は限界の時を迎えつつある。

 

 つまり――

 

 「(忙し過ぎますわ――っっ!!!)」

 

 ――なのだ。

 

 携帯からの情報なのだろう、噂が噂を呼び、人が人を呼び、次から次へと人がやってくるのだから交代する暇も無い。

 

 尤も、他のコースなら兎も角としてあやかが担当しているゴシックホラーコースは、拘りもあってか案内人にも上品さが必要とされている。

 確かに3-Aの少女らは美少女揃いであるし、元気さだけならどこにも負けないと言い切れるだろう。その点は確かに万人が認めざるをえまい。

 だがその反面、お上品さをも持ち合わせているかとなると首を傾げざるをえないのだ。

 

 木乃香もお上品さはかなりのものであるが純和風なのでゴシックホラーには適さない為除外。となると残るメンバーは僅かに三人。

 今、ポーカーフェイスで頑張っている あやかを筆頭に、ほぼ同率で茶々丸と千鶴と続くのだが、そこで終了してしまうのである。

 

 その内、茶々丸は超一味なのでそっちに係りきりとなるので実質二人。

 あやかと千鶴だけのローテーションとなってしまうのだ。

 

 無邪気だったらOKな日本の妖怪コースや、表情さえ硬ければ大丈夫な学校の怖い話コースが羨ましい限り。

 

 「(ああ、でも……)」

 

 唯一の救いは一服の清涼剤……まぁ、ネギなのであるが。彼が朝から様子を見に来てくれた事がそのまま あやかの栄養になっていたりする。

 それで半日も持ったところは流石あやかと言えよう。

 

 おまけに昼頃手伝いに来てくれた事もあって、彼女はかな~り癒されていたりする。ここに戻った時は何かツヤツヤしてたし。

 疲労のためか、その至福の時間を思い出したのだろう あやかは何かトリップしてプルプル震えている。

 それもまたゴシックホラーっぽくて良いのであるが、客はドン引きだ。

 

 彼女の頭の中では一割増しに凛々しく、ニ割り増しに可愛らしい(何故か女装)ネギが自分を完璧エスコートしているシーンが展開していた。

 その心遣いやティーセレモニーでのマナーも完璧で、正にイギリス紳士、という態である(女装させているが)。

 時折優しく紅茶の御代わりを勧め、ウィットが効いたジョークで和ませ、こちらに暖かな眼差しを送ってくれる様は正に王子(王女?)。

 

 嗚呼、何と心遣いの細やかな事で優しくて(中略)…素敵な方なのでしょうか。

 

 さ・す・が、ネギせんせぇ~~っ!! 

 

 「ちょ、ちょっと いんちょ!」

 

 「流石ですわぁ……って、あら?」

 

 くいっくいっと風香に裾を引っ張られて、ハッと現世復帰する あやか。どーやらアッチの世界にイきまくっていたようである。何気にどこかの芸人と化していたし。

 

 兎も角、正気に返った彼女はハッとして時間を気にし始める。どれだけトリップしていたものやら不安になったのだ。

 

 だが幸いに、ゲートの上に掛けられた おどろおどろしい時計(100円ショップで買った機械を塗装で汚した板にくっつけてひん曲がった針を付けたもの)を見るとまだ交代の時間ではない。僅かの時間のトリップで済んでいた。

 

 「ああ、申し訳ありませんわ。

  それでどうかなさいましたの?」

 

 「どーかしたのかって……もういいよ。

  それより、クギミーのシフトが入るから早上がりするよー」

 

 「あぁ、そうでしたの。

  解りましたわ。まき絵さん、脅かし役に回っていただけますか?」

 

 「オッケー。

  ンじゃ、私はくーふぇにチェンジすんねー」

 

 念の為にと組んでいたシフト表に従い、案内役、脅かし役、そして休憩とローテーションが進む。

 

 こうすれば休憩に入れる女の子も若干長めの休み時間がとれるし、バランス良くシフトすれば満遍なく役を回せる。

 何せクラスの纏まりにかけては定評のある3-Aなのだから、疲れてサボったりする人間もめったに出ない。

 それらを含めて皆の我慢の程や行動力まで入れて考えぬかれた順番であった。

 

 「申し訳ありませんが、

  大河内さんは桜咲さんが戻ってらしてからでお願いします」

 

 「……ん。解ってる。

  彼女もクラブの方があるらしいしね」

 

 尤も件の刹那は今現在、ウサギさんな姿に仮装してネギとデート(+オマケ)の真っ最中だったりする。

 アキラは兎も角、あやかに知られるとエラい事になりそうだ。

 知らぬが華と言う事か。

 

 「あ、シフト入りまーす」

 

 「ハイ、解りま……って、何かニュアンスが違いません?」

 

 そうこうしてる間に円が『学校の怖い話』のドアから出てきた。

 何だか変なバイトっぽくなってしまったのはスルーの方向で。

 

 兎も角、ん゛ん゛っと背を伸ばして教室から出てきた円であったのだが、シフトとは言っても担当時間はこれで終わりだったりするので、実際には早上がりだ。

 

 何せ時間はもう四時ちょっと前。あまりの人気に時間延長も考えられたのであるが、実行委員会の出した答はNOで、最初に決められた時間を守りなさいとの事。ここら辺が女子中等部の限界らしい。

 これでチアリーディングの他のメンバーもシフトに入っていたなら良かったのであるが、残念ながら、

 

 「桜子や美砂もまだシフト入らないし。

  早く終われたのは良いけど、うーん……」

 

 この通り。一人で回る、というのは案外退屈だったりする。

 

 明日には自分らチアリーディング部の三人+亜子で組んだバンドの演奏があるのだが、その練習をしようにも他のメンバーがいないのだから何もできない。

 

 それは当然、クラスの出し物が忙し過ぎる所以なのであるが……クラス的には大成功だというのに、世の中儘ならないものである。

 

 まぁ、折角早く上がれたのだから高等部のとかの出し物を冷やかそうかなと、円は高等部の校舎の方へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 「どこか行こかなぁ……

  せやけど一人はつまらんしなぁ……」

 

 学園祭中で仮装集団が走り回っているから全く違和感を感じない、魔女ルックで歩いていた少女がそうポツリと呟いた。

 

 つばの広い帽子にローブ姿。麻帆良学園は魔法使いの拠点の一つでもある為、ある意味正しい格好と言えるだろう。

 何せ彼女も殻を被ったひよっこ程度の見習いとはいえ、魔法使いモドキ…なのであるし。

 表向きは占い部の部長であり図書探検部に所属している少女であるが、関西呪術協会の血と関東魔法協会の血が混ざったハイブッドで、未来的には世界屈指の治療術師になれる可能性を秘めた極東最強の魔力を持つ少女である。

 

 そんな少女――近衛 木乃香は、暇を持て余してぽてりぽてりと道を歩いていた。

 

 本来ならこんなイベントの真っ最中であるから暇になる訳もなく、来園客相手に相性占いとか生来運とかを行って稼ぎを得ている訳であるが、今回は数少ない部員に追い出されている。

 

 いや別に彼女の能力に問題があった訳ではない。

 

 前述のように馬鹿げた魔力持ちである所為か、彼女の占いは結構当るとして知られている。

 その上彼女はこの学園でも指折りの美少女で京美人の卵。尚且つ本物のお嬢様だ。

 そこに来て本人が持つ癒しオーラは黙っていても周囲に魅力を振りまきまくる存在である。

 当然ながら普通に活動を行っていたとすれば否が応でも男どもの目と興味を引き、筆頭稼ぎ頭となっているはずだ。

 

 そんな彼女がなんで部員から追い出されたのかというと……

 

 「せっちゃんトコ行こかなぁ。

  でも部活の邪魔すんのもアカンしなぁ……」

 

 ――いや、幼馴染の桜咲 刹那の所為ぢゃない。

 

 木乃香は何時ものぽややとした表情を、更にぽ~っとさせ何とはなしに空を見上げた。

 色とりどりの風船が青い空に吸い上げられるように上って行き、その下を風に舞う紙吹雪が彩っている。

 あちこちから零れた出し物の音楽と客の喧騒が入り混じり、奇妙なリズムを奏でている。

 

 そんな中、ポツンと佇んでいるとこの世にたった一人ぼっちされた気になってきて本当に心細くなってゆく。

 にも拘らず、彼女はせっかく仲を取り戻せた大切な幼馴染である刹那の元に行く気が起きていなかった。

 

 いや、正確に言うと今の心境は刹那では解決にならなかったのが主な理由だろう。

 

 木乃香は顔を、若干ではあるが気持ち下向きにしてまた歩き出した。

 何時までも空を見上げていても何にもならないし、気も晴れない。

 結局、感情が手持ち無沙汰のままなのだから。

 

 幾ら極東最強の魔力持ちとはいえ単なる女子中学生。

 自衛手段として魔法を齧ってはいるが、『偉大な魔法使い』の道に進むかどうかも考えていない。

 何せ魔法の世界を知っただけの少女に過ぎないのだから。

 

 だからこそ彼女は、いずれやって来るであろう表裏の世界を含めた自分の進む道に不安を感じて――

 

 

 「……横島さん。かぁ……」

 

 

 ――いた訳ではなく、

 

 何とゆうか実にこの年頃の少女っポイもやもやを抱えていた。

 

 まぁ、実際、楓と古が危惧していた通りに木乃香も横島がナナと昼寝していたシーンに眼を奪われていたのであるが……実のところはあの二人が想像していたよりずっと深刻だったりする。

 

 木乃香と横島の接点は意外に少なかったのであるが、接触の方は意外に早く、修学旅行の二日目には一緒に回っていたりするのだ。

 

 その時は秘密で警護していたのでタダキチ少年となっていた彼であったが、彼女が刹那との仲が上手く戻せず肩を落としていた時には身体を張って笑いをとったり、諦めかかった時には叱咤激励もしていた。

 魔法のアイテムによって子供の姿をしていたとはいえ、その時の彼の真剣さは木乃香や古ですらも言葉を失うほどで、逆を言えば失う悲しさを知っているからこその言葉だと感じられた程。

 正体を知った後ではずっとその事が気になっていたのも当然であろう。

 

 しかし、どれだけ気になっていたとは言え何があったのか等と聞ける筈も無く、仕方なく彼女は彼の様子を観察して少しでも知ろうと勤めていた。

 

 まぁ、最初の頃はその分け隔ての無さに、幼馴染(せっちゃん)のお婿さんにいいかなー等という打算的な考えが無かった訳でもないのだけど……

 

 それでも彼女自身が彼の事を本気で知りたくなっていたのは事実である。

 だからずっと彼を眼で追い、その行動を観察し続けていた。

 普段の兄バカ丸出しのおバカな行動から、意外なほど真面目に楓と古達と鍛錬をしている姿。

 自分と二人で名付けた使い魔と戯れている時の優しい顔。

 エヴァに科せられる拷も――いや、修業を泣き言を零しつつも止めるとは一言も言わずに続ける様。

 そして彼がネギと小太郎に地力“だけ”の戦い方を強いているところも。

 

 元より近衛 木乃香という少女は天然に見られがちであるが、その実かなり頭の回転が速い人間であり、尚且つ人を見る能力も高く聡明である。

 

 そんな彼女が(結果的に)子供のふりをして騙していたという事を知った後も何の嫌悪や嫌疑も持たずにいた。

 

 それどころか、すとんと腑に落ちて彼に接する事が出来ている。

 これは彼の本質を即座に掴んでいる証明といえよう。

 

 そして、『刹那の為』という大義名分の元に観察を続けていた事により、余計に彼に対する興味を――いや、好意を強めていった。

 

 それが今の落ち着きのなさの原因である。 

 

 「あ~……ウチ、何か変やわぁ……

  どないしたんやろ?」

 

 尤も、本人がまるで理解していないのでどうにもならないのであるが。

 

 

 この辺りは楓らと同じらしい。

 親やらジジイやらの心配もあってか、異性との接触が極端に少なかったのが原因だと思われる。人の色恋(主に明日菜)にはやたらと茶々を入れるとゆーのに。

 

 ――人、これを二の轍と言う。

 

 兎も角。

 そんな事ばかりがぐるぐると頭の中を回っている所為か、クラスの皆……特に刹那と顔を合わせ辛い。

 だから仕方なく木乃香は、ぽてりぽてりと行く当てもなく街をぶらついていたのである。

 

 「「はぁ……」」

 

 思わず、木乃香は別に悲観している訳でもないのに溜息を吐いた。

 腹の底から絞り出すようなそれは、その年齢から言って意外なほど重い。

 まるでそれは、体内に溜めてしまったもやもやを吐き出したかのようだ。

 

 と――?

 

 「「ん?」」

 

 ふと溜息が“二つ”であった事に気付いた少女らは、同時に聞こえた方向に顔を向けた。

 同じ場所で同じタイミングで同時に吐いたのだからそれは気になったであろう。

 

 更に意外な事に、お互いが顔見知りだったりする。

 

 

 「あれ? このか?」

 

 「あ、くぎみん」

 

 何時の間にか、偶然にもお互い同じような考え事をしていて気付かず並んで歩いていた二人。

 その偶然は同じ道を歩いているだけではなく、溜めているものまでが似ていた。

 

 木乃香の隣で溜息を吐いたのは彼女のクラスメイトであり、自分と同様に魔法事件を介して裏の世界に接してしまった少女。釘宮 円だったのである。

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 「くぎみん どないしたん?

  お化け屋敷の方はええの?」

 

 「引っこ抜かれて食べられそうだからそういう呼び方しないでよ!!

  ……もう四時過ぎよ? 私の出番は終わったわよ」

 

 「……え? あー ホンマやー」

 

 「全く……」

 

 と、そこまで言い合って静かになる。

 急に口を噤むのもナニであるが、ネタがない上になんとなく居心地が悪いのだ。

 無論、お互いに苦手意識を持っているという訳ではない。

 

 単に何だかお互いが“話し掛け辛い”と感じているだけである。

 流石は聡い少女と感受性が強い少女だとも言える。

 

 兎も角、何か言いたげながらも切り出せないまま、ぽてぽて歩く魔女とセーラー服(見た目冬仕様)。

 取り立てていく当ても無いので一緒に歩いているのであるが、やっぱりちょっと気不味い。

 

 実はこの二人、テンパってしまうと中々混乱から復帰できないというしょうもない点が似ていたりする。

 二人ともお互いに聞きたい事があるのだが、それを口にするのも憚れてしまう為、どうにもこうにもならないのだ。

 

 これで切羽詰った状態であれば逆に緊張の耐え切れなくなったりして聞けたり出来るのであるが、運が悪いのか時間もたっぷりあった。

 

 今夜の中夜祭はSTARBOOKSに皆で集まって初日の打ち上げをする事と決まっているのだが、何せ夕暮れ時すらほど遠いくらいなので時間が余りまくっているのだ。

 

 しかし偶然も連続すれば必然と言うが、この二人、実は聞こうとしている事も同じような内容だったりする。

 

 今更言うまでもない事であるが、内容は某男性の事について――であり、未だ切り出せていないがニュアンスこそ違うものの、同じような事を二人して聞きたくてしょうがなかったのだ。

 

 木乃香の方はチラリと円を見ながら思う。

 

 くぎみん はどうしてそこまであの人のコト好きになったんやろか? と。

 彼女が持つもやもやの答えはそこにあるような気がしてならないのだから。

 

 例えば刹那は木乃香にとって大切な幼馴染であり親友である。無論、大好きである事は言うまでも無い。

 だがそれは同室の明日菜や、クラスメイト達に対する大好きがグレードアップしているに過ぎず、その差は“絶対に越えられない壁”ではない。

 しかし、これが“彼”の事となるとちょっと返答が難しくなってくる。

 

 それは確かに彼の事も決して嫌いではないし、学校内で仕事をしているところを見つけたりすると眼で追ってしまう。

 

 こちらの視線に気付いて手を振ってくれたりすると、本当に嬉しくなって自然と笑顔になってくる。

 

 妹と遊んでるところを見ると本当に楽しそうで混ざりたくなるし、一緒にお昼寝なんかしてるところを眼にしたら、その妹を挟んで彼の腕を枕にして眠ってみたいという欲が出てくる。

 

 だが、彼の事が大好きなのかと問われると、答えに窮してしまうのだ。

 

 絶対に嫌いではないし、好きだと言えるだろう。

 だけど、どういうベクトルの好きかと問われると……どうとも答えられなくなってしまうのである。

 カタチをもっていない気持ちがうねっているのは解るのだけど、決して定まってはくれない。その不定形の気持ちが何なのか知りたくてしょうがないと言う事もあった。

 

 ではなぜ円に横島に対する気持ちを問いたいのかというと……それは彼女自身が解っていない。

 彼女の彼に対する気持ちを知る事が出来れば、自分の中にあるそれも解る。ただそんな気がしただけだ。

 

 それがただ、自分の持つ気持ちと同じ形だから気付いたのだと理解する事もなく――

 

 

 逆に円の方は単純だった。

 木乃香が横島に対してどの程度好意を高めているのか知りたかっただけである。

 

 無論、そんな事を気にしている円の気持ちはどうなのか? という説もあるが、そんなものは聞かずとも誰だって解る。

 誰の眼にも好意が高い事は明白なのだから。

 というより、自分の気持ちがどんどん高まってしまっている事を理解してしまっていると言ってよいだろう。

 単に円本人が必死こいて認めていないだけである。

 

 何せ当の想われ人はデリカシーに欠ける。

 気にしてる事をずけずけと聞いてくるのだから。

 

 ……尤も、聞いて欲しい時に聞いてくるというタイミングの良さは持っているようであるが……

 

 尚且つ女性に接する際のマナーがない。

 自分といる時にでも、他の(主に大人の)女性に眼が行くのだから。

 

 ……尤も、そんな時にでもこちらの機微をちゃんと気に掛けてくれているのだけど……

 

 更にイケメンには程遠く、当たり障りのなさ過ぎるほど平凡な外見をしている。

 担任が美ショタである事もあって、人に自慢できるご面相だとは感じられない。

 

 ……ただ、時折見せる優しげな顔や所作に見惚れさせられる事もあるのだけど……

 

 ――こんな風に考えているのに気持ちに対して見て見ぬふりを続けられる円に乾杯したくなるのだが、実は結構切実だったりする。

 何せ彼女自身、この気持ちを完全に受け入れられない理由がどうしても解らないのだから。

 

 そんな二人だからこそ黙っていられる時間は短い。

 恰も剣士が如く互いの隙を窺うかのようにチラリチラリと様子を見、タイミングを計り続けていた。

 しかし、互いにテンパリ易い事もあるし、何せ内容が内容だ。そんなに心の準備を整える事も出来ない。

 

 ついに緊張の糸が切れたのか、躓き気味だがついに切り出ししてしまう。

 

 「あのさ」

 「あんなぁ」

 

 だけど踏み込み失敗。二人同時にウッと言葉が詰まった。顔を見合わせたまま固まってしまう。

 それでも何とか、ん゛ん゛っとわざとらしい咳払いで誤魔化し(きれてはいないが)、再進攻の間を計りだす。

 

 しかし二人同時にやっているのだから焦りは取れていない模様。

 その上で相手のタイミングの悪さを心の中で責めてたりするのだからどうしようもない。まぁ、責任転換というか八つ当たりなのだけど。

 

 だがこうなってくると間合いを掴み辛くなって元の木阿弥。いや居心地の悪さが上がるので気不味さもアップだ。

 それでも状況を打開しようと頑張るのだが、

 

 「「あの……」」

 

 またも失敗。

 

 流石に二度目だから、おちゃあ~と気不味さを隠しようがない。

 

 しかしそれでも何とか先に勧めようとお互いで話を譲り合うのだが、その所為で先に進めなくなるというスパイラルも発生。泥沼である。

 

 口を開いたタイミングが同じなのだが、遠慮の言葉を入れるタイミングまでも重なってどうにもこうにも平行線。ちっとも先に進めやしない。

 だったら距離や時間を置けばよいものなのだが、それすらできない。というか慌てている為か思い付いていない。

 

 時間だけは腐るほどあるのだが、最悪その間中こんな感じのままになりかねない。それは御免である。それ以前に二人して同じとこで修業している間柄なのだから状況維持は不可能だった。

 

 まぁ、思春期の少女なのだから経験が不足していて話の逸らせ方が思い付かない事もあるのだけど、それでも焦り過ぎがあるという感は否めない。

 

 色々と煮詰まっている事もあり、気だけが焦る。

 焦りは出口を求め、視線が救いを求めて猛スピードであちこちを彷徨う。

 それが正解か否かといえばかなり微妙なところであるが、やはり二人同時に現状での答と思わしきにモノに視線がたどり着き、

 

 ――思わず言葉にして口から出してしまった。

 

 

 「「あ、横島さん(や)!!」」

 

 

 言ってから気付くこの大ミス。

 二人とも言い放ってから、それが自分らが抱えている問題のドストライクであった事に気付き同時に噴いた。

 何で見つけちゃうかなー 私(ウチッ)っ!! 等と愚痴る事すらできやしない。

 それとも彼のタイミングの悪さを呪えとでもいうのか? いや、ある意味間が良いと言えなくもないのだが。

 

 このまま彼にネタを振って逃げる事も可能であるし、相手を彼に押し付ける事も出来なくもない。

 そうするだけで知りたい事が第三者的にみられるのだから一石二鳥とも言える。

 

 ――のだが、何故かこの状況下で二人はそれ以上の動きが出来なかった。

 

 「横島……さん?」

 

 「どないしたんやろ……?」

 

 何と言うか……彼は傍目にも異様に疲労しており、がっくりと肩を落として歩いていたのである。

 その横でナナと かのこが気遣っているのだから、本当に心底疲れているのだろう。

 それでも行く当てなく彷徨っている風もなく、愛妹に支えられつつもまっすぐどこかへ向かっている様子だった。

 

 「……」

 

 そのままその病人のような歩行を見つめていた二人であったが、不意に視線を合わせて軽く、そして強く頷き、

 

 「「横島さーん!!」」

 

 と、彼の名を呼びながら駆けて行った――

 

 実際のところは彼女らが心配するような理由ではなく、単に女子学生らのパワーに力負けしてたり、魅力に落とされかかったり、自分のアイデンティティと戦って負け掛かったりしただけであるのだが、そんな事二人が知る由もない。

 

 結局、スカタンであっても話術は上手くて結構楽しい彼との会話によって二人の問題は有耶無耶にされてしまうのであるが……

 

 

 

 

 

 

 彼を見つけ、行動を共にしてしまった事が自分らの大きな分岐点だったは――思いもよらなかっただろう。

 

 

 




 相変わらずgdgdの上、修正に半端なく時間掛けてしまいました。スミマセン。

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