-Ruin-   作:Croissant

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中編

 

 

 中国武術研究会——略して中武研。

 

 時たま『中等部武術研究会』の略と勘違いされたりもするが、本物の中国武術を日々鍛錬している真面目なクラブである(だったら研究“部”だろ? というツッコミは無しの方向で…)。

 

 当然ながら麻帆良学園都市でも最強クラスの格闘能力を持つ者が部長を務めており、その本人も驕る事無く日々鍛錬に勤しんでいる。

 是非弟子に! と申し出る者は多いのだが、件の部長は誰一人弟子入りを認めておらず、部員規模は多いのに部としては弱小という訳の解らないクラブと化していた。本人は全く気にしていないのだが。

 

 その“一般人”最強クラスの部長なのだが……実はまだ中学生だったりする。

 更に、女の子だったりするものだから世の中解からない。

 

 

 麻帆良学園中等部3−A 出席番号12番 古 菲

 

 八卦掌、形意拳、八極拳、心意六合拳などの中国拳法の使い手。

 「ウルティマホラ」という学園格闘大会の優勝者でもある。

 

 彼女を含めた武道四天王といわれる少女らがいるのだが、その内の二人。

 件の古 菲と散歩部の長瀬 楓は今現在、どういう訳か一人の男を挟んでゲートの前で対峙していた。

 

 尤も、その内容は三角関係の縺れなどのような色っぽい恋話でないのだが——

 

 

 

 

 「ど、どうしてここに……?」

 

 

 横島と共に唐突に現れた級友に、珍しく楓は驚きを隠せなかった。

 

 そんな彼女の表情に『アイヤ 珍しいアル』と感心しつつ、

 

 

 「今日、カエデらここで仕事すると聞いたヨ。こんな停電の晩にネ。それで様子を見に来たアル」

 

 

 と古は軽く答えた。

 

 

 「誰に…?」

 

 

 等と言いつつチロリと横島に視線を送る。

 

 言葉にせずとも彼女が『横島殿でござるか?』と言っているのが解かった。

 彼はぶんぶか首を振って否定。流石に吹聴する気は無いのだし。

 

 そんな彼を弁護するかのように古が、

 

 

 「タカミチがこのヒトに言てたヨ」

 

 

 と横島を指差しつつアッサリそう言った。

 

 

 「……」

 

 

 『あのオッサンは〜〜…』と呆れている横島は兎も角、楓は内心溜息を吐いていた。

 

 その古の言葉で凡その見当が付いたのだ。

 

 ここの連中は、魔法使いであるから魔法の力というものの大きさをよく見知っていた。

 だからこそ、無意識に日常でも魔法に頼っているのだ。

 

 要するに一見守りは固そうであるが、認識阻害の術に信頼を置きすぎて世間一般の秘匿の方を所々疎かにしている節があるという事である。

 だからこういった“脇”の事が非常に弱い。

 

 

 「まぁ、私もサンポついでに見物に来たアルが……ホントはもう帰ろうと思てたヨ。

  急に行く気が失せたというコトもあたし」

 

 

 二人はそれが人払いの結界であろうと思った。

 

 

 「そしたら、この人がカエデに殴られて倒れたのを目にしたアル。

  だから連れてきてあげたヨ」

 

 「「……」」

 

 

 ぶっちゃけ楓の失敗である。

 

 

 「それで、カエデはどんなバイト始めたアルか? そんな物騒な姿デ」

 

 「「……」」

 

 

 こんな格好をしていれば、バカイエローで知られている古でなくともバトルの匂いに気付かれるであろう。

 

 ここで着替えるようにし、普段着で来れば良いものを横島をからかうつもりでフル武装したのは流石に拙かった。

 楓自身も認識阻害に頼ってしまっていたのだろう。

 

 楓の失敗ニ連発である。

 

 

 「横島殿…」

 

 「え? な、何……うぉっ?!」

 

 

 横島に歩み寄り、ビュンッと風を舞わせて柱の影に引っ張ってゆく。

 

 責任転換という訳ではないが、古をここに連れて来た事を問い詰めようとしたのである。

 

 だが、

 

 

 「せ、せやかて、オレ、この橋の非常口が何処にあるや知らへんし」

 

 「……」

 

 

 バカデカい橋であるし、目立たないよう設置されていて年に数回しか点検をしない扉の位置を、麻帆良に来て数日の横島が知る訳が無かった。

 

 どーせ彼の事だ。『教えてあげるヨ』とか言われてそのまま一緒に連れて来てしまったのだろう。

 楓の失敗三連発だ。

 

 それにしたって一般人の彼女をここに連れて来たのは流石に見過ごせない。

 

 

 「へ? クーちゃんって一般人なんか?」

 

 「は?」

 

 

 楓は以前、中々の剣士と中々の拳士と中々の狙撃手の話を横島に語っていた。

 

 その中の狙撃手は真名であり、“こちら側”だ。

 話によると、古は自分と楓と真名ともう一人の剣道部員からなる武道四天王の事を横島に語っているらしい。

 

 細かく説明していた訳では無いので、武道四天王の半数まで…件の剣道部員も一応、こちら側だと思うが…もが“こちら側”であるから古もそれに属すると考えるのも自然の流れであろう。

 困った事に彼女は横島の“氣”に気付ける程の達人なのだ。だからその所為で横島が勘違いをしたって仕方が無いと言える。

 

 楓の失敗、四連チャンだ。

 

 

 「あう〜……」

 

 「か、楓ちゃん?」

 

 

 楓は頭を抱えてしまった。

 

 考えてみれば全部自分の失態である。

 秘匿を了承しておいて引っ張り込んでどうするというのだ?

 確かに古はできる(、、、)

 

 実戦経験云々を横に置いても、その腕は感嘆する程だ。

 だか、真名が言っているようにそれは飽く迄も“一般人”としての事で、裏で戦い切れるかどうかには疑問符を付けざるを得ないのである。

 

 その程度…というのは些か言葉が悪く言い過ぎであるが、少なくともその言葉に近いレベルなのだから。

 

 

 「こうなったら……」

 

 

 気持ちを切り替え、すくっと立ち上がる楓。

 

 勝手に落ち込み、イキナリ自己完結されたら流石に付いて行けないのだろう。そんな楓に横島はただ呆然とするばかり。

 

 しかし彼女は横島に強い決意の篭った眼差しを向け、

 

 

 「横島殿、協力してくだされ」

 

 「え? な、何?」

 

 「古を…我が級友を危険に巻き込まぬよう、方便で持って帰すでござる」

 

 「方便?」

 

 

 横島に了承を求めていた。

 

 つまり、嘘をついて寮に帰すから口裏を合わせてくれというのだ。

 

 横島とて無関係な女の子を勘違いで危険に引っ張り込んでしまった負い目もあるから、そんな事は了承を求められずとも賛成するつもりだ。

 

 

 「うん…そーだな。関係ない子を危ない目に遭わせて怪我でもさせたら寝覚めも悪いしな。

  いいぞ。口裏合わせたらいいんだろ?」

 

 「忝い」

 

 

 横島の良いところは女子供に底なしに優しいところである。

 

 その事を既に知っている楓は、彼の了解を受けて嬉しげな表情を浮かべ、ほったらかしの古の元へと二人揃って戻ってゆく。

 

 

 「何話してたアル?」

 

 「いや、かなり大事な話をしていたでござる」

 

 

 問い掛けてくる古を見つめ、バレないように小さく深呼吸。

 チラリと横島にアイコンタクトを求めると、彼も目立たないよう小さく頷いてくれた。

 

 それが何だか嬉しく、楓はさっきまでの動揺はどこへやら、

 勇気を持って元気に力強く、不思議そうな顔をして自分らを見つめている古の対してこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「拙者らはこれから恋人同士の熱い逢瀬の夜を過ごす故、お帰り願いたいでござる」

 

 

 「 ま て や コ ラ —— っ ! ! ! 」

 

 

 

 花の十四歳、長瀬 楓。

 

 横島の優しさに触れて舞い上がっていた……等と言った事実はおそらく無い……と思う。多分。

 

 

 

 

 

 

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          ■三時間目:ナニかがミチをやって来る (中)

 

 

 

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 『(ちょっと待てや!! オレはロリちゃうゆーたやんっ!!!)』

 

 『(ま、まぁ…話を聞いて欲しいでござるよ)』

 

 

 アイヤ、ホントアルか?! と驚愕の表情を浮かべている古を他所に、今度は横島が楓を物陰に引っ張り込んで涙ながらに異議を申し立てていた。

 

 彼のジャスティス(ロリ否定)から言えば当然の事で、只でさえここんトコ追い詰められている横島の倫理観を窮地に追い詰めかねない暴言なのだから当然であろう。

 

 楓は楓で、何故あんな事を言ってしまったかよく解からなかったのであるが、表向き…というかタテマエでの言い訳もちゃんとあった。

 

 

 『(実は拙者、殿方と付き合っているという……そ、その…ね、根も葉もない噂を立てられているでござる)』

 

 『(? そーなん? 特定の彼氏とかいねーの?)』

 

 『(当たり前でござる!! 失礼でござろう?!)』

 

 

 ミョーに強く交際を否定する楓に、横島は軽く質問したのであるが物凄く強く言い返されてしまう。

 フツーは男いねーだろ? とか言われる方が失礼な気がしないでも無いが、その彼女の余りの剣幕と迫力に尻尾を巻く。

 朴念仁と言うか何と言うか、横島的には彼女が不機嫌にそう言い返してくる理由が解からないのだけど。

 

 まぁ、彼には自分が楓と付き合っているというナゾの噂が全く耳に入っていない訳であるから罪は無いと言えなくもないのであるが、全く気にされていないのは如何なものか?

 オンナとして見られていないのでは? と癇に障ってたりする。

 

 それだけ彼を気にしているという感もあるのだが、本人が無自覚なのでどーしよーもない。

 

 兎に角、ちょっとビビっている横島を見、自分がかなり理不尽に不快を口にしてしまった事に気付き、深呼吸をして何とか気を静めさせる。

 

 

 『(と、兎も角、その様な噂が出ている以上、使わない手は無いでござるよ)』

 

 『(あ〜…大体の事は解かった。オレにその彼氏の役をしろって事なんだろ?)』

 

 『(そうでござる。流石の古も二人っきりでいるところを見物しようとなど思わないはずでござるし)』

 

 『(そぉかぁ〜?)』

 

 

 横島なら覗くだろう。

 

 尤も、相手の男に対して恨み辛みをぶつけつつ…となろうが。

 

 

 『(それしか手は無いでござるよ? それでも彼女を巻き込んでも良いと……?)』

 

 

 そう言われると辛い。

 

 流石に横島は横島であるから、美少女(←ココ、重要)を危険に引っ張り込むような行為はできないのである。

 

 時間にして数秒の熟考の後、暴動を起こしている自分のジャスティスを必死に宥めつつ、心の中で血涙を流して楓の案に乗ってやる事にした。

 

 

 大げさと思うなかれ。

 演技とはいえ『女子中学生とLove♪』等という状況を受け入れる事は横島にとってアイデンティティーの崩壊すら含んでいるのだ。

 幾ら中身は大人とはいえ、肉体は性少年。この時代の彼は煩悩大帝ごっとΣだった。そんな身体に心が引っ張られない筈が無いのである。

 

 よってそれを切欠に覚醒してしまう事を恐れているのだ。

 

 流石はこの男と世に知られた煩悩者 横島忠夫。煩悩関係では世界一自分を信用していないだけはある。

 

 

 だからこそ彼は、何だか足取り軽く古の場所に戻って行く楓とは裏腹に、市中引き回しの上銃殺刑に処される敗残兵の心境でその彼女の背を追った。

 

 見た目はアレだが、これでも美少女の身を守る為とはいえ、血涙を飲んで『ロリ肯定』を一時限定解除したのである。

 何だかなぁ〜ではあるが、中々な漢と言えよう。

 

 尤も、

 

 

 「カエデはそのヒトと付き合っているアルか?」

 

 「無論。もう何度もこの身を蹂躙されたでござるよ」

 

 

 という戯言には流石の横っちもぶっ倒れたが。

 

 

 「ア、アイヤ〜……人でなしアルね」

 

 「そう! 横島殿は欲望の権化! 煩悩の化身!

  拙者、ありとあらゆる恥辱を与えられたでござる」

 

 

 『マテやゴルァアアア!!!!』

 

 

 心の中で5000光年の虎が吠えたが、口からセリフとして吐いていないのは大感心だ。

 女の子を危険に近づけさせない為ならどのような泥もかぶるという点は誇って良いと思う。

 

 下唇を噛み締めて血を流し、だばだばと滂沱の涙を零してはいるのは凄まじく見苦しいが。

 

 

 「その着物の意味は?」

 

 「横島殿は着物脱衣プレイが大好物でござる故」

 

 「その風車手裏剣は何アルか?」

 

 「彼謹製の拘束具でござるよ。コレで拙者は自由を奪われてイロイロな事を……」

 

 

 次々と明かされて(?)ゆくトンデモ設定。

 

 言われる度に『へ〜』とか、『何と?!』とか感心されるが、それに比例して横島の人格と人権をざっくざっくと削ぎ落とされていっているよーな気がしてならない。

 

 ゴロゴロ転がったり、胸を掻き毟ったり、ガンガン地面にヘッドバットかましたりして言葉を耐えているのは苦行者を連想させられる。

 

 

 それでも横島は耐えている。正に勇者だ。

 

 考えてみればそんな18〜21禁な事をされていると口にしているのだから、当然ながら楓だってそーゆー娘だと思われる訳で、

 自分をそこまで貶めてまで級友を守らんとしているという事でもあるのだ。

 

 だから横島は口を挟まず、臓物をトットに喰らわれるプロメテウスのような苦痛に必死に耐えているのである。

 

 尤も、単に楓は勢いで喋り捲っているだけなので何をほざいているのか全く気付いていないし、意味も考えていない。

 話している間にテンションが上がり切ってしまい、横島に抱き締められている自分を想像して暴走してしまい、自制心やら何やらを大切なモノをふっ飛ばしてしまっているのだ。

 これが他の少女であれば目がぐるぐる回ってナルトになっている事だろう。

 

 

 まぁ、ぶっちゃければ嘘はモロバレだったりする。

 

 

 真の意味で男を知らない少女の戯言など、大げさ過ぎて未通女でも嘘だと解かるもの。

 ましてや楓の表情からしても丸解かりだ。

 最初の方は『本当に?!』と騙されかかった古であったが、一分も経たない内に嘘だと気付いてしまった程に。

 

 単に古は面白がってフィクションを楽しんでいるのだ。

  

 楓にしては初めてであろう大暴走。

 バイト三昧のツインテール元気娘が如く勢いで喋りまくっている様は中々に面白いものがある。

 

 が、古にすら気付かれてしまう程のヘッポコ状況となっている事に横島が気付ける訳も無く、只ひたすら心の中で自分のジャスティスと死闘を演じ続けていた。

 

 

 だが、悲しいかな彼のその苦難は全く持って無意味だったりする。

 

 

 

 『——こちらは放送部です……

 

  これより学園内は停電となります。

 

  学園生徒の皆さんは極力外出を控えるようにしてくだ…ザザッ…』

 

 

 「アイヤ もう八時アルか——」

 

 

 時が満ちてしまったのだ。

 

 

 「ぬぅ、不覚!!

  つい話にエキサイトして時を忘れてしまっていたでござる!!」

 

 「あ、アホかぁ————っ!!!」

 

 

 横島の叫びが轟くのを待っていたかのように辺りの電灯が点滅し始める。

 

 そして一斉に灯りが消え、橋の向こう側…麻帆良の全てが闇に包まれていった。

 

 

 ——そうメンテナンスの為の停電の時が訪れたのである。

 

 

 「うぉおおお……オレの戦いは何だったんだ……」

 

 

 戦いの虚しさを噛み締め、ガックリと膝を付いて嘆く横島。

 心の中ではジャスティスと道理が同士討ちを果たし、無様な骸を曝して戦の凄惨さを物語っている事だろう。

 

 その戦いとやらの内容さえ知らなければちょっとカッコイイかもしれない。

 

 

 「いやいや。面目ない」

 

 

 全くである。

 

 

 頬をポリポリとかいて申し訳なさげにする楓であるが、横島には何の慰めにもなっていない。

 

 古も何だか『からかい過ぎたアルか?』と苦笑いをしているのだが、今更言う訳にもいかないのでそろりそろりと非常口へと寄って行った。

 これだけ状況証拠はあるのだから明日にまたからかえば……もとい、問いただせば良い訳で、このままここで野暮ぶっこくつもりはなかったりする。

 

 だから二人をほっといてさっさと帰ろうとしたのであるが——

 

 

 八時までに古を帰せなかっただけで何故にそこまで横島が苦しみ悶えていたのかと言うと、

 

 

 「およ? ドアが動かなくなてるアル」

 

 

 非常口のドアに手を掛けた古が動かそうとするもピクリともしない。

 

 いくら非常口のドアとはいえ、遊びの隙間がゼロという訳では無い。少なくともガチガチと動かす事くらいはできそうなのであるが、壁に描かれた絵を動かそうとしているが如く全く動かなくなるのは不自然だ。

 

 それに、何やら扉にうっすらと奇妙な紋様が浮かび上がっていた。

 

 

 「あぁ〜……やっぱ補助結界が働いてるかぁ」

 

 「なるほど。あれが……」

 

 

 と横島は肩を落とし、楓は初めて見る西洋呪印に眼を見張っているが、古は流石にサッパリだ。

 

 

 ——そう、電源が落ちたという事は、補助結界が働き出すという事で、そうなるとメンテ終了まで入る事はできなくなってしまうのである。

 だからこそ横島は八時までに古をゲートから帰したかったのだ。

 

 力尽く…は無理だったとしても、級友と言うのなら他に色んな誤魔化しかたがあっただろう。

 そういった意味合いを込めた恨めしげな視線をちろりと楓に送ると、彼女はわざとらしく視線を逸らして口笛を吹いていた。

 

 

 『こ、このチチ忍者めぇ〜……』

 

 

 と怒りが湧かんでもなかったが、こーなってしまったものはしょうがない。

 何時までも愚痴ってたって何も解決はしないのだ。

 

 古にはテキトーな話をして十二時まで時間を潰させて送って帰ろう。というか、それしか手は無いのだし。

 女子寮の管理人とかに古が怒られたりするかもしれないが、それは自業自得という事で我慢してもらう。

 

 後は………自分にドエライ汚名がついたよーな気がしないでもないが、どーせ人の噂なんだから七十五日も我慢すれば忘れてくれるだろう。チクショウめ。

 

 何だか溜息をよく吐くよーになっちまったなぁ…等と思いつつ、未だにガチガチとドアを開けようと悪戦苦闘している古に視線を向けた。

 

 

 で、当の古はというと……

 

 

 「ふしっ!!」

 

 ドズムッ!!

 

 

 開かないなら力づくで…と古は全身での円運動を捻り込んだ一撃を不動状態の扉にぶち込んでいた。

 

 かなり重い音が響き渡り、細かくゲートにまで振動が伝わっているのは彼女の内に秘められた力を思い知らされるもの。

 凄いとも思えるし、感心も出来よう。

 

 現に横島は呆気に取られていた。

 

 

 「あは…ダメだたアル」

 

 

 テヘペロっと可愛く舌を出して照れる古であったが、

 

 

 「な、何さらすんじゃ——っ!!!」

 

 

 この状況下では是が非でもしないでほしい行為であった。

 

 流石にこんな事くらいで施設を破壊されてはたまらない。

 

 実用している結界なので流石に女子中学生の寸勁で破壊できるとは思わないが、世の中には万が一とか『まさか?!』という事がある。

 そーゆー非常識をしてきた横島だからこその焦りであると言えよう。

 

 

 「アイヤ…非常時に非常ドアが開かないのはマズイ思たネ」

 

 「拙かったらオレに言うたらええやん!!!」

 

 「ワタシ、恋人同士の語らいを邪魔するヤボと違うアルよ?」

 

 「誰が恋人同士じゃ!!」

 

 「おろ? 違うアルか?」

 

 「ち…う…っ?!」

 

 

 早速バラしかけた横島であったが、口を挟まず様子を窺っていた楓が口を塞ぐ前に驚きの声を出してしまって否定せずに済んでいた。

 

 

 唐突——

 

 正に唐突に、ゲートのこちら側以外の電気の灯りが消えてから湧き上がってきた気配。

 

 それを敏感に察知した横島は言葉を続けられなかったのである。

 

 壁を通して都市を見据えているかのような横島の強い眼差し。

 “向こう”でも滅多に見られない横島のシリアス顔。

 何だかんだで数多の女性を見惚れさせる横島の真剣な顔であるが、残念ながら二人がそれを堪能する時間は全くなかった。

 

 

 「な、何アルか、この異様な気配は?」

 

 「氣…いや? 只の氣ではないでござるな……これはもしや……」

 

 

 流石に気の使い手である楓と古も、僅かに横島に遅れてそれに気付く。

 

 学園の中央の方から強く感じる異様な気配。

 

 激しく吹き上がる様な物では無く、どちらかと言うと零れ滴るような重い気配。

 霧か何かが迫って来ている時のそれに似た、湿って纏わり付いてくるような氣。

 

 感覚的に慣れてはいないのでそれが何なのか見当も付かなかったのであるが。

 

 

 「こりゃ…魔力だな」

 

 

 当然ながら横島には理解できていた。

 

 

 「魔力…でござるか?」

 

 「ああ。それもかなり強い……

  魔族かと思ったけど違うみたいだし、多分あれが噂の吸血鬼なんだろうな」

 

 「この氣が…吸血鬼の魔力でござるか…」

 

 

 初めて触れた氣の感触。

 学園の魔法教師らも当然ながら魔法を使える事もあって魔力はあるし、一昨日には彼らの魔力に触れる機会もあった。

 だが、流石に人外の魔力は初めてであるから戸惑っていたのである。

 

 

 

 しかし…

 妙に見知った気配であるような気がしないでも無かったのであるが——

 

 

 

 「マリョク…? 何の話アルか?」

 

 

 楓はそれどころではなかった。

 

 

 

 

 

 

 「どーすんだ…?」

 

 「どーしたら良いでござろう…?」

 

 

 幸いにもゲートからこちら側の方は道路の外灯があって何とか明るさを保っていた。

 

 その外灯の下で二人は額をつき合わせるようにして唸っている。

 

 そしてそんな二人を不機嫌そうな顔をして睨んでいる少女が一人……

 言うまでも無い。古である。

 

 流石に魔力の話と吸血鬼の話を聞かれてしまった以上、誤魔化しは効かなかった。

 

 尚且つ楓が危惧していたのと同じように、古も寮の皆の心配をして、無理にでも中に入ろうとする。

 こうなってしまうと吸血鬼担当者がいる話をせねばならなくなってしまい、結局は関東魔法協会等の事を省いた話をせねばならなくなってしまった。

 

 だがそうなると二人のバイトの意味も知られてしまう事となり、

 

 

 「ずるいアルよ! こんな事黙てたなんて!!」

 

 

 とプンスカ怒られてしまった。

 

 危機や苦境も鍛錬の範疇に入れてしまう古なのだから、楓らの仕事にも興味を持たれてしまうのも当然であろう。

 

 横島が秘匿の件を言わねばもっと詰め寄られていた事は間違い無い。

 

 

 「まぁまぁ…楓ちゃんが悪いわけじゃないし。秘密にしておかないと危ないしね」

 

 

 そう言う横島とて、霊力等の話がオープンの世界から来た存在なのでナニが危ないか今一つだったりする。

 

 それでも美少女が危ない世界に巻き込まれるのは絶対にイヤである。

 楓の場合とて本心では納得し切っていないくらいなのだから。

 

 

 「でも、何だか友達として信じてもらえてないみたいで悔しいアル……」

 

 

 しょぼんとしてそう言う古に楓の胸がちくりと痛んだ。

 彼女とて好きで黙っていた訳ではないが、そういう風に言われると何だか非情に悪い事をしたように感じてしまう。

 

 

 「あんなぁ…楓ちゃんが好きで黙ってたと思うか?」

 

 

 だが、こういう時に妙に気が付く男がココにいた。

 

 はぁ…と彼女に見えるように溜息を吐いて、古に歩み寄って行く。

 

 

 「でも…」

 

 「女の子が怪我すんのはオレだって嫌だぞ? それが知り合いや友達だったら当然だろ?」

 

 「でも、ワタシは腕にそれなりの自信があるヨ」

 

 「自信と心配は別だろ?

  まして最悪の場合は一般の格闘術が通用しない奴を相手にしなきゃなんねー事だってあんだぞ? 

  それとも何だ?

  楓ちゃんは『古だったら全然平気でござるよ〜♪』って会った事も無い敵をザコだと高をくくるよーな安っぽい娘だとでも?」

 

 「う……」

 

 

 そう言われると古も何もいえない。

 

 彼の言う事も理解できるし、楓の気遣いも解かる。

 彼の強さは知らないが、楓の実力は相対した事がなくともかなり上にいる事が理解できるのだし、横島が言うように戦いに油断しまくる楓は真っ平である。

 

 納得していないのは自分の好奇心とプライドぐらいだ。

 

 友として心配されるのも解かっているのだが、プライドがそれを許してくれていなかっただけなのだから。

 

 

 横島はそんな古の頭に上にポンと手を置き、子猫の背の様に優しく撫でた。

 

 びくんっと一瞬躊躇したものの、後は彼のなすがまま。

 顔を赤くして表を上げられないのに気付いていない横島はやっぱり何処でも罪作りだ。

 

 後ろで何だか楓が不機嫌そうであるし。

 

 

 「ま、勘弁してくれ。

  イロイロ事情があってな、おいそれとは喋らんなかったんだ。

  楓ちゃんに悪気は無いのは解かんだろ?」

 

 「アイ……」

 

 

 何というか…意外なほど古は横島の言葉を受け入れていた。

 

 そんな素直な古の言葉を聞き、「そっか…」と全く邪気の無い笑みを零す横島。

 こーゆーのを普段見せられればナンパ率は激増するだろうに。

 

 現に、自分より強い男が好みだと口にしている古でさえ、その笑顔を見て朱に染まっているのだから。

 

 “向こう”でもそうであったからしょうがない事と言えるのだが。

 

 尤も、彼の周囲にいた女性らから言えばそれでも出し過ぎだったらしい。

 彼の上っ面しか見られないバカ女の事等どーだって良いのだが、内面を知られたら離れようとしなくなるのだから。

 

 

 「ところで横島殿……何時まで婦女子の頭に手を置いてるでござるか?」

 

 「ひ…っ?! あ、あれ? 楓…ちゃん?」

 

 「……何でござる?」

 

 「ナ、ナンデモゴザイマセン! マム!!」

 

 

 何だか楓から闘気を感じた横島は、負け犬宜しくさっちょこばって古の頭から手を引いた。

 

 睨まれている訳でもないのだが何だか視線で刺されているよーな気がしないでもないのだ。

 もう、プスプスと……

 

 手を離された古の方はというと、おやつをとり上げられた幼児の様な目をして横島の手を追っていた。

 その目に気付いた楓から発せられる氣がまた重くなり、横島は更にビビる。

 

 何だかなぁ…な空気が、辺りに充満していた。

 

 

 楓と古が異変に気付けたのは麻帆良から外に出ていた事が挙げられる。

 

 というのも、この二人ほどの感覚の持ち主ならば<桜通りの吸血鬼>とやらの気配に気付けない訳が無いのだ。

 にも拘らず今日までその存在に気付いていないのは、この二人にも認識阻害がかかっていた線が濃厚なのである。

 

 魔法という存在に一般人が気付かないよう、魔法を魔法と認識しにくくされている結界。

 その“外”に出ているのだから気付いて当然と言えよう。

 

 だが、一歩外に出た以上は古も既に魔法を認識した存在となってしまっているだろう。

 

 こうなってしまうと最早“一般社会の住人”ではないのかもしれない。

 

 

 魔法の気配を間近にしておきながら気付かなかった“日常”。そこから離れた場にいるのだから。

 

 

 「……?!」

 

 

 かちんっと横島の動きが凍りつくように止まった。

 

 そんな彼に対して訝しげな表情をする前に、楓らはハッとして道路の方に振り返る。

 

 

 気配だ。

 

 未だ姿は見えないのに、気配が凝り固まりつつある。

 

 

 「チ…ッ

  拙いな……」

 

 

 何時の間にかその空間を凝視していた横島が小さくそう呟いた。

 

 今の彼の顔は見惚れるに値するものであったが、目の前の怪異から眼を離せない楓らはそれに気付けていない。

 だから楓は言葉の意味だけを問い掛ける。

 

 

 「あれは……“何”でござるか?」

 

 

 楓の質問に、横島は左手に霊気を集めつつ極簡素に答えた。

 

 

 「……多分、式神だな」

 

 

 彼らの前には、

 

 全身を鎧に包んだ巨体が十数体立ち塞がっていた。

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 学園側も実は結構慌てていたりする。

 

 当然ながら外周部で待ち構えていた魔法教師&魔法生徒らも電源が落ちると同時に発生した魔力に気付いてはいた。

 

 だが、時を同じくして襲い掛かってきた“敵”に対してかなり梃子摺って都市に戻れないでいたのである。

 

 百戦錬磨とは行かずとも、それなり以上のトラブルに対応してきた者達なので普通ならココまで苦労する事は無い。

 彼らの魔法攻撃も万能とまではいかずとも、魔物や式神、使い魔とも同等以上の戦いを演じられるレベルなのだから。

 

 だが、相手が拙かった。

 

 決して強い訳でもないし、ランクで言えば弱いという部類だろう。

 攻撃力も高が知れているし、彼らとて気を張っていれば然程の怪我もする事も無い。

 

 しかし、問題は異様なまでの数の多さと、その性質だ。

 

 その数の多さと性質故に彼らは手古摺り、都市内、園内に戻れなかったのだから。

 

 

 襲撃してきた敵。

 その集団は只の式神などでは無かったのである。

 

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 『くそ…っ!! 最悪じゃねーか!!』

 

 

 姿を現した瞬間は流石に動きは鈍かったのであるが、三人の姿を確認した途端に式神達は行動を開始した。

 

 太刀を抜き、槍を構え、棍を振り上げ、一斉に襲い掛かってきたのである。

 

 正確な数にして十五体。

 横島達が散開すると、きれいに五体づつ、それもご丁寧に太刀,槍,棍の使い手を割り振っている。

 太刀1、棍2、槍使い2の構成で襲い掛かってくるのは戦いなれているのかもしれない。

 

 

 「アイヤ〜 コレ、本物アルか? 私、本物のオバケ見るの初めてアルよ」

 

 「式神…でござるか。見た目は魍魎の類のようでござるな」

 

 

 救いは二人の少女の精神の太さ。そして……

 

 

 びゅん…っと風を切って棍と太刀が振り下ろされる。

 

 軌道は三つ。そしてその間を縫って槍が来る。

 妙に各個撃破に慣れた攻撃の仕方であったが、相手が悪かった。

 

 

 「よっ」

 

 

 小柄な中華娘は引かない。

 あえて踏み込む事で三つの攻撃を避け、

 

 

 「哈っ!」

 

 

 踏み込みで体重を増し、勢いをプラスして太刀使いの腹部に掌底を入れた。

 

 ドズンっと鈍い音がして鎧が陥没し、衝撃で後方に吹っ飛び背後の槍使いにぶつかる。

 式神だからかどうかは知らないが、呻き声は発していない。苦しそうではあるのだけど。

 

 槍は太刀使いと棍使いの間を縫って襲い来るので式神の身体を盾にしたままなら多少は安心だ。仲間ごと貫かれねば…の話であるが。

 直突きが来なかったのを幸いに、そのまま押し込んで槍を掴みつつ腰を捻り、そのまま肘を叩き込む。

 

 武装取りを兼ねた一撃にその武者の身体が跳ね、声は無くとも痛覚があるのか槍を握る指が緩んでしまい、あっさりと槍をもぎ取られてしまう。

 

 編成は兎も角、武器の使い方は然程でも無かったのか、古はもぎ取った槍を棍の様に使い、周囲の敵の足を打ち払ってひっくり返してゆく。

 

 それでも力を振り絞って立ち上がろうとするも、古は相手の上体が前に倒れたところに崩拳を入れるというエゲツなさも見せてくれた。

 

 

 「さぁ 次は誰アルか?」

 

 

 古 菲はいっそ無邪気さを感じられる笑みを浮かべ、脱力柔軟の自然体の構えで鎧武者を誘っている。

 

 練氣の技はまだ一般人ではあるが、それでも硬氣功と内氣功を使いこなせる彼女の望みは只一つ。

 

 

 −我只要 和強者闘−

 

 ただ強者と戦う事のみなのだから——

 

 

 

 楓の方はもっと楽である。

 何せ襲い掛かるのは五体“しか”いないのだ。

 更に前述の通り、其々は然程強くは無い。となると最早敵ではなかった。

 

 

 「忍…」

 

 

 現れたるは四体の分身。

 本体込みで五人組みだ。其々が攻撃を避けつつ踏み込み、練り上げた氣を叩きつけるだけで勝負が決まる。

 

 

 「数で来るのは正しいとは思うでござるが」

 「其々がこれでは話にならないでござるな」

 「折角の得物が泣いてるでござるよ」

 

 

 等と言いたい放題だ。

 

 だが、それでも彼女は一応は戦いを知るものである。

 真っ先に気付いた横島は兎も角、彼女も直に厄介さを理解していた。

 

 

 「ふむ…」

 

 

 分身か本体かは知らないが、楓の一人が顎に手をやって首を傾げる。

 

 その間にも電灯の陰やら壁の影の部分からじわりと影が立ち上がり、今倒したばかりの鎧武者を形作ってゆく。

 

 

 「何と何と…これはきりが無いでござるな」

 

 

 そう——

 倒しても倒しても、端から倒した数の分だけ湧いて来るのである。

 幾らこちらの方が強かろうと向こうの頭数が減らねば全く意味が無い。

 

 式神だというのであるから、当然操っている奴もいるはずであるが、楓の知覚をもってしてもその術者は網に引っかからない。

 尚且つ、術者がいる以上は、ここのゲートを抜ける方法を知っている可能性があるので退く事もままならないときている。

 

 

 『まいったでござるなぁ…』

 

 

 と内心苦い顔をする事しか出来ないのが現状である。

 

 

 頼みの綱は横島であるが……

 

 

 「のわ——っ!! 来るな——っ!!」

 

 

 ゴキブリかハエの様に逃げ惑うだけで全然手伝ってくれないのだ。

 

 確かに鎧武者の攻撃を、ウナギが木々の間を泳ぐようにぬるりぬるりと回避し続けるのは見事だといえる。

 掠りもしていないのだから事回避に至っては天才だと言えるだろう。

 

 だが、だからと言って戦わないでも良い訳ではない。

 

 多少なりとも好意を持っている男の蝶の様に舞ってゴキブリの様に逃げ惑う様を見れば脱力もするだろう。

 

 

 『拙者、男を見る目が悪いのでござろうか?』

 

 

 等と溜息をつきつつ、四周目の部隊との立ち回りを再開する楓であった。

 

 

 

 

 泣きながら、喚きながら、ひぃひぃ言いつつ走り回る横島。

 

 ベンジョコオロギのように跳ね、

 

 ヘイケガニのように横走りし、

 

 ダックスフントのようにチョコマカと足を動かし、

 

 尻尾を切ったトカゲのようにカっ飛んで逃げ惑う。

 

 人外の体捌きで攻撃を避けまくれている技量は兎も角、見た目は最悪で全く持って見苦しい事この上もない。

 

 

 

 しかし、だからと言って彼はこの場から逃げ去っている訳では無く、常に二人の少女から一定の距離を保ち続け、

 

 

 

 

 その鋭い眼差しでもって闇夜の梟が如く何かを探し続けていた——

 

 

 


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