-Ruin-   作:Croissant

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二十五時間目:イマをイきる 
前編


 

 

 ――草木も眠る丑三つ時……

 

 と言うほどではないが、それでもかなり遅い時間。校舎の外は真っ暗である。

 夏がドシドシ近寄ってきて夜の帳が中々下りなくなってはきていても、深夜は流石に闇の中。真っ暗だ。

 

 そんな中、校舎の中で蠢く影が――

 

 『ちょっと打ち辛いけど、ホントにあんまり音しないね』

 

 『せやけど流石に釘を打ち込むまではでけへんから、木を押し付けて打ち込んでや?』

 

 『『『は~い』』』

 

 金属的な釘を打つ音は響いてはいないが、ごっごっと重い音と押し殺している声は響いている。

 

 泊り込みによる深夜作業なのでかなり音を気遣って中々捗らないのであるが、金槌の音を防げばそれだけでかなり気が楽になって進みも早い。

 彼女らが持っている金槌の頭には、綿が貼り付けられいてそれが布で覆われている。それで打つとかなり音が軽減できるのだ。

 無論、日が出ている内に材木に穴だけ空けておく事も忘れてはいない。打ち込む時に穴に接着剤を注入しておく事も。

 何だか家を建てる時の作業に似てなくもないが、それだけ本格的な作業法ができるのは、図面がキチンと整っていた事と――

 

 『信じられないけど、ホントに横島さんが入っただけで作業効率がバカみたく上がったよ……』

 

 『内装に掛かれてるしね』

 

 『褒めてくれるんは嬉しいけど、とっとと作業進めよーな。

  女の子がこんな遅くまでやってんのは賛同しかねる』

 

 『『『は~い……』』』

 

 この男が関わったからである。

 

 何せ材木等を切るのが早い。尚且つ正確。何せ墨も打たずに目視のみで寸法を決めてスパスパ切りまくっている。

 接ぐのも精密。継ぎ目が解らない。木目の違和感でやっと解るほど。

 塗るのも早い。乾燥面も綺麗。ホラーハウス故に汚さなければならないのだけど、あえて汚すのがもったいないほど。

 小道具の作業も異様に早いし、ハリウッドでSFXの修業でもしたん!? と問いたくなるほど丁寧で細かい。

 例えば天井の梁の隅とかに蜘蛛の巣まで作ってる上、埃まで乗ってるし。それに陣取ったでっかい蜘蛛は針金と糸と紙で作ったものなのだが何か動いてる。

 

 『どゆことコレーっ!?』

 

 『腹の中通して中に二本糸通して滑車風に繋いでるんだ。

  で、巣の上から小型モーターで巻き上げる時に手足の根元動かしてくの』

 

 『このモーター、音しないんですけど……』

 

 『一部カバーとっぱらって中で音が響かないようにしてっからな』

 

 因みに蜘蛛を操る糸はストッキングの“縦糸”をらしい。

 手品のトリックにも使われていると、彼は彼女らの目の前で卵を浮かせる宴会芸マジックを見せた。

 

 ……ホント、無駄にド器用な男である。

 

 如何に生き抜く為に必要不可欠である為に培った(培わされた)技術とは言え、その向かうべき道をウッカリ踏み外してしまったとしか思えない。そういう意味では不器用と言えるだろうが。

 

 『でも、ホント早く進んでるアルなー

  お陰で出し物増やせるネ』

 

 『その所為で結局時間掛かってるでござるが……』

 

 『お前ら……本末転倒って言葉知っとるか?』

 

 彼が関わるまでは間に合うかなーどうしよー等と泣き言を吐いていた少女達であるが、いざ関わっくるとその進行は加速……いや、同率でそれぞれの作業が出来上がって行くという珍現象が起こってしまった。

 そうなると調子こいて悪乗りしてしまうのが3-Aの特性だ。

 アレもしたらどう? ココもこうしたら イヤイヤ こうやって コイツもやってみない? と、結局は時間の足りなさが元に戻っていた。それは助っ人の彼も呆れるのも当然だろう。

 

 尤も、だからと言って手を抜くのは主義に反する。時間ギリギリとなってからハッスルするのは昔から。

 で、結局は彼も残った材料に手を加えまくってイロイロと小道具を作ってしまうのだった。

 

 どろりと濁った水が満たされている汚れた壷。何故か唐突にあぶくが出る。

 ジェルを溶いてトロミをつけた色水の中にチューブが繋がった大きさの違うパイプが何個か仕掛けられており、空気が溜まれば水中で獅子脅し式に稼働してあぶくが出てくるらしい。

 

 教室の外に置かれていて、並ぶお客用に仕掛けられている送風機。であるが、その実は機械の音を来客に聞かれて仕掛けと気付かせないようにするブラフ。その風で熱い湯の張られた鍋を経て温風を浴びせたり、逆に氷の上を通らせて部分冷風を浴びせたりするのだ。

 後は生温かい空気と共に布や小物(作り物の手首とか)を動かしてみたり、ラップ巻いた手を氷水につけて冷風と共に触れてみたり(氷の手で触れられた気がする)と、繋げる事が出来る。

 有名な湾曲鏡のトリックで人の顔っぽいものを浮かび上がらせるのだが、超小型のスピーカーを“窓の外”に仕掛け(来客が持って入るであろう携帯電話によるハウリングの予防)て、最大ボリュームで心臓の鼓動音っぽく振動させて恐怖心を煽り、近寄ると赤外線センサーが感知して音も画像もフェードアウトで消える。

 等々……

 

 そんな小技まで披露し、派手さではなく心理的に怖いと思わせる仕掛けをどんどん増やしてゆく。

 しかし、ただ単に脅かせる仕掛けより“怖い”と感じさせる仕掛けは後々まで響いたりするのだが、良いのだろうか?

 

 まぁ単に怖くするだけなら幾らでも出来る。

 

 例えば某“みんなの妹”の提案だが、廊下の端で突っ立って人を待つ。客がやって来たら一言も喋らずニコッと笑い……そのまま白いワンピースを残して溶ける……

 或いは最近、クラスに馴染んで出現率を上げられた某幽霊少女が人型に赤く塗った壁の前で突っ立っておく。そして人が来たら悲しげに微笑み……ゆっくりと消える……

 

 当然、関係者たち全員が同時にツッコミを入れて止めさせた事は言うまでも無い。

 確かに凄いだろうが悪い噂も立ってしまいかねない。特に魔法関係者に。

 心が強くなってきているお陰が、自分らが人間じゃないんですよーと見せられるようにまでなっている事は良いとしても、見せびらかすのは如何なものか? そう説教すると流石に調子に乗っていたことを気付いてくれたのだけど。

 その代わり落ち込んだ二人を元気付ける為にまた青年が苦労したりしてたのだが……まぁ、それは横に置いておこう。何時もの事だし。

 

 因みにその“みんなの妹”は家族の小鹿とともに某ログハウスにお泊りである。

 流石にこんなに遅くまでお残りするのはおにーちゃんも許せないらしい。

 

 『来たよ!! 新田!!』

 

 そんな教室に、上履きを脱いで足音を潜ませている隣のクラスの女生徒が駆け込んで来た。

 どうも哨戒役のようだ。

 

 『サンキューッ!! みんな隠れろ!!』

 

 隣の3-B女子が告げて、恐らく別のクラスに伝令に向かったのだろう直後、裕奈の掛け声と共に女生徒らはサッと物陰に潜む。

 尤も、外観が出来ている為に物陰は多くて隠れやすい。出し物の後ろに入りゃ良いのだから。

 そしてその不気味なホラーハウス入り口のドアを開けておく事も忘れない。閉めているよりかはずっと人がいないという錯覚に陥らせ易いからだ。

 物陰に入った瞬間、皆が手にしていたペンライトの灯が一斉に消える。

 それぞれが奥やら手前やらの出し物の陰に身を潜ませ、横島の指示通り呼吸を浅くゆっくりとさせて気配も隠させた。

 

 支度を終えたと同時に近寄ってくる廊下を歩く歩みの音。

 音の主は哨戒役の少女の言葉通り、鬼の新田と呼ばれている広域指導員だ。

 こんな時間に校舎にいるという事は宿直なのだろうか。

 階段を上り、周囲を照らした後に近寄ってくる灯りと靴音。悪い事をしている自覚がある分、少女らのドキドキも一入である。

 

 しっかりと身を伏せているので彼女らからは新田が何をしているのか解らない。

 だけど教室の前でじっと立っている事だけは解る。 

 早く行け~早く行け~と彼女たちが念を送るのは当然であるが、ンなもん効くかと言わんばかりに中々教室の前から気配が遠のいてくれない。

 

 実のところここの出し物の出来具合に感心して眺めていたりする。

 助っ人まで呼んでランクアップを目指したが為の不都合なのだから、コレもまた自業自得と言えよう。

 

 少女らの念も虚しく、彼は生徒達の努力の結晶に灯りを向け数十秒間も眺めていた。

 あう~と半泣きで新田が去る時を待つ少女らの焦りと同様は如何なるものや。一秒が十倍の手間で進んでいるように感じられていたかもしれない。

 新田が何時も強いる正座説教を喰らっている時のようなやるせない緊張感に身悶えをしつつ我慢を続けていると、そんな彼女らの涙にやっと応えてくれたのか、うんうんと一人頷きつつ件の教諭はゆっくりと教室を去って行った。

 

 緊張から解き放たれた事と、特に教室内を調べたりせずそのまま去って行ってくれた事に安堵し、全員がハ~~……と肺どころか腹部の臓器の中身を吐き出すのでは? と思ってしまうほど深く深ぁ~く息を吐く。

 ちくしょー とっとと行けよなー等と声無き声での愚痴が噴出すのも致し方ないと言えよう。

 

 だけど、と“彼”は思う。

 恐らく新田教諭は彼女らが残って作業している事を解っているだろうと。

 

 何せこういった行事は恒例なのだし、彼くらい長く教師を続けているのならどこにどう隠れているのかも解り切っているだろう。

 

 だがこの学園は自主性を尊重している。

 

 そして堅物だなんだと言われている新田も生徒達のそれを尊重している。

 生徒達が無茶をしたり、危ない目に逢わないように、必要以上厳しくしているだけに過ぎず、憎まれ役に自ら買って出いるのだろうから。

 

 まぁ、それだけ生徒達が大事なのだろうが。

 

 生徒達が一生懸命努力しているからこそ、あえて見逃してくれているのだろう、と彼はそう見ていた。

 

 ――大体、幾らオレらが音を消したって他のクラスの音が廊下に響いてるんだもんな。気付かない訳ねぇし。

 

 耳が遠いのでは? 問いう説もあるが、あの教師の性格上、そうなったら辞職している気がする。生徒達の声も聞き分けられないのなら意味がないのだから。

 

 ――ま、厳しいけどあのセンセー嫌いや無いしな。さよちゃんもなんか慕うとるみたいやし。

 

 彼がチラリと近くで身を潜めているパパラッチ娘の方に目を向けると、今日は彼女に憑いているのだろう件の幽霊少女がチラチラと顔を出して様子を窺っている。

 お前は一般人には見えんやろがっとツッコミ入れてみたり。ホンマに人間臭い幽霊やなぁ……等と彼は苦笑していた。

 

 

 「……」

 

 

 ……………………ウン。そろそろ限界か?

 

 

 だよねー さよちゃんに意識向けちまったから現実逃避から復帰しかかってるヨ。

 

 

 「……ぅ、ぁ?」

 

 

 うん、拙い。なんかドキドキしてき……いや、してない。

 ドキドキなんかしてないヨ? ウン、シテナイ。ホントダヨ? 

 良イ香リナンカシテナイヨ? アッタカイナーヤーラカイナーナンテオモッテモイナイヨ? タブン…… 

 イヤイヤ、カンジテナイヨー カワイイナンテオモッテ……イヤ可愛イノハ間違イナイケド……

 

 「ぁ、ぁ……」

 

 カァイイナー コンチクショー ナンテオモッテハ……オモッテ……

 

 

 「ろ、う、し……?」

 

 

 モ、モゥ イイヨネ? ゴールシテイイヨネ?

 コタエハココニアルヨー ア゙ア゙、モ、モーダメD……ッ!?

 

 

 『 ナ ・ ニ ・ ヲ …… 』

 

 

 頭の中の安全ピンに指か掛かり、聖なるハンドグレネードを今正に投擲する寸前、ざらっとしたプレッシャーと煮え滾るようなオーラを同時に感知し、彼はぴきっと身体を引き攣らせて回転台の上に乗っかった剥製のようにくるぅりと後ろを振り返った。

 

 と……

 

 「あ゛……」

 

 ドびくぅっ!! と身が竦む。

 

 前の世界にいた時、色んな状況で浴びせられまくった殺気と怒気を発するモノがそこにいたからだ。

 あ゛あ゛、なつかしひ。

 等と現実逃避しても始まらないのだが……

 

 だが言い逃れは出来ない。つーか特定の病持ちの乙女にゃ理屈なんか通じない。

 

 運が悪かった。と言うか間が悪かった。

 

 彼は物陰に隠れる際、思わずバカンフー少女と同じ場所に潜んでしまったのだ。

 いやそれだけならまだしも、新田教諭の持つライトの光が向きかけた瞬間、武術家である彼女はそれを察知して思わずぐぐっと身を沈めてやり過ごしたのであるが、それは一緒に隠れていた彼の懐に飛び込むという結果を齎せていた。

 反射的に身を逸らそうとしたのであるが、横島はそれを無意識に止めさせ何故か抱きしめてしまい、そのまま新田が去るまでずっとそのままだったのである。

 

 その抱き心地に硬直して放すタイミングを逃していた彼。

 

 余りの抱かれ心地の良さに酔いしれ、離れる気を失してしまった彼女。

 

 そりゃまぁ、鍛えられた夜目を持つもう一方の少女、バカくノ一がそんなの目にしちゃったら……

 

 『 ナ ニ ヲ し テ る で ゴ ザ ル か ァ ―― っ っ ! ! ? ? 』

 

 『ひぃいいいーっっ!! 不可抗力やぁああっっ!!!』

 

 ――ぶち切れで叫びたくもなろう。何かカタカナなのが怖いのなんの。

 

 それでもお互い声を潜めた大絶叫であったのは見事だと外野の少女らもコソーリと感心してみたり。

 

 女子中学生たちが音を潜めて作業に勤しむ麻帆良学園中等部校舎。

 偽りの静けさの中、声にならない男の悲鳴と肉を殴打する音のみが鉄筋を震わせていた。それはさながらスプラッタホラーのようだったと少女らは語っている。

 

 

 

 

 後に、3-AのHORROR HOUSEはその出来栄えと、壁や床に広がる余りにリアルな血痕で話題を呼ぶのであるが……まぁ、本編にゃ関係のない話なので、甚だどうでも良い話である。

 

 

 

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         ■二十五時間目:イマをイきる (前)

 

 

 

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 「じゃ、部活の手伝い行ってきまーす」

 

 学園祭前日の早朝。

 教室から元気に飛び出していったのは徹夜明け(のハズ)の少女達だ。

 

 その大半は文化部の少女で、学園祭にて出し物があるので準備は必須。だからクラスの物と平行で行わなければならない。

 当然ながら運動部も出し物はあるのだが、屋台などは腕に覚えのある者のの仕事であるし、部活内容で行えるゲーム等は準備は殆ど要らない(それでもミーティングはキッチリ行われているが)。

 

 そんな普段とは逆の登校(?)風景が各クラスで起こっている。

 解ってて見逃してくれていただろう教師たちの寛大な態度に横島は頭が下がる思いがした。

 

 つーか、一部がホラーハウスじゃなくてスプラッターハウスになりかけたとゆーのに元気だね、キミタチ……等と不必要なまでに疲労(主に心労)している彼は感心してたりする。

 

 「にしても、その上に徹夜明けやいうのにホンマ元気やな。ク……これが若さか?」

 

 『お前は何を言ってるんだ?』

 

 尤も、その教師の寛大さによって横島も徹夜。

 除霊仕事での徹夜は緊張感があるからまだしも、あんな(横島的に)簡単な作業ではそうそう緊張感が保てる訳がない。

 だが不幸中の幸いというか、美少女の群れの中に狼の皮を被った淫獣を置いとく状況であったので、魔神すら屠れそうな本能を押さえ込む事に命賭けで押さえ込んでいたので眠気は訪れなかった。疲労は困憊であるが。

 

 何せ周囲は全員文句無く美少女。

 

 学園側に隠れて(いたつもりで)作業していたので汗ばんでいる。

 少女特有の香りやら、無自覚に押し付けられたりするやーらかいモノ等によってSAN値…じゃなかった理性がガリガリ音を立てて削られていたのだ。

 自称一番弟子の狼少女の時でも危なかったのに、美少女の群れだったものだからホンキで危なかった。いやホントに。

 

 素っ頓狂でトンチキな守護騎士どもは『尻圧アーッップ!!』だとか『オレは今、モーレツに充血しているっっ!!』等と煽るだけなので寧ろ邪魔だったし。

 某聖人である“目覚めた人”も、マーラによる誘惑という艱難辛苦にこれほど苦しみ打ち克ったのかと心底感嘆して遠い眼をしてみたり。

 

 『……この罰当たり者め』

 

 「いや ジークの話じゃあ、魔界と神界の最高実力者ってゴルフとかの話ばっかだって言ってたし。

  こんなもんじゃね?」

 

 『バカモノ。そんな訳があるか』

 

 ……知らない心眼は幸せである。

 

 「横島さん? どうかなさいましたの?」

 

 「へ? あ、ああ、あやかちゃんか。いや、何でもねぇよ。

  ちょっと出血多りょ……もとい、腹減っちまってさ」

 

 「ま、まぁ」

 

 思わず心眼と会話していた横島を怪訝に思ったか、あやかがそう話しかけると横島は軽く返して誤魔化した。

 その返答に彼女は呆れを見せはしたものの、直に相貌を戻して上品にクスリと微笑みを浮かべる。

 

 ……ホンマ、ここって年齢不相応に大人な娘ばっかやな……

 

 別に見下すのでもなく、呆れるのでもないその接し方に、横島は心底感心していた。

 いや元の世界での自分への扱い云々ではなく、同年代時の自分に当てはめて鑑みてしまっていたのである。

 

 『ヨコシマ……?』

 

 理由は不明であるが、後悔に似たものを感じた心眼が思わずそう声を掛けてしまうが、問い掛けに入るより前に横島はその空気を払い、全体指揮を取っていたいいんちょ……もとい、委員長のあやかに、

 

 「あ、時間空いたら朝飯買ってきてもええかな? 流石に空きっ腹では力が出んし」

 

 と、許可を願う。

 手伝いをお頼みしている立場であるし、尚且つ八面六臂の大活躍で作業してもらっているので勝手に食事に行ったとしても文句は出ないであろうが、“彼女らの手伝い”なので勝手に行くと段取りが狂って困るだろうという配慮である。

 そんな気遣いなんか見せたりするから余計に懐かれるのだが、本人が与り知らなぬ事なので横に置いておく。現にあやかも気遣いの意味を理解して感心していたりするが。

 

 「いえ、後は細かい衣装の打ち合わせや、

  内装に一部手を加えるだけですのでそこまでお気遣いなさらなくとも」

 

 「いやいや。

  『仕事はキッチリ。アフターサービスもカッチリと』ってのが前に職場で(文字通り)叩き込まれてるもんでな。

  ま、流石に衣装合わせには手を貸せねぇけどさ」

 

 「あら」

 

 彼がそう冗談めいて肩を竦めると、あやかはまた上品に小さく笑った。

 表情や仕種はまだ子供っぽいが、やはり対応は大人のそれだ。家が家だから大人との接し方に慣れているのだろうか。

 

 「ん~と……じゃ、御役御免でエエのかな?」

 

 「ハイ 本当にお世話になりました。

  今は不在の皆に代わってお礼を言わせていただきますわ」

 

 「良いって。こっちもナナが世話になってるからな」

 

 あんまり上品に対応されても、反応に困る。

 いや別に『ケ…ッ』とかされたい訳ではないのだけど、どうも知ってる“お嬢様”という存在は、おもっきり高飛車かボケボケだったりするので比較例にならないのだ。

 

 「ま、ちょっと名残惜しいけど、

  考えてみたらこれ以上手伝ったらクラスの出し物じゃなくなっちまうな」

 

 「正直、ここまで頑張ってくださるとは予想もしておりませんでしたわ」

 

 「いや面目ない」

 

 

 五割、とは言わないが確実に四割に届くほど横島が手を貸している。折角の『クラスの出し物』なのだからここが潮時なのは間違いなかろう。

 

 少女らと作り上げたそれの出来を見回して、一応自分が当たった部分を確認し、ちょっと満足そうに小さく頷いた。

 

 まぁ、これなら良いかと横島はあやかに顔を戻し、

 

 

 「んじゃ、後はがんばって。

  ま、もーし仮にあかん思うトコあったら言うてな?」

 

 「ハイ 本当にお世話になりました」

 

 

 と、挨拶を交わして教室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私、超包子に皆の朝食取りに行てくるアル」

 

 「拙者も手伝うでござるよ」

 

 

 “オマケ”を連れて――

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 ―世界樹伝説―

 

 ここ、麻帆良学園で知られている……所謂“都市伝説”の一つで、学園祭最終日に世界樹にお願いをするとその願いが叶う。或いは、告白をするとその想いが伝わり両想いとなれる――といったものである。

 麻帆良スポーツに、必ず結ばれるとあるののにその直横に成功率86%と書いてある矛盾した記事も載ってたりする。まぁ、これも例年の事だ。

 

 が、困った事にここは東の魔法協会の要である。

 

 つまり、その伝説にもちゃっかりと裏があるのだ。

 何と二十二年に一度ではあるのだが、ホントに願いが叶ってしまうと言うのである。

 

 この世界樹の正式名称は“神木・蟠桃”。解り易く例えれば、孫悟空が天界で食い荒らしたアレだ。

 尤も、向こうは実がなるのが九千年に一度で、食ったら不老不死というとんでもないものであるのだが、残念ながらというか幸いにというかこちらの樹にはそのようなものはない。

 ないのだが……その代わりについているのが、件の“二十二年に一度の奇跡”である。

 

 強力な魔力を秘めているこの樹は、二十二年に一度の周期で魔力が極大に高まりあふれ出させてしまう。

 その際、世界樹を中心とした六ヶ所の地点に強力な魔力黙りを形成。莫大な魔力は人の心に作用して持てる力を発揮してしまうのだという。

 

 不幸中の幸いと言うか、心に作用するだけらしいので即物的な願いは叶わないらしい。

 だが、その代わり事が告白に関するに限って成就率を120%に高めてしまうらしい。正に呪い級の威力である。

 

 

 本来なら次の年に起こる筈のこの現象。

 異常気象の影響か、或いは何かしらの知られざる理由があるのか、何故か一年早まって今年起こってしまうという。

 

 よって学園中の手の空いている魔法教師や魔法生徒らがこれにあたり、告白を阻止するという重要なのやら情けないのやら判断が難しい仕事をせねばならなくなったのである。

 

 「――それでも、心を縛り付けたりする呪い級の魔法なんて起きないに越した事はないですしね」

 

 と刹那が零すように、そんな事はあってはいけない。

 大雑把に言うと、自分が終生守り続けると誓ったお嬢様に懸想した塵芥に劣るケシカラン何者かがそのポイントで彼女に想いを伝えたら叶ってしまうやも知れないのだ。そんな鬱系MC作品のような世界は認めない。認めてはいけない。

 だから鞘袋に隠した野太刀を強く握り締め、彼女はその使命感に燃えていた。ちょっとズレてる気がしないでもないが。

 

 「ハハハ ソーデスネ。アッテハイケマセンヨネー」

 

 その一歩後ろを歩いていた魔法先生の一人で、刹那の担任であるネギは何故かどばぁどばぁと冷や汗を垂らしつつロボロボした口調で同意していた。

 

 然も有りなん。と彼の肩に乗っているカモは肩を竦める。

 というのもこの少年。麻帆良に着て早々にポカをかまし、それの汚名挽回……いや返上にとよりにもよってホレ薬なんか作ってそれを献上しようとした前科があるのである。

 

 心を縛り続ける魔法は、正しい魔法使いからすればタブー。そしてホレ薬の使用と製作は違法なのだ。

 その事を知らずウッカリ作ってしまった彼は、(一応バレてはいないが)目出度く前科持ちと相成った訳である。

 まぁ、刹那もその一件は知ってはいるのだがあえてスルーしているので同罪であるが。それは兎も角――

 

 教師であるネギはクラブの顔を出そうとする明日菜らと共に校舎を出て早々、学園長に呼び出しを受けた。

 彼と共に呼び出しを受けた刹那と一緒に、呼ばれていた場所である世界樹前に出向いていればそこにいたのは学園長と高畑、そして見慣れた数人の教師たちと数人の少女ら。

 なんと話を聞いてみると、このメンバーはここ麻帆良にいる他の魔法先生と魔法生徒だというではないか。

 麻帆良に来て数年になる刹那ですらこんなにいるのは知らなかったという(尤も、最近まで木乃香を守る事以外に興味がなかったという理由もあるのだが)。

 

 ここのとこ驚かされてばかり。

 世界樹の魔力を含め、知らないことは幾らでも有る。と、先に呼ばれていた小太郎と共に世界の広さを再認識させられるネギであった。

 

 「にしても、やっぱ横島の兄ちゃんは来ぃひんかったな」

 

 「あの人はあの人で、色々と仕事があるとの事ですし」

 

 『まぁ、あれだけ多彩なお人だしなぁ……』

 

 アレだけ目立つ人間であるから当然、この三人も『アレ? 横島さんは?』という謎に思い至った。

 性格の一部に難が無い訳ではないのだが、アレだけ多芸でド器用で尚且つ実力もある彼がいないのだからそんな疑問が出ない筈がない。

 基点となる世界樹がバカみたくでかい為、その六ヶ所のポイントとて範囲は大きいだろう。

 だったら彼の手もある方が良いのでは? と、刹那が三人の代表のようにその件を問い掛けた――のであるが……

 

 「ウ、ウム。

  確かに彼の手があった方が良い気も無きにしも非ずと思ってみたりしないとも限らぬ事もない事も無いのじゃが……」

 

 「ま、まぁ、その、彼の持つ力の関係で、何と言うか、適材適所というか。

  ある意味心強いんだけど、手段の為に目的を見失いそうな気が……」

 

 「ハッスルされたら困るというか……ハッスルし過ぎて力使い過ぎる気がするし。

  そうなったら彼の霊力が下がってスターターが暴走しそうで……」

 

 何だか要領を得ない答が返って来る。

 

 納得しかねるというか、イミフと言うか、兎も角 彼には別の仕事が割り当てられているという事だけは理解が出来た。

 

 つーか人柄はさて置き、彼の持つ力の特性ゆえに否が応でも別の仕事をさせなくては、という裏の事情があるのだが流石に未成年に性的な事は言い辛い。

 それが珍妙な空気となって漂っているのだが、当然ながら三人……と、他の未成年の魔法生徒達には良く解らない。それでも納得せねばならないという空気だけは読めていたようであるが。

 まぁ、大事な話は終了していたし、途中で謎のスパイマシンが発見された事もあって学園長もこれ幸いと……いや、丁度良い頃合だと終了を告げ、少なくともネギよりはKYではない刹那も言及を避けて二人を伴い世界樹前の広場を後にしたのである。

 

 「……なんやろ? 急に疲れが来た言うか……」

 

 「ああ、うん。僕もわかるよ。何だか気が抜けた感じに物凄く眠いんだよね……」

 

 ネギも小太郎も急な呼び出しで緊張していたのだろうか、内容を聞き終えた今は気が抜けていた。

 そんな二人を見て刹那も『無理もない』と思う。

 何せここの所、ず~~~っとエヴァの秘密基地(笑)で肉体改造モドキの特訓を受けさせられていたのだ。

 その上、特訓の〆は横島の術によって文字通り命がけの闘いである。これは疲弊しない方がおかしい。

 

 ……無論、毎日嬉々として特訓を受けている少女ら(含む刹那)は別である。

 

 「アカン……帰って寝るわ」

 

 「……僕も一度学校に戻ってから仮眠しようかな」

 

 よって二人してフラフラ。眠気に抗する能力はそこらの子供と変わらないようだ。

 尤も児童虐待と言っても良いレベルで扱かれ続けているのだから当然なのだが。思わずそんな二人を見守っている刹那が涙を拭ってたりするほどに。

 

 結局、どうしようない眠気に抗えなくなった小太郎はネギと刹那と別れ、居候をしている寮へと戻ってゆく。

 その背を見送っていた二人も、クラブと教職へと散って行った。

 

 

 

 

 

 

 

             それが――

 

 

                       分かれ目と知る由も無く――

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「横島殿」

 

 「うん?」

 

 「まず、どこを調べるでござるか?」

 

 「………やっぱバレてた?」

 

 「当然アル」

 

 二人が気付いていたと知り、横島は頭を掻いた。

 彼が少女らの中から離れたがった事にも矛盾を感じなかった訳ではなかったのだが、それより何より彼の空気。それが激変した事に二人は気付いていたのである。

 

 ――事は、明け方の作業中に起こった。

 

 徹夜明けでボ~ッとしつつも意識を飛ばさないよう頑張っていた横島であるが……今から一,二時間程前だったか、急に何かの波動を感じて意識を完全覚醒させたのである。

 正確なものは不明であり、どちらかと言うと転移の“それ”に近い波であったのだか、折悪く横島は心眼を仕舞っていた。慌ててアデアットと呼び出したものの既に遅く、心眼の感知をもってしても追いきれなくなっていた。

 

 しかし、ここ麻帆良の結界と繋がりを持たされているエヴァも気付いておらず、待てど暮らせど学園側からの連絡もない。

 

 気の所為? の可能性も捨て切れなかったのであるが、ためしに円に聞いてみると“それ”を感じていた時に彼女も少しだけ何かを感じたという。

 ただやはり彼女も確かに感じはしたのだが悪い予感めいたものに引っかかりはなかったらしいのであるが、感じなかったとはいえ全く気にしない訳にはいかない。

 感応力だけなら自分に勝るとも劣らない円の感応に引っ掛かっているという事は、何かが来た事に間違いはないと思われる。

 

 それに、自分の勘がずっと引っかかりみたいなものを感じ続けている。これは意味は解らずとも調べねばなるまい。

 そう思って食事を口実に出て来た訳であるが…… 

 

 「二人にも気付かれてたとはなぁ……」

 

 「舐めてもらったら困るでござるよ」

 

 「ふふん 私達も成長してるアル」

 

 この二人に気付かれていたようで、着いて来てしまったのである。これには横島も驚いた。

 何時の間にか成長してたんだなぁ等としみじみ思ってみたり。昔、一番弟子を名乗る人狼娘が霊波刀をうまく出せるようになった時もこんな気持ちになったっけと感慨深くなっていたり。師匠冥利に尽きると言っても言い過ぎではないと思う。

 

 ――尤も、何の前触れもなくイキナリ円に突撃して行った横島の行動を警戒し、おもっきり耳をダンボにしてただけ、という説も無きにしも非ずであるが気にしてはいけない。

 

 「学園長殿からの連絡はござらぬ、と?」

 

 「んー……確認しようにも何でか電話繋がんなかったし、事件やったら連絡入るだろうし。

  一応、零にも連絡してみたんやけど……」

 

 「何も感じなかたアルか」

 

 心眼はアーティファクトなので、当然その機能で持ってマスターカードを持つ零と念話で交信する事が出来る。

 しかし今日はずっと間が悪いのか、向こうも横島からの交信が嫌という訳ではないのだが何か手が離せない事をやってたらしく、

 

 『はぁ? なんも感じなかったぜ?

  ンなツマンネー事で邪魔すんじゃねーよ。犯すぞ?』

 

 と脅される破目になってしまった。

 二重の意味でビビリまくった横島である。 

 

 『妾を引っ込めておくからだ』

 

 暗にずっと出しておけと心眼が言ってるよーな気がするが、そこはちょっとダメだったろう。横島は横島で気遣いがあったのだ。

 

 「せやかて、ず~~っと作業やど? お前暇の極みやん」

 

 『阿呆ぅ。妾はお前のサポート役だぞ? いらぬ気遣いだ。

  どうせ気遣ってくれるのならずっと出しておけ』

 

 「……うーむ」

 

 珍妙な平行線もあったものである。

 まぁ、考えようによってはカードに閉じ込められているようなものなので心眼の言ってる事にも一理ある。封印状態といっても良いのだから、出しておくのも筋という事か。

 

 「ん。今度からそうする」

 

 『解れば良い。いや、意味は理解はできておらぬだろうがな……』

 

 「どっちやねん」

 

 『自分で考えろ』

 

 おおうっと頭を抱える横島に、楓と古(と、心眼)は苦笑を浮かべる。

 ここぞ、というところの気遣いは人智を超えるというのに、肝心なトコでコレである。まぁ、横島らしいといえばそうなのであるが。

 

 一頻り横島の悩む様を堪能した三人は彼を促して移動を再開。

 キョロキョロふらふらと不審人物極まりない行動をとりつつ、そのまま出店の並ぶ区画へと歩を進めていった。

 

 「それで、ドコに向かってるでござる?」

 

 

 「解らん」

 

 キッパリと言い切る横島に、二人はズルリと足を滑らせてしまう。

 実に懐かしいコント・リアクションだ。

 

 「せやかてしゃーないやんっ!!

  もし想像通りやったらマトモに気配せぇへんのやぞ!?

  ココの守り(結界)超えられるほどやったら、目で確認するしか手ぇないんやもん!!」

 

 「う゛う゛……た、確かに」

 

 想像通り、というのは、横島ら気の所為ではないというのなら相手は学園側の網全てを掻い潜るだけの力があるという意味である。

 何せそうなると雨に紛れて侵入してきたスライム達にすら気付いていたエヴァすら出し抜いている事となるのだ。そうでなければ結界の綻びの可能性すらも浮き上がってくる。それはそれで大事であるし。

 そうなると学園もエヴァも気付いていないという事となるので、どんな魔法教師が来てもあんまり意味がない。だから僅かでも波を感じられた(ような気がする)霊能力を持つ自分が調査する必要がある。

 

 『だから妾がこうやって周囲を警戒しているというわけだ』

 

 「な、納得したアル……」

 

 見鬼に定評のある横島であるが、当然ベースは人間なのでも見えない範囲があるし、何より彼の特筆すべき見鬼能力はその“眼”にあるのだ。それでも人知を超えていたりするのだが、見えない範囲となるとそれはもう勘任せなので実に頼りない。しかし、その足りない部分を心眼がサポートすれば死角は激減するのだ。

 だったら感応力の高い円も入れば良いという気がしないでもないが、状況によったら揉め事が起こらないとも限らない。だから心眼とのペアで出て来て……

 ――横島に気付いた楓達が付いて来て、今の状況である。

 

 ま、この二人なら咄嗟に動けるからいいかと何処か呑気な事を考えている横島。

 しかし、勘に嫌なものが無かったが故の構えなのであるが……

 

 

 その感じた感触が、本来進むはずだった歴史の道から僅かづつ逸れてゆく軋みだとは思ってもいなかっただろう――

 

 

 

 

 

 

 

 今夜が前夜祭という事もあって、店の数は半端ではない。

 広げられたテントの下には所狭しと土産物やらアクセサリー、果物等が並べられて日本とは思えない光景を見せていた。

 

 籠盛りのフルーツやら衣服。日用雑貨などがテント下で釣られて並んでいる様はヨーロッパの朝市のそれ。大半が学園祭の出店であるらしいのだが、どうも納得し難い。

 感じから言えば、イタリアの朝市が印象的に近い。狙っているのだろうか?

 こんな無茶のある風景さえも例年通りだと気にしないのも、やはり認識阻害の力なのだろう。

 

 「何でこんな人気の多いトコいくアル?」

 

 そんな人通りの中を直進してゆく横島に、並んで歩いていた古が思わず問いかけた。

 何気なく気配を探りつつ歩いているのは当然であるが、こうまで人の気配が多いところを歩く意味は解らないからだ。

 因みに彼女が手に持っているのは、今さっき横島が店で買ったシシケバブ。因みに楓はリンゴである。

 

 私どれだけハラペコ思われてるアル!? と思わないでもなかったが、正直食べたかった事もあって黙って齧っていた。けっこう美味いし。

 

 「例の波動感じた方向こっちなんだよ」

 

 二人と違って何も食べていないのだが、慣れてきたのか見鬼を行っているさり気なさは二人より上。その所作は完全に周囲の賑わいと同化していた。

 

 彼女達に食べ物を与えたのは、サービスと人遁の術の小道具。

 流石に楓の技術は古よりか遥かに上なのだがそれでも横島に至っていない。恐るべきは彼の技量であろう。

 

 ――無論、覗きやらナニやらで鍛えられ尽くした技なので全く自慢できないのであるが……それは兎も角。

 

 「ったく厄介な……かといって遠回りしたら逃がしちまうかもしれんし。

  人ごみの中で違和感探すしか手が無ぇとは……」

 

 『気の所為である事を願うしかないな』

 

 「骨折り損になるけどそっちがマシや」

 

 そう面倒臭さそう肩を落とす彼であるが、やはり気を配り続けているのは流石だ。

 古はそんな彼に改めて感心しつつ、彼を促して捜査を続けるのだった。

 

 さて――

 

 そんな風に周囲に気を配り続けている三人(四人)であったが、横島を挟んで古と反対側を歩いている楓は見た目は兎も角としてやや硬い表情を見せていた。

 ちゃんと彼の横顔を目の端に捉えているのは良いとして、意識の方はどこか上の空。いや、心ここに有らずと言ったとこだろうか。

 とは言っても、かかる現状において深刻なものではない。それどころかこの捜査には何の関係もなかったりする。

 

 ぶっちゃけ超個人的な問題であり、それもシリアスな意味合いはほんの僅かしかなく、コンチクショーといったレベルなのだ。しかし実は古もその内には同じような憤りを今現在持っていた。

 

 その楓が持っているしこり……それは、自分にナイショで彼と亜子が会っていた事に対する八つ当たりをあちこちにばら撒いてしまった事だった。

 しつこいと言われればそれまでであるが、何と彼女、その事も一因として尾を引かせているのである。

 

 さんぽ部の活動途中に気配を察知し、さんぽというよりパルクールなアクションで鳴滝姉妹をウッカリ馬引きの刑にしてしまったり、デート(楓主観)した挙句に高げなイヤリングをプレゼントしてもらってる亜子にキれてしまったり、よくもやり手婆ぁ宜しく二人の逢引に手ェ貸しやがったでござるなと円にキれたり、拙者とゆーものがありながらと横島に当ったりとスカポンタンしまくりだった。

 幾ら強くなりたいとはいえ、こんな無双は楓自身も勘弁である(後で古にも“拙者の”とは何様のつもりアルかとツッコミうけたし)。

 それでもまぁ、学園祭中に一緒に回るという確約させた自分は褒めてたりするが……それは横に置いといて。

 

 本命といっても良いしこり……それもこれも、あのオンナ(少女)がいけないのだ。

 

 どうやら同じタイミングで彼女の事を思い出したのだろう、楓と古両方の奥歯がギリリと鳴った。

 漏れた闘気というかオーラはかなり重く、横島などそのオーラに中てられたかドビクンっと身を竦ませてたりするほど。まぁ、対象が彼とその少女のみなので害はなかろう。良いのか悪いのかは別として。

 

 二人がそんなにまで誰を気にしているのかというと……彼女らの同級生、近衛 木乃香である。

 

 最初は気に掛けるほどでもなかった。

 先の修学旅行の一件で、ずっと刹那との仲を心配してたり助言を与えてたり、如何なる非常識な行動を取っても助け出すという無茶振りに強い感謝の念を持っていた程度だったのであるが、明日菜が楓の悩みを聞いてくれたのと同様に古の悩みを聞いてくれた辺りからどうも怪しくなってきてしまったのである。

 

 何せ普段の彼は男前とかイケメンとかいう言葉からは程遠い人物であり、どちらかと言うと平々凡々で一山幾らの風貌である。

 頭捻ってこじ付けに近い褒め言葉を駆使したとしてもマスコットがいいトコで、一番適切な形容詞を使えばお笑い芸人。

 DNAレベルで刷り込まれているお笑い気質で行動してウケを狙ったり、大首領様にボコられたり、副作用で半死半生になったりするのが平時なので碌な面が見られない。

 

 表の仕事にしても用務員でお世辞にも高給取りとは言えないし、カッチリとした経歴も資格どころか免許証すら持ってない上に扶養家族まで抱えていおり、ナイナイ尽くしのおっぺけぺーなのだ。

 こんな男がナンパしたとしても成功率は良くても一桁。仮に成功したとしても良くて財布代わり。悪くて借金の保証人のような裏のある扱いだろう。ぶっちゃけモテる要素が余りにも微々なのである。

 クラスメイトからも時折、どこが良いのー? 的な質問が飛んで来る程に。

 その度に楓らの額にはぶっとい血管が浮かび上がりかかるのだが、気付いてないのだからコレ幸いと高を括っていた。まぁ、ぱっと見だけなら確かに頷く点もあるのだし。

 

 

 だがこれが内面の美醜となると話が変わってくる。

 

 少なくとも楓は……いや、古や円。長く生き過ぎてる零から言ってもここまで良い男を見た事がないのだ。

 

 

 つい先日も、すっかりと修業場と化しているレーベンスシュルト城でこんな事があった。

 何時もの拷問……もとい、鍛練を行っていた合間……エヴァ+零でのほぼ全力攻撃を凌ぎ、イイ感じに力を減らして『次はぼうやどもだぁっ アーハッハッー』と意気揚々と大首領様が去った後の休憩時間。

 横島が楓ら(時々+ネギ&小太郎)の鍛練時間まで疲労困憊ぷっぷくぷーにヘタレ込むのは何時もの事。

 無論、手加減率はネギ以下なので心身共にズタボロになる事も少なくないので、木乃香も修業になるからと大忙しなのであるが……

 

 そろそろ時間でござるかなー♪ と足取り軽く横島が休んでいるテラスに向かう楓……と古。

 疲労しまくる彼に申し訳ないという気持ちも間違いなく持っているのであるが、それと並んで楽しくて仕方のない自分もはっきりと感じているのだ。

 いや、武術の師や相手としても最強最高峰の相手、明らかに人類では到達不可能の対戦相手を出してくれる事も確かに楽しいのであるが、それより何より横島と一緒に鍛練を行うのというのがそれよりも更に楽しくて仕方がないのであったのだが……

 

 彼が休んでいるであろう、テラスに向かうとそこに先客がいたのである。

 

 先客――とは言ってもナナとさよの二人とかのこだが。

 普段のかのこは愛玩動物だし、さよとナナは彼の妹ポジションにすっかり落ち着いている。

 無論、楓らと同様の鍛錬等と言った用件で駆けつけていたのではなく、単に彼と一緒に居たかったというのが目的であろうけど。

 

 心労やらナニやらでぐったりさんだった横島は、テラスにどーんと生えている木の影で昼寝中。

 

 それもまぁ仕方のない話であるし、エヴァにしてもそこまでガミガミ文句を言うつもりもない(あったとしても、その憂さはネギと小太郎で晴らしてるし)。

 普段がイロイロと疲れているのだから、休める時はおもっきり休むというのもまた正しい事なのだ。

 

 そんな彼、横島の顔の横には鹿の子が丸まって寝息をたてていて、

 投げ出されていた彼の両の腕には――右と左の腕には先の妹分二人が頭を預け、心地よさげに微睡んでいたのである。

 

 ナナは兎も角、幽霊のさよが眠るのか? という疑問も無きにしも非ずであったのだが、横島と付き合っていたらナニを今更となる。現に彼女は彼の右腕を枕にすやすやと安らかに眠っているのだし。

 誰にも見えていなかったとは言え、ついこの間まで寂しげに佇んでいた少女と同一人物なのかと首を捻ってしまうほど、彼女の顔は安らかだった。下手するとこのまま成仏してしまいかねないほどに。

 

 若干、嫉妬の氣が噴出しそうになりかかるも、これもまた彼の作用なのかと思うと微笑ましさの方が勝って苦笑の度合いが強くなる。

 

 それほど身内というポジションに落ち着いていたのだから。

 

 そして、彼の右腕を枕にしているナナ。

 こちらは安らかというよりは、幸せさ全開。

 時々、もそもそと頭を動かすのも彼にもっとくっ付こうとする想いの表れだろうが、恐らくくっ付いている部分(密着面)は物理的にも隙間無くくっ付いている事だろう。それでも頭を収まり良くしようとしているのは、残っている人の部分の本能なのかもしれない。

 

 親猫の腹を枕にして眠る子猫を連想させるほど、かのこは元よりナナとさよの二人も安堵し切っていたのであるが……

 この時――二人が微笑ましげに見守っている前で、枕にされていた横島の腕が僅かに動いた。

 その瞬間、楓らは息が詰まったかのように動きがぴたりと止まり、音でも聞こえてきそうな勢いでその顔が真っ赤に染まっていったのである。

 

 身じろきをする、寝返りをする、二人の重さが気になりだした、等ではない。

 

 そんな事なら楓と古の二人も“こんな表情”はすまい。幾らなんでも赤色に逆上せ上がり過ぎであるし、妄想込みにしても色ボケにも程がある。

 

 そんなものではない。“それ”を目の当たりしただけなのだから。

 

 別に妙な事をした訳ではない。

 

 無論、悪い事をした訳でもない。

 

 後々考えてみたら、彼なら然もありなんと納得できない訳でもないものなのだから。

 

 だからこそ反応に困った。戸惑った。動けなくなった。かと言って眼を逸らせない。否が応でも目を引く。いや、眼が惹かれる。だからこそ余計に困っていた。

 余りに些細な事なのに、それは大きくなだらかで穏やかな津波となって二人を包み込んでしまったのだ。

 

 

 横島の見せた些細な所作――

 

 眠っているナナの背に回されていた彼の手が、時折優しく彼女の背中を叩いていたのである。

 

 

 ぽん、ぽん、ぽん、と感覚を空けてのんびりとしたテンポ。

 

 起こすほどの強さはなく、どちらかと言うと弱々しいと言った方が正しく、音すら聞こえないほどの強さでもって無意識にであろう続けられるそれ。

 それでいて確かに伝わる振動を幼い妹……良く見るとさよにも時々やっている……を守る様に、あやす様に、安心させる様に、ずっとずっと続けられているのである。

 

 そして楓らはそれを目の当たりにしてしまった。

 

 眠っているのに、

 古は兎も角、楓の目をもってしても眠っているはずなのに、

 

 その彼の手は愛おしいモノの安らぎを守るよう、身体が勝手に動いていたのである。

 

 愛し児の眠りを守る親のそれ、大切な守るべき家族に向けられるそれを、血の繋がりの無い兄であるはずの横島は、眠りながらも行い続けていたのだ。

 

 何気なく、そしてこれだけ強烈に愛情を感じさせるものが他にあろうか?

 楓と古は顔を真っ赤にしたまま、呆けたようにそんな家族(、、)をただ見つめ続けていた。

 

 

 嘘だらけのこの世の中で、こんなにバカ正直で真っ直ぐで、自分を隠さずあけすけに生き、

 誰かの為という時には考えるより先に身体が動き、誰かの為という時に限り限界を突破し、痛がりの癖に誰かが痛がるよりマシだとという感性を持ち、

 誰かを泣かせまいと命がけで踏ん張り続け、常識なんぞ踏み躙って駆けつけてくれる。

 その器の大きさも果てし無く、幽霊であるさよは元よりゴーレムであるナナですら完全に家族として中に入れている。尚且つ“人として”ではなく、ゴーレムや幽霊の妹とそのまま受け入れているのだから恐れ入る。

 

 そんな彼を、そんな内の美醜を感じられない見えないのならそれで良い。

 気付けもできないのならそれはそれで良し。こちらとしては知られぬに越した事はないのだし。知って嘲るのならただでは済まさないが。

 

 そして二人は……いや、円と零もそうであろうが……内心、彼の良さに気付けている事を自負している。

 

 特に楓と古はこの麻帆良で最初に気付けてたといっても過言ではなく、それが彼との距離の近さを感じさせていた。 

 この一件は駄目押しだったと言って良い。

 ただでさえ転んでいた彼女らであったののに、トドメとばかりに焼印を押されてしまったのだから。

 尤もそれを自負している節もないわけではないだが。

 

 ――なれど……

 

 と二人は下唇を噛む。

 

 不覚。不覚。正に不覚。

 見とれ…もとい、見惚れ…いやいや、み…み、み、見守って? しまっていた折、あんまり集中してしまっていた為だろう、他者の気配に気付けなかったのだ。

 

 武闘家のくせに大概であると思われるが追求はナシの方向を願いたい。

 何せ二人して顔を上気させ、傍で見てたら『病気?』と思わずにはいられないほど、ドキドキうるさい胸を押さえてたり己を抱きしめたりと大忙しだったのだ。

 極々身近であり、よく見知っている“一家族”の優しげで穏やかで幸せそうな場に居合わせてしまったのだから無理はないのである。

 

 そんなおっきな心の隙が出来てあまつさえクネクネしてる場を見たりしたら、そりゃ『何事や~?』と好奇心に引っ張られてやって来たりもするだろう。そのやってきた人間、少女こそが――誰あろう近衛 木乃香だったのだ。

 

 彼女もまた、横島の良い部分の深いところを気付きかけていたツワモノの一人であったのだが、それは単に大事な幼馴染をその身はおろか心すらも支えてくれるだろうという――言ってしまえば打算めいたものがあったのであるが、これを見てしまったのだからその評価点も上に突き抜けてしまう。

 

 確かに一応はマスターであるネギが持つ優しさや素直さ、責任感の強さを持っているし、頑張りも良く知っているのだか、それはあの年齢にしては、という枠で止まってしまう理解である。

 だが僅かながらベクトルがズレるものの、横島は同様かそれ以上に同じもの持ち合わせている上、更にそこに底知れぬ大きい器を持つ包容力と愛情を持ち合わせているのだ。

 

 些か安っぽく聞こえるかもしれないが、やって来た木乃香が目にしてしまった“そこ”には確かな愛があった。

 これに眼と心を奪われないと女ではない。

 

 楓らがハッと気付いた時にはとき既に遅し。

 木乃香は………頬を赤く染め上げ、自分らと同じ“眼”でまどろむ彼をぼーっと見つめ続けていた。

 

 

 ―― G o d d a m n ! !

 

 

 何故に英語? つーか何で唐突にスラング? という疑問はさて置き、二人は同時に天に向いて心の中でそう叫んだ。

 イキナリ文句言われた天も反応に戸惑っている事だろう。

 何だか知らないがドスゲェ怖い。その噴出した闘氣をマトモに受けて負け犬宜しく尻尾丸めている男が脇にいるし。

 はぁ……と溜息を吐く心眼の疲労たるや如何なものか。

 

 まぁ、そんな当人達にとってのみ深刻な状況なのだけど……

 

 

 

 

 『――ム?』

 

 「? どうかしたか?」

 

 そんなこんなでイタリアの朝市を思わせる出店を軽く冷やかしつつ目的地に歩いていた三人であったのだが、不意に心眼が意識を空中に向けて声をもらした。

 幾ら周囲の県から隔離状態とはいえ、売っている品物を含めてヨーロッパそのままの光景にはかなり違和感があるのだが、慣れ切っているのか誰も異を唱えない。それが認識阻害の力なのかどうかは別として、唐突にこんな事が起こっても気付き難いのはやはりいただけない。

 

 『唐突に空中に気配が出現した……?』

 

 「「「は?」」」

 

 何をイキナリ。いや、何故に疑問形? 等と思いつつも心眼が示した方向に横島が顔を向け、二人がその向きを追って顔を向けると――

 

 「ナヌ!?」

 

 彼が素っ頓狂な声を上げてしまうのも当然。

 こっちに向かって吹っ飛んでくる白い影があったのだから。

 

 普通の人間なら呆けるなり呆然とするなりする所だが、どっこいこの三人は普通ではない。

 

 「YOKOSHIMA-EYE起動っ!! 

  推定身長 160cm!!

  推定サイズ、B77 W56 H78!!

  推定年齢十代半ば!! 惜しいッ!! だが予想容貌ランク美少女!!

  これは……楓ちゃん、頼む!!」

 

 「…っ承知っ!! なれど後でOHANASHIでござる」

 

 横島EYEによって少女(美少女)であると確認した彼がすぐさま両の掌を差し出すと、示し合わせていたかのように楓がその掌を踏み台にジャンプし、すっ飛んできた少女(仮定)を危なげなく受け止める。

 途中、彼が悲鳴のような声で『何故に!?』と叫んでいたような気もするが空耳だろう。

 

 三人は元より、周囲の人間は何が起こったのか解りはしない。

 だが、この時期は過激なデモストレーションも行われる事も多く、今のアクションもその一環と思われているのか若干の拍手とおひねりが飛んできた。

 え゛? と一瞬戸惑う楓らを他所に、横島といえばドーモドーモとその拍手に手を振って返し、おひねりを懐に入れて二人の手を取ってそそくさとその場を立ち去った。このあたりは流石の心臓である。

 

 『……ヨコシマ、気を抜くな。

  何かが追ってくるぞ』

 

 「わーっとる!!」

 

 人の隙間を縫うように歩き、徐々に速度を上げて今は駆けている。

 急に駆け出すより目立たないダッシュであり、当然ながら超体育会系の二人は息を乱す事無く付いて来るのだが、追ってくるナニかも結構早い上に正確に追って来ているようだ。

 

 不幸中の幸いなのは、珍奇な格好で走り回っているのが自分らだけではないのであんまり目立たない事か。

 でなければコート包みの女の子抱えて走ってたら人目につきまくって大変だっただろう。

 

 「はて? 人のような影のような……式神でござるか?」

 

 『解らん。感覚的には使い魔かもしれぬ』

 

 「少なくとも十体以上いるアルな」

 

 ひょっとしてさっき感じたアレはコイツらか? と首を傾げつつ、ソーサーを集束する横島。

 何時ものように直に投擲しない。楓もクナイを出して何時でも投げられるようにしてはいるがそのままだ。何せ相手の正体が不明なのだから当然だろう。

 

 だったら向こうのターゲットらしい追われていたるであろう少女に聞いた方が早いか。そう思って抱いている白いコートに身を包んでいる少女に顔を向けると――

 

 「アイヤ 皆足が速いネ」

 

 「は?」

 

 意外に呑気な声が返ってきた。

 

 「あ? ひょとして超アルか?」

 

 「おお、古。デートの邪魔してしまたカ?」

 

 

 

 

 

 楓達のクラスメイトであり、横島を探っていた人物。

 

 学園の問題児であるがあらゆるジャンルで名を残す麻帆良の超天才。

 

 

 超 鈴音がそこにいた――

 

 

 

 

 


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