-Ruin-   作:Croissant

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後編

 

 その辺のやる気の無い学校等と違い、ここ麻帆良学園は勉強以外の社会教育にも力を入れていて教師達も朝の会議にしっかりと耳を傾けている。

 

 当然と言えば当然なのであるが、所謂“普通の学校”と違ってここの生徒達は無駄に技術や能力が高い。だから一度コトを起こすとそこいらの学校など比べ物にならないくらいの騒動に発展する事もあるのだ。

 よってテスト期間よりも他の地区からのお客まで来訪する学園祭期間の間は、教師達の連携も普段以上にしっかりととっていなければ内外にかなりの問題を残してしまうのである。

 

 幸いにしてこの学園には、調子に乗りやすい事を除けば、人格的に酷い生徒はそういない(まぁ、その調子に乗りやすい点が、やや行き過ぎている感も無い訳ではないが……)。他校なら大問題となってしまう愛の鞭である鉄拳制裁すら受け入れられるほどであるし、多くの生徒達は説教で済む程度。

 

 その説教にしても、教師のやる気の無さではなく、説教で済ませられるほどの問題というだけだ。無論、麻帆良基準ではあるが。

 

 しかし、祭り期間ともなると他校の生徒もやってくる。そしてその来訪者達の全てが善良な人間ばかりであるとは限らない。

 中には昨今で問題になっている、少女達目当ての犯罪者予備軍のような人間だっているだろう。そういった不届きな人間達から生徒達の安全を守るのも指導員達の仕事なのである。

 

 尤も、こんな騒動が初めてという訳では無いので担当地区の割り振りと、ミーティングで済むのであるが。

 それでも気を抜く訳ではないし、話し合いもかなり真面目。

 独立心を養うと言う点では日本一という自負もあるのだろう、こういった行事や催し物を生徒達の自由にさせつつ、負わせるリスクを軽減させる為にこの学園の教師達の真剣な取り組んでいる。その姿勢は他校の追従を許さない。

 

 無論、そういった“もしも”の有事に備えて警備員やら補導員(指導員)も充実している。

 元からここの指導員は恐れられているのに、この期間中はバイトも加わってかなり監視の目が厳しくなる。無論、行事を乱したり風紀的に問題が無ければ空気のようなものであるが。

 それでも怖い事は怖いが説教で済む派と、痕は残らないし何をされたのかも解らないものの容赦なくボコって下さる派の二つが監視の目を強めるのだから堪ったものではない。

 “悪さ”を企む者はあっという間に確保されて説教室送りの憂き目に遭うだろう。自業自得であるのだけど。

 

 さて――

 そんな会議の中、何時に無くボーっとして話を流して聞いていたのは、不良たちの間でも『その人』として恐れられている広域指導員の一人、高畑=T=タカミチであった。

 話を流し聞きするという事だけでも珍しいのに、折角火をつけた煙草は指に挟んだまま。

 誰が幾ら言っても止めようとしないヘビースモーカーの彼が煙草を口に咥えようともしていないし、生徒達の為の会議だというのにただボーっとして話を聞き流している。

 

 おまけに煙草の火が短くなって指の間で燻っていても気付きもしないではないか。

 指を焼くというハプニングに際し、ずっと様子を見ていたしずながようやく注意の声を上げ、やっと声を上げて驚いたのだから珍しいにも程がある。

 

 広域指導員の仕事というのは実のところ裏に表にあり、表向きは新田と同じであるのだが裏の方は本物の犯罪者相手。それも魔法やら氣やらを使ってくる一般人では対処不可能レベルの存在だ。

 

 ここは東の魔法協会の本拠地と言っても良いような場所なので、それほど不届きな人間はやって来たりしないのであるが、こういったお祭り騒ぎ時に合わせてやって来る輩はゼロとは言えない。

 だからこそ余計に気をやってはならないのであるが……

 

 「まいったねどうも……」

 

 保健室で包帯を巻かれつつ、ここまで思考を持っていかれていたのかと苦笑が浮かんだ。

 

 

 「ホントですよ。痕が残ったらどうするんですか」

 

 「え? あ、いや……そういう事じゃないだけどね」

 

 やや大げさ気味に包帯ぐるぐる巻きにしていた しずなは、高畑の零した言葉を失敗ととったのだろう。呆れた風にそう注意をした。だから高畑の苦笑も深みを増す。

 

 「? じゃあ、何なんですか?」

 

 保険医が所用で不在だったからだろう、しずなは手当てした後に器具を片付けて使用書に書き込みをしつつ、高畑にそう疑問を投げ返した。 

 大人びているのにそういった時の仕種が少女のようで彼女の魅力は増すばかりであるが、返された問いによって高畑の悩みがまた浮上している。

 

 尤も――

 

 「いやぁ……

  何だかんだ言って、僕は何も見えてなかったのかなぁって……」

 

 正確に言うと“後悔”が近い。

 

 言葉の意味が解らなかったのだろう、しずなペンを止めて高畑に目を向けた。

 彼は治療中と同じで、保健室の丸い椅子に座ったまま。

 だがその目は窓から見える外に向けられており、またも思考ごと他所を向いている。

 

 彼の脳裏には、昨日ある青年に問われた事が再生され続けていた。

 

 

 『高畑さんに聞きたいんスけど、

  あのバカはいったい誰が教育してあんなんなったんスか?

 

  本人やキティちゃんや話を聞いた限りじゃあ、

  こっちに来る前はイギリスでも精霊やらの勉強もしてたみたいなのに、

  ここ最近……

  京都での事件以降は攻撃魔法や身体強化法だけやってて、

  治療系や一般魔法とかの勉強は全然やってない。

  悪魔との戦いから見て復讐心も殆ど無い。

  それなのに向こうでは殲滅魔法に近いものまで勉強してると言う。

 

  いや、がむしゃらに強ぅなろうとしとる理由としては間違ってへんけど……』

 

 

 子供なのだから強くなりたいという思いの方が強い、というのは理解できる。

 自分に力があり、強くする方法が目の前にあるのならその手段をとるだろう。自分のように命を懸けねばならないというなら兎も角。

 だがネギの過去の話を見てしまった時、その青年は思った。

 

 何で大切なお姉ちゃんの足が石になって砕けた瞬間を見たと言うのに、それを癒す勉強を一切やっていなかったのか?

 

 先に出た精霊の勉強も授業の一環であり、競れで好成績を残せたという事は、その技術に向いている筈である。にも拘らず魔法の授業と関係ないものは優秀な成績程度で留め、後は攻撃魔法に集中している。禁呪まで知っているくらいなのだから。

 これでは父親を目指すという目的を免罪符として掲げ、何も考えように突っ走っていると指摘されても納得するしか……

 

 「……何を馬鹿な」

 

 思わず零した言葉に しずなが不思議そうな顔をして見つめている事にも気付かず、高畑は青年の言葉を振り払う。

 

 ――あの子は僕と違う。

 

 そう自分に“言い聞かせて”。

 

 己の無力さを呪いつつ、体温を失ってゆく恩師をただ見送る事しか出来ず、その最期を看取る事なく己の非力な背中を見せる事しかできなかった自分とは、

 

 幸せにする為という言い訳をもって、悲しみではあったがやっと感情を見せてくれた少女の記憶を封じ、心を再構築させるのを彼女自身の心の強さに丸投げしていた自分とは違う。

 その想いに縋るよう、彼はある本質から目を逸らす。

 

 少年と自分の境遇がよく似ている事を忘れ、

 

 ただ強くなる為、脇目も振らず元同級生の別荘内で己を虐めるように鍛え続けていた日々を置き去りにして――

 だからこそ、自分がどれだけ馬鹿だった事が思い知っている筈であろうのに。

 

 「……横島君」

 

 そんな彼の口から零れた名は一人の青年の名。

 

 耳ざとくそれを聞き遂げた しずなは何とも微妙な表情を見せていた。

 どういう思考の果てに高畑がその名を口にしたのかは不明であるが、彼女にとってヨコシマという名前は碌な思い出に繋がらないからだ。

 

 普段は兎も角、疲労の色を見せている時の彼に近寄ってはならない。これは女性教員達共通の常識だった。

 最近は妹と一緒にいる所為だろうか、完璧かつ徹底的な性犯罪者的行動は影を潜めてはいるのだが、妹分が不足し尚且つ疲労している時はケダモノとなる。影で女傑と謳われている葛葉女史ですら危機に陥る事もあるのだからシャレにならない。

 

 ただその反面、学校の教職員全員の共通意見で、女子供を本当の意味で傷つけたりする事だけは絶対に無いだろうというのもある。

 

 しずなは何だか肩を落としている高畑を見つめながら思う。

 

 悩み事は良く解らないし、聞くのも躊躇われる。

 

 しかし、何だかよく解らないのだけど、

 

 漠然とし過ぎていて何の根拠も無いのだけど、

 

 自分でも何が何だかよく解らないのだけど、

 

 

 横島君が何とかしてくれる気がする――と。

 

 

 そういう予感がずっと付いて回る。

 

 何の確証も無いのだけど、しずなは高畑も同じ考えに至っているのではないかと思っていた。

 しかし、彼に丸投げにしている自分が許せないのではないか?

 彼の性格からしてそうなのではないだろうか――と。

 

 学園祭が近寄るに連れて活気付いてゆく麻帆良の生徒達。

 高畑同様、窓から校庭に見える少女らを何とはなしに眺めながら、

 

 

 ――しずなは、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『どうしたんだい? ボーヤ。

  そらそら上手く避けないと串刺しだよ?

  そしたら焼いて食ってやろうかねぇ。

  ステーキの語源は串刺し火刑なんだってこと知ってるかい?

  アハハハハ……』

 

 「 ふ ぎ ゃ ―― っ っ ! ! 」

 

 

 

 

 大丈夫、だろう。

 

 多分。きっと……メイビー

 

 

 

 

 

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         ■二十二時間目:とっくん特訓またトックン (後)

 

 

 

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 夕日が沈んでゆく様は誰にも奇妙な寂しさを齎せる。

 

 まぁ、『明日への期待が高まってくる良い時間』と仰られる方もいらっしゃられるだろが、そういった人間は相応にしてポジティブ思考の持ち主か、大地に生きて充実した日々を送っている者くらいだ。

 黄昏時と言うくらいなのだ。多くの人間は寂しさの方に傾くだろう。

 

 人工的な時間の進みの中とはいえ、結界内でも夜は来る。

 

 後ろから夜の帳が迫って来て、陽はどんどん沈み込んでゆく。

 

 そんな黄昏た時間の中、その城からは珍妙な歌が響いていた。 

 

 「……~♪」

 

 夕暮れ時の何か挫けそうな空気の漂う中、響き渡るその歌声。

 

 それは可愛らしいボーイソプラノ。

 

 技術的なものは稚拙としか言い様が無いのであるが、声そのものはかなり上質であり、それなり以上の師をつければ美しいというレベルになるであろう事は間違いあるまい。

 

 天賦の才を感じさせる声。それがこの声の主であった。

 

 

 嗚呼しかし、

 

 だがしかし、その歌声には大きなものが欠けている。

 

 如何なる心境で紡がれているのであろう、その声に抑揚は無く、ただ平坦に繰り出されるのみ。

 

 何かに絶望しているのか、或いは何かに疲れ果てているのか、まるで生気を感じさせないぼんやりとした調子で、淡々と感情が感じられない抑揚の無い声が繰り返されていた。

 

 

 「……何時も同じとーこで死ぬー♪」

 

 

 ――何とも遣る瀬無い、イロイロとヤになってくる歌詞だった。

 

 確かに歌い手は想像通りの美少年で、普段歌われるのならその外見通りの可愛らしい歌となろうが、今の少年には精細さが全く無くて、ぶっちゃけて言うと虚ろ。

 災害に巻き込まれた子供とゆーか、手酷い性犯罪に遭った被害者がハイライトの消えた目で歌っている様は同情よりも寧ろヒきが入ってしまう。

 

 おまけにその歌も側で聞いたらやっぱり物悲しさより、ウザいという感想しか浮かばなかったりする。

 

 「……よっこしまさんを倒っせーないよー……♪」

 

 「ホラホラ ネギくん。

  歌っとらんと大人しゅうしとってや。治せへんやん」

 

 ここは何時ものエヴァの城。

 

 

 沈み行く夕日を背にして体育館座りをして何かみよ~なの歌っているネギを、介護師宜しく『みかん狩りに行こうね~』的なやんわりとした口調で諭しながら、木乃香は最近覚え始めた札術でもって治療していた。

 

 何かプライドごとズタボロにされた事が後を引いているのかもしれないが、見た目ほどは酷くないのだろう。

 現に歌なんか口ずさんでるし、まだまだ未熟な木乃香の治療魔法でちょちょいのちょいと治るのだから。

 それでも何かとんでもなくショックを受けている事は傍目にも解る。

 

 「ま、まぁ、あれだけ一方的でしたら当然では……?」

 

 「た、確かに……」

 

 「う~ あの速度は反則アル……」

 

 そんな様子をぼんやりと眺めているのは、三人の少女達。こっちはこっちでヘトヘトのご様子だ。

 呼吸も中々整わないし、へたり込んでいるのは膝が笑っているからだろう。

 時間こそ十分程度だったが、浴びせられ続けたプレッシャーが終了と共に腰にキたという事か。

 

 説明の必要は無いだろうが、順に刹那と楓と古である。

 

 実は明日菜もいるのだが、目を回して大の字にぶっ倒れていたりする。やり過ぎだと横島が木乃香に怒られていたのはご愛嬌だ。

 

 「いや、かなり手加減したぞ? 力は一回しか使うてへんし」

 

 「それはそうみたいですが……あ、あれは……」

 

 

 逆に汗も掻かずに落ち着いて茶を飲んでいるのは横島である。

 珠で『再』『現』を発動させて心身ともに酷使していた時と違って、アーティファクトの力を使っているだけなので疲労の影は薄い。

 尚且つ、拷問と区別が付かないシゴキによって霊力を空になるまで搾り出されていたので容量が増えていたりする。これはエヴァの指示の賜物と言えるだろう。

 尤も彼女には別の思惑があるのだが……それは兎も角。

 

 刹那がタラリと冷や汗を掻いているのは、先ほどまでネギ&少女らによる連携で横島と戦っていたからであるのだが……その余りの力の差を思い知らされていたのだ。

 正確に言うと、彼に召喚(?)された人外と戦った訳であるが、そのパワーとスピード、そして鋭さの三つが刹那の知る最高レベルの剣士、葛葉刀子すら凌駕していた。これは驚愕しない方がおかしい。

 それだけでも絶望的な戦力差だと言うのに、かなり手を抜いてくれていた上に力を一回しか使わなかったとの事。

 手枷足枷を付けまくってくれていた状態で完璧且つ徹底的に惨敗を喫していたのだから、愚痴の一つも言いたかろう。

 

 「瞬動かとも思ったでござるが、

  入りのようなものは感じたものの抜きが全く感じられなかったでござる……」

 

 「来る事が解てても、一撃入れられてから気付いても意味無いアルな……」

 

 ここ最近のヘタレ具合はドコへやら。

 幾ら色ボケしてようが、バトルが関われるとスイッチが切り替わるのだろうか、忽ちごく普通の二人に戻っていたりする。

 尤も、未だに横島をまともに見ていなかったりするのだが……それはまぁ、ご愛嬌という事だろう。

 

 やっとこさ彼に対する気持ちに気付いた二人であったが、恥ずかしいやら照れくさいやらで横島に近寄り難く、零に『ケツの青いコムスメが』と鼻先で笑われるし、どちらかと言うと一番後発の円やナナに負けっぱなしというヘタレ具合を曝しまくっていた。

 お陰で距離感が掴めずオロオロしっぱなしという有様を曝しまくっていた二人であったが、何と当の横島から修行の誘いが掛かると話は別。

 そして向こうから声を掛けてくれた事に感謝感激しつつ、授業が終了すると共に横島に言われていたように、ネギ達を引っ張って飛んで来てバトルをおっ始めたのであった。

 

 今日は先行していた円はバンドの練習でお休みであるし、零は零でエヴァの頼まれ事とやらの為に不在。ナナは超包子の手伝いでこれまた不在。

 

 その所為だろうか、遅れを取り戻そうという打算があったのだろう。

 気が付かないレベルの心の隙があった事も解る。それほど一方的だったのだ。

 メドーサと相対するのは二回目。そして戦ったのは初めて。

 しかしそれすらも言い訳の切れ端にもならない。

 

 彼女は、横島から聞かせてもらっていた以上に強かったのである――

 

 今まで横島本人と某修行場の管理人である龍神の女性とはやり合った事はあるのだが、それはどちらかと言うと鍛練、或いは“試合”の色が強い。

 そしてここにきてやっと実戦的なバトルとなったのであるが……結果はズタボロだった。

 

 京都で戦った式鬼達など話にならない。

 それどころかあの銀髪の少年とて、あの邪龍の女性には届かないだろう。

 

 それほどの怪物だったのである。あの邪龍は。

 

 「まぁ、あいつは特殊だしな。

  枷つけてなかったらもっと洒落ンならんかったぞ?

  ものごっつい邪悪で残忍だったし」

 

 「あ、あれ以上、性質が悪いんですか……」

 

 彼女らが戦った時は横島の意志が介在していた。だから彼女らを嬲り殺すような気質は全く含んでいない。

 元のままであれば開始数秒でとっ捕まえて、皆に絶望を与えつつ笑いながら身体を引き裂いていた事だろう。

 

 「そりゃあもぅっ!! あんなモンじゃねーぞ?!

 

  何せ噛んだ相手を石に変える眷属(ビッグイーター)も出してねーし、

  主武器の槍を出してもないし。

  結界兵器も使ってねぇし、超加速も一回だけ。霊弾すら撃ってねーしな。

  こんだけ何もかも封印して戦り合ったんだ。どんだけ楽だったか……」

 

 そう言って遠い目をする横島。

 何となく目が潤んでいるのは気の所為ではあるまい。

 彼女をアレだけ再生できるのだから、並大抵の腐れ縁ではないのだろう。

 

 一回目:次期竜王暗殺未遂事件。

 そもそも何の力も無かったので野次飛ばしただけ。それでも激怒させる事には成功している。

 

 二回目:GS試験介入事件。

 霊能力に目覚めるも後のライバルとの戦いで昏倒。しかしイラ付かせる事には成功している。

 

 三回目:風水盤事件。

 最中に霊能力の格が上がり、何だかんだで思惑を粉砕する要になっている。

 

 四回目:直接対決ではないものの、彼女の謀である人間製の造魔と戦う。

 尤も横島は壷精霊を堕としただけ。

 

 五回目:月面で戦闘。

 雇い主と共に撃破するも、霊気構造を植えられて横島の腹の中で再生させてしまう。

 しかしその後、悪質な嫌がらせ(ヨコシマキック失敗版)によって冷静さをなくして結果的に倒している。

 地球帰還中に最後の力で襲撃されるも、着陸艇の放熱板をぶっつけて撃破。

 

 六回目:CPの件の終盤に再生魔族として復活。

 襲撃を掛けられるも、恋人と共に戦って滅する事に成功。

 この戦いのみ、ある意味単独撃破。

 

 ……追憶で目を潤ませるのも当然だろう。

 某光の巨人に出てきた宇宙忍者か、国民的に有名な放射能怪獣に出て来た金星を滅ぼした三つ首怪獣並みの出演回数なのだから。

 

 本質は超邪悪で、悪魔と契約して霊力強化を促すが、暴走すると魔族となってしまう魔装術を人間に教えるが、制御法は殆ど伝えず、どちらかと言うと堕ちるのを待っていた節があるし、

 香港の事件の時など生き血が必要だと現地の風水師を殺しまくった挙句、残った死体をゾンビ兵に作り変えて私兵にしていた。

 人間など虫ぐらいにしか思っておらず、うっかり殺しても気が付かないほどの見下し具合だった。

 

 そんな彼女がネギ達を鍛える為に“優しく手加減”している。

 

 元々のS気は払拭し切れていないものの、気遣いを見せている彼女の所作を思い出しては、何かこう感慨深いものを感じずにはいられない横島(と、心眼)であった。

 

 そんなみょーに黄昏感を醸し出している横島に何ともいえない表情をしていた刹那であったが、彼の語った言葉の中にある単語が引っかかる。

 先の連携戦の終盤、僅か数分で息を乱すという失態を見せた彼女らであったが、何とか息を整えると再交戦に挑んだ。

 ネギに後方で魔法を使わせ、中距離に楓、近距離に刹那、そして古と明日菜を近接させるという布陣。

 セオリーとはいえ確実な陣形で、第一陣が接敵すればどうにかなるであろうという体勢も整えられていた。

 

 しかし、古が接触する直前にひょいと身を低くし、小柄な彼女の陰に隠れたと思った瞬間、信じられない事が起こった。

 

 『ふぎゅっ』

 

 『『『『え?』』』』

 

 何と最後尾のネギが昏倒しているのだ。

 

 三人ともそれなり以上の実力を持っているし、横島が加わったここのところの修行によって更に勘が研ぎ澄まされている。

 だから達人クラスの行う瞬動や縮地等の“入り”にも反応できるようになっているのだ。

 そんな彼女らの目にも勘にも引っかかる事無く、瞬きの間も無く後方に移動してネギをはっ倒す。そんな移動法は聞いた事も無かった。

 

 しかしいくら僅かの間とはいえ動揺はいただけない。

 

 『おやおや 余裕だねぇ』

 

 『っ!?』

 

 忽ち楓、刹那、古、明日菜の順にはっ倒されてその鍛練は終了の時を迎えたのだった。

 

 横島が口から零した<超加速>という単語。

 ひょっとしたらそれがあの移動法なのではないか? 刹那がそう考えるのは当然の事であった。

 

 「あの……」

 

 「ん? 何だい? 刹那ちゃん」

 

 「あ、はい。

  先ほど仰ってた超加速というのが、鍛練で見せていただいた移動法なのですか?」

 

 その質問を聞いて横島はちょっと眉を顰めた。

 即ち『また口に出してたか』だ。

 元々彼は頭の中で考えている事をウッカリ口にするヤな癖があった。まあ、正直者であるが故と言う事もできなくはないが、このうっかりミスで半死半生でされた件もかなりの数。懲りない男である。

 

 尤も、アレを見せる事も意味がある。

 と言うよりアレを見せる事、そしてとてつもない壁を見せる事が目的であったのだから。

 

 「ああ。

  だけど正確に言うとアレは移動法じゃねぇんだ」

 

 「移動法じゃ……ない?」

 

 「うん」

 

 楓と古も興味があるのか身を起こして耳を大きくしている。

 

 ここのところ何故だかあまり近寄ってくれなかったのにそうやってくれるだけで何か嬉しい横島だった。

 

 ひょっとしたら自分の品性下劣な本性を悟られ、エンガチョされているのでは!? と戦々恐々だったのだから。

 ……まぁ、彼が↑こーゆーアホな思考をしていた事に気付いた二人が、気が抜けて距離を置くのを止める訳であるが……そんな事情を彼が知るのは、もうちょっと後の事である。

 

 それはさて置き。

 

 「超加速っていうのは元は韋駄天の使う技でさ……

  それ以外のヤツはほとんど使えないっぽいんだ。

  他で使えるってコトを知ってるのは小竜姫様と今のメドーサくらい。

  あの二人(二柱)以外は知んねー」

 

 「い、韋駄天って……」

 

 何気なくとんでもない名前を言われて刹那の後頭部にでっかい汗がたらり。

 それでも、そういう謂れの技かもしれないと気を取り直す。それが普通。

 しかし残念ながら、横島と言う男は本人(本神?)と会った事どころかとり憑かれたコトまであるトンでも人間だったりする。流石にヨコシマンの件は言うつもりはないけども。言ったら最後、変態仮面扱い間違いないだろうし。 

 

 「まぁ、細けぇ事ぁ良いんだよ(AA省略)。

  兎も角、そいつらがつかう技なんだけど……

  簡単に言うと、霊力をう~~んと高めて時間の流れを変える技なんだ」

 

 「「「 …… は ? 」」」

 

 やっぱりと言うか、当然と言うか、三人は横島の言葉を聞いて硬直する。

 

 楓や古にしても横島の記憶を観せてもらってはいたのであるが、その能力までは流石に聞いてはいない。それどころではなかったし。

 だから普通に考えると手の打ちようがない術を口に出された訳であるから硬直するのが当然なのである。

 よって真っ先に問い返すことに成功を果たせられたのは……

 

 「ちょっ、あのっ!!

  時間って……どーいうコトなんですかーっ!!??」

 

 ネギだった。

 

 この中では一番魔法という力を理論で知っている少年なのであるのだから当然の驚愕だ。

 問わずにいられないのほどの好奇心が硬直に勝ったからこそ再起動が早かったのだろう。

 だから、びゅんっとスっ飛んで来て横島に詰め寄っていた。

 そんなネギに対して当の横島はしれっとしたもの。そう問い詰められる事が想定内……いや、まるで狙っていたかのように。

 少なくとも楓と古の二人はそう見えた。

 

 「いや、どういう事もナニも……メドーサって龍神の端くれでな?

  どーやって覚えたのか知らんが韋駄天の技の超加速が使えんだよ」

 

 「よく考えたらメドーサって名前とか、リュージンとか、

  ツッコミどこ満載なんですが、そーじゃなくてっ!!

  時間を操るって……」

 

 「? ああ、そっち?

  魔族ン中には相手の人生経験を年齢ごと吸い取ったり、

  映画の中に取り込んで食ったりするヤツもいるんだ。

  だからそんなに珍しい訳じゃ……」

 

 話を聞くだけで顔色が悪くなる厄介そうな相手であるが、横島は経験した事だと平然と答えてゆく。

 

 一応、ネギの知識にあわせてリュージンというのは西洋で言うところのドラゴンロードで竜の神様である事や、メドーサはギリシャ神話のアレではなく、似た名前の大陸(中国?)の魔族である事、

 そして韋駄天とは仏教に使えている非常に足が速い神様である事も教えた(ついでにネーミングセンスとファッションセンスが皆無である事も)。

 

 とは言えそれは単なる説明であり、何の慰めにもならないのであるが。

 

 何せネギ達が戦っていた相手は神様だと言うのだ。

 

 神、所謂GODである。それがホントの事であれば最初から勝てる要素が見当たらない、勝てる訳がない理屈を思いっきり口にされているのだから当然とも言える。

 いや、言えるのであるが……

 

 「? そうか?

  オレ、アイツと六回ヤり合って四回企みを失敗させて、

  一回追い払って、最後に倒したぞ?」

 

 「ウソっ!!??」

 

 尤も、最初の三回は雇い主と共に戦っているし、大気圏突入時のバトルは生死不明だったのであるが、最後で最後の戦い時に再生悪魔として襲撃してきていたのでやはり撃破していたのだろう。よって正確には二回倒したと言えよう。

 しかし、彼が様付けで呼んでいる某修行場の管理人の龍神は全敗しているのだから、とんでもない話である。

 

 「勝てない、と思うのは当たり前だ。

  霊力……ん~……お前らで言うなら魔力か。

  それでいうなら見た感じ、お前ぇの父ちゃん以上かどっこいどっこい。

  普通だったら今のお前らに勝てる要素なんか一つも無いしな」

 

 「それは……」

 

 当たり前だ。

 

 父こそ最強だと知らされているネギにとって、父以上か同等の存在と言われたものに勝つ等、夢物語以外の何物でもない。

 

 「それにメドーサが最強っちゅーわけでもねぇしな」

 

 「え?」

 

 楓と古は横島の記憶を“観せて”もらっているので何となく解っているのだが、ネギや刹那は耳を疑う。

 

 メドーサは地力だけでもエヴァやナギ以上か同等だというのに、あれで最強ではないと言われればそりゃあ驚いて固まりもするだろう。

 

 「ん~ せやったら他にもあのヒトみたいなんおるんえ?」

 

 しかし比較的頭が柔らかい木乃香にとっては、スゴイなぁー程度なのだろうか?

 のほほ~んと首を傾げつつ横島にそう問いかけてくる。

 場違いなほどの可愛い仕種に、横島は『ナニ? この癒し系のイキモノ』等と感心しつつ、

 

 「正確には強いっちゅーかド卑怯?

  無尽蔵に自分のクローン作って放ってくる自称“蝿の王”とか、

  本体潰さん限り無限再生する奴とか」

 

 他にも霊的にしがみ付いて癌のように成長し、相手の力の全てを吸い取って誕生するヤツや、悪魔ではないが相手の体重をほぼ無限に増やしてゆくムチャクチャなヤツまでいる。

 霊障の治療術だけはこの世界をぶっちぎっている横島のいた世界でもそれらの厄介さは半端ではない。しつっこさと執念深さで勝るメドーサほど苦労してはいないが、霊力の卑怯っぷりでは殆ど差は無かろう。

 

 尤も、彼らがその実力を発揮できていたかと問われればかなり疑問が残る。

 

 笛吹き悪魔は本体との距離が半端では無かったからド厄介だったのだが、攻撃用の小型分身が笑い上戸だったし、何よりプライドが高かった所為か挑発に異様に弱く、本体が出現させてしまうと比較的アッサリと倒されているし、

 

 無限再生する奴は、能力そのものは異様に厄介であったが、実のところ横島に翻弄されまくって調子を崩して納得できない最後を迎えているし、

 自称“蝿の王”に至っては全て偶然によって横島と元雇い主によって倒されている。

 運と相手の油断が手伝ってくれただけで、油断してくれていなければとっくに肉塊だっただろう。

 

 横島もその事は自覚しているし、理解も出来ている。

 そして“こっちの世界”には、そんな上級悪魔はほぼいないであろう事も。

 

 しかし横島の話を聞き、皆は驚きを隠せない。

 そして魔族が見た目では実力が量りし得ないという事も。

 

 「まぁ、上には上はいるし、

  オレの知らんとんでもないヤツだっているだろうな。

  ただメドーサは時間をほぼ停止状態に出来る。

  お前ぇの父ちゃんどんだけ強かろうが、

  魔法を撃ち出した瞬間に位置を置き換えられたら流石に不味いだろ?」

 

 「……」

 

 そう言われると流石に言葉に詰まるネギ。

 実際、横島の元雇い主は自分が撃ったライフルの弾が着弾する場所に移動させられ、危うく頭部を弾けさせられそうになった事がある。横島の必殺ヨコシマキック(失敗版)が炸裂しなければ間違いなく短い生涯を閉じていた。

 認識できない時間の隙間を好き勝手にされれば、例えどんな英雄豪傑であろうと手も足も出せないのだ。

 

 とは言え、横島は高畑やらエヴァから聞いた話が全て本当であれば、メドーサが初見であるならナギは勝つだろうと思ってもいる。

 

 “初見なら”と言うのは、メドーサは人間を見下し尽くしているので万に一つも自分に勝てると思っていないからで、今まで自分や自分の雇い主やらに敗退しているのは舐め切っていたからだ。

 そして最終的にメドーサが横島によって滅されたのも、何度敗走しても人間ごときに負けたと殆ど認めていなかったので反省が無く、隙が変化していなかった事が最大の敗因だった。

 

 だからナギが自分に迫るほどの人間とは思えないほどの魔力を持つ……等という話なんぞ戯言に過ぎず、想像の範疇にも無い話なので恐らくまともに攻撃を喰らって半死半生にされた挙句、実力を発揮できぬまま止めを刺されて終わりだろう。

 油断さえしていなければ万に一つも勝機を見せないと相手であれ、戦い方次第で有利に進ませられる。少なくとも勝機を見出すチャンスが訪れる可能性があるのだ。

 

 そして横島はわざと勝機がある部分を教えていない。

 どう考えても勝てない相手に勝ったと言う話を語っただけだ。

 以前の、昔の彼であればそれは単なる大言造語の自画自賛ホラ話なのであるが、今の彼は違っている。

 

 「良いか? ネギ……そして楓ちゃん達も」

 

 横島は皆に聞こえるよう、そして見守るように一度皆に視線を向けて意識を促す。

 その眼差しの温かさに楓と古ばかりか、木乃香と刹那もちょっとドキンとしてしまう。変化が無いのはぶっ倒れている明日菜くらいだ。

 

 「いいか? 世の中何が起こるか解らん。

  ぜってーに大丈夫のはずだった京都の本山だって、

  アッサリ制圧されて木乃香ちゃんが誘拐されてる。

  そりゃ確かに、相手がド外れた実力者だったっちゅー事もあっけど、

  事件起こされた後なら何の言い訳にもならん。

 

  それにそんなマジで強い奴と殺り合うハメになったら何の泣き言も言い訳もできん。

  つーかする暇が無ぇし。

  ンなコトやってて木乃香ちゃんらがエラい目に遭ったら悔んでも悔み切れんだろ?」

 

 それは……良く、解る。

 

 実際、古は城の屋根から木乃香達が落下してしまった時、届かなかった数センチに絶望していた。

 

 指か届かない、手が届かない、指が届かない、帯の強度がどうかといった理由等、二人が墜落してしまえば何の救いにもならないのだ。

 

 あの危機を救ったのは横島の奇跡であり、底力。

 

 横島は、何が何でも絶対に助けてみせるという粘りと踏ん張りがある。

 例え指先が木乃香から遠ざかろうと噛み付いてでも、空中を泳いででも救うという気合がある。

 

 そしてそれら奇跡を起こしているのは、実行できるようにしているのは、彼が持っている力の大きさ云々だけではなく、自身の霊能力を完全にコントロールできるようにしている事であった。

 

 「強い相手がどーとか、敵の実力がどーとかやない。

  自分より格上を出し抜く事。絶対的な実力差があるヤツを出し抜く。

  それを考えねぇアホさ加減。

  力には力っちゅー大艦巨砲主義で進んどったら、

  何れ実力者相手にしたらボロ負けする」

 

 言うなれば近距離でバズーカの撃ち合いをするようなもの。

 どれだけ強くなろうと、強い魔法が使えようと、その分消費される魔力もドシドシ上がってゆく。

 そうなれば今度はタンクを大きくしないと話にならないし、その間ちょっと待ってくれるほど悠長な敵ばっかが来てくれる筈が無い。

 

 それに大艦巨砲主義は常に手数に負けている。

 実際、どれだけ頑丈にして防御力を挙げても被弾率が上がれば何時かは壊れる。どうやったって弾数の多い方が有利なのだ。

 それが強い術師の放つ魔法となると、一撃イイのもらえば瞬殺だ。

 だったら弾数が少なくとも、効果的に使う方法を考え付けば良いのである。

 

 「修行で地力が上がっちまった所為か、

  お前は何時の間にかその事を忘れてんな?」

 

 そう欠点を指摘されると、ネギも自覚が出来ていたのだろう、その背中からでも見て取れるほどのショックを受けていた。

 修行によってある程度自信が付いてきたのは良いが、今度は速く決着をつけようと焦っているのか力押しが増えてしまっている。

 

 だからフェイントから踏み込みに移るコンボや、フェイントで距離をとって威力のある魔法で攻めるというパターンを多用していた。

 そして何をどう間違ったのだろうか、横島に負ければ負けるほどそのパターンを強化していったのだから始末が悪い。

 

 「明日菜ちゃんは力に振り回されてるし、

  刹那ちゃんは間合いを大きくし過ぎてる。

  そして楓ちゃんと古ちゃんは自分の間合いを伸ばそうとし過ぎてんぞ?

 

  この間までド素人だった明日菜ちゃんは兎も角、

  この三人がペース乱してどーすんの?

  戦いは状況で変幻するってコト忘れてんじゃん」

 

 「「「う……」」」

 

 見た目は今一つ頼りない横島であるが、その実は十年もの間退魔の超最前線でいた彼である。

 何せ彼は修行らしいコトは殆どやっておらず、実戦のみで自分の霊格と戦闘能力を高めていった異常者だ。

 その分、戦闘理論を無理に持ち込まない自由で柔らかい戦術,戦略が組めるし、戦損能力や帰還能力も存外に高い。

 

 もっと正確に言えば、人間なんかじゃ勝つ事が出来ない存在と十年もの間戦い続けて生き残ってきたとびっきりの戦士でもある。

 だからこそ横島の、このような若輩者の言葉であるというのに、こんなに重い――

 

 「オレも偉そうな事は言えんし、

  まだまだポンコツやけどそれでも教えれる事はある。

 

  オレの戦った相手でオレより弱いと言い切れるヤツは殆どおらんかった。

  そんなオレでも今もまだしぶとく生きとる。

 

  見苦しいても、無様でも、生き残れんかったら負けや。

 

  せやから、どんなに怪我しても、どんなに傷だらけになっても生きて帰れるようにしたる。

 

  生きて帰ってきたらオレが治せる。

  どんな怪我でも、ぜっっっっっったいに治したる。

 

  勝てなくても負けない。それくらいの方法しか教えられんが――」

 

 勝てずとも“絶対に”生きて帰れるくらいにはしたる。

 

 「「……っっ」」

 

 何時に無く真剣な眼差し。

 

 射抜かれるように真っ直ぐ自分達に向けられた言葉は、『心配している』等と言った単純な意味だけではなく、隠し様の無い切実さを含んでいた。

 直後、自分らしくない言葉を吐いた事にばつが悪そうな顔をしはしたが、言った事を否定してはいないのだから心真を口にしたことは間違いない。

 

 

 ――……あ、そうか。

 

 

 そんな横島を目にし、楓と古はいきなりすとんと理解が出来た。

 珍しく横島から修行を言い出してくれた事。

 克明且つ鮮明な記憶の所為で女に手を上げられなくなった彼が、ハリセンとはいえこちらに得物を突きつけられている事。

 そして幾ら手加減してくれてはいても、危険極まりない魔族を再現して戦わせてくれた事……

 

 それはつまり彼は、自分のトラウマの痛みすら押さえ込めてしまえるほどまで、こちらの身を案じてくれているという事なのだろう。

 

 これが他の男なら笑って済ませられるレベルであろうし、二人もそんなに気にしたりはすまい。ご苦労様程度だろう。

 だが彼女達は横島が抱え込んでいる爆弾や、それらが齎せる心身の激痛も理解できている。

 

 

 だからこそ、

 

 だからこそ彼のその想いが涙が滲むほど嬉しく、

 

 

 

 

 

                ――胸が張り裂けるほど切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その店がこの学園都市にできてもう二年は経つだろうか。

 

 しかしその間に、この店はこの都市で欠く事のできない場へと発展していた。

 クラブ活動の一環故か値段も手ごろで味も良く、愛想が良いし接客もファミレスより上なのだから人気が出て当然だろう。

 尤も、学園都市内“のみ”という括りが設けられてはいるが、オーナーはまだ女子中学生だというのにちゃんと営業許可が取れているのはこの学園の不条理さを表しているのであるが……

 

 その学園内名物飲食店、<超包子>。

 麻帆良公園前支店に、可愛らしいミニチャイナに身を包んだ少女が一人の少女を相手に接客を行っていた。

 客は長い金髪の少女で、小学校を上がったくらいの外見。

 路面電車を改造したような店のカウンター席に腰を下ろし、足を組んで座っている。

 

 そう聞くと背伸びをしている子供のそれであるが、どういう訳か異様にそれは様になっており似合い過ぎていた。

 

 普段の店の状態を知る者は驚くほどに周囲に人の気配は無く、客はこの少女のみ。

 おまけに店に立つのも、このミニチャイナの少女のみ。

 

 しかし少女は然程も気にせず、にこやかにこの客の相手をしていた。

 

 「営業妨害という言葉を知てるカ?」

 

 「気にするな。これを飲んだら帰る」

 

 セリフにはやや棘はあるが、責めている訳ではない。

 どういう理由があるのか知らないが、彼女は本心からこの客の少女を歓迎しているのだ。

 

 「しかし……封印されていると言うのに力が使えるとはネ……

  何か良い触媒を手に入れたカ?」

 

 「いや。単に“電池”を持っているだけさ。その実験もかねている」

 

 疑問を笑みで返し、金髪の少女はグラスを傾ける。

 

 月齢が満月寄りになる頃、時折現れてカクテルを呷る彼女であるが、今日は珍しく“平日”であるし尚且つ口にしているのはエンジェルキッス。

 皮肉を感じないでもないが色々と珍しい事もあるものだ。

 

 「電池……ネ……」

 

 「まぁ、気にするな。大した事ではない」

 

 興味深げな視線を向けてくる店主に苦笑して答えた少女は、ポケットに入れている“珠”に意識を向けた。

 この都市内ではその力を完全に封じられているというのに、呆れた事に魔力はまだ半分近く残っている。

 何時も集めていた方法に比べ、減りが遅いのだ。

 

 客の少女はミニチャイナ姿の少女に“これ”を教えてやりたいという誘惑に耐えている。

 

 何というか……彼女の持つ科学や魔法学の概念を木っ端微塵に打ち砕くものであり、頭を抱える事請け合いである。或いは彼女が大変羨ましがる事だろう。

 

 その時の表情を夢想し、苦笑で持って噛み潰す。

 

 『ったく……

  私は新しい玩具を手に入れてはしゃぐガキか?』

 

 まだそんな子供っぽい部分が残っているとは……と苦く思うが、不快にまでは至らない。

 それもこれも楽しいのだ。

 様々な意味で規格外なのだから。あの男は――

 

 「なぁ、超」

 

 「何かネ?」

 

 そんな苦笑を誤魔化すように少女は口を開いた。

 

 「“決戦存在”……というモノを聞いた事はあるか?」

 

 「コレはまた……

  貴女の口からそんなファンタジーなセリフを聞けるとは思わなかたヨ」

 

 「ぬかせ。

  吸血鬼に言うセリフか? それは」

 

 くくく……と笑いながら、『尤も、私もそう思ってはいるのだがな』と小さく漏らす。もちろん聞こえないように。

 

 「無論、知てはいるガ……何時からラノベに手を伸ばしたネ?」

 

 「ああ、ちょっと“読んでしまって”な」

 

 何を――は口にしない。

 

 「それで思い出したんだが、少し気になってな……

  普通“決戦存在”とはどういった力を持つ?」

 

 急に人払いの術を掛けてやって来た挙句、何を言い出すかと思えば……と眉をひそめつつも律儀に首を捻る少女。

 

 その莫大な知識と知性をもってしても彼女が何の意味を持ってそんな質問を投げかけてきたかは不明であるが、問われれば答えるのは世の情けなのだろうか、

 

 「フム……言うなれば『無力で絶大な力』といたトコロかネ」

 

 「ほう……」

 

 結局は持っている知識を整理して説明してやるのだから。

 

 「決戦存在は英雄や勇者とは程遠い存在ネ。

  力あればそのどちらかになれるし、襲い来る害意に一人で戦いを挑めるしネ」

 

 「フム……」

 

 「勇者に従えば英雄の一角となり、英雄に着けば従者となる。

  シカシ決戦存在という名が示す通り、その存在は欠く事はできない。

  形無き力なれど勇者や英雄達も決戦存在抜きには勝利は得られないネ」

 

 「……」

 

 「つまり、無力ながら破滅への方向を傾け、何気なく勇者や英雄を立ち上がらせる者。

  その一言で何かを閃かせ、

  何気ない仕種だけで人々を立ち上がらせる起爆剤を持ち合わせている者。

  形無き影響力を持ち、尚且つ自体は何の力も無い者。

 

  逆に力と影響力を形を持って見せる者は敵やライバルとなって勇者らを鍛え、

  和解すれば己が力を無くす存在。

 

  世界が状況打開の為に用意する者、それが決戦存在ネ」

 

 『強敵保存の法則もコレに当たるヨ?』という言葉を耳に流しつつ、自分の立てた仮説にその言葉を当てはめて行く。

 今更理解してどうする? と思いつつも納得だけはしたいのだろう。

 思考の中から意識を戻し、目の前にいる天才少女に最後の質問を向けてみた。

 

 「なぁ、もし――」

 

 「ん?」

 

 「もし、その決戦存在が勇者をも超える力を急に持ち、

  邪竜すら一撃で滅する超存在にとなり、

  尚且つ絶対に敵にもライバルにもならないのならどうなる?」

 

 「はぁ?」

 

 いきなり何を言い出すかネ? このちみっ娘は。という眼差しを思わず送ってしまうが、困った事に問い掛けてきた少女の眼はかなり真剣な光がある。

 

 流石の超天才少女もサッパリ理由がわからないのだが、『超だからこそ問い掛けた』というのなら、何時ものお茶らけを潜めて真面目に考えねばなら無い。怒らせたら怖いし、何より答えられないと思われるのはちょっと悔しい。

 

 「……ラノベ風の答になるガ……良いかネ?」

 

 「あぁ……」

 

 一体何を求めているのだろうと思いつつ、一応立てた仮説を口にする。

 

 「それは……恐らく不慮の死を迎えるとかだネ。

  勇者となる器は世界が用意する。

  しかし決戦存在も力を持たとすれば巨大な影響力を持つ存在が二つとなてしまう。

  そうなると世界にとって邪魔者にしかならないヨ。

  如何にご都合主義で勇者の側に存在し続ける者であろうと、

  世界が敵となるのだから抵抗できないネ」

 

 「ふむ……」

 

 「もう良いカ?」

 

 彼女は舌が肥えているから文句が的確で痛い。そんな彼女だから客としてはイマイチだが、友人としてはかなり好意を持てる。

 しかしながらいい加減店を開けたいのだがネ……という気が増してゆくのはしょうがない事である。

 

 「……最後に一つ」

 

 「何カ?」

 

 

 「もし、その存在が必要以上にその世界の神々に愛されていて、

  尚且つ世界にも好かれている場合はどうなると思う?」

 

 「 は ぁ ? 」

 

 

 ナニソレ? というのが正直なところだ。

 勇者より影響力や力があって、勇者より良いトコ取りではないか。

 厨臭いラノベとかにでも毒されたか? と思ってしまうのもしょうがないだろう。

 それでも眼差しの真剣さには逆らえず、しっかり考えてしまうのは思考する者の定めだろうか。

 

 「……一つは、勇者が入れ替わる。決戦存在が勇者になるネ。

  それだけ好かれてたら世界が助けるように動くは当然ヨ」

 

 「ふむ」

 

 「もう一つは……

  話がカミサマが関わてくるから話が大きくなり過ぎるガ……

  “その世界”が別の世界に送るか、

  その力を勇者より下に落させる……といたトコロかネ?」

 

 ――カミサマなんてのが出てくると、話が非論理的になるからテキトーな説になるけどネ……

 と言葉を続ける。

 

 彼女の言葉を噛み締めるようにふむと頷いた金髪の少女は、意外なほどにこやかな笑みを浮かべてゆるりと席を立った。

 

 「フ……

  何となくではあるが納得できた気がする。

  礼を言うぞ」

 

 「アナタに礼を言われるのは気持ち悪いネ。

  しかしどういう風の吹き回しカ……聞いていいかネ?」

 

 まるで会計を告げるように言うのだが、顔つきは真剣。少しでも意図を探ろうとしているのに間違いは無い。

 そんな店主の思惑を鼻先で笑い、金髪の少女はパキンっと指を鳴らした。

 するとその音は広場に染み渡るように広がり、場に人々が寄り集まってくる。世界がざわめきを取り戻したのだ。

 

 「……つれないネ」

 

 「何。お遊びのようなものさ」

 

 そう言ってどこから戻ってきたのだろうか、雇われ店員からレシートを受け取ってレジに向かう。

 ミニチャイナの店主は聞いても無駄かとさっさと見切りをつけて料理の下ごしらえに戻った。

 

 だが、そんな彼女ではあるが思考に突き刺さった棘が段々と疼きを増してゆくのは防げない。

 何か言い様無い不安感が彼女を焦らせ始めたのである。

 

 そんな彼女の姿を目の端に捉えつつ、客だった少女は口元を歪ませていた。

 

 『勇者や英雄を超えるだろう、

  別の世界の決戦存在が、

  この世界の英雄のヒヨコと共にいる。

 

  それがどういった作用を起こすかは……自分で確認するのだな』

 

 

 愉快。

 

 

 愉快だ。

 

 

 ヤツがこの地に、この世界に来てからだろう連なる変化。

 十数年の退屈の日々の後に出会えた異端。

 “この世界”にとっての異物であるヤツが巻き起こす変化を味わう事もまた今の彼女にとって極上の娯楽と言えよう。

 

 それらによって起こるであろう混乱は、今までの窮屈さを払拭させる何よりの美酒なのだ。

 

 話をしていた彼女もまたスパイスとも言えよう。

 

 何より特異点と特異点は交わり易いのだから。

 

 

 

 

 それは、“この世界”に来てしまった異端と……

 

 

 

 

 

            “この時代”に来てしまった異端――

 

 

 

 

 




 ここに来るまで三年経ってたり。
 ガッコ上がる前からだから……うわっ 我ながら長っ
 この辺りから原作の新設定で悩みだしたんだっけw?

 ネギの目的って何だったんでしょーね? 後半はバトルばっかだったので忘れてますよ。ええ。

 相も変わらずgdgdなお話ですががんばります。
 続きは見てのお帰りです。ではでは~

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